紙芝居へようこそ
鈴樹 瑞穂
「ただいまー。寒いねえ。」
 ドアを開けて、マードックが小走りに駆け込んでくる。リビングのヒーターの前でぬくぬくと葉巻を片手に雑誌を捲っていたハンニバルが顔を上げた。
「お疲れさん。で、依頼人には会えたか?」
 目下、Aチームはサンノゼ近くの小さな町に滞在している。そこへエンジェル経由で依頼が舞い込み、まずは依頼人に会って話を聞くことになって、今朝からマードックが出かけていたのだ。
「ああ、バッチリ。ちゃーんと話も聞いてきたぜ。」
「それにしちゃ、やけに時間がかかったな。何か問題でも?」
「んにゃ。ちっとばかし意気投合しちまってよ。つい話し込んできちまった。」
 いつもなら依頼人とのコンタクトにはハンニバルかフェイスマンが出向いている。今回は依頼の話を聞いたマードックが勢いよく挙手をした結果、彼に一任されていたのである。
 キッチンで夕食の仕込みをしていたフェイスマンとガレージにいたコングがリビングへ来るのを待って、マードックは報告を始めた。
 依頼人はこの町に住む靴職人、ジェフリー・ヤング。本職の靴屋の傍ら、毎週日曜に公園で紙芝居をしている。ここまでがエンジェルから聞いた情報で、紙芝居という単語にマードックが身を乗り出したのだ。
 副業の紙芝居はジェフリーが靴の工房と共に父から受け継いだ家業で、使う紙芝居はすべて話も絵も自作のオリジナルだと言う。しかも毎回新作を持っていき、同じ紙芝居は一度しかやらないという拘りぶり。毎週の紙芝居を楽しみに、親子二代に渡って通ってくれるお客さんもいるらしい。
「なるほど。地域密着型エンターテイメントだね。」
「そりゃ子供も喜ぶだろ。」
 フェイスマンとコングがうんうんと頷く横で、ハンニバルが首を傾げる。
「で、わざわざ頼みたいことって何だったんだ?」
「そうなんだよ、靴屋で食い扶持は稼いでて、半分道楽みたいなもんだけど、固定のお客さんがついてるなら十分やって行けて、一見問題なんてなさそうだろ。ところがそうはイカのフリッター。紙芝居の道は奥深く険しいんだぜ!」
 ばん、とテーブルを叩くマードックに、フェイスマンが待ったをかけた。
「その話、長くなる? だったら作りかけのマリネを冷蔵庫に入れて、ついでに飲み物取ってくる。」
「そうだな、コーヒーを頼む。」
「じゃあ俺は、その間に便所行ってくるぜ。」
「あっ、そう言えば俺っちも手洗いとうがいがまだだった!」
 5分後の再開に向けて、一旦散開するAチームだった。


 外出から戻った時のルール(手洗いとうがい)を済ませたマードックは、ついでに自室に寄ってフリップとホワイトボード用のペンを持ってきた。フリップは表面がホワイトボード状に加工されたボール紙で、軽く、ホワイトボードペンで書いた後、ウェットティッシュで消して繰り返し使える、ちょっと便利な品だ。最近1ドル均一ショップで見つけ、専ら他の仲間へのプレゼンに愛用している。
 そのフリップに縦線と横線を引き、4分割のコマを作ってマードックは紙芝居風に説明を始めた。

 1コマ目。
 とある町に、靴屋兼紙芝居屋の青年ジェフリーが住んでいました。お父さんから引き継いだ紙芝居屋は、毎週大繁盛。日曜にジェフリーが紙芝居を積んだ自転車に乗って公園に行くと、大勢の人が集まり、彼の紙芝居を楽しんでくれました。お父さんがやっていたように、ジェフリーも毎週一生懸命話を考え、絵を描き、紙芝居を読み上げます。
 2コマ目。
 ところがこの頃、少し様子が変わったことにジェフリーは気づきました。だんだん紙芝居を見に来てくれる人が減ってきたのです。もしかして話が面白くなかったか。絵が小さくて見づらかったか。声が聞き取りにくかったのかも。いろいろと理由を考えて直していっても、お客さんは減る一方です。
 3コマ目。
 ある日、公園の入口で、ジェフリーは常連のお客さんを見かけました。わくわくした様子で走っていく子供たちの後について行ってみると、なんと、公園の反対側の広場に初めて見る紙芝居屋が来ているではありませんか。この町に他の紙芝居屋がいたのか。ドキドキしながら木の陰から覗いていると。
 4コマ目。
 爆発。とにかくその紙芝居はエキサイティングで、ぶっちゃけ子供たちの心をすっかり奪っていたのです。ショックを受けたジェフリーは、とぼとぼと靴屋に帰りました。どうしたらあれに対抗するような紙芝居が作れるか。一晩考えたジェフリーは伝手を辿って、いろいろな話を知っていそうな仕事の人、つまり新聞記者に相談してみることにしたのです。←イマココ

