BBQを制覇せよ!
フル川 四万
〜1〜

 抜けるような青い空。巻き上がる砂埃。ここは、ロス郊外のフリーウェイ脇の原っぱ。時刻は、午前10時過ぎ。季節はミッド・オーガスト、晴天。いつもの紺色のバンの周りに、簡易椅子やらブルーシートを出し、思い思いに寛いでいるように見えるAチームの皆さん、なぜか表情は虚ろ。そして、ハンニバルは縞々のパジャマ姿だ。
 夏休みシーズンとあって、目の前の道路を行き交う車も少なめで、通るのは、荷台にボートやマウンテンバイクを積んだピックアップとか、キャンピングカーのようなレジャー向けの車両ばかり。1時間見ていても変わり映え一つしない田舎道の景色。静かに過ぎていく無為な時間に、エプロン姿のフェイスマンは溜息をついた。
「ねえ、ハンニバル、これからどうすんの?」
 ブルーシートの上で体育座りをしているフェイスマンが、車体に凭れてゆったりと葉巻をくゆらせているハンニバルに問うた。ハンニバルの足元は、寝室のスリッパのままである。
「ちょっと待ってよ、もうすぐ釣れそうだから。」
 普通の格好のマードックは、砂地に穴を掘り、ワカサギ用の釣糸を垂らしている。もちろん、釣糸の先にあるのは地面であるからして、魚類は住まない。
「そんな砂の中から、何が釣れるってんだ?」
 バンの後部座席で何やら作業中だったコングが、額の汗を拭いながらマードックを見た。
「ワカサギ釣ってんの。知ってる? ワカサギって、エサなくても釣れるんだってさ。」
「ワカサギだあ? こんな砂地で、何バカ言ってやがる。手が空いてるなら手伝いやがれ。」
「エサなくて釣れるなら、水なくても平気かなと思って……あっ、ほら、かかった!」
 マードックが、ぴゅんっと竿を引き上げた。釣糸の先に引っかかっていたのは、ワカサギではなくサソリ。マードックは、人差し指と親指でサソリを摘んで遠くに投げ捨てると、「ワカサギ……」と呟いて再度釣りの体勢に入った。
「どうしましょうかねえ。」
 と、ハンニバル。
「どうしましょう、じゃないよ。この暑さじゃ、いろいろ融けるし、融けたら腐るよ?」
 と、バンの後ろを指差すフェイスマン。バンの後ろの扉は開きっ放しで、そこから、横倒しになった冷蔵庫がはみ出している。(電力の関係で、保冷ボックス程度にしか冷えていない。)
「一応、冷蔵庫に入っているんだろう?」
「できる限り電力供給はしてるが、冷蔵庫に使う電力には不十分だ。車の電源にも無理させてるし、持って5時間ってところだろうな。とっとと次の場所探して電源確保しねえと。」
 コングがバンから降りて言った。
「そうさのう。」
 と、思案顔のハンニバル。
「よりによってアジトが使えない時に、報酬が現物、かつナマモノばっかりで現金なし、ついでにデッカーに俺たちの居場所がバレたなんて、ついてないって言うか何と言うか。」
 愚痴るフェイスマンに、ぺちっと2匹目のサソリが飛んできた。
「もう! 毒あるものを他人に投げつけちゃいけないって、どっかで習わなかった!?」
「習わなかった。って言うか、オイラさっきからワカサギ釣ってんのに、何でサソリしか釣れねえんだろ? 気の持ちよう?」
「気の持ちようでワカサギ釣れるわけねえだろアホンダラ。」
 フェイスマンが払ったサソリをゲシゲシと踏みつけるコング。


 話は本日午前8時に遡る。いくつかの依頼をこなし、一息ついたAチームは、例によってフェイスマンが見つけてきたアジト(高級住宅地の一軒家)で夏休みを過ごす予定であった。ここは、初老の医者夫婦の2人住まいだが、夏の間はバカンスで3週間モナコに行くというのを、偽医者姿で出席したパーティで聞きつけ、これ幸いと転がり込んで3日目の朝。フェイスマンが朝食の準備をしていたまさにその時、何と、9月まで帰ってこないはずの医者夫婦の嫁の方が、急に帰宅したのだ。旅先で夫婦喧嘩をした挙句、若い間男を連れて。
 「きゃー、泥棒!」からの、「お前たち一体誰だ!」からの、「落ち着いて奥さん、僕ですよ、ほら、こないだのパーティで会って、しばらく家を借りる約束を……」からの、「そんな約束するわけないでしょ! 週末から娘たちが来るのに!」からの、「いいから出て行きなさい!」というわけで、私物の冷凍庫(最近貰った報酬がてんこ盛り。詳細は後程)と、まだ寝ていたハンニバルを引っ掴んで、あたふたと退散。しかも医者嫁の間男が、よりによって当局関係者。もしかして、あの一団はAチームではあるまいか? という疑念を抱いてしまったがために、Aチームがお暇してから1時間で当局が到着。寸でのところで脱出し、今に至る。


