ONE TEAM A-TEAM
鈴樹 瑞穂
「暇だ。」
 日が暮れてイルミネーションが輝き出した窓の外を眺めて、ハンニバルが言った。ダークカラーのスーツに身を包み、ピシリと背筋を伸ばしているものの、その口調は気怠げである。
「ははっ、今日も来ないね、お客さん。」
 苦笑するフェイスマンの方は、白シャツにシルバーのタイ、黒のベストとパンツというギャルソンスタイルでソムリエナイフをくるくると手の上で回している。
 厨房に入っているマードックとコングも含め、Aチームの4人は、目下、レストランの手伝いをしている。このレストランのオーナーシェフ、リ・ラックマ氏は彼らのベトナム時代の戦友であった。ごつい体格に似合わず繊細な料理を作る彼は、除隊したら料理の修行をして、ゆくゆくは自分の店を持ちたい、と昔から言っており、この度めでたく念願叶ったというわけである。
 しかし、オープン直前になって、雇ったスタッフが体調を崩したり、身内に不幸があって急遽田舎に帰ることになったり、はたまたもっといい条件を提示した他の店に引き抜かれたりと、バタバタと辞めてしまい、途方に暮れているところを、お祝いに来たAチームの面々が見かねて、後任が見つかるまでと急遽サポートに入っているのだ。
 スタッフは急拵えとはいえ、オーナーの料理の腕は確かで、店の雰囲気だって悪くない。それなのに、オープンしてから2週間、客足はさっぱりだった。
「何がいけないんだろう? 味には自信がある、価格設定だって実にリーズナブルだ。あの材料でこの値段って、安すぎるくらいだよ。」
 フェイスマンがメニューを指先でトントンとつつく。ラックマ氏の仕入れについて行ってその拘りように引き気味になりつつも、少しでも安く入手できるよう交渉に当たったので、フェイスマンは原価率を知っている。
「やはり立地の問題だろう。」
 重々しく頷いたハンニバルに、フェイスマンは乾いた笑いを漏らす。
「やっぱり? 俺もそんな気はしてた。」
 店は賑やかな商店街の中ほどにある。クリスマスシーズンに突入すると街路樹にイルミネーションが施され、行き交う人々も一層増えた。ランチタイムや夕飯時ともなれば、彼らは空腹を満たせる店を探し――そして、吸い込まれていくのだ、この店の左隣のカレー専門店と右隣のステーキハウス、強烈に食欲をそそる香りを棚引かせるそのどちらかに。よって、真ん中にあるロシア料理店に来る客は少ない。美味しいのに。とても上質の食材を使っていて、それでいてリーズナブルなのに。あまりの客の少なさに、異様に愛想のよいギャルソンがなみなみとグラスワインを注いでくれるのに。
 顔を見合わせて肩を竦めるハンニバルとフェイスマンに、厨房から顔を出したリ・ラックマ氏が声をかける。
「お疲れさん。キリのいいとこで晩飯にしてくれ。」
 キリのいいところも何も、客のいない店内で、ホールスタッフの仕事なんてキリがつきっ放しだ。
「ああ、ありがとう。」
 ラックマ氏が両手で差し出した皿を歩み寄ったフェイスマンが受け取り、一方をハンニバルのところに持ってくる。
「今日の賄いは――カツサンドか!」
 ハンニバルの表情がぱあっと輝く。厚いヒレカツにソースを染み込ませ、パンに挟んである。前にも出してもらったことがあるが、これがまた滅法美味い。フェイスマンも自分の皿から一切れ取り上げて齧りついた。
「うん、美味い。」
 2人はしばし無言でガツガツとカツサンドを食べ、あっと言う間に空になった皿を前に、ハンニバルがしみじみと言った。
「美味いんだがなあ。」
 そう、賄い一つ取ってみても、リ・ラックマ氏の料理は美味しい。手伝いじゃなかったら、週に一度は食べに来たい。なのに店は閑古鳥。このままでは新しい人手を雇うことも難しく、客として通う前に店が潰れてしまいそうだ。
 そしてフェイスマンも全く同じことを考えていたらしく、目が合うと、うんうんと頷いた。
「集客のコンサルは依頼されてないけどさあ、ここはちょっと、アレだよねえ。」
「ああ、アレだな。」
 帰ったら早速、作戦会議だ。


 商店街から1本入った路地にあるアパートの一室。ここが目下のAチームの拠点である。ちょっとばかり手狭ではあるが、仕事場であるレストランから徒歩5分と立地がよい。おかげでバンを使う機会が最近めっきり減って、コングはちょっと不満そうだが、フェイスマンは大満足だった。ガソリン代が節約できて、1日の歩数が増える。お財布は太り、ハンニバルの腹回りはスリムに――なるかと思われたが、賄いが美味しすぎて、効果は定かではない。
 リビングダイニングのテーブルの上にはカツサンド。マードックが賄いの残りをちゃっかり貰ってきたものだ。ついでに持たされたサラダを取り分けて、フェイスマンは仲間たちの顔を見渡した。