「なるほど。状況は理解した。」
 腕組みをしたハンニバルが頷いた。
「うん、状況はね。で、依頼内容はエキサイティングな紙芝居の題材提供ってことでいいの? ハハッ、何かあったかな?」
 フェイスマンが乾いた笑いを浮かべる。ベトナムでの体験も、MPとの鬼ごっこも、日常生活と比較すればエキサイティングと言えるだろうが、子供向けの紙芝居に相応しい話かと言えば怪しい。
「ふむ。濡れ衣を着せられた男たちが刑務所を脱走して真犯人を追い詰めるクライムサスペンスか?」
「それ紙芝居の尺に入る?」
「アマゾンのジャングルで大蛇と格闘した話はどうだ? じゃなきゃ、テキサスの野生馬でロデオをした話。」
「どっちもクライマックスシーンしかない。」
 ハンニバルやコングの案にダメ出しするフェイスマンの傍らで、マードックがしれっと言い切る。
「別に実体験じゃなくてもいいだろ? フィクションでさ。」
「アクアドラゴンの逆襲か!」
 キラーンとハンニバルの目が光った。役者魂のスイッチが入ってしまった気配を察知して、フェイスマンが言った。
「と、とにかくさ、実際に紙芝居を作るのは依頼人の、何てったっけ?」
「ジェフリー。」
「そのジェフリーなんだし、彼と相談して話を決めるのがいいんじゃないかな。」
「違いねえ。」
「それもそうだな。では、行ってみるか。」
 というわけで、Aチームは早速、翌日出かけることになった。


 マードックの案内でバンが停車したのは、町の中心部にほど近い商店街にある靴屋の前だった。靴屋と言っても、基本的に客の足を計測してオーダーメイドの靴を作る店なので、並んでいるのはデザインの見本となる靴が数足、オーダーの受付をするための小さなテーブルと椅子、あとは工房になっているらしい。
「いらっしゃいませ、あ、マードックさん!」
 作業台から立ち上がった青年がマードックを見てパッと顔を輝かせる。
「よう、ジェフリー。みんなを連れてきたぜ。」
「みなさん、よろしくお願いします。」
「ハンニバルだ。」
「B.A.バラカス。コングって呼んでくれ。」
 ハンニバルとコングが依頼人と握手をする横で、フェイスマンは陳列されている靴を取り上げて引っ繰り返している。
「これは――フィレンツェやボローニャの工房だってここまでのクオリティの靴はなかなかないですよ。いやいやいや、待った、それがこの値段で? アメージング! 原価率はどうなってるんだ!」
「ああ、それは親父が作った靴です。昔からのお客さんのオーダーが1年先まで入っていて。」
「そりゃそうだろうね、うん。」
「なので親父が靴作りに専念するために、僕がこの店の経営と紙芝居屋を継ぐことに。」
「なるほどなるほど。」
「なのに僕の代で紙芝居のお客さんが来なくなってしまったら、親父はまた自分がやるって言い出すかもしれません。」
「何だって!?」
「だから僕でもやれるって納得してもらわないと。」
 そう言ったジェフリーの手をフェイスマンががしっと掴んだ。
「任せてくれ。全力でサポートしよう。ああ、フェイスです。」
 やる気全開で前のめりのフェイスマンの肩に、ハンニバルがぽん、と手を置いた。
「挨拶が済んだところで、まずは情報収集だ。今日は日曜だったな。」
「はい、もうそろそろ店を閉めて公園に行く時間です。」
 そこでAチームも公園に行き、客として紙芝居を見ることにした。


