サーフィンUMA
伊達 梶乃
 シュボンッ!
 革手袋を填めた手が発煙筒に着火すると共に、Aチームのテーマ曲が鳴り響いた。
〈Aチームのテーマ曲、始まり済み。〉
 もうもうと煙立つ発煙筒を、次から次へと建物の中に投げ入れるハンニバル。ガスマスクを被ったフェイスマンが駆けてきて入口の脇にへばりつき、中の様子を窺う。しかし、煙もうもうで何も見えない。ハンニバルに「ストップ」のハンドサインを向けるが、ハンニバルは未だに発煙筒を着火しては投げている。諦めたように肩を竦めると、フェイスマンは建物の中に駆け込んでいった。その後を追いつつ、まだまだ発煙筒を着火しては投げるハンニバル(ガスマスクつき)。建物の窓という窓から、発煙筒の煙が吹き出す。建物の中にいる人々の咳込む声も聞こえる。
 少しして銃声が聞こえ、建物の外の通行人が身を屈める。塀の外で待機していたコングが、『映画の撮影中』と書かれたプラカードを掲げる。それを見て納得し、何事もなかったかのように歩き出す通行人たち。
 また少しして、建物の出入口である自動ドアが開き、大量の煙の中からハンニバルとフェイスマンが走り出てきた。2人の間にマードックもいる。右腕をハンニバルの肩にかけ、左腕をフェイスマンの肩にかけ、負傷中かと思いきや、真っ直ぐに伸ばした両足をすうっと上げる。真剣な面持ちで。何やってんだかさっぱりわからないけど、腹筋は鍛えられそうだ。3人はそのまま、門のところに停めてあったバンに乗り込んだ。既に運転席でコングがスタンバイしている。
 こうして今回も、マードックを退役軍人病院から連れ出すことに成功したAチームであった。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


「オイラの部屋のドア壊したの誰よ?」
 車が発進した途端、マードックがむくれた。
「ああ、あたしだが。」
 助手席のハンニバルが振り向いた。合い鍵を取ってこなかったフェイスマンが、ピンで鍵穴をカチャカチャやってるのがまどろっこしくて、小銃で撃って鍵を壊した、というわけである。
「大佐のやることに文句つけたかねえけど、鍵、開いてるかどうか確かめなかったん?」
「確かめなかった。」
 そう答えたのはフェイスマン。ガスマスクを外し、御髪の乱れを手櫛で直しつつ。
「開いてたの?」
「開いてた。」
「そう。でも別にいいじゃん。結果的に、お前を攫えたんだからさ。」
「鍵の壊れた部屋に戻る身にもなってほしいんだけどなあ。」
「鍵が壊れたとなっちゃあ病院側は大問題だがよ、てめえに何か問題でもあんのか?」
 運転中のコングが前を見据えて訊く。
「問題ねえわけねえって!」
 マードックが運転席のヘッドレストを両手で掴んで腰を浮かせる。
「俺んちを何だと思ってんだよ、自分の部屋と他人の部屋の区別ついてねえ奴ばっかで、下手すっと俺っちの部屋とトイレの区別もついてねえんだぜ。おかげで庭に水撒きさせられる夢見た後は、大概アンモニア臭くってよ、この辺が。」
 と、頭の横辺りを指でくるくると示す。
「それは……悪いことをしたな。」
 事態が理解でき、素直に謝るハンニバル。
「鍵って、そういう役目だったんだ。」
 目から鱗が落ちた、といった風のフェイスマン。
「いいとこじゃねえか。てめえにぴったしだ。」
 ニヤニヤ笑うコング。
「ほんで、何なの? オイラを連れ出したってことは、何か仕事?」
 マードックが助手席の方に尋ねる。
「いや、たまにはみんなでランチでもどうかな、って。フェイスの奢りで。」
「え? 俺が払うの?」
 他に誰が払うんだ、とフェイスマン以外の3人(と、ここを読むすべての人々)が思ったのであった。


 ロサンゼルス市街地の南の外れに、ちょっと前にできたテクスメクス料理のレストラン、そこがAチームの目的地であった。
 昨夜、フェイスマンが金づるかカモか可愛い娘を探して入ったバーで、金づるもカモも可愛い娘もいなかったけど、背後で冴えない兄さんたちがこのレストランの話をしていたのだ。何でも、非常に辛くて、しかしフルーティな唐辛子、ハバネロを使った肉料理が美味く、ランチタイムのコストパフォーマンスがよろしいらしい。その話を、今朝、と言っても11時くらいに、フェイスマンがハンニバルにした。そして、既にアルバイトに出ていたコングが電話で呼び戻され、非常に辛い唐辛子が辛すぎた時のための要員としてマードックを病院から連れ出す段取りが考えられ、それが実行され、今に至る。
 店の中はかなり賑わっていた。だが、ランチには幾分遅い時刻であることが幸いし、食事を終えた一団がちょうど帰っていくところで、すぐに4人は席に案内された。そして、突き出しとして出されたトルティーヤチップスにチリコンケソをつけて齧りつつ、ランチメニューをざっと見てオーダー。ビーフ・ファヒータ2つとラム・ファヒータと鶏の串焼き、それとサラダ代わりにタコスを4つ(ビーフ2とエビ1と白身魚1)。飲み物は、コロナとモヒートとインカコーラと牛乳。
 ファヒータにハバネロを使ったサルサが添えられていた。辛いことは辛いが食べられないほどではなく、後からやって来る辛さがコロナとよく合う。肉も固くなくジューシー、肉と共に炒められた野菜は少なめ、タコスの牛挽肉も零れんばかりで、ハンニバルは大変に満足。コングは、量が少ないと不満に思っていたが、既に病院で昼食を終えてきたマードックがファヒータもタコスも半分以上くれたし、牛乳はちゃんと牛乳だったので、満足。マードックは、歯応えと味のあるものが久々に食べられて十分満足していたところに、サービスでハラペーニョのフリッターが貰えて大満足。フェイスマンも、メニューを見た時点で値段に満足。それゆえ、コングとマードックにデザートとしてトレスレチェスを、ハンニバルに2本目のコロナを、自分用にコーヒーを追加オーダーした。コングは、トレスレチェスが2つだから牛乳が6杯来るものだと勘違いしたけれど、店員から3種類の乳製品が使われたケーキだと聞いて、それはそれで喜んだ。
 店内にはスペイン語のポップスやサルサ、メレンゲが流れていた。しかし今は、英語で歌われている曲がかかっている。食事をほぼ終えた4人は、無言でそれに耳を傾けた。ビッグフットやネッシーなどの未確認生物がビーチに出てきてサーフィンをする歌だ。英語ではあるが、わずかにスペイン語の訛がある。曲もコーラスも、アメリカの二昔前の軽快なポップス風。だけど、間奏が急に短調になり、リズムもハバネラになって恐い。最後に執拗に繰り返される「ジャージー・デビルもサーフィン。サーフィンUMA」が耳に残る。
「この曲、最近よく聞くよね。」
 曲が終わろうとしている頃、フェイスマンが口を開いた。
「ああ、ラジオでよくかかってるぜ。」
「オイラ、間奏んとこが好きだな。物陰から何か出てきそうでさ。」
「それなんだがな。」
 ハンニバルの短い発言に、残る3人の頭脳がシュピピピッと動き、3人は一斉に上司の方を向いた。
「この曲のビデオ撮るの?」
「着ぐるみに入ってサーフィンすんのか?」
「オイラ、ジャージー・デビル役がいい!」
 あまりにも頭の回転がよすぎる部下たちを見て、リーダーはこっくりと頷いた。
「よろしい。」
 何が「よろしい」なのかさっぱりわからないが、ともかくハンニバルは嬉しそうだった。


