この夏、腹巻がブーム
フル川 四万
〜1〜

 夏といえども暑さはそうでもない町、ニューヨークはブルックリン。特に今年は冷夏で、気温が20℃に満たない日もあるとか。かつて倉庫街だったこの辺りは、最近では若い芸術家やデザイナーのアトリエや住居として生まれ変わりつつある。
 その倉庫街の一角、エレベーターと空調のない5階建てのビルの階段をエサコラ上るのは、真っ白いシャルワニ(民族衣装)姿の太った男。彼の名は、ハサン・シャーキン。たっぷりと蓄えた顎髭のせいで中年かそれ以上に見えるが、まだ27歳の若者だ。シャーキンはフライヤーを片手に、埃っぽい階段を上っていく。『防寒の未来〜マッド・ハラマキの世界〜』と題されたその展示会が、彼らとの約束の場所なのだ。ファッションに疎いハサンにとってはマッド・ハラマキなど聞いたこともないデザイナーだが、雨後の竹の子のような昨今のファッション界、知らないデザイナーがどんどん出てきていることはわかる。
「それにしても……。」
 とハサンは思った。
「エレベーターか空調、どっちかは欲しいなあ。」
 元々が倉庫であるこのビル、各階の天井が8メートルほどあるため、5階建てだが実質12〜14階分くらいの階段がある。普段、自身が経営する雑貨店の奥に座りっ放し、宅配便が来ても「そこ置いといて」の一言で済ますハサンには、外に出ただけでも十分な苦役なのに、エアコンなしで、階段まで上らねばならぬとは!
「はあ……はあ……。ああ神様、僕は前世でどんな悪いことをしたのでしょうか。……もし生まれ変われるのなら、階段のない世界がいい。……願わくば、オール平屋の国に。冷房つきの。」
 汗を拭き拭き上を見上げる彼の目に、やっとこさ最上階が見えてきた。
「もうちょっとだ、頑張ろう。」
 ハサンは重い足を引き摺って上っていった。


 人で溢れる倉庫の一室、お洒落ピーポーの視線の先には、壁一面に色とりどりの毛糸製品が張りつけてある。その筒状のニットの名称は、HARAMAKI。ジャパンのゴージャスな防寒具である。筒状に編んだニットを胴体の腹部に装着することで、お腹の冷えを予防することができる素晴らしい衣類だ。天井から下がる暖簾には、『マッド・ハラマキ〜魅惑のニット〜ハラマキ展示会』の文字。
「オジサン、セッカクゥ、キタンダカラサー、カッテヨカッテヨ〜。コレチョーカッケエシ! チョーウケルシ! ゲキヤバ、アゲポヨ! チョベリバ!」
 怪しいギャル語の日本語を操るのは、この展覧会の主役、マッド・ハラマキ。東京からやって来た新進気鋭の服飾デザイナーらしい。日本人という触れ込みではあるが、見た目は西洋人。カラコンで目の色変えて、黒い長髪のヅラを被り、半目でテンション高く喋っているのは、H.M.マードック激似の怪男子。って言うか、本人です。
 日本語がギャル風なのは、言語習得に使ったテキストが、古本屋で買った『現代ギャル語会話速習法』であったせい。一晩で1冊習得した努力は認めるが、テキストは選ぼうよモンキー。
 日本の伝統的防寒具、腹巻を現代風に蘇らせ、新たなトレンドを狙う、という盛夏に勝算がなさすぎて集客は望めず、これなら依頼人との密会場所にしてもOKっていう見込みで腹巻デザイナーを騙ってみたら、あら大変、腹弱いニューヨーカーがこぞって見に来ちゃった、という現状。ニューヨーカー、腹弱い人多すぎじゃない? 因みに腹巻は、マードックがおうち(退役軍人精神病院)で、おうち(退役軍人精神病院)のお友達と一緒にせっせと編みました。


