アンモナイト・ミュージアム
鈴樹 瑞穂
「はー、今日も朝から暑いねえ。」
 ゆるゆると回るシーリングファンを気怠げに見上げて、ハンニバルが呟いた。Aチームは目下、サンタモニカにほど近いとある町に滞在している。避暑に来たはずなのに、快適だったのは最初の数日だけ。いきなりドンと跳ね上がった気温に、ハンニバルはすっかり夏バテ気味であった。一応クーラーが効いている部屋の中は外に比べれば涼しいのだが、少しでも外に出れば温度差が堪える。手にした葉巻に火を点ける気力もないのか、残り少ない葉巻を買いに出たくないのかは定かではない。
 ダイニングテーブルに何やら小さなカードをずらりと並べ、熱心に書き込んでいたマードックが顔を上げた。
「いいじゃん、まさに夏って感じでさあ。」
「いやちょっとやり過ぎだと思うぞ。レイワちゃん? だったか? いくら初めての夏だって言ってもちょいと張り切りすぎだ。」
「いや、西海岸の気候は令和ちゃんの責任じゃないぜ。普通に考えて、大佐のスタミナ不足だ。」
 バッサリと斬り捨てたマードックの方は、確かに元気そうだ。ついでに言えば、ガレージで隣のマダムに頼まれたラジオを修理しているコングも、依頼人に会いに出かけたフェイスマンも元気だ。ただし、フェイスマンは高報酬の仕事と聞いた途端に3割増しで元気になったのだが。
「あー、冷たいビールが飲みたい。」
 都合の悪いことは聞こえない耳を持つハンニバルが遠い目で言う。ビールの在庫はフェイスマンが管理していて、配給は1日1本だけ。朝から飲んでしまわないように、冷蔵庫に入れられるのは昼食後と決まっている。
「イミダゾールペプチド。」
 マードックが重々しく言いつつ、目の前のカードを取り上げてハンニバルへとかざした。見れば単語カードである。
「そりゃ何語だ?」
 少し前までマードックが外国語の会話練習に熱を上げ、タガログ語やアラビア語の単語カードを量産していたのを思い出して、ハンニバルが尋ねる。
「渡り鳥のスタミナの源だぜ。今の大佐に必要なのはこれ。あとはこれとかこれ。」
 アスタキサンチン、オクタコサノールと書かれたカードを次々と繰り出され、ハンニバルは適当に頷いた。
「ふむ。聞いたことがあるようなないような。」
 記憶を辿れば、コマーシャルで連呼されていたような気がする。どうやらマードックは外国語を通り越してヘルスケア用語の習得に乗り出したらしい。かと言って健康食品を買い込む素振りは今のところない(勧められはしたが)ので、恐らく語感が楽しいとかそういう理由だ。
「アスタキサンチンは甲殻類の殻に含まれる色素で抗酸化作用がある。オクタコサノールは――何だっけ。タコ?」
「さあどうだろうな。」
 ハンニバルとマードックが顔を見合わせて首を傾げているところへ、フェイスマンが帰ってきた。
「ただいま! いやあ、ここは涼しいね! 外は茹りそうな暑さだよ。アスファルトの上なんて熱気がゆらゆらしてるよ。」
「今が1日で一番暑い時間だからな。」
 ガレージにいたコングも一緒に入ってくる。ちょうど修理が終わったのか、ついでに磨いてピカピカになったラジオを小脇に抱えていた。
「お疲れさん。」
 ハンニバルがフェイスマンの様子を見て眉を上げた。口では暑いと言っている割に、フェイスマンは爽やかな笑顔で心なしかお肌もツヤツヤしている。依頼人に会うと言っていたが、こっそりスパにでも行ったのではなかろうか。
「大佐、暑くて昼間は外に出たくないって言ってたよね? モンキーは最近知的好奇心が満たされないって。コングは古い機械とか好きだよね?」
 身を乗り出したフェイスマンが仲間の顔を順に見渡し、にこやかにサムズアップをした。
「任せて、みんなまとめて解決だ! 今回の依頼、とっても条件がよくて俺たちにピッタリなやつだったんだ。」
 つまり夜か、昼間だとしても室内の知的で古い機械などに関わる仕事で、そして報酬が破格によい、と。そこまで理解してハンニバルとマードックとコングは頷いた。フェイスマンのお肌をサウナやエステ以上に輝かせるもの、それはお金の匂いなのだ。