 数時間後。靴屋に戻ってきた一同はジェフリー青年を交えてミーティングをしていた。
「先週よりさらにお客さんが減りました。」
 がっくりと肩を落としつつ、ジェフリーが言う。
「僕の紙芝居のどこがダメなんでしょうか? はっきり聞かせてください。」
「ダメってわけじゃねえけどよ。」
「うんうん。」
 コングとマードックが顔を見合わせる。ハンニバルは楽しそうに葉巻を吹かしているだけだったので、フェイスマンは咳払いを1つして、口を開いた。
「あー、特に君の紙芝居がダメってわけじゃない、と、思う。ただちょっと、その、ライバルに比べて刺激に欠けるって言うか。」
 Aチームの面々は、ジェフリーの紙芝居を途中まで見て、それからもう1つの紙芝居を見てきた。
 ジェフリーが今日持っていった紙芝居は『くまちゃんの冒険 第761話』。主人公くまちゃんと仲間のこぐまがひたすらだらだらしている話だ。ホットケーキを積み上げて蜂蜜をかけて食べていたら、途中で蜂蜜が底を突いて、つづく。続くのか! とフェイスマンはツッコミを入れたかったが、よく見るとタイトルに『761話』と入っていたのだった。きっとこれまでもこんな調子でだらだら続いてきたに違いない。
 その後見た紙芝居の方は、『シン・クジラ』。ドン・エドワーズ・サンフランシスコ・ベイ国立野生動物保護区から突如現れたクジラがコヨーテ川を遡り、なぜか途中で手足が生えて二足歩行に移行、サンノゼの街を破壊しまくるスペクタクルストーリーだ。サンノゼの人々はカルトレインやライトレール電車に爆弾を積んでクジラに突撃し、最後は血液凝固剤を積んだキャピトル・コリドーが突っ込んでクジラを凍結させる。恐ろしくデジャヴを感じる話ではあるが、刺激的で面白いのは確かで、その上、紙芝居の台が派手に光るわ、効果音は重低音で響き渡るわ、これはもう紙芝居の域を超えているというのが正直な感想だ。子供たちはもちろん、ギークと思しき層まで集まった観客には大ウケ、今頃SNSで拡散されていることだろう。
「そう言われてしまうとその通りなんですが……一体どこをどう直せばあっちより面白い紙芝居になるのか。」
 しょんぼりとするジェフリーを見て、ハンニバルが部下たちを振り返った。
「ああ、まあやってみよう。要は派手で面白くすりゃいいんだろう。」


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 鉢巻を締めて脚本を書くマードック。フェイスマンがそれをチェックし、指差してNGを出す。どうやら現在は使っちゃいけなくなった言葉が入っていた模様。
 ハンニバルがマードック愛用のフリップを使って、紙芝居セットのギミックの案を説明し、コングが首を横に振る。手直しを繰り返した挙句、コングが頷き、親指を立てる。
 マードックの脚本を元にジェフリーが紙芝居の下絵を描き、指定された色をフェイスマンが塗っていく。下絵がおとなしすぎるとマードックからダメ出しが入って、やり直し。3人の周りに何枚もの紙が散らばっていく。
 紙芝居の台に何やら装置を取りつけるコング。紐を引くとプシューッとスモークが。
 ネットで何やら調べ、フェイスマンに示すハンニバル。頷いて出かけていくフェイスマン。やがて大きな箱を抱えて戻ってくる。
 出来上がった紙芝居を練習するジェフリー。観客役のAチームの面々から演技指導が飛ぶ。特にマードックは腕を振り振り熱演している。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 次の日曜日。ジェフリーが新作の紙芝居を持って公園に行くのに、Aチームも同行した。
 まずは客の注目を引いて、集めることから。何しろ見てもらわなくては話にならない。
「カーモンベイベアメリカ♪」
 恥を捨てて大袈裟に、というマードックとフェイスマンの熱血指導の下、特訓したジェフリーが訛り混じりに歌いつつ、いいねダンスを踊る。何事かと思わず振り返った人たちを、目が合ったが最後、自転車前の鑑賞場所に誘い込む作戦だ。YouTubeで1億回以上再生されたというフェイスマンのリサーチによるチョイスである。
「さあさあ、出来立てのポップコーンだよ。バターとキャラメル、どっちにする?」
 人々が近寄ってきたところにマードックが紙コップに入れたポップコーンを配る。ハンニバルがフェイスマンに頼んで調達してきた、ちょっと便利なパーティグッズ、ポップコーンファウンテンでどんどんポップコーンを作っていく。
「ほーら紙芝居が始まるよ。ポップコーンを食べる間だけでも見て行きなよ、損はさせないからさ。」
 フェイスマンの誘導で三々五々観客が集まり、紙芝居が始まった。
 今日の話は『くまちゃんの冒険 第762話』。前回まで牧歌的にダラダラしていたくまちゃんとこぐまちゃんは、心機一転、人生には元手が必要だと悟り、秘宝を求めてアマゾンの奥地へ。謎の追手を躱しつつ、巨大アナコンダと格闘する。
 追手とのカーチェイスシーンでジェフリーが紙芝居セットの下の紐を引くと、爆発音と共にスモークが吹き出し、くまちゃんが飛行機からジャングルへと落ちるシーンでは、スプリンクラーから霧が発生して前方の観客に降りかかる。巨大アナコンダに締めつけられた時の苦悶は実体験に基づいたリアルな描写で描かれており、見る人を震撼させた。最後にくまちゃんがアナコンダを投げ飛ばし、こぐまちゃんがライフルでアナコンダの頭部を撃ち抜いたシーンでは歓声が起こった。
 アナコンダを倒したくまちゃんとこぐまちゃんの冒険は、さらにアマゾンの奥を目指して、つづく。