 と、そこに、大汗かいて入ってきたのは、ハサン・シャーキン君。汗を拭き拭き、お洒落ピーポーの間を縫い、お目当ての人を探す。
「えー、何かお探しですか? これなんてどう? この真っ赤なウールの腹巻、君のその白のシャルワニにぴったりだと思うけど。」
 不意に声をかけてきた男、多分この展示会の営業か何かだろう。悪趣味なラメ入りの腹巻を勧めてくるその男は、お洒落な麻のスーツを着用しているが、ノーカラーのシャツの上にベージュの腹巻をしているせいで、限りなく“フーテンの寅こと車寅次郎”に似通ってしまっている。
「えっと、済みません、待ち合わせで……スミスっていう人と。」
「ああーん、スミス氏ね、はいはい。あっちの緑色の腹巻の彼。」
 営業さんがピシッと指差す先に、彼はいた。一際太く(XLサイズ)、一際汚れグリーン(アクアドラゴン色)の腹巻をネルシャツの上に着用し、ハットにナス型サングラス、足元はブーツという格好で壁に凭れている。
「あの、暑くないですか?」
「暑いに決まっておろう。特に足元が。ブーツだからね、だはははは。」
 男は、何が面白いのかわからない自分のセリフに受けて、ハサンの肩をバン、と叩いた。
「いてっ……ハラマキ、脱いだらどうですか?」
「脱ぐわけにはいかん、なぜなら腹巻こそが?」
「ええと何だっけ、私の本体であり……。」
「お前が見ている私自身は?」
「腹巻が見せている幻影に過ぎない……。」
「何言ってんだテメエ、頭沸いてんじゃねえか、ブッ飛ばすぞ!」
 確かに頭に蓮の花が咲いているとしか思えない問答に、横にいたモヒカン(首に金の腹巻)が怒鳴った。怯んだハサンに、腹巻ネルシャツ男はニヤリと笑った。
「やあ、ハサン・シャーキンだね。私がジョン・スミスだ。」


〜2〜

 所変わってここはアラブ人街の奥の奥。裏道を2つ3つ曲がった突き当たりの路地に面したハサンの店。店名も同じく『ハサンの店』。こう見えてハサン、東洋の怪しい薬やアラブの楽器や民芸品を商う雑貨店の店主なのだ。店内は、天井までギッシリと段ボール箱やらヘビが入ったビンやら、シタールやらダルブッカやら、富山の薬売りの箱やらさるぼぼやらが積み上げられ、スパイスの香りが立ち込めている。
 人一人やっと通れるくらいの通路の先に、古めかしいレジスターと、椅子が1脚、水タバコのパイプが1台据えられており、一目でここがハサンの常の居場所だと見て取れる。ハサンは、狭い通路を体を横にして通り、よっこらしょっとレジスターの裏の階段を上る。
「こっちです。ちょっと狭いけど、2階の方が余裕あるから……。」
 ハサンが1段上るたびに、ギシギシと嫌な音を立てる階段。恐る恐るハサンに続いて階段を上ったAチームは、段ボール箱と怪しい雑貨だらけの2階の、古ぼけたソファセットに腰を落ち着けた。