 サンタモニカは昔からリゾートの町、最近ではビジネス拠点としても人を集めているが、その郊外に当たるこの町は比較的長閑なベッドタウンである。サンタモニカから足を延ばして観光に来てもらおうという意図だったのか、単に広い土地を確保しやすかったのか、町には大きな博物館があった。
 Aチームに仕事を依頼してきたのはその博物館の館長、スペンサー氏である。館長の職に就いてはいるものの、スペンサー氏は元々この町唯一の高校の教員で、町営の博物館の学芸員を兼任していた関係で前任の館長から役目を引き継いだのだそうだ。
 そんなスペンサー氏の悩みは、博物館の警備員の人手不足だった。特に夜間の警備員が切実に足りない。何でも、夜間のシフトに入った警備員が次々と辞めてしまうのだと言う。
「ほう、それで夜間警備を依頼したい、と。」
 博物館の応接室で館長から話を聞いて、ハンニバルは重々しく言った。
 夜、しかも空調バッチリで快適な室内の仕事。さらに展示品の数々はマードックの知的好奇心を擽り、コングの好きそうなギミックもあるだろう。世間一般的にどうかはともかく、Aチームにとってこんな美味しい仕事はない。棚ボタである。
 スペンサー氏が身を乗り出した。
「皆さんには警備と言うより、警備員が辞めていく理由を調べていただきたいんです。どうかお願いします。」
「もちろん、大船に乗ったつもりで任せてください。」
 フェイスマンがにこにこと請け負う後ろで、コングとマードックが顔を見合わせる。
「何で警備員が辞めていくんだろうな?」
「そいつを調べるのが俺たちの仕事だろ。」
 2人が話していると、フェイスマンが呼びに来た。
「行くぞ、コング、モンキー。館長さんが館内を案内してくれるって。」


 博物館は3階建てで、展示室の数も大小合わせて10室あった。一番大きな展示室は3階までの吹き抜けで、シロナガスクジラの骨格標本が天井から吊り下げられている。その下はアンモナイトや三葉虫の化石、クラゲや深海魚の標本、帆船の模型などが展示されていた。
 展示順路に沿って進むと、次の部屋は熊や猪の剥製、年代物の狩猟道具や農工具、焚火を囲んでミニチュア人形たちが踊る祭の光景。さらに次の部屋は、フラスコやビーカーが並び、蒸気タービンの模型が置かれていた。部屋から部屋へと歩いていくと、歴史上の偉人の蝋人形、古いドレスや馬車、古い町並みのジオラマ、鉱石の結晶、火山の断面図、飛行機からロケットの模型や部品など、様々な展示品があった。
「これはすごい。充実した展示ですね。」
 最初のうちは扉や窓、通風孔など、警備に必要な情報をチェックしていたAチームだったが、途中からすっかり展示品を見ることに熱中してしまった。
 フェイスマンが感心したように言うのも道理で、すべての展示を1つずつゆっくり見ようと思ったら、とても1日では回りきれない量だ。
「これでも、所蔵品全部は展示できていない状態です。苦肉の策で、一定期間ごとに入れ替えを行っています。」
 スペンサー氏の説明に、ハンニバルが腕を組む。博物館内は禁煙、火気厳禁で手持ち無沙汰なのだ。
「ほう。そりゃ何度も来たくなるな。」
「確かにすげえ展示品ばかりだぜ。で、これを何人の警備員で見てるんだ?」
 コングが館内案内図を広げて確認する。
「現在、警備員は4人います。昼間は学芸員もいますから1人、夜は2人でシフトしてもらっています。」
「この広さを1、2人って無理があるんじゃないの?」
「そうなんです。どう考えても足りなくて。残ってくれているスタッフの体力も心配です。」
「まあ今夜は俺たちが入るから、休んでもらってくれ。」
 ハンニバルが言うと、スペンサー氏がホッとしたように頷いた。
「助かります。よろしくお願いしますよ。」


