困った時はゾウのポーズ
鈴樹 瑞穂
「なあ、まだやるのか、それ。見てるだけで寒いんだけど。」
 フェイスマンが鼻に皺を寄せて物申す。
「やってる分には寒くねえぜ。」
 右から左に流すコング。上半身は裸、下半身は膝丈の迷彩ジャージを穿いているが、膝から下は剥き出しで靴下も靴も履いていない。露出部分の肌はツヤツヤと輝きを放っている。
「いいぜいいぜ、すっごく強そう。」
 ハンディカメラを構えるマードックに言われて、コングはぐっと腰を落として、鞭状の長剣、ウルミを手にポーズを取った。
 クリスマス寒波が到来する中、部屋の中は暖かいが外は極寒、窓ガラスは白く曇っている。
 サッカーの試合でどのチームが勝つか、みんなで賭けをしたのがつい先週。結果、1人勝ちしたマードックに、ハンニバルとフェイスマンは約束通り1ドル払った。だが、コングだけは出した1ドルを返されたばかりか、ハンニバルたちの2ドルまで手渡され、「これで俺っちのチャンネルに出演してくれ」と依頼されたのだ。
 マードックは最近、『クレイジーモンキーのクレイジーフライト』なるチャンネルで動画配信を始めた。延々とピザを食べる動画に始まり、超絶技巧のドローン操縦で一気にコアなファンがついた。次はその視聴者を離さず、さらに新規層を取り込むべく、コングによるカラリパヤットレッスンを撮ろうというわけである。
 なお、どういうわけかマードックは「カラリパヤット」を「パラリカヤット」と呼んでおり、そのさりげない攪乱にフェイスマンもハンニバルも、コングですらもどちらが正しいのかわからなくなってきている。
「一緒にやるか?」
 ニヤリとコングに笑いかけられ、フェイスマンは勢いよく首を横に振った。
「ハハッ、無理無理。俺はどっちかって言うとヨガの方が……って、何か香ばしい匂いがすると思ったら、キッチンから胡麻油持ち出したのお前たちか!」
「ライオンのポーズ。」
「誤魔化してもダメ! あああ、高級な純正胡麻油だったのにっ。」
「ゾウのポーズ。」
「ああっ、もうっ。どこに隠した……ここか!」
 ファイスマンがテーブルの下にさりげなく隠されていた胡麻油の壜を回収したところに、ハンニバルが帰ってきた。
「賑やかだな。」
「お帰り、大佐。依頼人には接触できた?」
「ああ、問題ない。これは土産だ。」
 そう言ってハンニバルが上着のポケットから取り出したのは1本の壜であった。
「これは……太○胡麻油じゃないか!」
「まあ、その、何だ、焙煎していない胡麻を搾った油だな。依頼人から貰ったんだ。」
 こほんと咳払いしたハンニバルに、わらわらと集まってきたAチームの面々は壜を回覧しつつ、ためつすがめつ観察し始めた。