「さて、話を聞こうか、ハサン。確か、麻薬取引に加担しているかもしれないということだが。」
「かもしれないってのは何なんだ? お前、運び屋か何かか?」
 コングの追及に、ハサンは溜息をついた。
「1年ほど前に、アフロヘアのちょっとガラが悪い感じのお客様が来て、エル・パソから届く荷物の宛先をこの店にさせてくれないか、と申し出がありました。近所に住んでるんだけど、仕事で不在がちで受け取りが難しいし、玄関に放置されて濡れたら困るから、っていう理由で。中身は、珍しい植物の種で、濡れたらすぐ発芽してしまうとか。ちゃんと受け取ってくれたら、1箱につき手数料10ドル払うって。」
「ソレ、チョー怪しくね?」
 と、マードック。長髪のヅラは脱ぎ、いつもの格好にグレーの腹巻姿だ。って言うか、Aチーム、未だに誰も腹巻を脱いでない。
「確かに、1箱10ドルなら気楽に引き受けられる価格だね。週1でも月40ドル、1年で3084ドルだろ?」
 電卓を叩きながらも計算が合っていないフェイスマンが言った。
「で、お前さんはそれをOKしたと。」
「はい。宅配便の受け取りって言っても、たまにの話かと思ったんで。でも、始まってみたら、毎週水曜に来るその荷物が段々増えていって……。最初は1箱だったのが、最近では20箱。店先が段ボール箱で埋まるくらいになっちゃって。」
「そりゃ本業の邪魔になるわな。」
「本業の方はいいんです、どうせ客なんてたまにしか来ないし。」
 ハサン、どうやって生計を立てているんだろう?
「で、その男は、取りに来んだな?」
「はい、毎週、木曜の朝には必ず。最近では、仲間と一緒にエルカミーノで乗りつけて積んでいきます。キッチリ200ドル置いて。」
「ちゃんと金は払われてるのか。案外悪い奴でもないのかもな。」
「はい、現金で。小切手にしてくれないか、って言ってみたんですが、あくまでも現金で払いたいそうです。」
「開けてみたの? その段ボール箱。」
「いいえ。開けてみようとしたんですが、ガムテって剥がすと跡がつくじゃないですか。一度剥がそうとした跡を見咎められて脅されました。剥がしたらどうなるかわかってんだろうな! って、襟首掴まれて……。もう恐いから断ろうと思っても、その度に体の大きいバウンサーみたいな恐い人を連れてきて……。スミスさん、何とか宅配便の受け取りを断ることはできないでしょうか?」
「警察に言うってのはどうなんでい?」
「それでは僕も捕まってしまいます。」
「最近は警察も、麻薬ビジネスには厳しいからな。知らなかったなんて言う言い訳が通るとは限らん。ハサンが逮捕される可能性は十分にある。報酬も受け取っているしな。」
「でもさ、断るだけならどうにでもなるけど、マジで麻薬だったら、断っただけじゃ何の解決にもならないよね? 元から絶たないと。」
「もっ、元から絶つなんて、そそそんな物騒な。僕はたた宅配便の受け取りを辞められればそれでいいんです。」
 マードックの珍しく真面目な意見に、急に慌て出すハサン。今まで揉め事は避けて生きてきた彼、修羅場には不慣れである。
「そうだなあ。ま、今度来るやつを開けてみて、悪いもんじゃなかったら、それでいいだろ。まずは確認だ。」
「あ、開けるんですか?」
「もちろん。開けなきゃ話は始まるまい?」


〜3〜

 そして水曜日。
 ハサンの店の前には、色とりどりの腹巻がはためいている。どうせアラブの楽器から中国の薬まで、エキゾチック商品なら何でもござれ、まるでマードックが開いた店のような混沌感のハサンの店、腹巻が加わったところで何の違和感もない。むしろ、物珍しい商品に客足は普段より多め。
「そこのパパ、チョット見てって〜、パリコレでも絶賛のHARAMAKI! 買っとかないと流行に乗り遅れるぜ〜。」
 派手な呼び込みで人目を引くマードックを尻目に、店の奥の定位置で普段通りに店番をするハサン。混沌を極める店内を整理するコング。ハサンの横で水タバコを吹かすハンニバル。
「ただいまー、貰ってきたよ。」
 フェイスマンがFE〇EXの段ボール箱(組み立て前)の束をえっちらおっちらと運んできた。
「FE〇EXの箱ですか?」
「開けた箱は元に戻らないけど、新しい箱に入れ替えればガムテ剥がした跡はつかないじゃん? サイズわかんないから全サイズ貰ってきた。」
「なるほど。」
 とか言っているうちに、本物のFE〇EXのトラックが到着。制服の無口なドライバーが荷物をアクロバティックな感じで20個投げ下ろすと、マードックに受け取りのサインをさせて、風のように去っていった。ハンニバルが、箱を1つ持ち上げてハサンに目配せする。ハサンは頷き、段ボール箱を抱えた一行はハサンに続いて店の2階へと上っていった。


