チャイナタウンで桃まんを
フル川 四万
 フェイスマンは気がついてしまった。不況というのは、この国に満遍なく行きわたっているわけではないらしい。そして、「どんな状況でも、あるところには、あるものだ」ということを。
 ここはLAのダウンタウン。中華系移民の町、チャイナタウン。とはいえ、ここで暮らしているのは中国人ばかりではない。韓国人、日本人、こっちからしたら見分けがつかない東のアジア人たち。それと、その人らとは明らかに違う東南アジア系の浅黒い顔。
 そして米国人も、安くて美味い中華料理やお手軽なエキゾチシズムを求めてやって来る。現に、今フェイスマンが座っているのは、幹線道路沿いのカフェの2階テラス席。道の向こう側にチャイナタウンの入口、何と言うのだろう、3段の瓦屋根がついている赤いポールでできた門が見える。そこに飾られた垂れ幕には『熱烈歓迎!』の文字が躍る、アメリカ内中国の入口だ。
 先ほどからフェイスマンが注目して止まないのは、振り返って店内の階段寄りに座っているのが見える1人の若い女性。ハーフパンツに白のタンクトップ。タンクトップには、でかでかとシャネルのマーク。その上には、カナディアン・コインのゴールドネックレス。艶々したワンレングスの黒髪を、早すぎず遅すぎず、ちょうどいいインターバルで掻き上げつつ、1杯のアイスティーを前に中国語の本を読んでいる。無造作にテーブルに投げ出した新作のシャネルのバッグからは、パンパンに膨らんだ財布(これもシャネル)が覗いていて、手首にもゴールドの大振りのバングル、指にはダイヤと思しき大きな石のついた指輪が2、3……4個。悪くない、と言うか、なかなかいい。デートするには、ちょい若すぎる感じはするものの、そもそもアジア人の年齢はわからないから、若く見えて、実は割とちょうどいい年齢かもしれない……。
「えー、ウホンウホン。」
 相席の老人のこれ見よがしな咳払いに、ふと我に返る。2人掛けの席、自分の目の前に座っているのは、青いサテンのチャイナ服を着て、頭には黒の丸帽子、真っ白な口髭&顎鬚を胸まで垂らした胡散臭い老人。口髭は、先ほどから飲んでいる中国茶で茶色く濡れている。ま、胡散臭さと言えば、黒のカンフー着と、甲にパンダの刺繍があるカンフーシューズに黒の丸サングラス、という格好のフェイスマン自身も相当胡散臭いのであるが。
「わが弟子、クンフーマスターよ。さっきからニヤけて何を見ておるのか。」
「申し訳ありません老師、少々、オナゴに見惚れておりました。」
「オナゴ? 女子なんぞ、修行の邪魔じゃよ。さ、このウーロンティーでも飲んで落ち着きなされ。そろそろ約束の時間じゃぞ。」
 老人がそう言って辺りに目配せする。見れば、テラス席以外の店内は混んでない、と言うか、ガラガラの空きっ空きで、先程のアジア美女しか客がいないのに、テラスの3席だけが埋まっていた。老師とその弟子、その横には、革ジャンに、大きな姑娘の頭部のハリボテを被り、(被り物の)虚ろな表情で外を見ている後ろ姿の男。その隣には、アクセサリーをジャラジャラつけたモヒカン・マッチョ。この並びだと、モヒカン・マッチョがとても普通に見える。老人が声を張った。
「あー、あれじゃな、そろそろ桃の季節じゃな!」
 わざとらしいにも程がある口調で老師が言う。
「そうですね老師、いやあ、桃はいいものです。特に、チャイナタウンで食べる桃まんは最高です。」
「何を言っておる、中華の桃まんに桃は入っておらんぞ!」
「ええっ、桃まんなのに桃が入っていないと!? では一体何が入っているというのです?!」
 大袈裟に驚いてみせるフェイスマン。と、その時、カツカツとヒールの音を立てて歩み寄る者あり。それは、フェイスマンが気にしていたアジア美女。そして彼女は言った。
「あんこよ! 擦り潰した甘い豆、あんこが入っているの! 中国の桃は、果物じゃなくて概念! それが桃まんというものなの! ま、最近は、それ以外にもいろいろ入れるけど。」
 美女は、身振り手振り大きく一気にそう言うと、フンッ、と鼻息を吹き出して腰に手を当て、白髭の老人を見下ろした。気になっていた美女の登場に、フェイスマンの顔がぱあっと輝く。
「ほほう、桃が概念とは! そして桃まんの中身があんことは! これは探究し甲斐があるテーマですぞ、ホッホッホ、やあ、君がフェンだね。」
 老師ハンニバルは、そう言って美女に右手を差し出した。
「フェン・テイよ。広東飯店のCFO。あなたスミスね?」
 2人は、がっちりと握手を交わした。