 早速その晩、Aチームの4人は博物館の夜の警備に入っていた。警備員室にあったマニュアルによると、巡回は0時と4時の2回。あとは警備室で監視カメラ画像のモニタリングをしていればよい。
 0時30分。警備室にいたハンニバルとフェイスマンの許へと、巡回に出ていたコングとマードックが戻ってきた。
「巡回終わったぜ。」
「いやあ、夜の博物館って貸切感があってサイコーだね。」
「ご苦労さん。問題は?」
 ご機嫌なマードックとコングにハンニバルがコーヒーを渡しながら尋ねる。
「異常なし。平和なもんだ。」
「こっちもオールオッケー。」
 モニタを眺めていたフェイスマンが椅子ごと体の向きを変えて笑った。
「この仕事、実は楽なんじゃない?」
「じゃあ何で警備員が辞めていくんだ?」
 備えつけの冷蔵庫から取り出した牛乳をコーヒーに投入したコングが言う。
「退屈だからかも。」
「大抵の人間はお前みたいに仕事にトキメキを求めてねえんだよ、このスットコドッコイ。」
「あっ!」
 スットコドッコイことクレイジーモンキー氏は、反論するより前にモニタを指差して叫んだ。
「えっ、何?」
「どうした?」
「今、何か動いたんだよ、その左上のモニタ。」
 他の3人もモニタの前に集まる。
「何もいねえじゃねえか。」
 コングがマードックの方を振り向いた途端、今度はフェイスマンが叫ぶ。
「いた! 白い影!」
「大展示室だな。行くぞ。」
 ハンニバルの声に全員が動き出し、警備室から駆け出した。


 モニタに映っていた大展示室へと下りていく階段の手前まで来ると、4人はさっと左右に分かれた。足音を潜めて踊場まで下り、片側のハンニバルとフェイスマン、もう一方のマードックとコングで視線を交わして頷き合う。マードックとコングが階段の途中まで一気に駆け下り、その後ろでハンニバルとフェイスマンが銃を構えた。
「誰かいるのか?!」
 コングが声を上げるも、展示室の中はシンと静まり返っている。緊迫した雰囲気の中、そろっと化石の間を何かが動いた。フェイスマンが見たと言う白い布の塊だ。大きさは4フィートといったところか。そう、展示品目当ての泥棒と言うには明らかに小さい。大体、泥棒であればもっと目立たない、黒っぽい服を着るものではないだろうか。
「待てっ!」
 マードックとコングが走って追いかけると、白い影はふわふわと逃げた。そればかりか、展示室のあちこちから同じような白い布の塊が姿を現し、あちこちに向かって走り出すではないか。キャーキャーケタケタと賑やかに、どうやら白い布たちは笑っているらしい。
「追うぞ!」
 Aチームの4人はそれぞれに目についた影を追ったが、何しろ展示物がずらりと並んでおり、死角が多いわ通路は狭くて複雑だわでなかなか捕まらない。
「こら、待てって。」
 マードックが伸ばした手を白い影がすっと身を屈めて避ける。勢い余ったマードックの手が彫像の腕を掴むと――
「あ……やべえ。」
 マードックの手の中には折れた彫像の腕が。
 コングが古いタイプライターを陳列した台座の前に白い影を追い詰めて飛びかかる。と、影が素早く横に避け、コングは台座にぶつかってた。
「チッ、やっちまった。」
 ケースの中でタイプライターのキーがばらばらと落ちている。
 そんな調子で、化石が真っ二つに割れ、蝋人形の持っていたステッキが折れ、昆虫標本の脚が取れ、ロケットからは謎のネジが落ちつつ、壮絶な追いかけっこの果てに、4人はようやく影の1つを捕獲することに成功したのだった。


 シーツを剥がして出てきたのは、小さな男の子だった。年齢は10歳ほどだろうか。途中から薄々気づいていた4人は、武器の使用はもちろん、怪我をさせるわけにも行かないと気を遣った結果、ちょこまかと走り回るキッズの集団との追いかけっこにすっかり息が上がってしまっていた。
 自慢のヘアセットも乱れまくりのフェイスマンが男の子に詰め寄る。
「どうしてこんなところで遊んでるんだ? 子供は寝る時間だろ? 明日学校に遅刻するぞ。」
「だいじょーぶ、夏休みだもん。だからボクたち毎晩ここで遊んでるんだ。」
「ここは遊び場じゃありません!」
「えーっ、楽しいんだよ、広いし、思いっきり走り回れるし。外より涼しいしさ。おじさんたちも一緒に遊ぼうよ。」
「あーもう、まったく最近の子供と来たら。」
 頭を抱えるフェイスマンの横で、展示物をチェックしたコングとマードックがハンニバルに報告する。
「コイツは俺たちが壊したんじゃねえ、元々壊れてたみてえだな。」
「こっちもだよ、ボンドで貼りつけてた跡がある。」
「なるほど。警備員が子供たちの侵入を報告せず辞めていくのはそのせいか。」
「展示物壊したら弁償させられるって思ったんじゃない?」
 結局、捕まえた子供は、館長経由で親に連絡して引き取りに来てもらうことになった。厳重注意となったものの、子供はけろっとしたもので、反省しているかどうかは甚だ怪しい。


 顛末を報告すると、スペンサー氏は深い深い溜息をついた。
「そうですか……。一体どうしたらいいんでしょう?」
「アンタ、学校の先生だろ。悪ガキの指導は慣れてんじゃねえのか?」
「最近はちょっと叱ると親が学校に抗議してきましてね。子供が登校拒否になったの鬱になったのと。本当にこっちの胃が痛くなりそうです。」
 館長室の机の上には胃薬のビンと水差しがあった。
「展示物にしても、壊れてしまったものは仕方ありません。何とか修復して展示を続けるしか。」
「まあ、展示はどうにかなるだろうが、あのお子様方はまた来るな。」
「そうだぜ、全然反省してなかったもん。」
「そこなんです。展示品は壊れても修復できますが、万一子供に怪我でもさせたら取り返しがつきません。それに、このままでは本当に夜間警備員がいなくなってしまいます。」
 胃を押さえるスペンサー氏の肩にハンニバルが手を置いた。
「応急処置でよければ、展示物の修復はやってみよう。それに今夜の警備も。」
「本当ですか! どうかお願いします。」
 スペンサー氏はハンニバルの手を取って言った。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 博物館のホールに壊れた展示品を運び込むフェイスマンとマードック。1つずつ、コングが確認し、ハンニバルと話している。
 彫像の折れた腕の型を取るマードック。コンテナを両手で抱えて運び込むフェイスマン。ハンニバルがコンテナの中を覗き込み、拾い上げたものをコングに渡していく。
 修復した展示品を台車で運んで設置していくハンニバルとフェイスマン。位置を細かく指示するマードック。警備室のモニタ配線を見直すコング。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 トムはこの町に住む10歳の男の子だ。せっかく学校が夏休みになったというのに、昼間はあまりにも暑くて外で遊べない。その代わり、最近熱中している遊びが、友達と夜の博物館に忍び込んで隠れんぼや鬼ごっこをすることだ。仲間の中で鬼を決めることもあるが、大抵は夜間警備員のおじさんたちが鬼の役を引き受けて一緒に遊んでくれる。
 昨日はちょっとしくじって怒られてしまったが、この楽しい遊びを止める気はない。友達もみんな楽しみにしているし、何より博物館には見ているだけでワクワクするものが沢山あるからだ。
 そこで今日もトムは一旦ベッドに入って電気を消し、パパとママが寝てしまうのを待って窓から抜け出して、博物館へとやってきた。
 博物館の門は夜は閉じられているが、西側に回り込むと柵の下の方が壊れている場所がある。大人には難しいかもしれないが、子供の体格なら潜り抜けられるのだ。
 集合場所は博物館の庭にある噴水だ。トムが行った時には、もうマイケルもビリーもウィルも来ていた。すぐにディックとベンも来て、全員が揃った。この町の子供はみんな小さい頃から何度も博物館に通っているので、博物館は通っている学校と同じくらい勝手知ったる場所だ。
「ねえ、本当に今日も行くの? トム、怒られたんでしょ。大丈夫かな?」
「怖いんならディックは帰って寝てろよ。」
 弱虫のディックは尻込みしたが、マイケルに言われて慌てて首を振る。
「い、行くよ。怖くなんかない。」
「よし、じゃ行こうぜ。」
 少年たちはそれぞれにリュックサックからシーツを取り出し、頭からスッポリと被った。そして白い塊になってぞろぞろと建物の中へと入っていった。


 展示通路を歩いていくと、白い大理石の彫像がある。5フィートほどの女神の像で、ひらひらした衣装の襞まで精巧に石でできているのだ。トムは夜来た時は必ずその像の前で立ち止まり、悪友たちにも見られていないことを確かめた上でこっそり胸に触ってみるのが常だった。もちろん昼間はできないことだ。何日か前に鬼ごっこをしていた時にこの像の腕が取れたのは知っていたが、次の日見たら直っていて安心した。それに胸が壊れなくてよかった。確か昨日も腕が取れていたはずだ。
 トムが確認すると、腕はちゃんとついていた。
「あ、腕直してもらったんだ。よかったね。」
 そう言いながらトムが女神像の胸に触ろうとすると――
 ピカーン! 女神の目が光り、台座から冷気が立ち上った。
「Don't touch me!」
「うわあ喋った! 怒った! まだ触ってないのに!」
 トムは一目散に逃げ出した。次の展示室まで来てようやく足を止め、呼吸を整えていると。
 ピチョン……ピチョン。ズザザ……。
 水音と何かが這ってくる気配が。トムは慌てて左右を見回したが、何もいない。と、通路に濡れた跡があるのが見えた。トムはごくりと唾を飲んで、ホルマリンの中に浮かぶ深海魚やクラゲのケース群の中に足を進めた。
「あ、アンモナイト……?」
 ゆらゆらと青く揺れる照明の下で、化石でしか見たことのない渦巻きの貝が動いている。トムとほとんど同じ大きさで、床の上にはもぞもぞと動く触手、そして大きな目。
 目が合った。アンモナイトは触手を使って器用に体の向きを変えた。そうしてトムに背中を向ける体勢になるや、ピューっと床を滑ってすごい勢いで迫ってくるではないか。
「ぎゃあああ聞いてない! こんなに! 速く動くなんて!」
 トムは一目散に逃げ出した。また次の展示室まで来てようやくホッとしていると。
 カタ……カタカタ……カタ……。
 何かが揺れている音がする。トムがそちらに行ってみると、展示ケースの中の古いタイプライターだった。誰も触っていないのに、キーがカタカタと動いている。トムがその文字を拾っていくと――
「か、え、れ、い、の、ち、が、あ、る、う、ち、に……命があるうちに帰れ……?」
 ギィィ。急に軋んだ音を立ててドアが閉まり始めた。
「ひいいいいっ、帰るっ、帰るよう!」
 トムは半泣きで閉まりかけたドアを擦り抜け、走って走って、どうにか建物を抜け出した。
 庭の噴水に戻ると、仲間たちも皆、同じような目に遭ったらしく、ディックに至っては腰を抜かしていたがマイケルが背負って連れ帰ってきていた。
 少年たちは背後を気にしつつ、壊れた柵を潜って脱出し、逃げ帰っていった。


「なかなか上手く行ったじゃないか。」
 警備室のモニタでその様子を見ていたハンニバルが満足そうに言う。
「あのアンモナイトのギミックはやっぱり見直そうよ。あとの掃除が大変だ。」
 フェイスマンの指摘に、マードックが難しい顔をする。
「でもよ、あの動きとスピードを出すには、やっぱそれなりの潤滑材がなきゃ。水だったらほっときゃ蒸発すんだろ。」
「ロボット掃除機にモップをつけりゃ掃除できるぜ。」
 コングが手元のパネルを操作しながら言った。Aチーム作の『修復しつつ悪戯撃退機能を搭載した展示品』はすべてこの警備室のパネルから遠隔操作できるようになっていた。
 ついでに監視カメラの位置や台数も見直してあり、沢山の展示品で入り組んだ室内も、切り替えれば死角なしで確認できる。
「これであの子たちがもう来なくなるといいけどねえ。」
「まあ、万が一また来たり、他の子が来たら、まだ使ってないギミックも試してもらおう。」
 呑気に笑い合うAチーム。
 その夏、夜の博物館で子供が遊ぶことはなく、夜間警備員の増強にも成功し、スペンサー館長の胃痛も治って、報酬を受け取ったAチームは焼肉を食べて夏を乗り切ることができたのだった。


 数年後、この博物館のナイトツアーは観光客に大人気となった。その企画を立てたのは、学芸員となったかつてのトム少年である。そしてAチームの下に再び館長から依頼が来ることになる。
「新しい展示品を作ってください、だって。」
 電話を切ったフェイスマンがそう伝えると、ハンニバルは葉巻を片手ににっかりと笑った。
「それじゃ今度はクジラの標本でも動かしますかね。」
 コングがニヤリと笑い、マードックが頷いた。
【おしまい】
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