 ハンニバルの話によれば。
 この曲『サーフィンUMA』は南米(どの国だったかは失念)の青年たちのバンドによって演奏され、歌われている。しかし彼らには、アメリカのミュージシャンのようにミュージックビデオ(プロモーションビデオ)を撮る予算もコネも機材もない。そこで、予算も方法もすっ飛ばして、彼らのミュージックビデオに出演してほしい、とアクアドラゴンに依頼。バンドのリーダーがアクアドラゴンシリーズのファンなのだそうだ。アクアドラゴンの監督経由でその話がハンニバルに伝わり、現在、プロジェクトは着々と進行中。特に依頼されたわけでもないのに、アクアドラゴンシリーズの監督も美術係もカメラマンもミュージックビデオ作製に取り組んでいる。
「ギャランティについては?」
 そう尋ねるは、当然フェイスマン。ギャランドゥではないのでご注意あれ。
「何も聞いていない。」
 正直に答えるハンニバル。
「でも、この曲、よく耳にするってことは結構売れてるんだよね?」
「恐らくな。」
「ビデオ作ったら、もっと売れるよね? となると、概算だけど、ええと。」
 懐から電卓を出して、獲らぬ狸の皮算用を行うフェイスマン。
「ざっと見積もって、アクアドラゴンのハンニバルに1万ドル、脇役として出演の俺たちに1人3000ドルは貰えるんじゃないかな。俺、ちょっと相場を調べてみるよ。」
 Aチーム全体として約2万ドルの収入を見積もったフェイスマンがやる気になった。
「オイラも未確認生物について調べてみる!」
 マードックも乗り気。
「じゃあ俺ァサーフィンのやり方でも調べてみるか。ちょうどいい季節だしな。」
 トレスレチェスの皿に残ったソースを指で舐めながら、コングも同意。
 そう、今は夏。夏と言えば、西海岸では、ビキニの女性、および、サーフィン。それ以外にはない。あったとしても、そのどちらかに付随したおまけ程度のものである。
 目的も決まり、Aチームは速やかに行動を開始するのであった。


〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
 アクアドラゴンの監督等と薄暗い部屋(倉庫)で真面目くさって話をするハンニバル。折り畳み式テーブルの上には、ミュージックビデオの絵コンテが散らばっている。
 テレビ局で音楽番組担当者と話をするフェイスマン。その背後のモニターでは音楽番組がオンエア中。
 図書館の書棚の間をずんずん歩いていくコングとマードック。それぞれが目的の本がありそうな書棚に向かい、いくつか本を取って、座席に着く。
 テレビ局のスタッフルームで、手帳を見ながら電話をかけるフェイスマン。
 本を読みながら、持参した紙の裏にメモを取っていくマードック。同様のコング。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉


「サーフィンのやり方はわかった。ちっと練習すりゃあできんだろ。そん時ゃ、俺が手取り足取り教える。それよか衣装が問題だ。防水にしなきゃあ水吸って動けなくなるぜ。」
 そりゃ当然でしょ、ということを発言するコング。ここはアクアドラゴンを置いている倉庫。アクアドラゴンシリーズ制作スタッフの溜まり場でもある。しかし、ハリウッドのスタジオ内というわけではなく、ただの倉庫。周囲には似たような境遇の自称アーティストたちが仕事場兼物置にしている倉庫がいくつも並んでいる。
「アクアドラゴンはこの間、撥水加工をし直したから大丈夫だろう。」
 美術係がコングに応える。傘や雨靴にスプレーするアレを吹きかけただけなんだが、何もしないよりはマシ。
「他の未確認生物は?」
 倉庫の中をキョロキョロと見回して、マードックが問う。
「それに、俺っち疑問に思ったんだけど、アクアドラゴンって未確認生物なん?」
 未確認生物についての知見を得たマードックは(前からだいぶ知ってたけど)、どうやらアクアドラゴンを未確認生物に含めたくない様子。
「他の未確認生物の着ぐるみは、まだ作っていない。先立つものがないからな。」
 答える美術係。金がなけりゃ、物は作れない。一般的には。
「先方はアクアドラゴンに出演してほしいと言っているが、確かにアクアドラゴンは未確認生物じゃない。世界中の多くの人々に確認され、広く認知されている怪獣だ。生態も我々は熟知している。だから、アタッチメントをつけてネッシーにしてみようかと思ってる。」
 そう監督が説明する。妄言については、敢えて突っ込まないでおく。
「いいね、ネッシー、最高。」
 アクアドラゴンに何のアタッチメントをつけるとネッシーになるのかわからないが(背中のコブ? それとも長い首?)、マードックはそれに賛成した。
「ゴリラの着ぐるみは、他の倉庫を探せば1つや2つくらいは見つかるだろうから、それを拝借してビッグフットにするっていうのは?」
 美術係が案を出す。
「ビッグフットも最高。」
 マーヴェラスとワンダフルの入り混じった表情を見せるマードック。
「こいつに甲羅くっつけりゃ、河童になるんじゃねえか?」
 マードックを親指で指して、コングがくくっと笑う。河童をご存知とは。
「それで行こう!」
 安上がりな提案に、美術係が即座に賛成。
「ツチノコは? 作んの簡単そうじゃね?」
 古今東西の未確認生物を知り尽くしたマードックが発案。フェイスマンにツチノコの着ぐるみを着せたら、『怪奇! 吸血人間ツチノコ』になってしまわないだろうか。
「ツチノコってなあ太ったヘビだろ? そんなんじゃサーフィンできねえぜ。サーフボードから滑り落ちちまわあ。」
 物理的な理由で却下。ヘビ形じゃパドリングさえもできない。
「あたしがネッシー、モンキーが河童、さすればコングがビッグフットというところかな。そして、フェイス、お前が……。」
「話の腰を折るようで悪いんだけどさ、バンドメンバーが撮影に来られないみたいなんだよね。」
 ずっと眉毛をハの字にしていたフェイスマンが口を開いた。歌の主役であるジャージー・デビル役を押しつけられる前に。だって、ジャージー・デビル、空飛ぶ二足歩行の馬のような姿だと言われているし、そうなると、空を飛ぶことを強要されるだろうし。
「監督のとこに来た手紙に書いてあった電話番号に電話して訊いてみたんだよ。」
「お前さん、スペイン語できないんじゃなかったっけか?」
 ミュージックビデオの依頼主はスペイン語圏の国民だったよな、と思い出し、ハンニバルが問う。
「ちゃんと習ったわけじゃないけど、この間、だいぶ練習したからね。元々、ある程度は知ってたし。」
 補足説明すると、スペインの富裕層の未亡人(with 多額の遺産)がアメリカ旅行に来たわけです。以上。
「で、ミュージックビデオを撮るのはいつ頃がいいか訊いたら、出演できないっていうか、こっちに来られないっていうか。」
「何でだ? こんなに1日何回もラジオで曲流れてる奴らが、何で来られねえんだ? けったくそ悪い飛行機に乗りゃあ、どっからだって1日もありゃ来られるだろ。」
 あちこちでツアーコンサートをやっているミュージシャンをイメージして、コングが吼える。
「ビザの関係で。あと、彼らんとこにお金入ってないみたいで、こっちに来る費用もないって。」
 フェイスマンの調べによると、どうやら、誰かがどこかで手に入れた『サーフィンUMA』の音源を、勝手にラジオ局が流しているらしい。それによってどんどんと曲が人々に認知されていくのだから、無名ミュージシャンにとっては必ずしも悪いことではないんだが、ミュージシャン側が無償で曲をオンエアすることを許可していないのであれば、それは違法である。本来ならば、曲を電波に乗せるたびに、その代金がミュージシャンに(作曲者と作詞者にも)支払われるべきなのである。
「じゃあさ、フェイス、おゼゼが関係してねえんだったら、元曲との問題もないんかな?」
「元曲?」
 マードックの質問に、フェイスマンが首を傾げた。
「だってあの曲、ビーチボーイズの『サーフィンUSA』の替え歌じゃん、個性溢れるイカした間奏以外は。そんでもって、『サーフィンUSA』はチャック・ベリーの『スィート・リトル・シックスティーン』の替え歌だしよ。」
「おう、確かにそうだぜ。」
 コングも同意。ハンニバルも監督らも「そう言えば」と言っている。ハンニバルには大元の『スィート・リトル・シックスティーン』の方が馴染みがあるかもしれない。
「『サーフィンUSA』か……すっかり記憶から消えてた、昔よく聴いてたのに。よし、そっちの方も当たってみる。大御所から文句つけられる前に。」
 フェイスマンは小走りで倉庫から出ていった。
「……フェイス、ビーチボーイズやチャック・ベリーと知り合いなんかな?
「んなはずァねえだろ。考えてもみろよ、ビーチボーイズもチャック・ベリーも男だぜ。」
 コングの言葉に、マードックは心底納得して頷いた。


