ヘンダースン家の秘密
フル川 四万
〜1〜

 とある満月の晩。カーテンの隙間から、青白い明かりが漏れている。
 照明を消した暗い部屋の中で、自らを伝統柄の毛布で包んだフェイスマンが、ソファで膝を抱えていた。その横では、マードックが、冷めたコーヒーの入ったマグカップを両手で包んで座っている。無表情な2人は、心なしかお互いの方に少しだけ傾き、1台だけ点いているテレビのブラウン管の明かりで共に青白く照らされていた。2人が凝視するテレビ画面の中の登場人物のように。
「どうなるんだ、これ? また行方不明者だぞ。」
 フェイスマンが呟いた。
「いや、まだわかんないよ。さっき入ってった客は、別の出口から出てったのかもしれないし。」
 マードックが画面から目を離さずに言う。
「探偵は、それも予想の上かも。」
「グレアムが? いや、奴はボンクラだ。まだ疑っちゃいないだろ。何か起きてるってことは気づいてるけど。」
「さすがに行方不明続出となりゃ、どんなアホンダラでも気づくでしょ。だって、この家、入った人と出てきた人の数が合わないもん。第1話から数えると、もう30人くらい家に入って、出てきた描写があったのは16人だし。……何だか頭が痛いな。薬取ってくれる?」
「ほいよ。」
 フェイスマンに頭痛薬を投げ渡しながらも、マードックの視線は画面に釘づけ。
『キャーーーーー!!』
 突然、女の叫び声。飛び上がる2人。
「今の誰だ? マリリンの声?」
「マリリンって誰だっけ?」
「ええと、12話から登場した女子高生。」
「えっ、女子高生だっけ? 45歳くらいに見えるけど。」
「いや、登場した時は若かった……はず。」
 そして画面が暗転。CMに入って、2人はふう、と息をついた。
「キラーペイン、キラーペインキラー、不意の頭痛にキラーペイン♪ 意外な美味しさキラーペインキラー♪ 不意の頭痛に、ミャムマー製薬のキラーペインキラー♪」
 明るい製薬会社のCMが陽気に流れる中、バタバタと足音が。
「何だ、どうしたんだ? 今、叫び声が聞こえたぞ。」
 バーンとドアを開けてハンニバル登場。パジャマにスリッパ姿。その後ろに、同じくパジャマとナイトキャップ姿のコングが続いている。
「テレビだよ、何でもない。」
「テレビ?」
「ああ、深夜ドラマの『ヘンダースン家の秘密』、これが面白くって……あっCM明けた、ちょっと黙ってエンディング見せて。」
 フェイスマンが何か言いたげなハンニバルを制し、2人が画面に集中する。テレビでは、鬱蒼と茂った森の中の暗い沼に、霊柩車が1台、ズルズルと沈んでゆくところが、静かな音楽と共に流れている。そして、窓辺のベゴニアの鉢植え越しに、佇む黒服の男の後ろ姿……to be continued。
「ああっ、もう、わかんない、あの男は誰なの?」
「あれ、裏庭じゃないよね。どこの森?」
「ヘンダースン家の裏庭から続く、やたら暗そうな森?」
「あんなに深いわけないだろ。だって、家の裏は大通りだぜ?」
「何ていうドラマだって?」
 言い合う2人に割って入りつつ、フェイスマンの隣に腰を下ろすハンニバル。
「『ヘンダースン家の秘密』。最初はね、女が1人家出するんだ。グレイブタウンに行きますけど探さないでください、って書き置きを残して。」
「探してほしくないのに行き先を残すのか。探してほしくねえなら、黙って行きやがれってんだコンチクショウ。」
 コングがマードックの隣にグイグイと体を押し込みながら言った。睡眠を妨害されたコングは機嫌が悪い。そして、3人掛けソファにぎゅうぎゅうに詰まるAチーム。
「それはいいんだよ、細かいことは突っ込まなくても。で、女の婚約者から、私立探偵のグレアム・ニードルに依頼があってさ、彼女を見つけてほしい、見つけたら5万ドルっていう条件で。」
「人探しで5万とは効率のいい依頼だ。是非受けたいものだな。」
 と、ハンニバル。
「それで、探偵がグレイブタウンに来るんだけど、変な町なんだ。」
「変ってどういう風にだ?」
「もう、どいつもこいつも怪しいんだよ。行動の辻褄が合わないし、展開が読めなすぎる。ヘンダースン家に招かれた客は30人中16人しか帰ってこないし、家の中の物の配置がちょいちょい変わってる気がするし。近所のスーパーにはバナナばっかり売ってるし。それなのに、ヘンダースン家の5人は、ごく普通に、穏やかに暮らしてるんだ。消えた客は存在すら忘れられてるんだよ。」
 フェイスマンが身振り手振りで状況を説明する。
「そもそも女の失踪とヘンダースン家の関係もわからない。その家、両親と息子と娘と、家政婦のマミーって面子なんだけど、途中で俳優が変わってる……気がするんだよな。似てるんだけど別人みたいな。」
「家政婦のマミーなんか、時々性別変わってるんだぜ? 狂ってるだろ? 小柄な婆さんで始まったのに、いつの間にか包帯だらけの若いゴス女になってて、先週に至ってはメイド服着たおっさん。もう、家政婦じゃなくてただの変態だよ。」
 マードックが真面目につけ加える。お前が言うな、という話だが、その辺はスルー。
「配役が出るんじゃないのか、最初か最後に。」
「一切ない。『ヘンダースン家の秘密』制作委員会、って出るだけ。」
「ああもう、早く続きが見たい。来週まで待てないよ。」
 と、すっかり嵌っているフェイスマンであった。


