戦慄の別荘地! 姿なきシリアルブレイカーから友を救え、Aチーム!
伊達 梶乃
〜1〜

「ええ、慰問で。」
 大きなラタンのトランク(つづら? こおり?)を背負った優男が、退役軍人病院精神科の受付で胡散臭い笑顔を見せた。この男と仲間たちは、各地の入院病棟を回って芝居を見せているのだと言う。無料で。
「お芝居ができるようなステージなんてありませんよ。」
 受付係員は素っ気なくそう言った。ここは病院なんだから、そんな設備などあるわけがない。
「ちょっとした場所、そう、このエントランスホールでもいいんです。ああ、でも客席がない。」
 残念そうに眉をハの字にする優男。一挙手一投足がいちいち芝居がかっていて、見ているだけで鬱陶しい。
「レクリエーション室はどうでしょうか。映画を見せる時のように、テーブルを畳んで椅子を並べれば。」
 もう1人の受付係員(若い女性)が口を挟んだ。
「それはいい!」
 優男が明るい笑顔を係員に向ける。
「レクリエーション室、ご覧になります?」
 年配女性の係員は少し嫌そうな顔をしながらも、レクリエーション室の予約表を開いて、近日中に使用できそうな日時を確認した。
「明日明後日の夕方以降は映画上映の予約が入っていますが、それ以外なら、今のところ使用可です。」
「ありがとうございます。是非見せてください。」
「どうぞ、こちらへ。」
 若い係員が案内する後に優男がついて行く。その後ろを、スズメの着ぐるみを着た男が、大きなトランクを両手に持ってついて行き、オリエンタルな衣装を着た老婆(ただし、スズメ以上に身長がある)が、小さなトランクを大事そうに抱えてついて行く。その仮装行列じみた3人を、集まってきた患者たちが遠巻きに見ている。その中には、ゴム手袋を填めてラバーカップ(便所の詰まりを直すやつ)を持ったマードックもいた。
「タン・カット・スパローだ!」
 マードックが一行の姿を見て叫んだ。タン・カット・スパロー、それは、舌切りスズメ。
 そう言われて、スズメの着ぐるみが黒くてごつい足を止め、トランクを1つ床に置くと、空いた手を振った。メリケンサックと見紛う指輪を嵌めた手を。よく見れば、スズメの着ぐるみの嘴から、一筋の血が流れている。舌、切られ済みか。この屈強そうなスズメの舌を切ったなんて、一体どこの猛者の仕業だろうか。
 愛想(?)のよいスズメを見て、患者たちは湧いた。彼らはここのところ、暇さえあればマードックの独自の解釈による『舌切りスズメ』を聞かされていたのだから。絵本はあれど、書いてある文字が理解できないために。「の」が of だってこと以外は。
 入院患者たちが期待しているからには、上演を断ることなどできない。年配の受付係は諦めたように溜息混じりで首を横に振った。

 それから数時間後、七大卑語の過半数がスズメの台詞のほとんどを占める『舌切りスズメ』の上演を終えた劇団員3名は、それぞれにトランクを持って帰っていった。笑顔の患者たちと困ったような苦笑いを浮かべる職員たちに見送られながら。
 因みに、この劇団の解釈による『舌切りスズメ』のストーリーは――心優しいお爺さんが、負傷したスズメを見つけ、家に連れて帰って介抱する。傷も塞がり、すっかりお爺さんに懐いて力仕事を手伝っていたスズメだが、お婆さんはスズメとお爺さんのラブラブっぷりに嫉妬の炎を燃やしていた。お爺さんに対しては可愛らしくチュンチュンとしか言わないスズメも、お婆さんに対しては汚い罵り言葉を吐くばかり。ある日、お爺さんが出かけている間に、スズメはお婆さんのおやつのスイーツを盗み食いしてしまい、それを目撃したお婆さんとスズメとの死闘が始まる。スズメの方が筋骨隆々としてはいるが、お婆さんの老練な手管に翻弄され、さらに塞がったばかりの傷を執拗に攻められ、最後にスズメは舌を切られて放り出され、スズメの国に逃げ帰った。自分が留守にしている間に起こったことを聞いたお爺さんは、スズメを追いかけてスズメの国へ行き、大層もてなされ、土産として小さなつづらを貰った。大きなつづらもあったが、持って帰るのが面倒臭いので。家に帰るまでつづらを開けないように、とスズメの国の偉い人に言われ、その通りにし、家に帰ってつづらを開けてみたところ、その中にはアメックスのゴールドカードが1枚入っていた。このカード、いくらでも使えて、使った額がどこにも請求されないのだ。実質、底なしの富豪になったようなもの。羨ましく思ったお婆さんもスズメの国に行き、着くなりもてなしも断ってつづらを要求し、大きなつづらを奪って帰る。家に帰るまでつづらを開けてはいけない、と言われていたのに、お婆さんは道の途中でつづらを開けてしまう。つづらの中から出てきたのは、完全武装したスズメだった。(銃声は観客の病状を悪化させるため、自粛。)

 病院の塀の脇に停めたバンの前で、スズメは一際大きなトランクをどすりと地面に置いた。それがカパッと開き、中から現れたのは、胎児のポーズのマードック。と、ラバーカップ。
「あとは自分で歩きやがれ。」
 舌を切られて以降、無言でいたスズメが、吐き捨てるように言った。ただし卑語なしで。スズメとしては上品な言葉遣いに恐いものを感じ、渋々と置き上がるマードックであった。

「そんで、何? お仕事? それともディナーのお誘い?」
 バンの自分の席に着いたマードックが、ラバーカップをシートの横に置きつつ、フェイスマンに尋ねる。
「仕事。ハンニバルの知り合いの依頼で。」
 つまり、収入は見込めない。なので、フェイスマンは乗り気ではない。
「場所はどこだ? 車で行けるとこなんだろうな?」
 バンのエンジンをかけて、コングが訊く。飛行機で行きたい遠方ならば、そろそろ睡眠薬が登場する時分。
「車で行けるんだが、ちょっと遠い。」
 答えたのは、依頼を受けたハンニバル。Aチームの私書箱に旧友からの手紙が届いていて、そこに書かれた電話番号に電話して、事情を聞いて、仕事を請け負ってしまったのだ。
「遠いってどこだ、ユタぐらいか?」
「オハイオ。」
 前を向いたまま、さらりと答えるハンニバル。それを聞くなり、コングの顔がぐりっとハンニバルの方を向いた。
「オハイオだあ? 走り通しで1日半かかるぜ。」
「飛ぶもんに乗って、その先レンタカーで行くのと、どっちがいい?」
「1日半、運転する方がマシだ。」
 コングとしては当然のチョイス。
「じゃ、それで。」
 かくしてAチーム、オハイオに向かうこととなった。車で。


