アウェイ・アローン
フル川 四万
1.サラ

 12月23日の、比較的暖かい午後。バリーウッドにほど近い瀟洒な邸宅の豪華な部屋で、むさ苦しいのが2人、せっせと勤労に勤しんでいる。
「コングちゃん、アレ取ってアレ! 星のやつ取って!」
 脚立の上でツリーの飾りつけをしているのはマードック。頭には、気が早いサンタ帽。白い綿の口髭もバッチリ決まったクリスマス仕様。今回も、おうち、即ち退役軍人精神病院から、ステキな方法でクリスマス休暇をいただいております。
「星? 星ってどれだ? これか?」
 3m以上ある大きなクリスマスツリーの根元で、山と積まれたオーナメント、例えば、赤青白の電球、下半身がモールのサンタ(貧弱)、トナカイの頭だけ、シルキーな光沢のボール、金紙を切り抜いた雪や星、雪の代わりの綿、ピンクと水色のコットンキャンディが入った小袋、願い事を書いた短冊などに埋もれるコングが、水色のヒトデを掲げた。うーん、とマードック。
「それでもいいけど、それでいいの?」
「いや、ダメだ。」
 己にツッコミを入れると、ヒトデをポイッとオーナメントの中に投げ捨て、別の星を探すコング。
「一番上につけるでっかい星だろ? 今朝、段ボールと銀紙で作った。畜生、どこ行きやがった。さっきまであったのによ。」
 溜息をついてオーナメントの山を掘り返すコングであった。


 と、その頃、メインダイニングの大きなテーブルでは、ハンニバルが1人、新聞を広げていた。煮締めたウグイス色のカーディガン、咥え葉巻に老眼鏡。それでも新聞(タブロイド紙)の小さい字は見えにくいらしく、手の長さが足らん! とか言いつつ、新聞を遠くに離して目を細める御大。そこには、『当局、またもやAチームを取り逃がす! ショッピングモールから忽然と消えたお尋ね者!』の文字が。
「忽然と消えたわけじゃないんだがね、出口で擦れ違ってるのに、挨拶もしてくれなかったのはデッカーの方だろう。なあ、フェイス。」
 いつの間にか真後ろに来ていた人の気配に向かって問いかける。だが、返事はない。
「フェイス?」
「あたし、星の妖精。」
 振り返った先にいたのは、頭部が銀色の星、首から下が赤いワンピースの、小さな女の子。
「聞いてる? あたし、星の妖精、スター・フェアリー。愚民どもは我にひれ伏せ。」
 小さな生き物は、そう言って、バレリーナ風にスカートの裾を摘んだ。
「ああそうだな、確かに星の妖精だ。で、その星、ツリーの天辺のやつだろう? 持ってきていいのかい?」
「知らない。これ、あたしの顔だもん。取られたら死んじゃうんだもん。」
「死んじゃうのかい?」
「嘘。死んじゃわない。優しいおじさんが次の顔を焼いてくれれば生き延びる(どこかで聞いたような設定)。あたしはこの顔で、世界を救う役目があるの。だから。」
「だから?」
「みんなを救いにお外行ってくる!」
 そう言うと、星の妖精は脱兎のごとく駆け出した。捕まえようとするハンニバルの腕を軽く擦り抜けて、飛ぶように玄関に向かって走っていく。
「おいこら、待てっ! フェイス! サラが逃げるぞ!」
 ハンニバルの声に、台所から泡立て器を持ったままのフェイスマンが飛び出してきた。
「ハンニバル、クッキー焼けたけど、食べちゃダメだからね!」
 そう言い捨てると、星の精の後を追って玄関から走り出ていった。
「はいはい、食べませんよ。」
 ハンニバルはゆっくりと新聞を畳んで、老眼鏡を外した。
「やれやれ。ベビーシッターっていうのも大変なものですなあ。」


 話は、数日前に戻る。
 エンジェルの紹介で、アンダーソン夫婦の依頼を受けたAチーム。夫妻は、あまり効用を語ると法に触れるのでちょっとしか宣伝できない、生えると噂の何かの販売で財を築いた富豪だ。依頼内容は、ベビーシッター。どうしても外せない重要な商談で一晩家を空けるのだが、何せ急なことなのでベビーシッターが見つからない。どうかAチームにお願いできないか、というもの。財界の大物を集めて催されたパーティでエンジェルと知り合ったというその夫婦は、さすがお金持ち、報酬も、一晩で5000ドル、夫妻が帰ってきた後は、サンタフェにある別荘を無償で貸してくれて、当面の間住んでもいい、という破格の案件。