 道を渡って、ここはチャイナタウンの中、広東飯店というレストランの2階。赤い屏風で囲われて半個室になった丸テーブルの周りにぐるっと座り、今回の依頼主、レストラン広東飯店のオーナーの娘で、CFOつまりは経理を担当しているフェン・テイと向き合うAチーム。
「事の起こりは、この新聞記事。」
 と、1か月前の新聞を差し出すフェン。文化欄のグルメ記事に赤丸がついている。紙面に身を乗り出す4人。
「何々……『チャイナタウンでバカ売れの2つの桃まんに注目!(中略)この2種類の桃まんじゅう、広東飯店の桃ゼリー入り白桃まんじゅうと、陳ズ香港のカスタード入り黄桃まんじゅうが、ロサンゼルスのデザートの新潮流であることは間違いない』……いい記事じゃないか。売り上げが上がっただろう。」
「とっても。うちと、お向かいの陳ズ香港には連日行列ができて、売り上げも10倍になったよ。だから、書いてくれたアレン記者には感謝してるよ。」
「ああ、それで……(羽振りがいいのか)。」
 合点が行くフェイスマンである。それにしても、急にお金を得た女性がシャネルに走るのはなぜなんだろう?
「アレン記者? 何でい、この記事はエンジェルの書いたもんか。」
「そもそもここに来たのもエンジェルの頼みだからな。」
「道理で甘い物愛に溢れてると思ったよ。……ほら、この下り、『桃まんに桃が入っているかどうかなぞ、この2つの桃まんの美味しさの前では最早問題ではない。』よほど気に入ったんだろうね。」
 フェイスマンが新聞記事を指差す。
「俺っちも食べてみたいな、その桃まん。」
 マードックがそう言うや否や、テーブルに、どん! と置かれる大きな皿。見れば、桃そっくりの桃まんじゅうが積み上がっている。桃まんを持ってきたチャイナ服で坊主頭、ピンクのほっぺがキュートな桃のような笑顔のおっさんが、軽く会釈して戻っていく。
「今のがうちのパパ、店のオーナー、鄭将喜。みんな、鄭さんって呼ぶわ。そして、これがうちの自慢の桃まんじゅう。皮は肉まんの皮と同じ、形を桃にして、食紅でピンクにしてる。中身は、桃味のゼリーと白あん。食べてみて。」
 フェンに促されて桃まんに手を伸ばすAチーム。
「うん、美味い。」
 大口で桃まんを頬張り、2個目に手を伸ばしながらマードックが言う。
「ああ、美味いな。ゼリーだけだとあっさりしすぎてるが、ベースに入ってる白あんの甘さと相俟ってちょうどいいぜ。」
「うん、美味しいね。女の子へのお土産とか、ちょっとした差し入れに喜ばれそう。」
「割った瞬間に、桃の香りがすごいな。これ、桃はどれくらい使ってるんだ?」
 3つ目の桃まんに手を伸ばしてハンニバルが問う。
「使ってない。」
「え? 全く? じゃ、この生っぽい角切りは?」
 と、フェイスマン。片手で、4個目を取らんとするハンニバルを制しながら。
「全く入ってない。果肉はリンゴで、ぐずぐずに煮てから桃の香料で桃っぽくしてるだけ。生の桃は高いから、1個1ドルのまんじゅうには使えないよ。原材料費抑える、これ大事なことよ。小麦粉だって一番安いやつだし。砂糖もね。でも、おかげで儲かってる。」
 フェンは、そう言ってにっかり笑った。その笑顔は、さっき見た父の鄭将喜とそっくりだった。ふと、桃まんを食べる手が止まる4人。いや、経費削減、全く悪いことではないのだけれど。
「……で、依頼ってのは?」
 気を取り直してハンニバルが聞いた。
「依頼? ああ、うち、儲かってるでしょ。そしたら、変な電話とかかかってくるようになった。脅迫だと思う。」
「脅迫?」
「うん。お金欲しい人が脅迫してる。パパはわかってないようだけど。」
「脅迫されてるのに、わかってないって、どういうことだ?」
「うちのパパ、人の話聞いてないから。本当に、聞いてないから。でも聞いていようがいまいが、脅迫は脅迫で、普通に犯罪だから何とかしてほしい。」


