サバ缶と手紙と何も起きなかった日
フル川 四万
〜1〜

 12月某日のある朝、学校の廊下で荷物を置こうとロッカーを開けたマイケルの足元に、ヒラリと落ちた1枚のルーズリーフ。
『誕生日おめでとう、マイケル! 心を込めた誕生日プレゼントを用意したわ! レインボー公園の滑り台の下に隠すから、昼休みに取りに行って。私の気持ちを受け取って! by アル』
「えっ、アルが? あの、クラスのイケてる女子グループ、ナンバー2のアルが? 僕に誕生日プレゼントを?」
 マイケルは驚愕した。そして同時に「恐い!」と思った。アルことアリス・ジョンソンはクラスメイトだ。金髪巻き髪で、足も長くて、若干すきっ歯だけど雰囲気は美人。押しが強くてマイケルはちょっと苦手なタイプだ。チアリーディング部の副主将で、普段は、同じチア部の絶対君主リンダ(主将)、ダンス部のお祭り女クレア、そしてアメフト部のバカ男子たち(親の金で水色のエルカミーノに乗ってるタイプ)とつるんでダンスパーティだ、バーベキューだと華やかな学生生活を送っている。8ミリ映画制作部で、趣味は映画鑑賞とフィギュア集めという、小太りもっさり男子マイケルとは、そもそも住む世界が違うのである。そのアルが何でマイケルに誕生日プレゼントを?
「絶対、何かある。何か裏があるぞ。騙されてはいけない。」
 マイケルは呟いた。そして、しばらく考え込む。そして、眼鏡を外して額の汗を拭き、眼鏡をかけ直してルーズリーフを読み返す。
「騙されては、いけない。」
 もう一度、今度は“いけない”にアクセントを置いてはっきりと言う。
「いやでも、もしかしたら……。」
 考えよう、考えるんだ。アル……スクールカースト最上位グループのナンバー2。とは言え、あのグループは、実質女王リンダとその取り巻きの一団だ。そして周りにいる男どもは皆、筋肉バカでリンダを崇拝している。アルが少しでも物を考える頭があったなら? ナンバー2でいることに我慢ならなくなって、そこに同じクラスの秀才男子、僕が目に入ったなら? もしくは、去年の学園祭で上映した僕の映画『空手バカ三代目/激闘! 空手対カニロボット』を見ていたら? そして、普段つるんでいる脳筋野郎どもとは一線を画す知性に魅力を感じて行動を起こしたとしたら?
「あり得ない、ことじゃない。(2分黙考)いや、大いに可能性はある。」
 マイケルはゴクリと唾を飲み込み、ルーズリーフを丁寧に折り畳んでポケットにしまった。


 10分後、体調不良を口実に学校を早退し(1限は体育だったのでどうでもいい。て言うか、人生初彼女ができるかもっていう時に授業なんてどうでもいい)、レインボー公園へと急ぐマイケル。滑り台の下にアルからの心の込もった誕生日プレゼントが置いてあると思ったら、いても立ってもいられなくなったのだ。
“早く取りに行かなきゃ。誰かに先に持っていかれる前に!”
 マイケルは大急ぎで公園へと駆け出した。
 マイケルはアルの手紙にあった『昼休みに』の一文を読み落としていたが、初めて貰う女子からの手紙に舞い上がった彼は、そこに思いが至ることはなかった。


〜2〜

 レインボー公園は、マイケルの通う高校のすぐそばにある公園だ。駐車場の横に小さな森、その中にバーベキュー場と称するテーブルやベンチのある一角、その先に滑り台やブランコ等の遊具が置いてある子供用の広場。その先は、道路を挟んで小児医療センターが建っている。
「さて、待ちに待ったバーベキューの日だ。お天気もよくて最高じゃないか。前回は雨天中止だったから、2年振りの開催となるわけだ。子供たちもさぞ楽しみにしていることだろう。今日は、参加人数も料理の品数も多いから、手分けして迅速に働かないと、開始予定時刻に間に合わん。もう9時になるからな。ついては、今から役割分担を発表するので、皆の者、それに従ってテキパキと動くこと!」
 エプロン姿のハンニバルが、バーベキュー場の一段高いところ(ベンチ)に立って号令をかける。
 今日は、近所の小児医療センターに長期入院している子供たちを招いてのバーベキューだ。ホスト側は、Aチームおよび病院事務職員5名の計9名。お客は、子供たち15名とその親族20名、つき添いの看護師が5人。計49名の大宴会。
 Aチームがこのバーベキューの手伝いをしているのにはわけがある。主催者である小児医療センターの事務長が、直近の依頼人なのだ。依頼内容は、『ダイエット薬と称して下剤を横流しする看護師を、他の職員にバレないように内々に捕まえて田舎に帰らせる』であった。大ごとにせずに田舎に帰らせる、という依頼の遂行は、静かで長い密偵と、その後の説得と説教と脅しと念押しで構成されており、Aチームとしては暴れるポイントがなくて不完全燃焼であったが、労力以上の報酬と、無料の人間ドック(オプションで希望者に脳ドックつきだったが、フェイスマンしか受けなかった)、さらに年内の住処まで確保してくれたということで、クリスマスシーズンに路頭に迷うのだけは避けたいAチーム、特に会計担当のフェイスマン的には大満足な優良案件なのであった。というわけで、乗りかかった船的なこともあり、今回のバーベキューのお手伝いとして参加することになったのだ。お手伝いと言っても、他人に指示されるのを好まないハンニバルであるからして、気がつけばバーベキュー全体を仕切るということになっていた。
「コングはバーベキューグリルに炭を熾す係! フェイスは野菜を切って卓上ガスコンロ(イワタニ)で煮込み料理を作れ。子供が食べやすいように野菜は小さ目に切るんだぞ。モンキー、お前は冷凍肉の解凍だ。事務長と事務員の皆さんは、手分けしてテントの設営と、クーラーボックスに飲み物を詰めて、皿とかコップを用意してくれ。よし、皆の者、配置につけ!」
 イエッサー! と、軍隊式に敬礼をして、持ち場に散っていくAチームと事務長と事務員たち。


「えーっと、焼く用の野菜はナスにズッキーニ、あとアスパラとカボチャ。カレーの材料としてタマネギ、ニンジン、ジャガイモ、生で食べるのがトマトとキュウリとレタス、果物はバナナとイチゴね。チョコレートソ−スもあるから、デザートにクレープ焼くのもいいかも。じゃ、まずは定番のカレーから取りかかろっか。」
 フェイスマンは公園の水道で手際よく野菜を洗い、穴開きボウルに取って水を切り、備えつけのテーブルに運び、カレーの材料をカットして、手早く煮込みにかかる。
「ナスは丸焼きにした後で皮を剥くからヘタだけ取っておいて、ズッキーニは縦2つにして焼いたらチリビーン(缶詰)とチーズを乗せてボートにしよう。アスパラは、手で曲げてみて折れ曲がるところから下をピーラーで剥いて、カボチャはスライスだな。カボチャ、焼いただけでも美味しいもんね。」
 料理は元よりお得意のフェイスマン、順調に準備を進めていく。


 コングは、でかいバーベキューグリルを頭上に掲げて持ってくると、然るべき場所にドン! とセットし、麻袋に入った大量の炭をざざあっと火床に流し込む。
「ついでに焚火も作っとくか。」
 でかい石を集めてサークルを作り、手斧で丸太をパキンパキンと割って薪を作っていく。瞬く間に、ステキな焚火コーナーが出現した。こんもりと組んだ薪に枯草で取った火種を突っ込み、燃え上がる炎を満足げに眺める。これでしばらくすれば、ちょうどいい熾火になるだろう。
「もう少し薪がいるな。」
 と、コングは、薪割りに戻った。


「牛肉ってこれ? まだカチカチじゃん。これの解凍ってどうすりゃいいの。」
 マードックが牛Tボーン冷凍肉20キロの冷凍パックを担ぎ上げて言った。他の肉(鶏肉やソーセージ)は、自らの懐に入れて体温でほぼ解凍済みである。結果、今ちょっとお腹痛い。
「できるだけ日光の当たるとこに置いときゃいいんじゃねえのか?」
 コングが薪を割りながら適当にそう返す。
「日光の当たるとこって言ってもさ、結構ここ木陰だから……あ、あそこよくない?」
 と、指差す先には、広場の真ん中に据えられた象さんタイプの滑り台。象の鼻が、朝の日差しを浴びてキラキラと輝いている。
「まだ誰も遊びに来ないだろうし、滑り台の天辺なら日も当たるでしょ。」
 そう言うとマードックは、ひょいと冷凍肉を担ぎ上げて、滑り台へと運んでいった。滑り台は、象の尻尾の方にある梯子を登って、鼻を滑って砂場に降りる一般的なタイプ。胴体の下には小さな空洞があり、子供が潜って遊べるようになっている。その滑り台を鼻の方から登り、天辺にドスンと肉を下ろしたマードック。
「うーん、真上だとイマイチ日差しが当たんねえな。もうちょっと鼻の方に置けねえかな。」
 象の鼻、即ち、滑り台の滑り部分に、微妙に肉を押しやるマードック。20キロの肉は重力に従い、ススゥ……と滑り台を滑って下に落ちた。慌てて追いかけて拾い上げる。
「ヤバイね、これ相当いい場所に置かねえと。」
 言いつつ、肉を肩に担ぎ上げて、今度は梯子側から頂上へ。そして、半分滑り台に乗り出した格好で下ろした冷凍肉は、またもやススゥ……と滑って下に落ちた。
「おやおや。」
 と、肩を竦めるマードック。
「そう来るかい。じゃあこっちも本気出して行くぜ。クレイジーモンキーを舐めんなよ。こちとら猛牛使いのカウボーイとして、アリゾナ州じゃ、ちったあ名の知れた身だ。」
 そんな事実は全くないマードックが、肉を担いで登っては滑り落ち、登っては滑り落ちしているうちに、段々と解凍できてくる肉塊。最終的には、肉塊を抱きかかえたままでマードックが滑り台に登っちゃあ滑り登っちゃあ滑りし出す始末。
「モンキー、あれ何やってんの?」
 フェイスマンが野菜を切る手を止めて、滑り台を指差す。
「さあ。あたしは肉を解凍しろって言ったはずなんだが。」
「おーいモンキー、それで解凍できてんのー?」
「できてるよーっ! 摩擦熱サイコー!」
 滑り台の上からマードックが叫び返す。いつの間にか、抱えていたはずの肉は、ソリのようにマードックの尻に敷かれている。
「楽しそうだな。」
「ならいいか。」
 納得して調理の続きに戻るフェイスマン。その辺の視察と称して全く仕事をしていないハンニバル。テキパキと働く事務員の皆さんとコング。


〜3〜

 と、そこに、公園の端っこから猪突猛進で走ってくる青年が1人。猪突ではあるが、イノシシほどには速くない、運動神経ない系の走りである。青年=マイケルは、滑り台まで一直線に走り込むと、何もないところで何かに蹴躓いて派手に転び、ズザザザ……とヘッドスライディングで象の胴の下に開いてる空洞に滑り込んだ。
「うわっ、何!」
 驚いたのはマードック。何せ、楽しく冷凍牛肉滑りを堪能していたら、突然真下に頭から突っ込んできた奴がいたのだから、これが驚かないわけがあろうか。
「どしたの、立ち眩み? 大丈夫!?」
 ヘッドスライディングしてきたマイケルは、象の股下でジタバタ暴れ回った後、何かを掴んで象の胴体から顔を出した。
「これ……。」
 その顔は、涙で濡れている。手に掴んでいるのは、砂まみれのサバ缶。青い缶に『ボーンレス・スキンレス デリシャス フィッシュ・ミート』と書かれている、普通のサバ缶。
「これ……きっとこれだ! 彼女からの誕生日プレゼントなんです……。僕、女の子にプレゼント貰ったの初めてで……。サバ缶かぁ……僕の健康を気遣ってくれたのかな……最近ちょっと太り気味だからなあ……優しい子だなあ……嬉しいなあ……。」
 マイケルは、象の足の下から半身這い出した状態で、サバ缶を掲げて倒れ伏したまま、そう言って涙を拭った。
「おーい、どうした君、大丈夫か?」
 遠くからマイケルの走り込みと派手に転んだ一部始終を見ていたハンニバルが駆け寄ってきた。マイケルの両手を掴んで引き摺り出し、起こして立ち上がらせる。立ち上がったマイケルのスボンの膝は破れ、血が滲んでいた。
「血が出てるじゃないか。おーい、怪我人だ!」
 ハンニバルの声に、病院事務職員数名が駆け寄ってくる。事務職員と言っても、病院関係者だ、救急キットの用意くらいはある。
「まあ、こっちに来て座りなさい。」
 事務員に肩を貸してもらい、足を引き摺りながらマイケルがベンチに座らせられた。破れたズボンの隙間から、膝に消毒液が塗られる。
「イテッ、済みません、ありがとうございます。もう大丈夫です。」
 マイケルは、そう言って爽やかな笑顔を見せた。
「大したことなくてよかったな。あんまり急いじゃダメだぞ、危ないからな。」
 幼稚園生に言うような台詞でマイケルを諫めるハンニバル。
「済みません。アルが、えっと、彼女……になる予定の子が、プレゼントを象の下に隠したから見つけて、って言うから、気持ちが焦ってしまって。」
「象の下に? プレゼントなんて、面と向かってあげるのがいいんじゃないの? 変わった子だね。」
「恥ずかしがり屋なんじゃねえか?」
 と、野次馬的に集まってきたフェイスマンとコング。
「そうかもしれない。でもいいんです、ちゃんと受け取れたし。」
 と、サバ缶を差し出すマイケル。
「サバ、好きなの?」
「特に好きじゃないけど、いいんです、これ、食べないんで。開けないで、ずっと取っておきます。部屋の一番いいところ、そうだな、ダースベイダーのフィギュアと、スパイダーマンの関節ドールの間に飾って。……じゃ、僕、帰ります。」
「学生さんだろ? 学校はいいの?」
「今日は早退しました。帰って、アルにお礼の手紙を書くんだ。」
 そう言うと、マイケルは明るく手を振って、痛い足を引き摺って帰っていった。
 後ろ姿を見送るAチーム。
「しかしサバ缶たあ、渋い彼女だぜ。」
「いいんだよ何だって。何でも嬉しいもんだよ、好きな子に貰ったらさ。」
「サバ缶のいいところはさ、食べられるところだよね。ドコサヘキサ……酸も入ってるし。」
 ドコサヘキサエン酸のエンだけ忘れる変人マードック。
「青春だな……。さ、仕事に戻るか。」
 ハンニバルの言葉に、3人はスン、と真顔に戻ると、持ち場に向かっていった。


《Aチームのテーマ曲、始まる。》
 解凍できた肉をでかい包丁で捌くコング。大鍋で煮込んだカレーと豚汁もどき(材料が同じため、ついでに。ただし、豚じゃなくて鶏肉)の味見をするフェイスマン。ワインやシャンパンとフルーツを合わせ、刻んだパクチーを入れて怪しげなドリンクを作るマードック。繋げた紙輪っかなどで近くの木に飾りつけをするコングと事務員の皆さん。テントの中で葉巻をふかすハンニバル。焼いたクレープを積み重ねていくフェイスマン。オレンジジュースを紙コップに注いで並べるコング。調合した飲み物が爆発し、赤と青の煙に包まれるマードック。
《Aチームのテーマ曲、終わる。》


〜4〜

 時は戻って、12月某日の前日の真夜中。遠くに霧笛が聞こえる埠頭の倉庫街。今は使っていない古倉庫で、ランプの明かりだけの暗がりの中、トレンチコート姿の2人の男が向き合っている。
「金は持ってきたんだろうな?」
 粋なハット姿の男が一歩前に出ると、向かい合う髭面の男にそう言った。
「持ってきたさ。さ、数えてくれ。」
 髭の男はアタッシェケースを開いた。そこには、お決まりの札束が。ざっと見、10万ドル弱というところか。それをもったいぶって1束ずつ取り上げ、ざっと数えるハットの男。
「偽札じゃあないみたいだな。いいだろう。」
 ハットの男は不敵な笑みを浮かべてそう言った。
「そっちこそ、ブツは持ってきたんだろうな、アルバート。金を確認したら、さっさと渡してもらおうか。」
「おっと待て。今回は、うちの組織とお宅らの組織の、最初の商売だ。それも、最新の合成麻薬、これから市場を席捲しようっていうブツの取引だ。慎重になるのも当然だろう?」
「どういうことだ?」
「あんたが本当に金を持ってくるかどうか、確証がなかった。俺を殺して海に捨てて、ブツだけ奪ってトンズラっていう線も考えられる。だから、ちょっとした仕掛けをさせてもらった。」
「仕掛け?」
「ああ、今回のブツは、明日の朝8時にレインボー公園の滑り台の下に隠しておく。サバの缶詰に入れてあるから、持っていってくれ。」
「サバ缶に? 笑わせるな、今ここで、あんたが渡した金を持って逃げないっていう保証はないぜ?」
「信用しないなら、それまでだ。金はあんたに返して、この話はなかったことにする。ブツは、他の組織に卸すことになる。このブツが出回った後のこの町の麻薬ビジネスの覇権は、どこが掴むんだろうな? ま、心配するなロドリゲス。俺たちも下手打ったら、ここで商売ができなくなるからな。これから長いつき合いになる、これは、ほんのプロローグってことで。」
 そう言ってアルバートは右手を差し出した。その手には、1粒の赤い錠剤が乗っている。少し躊躇った後、ロドリゲスがその手をしっかりと握り返した。
「明日、8時だな。」
「ああ、8時だ。絶対に遅れるなよ。」
「遅れるもんか。」
 そして翌朝10時。ロドリゲスは、青い顔、かつ多少涙目で市街を疾走していた。彼は、しっかり寝坊したのであった。