〈Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
 音楽関係者のところに赴き、事情を話し、首を横に振られ、肩を落として帰っていくフェイスマン。
 サーフショップでサーフボードを物色するコング。店員と真剣に話し合う。
 先刻とは別の音楽関係者のところに赴き、事情を話し、首を横に振られ、肩を落として帰っていくフェイスマン。画面右上に「4件目」と出ている。カメラが捉えていない間も、フェイスマンは音楽関係者のところに赴いているのである。
 未確認生物リストのフラットウッズ・モンスターのところに横線を引くマードック。それは彼的には未確認生物ではなく宇宙人であるので。
 また別の音楽関係者のところに赴き、同じことを繰り返すフェイスマン。画面右上のカウンターは「17件目」になっている。
 アクアドラゴンをネッシーっぽくしていく美術係と、それを手伝うハンニバル。既にゴリラの着ぐるみがビッグフットっぽくアレンジ済み。顔がリアルなパントマイムホース一式と地味な傘も置いてある。これからこれらがジャージー・デビルになる予定。
 しつこく音楽関係者のところに赴くフェイスマン。カウンターは「31件目」。音楽関係者、多いな。
 バンドのリーダーから来た手紙を手に、電話をかける監督。電話を受ける、顔面の濃いラテン系の青年。壁に貼られているのはアクアドラゴンのポスター(スペイン語版)。
 カフェのテラス席でぐったりと椅子に身を預けるフェイスマン。カウンターは「53件目(休憩中)」になっている。突然、フェイスマンの横の席にサングラスをかけた男が座り、フェイスマンがその男を見て、驚いたように硬直する。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。〉


「ビーチボーイズのメンバーと会って、許可貰ってきた! チャック・ベリーの事務所とも交渉成立! それも、タダで!」
 懐から2通の封筒を出し、その中からサイン入りの証書を出して広げ、意気揚々とフェイスマンはそれらを掲げた。「勝訴」みたいな感じで。やったぜ、俺。ビバ、報われる努力!
「両方とも『サーフィンUMA』のこと知ってて、間奏のオリジナリティを認めてくれてさ、話し合いの間もにこやかだったし!」
 多分、『サーフィンUMA』とビーチボーイズとチャック・ベリーについて足を棒にして聞き回っている憐れな男のことが、音楽業界で瞬間的に話題になったのだろう。フェイスマンに相談を受けた人物が、何だか可哀想になって、彼が帰った後に電話で各所に話を回したに違いない。でなけりゃ、カフェで偶然、ビーチボーイズのメンバーに会うなんて、あり得ない。その後、チャック・ベリーの事務所にも連れていってもらえたし。
 因みに、ビーチボーイズ側もチャック・ベリー側も、この曲が切っ掛けになって旧譜を買ってくれる人が増えればいい、と思っているわけである。どの曲がオリジナルなのかは、世界的にもうわかっていることだし(忘れている人以外は)。
「よくやった。これで我々も心置きなく映画、じゃなくて、ミュージックビデオが撮れるな。」
 満足げなハンニバルは、下半分、アクアドラゴンに入っている。アクアドラゴンの上半分は、何だか長ーくなって床で寝ている。これを被ったら、首を痛めそうだ。
「サーフボードもよさそうなの探しといた。手が空いたら頼むぜ。」
 親指をビッと立てるコング。「頼むぜ」というのは即ち「フェイス、盗んでこい」ということ。結構高いのだ、サーフボードってヤツは。
「うん、わかった。で、そっちの調子はどう?」
「フェイス、ちょっと手広げてみ。」
 訊いちゃいけなかった。マードックが傘を分解した生地をフェイスマンの腕から脇に当て、チャコペンですすっと線を描いた。
「1本で両方行けるぜ。さすがゴルフ用の傘はでかいねえ。」
 円形の生地を半分に折って、裁ち鋏で躊躇なく切る。縫いしろのことを考えていないね。
「それは……俺の衣装?」
「そ、ジャージー・デビルの羽。」
「やっぱり俺がジャージー・デビルなわけね。」
 フェイスマンは諦めた。変な衣装を着てサーフィンをすればいいだけだ。顔が出るわけでもない。それに、周りのガラクタを一瞥したところ、ジャージー・デビルを飛ばす方法はまだ考えられていない様子。フェイスマンから言い出さなければ、もしかしたら、飛ばないで済むかもしれない。
「ダメだ!」
 倉庫の扉をバンと開けて、資材調達に出かけていた美術係が戻ってきた。
「河童の甲羅になりそうなものがない。中華鍋ならあるけど小さいし、パラボラアンテナじゃ大きいし。」
 当時、家庭用パラボラアンテナなんてなかった時代。パラボラアンテナがあるのは、ラジオ局とテレビ局と研究所くらいのものだ。そういうところのパラボラアンテナは、とても大きいし、取ったら確実に怒られる。
「ハリボテじゃダメなの?」
 調達専門家として訊いてみるフェイスマン。
「水濡れするってのにハリボテは無理だろ。濡れてもいいもので、そこそこ軽くて、彼の背中に合うやつ。」
 と、美術係がマードックの背を指す。トラがガォーッてしてる背中を。
「丈があるから、円形だと横にだいぶ出ちゃうよね。」
 ミドリガメ(ミシシッピアカミミガメ)じゃないんだから、甲羅は円形でなくていいのである。
「ええとね、赤ん坊用のタライがいいんじゃないかな。」
「わかった、探してみる。」
 フェイスマンの助言を得て、美術係が倉庫の外に出ていった。
「で、バンドメンバーの方はどうなった? 何か進展あった?」
「膠着状態だ。監督も電話してみたんだが、手紙に書いてあった通り、あっちには録音機材はあるものの録画機材がなくて、それを買う金もない。お前さんが言ってたように、渡航費用もない。そして、費用がないのはこっちも同じだ。」
 と、ハンニバルが監督を見やる。監督は、慣れないスペイン語で電話したため、精神と脳の疲労が激しく、放心中。それならハンニバルが電話すればいいのに。
「じゃあ、これからやることの1つは、彼らに楽曲使用料が支払われるようにするってことだね。それと、もう1つは小型旅客機の調達。」
「サーフボードも忘れんじゃねえぞ。」
 コングに口だけで笑ってみせるフェイスマンであった。


〈Aチームの作業テーマ曲、三たび始まる。〉
 架空の音楽事務所を設立するための書類を揃えて、然るべき場所に提出するフェイスマン。さらに、依頼人のバンド、ピーチボーイズがその事務所に所属している、という旨の書類も作って提出。加えて、『サーフィンUMA』がピーチボーイズの作詞であり、作曲はビーチボーイズ(のうちの1人)とチャック・ベリー、編曲はビーチボーイズ(のうちの1人)とピーチボーイズである、という旨の書類も作って提出。これで、『サーフィンUMA』が電波に乗るたびに、フェイスマンの作った音楽事務所の銀行口座に楽曲使用料が支払われる。
 プラスチック製で楕円形のタライを手に入れた美術係が、それをマードックの背に当ててみる。甲羅としてのカーブはともかく、大きさはぴったり。
 ネッシーの頭を持ち上げる方法を今更考えるハンニバルと監督。
 一旦、倉庫に戻ってきて、ハンニバルと監督にカーテンレールを渡し、栄養ドリンクをくーっと飲むフェイスマン。腕時計の時間を見て少し考える素振りを見せた後、倉庫備えつけの電話の受話器を取り、手帳を見ながら電話をかける。
 受話器を取ったラテン青年。彼が振り返る先は、夕食を囲んでいる家族の皆さん。つまり、家族団欒中。だが、そこここにアクアドラゴンのポスターが貼ってある。もしかすると、家族揃ってアクアドラゴンのファンなのかもしれない。いや、そんなことはありますまい。
 タライを削ったりパテを盛ったりして甲羅っぽく成形する美術係。傘の骨と黒いダクトテープを駆使してジャージー・デビルの羽を作っているマードック。
 ビッグフットの着ぐるみを試着させられるコング。そして、サイズが合わないことが発覚。美術係の指示に従って、コングが自分でサイズ調整をする。
 電話を切った後、空いているパイプ椅子をテーブルのところに引き摺ってきて、椅子に座ってテーブルにうつ伏して寝るフェイスマン。
〈Aチームの作業テーマ曲、一旦終わってCM。〉