 目の前の道路を、1台のピックアップトラックが通り過ぎていった。荷台には若者が数名乗っており、ビール片手にもう出来上がっている模様。それと、でっかいBBQ用コンロや、テントと思しき布類も。
「そうか。」
 ハンニバルがニヤリと笑った。
「行く先、決めたぞ。」
「え、どこ行くんでい。州境には、検問設けてあるかもしれねえぜ。」
「キャンプだ。」
「キャンプ!?」
「……だと?」
「……だって?」
「ああ。さっきから通る車を見ていると、この先にはどうやらキャンプ場があるらしい。森の中で、しかも大勢がキャンプしている場所となれば、デッカーたちもすぐには見つけ出せんだろう。幸いなことに、食材はたんまりあるし、ほとぼりが冷めるまでキャンプ生活もオツじゃありませんか。」
「オツって言うにはいろいろ足りてないけど、不足分はオイラがワカサギ釣って補うわ。」
「いや、ワカサギ足しても食材に偏りがありすぎねえか?」
 と、コング。偏る食材は、後程。
「それもまたオツということで、さ、出発だ。」
 ハンニバルが、葉巻を投げ捨ててバンに乗り込んだ。3人も、それに従う。
 というわけで、Aチームの夏のバカンスは、不本意ながら森のキャンプに決定した。


〜2〜

 アメリカの夏の風物詩と言えば、家族で行うキャンプとBBQ。湖沿いの森林にある広大なキャンプ場は、夏休みを安上がりに過ごす若者や家族連れで賑っていた。見渡せば、木々の間に延々と遠くまで色とりどりのテントやターフが張られ、既に火を起こしているグループもいる。Aチームは、奥の方の目立たない辺りにバンを停めた。
「さて、ここを我々のアジトと定める。皆の者、キャンプの準備だ。」


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 車の周りにターフを張り、屋根を作るハンニバル。そこら辺から集めてきた石を積み上げ、かまどを作成するマードック。バンから冷蔵庫を引き擦り出し、頭上に掲げ持つコング。その冷蔵庫から、次々にビニール袋や紙袋を取り出して並べ、中身の状態を確認するるフェイスマン。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 さて、出来上がったキャンプの全貌はと言えば、車に繋がる大きいターフ、その下にテーブルと椅子4脚、湖のほとり側に石で組んだかまど、そして、その横に鎮座まします冷蔵庫(ノン電源)という、些か偏った布陣である。と、そこに……。
 プアァ〜〜ン!
 長閑なラッパの音が鳴り響いた。それを追って、爆竹がバンバン鳴らされる。キャンパーたちが一斉に立ち上がり、拍手と歓声が上がった。
「一体何が始まんだ?」
 コングの言葉に、音のする方を注目する4人。そこには、1段高いステージと、大きな幟が何本か立っている。そこに進み出る1人の男。デニムのオーバーオールに麦藁帽の、典型的な農家スタイルの壮年だ。ちょっとハンニバル似。
「さあて皆さん、お静かに。ここに、お待ちかねの、第23回エクストリームBBQコンテストの開催を宣言します!」
 周りから一層盛大な拍手と歓声が上がる。
「BBQコンテストだと? よりによってこんな時にか。」
 コングが忌々しそうに呟いた。
「しかも23回ってことは、結構な伝統がある大会みたいだね。」
「だからこんなに混んでんだ、このキャンプ場。」
 辺りを見渡すマードック。よく見れば、このキャンプ場、ただ混んでいるわけではない。最新のキャンピングカーやBBQコンロ、黒光りするダッチオーブンなど、いかにも手練れなBBQイスト共の集団なのであった。
 司会の男は、さらに続けた。
「今年のテーマは、『豪快なおもてなし』です。皆様には、これから2時間で、20人前のオリジナルのBBQ料理を作っていただきます。評価は、味、盛りつけの美しさのみならず、製作過程の豪快さや、BBQっぷりも加点されます。審査員は、昨年度チャンピオンのマーク・ストームと、我らがジャック・コティが務めます。いずれ劣らぬBBQの猛者たちです。」
 我らが、と言われても、その世界に疎いAチームには、どれだけ凄い奴なのか見当もつかない。
「マーク、ジャック、一言ずつ貰えるかな?」
 マークと呼ばれたレンジャー部隊のようないかつい男がマイクを取った。
「よく聞けお前たち! BBQは、味覚の戦場だ! お前たちの最高の男気を見せてくれ!」
 そう言って、ガンっとマイクを投げ捨てる。わあっと歓声が上がり、マークを讃える声が飛び交う。
 司会者は、投げ捨てられたマイクを拾い、ジャックに渡した。ジャックは、小柄なサラリーマン風のおっさん。
「本日は、お日柄もよく、BBQ日和だと思います。でも、生半可な料理では僕の舌を満足させられないことは、もう皆さんおわかりでしょう。健闘を祈ります。」
 ジャックー、いいぞジャックー! BBQイストたちから一斉に拍手が巻き起こった。観客が治まるのを待ち、司会者が話し始めた。
「BBQ界の2人のレジェンドが、公平な目で皆様のBBQを見て回ります。1時間半後に試食タイムとなり、1人10点で、合計得点が高い1組が優勝です。優勝賞金は、1000ドル――
「1000ドル!?」
 司会が皆まで言わぬうちに反応するフェイスマン。
「1000ドルって、あのお金の1000ドル?」
「1000ドルと言やあ、結構な額だぜ。」
「ふむ、1000ドルあれば、当座の逃走資金になるな。」
「ってことはつまり……?」
「それじゃあ、いただきましょう、その賞金、あたしたちが。」
 ニヤリと笑ったハンニバルの一言で、Aチームは、第23回エクストリームBBQコンテストへの参加を決定したのであった。