 フェンの話はこうだ。
 エンジェルの書いた新聞記事が世に出て、桃まんじゅうが爆売れするようになってから、変な電話がかかってくるようになった。フェンの父親で、広東飯店の経営者である鄭が対応していたのだが、妙に電話が長いため、不審に思って父親と犯人の電話を録音してみた。
「それが、これ。」
 フェンは、カセットレコーダーのスイッチを押した。

『もしもし?』
「はい、広東飯店です。予約ですか? 桃まんの注文ならテレファクシミリで受けつけてるよ。」
『予約じゃない。おい、こないだも言ったが、お前のとこの桃まん、売れてるようだな。』
「はい、おかげさまで売れてるよ。そりゃもう。お客さんも買えばいい。すごく売れてる美味しい広東飯店の桃まん、買えばいいよ。FAX番号は……。」
『そうじゃない! その桃まんじゅうのことで俺は怒っているんだ! なぜかというと、昨日も言ったが……。』
「ほうほう、怒っちゃダメね、お客さん。頭に血が上ってカーッと来た時はね、甘い物でも食べて落ち着いて。そういう時はうちの桃まんが最高あるよ。1個……。」
『桃まんはいらないんだよ! いいかよく聴け、一昨日も言ったが、俺はお前のところが不正を行っていることを知ってるんだ。桃まんと言いながら実は……。』
「ほうほう、不正はよくないね、やっぱり商売は堅実、真面目じゃなきゃね、で、うちの桃まん、1個1ドル、正直な値段だよ、FAX番号は……あ、お客さん市外?」
『市内だ! ……じゃなくて、FAX番号はいいんだ! 注文はしないんだから! 俺はお前のとこの不正を新聞にバラすつもりだから、バラされたくなければ……。』
「ほうほう、FAXで注文しないとなると、直接来るね? 開店は10時だけど、お昼前には売り切れるから、早めに来て並んだ方がいいね。あ、バラ売りはしてないよ? 持ち帰りは10個で1パック、パッケージ代サービスで10ドルよ、場所はLAのチャイナタウンね。わかる? ドジャースタジアムの……。」
『場所はいいんだ、何回も聞いたし、よく知ってるから!』
「ほうほう、知ってるってことは、リピーターさんね? でもダメよ? うちは常連さんとか関係ないからね! お客さんはみんな平等! 桃まん1個1ドル!」
『常連じゃ、ない!』
「ほうほう、ていうことは、これから常連になればいいよ、うちの桃まん、美味しいからね。」
「だ・か・ら! その桃まんが偽物だって言ってるんだ! いいか、毎回言ってるが、俺はお前の店が偽物の桃まんを出していることを知っている。このことが世間に知られればお前の店は……。」
「はは、面白いこと言うね、お客さん。うちの桃まんは正真正銘オリジナルよ、いいから食べてみなさい。1個1ドル、FAX番号は……。」
『だからFAXはしないんだって! なぜなら! 注文は! しないから!』
「ほうほう、注文はしないと?」
『しない! そんな偽物の桃まん、俺が世間にバラせば、お前のところはもうこのロサンゼルスで商売出来なくなるんだぞ!』
「ほうほう、ロサンゼルスでは商売できないと? ならサンフランシスコ行くといいよ、あそこはうちの従妹が店を出してるからね! あ、店と言ってもね、桃まんは売ってないよ、不動産屋だから。サンフランで商売するなら、店舗や家もいるでしょう。賃貸物件探すなら、うちの従妹に聞いてみるといいよ。電話番号は……。」
『いや、そうじゃない、商売するのは俺じゃなくて……。』
「ほうほう、お客さんではないと。どなたが商売するかは知らないけど、家を探すなら従妹の不動産屋に電話するといいし、桃まん買わないならうちには電話しないといいよ。買うならテレファクシミリね。FAX番号は……。」
『もういい! 今日はこの辺で勘弁しといてやる!』
 電話はそこで切れた。