 「ただし」とつけ加える夫のフィリップ・アンダーソンは、ステキなロマンスグレーに茄子型の紫サングラスの伊達男だ。
「うちの娘サラ(6)は冒険心が旺盛で、早い話が、目を離すとすぐに脱走してしまいます。親としては、交通事故とか誘拐とか心配なことしかないので、私たちが戻るまで、サラが“冒険”に行かないよう、厳重に見張っていてほしいのです。何せ、年を取ってからの1人っ子なので、心配で心配で。なかなか普通のシッターさんに預けられないんです。」
「ええ、そうなの……何て言うか、すごく……お転婆なの。」
 妻、メルバ・アンダーソンは、巨大な金髪のカーリーヘアに紫のドレス、両手に宝石をジャラジャラさせた、いかにも成金な中年女性。
「そんなことならお安い御用だ。このAチームに任せなさい。」
 と、Aチームが胸を張って引き受けたサラが、今、逃げた。


「はーなーしーてー、はーなーしーてー。もう〜!」
 両足をバタバタさせながら、サラがフェイスマンに担がれて帰ってきた。肩の上から彼女をひょいっと下ろし、すかさず逃げようとするのを、後ろ襟を掴んで引き留めて、フェイスマンが溜息をついた。
「あのね、パパとママから、いい子にしててねって言われてるよね?」
「うん、言われてる。おじさん、パパに言いつけるつもり?」
「うん。おじさん、余裕で言いつけるよ?」
「意地悪だ〜。」
「確かに、意地はよくない。それは認める。さ、レイディ。クッキーが焼けてるから一緒に台所行かないかい?」
「うーん、クッキーかぁ。……いい匂いする。ジンジャーブレッドマンいる?」
「もちろん。」
「サラがアイシングしていい?」
「いいよ。一緒にアイシングしようか。」
「わあい、アイシング大好き! 全身白くしようっと。ジンジャーブレッドマン、丸ごとアイシングに浸け込んだら、ミイラみたいになる?」
 サラは、はしゃぎながらスキップで台所に向かった。
「やっぱり子供だね、甘いもので誘えばちょろいもんよ。」
 とフェイスマンは余裕を見せると、サラの後を追った。
「お疲れさん。」
 ハンニバルが新聞に視線を戻したその時。
「あーっ、ハンニバルごめん! 逃げた! そっち行った!」
 フェイスマンの叫び声。と同時に、シュタタタタ! と小走りの足音を残し、目の前をサラ・アンダーソンが駆け抜けていく。
「おっと!」
 ハンニバルが玄関ドアの前に立ち塞がり、ガード。しかしサラはヒラリと身を躱し、コングとマードックのいるリビングの方へと走っていった。


 引き続きツリーの飾りつけに励むコングとマードック。
「ったく、でかい星をどこにやりやがったんだ、てめえ。」
 コングの首周りには、いつものジャラジャラに加え、金銀のモール飾りや電球が巻きついている。飾りつけの合間に、似合うから、という理由でマードックによって装着されたものだ。
「えっ、俺じゃないよ。今朝までその辺にあった……って言うか、なければ作ればいいじゃん、紙まだあるんだし。」
「そりゃそうだが、面倒だろ、2回も作るのはよ。しかしこの短冊ってのは、いつから始まった習慣だ?」
 ツリーに願い事の描かれた短冊を飾りつけながら。
「うちにいるチャイナ系の元通信兵に聞いたんよ。その紙に希望を書いてツリーにつけると、願いが叶うっていう話。」
「精神病院発信か。胡散臭えなあ。て言うかよ、ツリーに異教徒のまじないとかつけていいのか?」
「全然いいでしょ、中国4000年の歴史だよ? キリスト教徒の相乗効果で、倍、願いが叶うかもしれないじゃん。」
「で、お前は何て書いたんだ?」
「え? 別に願いとかないから、飾りつけが早く終わりますようにって。」
「何だ、その雑な運の使い方はよ。」
「じゃあコングちゃんは何て書いたんだよ。」
「孤児院の子供たちみんなに里親が見つかって幸せになりますように、だ!」
「……それ、かえって胡散臭くない?」
「何だと!?」
 と、その時。シュタタタ……。コングの横を星が通りすぎた。反対側のドアをバタン! と開けて走り過ぎていく、
