特級(呪物)野郎Aチーム 呪いの人形を説得するの巻
フル川 四万
〜1〜

 ニューヨーク州はナイアック。ハドソン川を見下ろす静かな住宅街を、ご機嫌なフェイスマンは鼻歌混じりで歩いている。買い出しの途中だが、ちょっと散歩がしたくて近所をブラついているのだ。今年最後の依頼は先週終わり、例によって年越し用の住居も確保した。親切かつ多忙な前回の依頼人によってAチームにあてがわれた住宅は、この町の外れのベッドルーム7つの豪邸、久し振りにハンニバルの鼾に悩まされず、マードックの寝言や徘徊(夢遊病とも言う)に惑わされず、それらに怒ったコングの怒鳴り声に妨害されずに眠れる日々がやって来たのだ。思えばここ数か月の睡眠状況は酷かった。南米のジャングルで、麻薬組織のリーダーを追いかけて3週間、鬱蒼として陽の入らないぬかるんだ行路に、毒ヘビや噛む系統の虫(名前は知らない。フェイスマン基準では大きすぎたり柄が悪趣味だったり、脚が多すぎるやつ)に悩まされながら寝袋とハンモックで過ごして虫刺されだらけになった後は、サンノゼの美術館で、窃盗団を罠にかけるべく、美術館大ホールの奥の倉庫で1週間、前衛的な彫刻や何が描いてあるか素人にはわからない絵画の間で雑魚寝して、鼾と寝言と徘徊と怒声で不眠になった上、腰を痛めた。そんな過酷な労働の日々を終えての個室とフカフカベッドの今なのだ、鼻歌も出ようってもの。
 前回の依頼人だったノラ・スペーシーは、新進気鋭のキュレーター。その言葉には全く馴染みのないフェイスマンだったが、要するに美術展の企画とかパンフ作りとかをやる人らしい。企画した展覧会が当たるかどうかで収入は変わるようで、ノラの企画した美術展は、ここ10年、当たりまくっていて、とても羽振りがいい。その順風満帆だった彼女の最新の展覧会『贋作の世界〜あなたは見分けられるか?〜』に降って湧いた窃盗予告。本物と贋作を並べて展示する展覧会で、「俺たちは本物だけを盗み出してみせるぜ!」とイキった泥棒を見張ること1週間、ノコノコやって来た彼らは、本物と偽物を見分ける間もなくAチームに確保されて御用となった。そして彼女は、彼らにお礼と謝礼と住むところを与えつつ、休む暇なく次の展覧会用の調査のためにパリへと去った。その間の彼女の自宅の留守番が、Aチームに課された目下の使命であった。


 気持ちのいい冬晴れの街、道沿いの家には、クリスマスの飾りつけをしているところも少なくない。と、真っ直ぐな上り坂の途中に1軒の教会が見えてきた。礼拝堂に続く階段では、何やらフリーマーケットが行われているようで、家具や雑貨が所狭しと並べられている。その中央では、白髪の神父が1人、呆けたように座り込んでいた。
「こんにちは、このバザーはチャリティー?」
 フェイスマンが、にこやかに問いかけた。
「……チャリティ? ……ああ、そう言っても構わない。ある意味、人助けでもあるからな。」
 神父は疲れた口調でそう答えた。年末の大掃除で疲れているのか。
「ちょっと見せてもらっていい? 実は、ガールフレンドへのクリスマスプレゼントを探してて。」
「クリスマス? ああそうか、そうだな、そんな時期だ。」
 神父は俯いたままでそう返した。12月に入って、クリスマスを“そんな時期”と言ってしまう、その神父の異様さに気づかず、フェイスマンは続ける。
「うん、彼女、ハイセンスなコでさ、展覧会のキュレーターしてるんだけど、そういうコにはさ、ブランド品やジュエリーよりアンティークがいいかなって。」
 最近覚えた言葉を早速使ってみる。何せノラ、美人だわ金持ちだわ、それに親切だわ、フェイスマン的には、是非今後もおつき合い願いたいと思っているのだ。ここでクリプレの一つでも決めて、もう一歩距離を縮めておきたい。
「そういうことなら見ていってくれ。ここにあるのは、とある富豪が引っ越しの際に、うちの教会に寄付していったものだ。私には値段がわからんので格安にしているが、きっといいものなんだろうさ。」
 言葉尻にそこはかとない投げやり感を感じつつ、フェイスマンは売り物を見て回る。箪笥やスツールは、確かに物はよいが、傷や欠けが目立つ。直せば使えるんだろうけど、直すのも面倒だし、家具は家主の了承を得ずに買うものでもないだろう、もう少し小さい物はないかな、ジュエリーか何か。鎖が切れたカメオのネックレス、これは老婦人向けだ、イマイチ。ひびの入った鏡は、縁起でもない。真剣にプレゼントに相応しい物品を探すフェイスマン。そして、1体の人形に目を止めた。ビスクドールだ。顔の質感からして、年代物のように見える。身長は2フィートくらい、顔は滑らかで、翠の目にブロンド。少し開いた口から、小さな歯が覗いている。しかし、本来美しい巻き毛だったはずの金髪は短く刈られ、着ている青いサッカーのユニフォームから、精巧にできた球体関節が丸見えだ。
「これ、変わってるね、男の子なの?」
「……そいつに目をつけたか。あんた、なかなかの目利きのようだな。」
 神父はニヤリと笑った。
「それは、フランス製のアンティークだ。市場で買えば……いくらするのかな、ちょっと私には想像がつかないが、何せ、最初に持っていたお嬢さんがお転婆でね。この子はサッカー選手にすると言って、髪を切ってしまったそうだ。」
「へえ。で、これいくらなの?」
「値段なんかつかないだろう。タダで持っていっていいよ。」
「え、でもそれじゃチャリティにならないだろ?」
「そうさな、じゃ、1ドルだけ貰おうか。」
「安っ。はい1ドル!」
 フェイスマンは慌ててポケットから硬貨を取り出すと、神父の手に握らせた。どう考えても、この神父はビスクドールの価値がわかっていない。フランス製って言ったら、何千ドルもするんだぞ。だったら下手なこと言わずに、気が変わる前に買ってしまおうと思ったのだ。なに、髪の毛なんかウィッグでどうにでもなるし、服だって買えばいい。むしろその方が、世界に1体しかない人形になって、ノラには喜ばれそうだし。
「……てくれてありがとうよ。」
「こちらこそありがとう、じゃ、行くね。」
 フェイスマンは颯爽と教会を後にした。
「ふぅ、やっとアイツが去ってくれたか。助けてくれてありがとう。幸運を祈るよ、お若いの。」
 残された神父は、そう言うと、フェイスの後ろ姿を、手を振って見送った。