〜5〜

 さて、場面は戻ってバーベキュー場。準備もすっかり整い、子供たちやその親兄弟、つき添いの看護師たちもやって来て、楽しいバーベキューが始まった。
「さて皆さん、今日は2年振りのバーベキューです。ゲームやビンゴも用意していますので、食べて遊んで、大いに楽しんでください!」
 事務長のスピーチに、子供たちからわあっと歓声が上がる。たちまちバーベキュー場の各所に散っていく参加者たち。コングの炭火焼コーナーも、フェイスマンのカレーと豚汁もどきも大盛況。マードックが適当に作ったワインクーラーは保護者に好評で、ハンニバルは意外にも子供たちに懐かれて肩車してあげたり、両手を掴んでブンブン回してあげたりしている。
「スミスさん、この子たち、一応入院中なんですから、お手柔らかに。」
 事務長が、プラカップに入ったワインクーラーを2つ持って近づいてきた。
「そうだった。みんなあんまり元気なもんだから、病人だってことを忘れてたよ。しかし、大盛況ですな。」
 プラカップを1つ受け取りながらハンニバルが言う。
「いや、本当に助かりましたよ、ありがとうございます。できれば、また来年もお願いしたいですな。お礼はしますから。」
「はは、確約はできませんが、この町にいる時なら大歓迎ですよ。」
 2人はそう言って笑い合い、ふと公園の方を見た。
 派手な女子高校生が3名、キャイキャイとはしゃぎながら公園に入ってくる。そして、彼女たちは象さんの滑り台の前で立ち止まった。
「アル、さっさと手紙を隠しなよ、あのオタクが来る前に。」
「わかってるわよ、リンダ。大丈夫、マイケル坊やには、昼休みに来てって言ってあるから。」
「あいつ、傷つくだろうね、あんたから誕生日プレゼント貰えないってわかったら。」
「さあね、そもそも来ないかもしれないよ? あいつ、私たちにはびびってたから。ねえクレア、あんたもそう思うでしょ?」
「思う思う。ムカつくんだよねー、普段は頭いい振りしてるくせに、話しかけると妙にオドオドしてさ。」
 彼女たちの交わす言葉は、ハンニバルには遠くて聞こえない。だが、1人の女子高生が象の胴体の下に入ったのは見えた。潜った女子高生は、さっと立ち上がると、スカートについた砂をパンパンと払って、来た時と同じように3人でキャラキャラと笑いながら公園を後にした。
「おじちゃーん、ミラ、滑り台行きたい!」
「僕も!」
 小さな姉弟がマードックに駆け寄ってきた。ミラは、血液の病気で半年以上入院している6歳の女の子。元気な男の子は、ミラの弟のダックだ。
「よし! じゃあ、おじちゃんが特別な滑り方を教えて進ぜよう。おいで!」
 マードックが子供たちを先導して走り出した。滑り台に駆け寄ると、両脇に2人を抱えて梯子を登り、ミラを膝に、ダックを肩に乗せて滑り台を滑り下りる。喜ぶ姉弟。次は、腹這いになって背中に2人を乗せて滑り下りる。
「ひゃっほーい!」
 子供たちよりマードックの方が楽しそうである。


 と、そこに、すごい勢いで公園に駆け込んできたのはロドリゲスだった。遅刻したなら車で来ればいいものを、律儀にも家から走ってきたせいで、汗だくで息も絶え絶えな彼は、そのまま象の滑り台に駆け寄り、マイケルと同じく何もないところで蹴躓いて、象さんの下にズザザザ! っとヘッドスライディング。何もないところ、もしかしたら何かあるのかもしれない。微かに突き出て埋まってる石とか。
「うわっ! また!? 今度は何!」
 ヘッドスライディングしてきたロドリゲスは、象の股下でジタバタ暴れ回った後、何かを掴んで象の胴体から顔を出した。
「これ……。」
 その顔は、涙で濡れている。髭には砂がたんまりついている。手に掴んでいるのは、砂まみれのルーズリーフ1枚。
「畜生、アルバートの奴、やりやがったな! 俺をコケにしやがって!」
 そう言ってロドリゲスは、倒れたままでルーズリーフを突き出した。思わずその手からルーズリーフを掠め取るマードック。ロドリゲスが、あっ! と声を上げる間もなく、それを読み始めるマードック。
「何々、『うそぴょーん! 本当に貰えるって本気にしてた? なわけないじゃん、お・ば・か・さん! by アル』……何これ?」
「返せ!」
 何とか自力で立ち上がり、手紙を奪い返すロドリゲス。ズボンの膝は破れて、血が滲んでいる。
「血が出てるじゃん。看護師さん、呼ぶ?」
「結構だ!」
 そう叫ぶと、ロドリゲスは来た時と同じくらいのダッシュで去っていった。
 その光景を遠くから見ていたハンニバルが、不思議そうに事務長に問う。
「なあ、あの象の滑り台、大人気なのか? 今日、大人が来るの3回目だぞ?」
「さあ、そんな話は聞いたことがないですね。」
 事務長は素っ気なく答えた。