「20人前の料理か。フェイス、手持ちの食材だけで何か作れるか?」
「うーん、ちょっと難しいかも。野菜が全然ないし。」
 フェイスマンが、並べた食材を点検しながら答えた。ではここで、「ちょっと難しい」冷蔵庫の中身を確認してみよう。
*トリニダード・モルガ・スコーピオン、10kg;30万スコビルの悪魔、ハバネロの5倍の辛さを誇る、嫌がらせ系唐辛子。メキシコ料理屋居座り事件のメイン武器かつ報酬。
*アメリカバイソンの肉、7kg;アメリカバイソン密猟者を引っ捕らえた報酬に貰った当該動物の肩肉。とても固い。
*ホンビノス貝、沢山;焼きハマグリ屋偽貝事件で押収した偽ハマグリ。素人には区別がつかない。そこそこ旨い。
*バドワイザェー、100缶;バドワイザー偽物事件で押収した発泡酒。味は薄いが夏向けで悪くない。アルコール12度は、製造過程で起きた何かの間違いである。
*密造酒;善良なる弱小マフィアのボスの腰痛を改善させた結果貰った自家製のジャパニース・サケもどき。料理酒程度のクオリティ。
*トリュフ塩、100gくらい;フェイスマンの私物。意識高い系女子から貰った。
*大箱入りの白いアイスとピンクのアイスとコーンとヘラ;秋田名物、ババヘラ作成キット。入手経路不明。
「メインをその何ちゃら言う唐辛子にして、つけ合わせがバイソンのステーキって感じかな? あ、ちょっと融けてる。」
 フェイスマンが持ち上げた7kgの冷凍バイソン肉は、ちょっと融けかけて、赤いおつゆが滴っている。
「逆だろ。何で唐辛子がメインなんだ。」
「だって一番量が多いものがメインじゃないの? でもって、味つけはトリュフ塩だけだよね、今の状況だと。」
「塩味の激辛と肉か。厳しいな。」
 と、お尻の辺りを擦るハンニバル。老いた尻に唐辛子は危険だよね。
「どれもこれも量はたっぷりあるから、周りのキャンパーの食材と物々交換してもらうってのは?」
「いい案だが、何せコンテストだ。敵に塩を送るような真似をしてくれるだろうか。」
「やってみるしかないでしょ。」
 ということで、ここはフェイスマンの独壇場。食材を抱えて、物々交換の旅へと去っていった。