〜2〜

 1時間後、買い物を済ませて帰宅したフェイスマン。
「ただいまー!」
「おう、早かったじゃねえか。牛乳は忘れずに買ってきたんだろうな? うん? 何だその背中に背負ってる人形は。」
 庭木の手入れの手を止めてコングが問うた。ノラの邸宅の周りの植木や生け垣は、手を入れる暇がなかったらしく伸び放題で、庭師を買って出たコングが、もりもりザクザク剪定中。結果として、寂しいくらいにこざっぱりとした庭が出来上がりつつあった。
「これ? ビスクドール。ノラへのプレゼントにしようと思ってさ。リデッカー通りの教会のバザーで買ったんだ。」
 と、両手の買い物袋を玄関先に下ろしたフェイスマンが、背中に背負っていたドールをコングの方に差し出した。
「人形だってのは見りゃわかるけどよ、何でサッカーのユニフォームに坊ちゃん刈りなんだ? ビスクドールってのは女の子のオモチャじゃねえのか?」
「そこはまあ、すぐ着替えさせるし、髪も変えるから大丈夫だって。服もウィッグも買ってきたし。それよりコング、荷物中に入れるの手伝ってよ、重いんだよ、牛乳5ガロンは。」
「おう、済まねえな。」
 2人は買い物袋を提げて家に入っていった。


 その日の夜。だだっ広いリビングルームで、思い思いに寛ぐハンニバル、コング、マードック。ハンニバルは、ソファでテレビのニュースを眺め、マードックは居間の中心に据えてあるグランドピアノの蓋の上でヨガのポーズ。コングは、テラスに出てダンベルで上腕二頭筋を鍛えている、実に穏やかな夜。と、そこに、得意げにやって来たフェイスマン。手には、あの人形を持っている。
「ねえ、見てよ、アナベラにウィッグつけてドレス着せたら、結構お上品な子に見えない?」
 と、ピンクのドレスを着て巻き毛のヅラを被った人形を見せる。
「アナベラ? ああ、さっきの人形か。名前があったのか。」
「いや、俺がつけた。この子見てたら、ふとアナベラって浮かんだんだよね。いい名前だろ?」
「名前はいいとして、確かに格好はビスクドールらしくなってるな。」
 と、ハンニバル。
「それ、ノラへのプレゼントだっけ? オイラはサッカー選手のコスプレの方がインパクトあると思うけど。」
「レディへのプレゼントに、その手のインパクトは、いらなくない? いいだろ、このドレス。子供服の店で600ドルもしたんだぜ。ウィッグは100ドル。どっちもちょっと大きいけど、大きめの方が長く着れるって言うしね。ね?」
 と、フェイスマン。ね、と人形(アナベラ)に語りかける。
「そりゃ本物の子供服の話だろ。そいつは育たねえから、常にジャストサイズでいいんじゃねえか?」
 筋トレを終えたコングが汗を拭き拭きテラスから室内に戻ってきて言った。
「放っといてよ、気に入ってるんだから。じゃあ、今夜はこのソファに座らせてもらおうかな。ほら、おじちゃんにご挨拶なさい。」
 と、ハンニバルの横に人形を座らせる。可愛く見えるように、スカートをふぁさっと広げて。
「フェイス、何か、人形のお父さんみたいになってて、ちょっとキモいよ?」
 マードックが言う。
「お父さん? はは、そうかもね。しょうがないじゃん、だって、アナベラ、可愛いんだから。可愛いは正義でしょ? ねー。」
 首を傾げて人形と見つめ合うフェイスマン。
「……寝るか。」
 一瞬の間の後、ハンニバルが言った。
「おう。」
「そうだね、おやすみー。」
 マードックとコングもそれに続く。アナベラの髪を撫でるフェイスマンの笑顔に、何だか不穏なものを感じ、そそくさと解散するAチームであった。


 その日の深夜2時。
 喉が渇いたコングが、牛乳を飲もうとキッチンに下りた。ふとリビングに目をやると、誰もいないはずのリビングから青白い光が漏れている。
「何だ?」
 コングがそっとドアを開けると、点けっ放しのテレビが煌々と光っていた。画面には、サッカー中継が結構な音量で流れている。誰もいないソファでは、あの人形が1人、心なしか前のめりな姿勢で座っていた。まるでテレビに見入るように。
「フェイスの奴、消し忘れたんだな。お嬢ちゃんも、もう寝る時間だ。」
 そう言ってテレビを消すと、コングは人形の頭をぽんぽんと叩いた。
「痛っ!」
 コングがそう言って、人形から手を離した。指先から血が出ている。
「何だ?」
 人形をまじまじと見るコング。よく見ると、人形の小さな口には、尖った犬歯がついていた。
「これに引っかかったのか。よせやい、人形が噛んだかと思ったぜ……あり得ないよな、そんなこと。」
 コングは、自分に言い聞かせるように一人ごちて寝室に戻っていった。


 翌朝。年のせいか気持ち早起きなハンニバルが、リビングのソファで新聞を読んでいる。
「おはようハンニバル、今朝は随分早いんだね。」
 と、続いて起きてきたフェイスマン。
「おはようフェイス。テレビ点けっ放しだったぞ。」
「え? 俺、寝る前に消したはずだけど。」
 と、そこにコング登場。
「おうフェイス、夕べテレビ点けっ放しだったから消しておいたぜ。」
「え? だから消したって。ハンニバルが消したんじゃないの?」
「消したのは俺だ、夕べの2時か3時頃、サッカー中継が点きっ放しだったから、消して寝たんだ。」
「うん? あたしが居間に下りてきた時には、テレビ点いてたぞ? だから消したんだが、コングも消し忘れたんじゃないのか?」
 ハンニバルが怪訝な顔で老眼鏡をずらし、コングに問うた。
「そんなはずはねえよ、結構うるさかったからな、安眠妨害にならねえように確かに消して寝た。」
「てことは、テレビの故障?」
「もしくは、テレビを見たかったアナベラが点けたとか? おはよう、皆の者。」
 と、急に割り込んでくるマードック。一瞬、人形が小さな手でテレビのリモコンを操作している様を全員が想像した。
「……なわけねえだろ。故障だな、後で見てみよう。」
 と、言いつつ、コングがテレビのリモコンを、自分の背丈より高い飾り棚の上に置いた。
「べ、別に、人形の仕業だって思ってるわけじゃねえからな! 念のためだ!」


 さらに翌朝。それぞれが気になって、午前6時にはリビングに集合してしまうAチームである。現在、休暇中の身ゆえ、暇でしょうがないという事情もある。
「何ですかね、この惨状は。」
 と、ハンニバル。見れば、リビングのソファとテレビの位置は歪み、コーヒーテーブルのテーブルセンターは吹っ飛び、カーテンは一部外れている。
「泥棒に入られた……のか?」
「いや、泥棒なら、警報が鳴るだろう。セキュリティは、ちゃんとかかっている。侵入された形跡もないしな。」
 セキュリティのコントロールボードを確認してハンニバルが言った。
「うわあ、絨毯まで捲れちゃってる、これ、絶対侵入者だよ。」
「アナベラはっ!?」
 フェイスマンが気がついたように叫んだ。
「アナベラは無事!?」
 その言葉に、リビングを探し回るAチーム。
「いたぞ!」
 ハンニバルの指差す方を一斉に見る3人。そこには、うつ伏せに倒れるアナベラの姿が。
「アナベラッ!」
 駆け寄るフェイスマン。急いでその小さな体を抱き上げた……が、そこにあったのは、金髪巻き毛のウィッグと、脱ぎ捨てられたドレスだけ。アナベラの本体は、どこにもいない。
「アナベラ、一体どこに行ったんだ……。」
 膝からくずおれるフェイスマン。と、そこに……。
「いたぜ。」
 冷静なコングの声。コングは、高い飾り棚の上から、ヒョイっと人形を取り上げた。そこには、ウィッグとドレスを剥ぎ取られた裸の人形が1体。
「え、何でこんなところに?」
「わからねえが、もしかしたらテレビのコントローラーが欲しかったんじゃねえか? いや、おかしなことを言ってんのは重々承知してるが、昨日の出来事を鑑みると、そう考えるのが妥当じゃねえかと……。」
「コントローラーは?」
「飾り棚の前に落ちてるよ。コントローラーを取ろうと飾り棚に登ったはいいけど、コントローラーを落として、自分が下りられなくなったんじゃない?」
 と、マードック。
「鈍臭い猫かよ。」
「……ちょっと待てコング、その人形、霊魂が宿ってるとか、そういう話にしようとしてるのか?」
 ハンニバルが呆れてコングを見た。
「いやわかんないよ? 今の科学じゃ死後の世界とか霊魂なんて存在しないってことになってるけど、俺っちの別宅の友達には、幽霊やオバケが見えるって奴は普通にいるぜ? むしろ、見える方見えない方、どっちが正常かって話になるけど。」
「こっちだろ。」
 と、ハンニバル。マードックよ、その別宅の普通を、世間一般の普通と一緒にしてはいけない。
「もういいよ!」
 と、フェイスマンが叫んだ。あまりの悲壮な声に、思わずフェイスマンを見る3人。
「みんな、全然わかってないよ……服まで脱がされて、高いところに上げられて、アナベラがどんなに怖かったか……。」
 そう言ってアナベラを抱き締めるフェイスマン。
「……しばらく寝室で、彼女を落ち着かせてる。邪魔しないでね。」
 フェイスマンはそう言い捨てると、足早にリビングから去っていった。唖然としてフェイスマンを見送る3人。


「はーい! 今、俺たちは、問題に直面していますか?」
 マードックが元気に手を挙げてそう問うた。不思議な問いだが、気持ちはわからんでもない。
「直面している……かもしれんな。本当に人形が勝手に動いてるなら。しかしオカルトは専門外だ。」
 ハンニバルが考え込んだ。困った時の常として、胸ポケットから葉巻を取り出す。
「専門家に相談するべきかもな。」
 と、コング。
「専門家?」
「いや、わからねえが、霊媒師とか、そういう類の。全く心当たりはねえんだが。」
「それに付随して、フェイスが何かおかしくなっちゃってるかもしれない問題、もあるよ。」
 マードックの言葉に、階段の上、フェイスマンの部屋の方を見遣る3人。
「……どっちも難問ですぞ。さて、どうするか……。」
 ハンニバルは、そう言って葉巻を咥えて火を点けた。


〜3〜

 その日の午前中。ハンニバル、コング、マードックは、フェイスマンがアナベラを購入したという教会を探してリデッカー通りを歩いていた。
「お、あったぜ、あれじゃねえか?」
 コングが遠くの屋根に十字架を見つけて指差す。その教会は、鬱蒼と茂る立ち木の中にあった。
「こじんまりした教会だな。行ってみよう。」
 3人は、教会を目指して歩き始めた。
 着いた教会では、もうバザーはやっていないようだった。その代わりに、壊れた家具や椅子が、片隅に纏められて、粗大ゴミの収集を待っている。石段を登って礼拝堂に入ると、白髪の神父が1人、マリア像に向かって跪いて祈っている後ろ姿が見えた。
「こんにちは、ちょっと話を聞かせてほしいんだが。」
 ハンニバルの声掛けに、神父はビクッとして振り返った。
「……これはこれは、気がつきませんでした。……懺悔ですかな?」
「懺悔じゃない、ちょっと話を聞きたいんだ。」
 神父は立ち上がった。
「懺悔ではない、と。では何のご用で? うちは見ての通り、クリスマスの施しもやっていないのに。」
「施しが欲しいわけじゃない。一昨日、この教会でバザーをやっていたと聞いた。」
「やっていましたが、目ぼしい物はもう売れてしまいましたよ。残ったのは、一銭にもならない壊れ物ばかり。」
「うん、それでさ、ここで売ってた人形のことなんだけど。」
「人形?」
 マードックの問いかけに、神父がピクリと反応する。
「ビスクドール。サッカーの服着てるやつ。あれ買ったのうちの身内なんだけど、何か変なことになっちゃって。」
「返品ならお断りだ! いらないなら、そっちで責任持って処分してくれ!」
 神父は、語気強くそう言うと、くるりと背中を向けた。
「どういうことだ?」
「何でもない、とにかく、もうアイツは私とは縁が切れたんだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。困ったなら、売ればいいじゃないか、あの破壊神を。」
 神父は、忌々し気にそう吐き捨てた。
「ちょっと話を聞かせてもらっていいかな?」
 ハンニバルが神父の肩に手をかけた。自分を取り囲む3人の男のそれぞれの威圧感に気おされて、神父は観念したようだ。


 礼拝堂の椅子に座り、神父の話を聞く3人。
「私の名前はメリノ。職業は神父だが、裏の仕事は、エクソシスト。」
「エクソシスト? 映画になった、あれか?」
 コングの言葉に、頷くメリノ神父。
「ああ。悪魔祓いだな。人間や物に憑りついた悪魔を、神の力で祓い、滅ぼす。それが私の仕事だ。」
「で、あの人形は“悪魔つき”だったんだな?」
「その通り。しかも、強力な呪物だった。聖水も、十字架も、祈りの言葉も、何一つ効かないんだ。とにかく、持ち主を思い通りに動かし、言うことを聞かないと、手当たり次第に破壊する。それも、完璧に壊してくれれば思い切りもつくのに、引っ掻き傷だの欠けだの破れだの、お茶のポットを引っ繰り返すとか、修復すればできる範囲の破壊だからタチが悪いんだ。あれの持ち主は、年中修理や掃除に時間を取られて疲弊してしまう。」
「ちょっと可愛いじゃねえか。確かに、小さなビスクドールにできる悪さは、そのくらいだろう。」
「だが、奴に憑りつかれた人間は、どんどん弱って、最後には廃人のようになってしまうんだ。あんたたちも、あれに憑りつかれないうちに、早く処分した方がいい。ただ、捨てても帰ってくるし、燃やしても、いつの間にか元の姿で戻ってくるから、あの子を気に入ってくれる他のオーナーを見つけるしかない。できればサッカー好きなオーナーだな。どういうわけかあの人形、テレビでサッカーを見てる時はおとなしいんだ。私も、疲れ切った前のオーナーから安請け合いして引き取ったが、力及ばず、祓えなかった……私は、自分の無力を実感しているよ。……さ、話はこれで終わりだ、帰ってくれ。健闘を祈るよ。」
 メリノ神父は、そう言って、シッシッと追い払う仕草。なす術もなく、3人は教会を辞したのであった。


 困り果てて帰路に就くAチームの3人。
「どうする、ハンニバル? このままじゃ、憑りつかれかけてるフェイスが危ないじゃん。」
 マードックが言った。
「どうするもこうするも、さすがのあたしも呪物相手に効く作戦なんか、すぐには思い浮かばん。しかし、まだアナベラを買ってから2日、クーリングオフ期間中だろ。強引にあの神父に突き返して、購入自体をなかったことにしてしまえば、何とかなる気がしないか?」
「それだ!」
「おう、その手で行くか。」
 3人は小走りで家に帰った。ハンニバルとマードックが家の玄関に躍り込むと、エプロン姿のフェイスマンがアナベラを抱えて待っていた。
「お帰り、どこ行ってたの。今日のお昼はブイヤベースにしたよ。ほら、フランス料理の方がアナベラの口にも合うかと思って……。」
 最後まで言わせず、マードックがフェイスマンの手からアナベラを奪い取り、外へと駆け出した。
「あっ、何すんの!」
 マードックを追いかけようとするフェイスマンを、ハンニバルがガッチリとホールド。程なくエンジンの音がして、Aチームのバンは発進していった。
「何だよ、ハンニバル、俺のアナベラをどこに連れていったのさ!」
「教会に返しに行くんだ。フェイス、あれは、お前が持ってていい人形じゃない。」
 怒気鋭く食ってかかるフェイスマンに、ハンニバルが諭すように言った。
「教会!? 教会に行ったんだね!」
 フェイスマンは、ハンニバルの腕を無理やり振り解くと、駆け出していった。
「全くもう……しょうがありませんな。」
 ハンニバルも、フェイスマンを追って、渋々駆け出していった。


 走りに走って息も絶え絶えになったハンニバルが教会に着いた時、そこには立ち尽くすコングとマードック、そしてアナベルを抱えたフェイスマンがいた。
「ハンニバル、やられたぜ。」
 コングが言った。
「ちょっと遅かったみたい。神父、トンズラしちゃった。」
 マードックの言葉に、教会に目をやる。教会の入口には、木の板がメチャクチャ頑丈に打ちつけてあり、『悪霊退散』、『返品不可』、『ご愁傷さま』、『あとはよろしく』の張り紙が。そして、粗大ゴミの山でバリケードが築かれていた。バリケードを乗り越えて教会の中を窺ってみたが、神父の姿はない。
「ほらね、アナベラはもう、うちの子だってことだよ。」
 フェイスマンだけが、満足げにそう言って微笑んだ。


〜4〜

 その夜、ダイニングテーブルを囲んで座る4人。隣のリビングでは、アナベラが1人、テレビを見ている。いつの間にかサッカー着と短髪姿に戻っており、テレビではサッカーの試合が流れている。アナベラをおとなしくさせるべく、急遽入ったスポーツ専門のケーブルTVの番組だ。
「……というわけで、あの人形は、いわゆる特級呪物だ。フェイス、俺たちの手に負える代物じゃない。お前があの人形に執着するのも、あの人形の呪いのせいなんだ。」
「いやそんな(数分考え込む)……そうだね、俺もちょっとどうかしてた。でもあれ、そもそもノラへのプレゼント用に買ったものだし、ビスクドールとして普通に綺麗だし……。」
 幾分テンションダウンはしたものの、まだ未練があるフェイスマンの歯切れは悪い。
「ノラだって、呪物貰ったって喜ばねえだろうよ。それに……。」
“ピンポーン”
 コングの言葉を遮るように、玄関のインターフォンが鳴った。
「はーい、今行きまーす。」
 マードックがドアを開けに出る前に、ガチャリと鍵が合いて、誰かが入ってきた。
「ただいまー!」
「ノラ!?」
 重たそうなトランクを引き摺って入ってきたのは、この家のオーナーかつ、Aチームの前の依頼人、キュレーターのノラ・スペーシーであった。金髪のショートヘアに、パンツスーツがよく似合っている美人さんだ。
「お土産買ってきたよ……って、あれ? どうしたのペックさん、そんなに暗い顔しちゃって。」
「それが、ちょっとトラブルがあってな……。」
 と、コング。
「トラブル? ああ、植木が坊主になってる件なら別にいいのよ、放っとけばまた伸びるし。」
 ノラの言葉に軽いショックを受けるコング。心を込めて剪定したのに。
「いや、植木じゃなくてな。」
「何よもう、帰ったばかりなのよ、ちょっと座らせてよ。」
 と言って、リビングへとずんずん進んでいくノラ。まずい、リビングには、アナベラがいる。4人がそう思ってノラを止めようとしたその時。
「あー!」
 リビング見てノラが声を上げた。
「アナベラ・ジョイス! 何これ、何でここにアナベラがいるの!?」
 と、斜め上の驚き方をするノラ。
「あのそれ、俺からのクリスマスプレゼント……て言うか、何でノラ、この子の名前わかったの?」
「そりゃわかるわよ! だってこれ、私がわざわざパリまで探しに行った特級呪物だもん!」
「何だって!?」
「何だと!?」
「何それ!?」
「……えっと、ノラ、それどういうこと?」
 意外なことを言ってきたノラに詰め寄る4人。
「私の方こそ、何でみんなが、破壊神って言われてるレアな呪物持ってるのか、それが不思議なんだけど……。えっと、とりあえず座っていい?」
 ノラは、そう言うと、アナベラを避けてソファの真ん中にどっかと腰を下ろした。Aチームも、彼女を囲んで座る。
「私の次の展覧会、呪物がテーマだって話はしたっけ?」
「いや、聞いてない。」
「じゃあ今言うね。次の展覧会、『見るだけで呪われる? 呪いの人形と呪物の歴史』っていうタイトルで、5年ほど温めてきた企画なの。5年で集めた呪物は、2階の1室にまとめて置いてあるから、後で見せるね。収集の過程で、いろんなコレクターの人たちと話をして、やっぱり呪物って“それらしいけど確証はない”とか“祟るらしい・・・”ってものが多い中で、“あれは本物だ”ってコレクターが口を揃えて言ってたのが、ここにいるミス・アナベラ・ジョイス。それで、今アナベラを持ってるっていう人を訪ねてパリに行ったってわけ。そしたら、その人はもう、アナベラを手放していて、ニューヨークの富豪に売ってたの。で、帰ってきたら、うちにアナベラがいて、おとなしくサッカー見てた、っていうわけ。」
「そのニューヨークの富豪っていうのが、メリノ神父にアナベラを押しつけた人、だな。」
「メリノ神父?」
「ああ、近所の教会のエクソシストだ。祓えなかったらしいぞ、あの人形に憑りついてる悪魔。」
「はは、そりゃ祓えるわけないでしょ。」
 と、ノラ。
「ほほう、祓えるわけがない、とは、どういうことかな?」
「エクソシストが祓えるのは、悪霊だけ。アナベラに憑いてるのは、悪気なんて全然ない、ただのサッカー好きな子供の、無垢な魂よ。“悪霊退散!”って言われても、“誰の事?”って感じで、響くわけがない。」
 そして、呪いの人形・破壊神と言われる特級呪物であるアナベラ・ジョイスについて語り始めるノラ。
「時は、大戦後のフランスに遡るわ。裕福な家に生まれた女の子、ローズ・ジョイスは、生まれつき体が弱かったの。20歳まで生きられないと医者から宣告を受けていたローズは、体育の時間はいつも見学で、級友たちがサッカーするのを羨ましく眺めていた。それで不憫に思った両親が、ローズをサッカーの試合に連れていったの。サン=ブリユーFCっていう地元のクラブチームね。そこですっかりサッカーファンになったローズは、自分の持ってた人形をサッカー選手にすることにしたの。髪を切って、サン=ブリユーFCのユニフォームを着せて。自分もパジャマ代わりにユニフォームを着て、毎晩人形と一緒に寝てたって話だわ。その人形が、アナベラ。そのうち父親の事業が失敗して、高級な薬が買えなくなり、20歳まで生きられないって言われてたローズは、その半分の年齢で亡くなってしまったの。そして、少しでも借金返済の足しにしようとした両親は、娘の形見であるアナベラも売ってしまった。そしたらアナベラ、最初の譲渡相手の時から、バリバリに霊障起こし出したらしいわ。ローズの祟りだって、あっと言う間に噂になって。それで、いろんな人の手から手へ、アナベラは流転の人(形)生を歩むことになったの。」
「不憫っちゃあ不憫だが、何だかわからないっちゃあ何にもわからない話だな。」
 と、ハンニバルは、顎に手を当てて考え込む。基本的にリアリストな御大。幽霊の存在など信じてはいない。信じてはいないが、現実に対処するために幽霊の想定が必要であるなら、飲み込んでこの期間だけ信じてみることもやぶさかではない……が。
「いや、俺っちはわかるよ、死してなお好きなことしてたいっていう気持ち。心の奥底にある嘘偽りのない本心ってえの? 俺っちだって、死んじゃっても、“あー、黒いゴミ袋被りたいなぁ”とか思うだろうし。そんで、その時にソッキーとかいたら、憑りついて願いを叶えたいと思うかもよ?」
「無害かよ。」
 コングが即座に突っ込んだ。靴下で作った小さなパペットがゴミ袋被ってても、実害はない。それどころか、誰も気がつかない可能性さえある。不憫なソッキー、そしてマードック。
「ねえノラ、そんな危険なアナベラをさ、展覧会に出すってどうなの。ほら、お客さんとかノラ自身とかに害はないの?」
「いろいろ想定して準備してるから大丈夫。多分。確証はないけど。でも、この業界、チャレンジなければサクセスもないのよ。多少のリスクは想定内。そうだ、他の呪物も見せてあげるわ、来て!」
 そう言って、ノラは勢いよく立ち上がった。


 4人が連れていかれたのは、2階の北側の奥の、鍵のかかった部屋だった。ノラが鍵を開け、ドアを薄く開いて、壁際の電灯スイッチを探す。
「どうぞ、見て。」
 そう言ってノラはAチームに場所を譲った。恐る恐る部屋に入った彼らの目に飛び込んできたのは、夥しい数の古い人形やぬいぐるみ、そして不気味な木彫りの数々。
「うわ、すごい数だな。」
「これ、みんな呪物なの?」
「いいえ、その辺にあるのは、呪物っぽく見えるだけのハッタリ。本物は、こっちの箱。」
 と、隅に置いてあった木箱を開けて、1体のでこっぱち人形を取り出すノラ。デニムのオーバーオールに、縞々のニットを着ている。
「例えば、この子の名前はチャッカル。見てないとすぐ刃物を振り回して、傷害事件を起こす。だから、今はこうして縛ってる。」
 見れば、そのソバカス顔の少年人形は、両腕を縄でグルグル巻きにされている。手には、なぜか菜っ切り包丁を握っている。
「こっちは、お菊ちゃん。日本人形ね。害はないけど、すっごく毛が伸びる……あら、また伸びたわね。」
 と、持ち上げた日本人形の髪は、ノラが頭上高く掲げてもまだ箱から出きらないくらい長い。ノラは、伸びた髪の毛をお菊人形の胴体にグルグル巻きつけて、箱にしまった。
「あとこれは……クリスマス用のファービン。」
 次にノラが取り出したのは、小さなクリスマスツリーに眠そうな眼鼻が貼ってある人形。その何だか腹立つ顔に軽くビンタを食らわすと、ファービンはくねくねと踊りながら、クリスマスソングを歌い出した。
「ん? それのどこが呪物なの? ただの季節物のファービンじゃない?」
 フェイスマンの言葉に、ノラがにっこり笑ってファービンを引っ繰り返した。単3電池が2本入っているはずのバッテリーケースは空。
「って感じの呪物が、この箱に20体くらい入ってる。この子たちを中心に、向こうの呪物っぽい奴らを加えて、展覧会を開くつもりなの。」
「ここにアナベラが加わるってことか。」
「そう、目玉の一つとして。可哀そうなローズの物語も添えてね。」
「悪趣味だな。」
「そもそも悪趣味でしょ、ニューヨーカーは。刺激を求める街なんだから。さ、アナベラを貸して。」
ノラは、そう言うと、フェイスマンから受け取ったアナベラを、無造作に箱の一番上に乗せて蓋をした。