〜2〜

 道中、コングが居眠り運転をして危なかったので、運転を代わろうとマードックが提案したが却下され、近場のモーテルで仮眠を取り、日に3度の食事もし、ロサンゼルスを経ってから2日とちょっと経った頃。
「この辺りだな。」
 地図を見ていたハンニバルが口を開いた。それを聞いて、マードックが周囲を見渡す。と言ってもフロントガラスから見える範囲内だけ。
「うっひょ〜、いいとこじゃん。」
 道の片側は雑草が低く茂っているだだっ広い土地の中にぽつりぽつりと畑や温室や小規模な果樹園があるだけの、よくある田舎の風景だが、反対側には別荘のような白いコテージがいくつも並び、植えられた木々も青々と美しい。そして、コテージの向こうには水面がキラキラと光る湖。ボートを牽引したキャンピングカーも、そこここに停まっている。
「ホント、いい景色。リタイアしたら、こういうとこに住みたいよなあ。」
 ずっと無の表情だったフェイスマンの顔にも生気が宿る。リタイアするって、何からリタイアする気なんだろう? 詐欺師は一生治らないと思うんだが。
「軍曹、そこを左。で、すぐに右。」
 ハンニバルの指示に従い、バンは小道を進んでいく。季節は初夏。既に人がいる家屋もあるが、まだ大半は無人のようだ。
 バンが停まったのは、南部管理事務所と書かれた看板がかかっている家の前。管理事務所と名はついているが、見た目は周囲の建物と大して変わりがない。幾分、建物が小さいだけで。
 車から降りたハンニバルが、ずんずんと進み、ドアを開け、中に入っていく。その後を追う部下3名。
「やあ、ジェシー。久し振りだな。」
 管理事務所にただ1つだけ置いてあるデスクに着いていた人物に向かって、ハンニバルが右手を差し出す。
「ジョン! 本当に来てくれたのか!」
 ジェシーと呼ばれた男が立ち上がり、ハンニバルと固い握手を交わす。年の頃は、ハンニバルと同じくらい。身長はハンニバルより少し低い。体重はハンニバルよりかなり軽そう。どちらかと言えば細身。髪は、黒髪と白髪が3:7。
「電話で、行くって言ったからにゃ、行かなきゃ男じゃないでしょう。」
 その辺はハンニバル、義理堅い。約束をきちんと守る男。約束を守らなかった時もないわけじゃないが。
「あたしの部下の、フェイスとコングとモンキーだ。」
 順に指差して紹介する。
「で、今回の依頼人、ジェシー・スミス。士官学校の同級生で、名前順だと必ずあたしの前にいた男。」
「ということは、ジェシー・スミス大佐? いや、准将くらい?」
 恐らく上官を何とお呼びすべきか、お伺いを立てるペック中尉。ジェシー氏は退役軍人ではあるけれど、オハイオの別荘群の管理事務所にいるわけだし、ハンニバルとも仲がよさそうなので、MPとは関係ないと瞬時に判断。そもそもMPと関係がありそうだったら、ハンニバルが2日かけてまでここに来るはずはない。多分。
「いやいや、ジョンほど手柄は立てなかったんでな。牛の歩みで何とか少佐になって、それから少しして辞めた。私のことはジェシーと呼んでくれ。」
「何で辞めたんだ? 軍人であることを誇りに思うとか、死ぬまで軍人だとか、死ぬ時は軍人として死にたいとか、よく言ってたじゃないか。」
 既に退役していて然るべき年齢ではあるが、当時のジェシーの言動からすれば、自分から軍を辞めるなど考えられない。その言動に、当時イラッとさせられっ放しだったことも思い出したハンニバルであった。
「いやあ、あの頃は私もどうかしてた。今考えると、気が違っていたのかもしれない。」
 ジェシー氏の言葉に、コングとフェイスマンの目がちらっとマードックの方を向いた。だが、ジェシー氏の話が続いていたので、それだけで終わった。
「10年、いや、もうちょっと前だったか、うちの奴が体を悪くしてな。うちには子供もできなかったし、貯えはあったから、軍を辞めて、家内の生まれ故郷であるここに引っ越したんだ。ここと言っても、もっと湖から離れたとこだ。それからは、看病と家事と病院の送り迎えで大忙しさ。」
「それが何で管理事務所にいるんでい?」
「家内の病状が悪化して入院して、時間ができたんで、気を紛らわせるために管理事務所の仕事を請け負ったんだ。」
「それじゃあ、奥さんは……。」
「今年、年明けに他界した。まあ、私より年上だったし、長患いだったから、痛みからやっと解放されてよかったと思ってるよ。それで葬儀に昔の仲間が来てくれて、ジョン、君の連絡先を知ったんだ。」
 案外知られているAチームの私書箱。ジロリとフェイスマンの方を見るハンニバル。その視線から逃げるように窓の外に目をやるフェイスマン。
「心中お察しするが、それで一体どういう用件なんだ? 困ったことが起こってる、Aチームの力で解決してほしい、としか聞いてなかったんだが。具体的な話を聞かせてほしい。」
 しんみりとした場は好かないハンニバルが、話を促す。
「そこの窓、ベニヤが張ってあるだろう?」
「ああ。」
 田の字になったクラシックな窓枠の4区画のうち3区画にはソーダガラスが嵌っているが、残り1区画にはベニヤ板がダクトテープで留められている。
「石が投げ込まれるんだ。その際に、当然、ガラスが割れる。強化ガラスじゃないし、ワイヤーだって入ってないガラスだからな。」
「お前さんに恨みを持って石を投げ込んでる奴がいるっていうのか?」
「私に恨みがあるわけじゃないと思う。あちこちの家でガラスが割られているんだからな。幸い、別荘地なんで、人がいる時に石が投げ込まれて怪我をするという事態には今のところなっていないが、不幸にも、別荘地なんで、犯人を目撃した者もいない。」
「あんたがこの辺の家を見て回って修理してんのか?」
「そういうわけだ。ガラスだけじゃなくて、花壇が荒らされたりもしているし、係留しているボートに石が投げ込まれていることもある。」
「犯人の目星は?」
「全く見当もつかない。あちこちに無差別に石が投げられているだけ、花が千切られているだけ、という状況だしな。石だって、その辺にいくらでもあるものだ。特別な石じゃない。」
「実際、ジェシーさんが困ってるんだから、ジェシーさんを恨んでの犯行って気がするけどな。」
「こいつが恨まれるくらいなら、それより先に、他の奴が恨まれてる。」
 ハンニバルの言葉に、部下3人は納得した。この人は、恨まれるタイプではない、と。言っちゃ悪いが、恐らく、奥さんもそれほど美人ではなかったと思われる。
「ってこたあ、俺たちが犯人を探しながら、割れてるガラスも探して修理すりゃいいんだな。」
「オイラ、トイレの修理もできるぜ!」
 マードックがラバーカップを掲げる。修理って言うか、詰まったのを直すだけだな。ところで、それ、使った後、ちゃんと洗ったのか?
「トイレは今のところ大丈夫だ。でも、時々、滞在中のお宅からトイレが詰まったと言われる時があるんで、その時にはよろしく頼むよ。」
「おうっ!」
 Aチーム、投石犯探しのスタートである。