「……親父さん、強えな。」
 コングが感心したように言った。
「いつもこの調子なのよ。ほうほう言うばかりで、相手の言うこと聞いてないから、ついたあだ名が『ほうほうの鄭』。嫌になるよ、私も鄭なのに。」
 フェンがそう言って肩を竦めた。
「新聞記事が出てから、こういう電話がかかってくるようになって。多い時は、週に3回。少ない時は2回ね。大体3時くらい、ランチタイムが終わって一息ついた頃にかかってくるの。パパは、いい暇潰しだよ、大丈夫、忙しい時は出ないから、って言ってるけど、電話に出るのはパパだけじゃないし、やっぱり気持ち悪いし……警察に言おうって言ってはみたものの、警察は好きじゃないって。」
「同感だ。俺たちも警察は好きじゃない。」
「しかし、この対応されてるのに、まだかけてくるのか。相手も相当だぞ。俺だったらとっくにブチ切れてるぜ。」
「ランチタイムを避ける辺り、人に気を遣うタイプの犯人かもしれんな。」
「それはそうだけど、しつこいのよ。それで、困ってアレン記者に相談したら、Aチームを紹介してくれた。お金払えば何でもやるからって。お願いAチーム、お金払うから、この犯人捕まえて。」
「金払えば何でもやるって、ひどいなエンジェル、俺たちのことをそんな風に思ってたのか。」
 フェイスマンが嘆いてみせる。
「俺たちって言うか、フェイスのことじゃん?」
 と、いくつめかの桃まんを頬張りながらマードック。むっすり顔のフェイスマンに睨まれる。
「で、フェン、今のところ被害は、この嫌がらせ電話だけなのか?」
 最後の1個を掴みつつコングが問うた。
「そうね、FAXも来てたみたいだけど、注文のFAX以外は即ゴミ箱行きだから、特に被害はないみたい。」
「延々とFAXしてきて感熱紙が切れるってことにはなってないんだね?」
「うん、それはない。1枚の紙にびっちり文句を書いてくる感じ。あと、お金の要求っぽい内容もあったみたいだけど、パパが捨てちゃったりして、現物は残ってないわ。」
「感熱紙の巻紙が切れるまで延々長いFAXを送ってくるってのが昨今の嫌がらせのパターンなんだけど、そこには思い至らなかったのかもね。もしくは、FAXを使い慣れていない中高年か。」
 昨今の嫌がらせ事情に詳しいフェイスマンが推理する。
「それで、受けてくれるの? 依頼。もちろん謝礼は払うよ。」
「ああ、相手は高々小悪党だろう。朝飯前だ。この依頼、受けようじゃないか。」
 ハンニバルは、空になった皿に伸ばした手をフェイスマンに叩かれつつそう言った。


 翌日、広東飯店の事務室に何やら大掛かりな機械類を持ち込むコング。電話の周りにテキパキとセッティングしていく。
「できたぜハンニバル、これで電話がかかってくれば盗聴ばっちりだ。完璧な逆探知は無理だが、大体どのエリアからかけてきているかはわかる。」
 そこに、ランチタイム終わりで少々疲れた店主の鄭さんが、フェンに無理やり引っ張られてやって来た。
「よし、じゃあ鄭さん、スタンバイお願いします。」
「えええ? それで、私は何をするの? フェンじゃダメなの?」
「普通に電話に出てくれ。なるべく、話を引き延ばして。」
「ほうほう、引き延ばすね、OKわかった。でもさっさと切り上げないと、桃まんの注文が入るかも。テレファクシミリ、電話中は受け取れないから、ビジネスチャンスを逃すの嫌ね。」
「でもやってくれ。こっちも、できるだけ早く逆探知できるようにするから。」
「仕方ないね。脅迫された覚えはないんだけど、フェンの頼みだからね。よっこら。」
 と、電話の前に腰かける鄭さん。