「よし、フェイスが食材を調達している間に、BBQ道具のブラッシュアップが必要だ。優勝を目指すからには、審査員の目を引く豪快な調理スタイルを構築するんだ。」
「おう。とりあえず、鍋か網かフライパンが必要だな。」
「あと包丁がねえな。」
「料理って切らなきゃダメだっけ? 丸焼きにして齧ってもらうってのはどう?」
「肉は無理だろう、特にこの肉は。薄切りにしなきゃあ、歯が立たない。」
「ニッパーじゃ薄切りは無理だな。コマ切れがせいぜいだ。」
 わいわい言いながら3人が用意したのは、焚き木用の枯れ枝(炭を持たぬゆえ)と、半径1.5mの円形の網。キャンプ場とキャンプ場以外を分けるフェンスの一部を、チェーンソーで丸く切り取って持ってきたものだ。
【編注;一般的なチェーンソーで金属を切るのは危険ですのでおやめ下さい。フェンスを切るにはニッパーをお使い下さい。】
「これを肉焼き網にして肉を焼きゃあ、豪快感は出せるぜ。」
 さっき作ったかまどの上にフェンスを乗っけてコングが額の汗を拭いた。
「早速火を点けよう。もう30分使ってる。料理はあと1時間で仕上げるんだ。」
 しかし、まだメニューも決まってないのである。
「仕上げるって、大佐、これ、何の料理にすんの?」
「わからん。だが、この肉の塊に火を通すんだから、今から乗っけておかなきゃダメだろう。」
「確かに。」
 というわけで、でかい網の上に、肉塊7kgがそのまま乗せられた。何の策もないまま。と、そこに、フェイスマンのご帰還。
「ただいま〜。」
「どうだった、フェイス。」
「全然ダメ。みんなガチのBBQ狂いばっかりで、話しかけられそうな女の子なんかいやしないよ。収穫は、ビール(発泡酒)1ダースと引き換えに貰った、このソイソース(ヒゲタ)1ビンだけ。」
 と、醤油の小ビンを見せるフェイスマン。
「まあ、肉には醤油も合うからな。」
 と、自分を納得させるハンニバル。
「もう審査員が見回り始めてるんだけど、目立つグループのところにしか行ってないみたい。とりあえず俺たちも音楽かけて、BBQっぽい雰囲気、出してみない?」
「おう。」
 バンのカーステレオを大音響でかければ、FM局から流れるマリア・カラスのハバネラ。選曲おかしい感は否めないが、今それに突っ込む余裕のある物はいない。
 かまどに乗せたフェンスをちょっと持ち上げて、下の枯れ枝に火を点ける。枝が細いため、あっと言う間に燃え上がり、肉は変な具合に炎に包まれた。
 と、そこに、審査員が。いかにもアウトドア派の、赤と緑のパタゴニアのヤッケを着込んだBBQレジェンド2人は、網の上の炎上を一瞥して尋ねた。
「ん? ここは何を作ってるんだ?」
 昨年度チャンピオンのマーク・ストームが、ハンニバルに問うた。
「バイソンのステーキだ!」
 ハンニバルが胸を張る。
「網が大きいのはいいね。でも、食材が寂しいし、茶色ばかりで見栄えがしない。センスないんじゃないの? はい次!」
 我らがジャック・コティが鼻で笑った。
「せいぜい派手にやるんだな。」
「ああ、それじゃ頑張ってね。」
 と言って去っていく審査員。滞在時間10秒。エクストリームBBQの審査員は非情だった。呆気に取られて見送るAチーム。
「これは厳しそうだぜ。どうする、ハンニバル。」
「ふむ……。」
 と、考え込むハンニバル。
「……これは難しそうだな。」
「えっ、優勝するんじゃなかったの?」
「もちろん優勝は、する。だが、正統派のBBQ料理で勝ち目はない。これは、コンテストではなく、作戦だ! 題して、審査員、捕獲大作戦!」
 ハンニバルが、去っていく審査員の背中をビシッと指差す。
「捕獲って、どうすればいい? 罠とか? 釣る? 網で木の上から吊り上げるヤツはどう?」
 不穏な提案をするマードック。
「いいや、ここは穏便に行かねば、賞は取れんだろう。」
「じゃあどうやって?」
「追い込む。そして引き寄せる。」
 追い込む。引き寄せる。BBQで審査員を追い込む。BBQで審査員を引き寄せる。聞いたことのないワードが出ました。
「引き寄せてどうすんの、料理はこんなだよ?」
「この大会、絶対評価じゃない。点数制だ。他のBBQを見られないようにしてしまえば、圧倒的に有利になる。」
 ハンニバルが、そう言い切った。
「根本的に何か違う気もするけどなあ。問題は、料理の味なんじゃ……。」
 フェイスマンの呟きは無視され、作戦は決行されるのであった。


〜3〜

〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。〉
 全員マスク着用のAチーム。麻袋から激辛唐辛子をドサドサとぶちまけるフェイスマン。ちょうどいい石の上で、激辛唐辛子をひたすら叩き潰すコング(涙目)。ひたすら叩き潰すマードック(涙目)。叩き潰された唐辛子を水と一緒にスプレーボトルに詰めるハンニバル(涙目)。小型扇風機を分解し、ボトルに取りつけるコング。
 めらめら燃える肉の横に、ホンビノス貝を豪快にぶちまけるフェイスマン。
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉


 マークとジャックは、他の参加者のBBQを覗き、時には励まし、時には辛辣な声をかけながら会場をウロついている。派手なロースターでチキンの丸焼きを作るグループ、大鍋でチリを煮込むグループなど、正統派BBQチームに引き寄せられる傾向があるようだ。
「よし、コング、モンキー、作戦決行だ。」
 ハンニバルの指示に、ささっと持ち場に着く2人。木の陰に隠れて、審査員が近づくのを待つ。
「よし、今だ。」
 マークとジャックが通り過ぎたタイミングで、後ろから激辛唐辛子スプレー吹きかけるマードック。
「げほっ!」
 マークが咽た。
「ぐへっ、何だこれ、目が、目が開かない。」
 ジャックも顔を覆ってしゃがみ込む。
「おい、大丈夫か。近くで激辛料理でもしてるのか!?」
 と、マークが辺りを見回した。
「向うでチリを煮ている。きっとあれのせいだ、ハバネロを大量投入してるんだろう。ゲホッ、とにかく、ここを離れよう。」
 と言って、2人の審査員は、唐辛子スプレーの影響のないきれいな空気を目指してその場を逃げ出した。
 コングが、それとなく彼らの後を追い、スプレーをシュシュッと追加。
「げほっ、何だ、ここもチリなのか!」
「今回は激辛系が多いんですか。やりすぎじゃないでしょうか。」
 そうして2人の審査員は、唐辛子スプレーに翻弄され、咽たり咳込んだりしながら、再びAチームのキャンプ場所の方へと誘導されていくのであった。


 その頃、Aチームの網の上では、バイソンの塊肉が真っ黒に焼けており、その周りにびっしり敷き詰めたホンビノス貝が数百個、パカパカと口を開け始めていた。火の番をしていたフェイスマンが、いそいそと密造酒のビンを取り出し、口を開けた貝の上に1滴ずつ注いでいく。その後、同様に醤油を少々。零れた貝汁と、酒と醤油のタレが網の上でジュっと音を立て、香しい焼き貝の匂いが辺りに漂い始めた。それをじっと見ていたフェイスマンは、トングで貝を1つ摘み上げると、ハンニバルに渡した。フウフウしてから汁ごとパクリと焼き貝をいただくハンニバル。
「う、旨い……!」
 そしてすかさず冷蔵庫からバドワイザェーを1缶取り出し、プシュッと開けて一口。
「ぷはぁ〜、何て旨いんだ、この焼きハマ(偽)。薄いビールによく合う。」
「どれどれ。」
 と、フェイスマンも1個。はふはふと食べ終わり、貝殻からお汁をズズッと啜って目を見開いた。
「何これ、ホンビノス貝最高! もうハマグリ超えてるかも。シャンパンが欲しいとこだけど、ビールでも十分! て言うか、このビール、来るなあ!」
 そりゃそうだ、アルコール度数12度だから、薄めのシャンパン並み。