 テーブルの上に、ゴン、と乗せられた段ボール箱が1箱。
「開けるぜ。」
 コングがカッターナイフでガムテの真ん中を切っていく。
「ちょっとコング、送り状は切らないでよ。」
「おお、そうだったな。」
 コングが送り状を丁寧に剥がし、フェイスマンにパス。それを恭しく受け取ったフェイスマンが、安全なところに送り状を避難させ、オッケーマークを出す。
 それを見たコング、ベリベリッと一気にガムテを剥がし、箱ごとベリベリに裂いた。
「何だこりゃ。」
 中身を見たコング。
「何々?」
「どれ。」
「丸薬……でしょうか。」
 段ボール箱には、ビニール袋に小分けされた直径1センチほどの草色の錠剤のようなものが10錠ずつ、30パックほど詰まっている。ただし、薬と言うにはちょっと大きい。
「お茶かな?」
 パックから1錠取り出して、フェイスマンが匂いを嗅ぎ、表面をペロッと舐めた。
「苦っ……ペッ(と唾を吐く)。少なくとも、大麻やマリファナじゃないみたい。」
「何だと? 違法な物じゃないってことか。」
「フェイス、エンジェルに調べてもらってくれ。」
「わかった。」
 フェイスマンが丸薬を1錠持って店を出る。9錠になったパックには、ハサンが適当に選んだ富山の薬売りの薬を入れて封をし、組み立てた新しい段ボール箱に丁寧に詰め、ガムテで封印して送り状を戻し、仕上げにコングが床に何度か叩きつけた上にマードックが2、3回蹴ってさらに1回踏んで、送られた宅配便らしさを演出した上で、20箱の山の中に混ぜた。


 翌日の早朝、いつものように開店準備をしているところに、その男は現れた。赤いエルカミーノの助手席にはもう1人、ごついスキンヘッドの男が乗っている。
「おう、例の物は届いてるかい?」
 パイナップル柄のシャツにダメージジーンズ、アフロヘアのその男は、ご機嫌でハサンの店のシャッターを上げるのを手伝った。
「はい、そこに……。」
 と、ハサンが段ボール箱の山を指差す。男は、「デビ」と助手席の男に呼びかけた。助手席から降りた男は、小山のような体格、首まで刺青の強面だ。男たちは、段ボール箱の数を数えると、手早く箱をトラックに積み込んだ。
「じゃあ、これ、報酬だ。数えなくていい、200ドルあるから。」
 ハサンの手に札束を握らせると、車に乗り込み、そそくさと走り去る男たち。去っていく車を見送るハサン。その目の前を、隠れていた紺色のバンが後を追って通り過ぎていった。


 一定の距離を取りながら、赤いエルカミーノの後を追うAチームのバン。運転はコング、助手席にハンニバル、後ろにフェイスマンとマードック。依然、全員腹巻着用。
 車は、ブルックリンを抜けてクイーンズ方面へと進み、アリーポンドパーク脇のレンガ造りの民家の前で停まった。近くの路地にバンを停め、ハンニバル、フェイスマン、マードックの3人で、2人が入った家に向かう。コングは、何かあった時に急発進できるようにバンに残った。窓から中を窺うと、2人が箱を積み上げている。
「ちょちょいとな、っと。」
 マードックが窓に小型の盗聴器を貼りつけ、聴診器のような受信機を耳に当てて中の様子を窺う。
『デビ、今回の注文リストはできてるか?』
『ああミゲル、ほとんどが常連だが新規も何人か。ダウンタウンのナイトクラブで何人か釣れたから、そろそろ20箱じゃ足りないかもな。』
『そうだな、次から30箱にしろってリカルドに言っておくか。慎重にやらねえとな、どこから足がつくかわかんねえからよ。それより、早く配達に行こうぜ。もう待てねえって客から鬼電入ってるんだ。』