「そろそろ3時だよ。」
 マードックが言うや否や鳴り出す電話機。急いでヘッドフォンを装着したハンニバルが、鄭に向かって「出てくれ」とサイレントで言う。頷いて受話器を取る鄭さん。
「はい、広東飯店です。(ハンニバルに向かって頷く)……ほうほう、左様ですか。うん、桃まんを買うといいよ。……ほうほう、違うとな? ……うん、野球を見るなら、桃まん買って行くといいよ。(5分経過)……ほうほう、それはいいね! いい案だね、ぜひ引っ越してくるといい。桃農家が怒ってるって? 大丈夫、農家に親類はいないよ、他人様に怒られても怖くないね。ほうほう(10分経過)……FAX番号は……え? 番号を覚えちゃった? それはいいね、いつでもすぐに桃まん注文できるね。(15分経過)ぜひ今度、田舎の親戚にも送ってあげなさいよ、冷凍もあるよ。ううん、電子レンジはダメね。硬くなる。ここはぜひ蒸し器で15分蒸して……あれ切れちゃったよ。……これでいい?」
「ばっちりだ、鄭さん。フェイスマン、この番号の地域を調べろ。」
「はいはい、ええっと。」
 電話帳と地図帳をパラパラ捲るフェイスマン。程なく、マーカーで印をつけた地図帳をみんなに見せる。
「発信源は、この地域。……近いな、チャイナタウンの裏の商店街だ。」


 夕方、逆探知でわかった電話の発信地域へと繰り出すAチーム。紺色のバンを路駐して降り立った先は、小さな個人商店ばかり数十件並んでいる地元の商店街だ。チャイナタウンからは徒歩で5分も離れていない。
「これ、1軒1軒回るの? 数、多くない?」
 マードックが道の両脇に立ち並ぶ商店を見回して言った。
「多いってったって数十軒だろう。その中で、広東飯店を脅迫する理由のある奴を探せばいいんだ。大した量じゃない。おっ、あそこに案内図があるぞ。」
 ハンニバルが、商店街の入口に設置されたブリキの案内図へとスタスタ歩いていく。
「けどよ、広東飯店て、何のネタで脅迫されてたんだ?」
「……うーん、今ひとつハッキリはしないんだけど、『桃まんが偽物だ!』って叫んでいたから、そういうことなんじゃない?」
 ハンニバルに着いていきながら、話し合うマードックとコング。
「桃まんが偽物……ってことは、広東飯店の桃まんをパクりだと思っているお菓子屋とか?」
「あり得るな。それか、桃まんを名乗るのに桃が入っていないことを怒っている桃好きか。適当に難癖つけて小銭を毟り取ろうとしてるチンピラか。」
「どれもありそう。」
「よし、手分けしてそれらしい店を探そう。コングとモンキーは右の通り、あたしとフェイスは左側の通りの店を当たろう。」
 そして、二手に分かれて出発したAチームであった。

 3時間後、日もとっぷり暮れた頃、目下のアジトであるフェンが用意してくれた中華アパートメントの1室に戻ってきたAチーム。
「いや、難航しますな。」
 そう言ってソファにどっかりと腰を下ろすハンニバル。
「ああ、聞き込みした店の人たちは、みんな善良そうで、広東飯店に恨みがあるようにはとても見えねえ。って言うか、桃まんじゅうを知ってる人すらいなかったぜ。一応、新聞に載ったのに。」
 ハンニバルの隣に座り込んだコングがそう言った。3人掛けのソファは、2人の重さで軋んでいる。
「お肉屋さんの揚げ立てコロッケ、美味しかったよね。」
 捜査にかこつけて、ぶらり町歩きを楽しんだマードック。
「わかってはいたけどさ、いくら場所が近いって言ったって、普通のアメリカ人は、チャイナタウンで何が起きようと興味はないんだよ、ある種、治外法権だからね。」
 訳知り顔のフェイスマンが、溜息交じりに言う。
「確かにな。しかし、そうなると犯人はチャイナタウンの人間かもしれん。チャイナタウンからここまでは、裏道で行けば2分もかからん。かえって電話の発信場所が特定されるかもしれないぞ。」
「どういうことだ、ハンニバル?」
「電話ボックスだ。道の脇に1つだけ電話ボックスがあっただろう。犯人は、チャイナタウンからやって来て、あの商店街の電話ボックスから脅迫電話をかけた、っていうのが、ありそうな話じゃないか?」
「確かに、ありそうな話だね。」
「よし、明日から、電話ボックスを張り込むとしよう。」


 翌日、午後3時前。商店街の電話ボックスが見えるパブの一角で、ハンニバルはビールを決めている。コングはジョッキで牛乳を飲んでいる。ハンニバルの手には、大型のトランシーバー。500メートル離れて使える最新型のやつだ。
「フェイス、聞こえるか?」
『聞こえるよー。』
 広東飯店の事務室でスタンバイするフェイスマンがトランシーバーに向かって答える。
「怪しい奴が来て通話を始めたら連絡するから、スタンバイしておいてくれ。」
『オッケー。そっちで誰かが電話かけた時にこっちにかかってくれば、そいつが犯人ってことだもんね、了解!』

 ビール(コングはミルク)飲み飲み待つこと30分。スタスタと電話ボックスに近づく1人のアジア系の青年。辺りをキョロキョロ見回すと、サッとボックスに入り、電話の上にコインを積み上げ始めた。長電話する気満々の構えだ。受話器を取り、番号を回す。
「ダメだ、角度が悪くて番号が見えないぜ。」
 双眼鏡で男の背中越しに手元を狙っていたコングが、双眼鏡を下ろして忌々しそうに呻いた。
「まあいい、広東飯店に電話がかかってるかどうかは、フェイスに聞けばわかること。フェイス、今怪しい男が電話をかけてるんだが、そっち電話来てるか?」
『いや、かかってない。』
 トランシーバー越しにフェイスマンが答える。
「かかってない? てことは、あいつはハズレか。」
 と、ハンニバル。
「犯人じゃねえのか。ケッ、なら早く退きやがれ。犯人が来た時に入れねえじゃねえか。」
「いや、彼にも用事があるんだろう。ちょっと待ってみよう。」
 と、待つこと5分。
「話、終わらねえな。」
「そうだな、ちょっと行って並んでる振りして圧かけとくか。」
 2人は、よっこいしょ、とパブのスツールを下りて、電話ボックスへと近寄る。電話ボックスの男は、近寄る2人に気づかず、何かエキサイトして喋り続けている。近寄ると、暑いから薄く開けているドアから、話す男の声が聞こえてくる。
「だーかーらー! もっとこう……あるだろう、わかんない人だなあ! ……確かにそうだけど、もう! 誠意の見せ方と言ったら、古今東西決まっているだろう!」
「揉めてるようだな。」
 と、ハンニバル。
「随分興奮してる感じだぜ。」
 男は、2人には一瞥もくれることなく喚き続けている。
「そうじゃないって! あーもう何でわかんないんだよ! そもそも、お宅のところの桃まんは桃入ってないでしょうが! え? レシピは秘密? いいよ、だからレシピは聞いてないって……。だから作らない、作らないって! 桃まんを作りたくって電話してるわけじゃないんだ、俺はとにかく誠意を……。」
 「桃まん」の言葉に、顔を見合わせるハンニバルとコング。ハンニバルはトランシーバーを取り出した。

 その頃、広東飯店の事務室に待機するフェイスマンとフェン・テイ。手元のトランシーバーが鳴り出す。
「はい、こちらフェイスマン。」
『フェイス、そっち電話かかってないか?』
「かかってないよ。え? 桃まんの話してる男がいるって? ……うん、じゃ、この店の他にも脅迫されてる人がいるってこと?」
「あっ、それ陳さんだわ。」
 フェイスマンの言葉に、気がついたようにフェンが言った。
「陳さん? ああ、一緒に新聞に載った店の?」
「そう。陳ズ香港の陳さん。でも、陳さんにも脅迫電話かかってない? って聞いたけど、何度聞いても、そんな電話はかかってないよ、ファンはちょっと増えたけどね、って言ってたのに。……あ、でも陳さんなら、あるかも。」
 フェンが何かに気がついた。
「陳さん、ニックネームが『ニブ陳』っていうの。比喩とか、厭味とか、とにかく、ちょっとでも含みのある話がわからないから、ニブい陳さんでニブ陳。本当にわからないのか、振りだけなのかは謎だけど。」
 フェイスマンは、あー、と声を出した。何かを察したらしい。
「ハンニバル、ちょっと待ってね! フェン、その陳さんのとこに案内して! 早く!」
「ええ。」
 2人は駆け出した。