 そうこうしているうちに、行き場をなくした審査員2人と、2人の追い込み漁を完了したコングとマードック到着。
「ゲホッ、ゲホッ。み、水をくれ。」
 網の前に倒れるようにへたり込んだマークが、ハンニバルの方に手を伸ばした。
「水はないが、これを飲みなさい。」
 咳込む審査員たちにバドワイザェーを手渡すハンニバル。むぐ、むぐ、と、それぞれバドワイザェーを飲み干し、一息つく2人。
「ありがとう、何だこのビールは……バドか。バドにしてはパンチが効いて旨いな。」
「うん、BBQにぴったりなビールだね。それに、何? この香ばしい匂い……。」
 辺りを見回すジャック。
「ああ、嗅いだことのない匂いだが、やたらと旨そうだ。」
 マークもそれに応え、泳いでいた2人の視線が、網の上のホンビノス貝に吸い寄せられた。
「これ? 前菜の焼きハマグリ(偽)。ジャパニーズスタイルで焼いてある。はい、食べてみて。」
 フェイスマンが、ホンビノス貝を2人に振る舞う。
「旨い、このジュースが堪らん。」
「うん、フランスのニースで食べる貝料理みたいだ、なかなかイケる。」
 ちゅるちゅると貝を頬張る2人に、わんこそばの要領で貝と発泡酒を供給するAチーム。酔っ払って段々いい気分になってくるマークとジャック。
「どうだい、うちの料理は。」
 腕組みをして仁王立ちのハンニバルが2人を見下ろす。
「旨いね、なかなかだ。」
 と、ジャック。貝汁で手と口の周りをべちゃべちゃにしながらも、あくまで上から目線だ。
「だが、今大会のテーマは『豪快なおもてなし』だ。ちまちました焼き貝は、それだけでは加点ポイントにならな――
「豪快なら俺に任せとけ!」
 呂律に異常を来して尚、したり顔のマークの話を遮って入ってきたコング、手にはチェーンソー。
「本当の豪快ってのがどんなもんか、目に物見せてやるぜ!」
 と言うと、ブゥン! とチェーンソーを発動させた。徐に網に歩み寄り、真ん中で黒焦げているバイソン肉に刃を入れる。
 バババババ! ドゥドゥドゥドゥドゥ!
 およそ食べ物に纏わる音ではない音を立てて、バイソン肉が真っ二つに。外は黒焦げだが、中は美しいピンク色。さすがに1時間以上直火で焼いたので、ミディアムレアに焼き上がっている。もちろん、一番外っ側は、後でこそげます。
「おお。美しい。」
「完璧な焼け具合だ!」
 審査員の反応に気をよくしたコングが、尚も肉に攻撃を加える。ものの5分もしないうちに、7kgのバイソンの肩肉は、コングの華麗なチェーンソーさばきによって、一口大のステーキ肉へと切り分けられた。噛み切る必要がないくらいにしとかないと、とにかく固いから。
「しかし、味つけは?」
 ジャックが問うた。
「フェイス、塩だ!」
 ハンニバルの命令でフェイスマンが取り出したのは、意識高い系ガールフレンドに貰ったトリュフ塩。大抵の食材なら、全部トリュフの味にしてしまうという禍々しい塩だ。ササァーッと塩をかけ回し、生焼けの部分を網に押しつけて焼き直しながら、フェイスマンが言った。
「さ、食べて! 味が足りなかったら、醤油かけてね! ビールも一杯あるからね!」
 と、オカンのようなフェイスマン。コングとマードックも加わり、肉と貝とビールの宴会が始まった。もうどこまでが20人前だかも定かでない状態であったが、7kgの肉塊と、数百個のホンビノス貝は、近隣の参加者の乱入もあり、小一時間で食べ尽された。〆に、マードックがバラの形に盛った紅白のアイスクリーム(ババヘラ)を供し、AチームのBBQは成功裏に終了したのであった。


 翌日、アリゾナ州のフリーウェイを、フェニックスへとひた走る紺色のバン。後部のドアは開けられ、あの冷蔵庫が横倒しで姿を見せていた。
「賞金1000ドルかと思ったら、1000ドル相当の神戸牛だったとはな。」
 運転席のコングが冷蔵庫をチラ見してそう言った。冷蔵庫は、バッテリーを追加することで、しっかり電源が確保され、まるで宅配便の冷蔵車のような様相。昨日、エクストリームBBQコンテストを制した後、帰りのキャンピングカーの群れに紛れて難なく州境を超えたAチームは、次の依頼先へと急いでいた。
「しかし、とことん現金に縁がない夏だよね。神戸ビーフは売れそうだからいいけど。」
 と、フェイスマン。
「ま、そんな時もあるさ。次の依頼主はクリーニング屋だから、まさか実物支給ということもあるまい。気楽に行きましょ。」
「わかんないよ、もしかしたら洗濯済みワイシャツ1年分かもしんないよ?」
「縁起悪いこと言うんじゃねえ、このタコ。」
「モンキー、その場合、クリーニング屋の持ち物じゃなくて、客からの預かり物だよね?」
 コングがマードックを嗜め、フェイスマンが茶々を入れる。コングは、先を急ぐべくアクセルを踏み込んだ。ぐんぐん加速し、フリーウェイを去っていく冷蔵車(バン)。
 1週間後、見事依頼をこなした4人が得た報酬は、クリーニング割引券200ドル分であった。
【おしまい】
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