「やっぱり違法なもんらしいよ。しかも、中毒性あるっぽいね、こりゃ。」
 聴診器を耳に当てながら、マードックが小声で言う。
「あ、出てくるよ。」
 と、フェイスマン。
「行こう。」
 3人は急いでバンに戻り、素知らぬ顔で手元の書類を見る振りなど。玄関から出てきた2人、ミゲル(アフロ)とデビ(ハゲ)は、別々の方向へと歩いていく。
「どうする、ハンニバル、追っかける?」
「いや、今日はここまででいい。アジトもわかったし、あとはエンジェルの分析結果を待とう。」


〜4〜

 翌週火曜日。
 ハサンの店では、相変わらず腹巻の売り上げが好調で、マードックが接客に大忙し。段ボール箱が積み上がっていた店内にはコングによって棚が作られ、物品が整理されてアルファベット順に格納してラベルを貼った結果、通路が広くなった。ハンニバルは、ハサンの横で、怪しげなアラブ系お色気雑誌(豊満な女性のグラビア多数。ただし、出ているのは目と足首だけ)を眺めている。と、そこにフェイスマン登場。
「お待たせ。エンジェルから分析結果届いたよ。」
「おお、して結果は?」
「この錠剤、2重構造で、周りはセンブリっていう胃薬で、中にLSDの錠剤が包んである。」
「センブリ? 何でそんなまどろっこしいことするんでい。」
「匂いと味が強烈な薬で、エンジェルの話だと、麻薬犬除けだろうって。」
「ふむ。ということは、ハサンの店を隠れ蓑にして、エル・パソとLSDの取引をしていたってことか。それは見過ごすわけには行かんな。」
「で、どうするつもり、大佐。」
「慌てなさんな。あたしに考えがある。」
 ハンニバルがムフフ、と笑った。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 FE〇EXの段ボール箱を大量に運ぶマードック。それを次々に組み立てるコング。店にやって来る本物のFE〇EX。車から下ろされる20箱の段ボール箱を、流れ作業で2階に運ぶ面々。段ボール箱から送り状を丁寧に剥がすフェイスマン。カッター片手に箱を開けまくるコング。空いた箱を手早く畳んでまとめるハサン(ゴミ出し用に)。小袋から錠剤を取り出して、広げた新聞に積み上げるマードック。
〈Aチームのテーマ曲、フェイドアウト。〉


「さてと、これからこいつの中身を入れ替えましょうかね。ハサン、何かいい薬はあるか? このLSDに似てるやつ。」
「はい、それなら、この日本の薬が見た目そっくりです。」
「ほほう。で、効能は? できれば、そんなに体に悪くないものがいいが。」
「多分、これも胃薬かと。」
 と、怪しげなビンのラベルを読む。
「ちょっと貸して。」
 と、マードック。
「……これ胃薬なの? 薬の名前、“激流胆”なんだけど。」
「ゲキ……何だそりゃ?」
「俺もにわか日本語なんだけどさ、多分“チョーヤバイ川の流れ”とか、そういう意味なんじゃないかと。何々、“ひどい便秘に、1回半錠で翌日すっきり”……うん、これ、確実に下剤だわ。」
 ギャル語会話速習法程度の知識からそこまで判読するマードックの凄さよ。
「下剤? まあいい、LSDの代わりに下剤ってのもオツだろ。」