 陳ズ香港は、広東飯店の目の前にある。店に入ると、店員に会釈をして奥の社長室へと走り込む。社長のニブ陳は、ぴったりとした七三分けヘアと福々しいお顔で、大きいデスクに足を上げて電話をしていた。
「……それは教えられないよ〜。うちのカスタードは特別だから、うふふ、おや、フェン、どうしたんだい? お父さんのお使いかい?」
 フェイスマンは、陳さんの手からガッ! と受話器を奪い、耳に当てる。そして、トランシーバーに向かってこう言った。
「ハンニバル、当たりだ!」
 その瞬間、コングが電話ボックスに躍り込んだ。そして、あっさりと脅迫事件の犯人を確保したのであった。

 数分後、広東飯店の2階に集まったAチーム、鄭親子、それから陳ズ香港オーナーの陳さん、そして犯人。後ろ手に縛られ、一同に囲まれてしょんぼりと項垂れる犯人。
「フェン、この男は知ってる?」
「知ってるわ。ダニエル・ウー。近所の八百屋の息子。」
 フェンが、そう言って男の尻を蹴飛ばした。ゴロンと転がるダニエル・ウー。
「ダニエル、君はなぜ、鄭さんと陳さんに脅迫電話を繰り返していたんだ?」
「……悔しかったから。ちょっと新聞に載ったせいで、広東飯店と陳ズ香港だけ儲かって、幼馴染のフェンの羽振りがよくなっていくのを見てると腹が立ったから。……うちだって八百屋だから、桃を売ってるのに。むしろうちの桃こそが本物の桃なのに、うちの桃だって1個1ドルの破格値で提供してるのに。偽物の桃ばっかり持て囃されて、納得が行かなかったから。」
「だからって、脅迫することはねえだろう。」
 コングが、そう言って、転がったダニエルを助け起こした。
「ごめんなさい……。フェン、おじさん、俺のこと警察に突き出すの?」
 ダニエルは、情けない目でフェンを見上げた。
「まあ待て。警察沙汰にする気はないんだ。鄭さん、陳さん、こいつをどうする?」
 話を振られた2人の経営者は、顔を見合わせた。
「特に何も。」
 と、ほうほうの鄭。
「儂も。そもそも、本当に脅迫していたの? 気がつかなかったよ。なあ、鄭さん。」
 と、ニブ陳。
「えっ、お父さんたち、何言ってるの?」
 フェンが驚いて言った。
「だから、何もしないと言っておる。呉(ウー)のところの息子が、儂らに本気で悪さをするわけがないじゃないか。何もされていないんだから、こちらも何もしない。」
「ただ、呉とは、ちょっと話をさせてもらうがね。」
 鄭と陳は、そう言って頷き合った。
「スミスさん、ここはアメリカではあるが、儂らの土地だ。ここにはここのルールがある。それでいいということにしてくれんか。フェンも、それでいいね?」
「……わかった。そういうことなら、それでいい。」
 鄭さんの口調に、チャイナタウンの問題に、これ以上立ち入ってくれるな、というメッセージを読み取ったハンニバルは、素直に引き下がった。


 後日、Aチームの許に、報酬として、思っていたよりだいぶ少ない現金と、「こういうのも売り始めました。1パック5ドル。パッキング作業をしているのはダニエルです(無給)」というフェンのメッセージと共に、広東飯店の白桃まんじゅう、陳ズ香港の黄桃まんじゅう、そして呉青果店の生の桃が小洒落た詰め合わせになった箱が100個送られてきた。
「1ドルの商品が3個で5ドル。計算合わなくない?」
 ごそごそと中身を取り出すマードック。
「こんなペラペラの紙の箱が2ドルか。ぼったくりじゃねえか?」
 コングが空き箱を拾い上げて言った。
「でも売れそうだよ、これ。だって、どの店に行っても同じものが買えるなら、2軒ハシゴして並ぶ必要ないし、呉青果店にも儲けが入る。でもこれ、生の桃だけ先に食べないと、腐るんじゃない? 行ける? 桃100個。」
 フェイスマンの言葉に、急いでパックを開け始める3人。かくして、チャイナタウンの桃まんじゅう脅迫事件は幕を閉じたのであった。
【おしまい】
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