〈CM終わって、Aチームの作業テーマ曲の続き。〉
 真夜中、トラックの運転席と助手席から、コングとフェイスマンが降りてくる。ここはサーフショップの裏手。フェイスマンがドア周りのセキュリティを確かめ、裏口の鍵をちょちょいと開けて、難なく侵入。コングがこれと思うサーフボードをチョイスして取り、フェイスマンに渡す。それらをトラックに積み込む。サーフィンに必要なグッズやメンテナンス用品も、コングが次々とフェイスマンに投げて寄越す。それらもトラックに積み込む。
 倉庫で着ぐるみ作製を続けている美術係と監督。カメラマンも合流して、地味な作業に打ち込む。
 夜の海で、サーフィンの特訓をするAチーム一同。しかし、暗いのでよく見えない。
 朝日が山の方から昇り、海から上がってくる海パン姿の特攻野郎ども。それぞれ脇にサーフボードを抱え、横一列になって砂浜を歩く。ちょっとカッコいい気がしないでもない。後方の海では、本気のサーファーたちが上手いこと波に乗っている。
〈Aチームの作業テーマ曲、三たび終わる。〉


「大佐、本日深夜、サーフショップからサーフボード4枚? 4本? がスマートに盗まれたそうです。」
 扇風機がゆるゆる回る憲兵隊オフィスで朝のコーヒーを啜っているリンチ大佐に報告がなされた。
「それが我々と何の関係があるんだ? 犯人は軍属か?」
「いえ、まだ犯人は見つかっていませんが、昨日、バラカスがこの店に来て、サーフボードについて質問してきたそうです。」
「何だと?」
「そう言えば、大佐。」
 別の部下が、デスクに向かったまま顔だけをリンチ大佐に向けて口を開く。
「昨日、やけにペックの目撃情報が入っていました。本人かどうか確認してはいないのですが。」
「なぜ昨日のうちに報告しない?」
「次から次へとタレコミの電話がかかってきて、その対応に追われて確認に至らなかったので、外回りに出ていらっしゃった大佐にお知らせするほどではないかと思い……。」
 リンチ大佐は昨日、Aチームのバンを見かけたという通報を受けて、その場所に出向き、その界隈を調べ回り、夕方頃に疲れ果てて直帰したのである。
「そう言えば、大佐。」
 さらに別の部下が、報告書を書く手を休めて顔を上げた。
「昨日、大佐がお出かけになった直後、退役軍人病院から、マードックが何者かによって派手に攫われたと報告が入りました。」
「何だと?! なぜそれを早く言わん! “何者かによって”などと腑抜けたことを抜かしおって。何者の仕業か、貴様らわからんのか? マードックを派手に攫っていくと言ったら、Aチームに決まっておるだろうが! 全員出動!」
 ドタバタとオフィスを後にするリンチ大佐ご一行様であった。もう遅いと思うけど。


〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。〉
 タイヤを軋ませて、コングのバンが走っていく。同様に、MPカーも走っていく。だが、コングのバンは海の方、それもサーフポイントに向かっており、MPカーは病院に向かっている。
 地図の上に、Aチームの現在地を示す赤い点と、MPの現在地を示す深緑の点がピコンピコンと点滅しながら動いていく。2つの点は、出会いそうでいて出会わない。そのうち、2つの点がほぼ反対方向に進み、画面から消えた。代わりにパックマンが現れ、地図上を進んでいく。
 バンが海辺に停まり、監督がディレクターズチェアとメガホンを持ってバンから飛び出す。その後ろからカメラマンがカメラを持って飛び出す。その後ろから美術係がレフ板を持って飛び出す。
 普通にバンから降りたコングが、ルーフに括りつけたサーフボード4枚とネッシーの首を下ろす。そしてまたバンの中に戻る。
 アクアドラゴンの首から下を着たハンニバルがバンから出てきて、ネッシーの首を持って監督の方へのそのそと歩いていく。河童コスチュームを着たマードックが出てくると、美術係が駆け寄り、顔に緑のペイントを施す。ビッグフット姿のコングも出てきて、両脇にサーフボードを2枚ずつ抱えて砂浜を歩いていく。最後に、ジャージー・デビル姿のフェイスマンも出てきた。蹄っぽく見えるブーツ、手と脇腹の間には傘の膜、頭には馬のマスク。
 4体の未確認生物がそれぞれにサーフボードを持ち、海に入っていく。こんな格好でサーフィンができるのかと言うと、不可能を可能にするAチームだからできるのである。それも、そこいらの坊やたちより見事に波に乗れるのである。とりあえずはパドリング。
 カメラマンは、Aチームの、と言うか未確認生物の姿をフィルムに収めている。カメラが回っているのを見て、周囲の人々も撮影の邪魔はせず、遠巻きに見て笑っている。海に入っていたサーファーたちも、邪魔にならないよう砂浜に上がって見物している。時々、監督がメガホンで指示を出す。美術係がレフ板を持って走り回る。カメラマンも摺り足で動き回る。
 頭だけ出して泳いでいたネッシーが、波に合わせて浮き上がり、テイクオフして(ただし四つん這い)海面を滑っていくと、歓声が上がった。ジャージー・デビルは、まるで羽で飛んでいるかのようにジャンプ系の技を決めまくっている。ビッグフットは派手な技こそ見せないが、波に乗り続け、かなりの加速を見せている。河童は、どうやっているんだか、波のトップにずっといて、そこで踊っている。
 監督が撮影終了の声を上げ、腕でカットの動作を見せた。砂浜に戻ってくる未確認生物4体。ギャラリーから、やんややんやの喝采を受ける。しかし、4体は水浸しな上に結構壊れている。ネッシーの首は複雑骨折の様相、ジャージー・デビルの羽はもげているし、ビッグフットは膝から下と頭しか残っていないし、河童は顔のペイントが落ちて嘴はあるものの頭の皿を失った。なので、そそくさと撤収。
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉


「お次は……ええっと、あっちに飛ぶのね。」
 ジャージー・デビルの頭を脱いだフェイスマンは、車内に置いておいたぬるい栄養ドリンクをくーっと飲んだ。
「俺は行かねえぜ。」
 ビッグフットの頭を脱いで、膝下はびちゃびちゃな衣装のまま、コングがバンを発進させる。
「うん、いいよ。今回、睡眠薬用意してないし。」
 フェイスマンの返事を聞いて、コングが嬉しそうな顔を見せた。
「監督、このまま向かってよろしいかな?」
 助手席でもぞもぞとアクアドラゴンを脱ごうとしながら、ハンニバルが問う。
「ああ、フィルムは持ってきているからいいんだが、パスポートはどうしようか。」
 因みにこの撮影、デジタルカメラではなくフィルムカメラで行っています。フィルムは高いけど、フェイスマンが盗ってきたものだから使い放題。
「パスポートは不要。」
 きっぱりとハンニバルが言い切った。