「あっ、おい、ちょっと待て、その星! 星、返しやがれ!」
 コングが、走り去ろうとするサラの後を追って走り出す。そこに、遅れ馳せながらハンニバルとフェイスマン。
「サラは?」
「あっちのドアに入ってった。大丈夫、コングちゃんが行ったし、向こうはストックヤードで、繋がってる出口ないから、家からは出ないでしょ。」
 と、ツリーの上からマードック。
「そうか。もう、油断も隙もない悪ガキだな、あのお嬢ちゃんは。」
「ああ、何で普通のシッターの手に負えないか、理由がわかったよ。全く目が離せない。」
「子供だから、温めたミルクでも飲ませときゃ大人しく昼寝でもしてくれると思ったんだが。」
「体力、無尽蔵だよね。タフにも程があるって。それで、モンキー、飾りつけ終わった?」
「サラが持ってっちゃった天辺の星飾ったら終わり。」
「ハンニバル!」
 と、コングが慌てた様子で戻ってきた。
「どうしたコング、サラは?」
「済まねえ、見失った。」
「何だと?」
「見失ったって、どういうことだ? 逃げたってことか? 向こうに出口はないし、あの子の身長で窓から外へ出るのも難しいだろ。」
「どっかに隠れてるんじゃないの?」
「俺も、どこかに潜り込んでると思って、棚の間やらストックの木箱の中やら隈なく探したんだが、見つからねえんだ。」
「逃げたわけじゃないだろうが、長いこと隠れさせているのも教育に悪いだろう。サラには一度、お説教が必要なようだしな。」
 ハンニバル、フェイスマン、コングの3人は、奥のサービスルームへと向かった。


 サ−ビスルームは、家の端に作られた20畳ほどのスペース。大理石の床に、壁全面に作りつけのお洒落な棚が設えてあり、客人をもてなすための食料や飲料、日用雑貨のストックが所狭しと積んである。部屋の隅にはガラスで区切ったウォークインのワインセラーがあり、一見してわかるシャトー何とかとかロマネ何とかいうワインが数百本寝かされている。窓は、高い位置に2つ。踏み台を使っても、サラの身長では届かないだろう。
「サラー、どこにいるの? 出ておいで、おやつの時間だよ。」
 フェイスマンが優しく呼びかける。
「サラ、別におじさんたち、怒ってるわけじゃないんだ。出てきて一緒に遊ばないか?」
 返答はない。
「どこ行きやがったんでい、あのクソガキ!」
 コングの腕をフェイスマンがバシッと叩いた。
「いてっ! 何しやがる。」
「ダメだよコング、大声出しちゃ。サラが出てきにくくなるだろう。相手は子供なんだよ? サラちゃ〜ん、出ておいで〜。」
 言いつつ、棚の隙間を覗き、木箱の蓋を開けていく。しばらく捜索の後、無言になる3人。
「ヤバいな。いないぞ。」
「サラが、消えちまった……。」


 と、その時、上の方からバタバタと子供の足音が。
「サラか?」
 ハンニバルが天井を見上げた。
「大佐! サラが!」
 未だに隣のリビングのツリー上に張りついていたマードックが叫んだ。
「何!?」
 急いでリビングに戻る3人。リビングの反対側の出入口にサラが立っていた。こっちを向いて、星の仮面を後ろ頭につけたまま、バイバイ、と手を振り、そして駆け出した。シュタタタタ! と玄関へ一直線。ドアを勢いよく開けて、表へ駆け出す星の妖精。
「おい待て!」
「待ちやがれ!」
 追いかけて走り出すコングとフェイスマン。自分が走っても大した収穫はなかろうと踏んでいるハンニバルと、ツリーの天辺飾り(星)をつけるまで下りる気が全くないマードックは、それを見送る。
「早く星返してくんないと、俺様、下りられないじゃん。」
 下りるかどうかは君の決心次第だ。
「まあ、子供の足だ。すぐ捕まるだろうさ。」
 と、余裕のよっちゃんのハンニバル。ところが。
 10分経過。……20分経過しても誰も帰ってこない。そして30分も過ぎた頃。フェイスマンとコングだけが戻ってきた。サラの姿はない。
「済まん、逃げられた!」
 息切れでハァハァしながらフェイスマン。
「全くあのガキ、逃げ足の速さが尋常じゃねえ。」
「何だって? まずいじゃないか、そろそろ日も暮れ始める。」