 翌朝、チリリン、と電話が鳴った。ここは、ロサンゼルスの老朽化したマンションの一室を適当に改装した目下のアジト。内装はフィンランドのニューデザイン風。電話は、勝手に配線した黒電話だ。
「はあい。」
 お炊事中のフェイスマンが、エプロンで手を拭きながらパタパタと走り寄って受話器を取った。
『ちょっとフェイス、聞いてよ!』
 思わず耳から受話器を話し、小声で3人に「エンジェルから」と伝える。
「はいはい、何だよ大声出して。」
『夕べのヘンダースン、見た!?』
「見た見た! あのブロンドの女は誰なんだ? んでもって車は? あと、バナナの房が一瞬で腐ったのはどういうこと!?」
『ポイントはそこよ! あれは何かのメタファーだと思うの、もしくは暗喩。』
「読みが浅いね、エンジェル。僕の解釈はそうじゃなくて……。」
「ありゃ、話が長くなるな。」
 ハンニバルが、フェイスマンが途中で放っぽり出した朝食の準備の後を引き受けながら言った。今日はトマトサラダ(さっきトマトを洗っていた)とトーストとスープのようだが、とりあえずトーストと紅茶をテーブルに運び、コング用の牛乳を出してテーブルに着き、電話が終わるのを待ってみる。スープを温めるのは忘れた。
「さっさと切りやがれコンチクショウ、朝食が冷めるじゃねえか。」
「そう言えば、モンキーはどうしたんだ?」
「病院に帰ってる。ドラマ仲間と語り合いたいんだと。どいつもこいつもヘンダースンヘンダースンって、どうなってんだ、たかが深夜ドラマだぜ?」
「まあ、そのうち冷めるでしょ。流行なんてそんなものだ。熱が冷めれば、あれは何だったんだ、って思う。そして、20年後くらいにリメイクが来るが、大して当たらない。」
 意外に的確なハンニバルのドラマ評。
「そういうもんか。」
 納得したコングが、ナイフとフォークを手に、お皿をチンチンしてフェイスマンを待つ。そんなコングに、ゴメン、と片手刀で謝りつつ、フェイスマンはエンジェルと喋り続けている。まるで女子高生のように……。
「先に食べるか。」
「おう。」
 2人が朝食に手をつけたその時……。
「何だってえ!?」
 フェイスマンが叫んだ。グフッと咽るハンニバル。注目するコング。
「うん、それで? うん……受ける受ける、やるやる、やるから、うん! 全・力・を・尽・く・す・から! やらせてください!」
 ガンッと受話器を置き、よっしゃあ! とガッツポーズを取るフェイスマン。呆気に取られる2人に、男前な表情を作ってこう言った。
「仕事、受けたぜ。依頼主は『ヘンダースン家の秘密』制作委員会の人だって! モンキー迎えに行かなきゃ!」
 そう言って、朝食には目もくれず、フェイスマンは飛び出していった。一瞬の沈黙の後、ハンニバルとコングは黙って朝食を食べ始めた。サラダとスープは、諦めた。