〜3〜

 管理事務所の近くの空きコテージに滞在を許可されたAチーム。まずはそのコテージの前に車を移動し、徒歩でガラスの割れた家を探すのであった。
 かなりの広さがある湖の周囲には、いくつかの集落がある。そのうちの1つの集落の別荘群の、そのまた一部分をジェシー氏が管理しているのである。キャンピングカー専用のキャンプ場も見える。湖畔の一部は、州立公園になっているとか。
 ジェシー氏から渡された様々な縮尺の地図を、それぞれが1枚ずつ開いて見る。
「インディアン・レイク! ここが! あの!」
 最も広域の地図(お買い物の助けにはならないけど、この辺りの全貌を知るには適切)を開いたマードックが声を上げた。
「あの、って有名なとこなわけ?」
 観光マップのような地図を手にしたフェイスマンが尋ねる。
「フェイス、知らねえの? ほら、20年くらい前に歌が流行ったじゃん。もっと前だっけ? インディアン・レイクじゃインディアンがやってるみたいにできますよ、って。」
 マードックはインディアンのように口の前に手をやって、アワワワワワワワと高い声を出した。
「ああ、あったな。入り江で泳いだり、木立んとこでスナック食ったり、カヌー借りたりできるってやつな。あの歌と『インディアン・ギヴァー』がごっちゃになんだ。」
 意外にもバブルガムポップに詳しいコング。
「なる! オイラの場合、『ヤミー・ヤミー・ヤミー』とか『グッディ・グッディ・ガムドロップ』のイントロもごっちゃになる。」
「確かに、なるぜ。もうどれがどれだか、さっぱりだ。『インディアン・レイク』のサビ以外んとこも思い出せねえ。」
「あたしは『悲しきインディアン』とごっちゃになりますね。」
 ハンニバルも話に参加する。1960年代の歌には幾分疎いが、1950年代の歌には詳しい。
「ランニング・ベアー! あったあった! ジョニー・プレストンだっけ。」
 フンバッフンバッと歌い始めるマードック。
「インディアンの歌って言ったら、俺、『10人のリトルインディアン』しか知らないよ。」
 話に入れず眉をハの字にするフェイスマン。『インディアン・ギヴァー』がインディアンの歌でないことさえわからずに(敢えて言えば、インド人の方)。蛇足ながら、『ヤミー・ヤミー・ヤミー』と『グッディ・グッディ・ガムドロップ』もインディアンの歌ではない(インド人の歌でもない)。
「『10人のリトルインディアン』は基本中の基本だな。」
 と、その時。ガシャン! とガラスの割れる音がした。
「あっちだ。」
 ハンニバルが音の聞こえた方向を指差し、駆け出す。残り3人もその後に続く。
 行ってみると、無人のコテージの窓ガラスが割れていた。犯人の姿はない。辺りを捜索するAチーム。
「一体、どっから石投げやがったんだ?」
 犯人の姿も見えないばかりか、足跡すらわからない。
「強肩の外野手なんじゃん、犯人。すんげえ遠くからシュバッと石投げてさ。」
「遠くから投げるのはアリだと思うけど、木にぶつかるんじゃないかな、かなりの確率で。」
 フェイスマンが被害に遭った窓の前に立ち、石が投げられたと思しき方向に顔を向ける。
「うん、木にぶつかるね。ギャッ!」
 顔を押さえてフェイスマンがしゃがみ込んだ。低い姿勢のままその場から避難し、コテージの角を曲がって、やっと地面に座り込む。
「どうした?!」
 ハンニバルがフェイスマンの脇にしゃがみ込んだ。
「や、やられた……。」
「何だと?」
 見れば、フェイスマンの左目の瞼の、中央から目尻にかけてが赤くなっている。
「咄嗟に目瞑ったけど、いってえ……。」
「石が当たったのか?」
「そうだと思う。犯人が持ってるの、銃じゃなくてよかったよ。銃だったら死んでた。」
「犯人を見たのか?」
「見てない。犯人見たわけじゃなくて、その、石が当たっただけでよかったよな、って。いや、よかないんだけどね。血、出てないよね?」
「血は出てないが、こりゃ腫れるぞ。」
「うん、知ってる。」
 フェイスマンは瞼をそろそろと開いた。
「視力に問題はないかな。ちょっとゴロゴロするだけで。」
「フェイス……病院行ってこい。」
「何で?」
「白目が真っ赤だ。」

 ジェシー氏の車を借りて、片目が魔物に憑依されたようになっているフェイスマンは病院に向かった。運転手はマードック。土地勘はないが地図はあるので、病院の場所はわかる。
 ハンニバルは詳細地図を手に、ガラスの割れたコテージの場所を記録して回っている。一見、散歩しているお爺さん。
 コングはジェシー氏にマスターキーを借りて、ガラス修理要員として働いている。と言っても替えのガラスは欠品中のため、ベニヤ板を張るのみ。大した作業ではないが、割れたガラスを取り除くのが面倒と言えば面倒。加えて、屋内に飛び散ったガラスを除去するのもコングの仕事。投げ込まれた石も、証拠品としてジップ袋に入れて取っておく。
 と、その時。
「動くな、黒んぼ! ゆっくりと、持ってるもの全部床に置いて、手を挙げろ!」
 若い男がコングに拳銃を向けていた。黙って指示に従うコング。金持ちの別荘に空き巣に入ったところ、コングが窓の修理にやって来て、家捜しの邪魔をされた、というところか。相手が空き巣ならば、多少抵抗しても問題はない。が、しかし。
「うちで何をやってたんだ?」
 うち。つまり、この家の人。となると、無断で入り込んでいるコングの方が怪しい人。コングは蹴り上げようと思っていた大きめのガラスの破片から足先を離した。
「管理事務所のジェシーさんに言われて、割れたガラスを取ってた。この後、ベニヤを張る予定だ。替えのガラスがないんでな。」
「ジェシーさんの部下の人か。」
 すんなりと銃を下ろしてくれた。コングも挙げていた手を下ろす。
「悪い。泥棒か何かだと思っちゃって。電気も点けないでいるから。」
 彼は玄関に戻ってブレーカーを上げると、部屋に来て電気を点けた。眩しさに目を細めるコング。
「さ、仕事を続けて。……替えのガラスはいつ入るんだい?」
「1か月はかかるって言ってたぜ。」
「しばらくは殺風景なままってことか。ま、仕方ない。両親には僕から事情を説明しておくよ。」
「済まねえな。」
「でも何でガラスが割れたんだい?」
 赫々云々、とコングは投石犯のことを語った。
「ひどい奴がいるもんだ。僕たちがちょっとリッチだからって。」
 そうか、リッチだからか、とコングは目から鱗を落とした。犯人は、この近辺に住む、リッチでない者。換言すれば、貧乏人。強肩で外野手の経験があればなおよし。あるいは、スリングショットの名手。なぜなら、投げられた石が、野球のボールよりもだいぶ小さいから。投げるよりはスリングショットで飛ばすのに向いているサイズ。スリングショットなら、子供でも遠くから威力のある石を飛ばせる。犯人像が出来上がってきて、コングはほくそ笑んだ。
 ほくそ笑みつつベニヤを張って、ガラスの破片を拾って、細かい破片をダクトテープでペタペタと取って、キッチンに荷物を運び込んでいた青年に「終わったぜ」と声をかけ、ぬるい缶コークを貰って、コングは次の家に向かった。