「子供の足だ。まだ遠くには行っていないはず。徒歩組と車組に分かれて、手分けして探そう。モンキー、下りてこい。」
「あいよ!」
 身支度を整え、バタバタと家を出る4人。というわけで、Aチームは、たかが6歳の女の子の捜索に総力戦と相成ったのであった。そして、焦った結果として、無人となったアンダーソン邸に鍵をかけるのをすっかり忘れてることに、今のところ誰も気づいていない。



2.バリーとマーブ

 サラが逃げてから2時間。すっかり日も暮れたアンダーソン邸(無施錠)の前に、1台のバンが停まった。緑色に黒豹(親豹が仔豹を咥えています)のマークのバンから降りてきた男は2人。黒いニット帽の小柄なおっさん(バリー)と、もじゃもじゃ頭の長身のおっさん(マーブ)。2人は荷台からいくつかの荷物を取り出すと、アンダーソン家の呼び鈴を鳴らした。
「アンダーソンさん、クロヒョウですー。」
 ガンガン、とドアを叩くバリー。
「クロヒョウ便です。荷物をお持ちしました!」
 ガンガンガン、とさらに叩くマーブ。
「ご不在みたいだな。」
「ああ、仕方ない、出直すか。」
 2人は顔を見合わせて荷物を持ち上げ、車に戻った。通常、アメリカの宅配便、不在だからといって荷物を持ち帰って再配達に応じる業者はいない。その住所まで運べば業務終了、荷物はその辺にほっぽらかして帰るのが普通だ。だが、彼らは丁寧に荷物を車にしまい、そして車に乗り込んだ。何て優良な宅配業者。ステキなクロヒョウ便。そしてエンジン音高く走り去る緑の車。


 5分後、衣装をすっかり黒装束に改めた偽宅配便バリーとマーブは、アンダーソン邸の勝手口にいた。
「やっぱり留守だったな、マーブ。」
 勝手口の鍵を工具でガチャガチャといじるマーブに、悪い笑顔でバリーが言った。
「ああ、今夜はここの夫婦、シカゴでやるディーン・マーチンのディナーショーに出かけて留守だって、昨日俺のバイト先のカフェで小耳に挟んだのがラッキーだったぜ。まさか、大泥棒がバイトしてるカフェでそんな重大な情報を漏らすなんて、馬鹿なセレブだ。」
「因みに、お前がバイトしてるカフェの名物は何だっけ?」
「カツサンドだ。マスタードをぴりっと効かせた大人の味だぜ。畜生、この鍵、馬鹿に固ぇな。」
 因みに、正面玄関の鍵は開いてます。開けっ放しです。
「セレブ一家だ。きっと頑丈な鍵をつけてるんだろう。時間はある。焦らずやれ。」
 だから、そんなに頑張んなくても、表に回れば開いています。そして、セキュリティの業者には加入していますが、今夜はAチームが滞在しているので、警報システムは切ってあります。今、最高に無防備なアンダーソン邸ですので、大泥棒の2人、その努力は全部無駄です。
「痛っ……畜生、指を切ったぜ、もうちょっとで……よし!」
 カチリ、と鍵が開いた。2人は、グッ! と親指を立てると、勝手口の扉を開けて、アンダーソン邸にそっと忍び込んだ。
 暗い台所には、かすかにジンジャーブレッドの匂いがしている。大理石のカウンターには、クッキーを焼いた後のボウルや粉類が出しっ放し、アイシング用の砂糖は、もう固まってしまっている。
「……出かける寸前までクッキーを焼いていたようだな。粉も砂糖も飛び散りまくり、クッキーは出しっ放し、片づけもしないで家を出てる。」
 バリーがそう言って、懐中電灯で辺りを照らす。
「時間がなかったんだろう。しかしこれ、美味いな。砂糖がついてないから、甘くなくていい。少し貰っていこう。」
 ジンジャーブレッドマンを1枚摘んだマーブが、残りのクッキーをがさっと掴んでポケットに入れた。
「それにしても、片づけくらいするだろう、普通。」
「気もそぞろだったんじゃないか。何せ、ディーン・マーチンのディナーショーなんて、プラチナチケットでなかなか取れないからな。」
「作りかけのクッキーを放り出して駆けつけるほどか?」
「もちろんだ、その価値はある。ディーン・マーチンだからな。……台所に金目のものはなさそうだ。さっさと次行こう。」
 2人は、懐中電灯の光が外に漏れないように慎重に室内を進む。メインダイニングの豪華なテーブルには、老眼鏡と新聞が広げられたままになっている。灰皿には、乱暴に火を消した吸いさしの葉巻が1本。