〈Aチームのテーマ曲、フェイドイン。〉
 テーブルを囲み、カッターでゴリゴリと丸薬を真っ二つにするフェイスマンとコング。割れた丸薬からLSDの錠剤を取り除いて、代わりに激流胆を詰めて貼り合わせるマードック。パッケージに10粒ずつ詰めるフェイスマン。
 場面変わって、Aチームのバンに白の塗料を吹きつけるコング。真っ白になったバンに、紫とオレンジでFE〇EXのロゴを描くマードック。出来上がった配達車を満足げに眺めるハンニバル。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


〜5〜

 木曜の朝。
 アジトを出るミゲルとデビ。彼らの車が走り去るのを見届けて、こっそりと彼らの玄関ドアに針金を差し込むフェイスマン。普通より速いスピードで開錠し、後ろで待つハンニバルを、どうぞ、と招き入れた。
「速いな。」
「鍵かかってなかった。割とうっかりさんみたいだね。」
 ハンニバルとフェイスマンは、事務所にしているらしい部屋に忍び込み、机の引き出しや本棚を調べた。
「あった、こいつだな。ご丁寧に取引記録までつけてるぞ。」
 ハンニバルが探し出した手帳を捲った。
「リカルド・ファモス。電話番号と住所は書いてないな。さすがに尻尾を掴ませる真似はしないか。」
「送り状の住所と電話番号はやっぱり嘘だったしね。」
「まあ正直に宅配便の送り状を書く密輸業者はいないからな。フェイス、盗聴器セットは?」
「完了。電話機に電話番号探知機。かけたのと受けたのと両方わかるやつ。あと、コンセントの中に普通の盗聴器。ばっちりよ。」
 2人はニヤリと顔を見合わせて笑った。


 所変わってこちらはハサンの店。開店準備を早々に済ませたハサン君。懸命に申し訳なさそうな顔を作ってミゲルを待つ。そこに、いつものように颯爽と現れる真っ赤なエルカミーノ。
「よう、ハサン。荷物は届いてるか?」
 ミゲルがいつものように上機嫌で問うた。
「おはようございます。それが、今週はまだ届いてないんです。」
「何だと? どうしたんだ、FE〇EXに電話はしたのか?」
「えっ!?(何で僕がFE〇EXに電話を? そこまでの役割じゃないでしょ……でも言えない)済みません、してません。」
「何だよ! すぐ電話しろよ! 冗談じゃねえぜ、この野郎!」
「え、は、はい、今、電話しま……。」
 と、そこに滑り込んでくるFE〇EXの車。乗っているのは、コングとマードックだ。
「おい、荷物だぜ!」
 コングがそう言うと、後ろのドアをバン! と開け、マードックが箱を放り出す。雑に散乱する20個の箱。
「おい、遅いじゃねえか……って、もっと丁寧に扱えやコラ!」
「あー、はいはい。じゃ、真ん中寄せるね。」
 と言って、足で真ん中に蹴り集めるマードック。
「伝票だ、サインしやがれ。」
 そんな態度の大きい宅配便は嫌だなあ、と思いつつ、コングから伝票を受け取り、ササッとサインして返すハサン。
「じゃ! 毎度ありぃ!」
 マードックの威勢のいい掛け声と共に、FE〇EXの車似のAチームのバンはそそくさと去っていった。
「……今来ました。どうぞ。」
「うむ。来ればいいんだ。じゃ。」
 ミゲルとデビは、夕べAチームとハサンが夜なべして作った激流胆入り丸薬の箱を積み込むと、颯爽と去っていった。