 『ジョン・スミスの迷える子羊相談所』――それはひっそりと営まれている動画配信チャンネルである。神父服に身を包んだアオリイカのパペット、ジョン・スミスと、チンアナゴのチンさんアナさんゴウさんトリオが緩いコントを繰り広げる動画が延々と流されている。チャンネル登録者数は1桁台。だが、そのチャンネルのコメント欄こそが特○野郎Aチームへ仕事を依頼するコンタクト方法であるということは、ごく一部の迷える子羊にしか知らされていない。
 さて、今回コメント欄を通じて依頼してきたのは、とある町で小さな工場を営むゴマンザさん。代々続く胡麻油工場の3代目であった。聞けば、昨今のヘルシーブームで、荏胡麻油やオリーブオイル、アマニ油の需要が高まる一方、昔ながらの胡麻油は消費者離れが進み、売り上げが落ちているのだと言う。工場の看板製品は○白胡麻油――もとい、焙煎していない生の胡麻を搾って作る生胡麻油。クセや匂いがなく、色味も無色透明で商品自体の品質には自信があるが、いかんせん、とても発音しにくい。だからというわけではないだろうが、なかなか発注してもらえない。
 早速ゴマンザさんの工場にやって来たAチーム一行は、ゴマンザさんの案内の下、生産ラインと直売場を見学し、事務所に戻った。会議スペースの机の上には生胡麻油。正面のモニタにはオンラインショップが表示されている。
「確かにモノは悪くねえな。」
 コング(着替えた)が生胡麻油の壜を手に取って言う。味見をしながらフェイスマンも頷いた。
「匂いも少ない。ドレッシングとかお菓子作りに使うのも悪くないね。」
「それならオリーブオイルやバターの方が手に入りやすくて認知度も高いな。」
 ハンニバルが重々しく腕を組み、マードックはあっさりばっさり言い切った。
「何て言うかさ、全体に地味なんだよ。パッケージもオンラインショップも、おまけに売り文句も。」
「パッケージはずっと昔からコレで、オンラインショップはこの町のパソコン教室の先生に作ってもらいました。売り文句は……私が考えたんですけどねえ。」
 容赦ないダメ出しにゴマンザさんはがっくりと肩を落としている。その肩をハンニバルがポンと叩く。
「まあ、そう気を落としなさんな。とにかくできることからやってみようじゃないか。」
「そうだ、思いついた! これ、アレに使うのにいいんじゃないの?」
 フェイスマンが振り返ると、マードックとコングが頷いた。


《Aチームのテーマ曲、始まる。》
 タブレット上でパッケージデザインをあれこれ試行錯誤するフェイスマンとマードック。オンラインショップのユーザインタフェースを置き換えていくコング。ハンニバルは紙にペンを走らせ、丸めては投げ捨て、腕を組み考え、またペンを走らせる。
 工場のラインを流れる新パッケージの壜。出来上がった壜の写真を撮るハンニバル、照明係のフェイスマン。
 白いフリルのエプロンをつけたフェイスマンがシフォンケーキを作っていく。サラダ油の壜を押しやり、胡麻油の壜を取り上げてボウルに投入。焼き上がったケーキの皿を手に、一口試食したマードックが、ガツガツと残りを口に放り込む。
 上半身裸で膝丈の迷彩ジャージを穿き、胡麻油の壜を手に乗せてヘビのポーズを取るコング。つやつやとその二の腕は輝いている。動画を編集し、親指を立てるマードック。
《Aチームのテーマ曲、終わる。》


 『クレイジーモンキーのクレイジーフライト』に新着動画がアップされた。しかも3本も。
 1本目は「美味しくてヘルシー! とってもカンタン!! 生胡麻油のシフォンケーキ作ってみた!!!」
 2本目は「早口言葉言えるかな! なまむぎなまごめなまごまあぶら!!」
 そして3本目が「レッツトライ! カラリパヤット!! −ウエスト○センチ減りました−」
 1本目の動画の中で料理に使われているのは、もちろんゴマンザブランドの生胡麻油(新パッケージ)で、2本目の動画でもサブリミナル広告かというほどカットが多用されている。さらに3本目の動画でカラリパヤットを行う際のボディオイルとしてゴマンザブランドのカラリパヤット専用油(普段の髪や体のお手入れにもお薦め)が紹介されていた。動画の概要ページには、ゴマンザオンラインショップへのリンクが張られている。
「動画がアップされた途端にどんどん注文が来ています。」
 ゴマンザさんは嬉しい悲鳴を上げていた。
「よかったじゃないか。」
 満足そうに頷くハンニバル。
「ただ1つ問題が……。」
 言いにくそうなゴマンザさんに、フェイスマンが尋ねる。
「何でしょう?」
「この専用油のパッケージなんですが……。」
 渡された壜を受け取って、しげしげと眺めたコングと覗き込んだマードックが、同時に目を丸くした。
「あっ……。」
「やっちまった……。」
 パッケージにはくっきりと記載されていた。
『パラリカヤット専用油』
 コングとマードックは顔を見合わせ、おもむろにゾウのポーズを取ったのだった。
【おしまい】
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