「……ここの家主、あれか? 片づけられない病気か何かか?」
「もしくは、すごく急いで家を出たか、だ。」
「もしかして夜逃げ?」
「いや、ディーン・マーチンだな。」
「ディーン・マーチンか。畜生、カッコいいな、ディーン・マーチン。」
 謎に納得し合いながら、玄関ホールへ出た。左手の階段の上を照らしてみる。部屋数は多そうだ。
「貴重品の入った金庫があるとしたら、2階か。」
「ま、普通は夫婦の寝室だろうな。だが、金持ちの家ってのは、至るところに金目のものがあるからな。まずは1階を探してみようぜ。何たって、今夜一晩、時間はあるんだ。」
「久し振りにワクワクしてきたぜ。」
 勢い込んだ2人は、ずんずんとメインリビングへ。作りかけのクリスマスツリーと地面に乱雑に散らばったオーナメントを見て、溜息をつく。
「何だよこれ……もう明日はイブだぜ? こんな作りかけで。見ろよ、天辺の星もない。何か変なものぶら下がってるし……セレブって趣味悪いな。」
 マーブが、嘆かわしい、と、ツリーのオーナメントを軽く直す。ついでに、クリスマスにふさわしくない変な物(短冊)をブチブチと取り除いてみる。
「確かに。だが、飾りつけなんて30分もあればできる。明日帰ってからやるつもりだろう。それより、ほら見てみろよ。」
 と、バリーが暖炉の上を照らす。そこには、1枚の絵画が立派な額に入れて飾ってあった。
「ヤカンが爆発したところか?」
「抽象画だ。きっと価値のあるものだぜ。」
 バリーが、よいしょ、と暖炉に上り、額を外した。
「抽象画って何? ピカソ? ダリ?」
「わからんが、サインも入っているし、荒々しいタッチと、色彩の不協和音も斬新だ。何より、セレブが居間に飾るくらいだ、少なくとも1万ドルは下らねえと見た。」
「そいつはすげえや! 貰っていこうぜ。」
 いそいそと持参の頭陀袋に入れるバリー、よし、次は2階だ、と調子づいたその時。外から、わいわいいと人の話し声が。門を開けて、足音と話し声は、家にずんずん近づいてくる。
「おい、客か!?」
 マーブが、リビングのカーテンから外を覗き見るバリーに声をかけた。
「わからん。男4人と幼児1人だ。客かもしれん。留守だとわかれば退散するんじゃ……おい、入ってくるぞ!」
「何だって!?」
 どたばたと慌てふためく2人、奥の扉へと逃げ込む。その扉が閉まるか閉まらないかのうちに、リビングの電気が点き、Aチームとサラがワイワイと入ってきた。


「おい、奴らは何者だ? 今日、ここんちの夫婦は留守じゃなかったのか?」
 ストックヤードの棚の陰で、声を潜めるバリーとマーブ。
「俺も知らねえよ。こうなったら一度退散だ。」
「そうだな、出口を探せ。」
 部屋の中を中腰でモソモソと動き回る2人。
「やべえよバリー、ここ袋小路だ。出口ないぜ。」
「何だと? 窓がある。あの窓から出られないか?」
「冗談だろ。あの窓、幅、半フィートぐらいだぜ。俺たちの体格で出られるもんか。」
「とにかく。とにかくどこかに隠れよう。あそこがいい。」
 と、バリーが指差す先は、ワインセラー。ちょっと寒いが、その分、人が入っているとは思うまい。急いで逃げ込む2人。
「しかし、すごいワインだな。年代物ばっかりだ。」
「これ1本1万ドルくらいするんだろ? これも貰っていこうぜ。」
 そう言って、闇雲にワインを掻き集めて、頭陀袋に詰め込む。そして棚1つ空にした辺りで、何気なく押したラックが不自然に動いた。
「あれ? この棚の後ろ……扉になってるぞ?」
 マーブがワインラックの中に頭を突っ込みながら言った。ワインラックを模した壁の一部が扉になっている。そして、その向こうに空間があるようだ。
「何だ? こんなところにお宝の隠し場所が? 行ってみよう。」
「ああ。」
 2人は扉の向こうに足を踏み入れた。入ってみれば、そこは壁一面がモニターに埋め尽くされた小さな書斎のようだ。モニターには各部屋と階段が映し出されている。
「この部屋は……何だ?」
 呆気に取られて室内を見回すマーブ。
「ちょっと待て、明かりを点けよう。」