〜2〜

 薄暗い沼地に怪物が佇んでいる。哀愁が漂う背中。怪物は足首まで沼に浸かり、少しずつ沈んでいるようだ。息を切らせて現れたトレンチコートにハット姿の男は、臆することもなく、ずんずんと怪物に近づいていく。
「あの……。」
 男が怪物に声をかけようとしたその時。
「『ヘンダースン家の秘密』制作委員会の方ですよね!?」
 横っちょから、むん! と飛び出したフェイスマンとマードック。(と、慌ててそれに続くコング。)
「え? はい。もしかして。」
「はい、Aチームです。どうぞよろしく。」
「俺っちがお役に立ちますAチームです。」
「おい、やめねえかお前ら。ちょっと待て。」
 ぐいぐいと男に迫る2人と制するコング。
「えっ、(Aチームってこんなフレンドリーなの? ……え? 仲間割れ?)はい、あの、制作委員会のタスカと言います。」
「まあまあ、ここじゃ寒いのであっちへ。」
「まあまあ、いろいろ聞きたいこともあるし。」
 サクサクと話を進め、4人がわちゃわちゃとその場を立ち去ろうとする……。
「なあ。」
 と、沼に沈みつつある怪物が、一行に声をかけた。
「お話し中のところ済まないが、ちょっとあたしを引き抜いてくれないかな。ここ、まさかの底なし沼だったようだ。身動きが取れん。」
 既に腰まで沼に沈んだ怪物(アクアドラゴン)を慌てて引き抜きに行く一行。10分後、大きなカブのごとくズッポリと抜けたアクアドラゴン。抜けた反動で引っ繰り返る一同に、中の人(ハンニバル)がこう言った。
「やあどうも、タスカ君だね? 私がジョン・スミスだ。」


 場所を移して、落ち着いた一同。
 トレンチコートとハットを脱いだ姿のタスカ青年は、学生と見間違えるくらいの童顔、そしてフェイスマンにも似た下がり眉。フェイスマンとマードックは、わくわく感を隠せないようだが、今は一応、プロの顔で冷静に話を聞く体勢。
「ご存知と思いますが、僕は、火曜深夜に放送してるドラマ『ヘンダースン家の秘密』を作っているプロダクションの社長です。と言っても、社員は僕と、経理をやってる妻だけなんで、制作に関すること、脚本とかキャスティングとかは僕1人でやってますが。」
「えっ、じゃあ、『ヘンダースン』の台本、君が書いてるの? すごいね、すごく面白いよ。特に最近5話くらい、もうわけがわからないくらいさ。」
「ええ、僕にもわけがわかりません。」
 そう言って、タスカは溜息をついた。
「最初は、普通のクライムサスペンスのつもりだったんです。失踪した婚約者を探す名探偵。その街には彼女の過去が……。そして、自分では探しに来ない彼女の婚約者。巡り合った探偵と彼女は運命の恋に落ち、って深夜枠だし、ちょっとセクシーな展開もいいかな、なんて考えていたんですが、だんだんとスポンサーがドラマに介入してくるようになって。」
「スポンサー?」
「ミャムマー製薬。詳しく言うと、ミャムマー製薬の陳社長です。ええと、会社自体は痛み止めとか下痢止めとか作ってる製薬会社で、いろいろスポンサー探し回ったのに、結局ここしか出資してくれなくて。でも結構いい条件だったんで、最初は喜んでいたんですが……。」
「キラーペインキラー♪ の会社か。」
「そうです。社長が映画好きみたいで、撮影初日から介入がひどくて。もっとカットバックを多用して立体感を出せとか、女優は中国人とのハーフを使えとか。現場にも常駐するし、編集も僕らを締め出して社長と取り巻きの人だけでやっちゃうし、断ると、スポンサーを降りるって言うし。結局、監督も主演俳優も、スポンサーにぶち切れて辞めてしまいました。予算の大半を使ってキャスティングしたララ・フリン・ボイルも2話で降板。仕方ないから代役立てたら、6話で降板。辻褄が合わないんです。同じ役で俳優が4人チェンジって正気の沙汰じゃありません。でも……でも視聴率だけ、グングンうなぎ上り……もうわけがわからない……。でも支離滅裂すぎて、番組を見てると頭が痛くなるってことで、スポンサーの商品、ミャムマー製薬のキラーペインキラー、売れまくってます。」
 タスカ青年は、そう言って項垂れた。
「俺も使ってるよ、それ。よく効く薬だし、ある意味、いいスポンサーなんじゃないか? 自ら視聴率を上げてくるっていう。」
 フェイスマンが慰める。
「そうそう、すごく面白いよ、今。制作秘話が聞けて、俺っち感動してるくらいだよ。」
 マードックの言葉に、タスカは、キッ! と顔を上げた。
「それでは、僕の『ヘンダースン家』はどうなんるんですか! 初めて手掛けるドラマなのに!」
「それまでは何をしてたんだ?」
「CM制作です。キラーペインキラー♪ も僕の作品です。やっとCM稼業から抜け出して、映画監督への第一歩を踏み出したはずなのに……。」
「もう、打ち切りにしたらどうなんだ。仕切り直しってことで。」
「打ち切りって簡単に言わないでください。これは、僕にとって大切な作品なんです。」
「で、俺たちにどうしてほしいんだ?」
「ミャムマー製薬の陳社長と話をつけて、これ以上番組に介入しないようにしてほしいんです。僕じゃ迫力負けして話にならなくて。……とにかく、僕の『ヘンダースン家』を助けてください!」