「先に野菜から! よく噛んで、ゆっくりと5分かけて食べる! そしたら、肉を食べてよし。」
「はいはい、わかったわかった。」
 黙々とサラダを咀嚼するコングの横で、ハンニバルが缶ビールを片手にひらひらと手を振る。ビールは野菜に入るだろうか。しかし仕事中は一応我慢していたので、取り上げるのは酷というものだろう。かく言うフェイスマンにとっても、仕事の後のビールは楽しみなのだ。ほぼ待機しているだけとは言っても。因みに今日は早めの晩ご飯で賄いを食べた後、3時間店にいて1組だけ客が来た。残念ながらワインのオーダーはなかったので、水をなみなみとサービスした。
「サラダ食ったぜ。カツサンド食べていい?」
 空になった紙皿をプラスチックのフォークでパシパシと叩いて、マードックがお伺いを立ててくる。
「ゆっくりって言ったろ!? 丸呑みか!」
 軍隊経験と長年の逃亡生活で早食いはもはや身に染みついた習慣だが、血糖値が気になるお年頃としては野菜ファーストを念仏のように唱えるしかない。
「それよりさあ、今日も山ほどキャベツを千切りにしたのに、ほとんど余っちまって。」
「俺はイモの皮剥きをしたぜ。」
 厨房の手伝い担当のマードックとコングの報告に、フェイスマンは納得する。
「なるほど、それでこのサラダ、千切りキャベツとジャガイモが多めなのか。」
「多めって言うか、ほぼキャベツとイモだな。だが美味い。」
 もそもそとサラダを口に運びながらハンニバルが言うのに、一同頷く。シェフ特製ドレッシングのせいか、普段はサラダなど馬の食べ物だとあまり進んで食べない面々でも思わず完食してしまう味なのだ。
「これだけ美味しいんだから、もうちょっとお客さん来てもよくない? せめて千切りキャベツがなくなるくらい。」
「シェフが日毎に肩を落としてくのが、見てらんねえぜ。」
 厨房でシェフといる時間の長い2人の言葉には実感がこもっている。
「ああ、そう思っていたところだ。フェイス。」
 ハンニバルが腕組みをして促す。丸投げかよ。フェイスマンはいきなり振られたものの、そこは慣れたもので話を引き継いだ。
「だからね、ここは俺たちで集客アップのため一肌脱ごうじゃないか。具体的な案はこの場で募集ってことで。」
「はい!」
 マードックが元気よく手を挙げる。
「店の入口をもっと派手にして目立たせようぜ。えーと、例えば、そう、何かを生やすとか。」
「生やす? 何を??」
「いきなり木を生やすのはちっと難しいから、キノコとか。」
「目立つの、それ。」
「巨大キノコじゃねえと目にも止まんねえだろ、このスットコドッコイ。」
「じゃあコングちゃんならどうするんだよ。」
「俺か? 俺ならもっとマトモな――そうだな、この時期ならではの集客イベントなんてどうだ?」
「ほう、クリスマスならではのイベントか。」
 ハンニバルとフェイスマンの脳裏に浮かんだのはファミリー向けのクリスマスパーティや、カップル向けのディナーコースだったが、コングは胸を張って言い切った。
「そう、ディナーショーだ!」
「それは名案だけど、1つ問題がある。」
 フェイスマンが重々しく言った。
「集客力のあるゲストを呼んでこないと。」
「そこはツテで何とかなんねえのか、ジャズシンガーとか聖歌隊とかよ。」
「半年――せめて3か月前に交渉できてたら何とかなったかもね。この時期じゃもう難しいだろうねえ。」
 無茶振りをされたフェイスマンが指を左右に振って言うのに、コングがぐっと言葉を飲み込んだ。肝心な時に役に立たねえな、と思っていても口にしない、空気の読める大人の対応である。もちろん、口にして煽ればフェイスマンが詐欺師のプライドにかけてゲストを探してくる展開もあるだろうが、その作戦の使いどころはよく見極めなくてはならない。
 そんな水面下の駆け引きを他所に、顎に手を当てて何やら考え込んでいたハンニバルがいきなり口を開いた。
「やはり生やすのがいいかもしれんな。」
「巨大キノコを?」
 マードックが目を輝かせて身を乗り出す。
「キノコじゃない。もっと生えて嬉しいものだ!」
 そう言ってハンニバルは徐に手を掲げ――ファサッと「それ」を掻き上げた。目を丸くして見ていたマードックとフェイスマンとコングだったが、誰からともなく手を掲げ――ファサッと「それ」を掻き上げたのだった。【編注;1人不可能。】


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 タブレットで検索したあれこれをリ・ラックマ氏に見せて説明するフェイスマン。リ・ラックマ氏が両手で頭を抱え、考え込む。そしてメニュー用の黒板にあれこれ書き殴り、消しては書き、消しては書いて、残ったリストをメモると、フェイスマンがニヤリとして出て行く。