 バリーが壁に探り当てたスイッチを入れる。明るくなったそこに浮かび上がったのは、簡素な部屋に、電話が1台と、壁に埋め込まれたモニター6台。
「これ……パニックルームだ。」
「パニックルーム?」
「強盗とか入られた時に逃げ込む部屋。中から鍵をかければ、外からは絶対開かない。最近じゃ、金持ちの家の標準装備になってる。」
「じゃあ、俺たちが入ってるの、まずいんじゃないか?」
「まずいって言うか、少なくとも泥棒が入っていい部屋じゃないと思う。」
 じゃあ泥棒が入っていい部屋ってどこなんだっちゅう話だが、とりあえず室内の様子はモニターに映っているので、奴らの隙を突いて逃げ出そう、と意見が一致するバリーとマーブであった。



3. 袋のネズミの捕り方

「もう、何で帰らなきゃいけないのよ! あたしがせっかくユニコーンと遊んでたのに!」
 フェイスマンとコングに両手を掴まれ、捕まった宇宙人状態で家まで連れ戻されたサラは、バタバタと足をバタつかせながら家のリビングに連れ帰られ、ご機嫌斜め。結局、2時間半かけた大捕り物の末にサラを見つけ、もう帰っても夕飯つくる元気ない、というフェイスマンの訴えに、手近なダイナーで食事まで済ませて帰ってきた5人である。因みに、疲れすぎて食欲も失せていたAチームに対し、ホイップクリーム山盛りパンケーキを5枚を平らげたサラは、ますます元気だ。
「ユニコーンってそれ、スーパーの前に繋いであったボルゾイの頭に、無理やりサンタ帽を貼りつけただけじゃないか。ボルゾイ、申し訳ないくらいいい奴だったからよかったけど、あれチベタン・マスチフとかだったら命ないよ?」
 と、数時間前より20歳分くらいげっそり感を増したフェイスマン。
「チベタンはユニコーンにならないから平気だもん。あれは3頭揃ってケルベロスだもん。もー、つまんないー。おーそーとーでーたーいー。」
「まあまあ、もう夜だし、クリスマスツリーも飾らなきゃならない。サラ、そろそろその星を返してくれないか?」
 ハンニバルが優しく要求すると、サラはぷぅっと膨らませた頬のままで、頭から星の飾りを外し、脚立の上のマードックに渡した。マードックは、それを恭しく受け取ると、ツリーの天辺にポン、と乗せた。
「ほい来た、これで完成っと。ね? なかなかいいでしょ、このツリー! ポイントは、さり気なくあしらったこの短冊が、クリスマスツリーにオリエンタルな風を……って、あれ?」
「どうした?」
「短冊、落ちてる。」
 脚立から飛び下りたマードックが、ツリーの周りに散らばる数枚の短冊を拾い上げる。
「千切れてる……え、何で?」
「ほら、言ったこっちゃねえ、異教のまじないなんかするからよ、神様が怒って破り捨てたんじゃねえのか?」
 と、コング。
「それ、マジ!? キリストが物理的に怒りを表現したってこと?」
「何言ってんの2人とも。俺ちょっとコーヒー淹れてくるわ。」
 と、フェイスマンが台所に去った。
「サラも、今夜はもう大人しくしててくれよ。明日にはパパたちも帰ってくるから。」
 ハンニバルは窓辺のソファにドッカと座り、横にサラを座らせた。居心地悪そうにモゾモゾしていたサラが、上を見上げて一言。
「あ。ない。」
「ん? 何がないんだ?」
「あそこ。」
 と、サラが指差す先は、暖炉の上辺り。
「サラのお絵描きがない。」
「お絵描き?」
「幼稚園で書いたママの似顔絵。上手ね、って額に入れてくれたの。さっきまであったのに。」
「絵が、なくなってる?」
 こくりと頷くサラ。と、そこに、息せき切って駆け込んでくるフェイスマン。
「ねえ、誰か、台所のクッキー食べた?」
「作りかけのやつか? うんにゃ、お前が、まだ食べるなって言うから、食べてませんよ。食べると怒られるから。」
 余計な一言をつけ加えるハンニバル。
「……なくなってる。」
「何だって?」
「クッキー、ごっそりなくなってる。」
「こっちは、サラのお絵描きがなくなってるっていう話をしてたところだ。」
「こっちは、ツリーに飾ってた短冊が、千切ってバラ撒かれてる。」
 コングがそう言った。Aチームの間に、嫌な予感が駆け抜ける。