〜6〜

 ロドリゲスは、近くの電話ボックスに駆け込んだ。震える手でコインを入れてダイヤルを回す。2コールで彼の組織のボスが出た。
「ボス、俺です。やられました。アルバートの奴、金だけ持って逃げやがった。ブツなんてどこにもありません。はい、その代わり、ふざけた手紙が……。」
 ロドリゲスは、例のルーズリーフを読み上げる。
「うそぴょーん! 本当に貰えるって本気にしてた? なわけないじゃん、お・ば・か・さん! by アル。」
 一瞬の後、受話器の向こうからボスの怒鳴り声が響いた。ロドリゲスは、ハイ! ハイ! と直立不動でそれを聞いた後、受話器を置いて息をついた。そして、上着の内ポケットに手を伸ばす。拳銃の固い感触が、彼の闘争心を呼び覚ました。
「絶対許さん、アルバートも、あいつの組織も!」
 そう言うと、彼は勢いつけて電話ボックスを飛び出していった。


〜7〜

 時刻は午後となり、バーベキューも佳境を過ぎた。フェイスマンのカレーと豚汁もどきも、Tボーンステーキもほぼ売り切れ、子供たちは看護師たちのつき添いで子供用広場の遊具で遊んでいる。普段なかなか外に出られない病気の子供たちにとっては、今日という日はいい思い出になったことだろう。Aチームは、事務員たちと労をねぎらい合いながら、ベンチで一休みしていた。
「いやあ、いい会だったな。お疲れさん。」
 ハンニバルがフェイスマンのグラスにシャンパンを注ぐ。
「久し振りに大人数分の料理作ったから、結構疲れたよ。でもよかった、みんな喜んでくれて。」
「ああ、たまにはこういう平和な年末もいいもんだな。」
 コングがそう言って、飲み物のお代わりに立ち上がったその時。
 パン! パン!
 遠くで聞こえる破裂音。
「何だ? 銃声か?」
 ハンニバルも立ち上がる。
「銃声……ぽいね。随分遠くだから、大丈夫だろうけど。」
 マードックがそう言って遠くを窺う。視界には何も見えないが、確かに銃声のようだ。
「そうだな。様子を見て、危なそうなら子供たちを中へ。」
 ハンニバルは事務員たちにそう指示した。事務員たちは、頷いて子供たちの方へと駆け寄る。保護者たちもザワザワし始めた。そんな中で、立て続けに20発ほど聞こえただろうか。
 その後、銃声は止み、町はまた静かになった。
「終わった……。大丈夫だったみたいね。」
 フェイスマンの言葉に頷き合うAチームと保護者たち。
「じゃ、本日も異常なしってことで、もう少し子供たちと遊びますか。」
 そう言って、ハンニバルが遊具の方へと歩き出す。
「よし! 今日1日で滑り台のエキスパートになったおいらの斬新な滑りを是非見てよ。」
「ゴメンだぜ。何でてめえの滑り台遊びを見物しなきゃいけねえんだ。」
「モンキー、それ大体5歳か6歳くらいの子が親に言う台詞じゃない?」
 そしてAチームは、全く異常のない穏やかな冬の一日を過ごしたのであった。


〜8〜

 翌日、地元の新聞の1面には、こんな記事が載った。
『日中の銃撃戦。麻薬密売組織同士の抗争か。幹部ら10名を逮捕。』
 逮捕者の中には、両組織のボスおよび、ロドリゲス・フェルナンドとアルバート・ショーも含まれていた。


 そしてマイケルはと言うと、心を込めて書いたお礼の手紙をアルことアリス・ジョンソンに渡した。
『あんな物を貰えるなんて思ってなかった。全く予想外。でもそこが君のいいところだよね。ありがとう、一生大事にする! これからよろしくね!』
 1日かけて書いた手紙がそれかい、という突っ込みは置いておくとして、全く意味がわからないアルとその仲間たち。ただ、アルのネタバレ手紙に対して、この内容で手紙を返すという、どう考えても心臓に毛が生えた意味不明な仕業に、「このオタク、恐え」となったアルとその仲間たちに、マイケルにとっては不本意ながら、卒業まで適度に距離を置かれることとなったのであった。
【おしまい】
上へ
The A'-Team, all rights reserved