〜3〜

 数日後、Aチームの面々は、市内某所にあるケーブルテレビのスタジオ、『ヘンダースン家の秘密』撮影現場を訪れていた。ハンニバルはスーツ姿。フェイスマンは白のスーツ姿+ナス型サングラスで、いかにも映画関係者という風貌。コングはメイド服に包帯、マードックは半ズボンに赤い蝶ネクタイ&横分けという格好。
「大丈夫なの? 家政婦のマミー役がコングで。」
「先週までマミー役だった方が急に国(モンゴル自治区)に帰っちゃって。助かります、バラカスさん。」
「いいけどよ、家政婦役が繋がるのか? 俺で。」
「大丈夫です。おっさん、おっさん、バラカスさんで繋がります。ついでに、長男役のマイケル君が学校の試験で来られないので、マードックさんも助かります。」
「俺っちは全然OK。」
 ということで、タスカ君の自暴自棄なキャスティングが冴える第13話の撮影が始まった。
 ハンニバルとフェイスマンは、少し離れたところで撮影を見守っている。
「やあ諸君、元気でやってるアルね?」
 そこに現れたのが、小柄だが恰幅のよい、テカツヤな中国系アメリカ人、ミャムマー製薬の社長、クリス陳。細い目に、ナマズ髭。クンフー映画に出てくる悪役のような、もしくはラーメンマンに上下から圧をかけて身長156cmに纏めたような風貌は、いかにも癖がありそうな感じだ。
「何だね、このクロンボは。」
 と、コングを指差す。
「何だとコノヤロウ、喧嘩売ってんのか? 俺は家政婦マミー役のB.A.バラカスだ!」
「家政婦マミー役? はは、面白いね、相変わらず無茶なキャスティングするね、そゆとこ好きよ、タスカ君。じゃ、今日も出来上がったフィルム、編集室に持ってきてね。誰よりも先に見たいからね。」
 と、にこやかに陳社長が去っていく。
「あれが社長か。」
「何だか胡散臭いね。」
「一番先に見たい、か。どうせテレビで放送されるんだがな。……ん? ちょっと待てよ。そうか、フィルム。」
 ハンニバルが何事か考え込み、タスカに声をかけた。
「タスカ君、ちょっと。」
「はい、何でしょう?」
「先週分のフィルム、見せてくれるかな。」
「いいですけど、ちょっと待っててください。」
 バタバタと走り去り、1本のテープを持ってきた。
「これです、先週放送分の。」
「ありがとう。これ見られる場所、あるかな。」
「向こうの第3編集室が空いてますから、どうぞ。」
「ありがとう、ちょっと借りるよ。」
 バタバタと去っていくハンニバルとフェイスマン。廊下に出て、急ぎ足で第3編集室を見つけ、中に入って鍵を閉める。
「どうしたんだよ、ハンニバル。これ、先週見たやつだろ?」
「編集だよ、編集。何で社長が編集に口を出すかって考えたら、これしかないじゃないか。」
 ハンニバルは預かったフィルムを機械にガチッと嵌め、モニターを点ける。スイッチを入れると、キュルキュルキュルという巻き取り音の後、『ヘンダースン家の秘密』が始まった。ハンニバルが、カチ、カチとフィルムを止めて静止画をチェックする。
「何してんの?」
「サブリミナル。フィルムの中に関係ないコマを差し込んで、見ている人をマインドコントロールする。お前も、頭が痛くなるって言っていただろう。このスポンサーは何屋だ?」
「……薬屋。そうか、じゃ、本編に頭が痛くなるような画像を挿入して、薬の売れ行きを伸ばそうとしてるってこと?」
「そうだ。そして、そういう真似をできるのは、編集の段階しかない。」
 ハンニバルとフェイスマンは、1時間ドラマを1コマずつ止めて見るという地味な作業に没頭。そして2時間後。
「あったぞ、これだ!」
 ハンニバルが指差す画面には、頭に茨の蔓を巻かれ、食い込んだ頭と目から悲しげに血を流す白いドレスの少女の画像。それが、一定の間隔で、後半10分続いている。
「あいたたた、頭痛くなってきた。そう言えば、覚えがある気がする、こんな画像。……でも、これって違法?」
「確か74年の公聴会で禁止になってるはずだ。ただ……。」
「ただ?」
「これを表沙汰にすると、『ヘンダースン家の秘密』が打ち切りになってしまう。」
「じゃあ、どうすれば?」
「こういうことをやる会社は、ああいうこともやるだろう。フェイス、薬持ってるか?」
「キラーペインキラー? うん。」
「これは、どこででも買えるのか?」
「いや、南ロサンゼルスの薬局でしか売ってない。」
「そうか、やっぱりな。……フェイス、エンジェルに連絡を取ってくれ。」


〜4〜

 数日後、エンジェルからのテレファクシミリが、カタカタとAチームのアジトに届いた。
「待ってました、キラーペインキラーの成分分析結果……あ、やっぱり入ってる、麻薬成分。医療用ならOKだけど、中毒性があるから市販薬に使っちゃいけないやつ。」
 と、フェイスマンが、成分表をテーブルに広げた。
「だと思った。ああいう移民の一部には、アメリカの法律なんて屁とでも思ってる奴らがいるからな。陳社長は、間違いなくその手だ。」
「てことは、サブリミナルで頭痛を起こして、CMでキラーペインキラーを売って、その薬で中毒を起こして、ドラマで頭痛を起こして……って、エンドレスじゃねえか。」
 コングが成分表をテーブルに叩きつける。
「じゃあ、直接対決するまでもなくない? ちょろっと警察にリークすればいい話じゃない?」
「まあ、そう言いなさんなモンキー。それじゃ、俺たちが来た意味がない。ちょっとお楽しみもないと。」
 ハンニンバルがニカっと笑った。

〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 近隣の会社を回り、頭を下げるフェイスマン。タイプライターに向かうタスカ君。包帯グルグル巻きのコング。特殊メイクを施されるマードックとフェイスマン。台本片手に発声練習をするハンニバル。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉

 数日後、スタジオに組まれたヘンダースン家のセット。明かりを絞った薄暗い居間では、ヘンダースン家の父(俳優5人目)と母(中国人女優2人目)、娘のエリカ(黒人女優3人目)、息子のジョージ(男優オリジナルメンバー)と、家政婦のマミー(コング)が、お茶会に招いた謎の女にバナナを供するシーン。無表情でそっとバナナを差し出すコングに、招かれた女が会釈する。
 と、そこに現れた陳社長。
「順調かね、タスカ君。」
「ええ、いい感じでしょう。」
 タスカ君が胸を張った。
「今日はとうとう、家出した彼女らしい客が現れるシーンです。」
 セットでは、ヘンダースン家の面々と客の女が、静かにバナナを食べている。そこに、白いワンピース姿の女(マードック)が登場。青白い顔には生気がなく、頭の茨が食い込んで、額に血が流れている。女は、すっと父母の後ろに回り、寂しげに立ち尽くす。
「あれは誰だね? あんな役いたか?」
 と、陳社長。
「あれって誰ですか?」
「ほら、父と母の間に立ってる女だよ。あんな役いたか?」
「さあ、僕には誰もいないように見えますが。」
「あの、白い顔の女だよ。見えるでしょ?」
「……誰のことですかね。このシーン、一家と女と家政婦の6人しかいませんが。」
「何だって? そんなはずない。あの頭に茨を巻いた……茨……を、巻いた?」
 陳社長が黙り込む。気がついたらしい。今、スタジオにいる女は、サブリミナルの画像に出てきた女だと。そして、す、っともう1人、同じ格好の女(フェイスマン)が、フェイドイン。今度は、謎の女の横に座り、ゆっくりとバナナを剥き始める。
「もう1人来たぞ、もう1人。」
「だから、何なんですかもう、変なこと言わないでくださいよ。この場面には、6人しか出てないんです、ろ、く、に、ん!」
「今8人いるじゃない!」
「見えませんが。」
「ほ、本当に見えないの? おい、そこの君!」
 と、ADの青年に声をかける。
「はい?」
「今、セットに何人いる?」
「ええと、役者6人とカメラで、7人ですね。」
「7人。そんなはずは……。」
 と、セットに近づく陳社長。
「今、撮影中ですから、入らないでください。」
 さりげなく社長を制するタスカ君。
「うるさい、絶対いるんだ、女が2人!」
 と、無理矢理セットに踏み込もうとする陳社長の前に、立ち塞がるハンニバル。
「やあ、どうしたんだい?」
「君は誰だね? ここで何をしている?」
「いや、番組の一ファンでね、撮影を邪魔されるちゃ困ると思って。」
「退け! 予定にないキャストがいるんだ、摘み出してやる。」
「へえ、予定にないキャストって誰のことかな? でもまあ、自分で確認するのが一番だよね、じゃあご自由に。」
 ハンニバルが、す、と身を引いた。
「あ、え?」
 社長が立ち尽くす。セットにいたはずの女たちがいない。キャストは6人……。
「さっきまでいたんだ、白い服を着て、茨の冠をつけた、まるでサブリミナルの映像みたいな……!」
 その時、トントン、と社長の肩を叩く指の感触が。振り返る陳社長に、白塗りの女たちが言った。
「そのサブリミナルって。」
 と、フェイスマン。そしてマードックが。
「こんな顔かあい?」
「ぎゃー、オバケ!」
 陳社長は一目散にスタジオから逃げ出そうとした。と、その時、急に明るくなるスタジオ。そして、ドカドカと踏み込んでくる男たち。
「警察だ! クリス陳! 麻薬取締法違反で逮捕する!」
 取り押さえられる陳社長。その時、Aチームの姿は、もうなかった。


〜5〜

 夜中のアジト。3人掛けのソファにぎっちぎちに座ったAチーム、『ヘンダースン家の秘密』を視聴中。画面では、バナナがバナナホルダーに引っかけられて置いてあり、主人公のグレアム探偵が、それを1本もぎり、ケースにしまって大事そうにポケットに入れる。
「小道具、増えてないか?」
 と、ハンニバル。手には、ココアの入ったマグカップ。
「増えてるね。バナナホルダーにバナナケース。ミャムマー製薬の次に取れたスポンサーが、1ドルグッズのダインーだったもんで、便利グッズが満載だ。」
 フェイスマンが、紅茶を啜りながらそう言った。
「ああ、そうだぜ。先週から始まった、家政婦マミーの家事お助けコーナーも人気みたいだな。ダインーで買える、ちょっと便利なお役立ちグッズを使って料理を時短したり、掃除の手間が省けたり、生活の工夫ってやつを教えてくれるんだ。」
 と、コング。あの役、割と気に入っていたらしい。
「何か、番組の趣旨、変わってない? いや、面白いけど。」
 マードックが首を傾げる。
「いいじゃないか、面白いんだから。」
 フェイスマンがそう言って、またドラマに集中する4人であった。
 『ヘンダースン家の秘密』は、それから4年続き、メロドラマからUFO襲来系SFを経由し、最後には熱血スポーツ物として終焉を迎えた。深夜ドラマ全盛の時代の、まさにカルトと言うべき番組であった。
【おしまい】


 作中に、いわゆる放送禁止用語が見られますが、わざとです。
 不快に思われた方には、深くお詫び申し上げます。
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