「あのさあ、さっきサラを追って家を出る時さ……誰か、鍵締めたっけ?」
 と、恐る恐るマードック。
「いや、俺は締めてねえぜ。ハンニバルは?」
「記憶にないな。」
 泥棒に入られた予感がズンズンしてくるAチーム。サラが立ち上がり、暖炉の前まで歩いていき、上を見上げ、一点を指差す。見上げた先には、防犯カメラ。
「防犯カメラか! 泥棒が入ったなら、何か映ってるかもしれん。サラ、このカメラのモニターはどこにあるんだ?」
 サラが黙って駆け出した。シュタタタタ! と部屋の奥の扉へ。
「おい待て、また消えちまうんじゃないだろうな?」
 サラを追って、ストックヤードに走り込むAチーム。追った先には、ワインセラーの中で立ち尽くすサラ。
「いる。」
 サラが不安そうに呟いた。
「いる? 誰がだ。」
「ここ。」
 サラがワインラックを押した。ラックは、びくともしない。
「そこが、何なんだ?」
「お部屋。中から鍵かかってる。中から開けないと開かない。テレビのお部屋。」
「この中に、部屋があるのかい?」
「パニックルームってやつか……そこに防犯カメラのモニターが?」
「うん。いっぱいある。……開かない。」
 サラが、ラックをガタガタと揺する。
「ってことは?」
「中に、誰がいる。」
「フェイス、これはどういうことですかね?」
「うん、俺たちの不在中に泥棒が入って、何でか知らないけど、パニックルームに閉じ籠もった。」
「まあ、そうだよな。サラ、この部屋、他に出入口は?」
「ない。」
「じゃあ、甚だ手狭ではありますが、ここで作戦会議とするか。」
「何でここで?」
「リビングに戻ると防犯カメラに映るだろう。」
「あ、そっか。」
 Aチームはワインセラーの前に車座で座った。サラはハンニバルの膝の上で大人しくしている。
「さて、俺たちは、アンダーソン夫妻に、サラのベビーシッターを頼まれてここにいる。」
「うん。」
「そうだな。」
「だぜ。」
「が、ベビーシッターが任務とはいえ、依頼人の留守中に泥棒に入られたんじゃ、俺たちのメンツが立たない。従って、依頼人が帰宅する前に、速やかに泥棒を排除し、盗まれた物の奪還および原状回復が必要だ。そして、泥棒は、パニックルームにいる。」
「しかし、引っ張り出すわけにも行かねえだろう、開かねえんじゃ。」
「無理やり工具で壊す?」
「その案は却下だ。留守中に家に傷をつけては、依頼人の心象も悪くなる。泥棒には、自発的かつ速やかに出てきてもらうしかないな。」
「そう言えば、サラ。」
 と、思い出したようにフェイスマン。
「さっき脱走する前、あのお部屋に入ったんだろう? 入口が1つしかないのに、どうやって逃げ出したんだい?」
「もう1個、出口ある。サラしか通れないのが。」
「サラしか通れない?」
「うん。人間って、空気がないと死んじゃうんだって。だから、死なないように穴が開いてるんだって、パパ言ってた。」
「通気口か。そりゃいい。で、その通気口は、どこに繋がってるんでい。」
「2階の廊下。どうするの? 塞ぐ? 穴塞いじゃう? 死んじゃうよ?」
 と、なぜか楽しそうなサラ。
「サラ、出てきたってことは、逆から入ることもできるのか?」
「うん、できる。」
「じゃあ、中にいる泥棒にプレゼントを届ける役はどうかな? きっと楽しいよ? 泥棒にプレゼント届けるなんて、そんな冒険、なかなかできないよ?」
「冒険!? やる! やる!」
 サラがハンニバルの膝で飛び跳ねた。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 庭に作業台を出し、何やら薬を調合するコング。台所でクッキーを焼き直すフェイスマン。出来上がったクッキーにアイシングを施すサラ。ジンジャーブレッドマンは、どっぷりと砂糖に浸けられ、ミイラのようになっている。短冊を書き直すマードック。バンからガスマスクを探し出してテーブルに並べるハンニバル。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 その頃、パニックルームでは、神妙な顔でモニターを見つめる2人の泥棒。