「お客さんにあんなに喜んでもらえたのは久し振りです。ありがとうございました。」
 ジェフリーがフェイスマンの手を取って言った。
「いやいや、君の熱演がよかったからさ。やったな。」
 フェイスマンはジェフリーの腕をポンポンと叩く。
「SNSでも話題になってるぜ。」
 コングのチェックしていたタブレットを、マードックが覗き込む。
「何々……奇想天外でオリジナリティ溢れるストーリーと演出、何より先が全く読めないワクワク感。来週も絶対見に行きます。だって。」
「ほう。やはりあちらさんの話は大体先が読めたからな。」
 ハンニバルがにっかりと笑って葉巻に火を点ける。
「あの、それで、どうすればいいかっていう方向性はわかったんですけど、僕一人でこんな話を作り続けられるかって言うと……。」
「ああ、それなら心配しなくていい。モンキー。」
 ハンニバルに言われて、マードックが手書きのノートの束を差し出した。
「ほら、10本ほど話を書いといたぜ。それを紙芝居にしながら、次の話を考えたらいい。」
「その後は新聞社のエイミーが話のネタを提供してくれるそうだ。」
「俺たちもネタができたらエイミーに伝えておくよ。」
「紙芝居のギミックは、時々様子を見に来て更新するか。」
「ありがとうございます。」
 ジェフリーは渡されたノートを押しいただいて頷いた。


 Aチームを送り出した後、ジェフリーはノートを開いてみた。実はアマゾンでの冒険の続きがとても気になっていたのだ。
 『くまちゃんの冒険 第763話』くまちゃんとこぐまちゃんはテキサスのカジノに行く。途中、謎の追手に反撃しつつ、野生馬でロデオをすることに。野生馬のボスを乗りこなしたくまちゃんは、そのままカジノに向かうことにしたのだった。つづく。
「え? アマゾンの秘宝は?」
 ジェフリーはさらにノートを捲った。
 『くまちゃんの冒険 第764話』くまちゃんとこぐまちゃんは沈没船の財宝を求めて、カリブ海の海中へ。途中、謎の追手を振り切って、遂に沈没船を見つけたが、その前には巨大なタコが居座っていた。一旦戻ろうとしたが、後ろからはサメが。くまちゃんは誘い込んだサメをタコにぶつけ、その隙に沈没船に入り込むのだった。つづく。
「え? 野生馬とカジノは?」
 さらにノートを読み進めて、ジェフリーは悟った。要は、面白ければ何でもいい。盛り上げるだけ盛り上げて、つづきはしらっと別の話が始まったって、それでいいのだ。見ているお客さんに楽しんでもらって、夢と希望を与えるのが紙芝居の目的なのだから。
「何だか僕にもできそうな気がしてきました。」
 パタンとノートを閉じ、晴れやかに顔を上げるジェフリー青年だった。
【おしまい】
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