 小規模な飛行場の周囲に低速でバンを走らせながら、飛行機を物色するAチーム。小型ジェット旅客機が停まっているのを発見。5、6人乗りの最新型のやつだ。恐らく、この近隣に住むリッチマンの自家用機だろう。車を停め、早速フェンスを乗り越えてジェット機に駆け寄る。
 いち早く到着したマードックが、小型機の燃料タンクのある辺りを掌で叩く。
「燃料足んなさそう。」
 それを聞いて、フェイスマンが辺りを見回した。燃料を積載しているであろうタンク車を見つけ、そちらに駆け出す。
 ハンニバルは監督他2名がフェンスの向こうから恐る恐る投げて寄越す撮影機材を慎重に受け取っては地面に置いていく。必要な機材すべてがフェンスを越え、監督他2名がフェンスをよじ登る。無論、フェンス上の有刺鉄線にはバンの足元に敷いてあったマット(耐刺性)がかけてあるので、痛くも何ともない。
 不審者が侵入してきたことに気づいた職員が駆け寄ってくるのを、コングが殴り倒していく。
「本日はクレイジー・モンキー航空をご利用いただき、誠にありがとうございます。」
 機内に乗り込み操縦席に着いたマードックが、誰も聞いちゃいないアナウンスをしながらスイッチ等々をオンにしていく。フェイスマンが燃料補給をしてくれているので、燃料ゲージがじわじわと満タンの方に近づいていく。
 撮影機材を小型機に積み込む監督他2名とハンニバル。
「こっちは終わった。そっちはまだか?」
 数段しかないタラップに足をかけたハンニバルが、タンク車脇のフェイスマンに問いかける。
「わかんないよ、モンキーに訊いて。」
「モンキー、燃料の具合は?」
 機内に向かって問う。
「あと、うーん、そうねえ、俺っちの勘だと3分ぐらい?」
「フェイス、あと3分!」
「わかった!」
 フェイスマンが右手で給油ノズルを持ちながら左手の時計を見る。ハンニバルも腕時計を見つめる。マードックは燃料ゲージを見つめている。
 3分後、フェイスマンは給油を止めて給油口の蓋を閉めると、ノズルをタンク車に戻し、タンク車を邪魔にならない場所に移動させてから、走って機内に乗り込んできた。小型機は既にアイドリングを始めている。
「コング!」
 あっちに走ってボカスカ、こっちに走ってボカスカ、とやっているコングに、ハンニバルが声をかけた。
「リンチが動き出してるはずだ。倉庫から離れたとこで一回りした後、車を隠しておけ。以降は倉庫で待機。」
「おう、了解だ!」
 ハンニバルが乗り込むと、タラップ兼ドアが閉まり、小型機は倒れている人々を避けて走り始め、滑走路を無視して離陸した。
「で、大佐、目的地は?」
 操縦桿を握るマードックが客室に質問。
「ベネズエラのカラカスだ。」
「ベネズエラ? 遠くね? 燃料足んねえよ。どっかで補給していい? マイアミ辺りで。」
「いいですなあ、マイアミ。」
 リーダーの合意を得て、機首をマイアミに向けるマードックであった。しかし、今は夏。それも、さっきサーフィンしてきたばかり。わざわざマイアミビーチに行く必要もないのでは?


〈Aチームのテーマ曲、三たび始まる。〉
 カリフォルニアのビーチよりも何となく彩度の高いマイアミビーチ。海も空も青が濃い、ような気がしなくもない。砂浜の砂も眩しいほどの白色、と言っても語弊はないと思うがいかがか。景色を撮影するカメラマン。どこをどう撮るか指示している監督。レフ板を持って走り回る美術係。海と太陽の位置がいつもと逆なので、何だかしっくり来ない3人。
 ビーチでデッキチェアに座ってマイタイを飲んでいるハンニバル。ビキニの美女がわらわらと湧いて出てくる。
 ビーチから多少離れたガソリンスタンドで、ジェット機に給油しているマードック。フェイスマンはガソリンスタンド職員全員をふん縛って目隠しして猿轡噛ませている最中。なぜなら、支払いはしない予定なので。
 ロサンゼルス市街で、ゆっくりとバンを走らせるコング。MPカーが後ろからやって来る。少しスピードを上げて、方々を走り回る。適当なところでグンとスピードを上げてMPカーを振り切り、ニヤリと笑う。
 サーフィンを披露しているハンニバル。浜辺では美女軍団が笑顔で拍手喝采。満足したので、サーフボードを貸してくれた青年にボードを返す。「すげえな、爺さん」といった表情で(口には出していない)ハンニバルの肩をパンパン叩く青年。我先にとタオルを広げてハンニバルを待つ美女軍団。
 先刻とは別のガソリンスタンドで、ジェット機に給油しているマードック。先のガソリンスタンドの在庫量だけでは足りなかったのである。またもや職員全員をふん縛って(中略)のフェイスマン。
 ロサンゼルスの倉庫で暇そうにしているコング、思い立って片づけを始める。
 再び飛び立つ小型ジェット機。
〈Aチームのテーマ曲、三たび終わる。そしてCM。〉


 カリブ海沿岸から少し内陸に入ったところにあるカラカスは、ベネズエラの首都であり最大の都市ではあるが、最寄りの空港は海に面した場所にあり、空港周辺は舗装された道路こそあるものの都市化されてはいない。Aチーム−1+3を乗せたジェット機は、空港に向かう旅客機の振りをして、空港ではない場所に着陸した。いわゆる道路に。幸い小型機であるので、長い滑走路も必要ない。対向車がないのを確認の上、バス感覚で道路を走り、適当な緑地に小型機を隠す。ハンニバルとフェイスマンはそこから徒歩で空港に侵入し、駐車場に停めてあった車を拝借。その車で小型機を隠した場所に戻って、撮影機材と撮影人員およびマードックを乗せて、依頼人の家に向かう。
 30分ほど車を走らせ、目的の住所に辿り着いた。手紙のリターンアドレスを確認。それから車の中にあった地図を見て、窓の外にある家を見て、住所をもう一度見て、そしてまた窓の外の家を見る。一軒家で、なかなかに裕福そう。近年開通した地下鉄の駅にも近く、商店エリアも近く、しかし緑もあってそこそこに閑静。双眼鏡を通して庭の向こうに見えるリビングルームはラグジュアリーな雰囲気。だが、そのラグジュアリーな部屋の壁には、アクアドラゴンのポスターが貼ってある。この家で間違いはないようだ。
「イメージしてたのと違った。」
 封筒を監督に返しながら、運転席のフェイスマンが呟く。
「あたしもカラカスに来たのは初めてだが、ここいらの住民は、やけに金持ちそうだな。」
 ベネズエラは、貧富の差は大きいが、石油が採れるので潤っているところは潤っているのである。
「大佐、今日この時間にお邪魔しますよ、って言ったん? もしかしたら留守かもしんねえよ?」
 平日の昼間、勤め人であれば在宅していないことは、マードックでも知っていた。
「さっき空港で電話したら、いたぞ。」
 小銭がなくて困っている旅行者の振りをして、親切な人に小銭を恵んでもらって電話をかけたハンニバルなのだった。
「ミュージシャンだったら、いつ家にいてもおかしくないでしょ。いない時はいないだろうけどさ、コンサートの時とかレコーディングの時とか。」
 そう言うフェイスマンは、彼らピーチボーイズがベネズエラではちょっと有名なミュージシャンだと思い始めていた。ミュージシャンなら収入も多いだろう。収入が多ければ、いい立地のいい家に住めるだろう。渡航費用も録画機材を買う金もない、という事実は、すっかり忘れられている。
「ともかく、行ってみよう。あたしと監督だけでいいかな。」
 ハンニバルと監督が車から降りて、家に向かった。門柱のドアチャイムを押す。
『はい、どなたですか?』(以下、しばらくスペイン語。)
「アクアドラゴンと監督だ。」
『お待ちしておりました。どうぞお入り下さい。』
 2人が門を開けて中に進むと、家のドアが開いて青年が姿を現した。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。ピーチボーイズのリーダー、ハビエル・リベルタードです。よろしくお願いいたします。」
 にこやかに自己紹介&握手。
「アクアドラゴン役のジョン・スミスだ。ハンニバルと呼んでくれ。」
「アクアドラゴンシリーズの監督だ。」
 監督、名前はまだない。多分、今後もない。
「僕のお願いを聞いて下さってありがとうございます。憧れのアクアドラゴンの方や尊敬する監督にお会いできただけでも大興奮なのに。」
「君もアクアドラゴン並みに有名じゃないか。」
 いい気になっているハンニバル。
「僕が?」
 ピッカピカの笑顔に翳りが差した。
「あっち(アメリカ)じゃラジオから君たちの曲が日に何度も流れてくる。こっち(ベネズエラ)でもそうなんだろう?」
「ええっ? そんなことになってるんですか? こっちじゃラジオで僕たちの曲を流してくれることなんてありませんよ。プロじゃないんですから。」
「何だと? アマチュアのバンドなのか?」
「そうです。僕、大学生ですし。バンドメンバーは、大学の友達です。さっき電話をかけたら、みんな、すぐに集まれると言ってました。ちょうど夏休みでよかったですよ。撮影をするんですよね? スタジオも予約してあります。」
「そ、そうか。じゃあ早速スタジオに行くとするか。」
「はいっ。」
 アイドルにもなれそうな笑顔で、ハビエル君は元気よく返事をした。
 ハビエル君、大学生か……。だから金がないのか……。親の金と自分の金は別だからな……。ハンニバルと監督は、一瞬だけ顔を見合わせると、視線を地面に落とし、車の方に戻っていった。