「……消えたぞ。」
「確か、こっちの方に歩いてたよな?」
「てことは、この部屋の外にいるってことか?」
「まさか気づかれたか?」
「あ、戻った。」
 モニターを見ていたマーブが、画面にAチームの姿を捉えた。何事もなかったかのように、ツリー周りを掃除したり、ソファで談笑し始める。4人の大人と1人の子供は、入れ代わり立ち代わり部屋を出たり入ったりで、リビングはなかなか無人にならない。
「畜生、なかなかいなくならねえな。仕方ねえ、夜中になって奴らが寝静まったら、とにかく脱出だ。」
「バリー。」
「何だ。」
「俺、おしっこ行きたい。夜中まで持ちそうにない。」
「何だと? ああもう、仕方ない、とりあえず今、奴らはこっちにはいないから、そっと表に出て、わからないように箱の陰でしてこい。いいか、音を立てるなよ。」
「わ、わかった。」
 マーブが椅子から立ち上がり、ドアの鍵を開けた。そして、恐る恐るセラーの外へと出て行った。数分後、すっきりした顔で戻ろうとするマーブ。
「あ、開かない。」
 それはそうだ。何せパニックルーム、中からしか開かない。
「バリー、開けて〜、あ・け・て〜。」
 小声で呼びかけるマーブ。カチャリとドアが開き、さっと中に招き入れるはバリー。
「ただいま。」
「何、家みたいな気分になってんだ。」
 2人は、6つあるモニターを見上げる。リビングと、玄関前、台所。2階は、各部屋に繋がる廊下。夫婦の部屋と、子供部屋。
「とにかく、1階から人がいなくなったら脱出だ。収穫はワインと絵しかないが、まあ仕方な……い。」
 バリーが天井を見上げて固まった。
「おいバリー、どうした……ぎゃあっ、お化け!」
 マーブが、ガタン、と椅子から落ちた。2人の視線の先には、天井の通気口からするすると垂れてくる長い金髪……。
「す、済みません、助けて、化けて出ないで。」
「そ、そうだ、あんたを殺したのは、お、俺たちじゃないから、成仏して……。」
 すると、カパッと落ちる通気口の網。そして、金髪の幼児が、逆さに顔を出した。
「あ、2人なんだ。ごめんね、クリスマスプレゼント、1個しかない。喧嘩しないで、2人で分けてね。」
 そう言って、幼児は顔を引っ込めた。数秒後、ガサッと投げ込まれるプレゼントの箱。
「何だ……? クリスマス……プレゼント、だと?」
 赤と緑のリボンのついた小さな箱を覗き込む2人。
“ぼむっ!”
 剣呑な音と共に箱は爆発し、パニックルームは真っ白な煙に包まれた。
「うわっ、目が! 目が痛い!」
「ゲホゲホッ、喉もやられた、こ、こりゃ堪らん。」
 転げるようにパニックルームから這い出す2人。セラーの外に倒れ込んで、ぜいぜいと息をつき、ふと顔を上げた先には、ガスマスク姿のAチームが雄々しく立っていたのであった。


 自称大泥棒のバリーとマーブは、その夜のうちに素巻きにされ、遠くの川っぺりへと捨てられた。焼き直されたジンジャーブレッドの出来もよく、ツリーの飾りもオリエンタルで綺麗。サラの描いたママの似顔絵も元の位置に納まり、ワインも1本も割れることなく無事。そして何より、サラのご機嫌が頗るいい(だって泥棒を捕まえるなんて冒険、なかなかできないし! おじさんたちとサラだけの秘密ができたし!)ということで、戻ってきたアンダーソン夫妻のご機嫌も麗しい。ディーン・マーチンもさぞかし美声だったであろう。ということで、何の瑕疵もなく報酬5000ドルと、スペシャルボーナスとしてディーン・マーチンのマグカップ4個を手にしたAチーム、笑顔でアンダーソン邸を辞したのであった。
 しかし後日、サンタフェの別荘の無償貸し出しの件は、急にキャンセルとなった。別荘は、綺麗に使ってくださる方でないとお貸しできません、という夫妻の言い分には、全く心当たりがなく、むしろ心外なAチーム(主にフェイスマン)であったが、それがワインセラーで見つかったマーブのおしっこのせいだということは、知る由もない4人なのであった。
【おしまい】
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