 数日後。
 朝から電話が鳴り止まない。ミゲルのアジトである。
「何だって? 薬が効かねえ上に下痢しただと!? 知るかそんなこと。こちとら、あんたの体調まで把握してブツ売ってるわけじゃねえんだよ!」
 ガン、と電話を叩き切るミゲル。また鳴り始める電話。
「はい、こちらミゲル……いやだから、変なモンは入れてねえよ。腹痛とか聞いたことねえし。出血だと!? うちのブツのせいだと決まったわけじゃねえだろ!」
 ガンッと電話を叩き切るミゲル。また鳴り出す電話。ミゲルがデビに、出ろよ、と顎で指示を出す。渋々出るデビ。
「はい……ああ、昨日運んだブツの話で? 入院? どうしてそんなことに。ちょっと待って。(保留にして)ミゲル、やばいぜ、ファーストンとこの若いのが、止まらない腹痛と下血で病院行ったそうだ。まさかヤクなんて言えねえから、下痢止め貰って帰ったそうだが、ファーストンの親父がお怒りらしい。」
「病院? 何でそうなるんだ? 今までそんな話は1回も聞いちゃいねえぞ。」
「だが、今回のブツはマジでヤバそうだぜ。(保留を戻して)ああ、お大事になさってください。」
 デビが電話を切ったそばから、また鳴り出す電話。乱暴に受話器を取るミゲル。
「下痢だろ? わかったから、水と塩飲んで寝とけ! 安静にしろよ!」
 受話器を取ったミゲルは、相手の名前も聞かずに、そう言って電話を叩き切った。
「まさか、あのガキがブツに何かしやがったのか?」
「ハサンか? はは、あいつにそんな度胸はねえよ。それに今回のブツは、宅配便から直で受け取ったんだ。何かやらかしたとしたら、エル・パソのアイツだ。」
「リカルド・ファモスか。」
「多分な。仕入れ値の件でさんざ揉めたから、粗悪品掴ませやがったのかもしれん。おいデビ、ブツの中身を確認しろ。」
「……わかったよ。」
 デビがパックから丸薬を取り出し、ナイフでセンブリをこそぎ取る。出てきた中身を陽にかざして見た。そして、嫌そうにペロリと舐めて、ブッ、と吐き出した。
「ゲホッゲホッ……。苦ぇ。これ、ヤクじゃねえぜ。」
「何? ヤクじゃねえなら何だってんだ。」
「得体の知れない何かだ。何だかわかんねえけど、ものすごく不味い。地獄のような不味さだ。」


 という会話を、盗聴器によって、ぜーんぶ聞いてるAチーム。ここは、ハサンの店の2階。
「引っかかってる。面白いくらい引っかかってる。」
 盗聴器の音声を聞きながら、フェイスマンが嬉しそうに言った。
「激流胆、相当やばかったみたいだな。試しに飲んでみなくてよかったぜ。」
 と、コング。
「だろうね。調べてみたら、1980年にアメリカの薬事法に引っかかって販売禁止になってる薬だ。腸管からの出血がひどいらしい。」
 ハンニバルが、古びてベトベトになった激流胆のビンをかざした。
「腸から出血だと? 考えただけでも寒気がするぜ。てか、薬が合法かどうか調べてないのかよ、ハサン。」
「僕の代になってからは確認してますけど、あれは親父の代から30年以上在庫だった薬ですから。でも、あれ外側がセンブリだから、うまく作用を打ち消して、大事に至らないといいけど。」
 薬事法違反の上に、30年の在庫。もはや薬ではなく、毒の類。さすがのセンブリでも相手が悪すぎだろう。
「ところでマードックは?」
「下で店番。何か、昨日から腹痛起こしてる客が大勢来てて、腹巻がやたら売れてるんだって。忙しそうだよ。あ、ちょっと待って、奴ら電話しそう。」
 フェイスマンがイヤホンを装着し、何やら小振りなマシンを取り出した。取りつけた電話機の受信・送信の番号が表示されるシステムだ。