〜4〜

 すっかりと日も落ち、アジト(コテージ)に戻ったコングは、ガラス片の入った袋とベニヤの入った袋と工具とを玄関に置き、漂う香りに鼻をスンカスンカさせた。香りの出どころを辿って、キッチンに入る。そこではマードックが夕飯を作っている最中だった。ダイニングテーブルの上には、袋に入ったままのパンが無造作に積んである。
「お帰り、コングちゃん。もうすぐ夕飯だぜ、手ェ洗っといで。」
「フェイスの奴連れて病院行ったんじゃなかったのか?」
「病院行って、ついでに買い物してきた。」
「で、フェイスはどうした? 目ェ大丈夫だったのか?」
「腫れてるけど大したこたねえってさ。さっきまで片目で貝採ってたし。」
「貝? ハンニバルは?」
「さっきまで魚釣ってた。今はリビングでテレビ見てるんじゃね?」
 インディアン・レイク湖畔の暮らしをエンジョイしている者数名のAチームであった。
 しばしの後、テーブルの上に段ボールが敷かれ、その上にどでんと鍋が乗せられた。マードックが蓋を取ると、その中では、ハンニバルが釣った魚とフェイスマンが採った貝、およびトマトやオリーブやハーブ類がワインで煮られていた。
「俺っち流、魚と貝の煮たのでっす。」
 謎の魚と謎の貝のアクアパッツァである。魚や貝やその他の具とスープを雑にびっちゃびっちゃと取り分け、「いただきます」の号令は by ハンニバル。
「この貝、食えんのか?」
 小振りのムール貝のような二枚貝を摘み上げるコング。
「わかんね。オイラ、貝の専門家じゃねえもん。心配だったら、食べねえって手もあるぜ。どうせ旨味、あればだけど、全部スープに出てスッカスカだろうし。」
「あー、スープ美味しいわー。モンキー、明日もこれ作って。」
 左目に眼帯をつけたフェイスマンが、ほわーっと気の抜けた表情を見せる。
「材料がありゃあ作るぜ。でも、同じもんができる保証はねえよ。」
「それは、明日も魚を釣れということですな。ようし、任せておきなさい。」
 釣りをしたいだけのハンニバル。アメリカの白人男性の約半数は、休暇に何をするかという問いに対して「釣り」と答える、と世論調査に示されている。50代以上に限定すれば、その数は90%以上にも上る。なので、ハンニバルが依頼そっちのけで釣りをしたくなっても、仕方のないことなのである。
「大佐、ジェシーさんは夕飯に誘わなかったん? これ、5人前のつもりで作ったんだけど。」
 マードックが鍋を指して訊く。無論、一般的アクアパッツァとしては6人前。
「ああ、あいつはこの時間、事務所から離れられないそうだ。修理の依頼の電話やら何やらで。」
「じゃあ、あっちで食事にすればよかったよね。」

〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 フェイスマンが「よかったよね」と言っている最中からテーマ曲が始まり、え? という表情の4人。各々が皿を持って立ち上がる。スープを零しそうになりながらも、コテージから次々と駆け出てくる。
 バンにパンや鍋や誰も手をつけていないサラダを積み込むマードック。急発進するバン。揺れる汁と跳ねる魚。
 管理事務所のドアがででごいーんと蹴り開けられ、袋詰めになったパンを両腋に挟み、鍋を右手に、サラダボウルを左手に持ったコングが仁王立ちになる。
 驚いた表情のジェシー氏、左手に受話器、右手にペンを持って。デスクの上に料理を並べるマードック。クーラーボックスからビール6本パックを取り出すハンニバル。どこからか調達してきた折り畳み椅子を開いて並べるフェイスマン。
 一瞬でディナーの場になった管理事務所で、ハンニバルが缶ビールをプシッと開け、笑顔で缶を掲げる。ワイングラスを掲げるフェイスマン、ミルクグラスを掲げるコング、缶ルートビアを掲げるマードック、缶ビールを掲げるジェシー氏。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉

 ビールを煽り、未だ温かいスープを啜ったジェシー氏が、ホロリと涙を零した。
「ジョン、君はいい部下を持ったね。こうやって温かい料理を作ってくれて、一緒に食事ができるなんて。」
「ああ、いい部下だぞ。仕事もできるしな。」
 感動的なシーンで上司に率直に褒められて、部下3名は素直に喜べなかった。2人とも、まだ酔ってはいない。ジェシー氏は奥方のことを思い出しているのだろうが、ハンニバルの発言には何か裏がありそうだ。この先、誰か死ぬかもしれない。死なないまでも、死にそうな命令が下されるかもしれない。微妙な表情のまま、パンを千切ってはスープに浸して食べたり、貝をほじって食べたり、魚の身を骨から剥がしたり。
「ところで、一体いつ頃から石を投げられるようになったんだ?」
 とても自然に、ハンニバルが仕事の話を切り出した。
「去年の秋だ。」
 ズズッと鼻を啜って、指の背で涙を拭うと、ジェシー氏はデスクの引き出しからファイルを出して、腿の上でページを捲っていった。
「これだ。最初に割れたガラスを見つけたのがこの日。掃除をしに行ったら、ガラスが割れてたんだ。」
 日誌にその日の修理作業や要修繕項目が書かれているのを、ハンニバルに見せる。
「花壇が荒らされたのは?」
「石で花が潰されるのは、同じ頃に始まったと思う。花が千切られたりするのは、その少し前からあった。ただ、秋や冬には滞在者がほとんどいないんで、被害があっても私が見つけるまでわからないからなあ。冬には花も咲いていないし。」
「去年の秋に何があったか、だな。」
「オイラさ、この辺に住んでたインディアンの祟りだと思うんよね。白人に惨殺されて土地を取り上げられた恨みつらみが、やっと去年の秋に実を結んで、金持ちのWASPを攻撃してる、ってどう?」
「それはないでしょ。WASPに石を投げるのは祟りとしてアリかもしれないけど、インディアンが花壇を荒らすのはイメージに合ってない。」
 石を投げられたWASPであるフェイスマンが、マードック案に突っ込みを入れる。
「そもそも祟りなんてあり得ませんよ。ポルターガイストが石を飛ばしてるっていうのならともかく。」
 ハンニバルとしては、祟りはNGでポルターガイストはOKらしい。
「それに、ここは湖にインディアン・レイクと名前がついているくらいだから、インディアンには友好的な土地のはずだ。まあ今は余所者のディベロッパーが入り込んで、湖畔一帯が別荘地やキャンプ場になってしまったけれど、今も町にはインディアンの血を引く人たちも多くいる。うちの奴もそうだった。」
「町にいる奴らってのは、この別荘地の奴らのことをどう思ってんだ? 金持ち連中をやっかんだりしてねえのか?」
「店をやっている人たちは、いいお客さんだと思っているようだよ。お金を落としていってくれるからね。店をやっていない人たちは、特に気にしていないんじゃないかな。」
「軍曹、何か掴んだのか?」
「石が投げ込まれたとこの修理を5件やったんだが、どこも小せえ石コロが投げ込まれてたんだ。投げるにゃ小せえやつがな。」
「確かに、俺に当たったのも、そんなに大きい石じゃなかった。」
「だから、手の小せえガキが投げたのかとも思ったんだが、それにしちゃ遠くから投げてるようだし、となると、スリングショット使ってんじゃねえかと思ってな。それだったら、力がなくったって、遠くまで威力のある球を飛ばせるだろ。」
 球じゃないけどな。
「もし、この別荘地の奴らのせいで貧乏になっちまったガキがいるんなら、そいつが犯人なんじゃねえか?」
「別荘地の誰かに個人的恨みがある大人がスリングショット使ったっていいわけだよね?」
「スリングショット使うんなら、大人だろうが子供だろうが、貧乏だろうが金持ちだろうが、恨みがあろうがなかろうが、誰だっていいってことでもあるね。強肩の外野手がスリングショット使ったっていいわけだし。」
 それは宝の持ち腐れだろう。
「うーむ。情報が少なすぎる。簡単な依頼だと思ったんだがな。」
「簡単に犯人が見つけられるようなことだったら、自分で解決してるよ。わざわざ君を呼んだりしないさ。」
 こうやって食事しながら話し合っている間も、実は管理事務所の電話はしばしば鳴って、ジェシーは用件を聞いてそれをメモしている。相手の名前と、住所、用件、緊急度合いなどを。アドバイスだけで済むものも、一応メモしている。
「お前、いろんなこと請け負ってんだな。」
 そのメモを見て、ハンニバルが感心したように言う。
「ああ、大概のことはできるからね。1人だと数をこなせないってだけだ。石が投げられる問題さえなければ、冬は掃除して回るくらいで大したことはないんだが、夏の盛りの繁忙期は食事している暇もない。」
 なので、投石事件が続いている状態で繁忙期に突入してしまっては、食事している暇はもちろんのこと、寝る暇もなくなってしまう。早いところ問題を解決してほしいジェシー氏である。
「あたしも何か手伝いますよ。あたしにできそうなの、何か割り振ってくださいな。」
「俺も、大概の修理はできるぜ。ガラスなんかより電気系統の方が得意だ。」
「そうだ、ガラスの納入が遅れてるの、俺が何とかしようか?」
「トイレ詰まってるとこ、ないんかな?」
 問題解決が行き詰まっている今、他方面でジェシー氏を助ける方向でお茶を濁すAチームであった。

〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
 割れた窓ガラスを除去し、ベニヤを張るハンニバル。不服そうだが、黙々と作業をこなす。
 詰まったトイレでラバーカップをガッポンガッポンするマードック。無事に流れて、爽やかな表情。
 妙な音がする換気扇の修理をするジェシー氏。換気扇そのものは壊れてはいないんだが、すぐ外側にハトの巣があり、巣の一部が換気扇にぶつかっているのだった。ハトには申し訳ないが、巣を撤去する。撤去した巣は、管理事務所の軒下に移動。
 ポーチの電気が点かない、と訴えてきたお宅へ行き、配線を辿るコング。電線が一部、切れている。リスが齧ったのだろう。メインブレーカーを切っている間でよかった、と安堵の息をつく。ポーチへの配電を切り、新しい電線に交換し、電線の上にはプラスチックのガードもつけておく。
 キッチンシンクの詰まりをラバーカップでガッポンガッポンするマードック。無事に流れて、爽やかな表情。だが、作業を見守っていたご家族は嫌そうな顔。ラバーカップを普通どこで使うか知っているから。
 ジェシー氏の管理区域の地図に、どの家の窓ガラスが割れているか、さらにそれらが応急処置済みか否かの印がつけてある。それを元に、必要なガラスの枚数をカウントするフェイスマン。その他、必要になりそうなものをリストアップして、管理事務所を出ていく。
 無人の管理事務所で鳴り響く電話。駆け込んできたマードックが受話器を取り、真面目な顔でメモ用紙にお絵描きする。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉

 フェイスマンは夜道を歩きながら、どこかで車を調達できないものか、と思い始めていた。町までは結構な距離がある。病院に行く時はジェシー氏の車を借りて行ったのだが、今はジェシー氏も車で修理に出てしまったし、コングも車に乗って修理に向かった。ここに来るのにコルベットに乗ってきてもよかったんだが、1日半(実際は2日)、運転し続けたくはなかったので。レンタカー屋がすぐそこにあればいいのに。バイク、せめて自転車でも、人数分あればいいのに。
 と、その時、フェイスマンの目に1台の車が映った。この時季、既にサマーヴァケーションに入っているご家庭の車である。カーテンが引かれた窓の中には人の気配がある。「ここでこの車をちょっと拝借しても、あとでガソリン満タンにして返せば問題ないよね」とフェイスマンは判断した。
 早速、ポケットからワイヤーを出して、鍵を開けにかかる。
「おい、そこで何してんだ、めっかちめ。」
 背後から光が向けられ、声がかかった。振り返ると、犬を引き連れた青年が1人。ヴィンテージのジーンズに、品薄で取引価格上昇中のスニーカー、ブランド物のTシャツという服装から察するに、この家の息子さん。犬の散歩から戻ってきたところなのだろう。彼の横で、穏やかそうなシェルティが、少しだけ牙を出して、少しだけ唸っている。フェイスマンは懐中電灯で手元を照らされる前に、ワイヤーを回収した。
「ええと、俺、管理事務所の人に頼まれて……、そう、ここの地面が陥没しているのを見てくれないかって。」
「陥没?」
「コンクリが割れて凹んでるとか。具体的な場所は聞かなかったんだけど、他んとこは陥没してないから、車の下なんじゃないかと思って。」
「気がつかなかったな。隣の家のことじゃないのか?」
「ああ、そうかもしれない。住所を間違えたのかも。」
「明日、母さんが車で買い物に出るって言ってるから、その時に確認して、凹んでたら管理事務所に電話するよ。」
「うん、よろしく。遅い時間にごめんね。」
「いえ、遅くまでご苦労さま。」
 と、フェイスマンが立ち去ろうとした時。
「ギャンッ!」
 シェルティが変な声を出して地面に倒れた。
「どうしたんだ、アーサー!」
 懐中電灯で照らしてみれば、肋骨の辺りの薄茶色の毛に血が滲んで、シェルティは「痛いです、ご主人さま」という目をしている。そして、その傍らには、石が。
「あっちか!」
 犬の向いていた方向と石の当たった箇所から、石の飛んできた方向を瞬時に見極め、フェイスマンは走った。だがしかし、誰もいない。誰かがいたという痕跡も、暗いのでよくわからない。
 元の場所に戻ると、シェルティは何事もなかったかのように青年の脇に座っていた。
「ワンちゃん、大丈夫?」
「血が出てたけど、骨に異常はなさそう。念のため、明日、病院に連れてってみるよ。この辺に動物病院ってあるのかな?」
「人間の病院の、数ブロック手前にあったと思う。俺のここも、投げられた石が当たってさ。」
 と、眼帯を指す。
「ひどい。犯人は?」
「まだ捕まってない。手がかりもないんだ。あちこちで窓ガラスも割られてる。君も、ワンちゃんも、ご家族の皆さんも、外に出る時は気をつけて。家の中にいる時には、窓に近づかない方がいいと思う。」
「わかった。早く犯人が捕まるといいね。」
「何かあったら、管理事務所に連絡して。それじゃ、ワンちゃん、お大事に。氷があったら冷やしてあげるといいよ。」
 頭を下げる青年に背を向け、フェイスマンはカッコよく去っていった。徒歩で。


〜5〜

 爽やかな朝。湖では魚が跳ね、既に釣りを始めている人の姿も見える。湖の周りの小道をジョギングしている人もいる。
 そんな中、Aチームの4人は惰眠を貪っていた。最終的にはジェシー氏を加えフェイスマンを除いた4人がかりで、割れた窓ガラスをベニヤ板に替えて回っていたのだから。
 割れたガラスを取り除いてベニヤ板を張るのは、それほどの手間ではないのだが、家の中に散らばったガラスの破片を取るのに時間がかかった。特に毛足の長いラグが窓際にあったりすると、ダクトテープのペタペタでは対処できず、掃除機の出番となる。その掃除機が管理事務所に1台しかなく、誰かが先に使ってしまうと、掃除機を探して彷徨うことになる。コングに至っては「金持ちなんだから別荘に掃除機くらい置いとけってんだ」と憤っていた。そんなわけで、主に掃除機を探すのに時間を取られる作業を、途中でやめるにも切っ掛けが掴めず、結局、日の出を拝んでしまったのだった。
 ジェシー氏は管理事務所に帰り着き、脇の小部屋のベッドに倒れ込んで寝てしまっていたが、年が年なので数時間で目を覚ました。顔を洗ってデスクに着く。今日は何をしなきゃいけないんだっけ、とメモを見ようとして、ふと気がついた。電話機が留守番電話つきのものになっている。ジョンの部下が換えてくれたんだな、と理解し、お礼の電話をかけようとして、手を止めた。まだ寝ているかもしれない。コーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、新聞を取ってきて、夕飯の残りのパンを朝食にする。係留してあるボートを見て回らなければいけなかったのを思い出し、席を立つ。ついでにジョンたちが起きているか様子を窺おう、とAチームが滞在するコテージに向かった。
 そこでジェシー氏が見たものは、ごついバンの隣に並んでいるトラック。それと、自転車1台とスクーター1台。コテージ1つ分の駐車スペースの容量をオーバーして、隣のコテージの駐車スペースに侵食している。隣のコテージの人がまだ来ていないのが幸い。
 コテージの中から何の物音もしないし、窓に人影もないので、まだ寝ているな、と判断したジェシー氏は、湖の方に向かった。