 自転車に乗ってスタジオに勢揃いしたピーチボーイズの5人は、交代でトイレに行って衣装に着替え、戻ってくると各々の楽器やマイクをセッティングし始めた。立ち位置は、ライブハウスで演奏する時と同じにして。マイクはコーラスにも必要なので、全部で5本。そのセッティングが面倒臭い。
 監督他2名とハンニバルおよびフェイスマンは、彼らの揃いの衣装を見て、口を半開きにし目を丸くさせていた。前から見れば、ジーンズにスニーカー、ジャンパーと白いTシャツという、幾分オールドファッションながらも、まあごく普通の服装。しかし、後ろは臀部露出。臀部以外は隠されているが、臀部は出ている。桃のような尻が。だからピーチボーイズか……。
「ねえねえ、何でUMAって言葉知ってんの?」
 尻丸出しであることを気にも留めず、マードックがハビエルに問いかけた。英語で。因みに、UMAは英語圏では通じず、未確認生物を指す英語は「クリプティッド」である。しかし、未確認生物好きのマードックは「日本では未確認生物のことをUMAと呼ぶ」と知っている。
「ああ、それはですね、僕、アルバイトで飲食店で働いていまして、そこで日本からベネズエラに未確認生物を探しに来た研究者だか何だかが“UMA”と言っていたのを聞いたからです。」
 流暢な英語で、ハビエルが答えた。
「あれ? 英語できるの?」
 それを耳にして、フェイスマンが訊く。
「ええ、できますよ。『サーフィンUMA』の作詞したの、僕ですから。と言っても、他のみんなも英語できますけどね。」
 そう、ベネズエラの人は結構英語が堪能なのだ。大学生ともならば大概は英語が喋れる。
「早く言ってよ〜。」×2
 電話で頑張ってスペイン語を使って喋っていたフェイスマンと監督が声を揃えた。
「監督、カメラOKです。」
 カメラマンが顔を上げて言った。カメラだけでなく、ライトも設置済み。
「こっちもOK。」
 誰よりも早くに作業を開始し、床から壁にかけてブルーシートを広げていた美術係が、シートの皺を伸ばし終えた。無論、シートは養生テープで床や壁に貼ってある。
「ハビエル君、歌のテープかCDはあるんだよね?」
 そう訊いたのは監督。
「はい、レコーディングした8トラックのテープがあります。」
「できるだけオリジナルに近い、ノイズの入ってないやつを、後で1本くれ。ここでは君たちが演奏している絵だけを撮る。1回目はカメラ固定で、2回目はカメラに動いてもらって。背景は後日、合成する。その時には、サーフィンする未確認生物の絵も入れる。これはもう撮影済みだ。」
「わかりました。じゃあ今日は口パクってわけですね。みんな、いいかな?」
「OK。」×4
 マードックが革ジャンのポケットからカセットテープを出し、スタジオに置いてある機材にセットした。再生ボタンをポチっとな。
「これから10数え終わった後に『サーフィンUMA』が始まるぜ。」
 スピーカーからコングの声が聞こえ、カウントダウンが始まった。コングが作業の合間に、ラジオから流れる『サーフィンUMA』を録音しておいたものだ。
「……3、2、1、0。」


〈『サーフィンUMA』、始まる。〉
 演奏を始めるピーチボーイズ。口パクとは言っても、ちゃんと演奏しているし、ちゃんと歌っている。ちゃんと演奏しているので、ドラムスがかなりうるさい。
 カメラを回すカメラマン、1回目は何もすることがない。美術係も、特に何もすることがない。ハンニバルやフェイスマンやマードックも、何もすることがない。ただ黙って見ているだけ。監督は真剣にピーチボーイズの動きを見て、メモを取っている。
 間奏では、ハバネラのリズムに合わせて、フロントの3人(リードギター、サイドギター&ヴォーカル、ベース)が演奏しながらも踊り始めた。それも、後ろを向いて。つまり、尻を見せて。
 間奏が終わると、3人は前を向いた。何事もなかったかのように。
〈『サーフィンUMA』、終わる。〉


「カット。」
 監督がカメラを止めさせ、カメラマンと監督が2回目をどう撮るか相談開始。美術係も話を聞きつつ、そこここで意見を出す。ピーチボーイズも楽器を置いて、話に加わる。Aチーム(−1)も話に加わる。ただし、マードックの意見は全部却下する。
 監督が歌詞からイメージした絵コンテ(依頼後すぐに描き始めたもの)を床に広げ、実際の演奏を見ての修正を入れる。マードックを除く全員の意見を入れて吟味し、修正に修正を重ねる。
 そして方針が決まった。1曲全部通すのではなく、部分部分を撮影する。でないと、カメラマンが走り回らなければならず、画像がブレるからだ。そして、キーボードとドラムスの尻も撮る。細かいことは絵コンテ参照。
 ここからは(さっきもだが)Aチーム(−1)の出る幕ではない。換言すれば、やることがなくてつまらない。
「監督、どれくらいかかる?」
 ハンニバルが監督に尋ねた。
「そうだな、長くても1時間くらいだ。」
「ちょいと散歩に出ても構わんよな?」
「ああ。でも1時間のうちに戻ってきてくれよ。」
「当然。」
 かくしてAチーム(−1)は1時間の自由時間を得た。だが1時間ではロライマ山にも行けないし、エンジェルフォールにも行けない。
 スタジオの部屋を出て、廊下を進む3人。
「ベネズエラの女性って美人が多いって話だよ。」
「それよかアレパ! トウモロコシパンのサンドイッチ!」
「……サンドイッチだな。」
 ハンニバルによりマードックの案が採択された。建物を出てキョロキョロとし、アレパ専門店を探す。
「あ、ハンニバル、あれ。」
 道路を隔てた向こうの建物と建物の隙間に、こそこそとしている男が2人。
「怪しいな。」
 3人は少し歩道を歩いてから車道を渡り、フェイスマンとマードックは隙間の反対側にダッシュ。ハンニバルは怪しい隙間にゆっくりと近づいた。
「そこで何をしてるんだ?」
 部下2名が隙間の向こう側に辿り着く頃合いを見計らって、ハンニバルは隙間の前に立ち、スペイン語で問いかけた。
「やべっ、サツだ!」×2
 勘違いした隙間の2人は、反対側に向かって駆け出した。だが、その先には、肩で息をしている優男が立ちはだかっている。優男の上方、地上7フィートほどのところには、両手両足を壁に突っ張って狂気の表情を浮かべている奇妙な生物が。因みに、胴体は地面と平行。
「うわっ、クモ男!」×2
 怪しい2人(クモ男に比べれば全然怪しくない)は回れ右をして戻ったが、もちろんそこにはハンニバルが。
「このォ、うがっ!」
 1人がハンニバルを殴り倒そうと腕を引いた途端、壁に肘を強かにぶつけ、肘を押さえてしゃがみ込んだ。
「やりやがったな?!」
 もう1人がハンニバルに向かって凄味を効かす。
「やってませんて。」
 のほほんと答えたハンニバルが、顔を上に向ける。釣られて上を見る怪しい男。そこには、いつの間にか、マードックが這ってきていた。それも、体を地面に垂直にし、足の位置は地上8フィート。念のため書いておくと、頭は地上14フィート以上。現在マードックはヘリに乗っていないので、上下逆様は体力的に無理。
「投下!」
 宣言をし、マードックは手足を壁から離した。足は真っ直ぐ、手は胸の前でクロス、目を閉じて。
 ドスッ!
 その攻撃は、全身の重みをかけたキックに他ならなかった。マードックの体重を頭に受けた男は、当然、倒れた。普通なら頸椎骨折で死ぬ可能性もある。でも大丈夫、人死にが出る番組ではないから。
「あー、足首グネった。」
 肘を押さえた男の上に倒れ込んだ男の上に座るマードック。ハンニバルが手を差し伸べ、マードックを立たせてやる。
「見事な攻撃だったぞ、大尉。」
 上司からの賛辞に、口だけ笑顔にするマードックであった。そして、特に何もせずにポツンと隙間にいるフェイスマンは「ああいう変なことすんの、ハンニバル、好きだもんなあ」としみじみ思ったのだった。


 麻薬の小口取引をしていた2人の口を割らせ、何段階か辿って元締めの居所を聞き出し、フェイスマンがどこからか武器を調達してきて、麻薬組織の1つに乗り込んで壊滅させ、ハンニバルが葉巻を吸いつつニッカリし、後のことは警察にお任せすることにして、急いでスタジオに戻ってきたAチーム(−1)。
 既に撮影チームとピーチボーイズは撤収作業を終え、スタジオの建物の前で待っていた。
「何してたんだ、遅いよ。」
 監督が不安たっぷりの表情を元に戻せないままハンニバルに訴える。腕時計を見れば、5分ほどの遅刻。
「いや済まん、ちょっと散歩をね。」
 散歩の割には、マードックはびっこ引いてるし、フェイスマンは半分くらい煤まみれだし、ハンニバルの頬には赤い傷が一筋ついている。
「散歩……ですか?」
 3人の様子が気になって、ハビエルがハンニバルに尋ねた。
「ああ、散歩だ。」
 頷き、それ以上詮索するのはやめたハビエルであった。大人には大人の事情があるのだろう(よくわからん勘違い)。
「それじゃあ、皆の者、いや、皆さん、ここで解散ってことでよろしいですかな?」
 ハンニバルが仕切るが、誰も文句はない。ハンニバルが仕切っていることにも、ここで解散することにも。
「じゃ、解散。お疲れさん。」
「お疲れー!」×10
 ピーチボーイズのハビエル以外の4人は自転車で帰っていった。ハビエルも衣装の入ったデイパックを前に、ギターを後ろに背負って自転車に跨り、家に向かう。残りは車に撮影機材を積み込み、ハビエルの家に向かう。


 ハビエルが『サーフィンUMA』のテープを自室でトラックダウンしている間、撮影隊とAチーム(−1)は車で待っていた。ラグジュアリーなリビングルームにお邪魔するのは気が引けて。唯一、その雰囲気に似合いそうなフェイスマンも、今は半分、黒い。触れたところが漏れなく黒くなる。とても人様のお宅に上がっていい状態ではない。
 15分ほどして、ハビエルがカセットテープを持って車のところに走ってきた。
「お待たせしました。これを使って下さい。」
「ああ、ありがとう。」
 差し出されたテープを受け取る監督。撮影したフィルムが入っている袋の中に、テープを押し込む。
「向こうに戻ったら、すぐに編集作業に入る。しかし、完成には1か月ほどかかると思ってくれ。ビデオが出来次第、郵送する。VHSでいいかな?」
「はい、お願いします。あ、でも、お支払いは……?」
 一応はプロの映画監督がプロのカメラマン等を使って撮影したのだ。それに、背景や別撮りフィルムの合成もある。まともに考えれば大学生に払える額ではない。
「それなんだけどさ。」
 と、フェイスマンがしゃしゃり出た。
「成り行き上、俺の持ってる音楽事務所にピーチボーイズが所属しているってことにしちゃったんだよね。加えて、『サーフィンUMA』の権利もその音楽事務所にある。」
「でも、あれ、替え歌ですよ?」
「うん、そこんとこの許可も貰ってる、ビーチボーイズとチャック・ベリーに。だからそれは大丈夫。そういうわけで、アメリカ国内で『サーフィンUMA』が公共電波に乗ると、俺の音楽事務所に楽曲使用料が入ることになってる。ここまでいいかな?」
「はい。」
「で、その楽曲使用料を、本来なら俺がピーチボーイズに払わなきゃいけないんだけど、それをビデオ作製代に充てるってどうかな?」
 ハビエルは何も支払わなくていい。タダ働きのつもりでいた撮影チームには、フェイスマンからギャラが支払われる。フェイスマンは、黙っていれば入金だけだったのが出金を伴う。
「いいのか、フェイス?」
 恐る恐る尋ねるハンニバル。
「うん、だって、ハビエル君、払うの無理なんでしょ?」
「フェイス、さっき頭打って30秒くらい気絶してたから、そのせいじゃん?」
 小声でマードックがハンニバルに耳打ちする。
「ロスに戻ったら、病院に連れてった方がいいな。」
 ハンニバルも小声でマードックに耳打ちを返す。
「僕としては、そうしていただけると非常に助かります。ありがとうございます、プロデューサー。これからも末永くよろしくお願いします。」
 フェイスマンの手を取るハビエル。フェイスマンがハビエルに自己紹介しなかったために、プロデューサーだと思われてしまったが。
「ん、よろしくー。」
 ハビエルの手を握り返すフェイスマン。楽曲使用料はビデオ作製費を大きく上回ると踏んでいる。
「ということは、請求書は君に渡せばいいんだね、ペック君。」
 監督がフェイスマンに尋ねた。
「明細もつけて下さいよ。あ、それと、ジョン・スミスの出演料は含めないで。」
「何でだ?」
 急に名前が出てきて、それもタダ働きを強要されて、ハンニバルが険しい顔で訊く。
「だって、ハンニバルの食費とか全部、払ってんの俺だもん。出演料払ったら、二重払いになっちゃうでしょ。」
「ん……まあ、そうだな。」
 プンと口を尖らすフェイスマンと、たじっとなったハンニバルを見て、撮影チームとハビエルは「夫婦か!」と突っ込みたい気持ちで一杯だった。
「なー、どーでもいーけど、アレパ食いに行こうよ、アレパ。それにオイラ、足痛え。」
 我関せず言いたいこと言ってるマードックを見て、撮影チームとハビエルは「子供か!」と突っ込みたい気持ちで一杯だった。