 黒板を見ていたコングとハンニバルが早速スチレンボードで何かを作るべく、線を描いたり塗料の準備をしたりと動いている。マードックはリ・ラックマ氏について厨房に行き、大きなボウルを出したり、大鍋で湯を沸かしたりと調理の準備にかかる。
 戻ってきたフェイスマンが店の裏口からクーラーボックスを抱えて入ってくる。コングとハンニバルが一旦外に出て、バンから下ろした籠や箱を厨房に運び込む。魚、肉、色とりどりの野菜や果物。調理台の上に次々と食材が並べられていき、手に取って確認したシェフが大きく頷く。ドヤ顔で胸を張るフェイスマン。黒っぽく濡れた何かが山盛りに入ったバケツをコングが運んできてシンクに置く。
 キャベツを千切りにするマードック。ジャガイモの皮を剥くコング。フェイスマンがピーラーで人参の皮を削ぎ、リ・ラックマ氏がぶつ切りにした肉を鍋に投入する。ハンニバルは調理の様子を写真に撮っている。
 レストランのテーブルにいくつもの皿が並び、ハンニバルとコングとフェイスマンがフォークやスプーンを手に取る。口に運んで首を傾げたり、横に振ったり。残った皿のソースを指で掬って舐めたシェフが腕を組んで考え込み、さらに厨房からマードックが皿を運んでくる。椅子の背に身を預け、腹を擦りながら試食を続けるAチーム。皿が積み上がっていく。のろのろと新しい料理を口にしたフェイスマンがぴょんと身を起こし、サムズアップする。その横にハンニバルとコングのサムズアップも並び、よれよれになったシェフとマードックががっしりと抱き合った。
 フェイスマンとハンニバルが店の表側の扉を開け、黒板のメニューボードにスチレンボードで作ったPOPを貼りつける。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 ☆☆☆生えると噂のスペシャルコース☆☆☆
 頭皮の新陳代謝が上がり、髪の発育が促進され、抜け毛を防ぎ、髪にツヤとハリが出る!
 髪によい食べ物をバランスよく摂れるコースです。
 日替わりメニューの一例
  イワシのマリネ 海藻添え
  グレープフルーツとナッツの入ったサラダ
  手羽先と緑黄食野菜の壺焼き
  豚赤身肉のグリル
  パン
  ロシア紅茶
  プディング


 ドアベルが鳴り、入ってきたダンディな紳士をハンニバルが出迎える。
「席は空いているかね?」
「こちらにどうぞ。」
 席に案内された紳士に、フェイスマンがメニューを持っていく。
「いらっしゃいませ。」
 紳士はメニューを開き、さっと目を通したもののすぐに閉じてウェイターを呼んだ。
「表に書いてあったスペシャルコースを。」
「かしこまりました、生えると噂のコースでございますね。お飲物はどうなさいますか?」
「ハウスワインの赤にしよう。」
「ただいまお持ちします。」
 フェイスマンが厨房にオーダーを伝える横で、ハンニバルが出来た料理を別のテーブルに運んでいく。
「本日の前菜、牡蠣のコキールと海藻サラダです。牡蠣のタンパク質に含まれるアミノ酸がケラチンとなって髪を作り、海藻に含まれるヨードが髪の発育を促します。」
 テーブルに置かれたガラスの器には海藻が山盛りだ。
「何だか効きそうだ。それに美味しそうだね。」
「もちろん。シェフの自信作ですよ。お試しください。」
 恭しく胸に手を当てるハンニバルの後ろを通って、ハウスワインのデキャンタを持ったフェイスマンが先ほどのテーブルへと戻り、グラスに注ぐ。ここのところ連日盛況が続いていることもあり、注ぐ量はなみなみより幾分控えめである。
 その奥のテーブルの皿が空になったことに気づいたハンニバルが下げにかかり、戻ったフェイスマンは厨房から顔を出したマードックに次の皿を渡された。
「そろそろ3番テーブルも壺焼き食べ終わりそうだけど、メインの準備できてる?」
「後は盛りつけるだけ。」
「頼むよ。はぁ忙しいなあ。賄い食べる余裕もないよ。」
「いいんじゃねえの。シェフも嬉しそうに張り切ってるしさ。」
 肉を焼くシェフとつけ合せを用意するコングを指差して、マードックが言う。
「まあ、暇よりはね。」
 フェイスマンが肩を竦め、それから席を立った客の見送りに行く。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
 ドアの外で客を見送った後、フェイスマンは横にあったスペシャルメニューの看板を見て、POPの位置をちょっと直す。
「さてと、もう一頑張りしますかね。」
 フェイスマンが身を翻して中に入っていく。残されたPOPにはこんな文字が踊っていた。


 美味しいけれど髪にはよくないんです。
 脂肪分が多くカロリーが高いもの(ステーキのイラスト)
 交感神経を刺激するもの(カレーのイラスト)
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved