ピーナッツ畑で捕まえて
フル川 四万
〜1〜

 ここはロサンゼルスの古びた喫茶店。カフェではなく喫茶店。
“カランコロン……。”
 古めかしい木の扉(ドアベル&彫刻つき)をそっと開けて、1人の老人が店に入ってきた。彼は、思いの外カランコロンの音が大きかったことに一瞬慄き、次に、店内の異様な光景に15秒ほど固まった後、近づいてきたボーイに1人であることを告げた。席に案内されて、木彫りの椅子に腰を下ろすと、落ち着かない表情で辺りを見回す。約束の相手を探しているのだ。彼は、デニムのツナギにフランネルの長袖シャツの袖を肩まで捲り、カウボーイハットに白ヤギ髭という農民スタイル。コーヒーを注文し、再度店内を見回す。ごく普通の古典的喫茶店だ。ただ一点、黒い垂れ耳を持つ白犬――新聞連載漫画のあれだ――その犬の、縫いぐるみ、絵画、陶器、ビニール玩具等のグッズで店内が埋め尽くされていることを除いては。客は、老人と、奥に後ろ姿が見えるモヒカンの男性だけのようだ。
「お待たせしました。」
 ボーイがコーヒーを運んできた。コーヒーカップの柄はもちろん白犬で、液面を覆うミルクにはへしゃげたウサギのような絵が描かれている。マスター特製のラテアート。三角屋根の犬小屋の上に横たわるビーグル犬だが、屋根の尖りが犬のボディ(多分)をうっかり貫いているせいで、かなりスプラッタな図柄に見える。その横には、ミックスナッツが入った小皿。
「これは?」
「でん六豆。ジャパニーズ・ポピュラー・スナック。美味しいですよ。」
 ボーイが、でん六豆を Denrock-Marmay と発音したのが微かに気に障って不機嫌になりかけたが、ふと約束を思い出し、不機嫌をしまい込んで会話を続けた。
「でん六豆? わしはポリッピーの方が好きじゃな。」
「さすがお目が高い。ポリッピー、美味しいですよね。何味がお好きですか? お勧めは塩味ですけど。」
「いや、わしは断じてスパイシー。」
 老人の答えに、ボーイは満足げに頷き、後方のサイフォンが並ぶカウンターの向こうを振り返った。
「ハンニバル、この人だ。」
 ボーイ服がやたらに似合うフェイスマンに呼ばれ、カウンターの奥からエプロン姿の主人らしき男がイソイソと出てきた。そして、ただ1人の先客、ガタイのいいモヒカンも立ち上がって寄ってくる。
「やあ、あんたがビルだね? あたしがジョン・スミスだ。で、こっちがペックでそっちがバラカス。一つよろしく頼むよ。」
「ビル・フォスターだ。」
 ビル爺さんとハンニバルは、がっちりと握手を交わした。
「ところで、何でこの店はスヌー○ーだらけなんだ?」
 と、ビル爺さん。
「だって、あんた、ピーナッツ農家だろう? エンジェルが気を利かせてピーナッツ風に飾ってくれたんだ。」
「エンジェル? ……ああ、アレン記者のことか? わしはスヌー○ーも漫画のピーナッツも全く好かんが、彼女の趣味なら仕方ない。女子供はキャラクター物が好きだからな。うちの孫娘のメグもスヌー○ーの縫いぐるみを集めておる。この店に入った瞬間、メグの部屋にでも来たかと思ったわい。」
「そりゃ申し訳ない。」
 申し訳ないと言いつつハンニバルは嬉しそうだ。なぜって、世はなべて事もなく、昨今の不況のせいもあって最近はすっかり仕事も減っており、これが実に3か月振りの仕事の依頼だったのだ。その前の依頼でガッポリ報酬を貰っていたので、生活に困りはしなかったのがせめてもの救いだ。ボランティアに勤しむコングと、ガールハントおよび詐欺行為に余念のないフェイスマン、あと病院で在宅勤務中のマードックはまだマシだが、ナチュラル・ボーンで大佐なハンニバルは、暇が続くと退屈で退屈で、何か変テコなプランを考えたり、お婆さんに変装したり、悪党をぶっ飛ばしたりしたくてウズウズしていたのだ。
「で、エンジェルの紹介ってことは、俺たちの出番に相応しい依頼なんだろうな?」
 ハンニバルが強めの圧でビル爺さんに詰め寄る。
「いや、済まんな、そんなにすごいことじゃないんだ。先月、アレン記者がうちの農場に取材に来た時に、ちらっと困り事を話したら、それならAチームに頼めばいいじゃない! って言ってくださってな。」
「安請け合いだな、エンジェル。」
 コングは若干不満そう。
「で、そもそもどうしてエンジェルがピーナッツ農家の取材に?」
 と、フェイスマン。
「確か、全国ミックスナッツ選手権! とかいう企画で、国内外のミックスナッツを調べて順位をつけるらしいんじゃ。その一環として、ピーナッツ、アーモンド、クルミ、カシューナッツ、マカデミアナッツ等の生産農家を取材で回っているとか。」
「はー、ミックスナッツが新聞記事になるとは、世の中平和なのね。」
「ミックスナッツなら、俺は素焼きのアーモンドに干した小魚が入ってるやつがいいぜ。ビタミンと同時にカルシウムが取れる。」
「コング、魚入ってるけど、それ、ミックスナッツって言うの?」
「もちろんだ。ナッツと何かが混じってりゃミックスナッツだ。ナッツとドライフルーツが混じってるやつもミックスナッツだし、ナッツしか入ってなくても、ナッツの種類が複数なら、それもミックスナッツだ。」
「じゃあ、小魚とドライフルーツだったら?」
 と、フェイスマン。
「それもミックスナッ……ツじゃねえ、そりゃあ“小魚とドライフルーツが一緒になったやつ”だ。危ねえ、引っかかるとこだった。」
「ウホンウホン、そろそろ本題に行こうか。で、何を困ってるんだ?」
「それが……うちの畑の一角に離れがあるんだが、そこにいつの間にか何者かが侵入し、占拠されてしまっているんじゃ。」
「侵入して占拠。つまりは、許可してない何者かに居座られてるってことか? 犯人の心当たりはあるのか?」
「実はそれがわからんのじゃ。とにかく、うちの農場に来てくれ。詳しい話はそこでしよう。」


〜2〜

 晴れた日には、晴れの日に相応しい装いがある。と、マードックは常々思っている。
 例えば、こんな晴れた朝に雨合羽は似合わないだとか、ゴム長靴はいかがなものかという人がいるが、それは浅はかな考えで、本当に晴れに晴れた日であれば、畑や花壇に水を撒きたくなるのが人間の情、それに対して通りすがりの我々が取るべき態度としては、むしろ雨合羽とゴム長靴で急な水やりによるうっかり濡れ被害を最小限に留めるという意味で、常に何があるかわからない現代人の暮らしに相応しい服装だとマードックは主張する。
「それで、朝からそんな格好を? ここは畑じゃないし、花壇はあるけれど建物の外だから、あなたが濡れる事態にはならないと思うんだけど?」
 優しげな女医のザリーナ(新しく赴任してきた)は、体育座りで黒いゴミ袋を頭からすっぽりと被り、足首から下だけ出して高説を宣うマードックに問いかけた。
「今のところはね。でもこの先どうなるかなんて誰もわからないだろ? 5分後の世界は水浸しかもしれないよ。」
 と、ゴミ袋の中から片手を出し、その手に嵌めた軍手の指人形でザリーナに話しかける。
「じゃあ5分だけ待ちましょう。5分経って何もなかったら、そのゴミ袋を脱いで、ちゃんと診察室にいらっしゃい。私があなたの担当になってから2週間になるけど、一度も診察させてくれたことないでしょう。今日こそはまな板に乗ってもらいますからね。怖いことは何もないわ、ちょっとお話するだけだから。」
「何もなければ?」
「何もなければね。(あるわけないでしょこのスカポンタン!)ではまた5分後に。」
 ザリーナが踵を返して部屋を出て行こうとしたその時。
“ジリリッリリリッリリリ!”
 いきなり鳴り響く非常ベル。
「何?」
 驚くザリーナ。そして、天井のスプリンクラーから一斉に放水が始まった。
「きゃっ冷たい! 何よこれ、スプリンクラーの誤作動かしら。だからこんなポンコツ病院に来たくなかったのよ! ……ちょっ見てくるわ!」
 そう言って部屋を飛び出していくザリーナ。マードックは袋を被ったまま立ち上がった。座り続けることは、即ち、尻が濡れるということだから。ザリーナと入れ替わりに、作業服の男が台車を押しながらやって来た。
「お疲れ。よく降るね、今日はスコールかな? それとも雨季に入ったのかな?」
 マードックが指人形で作業員に話しかける。
「配線弄りすぎて失敗しちゃったよ。モンキーのいる部屋だけにしようと思ったのに。」
 作業員に扮したずぶ濡れのフェイスマンが、ゴミ袋を半分脱いで目まで出したマードックに言った。
「これ、どこが誤作動してんの、スプリンクラー。」
「ええとね……建物全部。」
 と、下がり眉をさらに下げてフェイスマン。
「全部。そりゃ大変だ。理事長室も? 給食室(?)も?」
「うんトイレも廊下も。配線見てるうちにどれがどれだかさっぱりわからなくて、何かもう腹立ってきて、全部まとめてやっちゃった。そしたら全部回ったね。見事だよ、スプリンクラー。尊敬するよ。」
「あー、全部やっちゃったら全部回るよね、スプリンクラーは。」
「うん。申し訳ないから、とっとと退散しよう。ハンニバルたちが待ってる。はい、乗って。」
「おう。」
 マードックは台車に乗り、すっぽりと足元までゴミ袋を引っ張って足を隠して座った。こうして作業員とゴミ袋は、何百回目かの脱出に成功したのであった。


〜3〜

 所変わって、ここはカリフォルニア州郊外の山の麓にあるピーナッツ畑。紺色のバンが緩やかな坂を登り切ると、その先に見えてきたのは、1軒の民家と大きなガレージ、その横から山の麓まで延々と続く緑のピーナッツ畑。その一角にある小さな森と山小屋。ビル爺さんによると、畑は300エーカーあると言う。
「いやあ、いい緑ですな。視力がよくなりそうだ。」
 バンから降りたハンニバルが伸びをする。残りの3人もバンから降りて、郊外の空気を吸い込んだ。
「緑色って老眼にも効くんだっけ?」
 不用意な発言で、微妙な空気を作るフェイスマン。
「あたしゃまだ老眼の年じゃありませんよ。近くの物が見難いだけで。」
「それが老眼ってんじゃないの?」
「どれどれ、このスニーキーが老眼かどうか診断して進ぜよう。」
 フェイスマンの言葉に笑顔のままで不機嫌になったハンニバルの目に、マードックが茶色の軍手をぐいっ押しつけた。見れば、茶色の軍手は、折って畳んで被せたりした結果、垂れ耳のウサギのような指人形になっており、目はコート用のボタンとワイシャツ用のボタン(ゆえに大きさチグハグ)、口はマーカーで赤いバッテンが描かれている。ハンニバルは、無言でスニーキーをぐいっと退けた。
「やめねえか、モンキー。何だ、その人形は。」
 ハンニバルの代わりにコングがマードックを諫める。
「だからスニーキーだって! エス・エヌ・イー・エー・ケー・ワイ、スニーキー! 昨日のレクリエーションで生まれた(作った)ビーグル犬なんだ。で、俺が相棒のマッドストックってわけ。」
 にやりとポーズを取るマードックの服装は、胸に“ウッドストック”と書かれたタイダイの長袖Tシャツの上に、ヌバックのフリンジつきベストというラヴ&ピースな格好。
「何だそりゃ、意味がわかんねえぞ。コソコソずるいことする犬なのか?」
「あ、俺、わかった。」
 と、フェイスマン。
「ここがピーナッツ畑だから、スヌー○ーにかけてスニーキー。名前は単純にゴロであって、特に意味はない。今のところは。その友達の黄色い鳥(ウッド○トック)にかけて、マッドストックね。んでもって、ウッド○トックだからヒッピーの格好してんのね、ハイハイ。」
「イエッサー。さすがフェイス。俺っちの言いたいこと全部わかってくれてるよ。そう、つまり全てはラヴ&ピーズ(豆)ってことよ。」
「ごめん、そこはちょっとわかんない。」
 Aチームがわちゃわちゃしているうちに、声を聞きつけた依頼人の登場。
「おお、来てくれたか!」
 ビル爺さんは、両手を広げてハンニバル→コング→フェイスマンと続けてハグし、マードックにもハグしようとしたが、両腕の代わりに差し出されたスニーキーに戸惑い、一歩下がってお互いに軽く会釈。
「さあAチーム、入ってくれ!」
 招かれたフォスター家の居間で、大きなダイニングテーブルの周りに思い思いに座るAチーム。ビル爺さんが、人数分のコーヒーと、湯気の上がる殻つきピーナツの大きなボウルを抱えてやって来た。
「わしの得意料理、茹でピーナッツじゃ。さ、摘んでくれ。」
 言われるままにほかほかの殻つきピーナッツに手を伸ばす4人。熱さに四苦八苦しながら剥いて、1つポイッと口に入れ、しばし無言でもぐもぐタイム。
「……何だこれ、美味えぞ。」
 コングが、そう言って、今度は鷲掴みでピーナッツを取り、バリバリと皮を剝き始める。
「ホントだ、柔らかくて、つるっとして、薄らしょっぱくって、いくらでも行けそう。」
「もぐもぐ……美味っ。俺っち生まれてこの方、こんな食べ方、知らなかった。本当に茹でただけ?」
「そうじゃろうそうじゃろう。塩をちょっと加えて茹でただけじゃ。新鮮な豆だからこそできる食べ方じゃ。さ、どんどん食べてくれ。」
 ピーナッツを褒められたビル爺さんは、ご満悦だ。
「で、依頼の話だが、離れを占拠している相手はわからないのか?」
 フェイスマンが次々と剥いてくれる茹でピーを頬張りながらハンニバルが聞いた。
「わからんのじゃ。ピーナッツ畑の奥に、わしらが離れと呼んでいる小さなログハウスがある。そこは、2年前までは息子が趣味の部屋として使っていたんじゃが、奴が仕事でオークランドに引っ越してからは無人になっていたんじゃ。最近、夜になるとそこに明かりが点くようになってな。昼間に何度か確認に行ったんだが、コーラの缶やらスナックの袋やらが残っていて、明らかに誰かがいた形跡があったが、人影はなかった。それで、夜になって明かりが点いているのを確認して、急いで行ってみたんだが、なぜか直前に逃げられてしまい、もぬけの殻でな。何度もトライしたんだが、その度に逃げられて、未だに正体が掴めん。」
「浮浪者でも入り込んだか。」
「わからん。まあ、今のところ被害はないし、放っておけと思っていたんじゃが、それをアレン女史に話したら、放っておいてはダメだ、年頃の女子が同居しているんだから、防犯上よろしくない、これはAチームに頼まないと! と力説されてな、それもそうじゃと思い直し、あんたらに依頼することにしたんだ。」
「年頃の女の子?」
「孫娘のメグじゃ。息子夫婦の1人っ子でな。息子の転勤についてオークランドに行くはずだったが、希望の高校に受かって通い始めたばかりだったんで、高校卒業するまでこっちに残るということになり、今、うちで暮らしておる。もうそろそろ帰ってくると思うんじゃが。」
 と、その時。キキーッと表で車の急停止する音。
「ただいまー!」
 ドカンとドアを開けて、1人の少女が登場。テクノカットの金髪に赤いカチューシャをして、臍が見えそうな丈の蛍光緑のTシャツとジーンズのホットパンツ、流行りのK-Swissのスニーカーを踵を踏んで突っかけ、スヌー○ーのマスコットがついた蛍光色のリュックを背負って、いかにも今時な感じの女子だ。
「あれ、お客さん?」
「ああ、離れの不審者の件を調べに来てくれたプロの人たちだ。畑に得体の知れない奴がおったんじゃ、お前も心配だろう。先にお礼を言っておけ。」
「えっ、不審者? んーっと……別にあたし、気にしてないけど。ほら、危ない目に遭ったこともないし……放っておけばよくない?」
 メグが、なぜか難色を示す。
「何だと? お前のために呼んでやったんだぞ? ま、見てなさい、この人たちは、天下の腕っぷし自慢じゃ。不審者を一発で伸してくれるに違いない。」
 爺さんの言葉に、思わず力こぶを作り剛腕アピールするマードックだが、ビル爺さんの目はコングちゃんしか見ていなかった。爺さん、コングを腕相撲チャンピオンか何かだと思っているのだろうか。
「ふうん、そーなんだ。……あっ、お祖父ちゃん、また茹でピーナッツなんか出して……あのね、それ美味しいけど、食べ過ぎるとヤバいから! マジでおならが臭くなる! 飛んでるインコが落ちて死ぬくらい、尋常じゃないくらい臭くなるから、気をつけてね!」
 そう言い捨てて、ビルの孫娘メグは、バタバタと居間を通り過ぎていった。
「おならでインコが? うわっそれ、死亡フラグじゃん。」
 マードックが深刻な顔でそっと呟いた。おならでインコがどう死亡フラグなのかは、多分マードックにしかわからない。そして、スニーキーは震えている。
「確かに豆は腸の働きを改善するから、そういうこともあるかもしれんが、まあ、構わんじゃろ、屁くらい。さ、どんどん食べなされ。食べ終わったら、離れに案内しよう。」
「離れって、あれか?」
 ハンニバルが、窓越しに畑の方を指差す。遠くに、小さな森と、微かにログハウスが確認できる。
「ああ、あれじゃ。」
「じゃあ案内はいらないよ。あたしたちだけで行ってみる。そうだ、今夜は向こうに滞在するかもしれん、1日分の食料と水を用意してくれないか。」
「お安い御用だ。それと、結構遠いから、トラクターに乗っていきなされ。」


〜4〜

 10分後、ビル爺さんが用意してくれた弁当の包みと、コーヒーのポット、それと牛乳1ガロンを持って、トラクターでガタゴトとピーナッツ畑を突っ切る4人。ピーナッツの苗を踏まないようにトラクターを運転するのはコングだ。その運転技術はプロの農家並み。失業したら、ピーナッツ農家をやればいいと思う。
 10分程してログハウスに到着した。ログハウスは2階建てで、玄関ドアを開けるとすぐにキッチン。奥に木製の長椅子とテーブル、電話機に灯油ストーブ、小さいながら冷蔵庫もある。奥に、2階に続く階段と、多分トイレと浴室であろう扉。2階の構造はわからないが、1階の広さを考えると、上に寝室が1つか2つあるのだろう。室内は、埃っぽくもなく、空き家とは言え掃除が行き届いているようだ。
「電気は、一応通ってるみたいだな。」
 コングが、ビル爺さんに持たされた弁当と牛乳を突っ込むべく、冷蔵庫を開けてみて言った。見れば、冷蔵庫の扉のポケットには、5本並んだペプシコーラの缶。テーブルの上には、スヌー○ー柄のスナック菓子の空箱がそのまま残してある。
「スヌー○ーのフルーツスナックの箱だ。確か爺さんの孫娘が好きだったよな、スヌー○ー。これ、彼女のってことはないか?」
 と、ハンニバルが言った。
「え、どういうこと? 無断でここに入り込んでる奴って、ビル爺さんの孫のメグってこと?」
「考えすぎかもしれねえが、さっきのメグの態度と言い、少々気になるぜ。」
「確かにさっきのやり取りでは、この件を大ごとにしたくないような感じだったよね。ね、スニーキー。」
 ウン! と頷くスニーキー。
「でも、メグが犯人なら、ビル爺さんに言って普通に使えばよくない?」
 フェイスマンが、机の上を片づけてゴミを纏めてゴミ箱に捨てながら言った。
「それはそうだな。自分の家に入るのに、許可はいらないな。ちょっと爺さんに聞いてみるか。」
 と、電話を取り上げて爺さんの電話番号を回す。しばらく話した後、うん、ああ、そうならいいんだ、と電話を切る。
「この家に明かりが点いてる時間は、メグは爺さんと一緒に家にいたそうだ。」
「じゃあ違うか。」
「まあ、侵入者が現われるのは夜のようだし、それまではバレないように2階で待機する?」
「待ってる時間が退屈すぎるだろ。何か敵を捕まえる罠でも作っておくか。」
「そうだな。せっかくだからな。」
「久し振りだしね。ちょっと凝ってもいいかもね。」
 ウン、とスニーキーが頷く。


《Aチームのテーマ曲、始まるや否やフェイドアウトしてピタゴラスイッチのテーマ曲に変わる。》
 天井から何かを吊り下げるコング。壁に設置した樋にスーパーボールを転がしてみるフェイスマン。失敗して何度でもやるフェイスマン。首を傾げながら何度も角度を調整するフェイスマン。台所からテーブルの下を通して長いドミノ倒しを並べるマードック。途中の枝分かれに何やら柄を仕込んでいる。そのドミノの本筋の最後のコマが倒れた先に上手く当たるように何らかのスイッチを設置するコング。それらを全部見渡せる場所に暗視カメラを設置するハンニバル。
《ピタゴラスイッチのテーマ曲、フェイドアウト。》


 夜8時過ぎ。無駄に凝った罠もでき上がり、電気を点けずに2階で待機するAチーム。1階を映したモニターには、今のところ変化はない。
「ふぁあ、退屈だな……何時頃来るんだろう、侵入者の人。」
 真っ暗い中で声を潜めながら、伸びをするフェイスマン。12インチの小さなモニターには、静かなダイニングキッチンだけが映っている。
「早く来ないかな、侵入者。さっきからドミノ倒しが成功するかどうか不安で、ドキドキすんだよね。」
「そうだね、俺もスーパーボールがちゃんと落ちてくれるか心配だよ。」
 と、マードックとフェイスマン。そういう理由で待たれる犯罪者もそうは居るまい。
「おい、来たみたいだぜ。」
 コングの声に、モニターに集中する4人。


 1階の玄関ドアのノブがカチャリ、と回り、人影が室内に入ってくる。それと同時に、聞こえるか聞こえないかの微妙な音量で流れ始めるピタゴラスイッチの曲。人影は、暗闇の中で聞こえてくる微かな音に驚いた様子で、しかし慣れた動きで冷蔵庫の前に行き、そっと扉を開け……た瞬間、冷蔵庫の上から滑り台式に繋がる樋にスーパーボールが転がり始め、キッチン下部の収納ドアの前を行ったり来たりしながら下に落ち、ドミノの最初の1枚を倒し、ドミノ倒しがすごい勢いで部屋を走り回って、枝別れした先にスヌー○ーやらチャーリー・ブラウ○やらの似顔絵を描き出し、本線に戻る。
 暗闇の中で耳慣れない音楽と、シャシャシャシャシャ……みたいな音だけ聞いている侵入者、何が起こったかわからず、恐怖に固まっている。
 そしてドミノの最後の1つがスイッチを押した瞬間、全ての照明が一斉に点灯し、天井から大きな網と銀テープ金テープが落ちてきて、侵入者を掬い上げて天井に跳ね上がった。
「うわああっ! 何これ、タスケテ!」
 網に囚われてもがきながら、空中でブラブラ揺れる侵入者。


 2階でモニターを注視していたAチーム、装置の成功に歓声を上げた。
「やったぞ!」
 フェイスマンが叫んだ。
「やったな! 成功だ!」
 コングが拳を突き上げる。
「うまく行ったね! スヌー○ーの耳まで全部倒れてる!」
「よくやった! じゃ、犯人とご対面と行こうか。」
 4人は嬉々として1階に降りていった。部屋の中央にプラーンとぶら下がる犯人。
「あ、ちょっと待って、先にドミノの写真撮るから入んないで! 入ると崩れちゃうから!」
 マードックが、ドミノが描くピーナッ○の面々に向けてパシャパシャとシャッターを切る。
「じゃあ、その隙に、あたしはビル爺さんに連絡しますかね。」
 ハンニバルが電話のところに歩み寄り、受話器を取り上げる。
「俺ァ腹が減ったぜ。牛乳でも飲むか。」
 冷蔵庫を開けに行くコング。
「あ、あたしにはペプシを出しといてくれ。……あ、ビル爺さんか? ああ、侵入者、捕まえたぞ。え、誰かって? ちょっと待って。」
 受話器を離したハンニバルが、観念して網の中でぐったりと揺れている犯人の方を振り返った。
「で、網にかかって揺れてる人よ。君は誰なんだ?」


 10分後、ハンニバルの電話で駆けつけたビル爺さんとメグを交えて、改めて網から下ろされた犯人を囲む。犯人は、まだ10代に見える黒髪に眼鏡の真面目そうな少年だった。少年は、床にへたり込んで俯いている。
「ビル爺さん、この男に見覚えは?」
「いや、全く……。」
「ジェイクよ。ジェイク・パーク。同級生なの。」
 ビル爺さんを遮って、メグが口を開いた。そして、少年ジェイクに駆け寄る。
「ジェイク、ごめんね、こんなことになって……。こんな大ごとになるなんて、あたし、ちっとも……。」
 そう言ってメグが涙ぐむ。
「君の友達か。何でこんな真似を?」
 ハンニバルが優しく問うた。
「ごめんなさい、あの、僕が悪いんです。僕がメグに家のことを愚痴ったら、じゃあパパの家が空いてるから使えばって言ってくれて。つい甘えてしまって。」
「どういうことじゃ、メグ。」
「あのね、ジェイクの家、小さい弟妹が6人いるの。だからうるさくって勉強できないんだって。図書館は7時に閉まっちゃうし、試験勉強できるとこがないって言うから、じゃああたしのパパの家が空いてるから来ればって、あたしが誘ったの。」
「それならそうと、言ってくれればいいじゃろう!」
「だって、お祖父ちゃんすぐ怒るし、あたしのやることに反対するし、それに、遅くまで高校生が人の家にいたら帰れって言うでしょ。でもあの小屋はパパのだから、お祖父ちゃんに了解取る必要ないじゃん。スペアキーは私が持ってたし……お祖父ちゃんが小屋の方に行ったら、あたしが電話で教えてあげれるから、鉢合わせになることなんてないって思ってたのに、まさか、お祖父ちゃんがプロの人たち呼ぶなんて。」
「そうか。君が電話で教えていたから、ビル爺さんはジェイクを捕まえられなかったのか。」
「わしは、そんなに理解がないように見えていたのかの……。」
 落ち込むビル爺さん。うんうん、と頷くメグ。
「いや、爺さんのせいじゃないぜ。夜になったら子供は家に帰れって言うのは当たり前だしな。」
「ちょっと反省しなきゃならんかの……。ジェイク、今日はうちに泊まんなさい。ゆっくり話をしよう。スミスさん、こんなに早く解決してくれて、ありがとう。報酬は、明日、聞いた住所に送っておくよ。」
 そう言うと、ビル爺さんは、ジェイクとメグの肩を抱き、母屋へと帰っていった。
「さて、事件も解決したし、帰ってビル爺さんの弁当でもいただきますかね。」
 Aチームの4人は、ビル爺さんから貰った弁当と、ミルクのガロン壜を抱えてトラクターに乗り込み、母屋にトラクターを返してバンに乗り換え、目下のアジトへと帰ったのであった。


 さて、所変わって目下のアジト。海を見下ろす豪華なコンドミニアム。フェイスマンが出張中のガールフレンドから借りているものだが、何せ嘘八百並べた結果の貸借(賃料発生せず)なので、今回のジェイクの件を全く責めたり批判したりはできないという事実に改めて気づくAチームである。
 ま、それはいいとして、ビル爺さんのくれた弁当の中身はと言うと、(1) 山盛りの塩茹でピーナッツ、(2) 自家製ピーナッツバターとブルーベリージェリーのサンドイッチ、(3) ジーマーミー豆腐、(4) 豆ご飯、と、見事なピーナッツ尽くし。かなりの量であったが、久し振りの仕事に、気分よくワインも開けちゃったりして、4人でペロッと平らげたのだった。
 翌朝。不穏な声で目を覚ますフェイスマン。うぉお……うぉおおん、と、唸り声、もしくは号泣(?)が聞こえる。
「え、誰の声? 隣の部屋から聞こえるけど。」
 隣のベッドのハンニバルを起さないように部屋を出て、コングとマードックの部屋へ急ぐ。そこには、ベッドの下で涙を拭うコングと、素知らぬ顔のマードック。
「えっ、どうしたの、コング。悲しいことでもあった?」
「……ぐすっ、違うんだ、フェイス、モンキーの……。」
「モンキーの?」
「屁が……屁が目に沁みて……。」
「ん? そう言えば、何か臭うような……。」
 フェイスマンがクンクンと辺りを嗅ぎ、クサッ、と顔を顰めた。
「いやあ、昨日メグが言ってたじゃん? ピーナッツ食べた後の屁は、インコが落ちるくらい臭いって。だから俺、ちょっと実験してみたんだよね。」
「実験?」
「うん、フレッシュなオイラの屁をゴミ袋(まだ持っていた)に入れて、寝てるコングちゃんの頭に被せてみた。でも考えてみたら、コングはインコじゃないから、落ちも死にもしなかったね。当然だよね。」
 と、肩を竦めるマードック。
「てめェ、ただじゃ済まねえからな! 畜生、目に沁みるぜ……。」
 涙を拭きつつ叫ぶコング。
 因みに、今回の仕事の報酬として貰ったのは、“殻つきピーナッツ1トン”であったため、屁が臭いという状況は当分続くと思われるのであった。
【おしまい】
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