 監督の類稀なる頑張りにより、『サーフィンUMA』のビデオは1週間で出来上がった。早くビデオが出来上がれば、早く請求ができ、早く入金が見込めるからである。フィルムの編集作業を行う場でもある倉庫がコングによって整然と片づけられており、作業がしやすかった、というのも一因であろう。
 蛇足ながら、コングはUMA化されていたさまざまなものを極力元の形に戻し、捨てるもの(傘やタライ)は捨て、取っておくもの(アクアドラゴンやゴリラ)は取ってあった。片づけをしている間中、コングが「何で俺がこんなことしなきゃいけねえんだ。俺の専門はメカだぞ、こん畜生」と毒づいていたことは誰も知らない。
「ただいま。ビデオ貰ってきたぞ。それと、これ。」
 倉庫に行っていたハンニバルがアジトに帰ってきた。VHSのビデオテープと封筒をフェイスマンに渡す。
 フェイスマンはビデオテープをテーブルに置き、まず封筒を開けた。
「ああ、監督、明細つき請求書、書いたんだ、本当に。」
 ざっと目を通し、畳んで封筒に戻すと、コートスタンドにかけた上着の内ポケットに封筒を突っ込んだ。
「即座に捨てると思ってたんだが。」
「それはいくら何でも失礼でしょ。可燃ゴミの日になったら捨てるよ。」
 そう言いながら、フェイスマンはビデオテープをデッキにセットした。先日、コングがゴミ捨て場から拾ってきて直したものである。
「コング! モンキー! 『サーフィンUMA』のビデオ見るよ!」
 フェイスマンが奥の部屋に向かって呼びかける。
「モンキーも来てるのか。」
「うん、ハンニバルが出がけに“ビデオが完成したそうだ”って言ってたから連れてきた。どうせ鍵壊れたまんまだし。」
 マードックを背負ってコング登場。マードックのグネった足首は、結局、靭帯損傷だったのだが、こっちに戻ってきて病院に帰るまでずっと処置せずにいたため、悪化して、現在ギプスを嵌められている。グネらなかった方の足は、グネった方の足を庇って歩いたり走ったり飛んだりしたために、膝と足首に負担がかかって、テーピングをしている状態。なので、マードックは短パン姿。そして、頭の辺りからほんのりとアンモニア臭。
 ソファにそっと下ろされたマードックの横に、コングも座る。
「モンキー、ソファで大丈夫? 横になった方がいい?」
 ここに連れてこられてからずっと寝室にいたマードックの足を心配するフェイスマン。
「だいじょぶだいじょぶ。ソファでも椅子でも縦でも横でも何でもOKよ。」
「テーピングが下手クソだったから、巻き直してやってただけだ。案外、時間かかっちまったぜ。」
「楽んなったけど、脛毛剥がれた。」
「それはご愁傷さま。じゃ、始めるよ。」
 フェイスマンは再生ボタンを押すと、ハンニバルの隣に腰を下ろした。


〈『サーフィンUMA』、再び始まる。〉
「タイトルの文字、なかなかカッコいい、あ、もう消えちゃうの?」
「背景はマイアミだな、いい感じに合成できてる。」
「こいつらが歌ってんのか、初めて見たぜ。」
「あ、ネッシー。すげーネッシーっぽい。ネッシー、首だけ出してスイーッて進んでる!」
「あれ、ダックスルー?」
「そうそう、そんな感じ。」
「ビッグフット、安定したアップスアンドダウンだね。これ、合成だと思われないかな?」
「わは、オイラ、マジで河童! あー、あの頃は足痛くなかったよなー。」
「おお、ジャージー・デビル、お前さんすごい技を出しますな。」
「やるな、飛んでるみてえだぜ。頭、馬だけどな。」
「しょうがないじゃん、ジャージー・デビルなんだから。」
「わ、ビッグフットが一瞬だけビュッって。」
「間奏だ。」
「ハバネラいいね〜。」
「何だこいつら尻丸出しじゃねえか!」
「そっか、コング、知らないのか。」
「何で尻出して踊ってんだこいつら!」
「ピーチボーイズだからっしょ。コングちゃん、尻アレルギー?」
「何だか、もう慣れたな、この尻。」
「うん。お尻出してこそのピーチボーイズだと思うよ。若いだけあって、なかなかキレイなお尻だしね。」
「我々じゃあこうは行きませんねえ。」
「間奏終わっちゃった。後で間奏だけ50回くらい見よ。」
「今度はメンバー1人1人か。」
「何でこいつらいちいちウィンクするんだ!」
「いいじゃんかよ別にウィンクぐらい。コングちゃんだってたまにするっしょ。」
「しねえ!」
「したって、オイラに向かって。」
「うわ、カメラマン頑張ったね、全員のお尻を後ろから撮ってる。」
「ああ、動きがあるのに全然ブレてない。あいつ、上手いんだな。」
「出た、ネッシー。おおお、浮上してきたあああ! うっわー、ネッシーがサーフィンしてるみてえ!」
「あれ、カーテンレールで頭上げてんだよね?」
「頭に括りつけたカーテンレールでね。結構痛いんですよ、あれ。」
「おい、河童、あれ、どうやったんだ? 何でずっとトップってえかリップんとこにいられんだ? それも横向きで!」
「わかんねえ。何かいいとこ乗っちゃったみてえよ。」
「よく見ると、ビッグフット、毛が減ってない?」
「そう言うジャージー・デビルも、羽ボロボロだぜ。」
「羽は最終的にはもげた。ブーツはパドリングしてる時点でどっか行った。波待ってる間に、俺、慌てて靴下脱いだんだからな。」
「案の定、ラストはジャージー・デビルのエアー技ですか。」
「ホントだ、ジャージー・デビル、素足だな。」
〈『サーフィンUMA』、再び終わる。〉
「クレジットだ。ちゃんと作曲者んとこと編曲者んとこ、契約通りになってる。」
「オイラたちの名前は出ねえのかー。」
「そりゃあUMAだからな。」
「しかし、監督とカメラマンと美術係の名前は、ちゃっかり入れてるんだな。」
「ピーチボーイズのメンバー全員のフルネームも入ってる。え、誰これ、この美女軍団? 監督の知り合い?」
「ああ、そりゃあたしのファンの子たちですよ、マイアミの。」
「アクアドラゴンのファンだっての? この美人さんたちが?」
「いえいえ、あたし本人のファン。」
「ってか、いつマイアミ行ったんだ?」
「行きがけに寄ったんよ、燃料補給しに。」
「ハンニバル、俺とモンキーが給油してる間に、一体何してたのさ?」
「あたしは1人で日向ぼっこしてただけなんですけどね、お嬢さん方が集まってきちゃって。話の流れからサーフィンして見せてほしいって言われて。ちょこっと波に乗って見せたら、もう何だかすごくって。」
 ビデオデッキが自動的に停止になり、巻き戻しを始め、巻き戻し終わるとテープが排出された。
 フェイスマンは黙って立ち上がり、ビデオテープを取ってケースに入れると、上着を羽織った。
「これ貸してね。プロデューサーとして売り込みに行かなきゃなんないから。アクアドラゴンシリーズよりも売れてみせる!」
 決意を固めてアジトを出ていくフェイスマン。肩を竦めるハンニバル。
 コングとマードックは、リーダーとドアの方を交互に見ながら、「アクアドラゴンシリーズより売れるのは当然」と思ったのだった。


 その後、ビデオテープを受け取ったハビエル君は、ミュージックビデオの出来に感激し、監督にお礼状を書いた。英語で。
 『サーフィンUMA』はフェイスマンのプロデュースの甲斐あって、全米ヒットチャート12位まで上がり、テレビでもミュージックビデオがしばしば放送された。ラジオで曲が流れていただけの頃は、未確認生物を歌った歌詞の面白さや元曲の認知度で売れていたが、ビデオのおかげで、尻やウィンクに魅了された女性ファンが多くついた。慌てて作って販売したCDやカセットテープも、1曲だけしか収録されていないために値段が安かったこともあって、そこそこ売れた。ミュージックビデオも販売し、案外売れた。
 しかし、クリスマスソングが街に流れる頃になると、当然、人々はサーフィンの曲など聞かなくなり、『サーフィンUMA』もぱったりと聞かれなくなったのであった。ただし、間奏のハバネラ部分だけは、季節に関係なく、バラエティ番組の恐ろしげなシーンで頻繁に使われていて、聞くたびに人々は尻を思い出すのであった。
 一夏だけの『サーフィンUMA』による音楽事務所の儲け(税引き後)は、フェイスマンの計算によれば、アクアドラゴンシリーズの興業収入の総和より1桁多く、フェイスマンはハンニバルに「収入が、じゃなくて、儲けが、だよ」とドヤ顔を見せた。この件で太っ腹になったフェイスマンは、監督に請求された額をキャッシュで一括払いし、ハンニバルに高級葉巻を大量に買ってやり、マードックにヴィブラスラップを買ってやり、コングに旋盤を買ってやり、みんな幸せになったが、預金残高はいつもと同じくらいになり、フェイスマンはくだらない物を購入したことを甚だ反省したのであった。
【おしまい】
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