 ジェシー氏が立ち去ってから4時間後、コングが最初に目を覚ました。空腹ゆえに。因みに、家族向けの家具つきコテージはベッドが4つあり、Aチームの滞在に最適。ではあるが、コングはソファで寝ていた。ソファで寝るのに慣れているので。ハンニバルはちゃんとベッドで寝ていた。だが、ベッドにはマットレスはあるものの、それ以外の寝具はなく、床で寝るより多少は柔らかいというだけ。ダイニングテーブルの下では、マードックが寝ている。テーブルの上で寝るより、落ちる心配がないから。玄関入ってすぐのところでは、フェイスマンが行き倒れている。
 時刻は昼。腹ヘリのコングがマードックを起こし、フェイスマンを起こし、ハンニバルを起こしていいものかどうか迷っているその時、ドアチャイムが鳴った。玄関入ってすぐのところで体育座りの姿勢でぼけらーとしていたフェイスマンが立ち上がってドアを開けると、ジェシー氏が何だかんだ持って立っていた。
「ホットドッグ屋が出ていたんで買ってきた。それと、近所の人に貰った果物。採り立てだそうだ。」
 抱えていた大きな紙袋をダイニングテーブルの上で引っ繰り返すと、ホットドッグがボテボテと出てきた。その紙袋よりは小さな紙袋も引っ繰り返す。1つはイチゴ、1つはチェリー。
「ほいよ、飲み物。」
 マードックがインスタントコーヒーと牛乳を配る。そのまま、なしくずしに昼食となった。
「中のキャベツの炒めたのが美味えな。」
 1本のホットドッグを3齧りで食べ終えるコング。ソーセージの下の、バターで炒められてしんなりしたキャベツが美味くて、2本目に手を伸ばす。キャベツのちょっと焦げたところも、香ばしくてビバである。
「昨日まで出ていなかった屋台が今日から出始めたんだ。君たちは本当にラッキーだな。」
 屋台が出ている間、1日1食はホットドッグのジェシー氏。
「お前はここにいて大丈夫なのか? 電話番は?」
 ハンニバルがジェシー氏の仕事を心配する。
「留守番電話になっていたんで大丈夫だ。それに、修理依頼の電話は大概夕方から夜、もしくは朝にかかってくるもんだ。それ以外の時間は、みんな、外に出てるからな。そうだ、留守番電話に交換してくれてありがとう。」
 フェイスマンに向かってジェシー氏が笑顔で言う。
「いえ、喜んでいただけて何よりです。」
 どうせ盗んできたものだし。古い電話機と交換するのなんて、大した手間じゃないし。
「ガラスとパテ、トラックにあるんで、あとで持ってきます。」
 そう言って、フェイスマンはイチゴに手を伸ばした。ヘタを摘んで食べる。ホットドッグよりも先に果物を食べる辺りは女子的であるが、洗わなくても気にしないところが男である。
「この辺でイチゴやチェリーを作ってるのか?」
 そう訊いたのはハンニバル。
「小規模な農園や果樹園は、この辺りのあちこちにある。今はイチゴとチェリーが旬なんだそうだ。アスパラガスやキャベツやブロッコリーやベリー類も押しつけられそうになったんだが、持ちきれないんで断った。」
「オイラ、取りに行くよ、アスパラとキャベツとブロッコリー。」
 夕飯の材料として使う気満々なマードック。
「モンキー、お前が行ったって、くれるわけないだろ。買うならともかく。顔馴染みのジェシーさんだからこそ、タダで貰えるわけ。わかった?」
「じゃあオイラとジェシーさんとで行ったら?」
「くれるかもしれない。貰えそうなら、イチゴとチェリーもよろしく。」
 そんなマードックとフェイスマンのやり取りにニコニコとしながら、ジェシー氏は口を開いた。
「それで、ホットドッグ屋や農家の人たちにも、石を投げられたりしていないか訊いてみたんだ。」
 途端に真面目な顔になるAチームの4人。
「ホットドッグ屋は去年の夏が終わってからさっきまで店を出していなかったから、全く被害なし。」
 うん、と頷く4人。ホットドッグを銜えたまま。
「アスパラガス、キャベツ、ブロッコリーは被害なし。イチゴとチェリーとベリー類は、石は投げられていないけれど、何者かに盗まれているそうだ。それも、乱雑に千切られて。」
「イチゴって温室栽培だよね?」
「その温室のビニールが引き裂かれて、イチゴが盗まれているんだそうだ。」
「フルーツ好きなんかね、犯人。」
「そりゃガラス割ってる奴とは別口じゃねえのか?」
「……フェイス、昨日、石を投げても木にぶつかる、って言ってたな?」
 ハンニバルが手にホットドッグを持ったまま、険しい表情になった。
「うん。俺たちにわからないくらい遠くから石を投げてガラスを割るとなると、ガラスより先に木にぶつかるはずだ、って思って見てたら石が飛んできたんだから。」
「軍曹、ガラスが割れた窓の前に木はあったか?」
 ハンニバルもガラス除去作業はしたが、夜中だったので、窓からの景色は記憶にない。
「ああ、あった。そんな近くじゃねえけどよ、窓から真っ直ぐ行った先にゃあいっつも木があって、どの家も窓から見える景色はそう変わんねえな、って思ったんで覚えてるぜ。」
「でも、この辺、そんな沢山、木、生えてなくね?」
「土地開発で植えたものだから、いわゆる“木”と思えるような木は、そう多くはない。」
 ある程度の幹の太さがあって見栄えする広葉樹は、高さもあるわけだし、根も深く広く、植えるには手間もコストもかかる。加えて、広葉樹は落ち葉の掃除も大変。それだったら、低木や灌木を植えておく方が、花がつけば見栄えもいいし、安上がりだ。
「言われてみれば、木らしい木って少ないよね。でも、犬に石投げられた時も木の方からだった。木の後ろに犯人が隠れてんじゃないか、って思ったけど、いなかった。」
 フェイスマンが記憶を掘り起こす。
「……わかったぞ。」
 ハンニバルの目がキラーンと光った。

〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。〉
 トラックからガラスを運び出すフェイスマン。それを受け取るコングとジェシー氏。
 スクーターに乗って走り去っていくマードック。ちゃんとヘルメットを被って。だが、そのヘルメットにはラバーカップが吸いついて、ブルンブルン揺れている。
 湖に向かい、釣り竿を振るハンニバル。傍らにはトランシーバー。
 管理事務所の留守番電話の録音を再生させ、用件をメモっていくフェイスマン。トランシーバーに向かって指示を伝える。
 ベニヤ板を外してガラスを嵌めているコング。片手でガラスを押さえて、もう片方の手でトランシーバーを取り、指示を聞き、頭を横に振る。トランシーバーを置いて、ガラス嵌めの作業に戻る。
 ベニヤ板を外してガラスを嵌めているジェシー氏。同上。
 広葉樹を見上げるマードック。異状なし、と判断して次の広葉樹へ。
 トランシーバーに向かってオーバーアクションで何事か訴えているフェイスマン。トランシーバーを手に肩を竦めるハンニバル、釣り道具一式を片づける。
 ガラス嵌めのコツを掴み、鬼のような速さで次々とガラスを嵌めていくコング。ジェシー氏も同様。
 広葉樹を見上げるマードック。1つの枝が不自然に動き、トランシーバーに向かって口を開く。その枝の方から石が飛んでくるのを、さっと避ける。石が来る、とわかっていれば、その直前の動きで枝が揺れるのだから、どうということなく避けられる。
 マードックからの連絡を受け、今やっている作業を放っぽり出して駆け出す4人。
 全員が広葉樹の下に集まった。マードックが1つの枝を指差す。よくよく見れば、そこには1匹の猿が。
 さて、どうやって捕まえようか、と思案顔の5人。マードックが挙手し、木に近づき、両手に唾をつけて擦り合わせると、木にしがみついて登り始めた。
 見つかったのに気がついた猿だが、飛び移る木が近くにない。最寄りのコテージの屋根に飛び移ろうにも、コテージの横にバンが停められており、そのルーフの上ではフェイスマンが両手にベニヤ板を持って猿の行動を邪魔しようと待機している。
 普段なら、ほとぼりが冷めるまで木の上に隠れていて、しばらくしてから地面に下りて走っていく猿も、木の下に人がわらわらといるのだから下りられない。しかし、マードックが登ってくる。
 ハンニバルはタモ網を構えて、猿が落ちてきたところを捕まえる気でいる。それが猿にも何となくわかって、飛び下りるのを躊躇している。
 膠着状態の中(ただしマードックは木登り中)、コングはふとラバーカップの存在を思い出した。スクーターのシートの上に置いてあるヘルメットからラバーカップをスッポンと取ると、槍投げの要領で猿に向かって投げた。
 初めて見るラバーカップに気を取られてしまった猿。元来、猿というものは好奇心旺盛である。飛んでくるラバーカップに興味津々。それが自分に当たるだろうというところまでは学習できていない。何せ、ラバーカップを投げられるという経験が未だかつてないのだから。
 その結果、ラバーカップは猿の顔面に当たって、上手いこと吸いついた。もうこれは偶然の産物と言っていいくらいに。得体の知れないものが顔に吸いついた、息ができない、臭い。パニックを起こした猿は、ラバーカップは引けば取れるということもわからず、枝から足を滑らせて落ちた。
 落ちてきた猿をタモ網でキャッチするハンニバル。
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉


〜6〜

 捕まえた猿は、近隣の(と言ってもだいぶ遠い)動物園に引き取られていった。石を投げたのも、花を千切ったのも、恐らく猿としては遊んでいただけだったのだろう。もしくはストレス発散。何せ、この辺りは猿の生息地ではなく、独りぼっちで遊び相手もいなかったのだから、ストレスも溜まるだろうて。
「犯人が猿だったとはな。」
 コングがラバーカップを手に、やれやれ、といった表情&仕草。
「何者かが犯行を繰り返すも、手がかりは何もなく、次々と犠牲者が増えていく、ってとこはクライムサスペンスドラマみたいだったんだけど、猿はないよね、猿は。」
 苦笑するフェイスマン。最終話で犯人が猿だとわかっても、初回放送の視聴率には関係ない。再放送の視聴率が下がるだけだ。もしかしたら、第1話から最終話までの犯行を、猿によるものだとわかった上でもう一度見たいという輩もいるかもしれない。
「オイラ、木登り損?」
 服の前面とチノパンが汚れて手が痛くなったマードックが口を尖らせる。木登り損……そこはかとなく、おフランスの香りが漂う響き。
「いや、大尉、お前は敵の退路を断ち、敵を追い込んだんだ。十二分の働きだったぞ。」
 ハンニバルがポケットから葉巻を出し、口に銜え、マードックの功労を労った。敵=猿1匹、地味ではあるが。
「みんな、どうもありがとう。もうあとは私1人でやって行ける。」
 ありがとう、ありがとう、とAチーム1人1人の手を握っていくジェシー氏。マードックの手は痛くない程度に握る。
 帰らせる気満々なジェシー氏に報酬を請求していいものか、フェイスマンは仲間の顔をチラリチラリと見た。それに気づき、小さく頭を振る面々。何てったって相手はハンニバルの旧友で、奥方に先立たれて半年も経っていない男やもめだ。それに今回は銃も使わなかったし、殴り合いもなかったし、大がかりな武器を作ったりもしなかったし、アクアドラゴンも出てこなかったし、ほぼ何もしなかったと言っても過言ではない。
「お礼と言っては何だが、あと1週間、ここに滞在して、インディアン・レイクを満喫するというのはどうだろう?」
 報酬を諦めて帰るつもりでいたAチームの面々の顔が途端に明るくなる。
「ただ、あのコテージは1週間後に新規の客が入るんで、それまでなんだが。」
「それで十分だともさ。」
 ハンニバルがニッカリと笑い、白い歯がピカーンと輝いた。

〈『インディアン・レイク』、始まる。〉
 ボートに乗って、堂々と釣りをするハンニバル。バカスカ釣れるわけでもなく、浮きが全く動かないわけでもなく、ちょうどいいタイミングでちょうどいいサイズの魚が釣れるので、ちょうどよく楽しい。
 インディアンの装いで、カヌーに乗って漕ぎ回っているマードック。呑気そうに見えるが、釣り人の邪魔にならないように注意はしている。でないと、鼻の穴や口に釣り針を引っかけられるかもしれない。羽根飾りのついた三つ編みのお下げのヅラを取られるかもしれない。
 ラバーカップの柄の先端に紐をつけ、湖に向かって投げるコング。紐を手繰ると、ハンニバルが釣り上げる魚よりもだいぶ大きな魚がラバーカップに吸いつかれて姿を現した。魚は逃がしてやり、ラバーカップを手に、フヒヒヒといった感じに笑うコング。ラバーカップの便利さに気づいたようだ。
 眼帯を外し、海パンに着替えたフェイスマンが、桟橋から湖に飛び込む。水面に顔を出し、髪を掻き上げ、今の飛び込みを見てキャーキャー言っている女の子の姿を探すが、そんなものは皆無。釣りに勤しむおっさんしか見えない。溜息をついて、平泳ぎですいすいと泳いでいく。
 自転車に乗って一仕事しに行くジェシー氏。管理区域の中だけだったら、自転車の方が小回りが利いて便利だということに気づいたのである。健康にもいいし、環境にも悪くないし。
 シェルティを連れて動物病院へ行く青年。壁に何枚か張ってある『探してください』のチラシに目をやる。その中に、去年の秋、ペットの猿(物を投げる癖あり)が逃げてしまったので探してほしい旨のチラシがある。猿の写真がアップになる。
 動物園で同種の猿と楽しげに遊んでいる猿の姿。『探してください』の写真の猿と投石犯の猿が同一猿物であると言いたいのだろうが、猿の個体識別が難しい。動物園の猿のうちのどれが投石犯だった猿なのかもわからない。
 農園のおじちゃんおばちゃんたちと楽しげに話をするマードック。その末に野菜を貰う。ただし、虫に食われたり、育ちが悪かったり、少し傷んでいたりする、売り物にならないやつを。当然ながら、果物までは貰えなかった。
 海パン姿のまま貝を拾うフェイスマン。深いところまで行って、大きめの貝もゲット。貝を入れたバケツを覗き込んで、嬉しそう。
 コテージの裏庭にかまどを作るコング。しかしカメラが引いていくと、かまどの隣にはフェイスマンが盗んできたバーベキューコンロもある。市販品の炭もある。アウトドア用テーブル(パラソルつき)と椅子もある。
 夜になり、かまどに鍋を乗せてアクアパッツァを煮るマードック。バーベキューコンロで大ぶりの貝とアスパラガスと、鍋に入りきらなかった魚を焼くコング。テーブルに着いて既にビールを飲んでいるハンニバル。自転車で駆けつけたジェシー氏が、ハンニバルに投げられた缶ビールを片手でキャッチする。ワイングラスを片手にサラダを摘み食いしていたフェイスマンが、空になったグラスを掲げてマードックに声をかける。マードックが振り向いて、空になったワインのボトルを掲げる。「ええ〜」という表情のフェイスマン、手近にあったラバーカップをマードックの背に向かって投げる。革ジャンのトラの口に見事吸いつくラバーカップ。それを見て大笑いするコング。
 動物園で、飼育員からバナナを1本ずつ受け取る猿。みんな上手に皮を剥いて食べている。しかし、1匹だけはバナナを持った手を振りかぶり、檻の外に向かってバナナを投げた。くるくると回りながら遠くに飛んでいくバナナ。カメラが檻の中から空を見上げる。まだうっすらと明るい空に、バナナのような月が浮かんでいた。
〈『インディアン・レイク』、終わる。〉
【おしまい】


 作中に、いわゆる放送禁止用語が見られますが、わざとです。
 不快に思われた方には、深くお詫び申し上げます。
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