 場面戻って、ミゲルのアジト。
「ああ、リカルドか? ミゲルだ。お前、今週のブツ、とんでもねえもん送ってくれたな。」
『誰? ああ、ニューヨークの小者か。何の話だ。俺はいつも通りのブツを送れと指示したぜ?』
「うちの客がバタバタ倒れてるんだ、腹痛で。何か変な味がするし。」
『腹痛? そりゃいい、そっちはこの夏寒いようだから、腹壊しても仕方ねえんじゃないか? こっちは確かに上物のブツを送ってるんだ。変な言いがかりはやめてもらおうか。そっちで誰かがすり替えたんじゃないか? 例えば、その図体のでかいお前さんの手下とか。』
「こっちは宅配便以外触ってねえんだ。すり替えたとしたらそっちだろう。一度こっちに来てブツを確かめてみろってんだ!」
 ガチャン! 何も解決しないままに電話を切るミゲル。
「ああもう!」
 叫んでアフロを掻き毟るミゲルであった。


「えーと、8*********、オッケー、LSDの送り主、リカルドの電話番号ゲット。そして……。」
 と、電話帳を捲るフェイスマン。
「はい、電話番号から住所特定。エル・パソの化学工場だね。リカルド・ファモスは、そこの工場長だ。」
 フェイスマンが、そう言って電話帳を掲げて見せた。
「ふむ。化学工場を隠れ蓑にLSDを合成していたんだな。これで供給元は断ち切れる。」
「でもよ、エル・パソは遠いぜ? 車で30時間はかかる。」
「飛行機で行けば6時間くらいだが?」
「飛行機なんざ死んでも乗るもんか、この野郎!」
「わざわざ行くまでもないんじゃない? こういう時こそ、公安に動いてもらわないと。」
 早速、エル・パソの警察署に電話するフェイスマン。
 結局、リカルド・ファモスとその一味が検挙されたのは2日後、芋づる式にミゲル・ロドリゲスが逮捕されたのは4日後のことであった。


〜6〜

 次の木曜日。
 ハサンの店の2階で寛ぐハンニバル、フェイスマン、コングの3人。今週はハサンがガールフレンドとバカンスということで、店番ついでにハサンの店に居座っている。
「しかし今回あれだな、俺たち肉体労働してねえな。」
 と、コング。
「いいじゃないの、いつも殴る蹴るってのも芸がないでしょ。」
 と、フェイスマンが、そこら辺の棚から適当に選んだお茶を煎れて運んできた。
「しかし、これで報酬が貰えるとは、棚ボタ感が半端ないな。」
 窓から外を眺めつつ、お茶を一口啜って……ぶふぉっと咽た。フェイスマンが煎れたお茶の箱には、『センブリ茶』と書いてあった。


 1階の店舗では、マードックが1人、張り切って店番をしている。『ハサンの店』の看板には、『ハサンの』と『店』の間に、不自然に『HARAMAKI』という一言が挿入され、店の周りには色とりどりの腹巻が展示されている上に、平台まで増えている。
「はい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、これがこの夏のトレンドアイテム、腹巻だ! あってないのが腹巻の値段! はい、1枚120ドル、2枚で200ドルでいいよ〜。在庫限り! 早いもの勝ちだよ!」
 長髪のヅラに半目のマードックが、ファッションアイテムと言うより八百屋的な呼び込みで盛大に客引きをする。
 と、そこに乗りつける1台のエルカミーノ。降りてきたのはデビ1人。
「お兄さん、腹巻買ってかない?」
「ハサンは?」
「あー、ハサンは今日、休みを貰ってんだけど……何か用?」
「じゃあ、これを渡しておいてくれ。」
 と、マードックの手に握らせたのは200ドル。
「先週、渡し忘れてたからな。それから、荷物の受け取り、あれはもういい。大変だったな、ありがとう。」
「渡しておくよ。じゃ、お釣りに腹巻いる? 安くしとくけど。」
 デビはマードックが差し出した腹巻をじっと見つめた。お釣り? お釣りなのに金取るの? と、頭にハテナマークを一巡りさせた後、「いや、いらない」と腹巻を返し、エルカミーノに乗って街角に消えていった。
【おしまい】
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