 翌朝。
「えーっ! やられたーっ!」
 2階に響くノラの叫び声。
「どうしたノラ!」
「何があった!?」
「事件か?」
「呪物に何かあったのか?」
 どかどかと集まってくるAチーム。ノラは、呪物部屋のドアを開けて立ち尽くしている。
「見て、やられたわ。」
 ノラの肩越しに見た室内は、まるで嵐の後のようだった。棚の呪物モドキたちは、ことごとく落下し、カーテンは外れ、呪物箱の蓋は外され、チャッカルは部屋の奥まで飛ばされ、お菊の髪は首と頭にぐるぐる巻きにされ、ファービンの目鼻は取れてぶら下がっていた。
「アナベラはっ?」
 フェイスマンの声に、全員がアナベラを探し始める。が、室内には見つからない。
「くそ、逃げたか?」
 と、コング。
「待って、今朝、ちゃんと鍵はかかっていたわ、この部屋から出てはいないはず。」
 ノラの言葉に、再度探し始めるAチーム。
「あ、いた。」
 マードックが、開けたドアの後ろを覗き込んで言った。
「ほら、ここ。ドアノブにぶら下がってる。」
 見れば、開けたドアの裏側、室内側のドアノブに、服の襟をひっかけてブラブラと揺れているアナベラの姿が。
「あ。」
 と、フェイスマン。
「夕べさ、サッカー中継やってたんだよ、それもフランスリーグ。俺、見てたわ、アナベラも見たいだろうなって思いながら。」
「……音、聞こえたのかもな。」
「サッカー、そんなに見たかったのか。開かないドアノブにぶら下がるくらいに。」
 アナベラのサッカーへの執念に、ただならぬものを感じて黙り込む4人。
「スミスさん。」
 と、ノラがハンニバルに向き直った。
「もう1つ、乗りかかった船っていうことで、Aチームに依頼していいかしら?」
「何だい? 俺たちにできることなら。」
「じゃあ、正式にお願いするわ、Aチーム。展覧会が終るまで、アナベラをおとなしくさせて!」


〜5〜

 ソファに寝転がって天井を眺めるフェイスマン。
「おとなしくさせて! って言ってもなあ。」
 ノラが仕事で出かけた午後、4人はリビングで作戦会議を開いていた。
「ああ、相手が人形じゃ、俺たちには手も足も出ない……霊媒師じゃないからね。」
 ピアノの上でヨガのポーズで不自然に手と足を出しながら、マードックも言う。
「ヒントは、無類のサッカー好き、ってだけだ。それだけの手がかりで、どうしろってんだ、あの破壊神。」
「言って聞かせてわかる相手じゃないもんね。」
 コングとフェイスマンが口々に言う。
「言って聞かせる……か。それでもやるしかないだろう、説得ってやつを。」
 不意にハンニバルが言った。
「えっ? どうやって?」
 注目する3人。
「まともな作戦じゃないのは重々承知だが、まあ、やってみてもいいじゃないか。作戦は、奇を以ってよしとする! だ。」


《Aチームのテーマ曲、始まる。》
 鉄パイプの長さを測って切断するコング。火花が散る。裏庭で草刈り機を走らせるマードック。芝刈り機の上には、包丁をシャベルに持ち替えたチャッカルが。伸び放題だった芝生が、芝生らしい見た目を取り戻してゆく。ミシンに向かって、小さなサッカー着を量産するフェイスマン。切った鉄パイプを溶接するコング。続けて溶接したパイプに、ネットを装着する。完成したサッカーゴールを裏庭に設置するコングとマードック。作ったウェアを数え、青い一着をお菊に当ててみるフェイスマン。それらを満足げに見守るハンニバル。横でくねくね踊るファービン。
《Aチームのテーマ曲、終わる。》


 裏庭に出現した、ミニサイズのサッカー場。
「何これ、サッカーするの?」
 と、ノラ。手には、ハンニバルの指示通り、サッカーウェアを着た、呪物と呪物モドキの人形を抱えている。半分は青、半分は赤のウェアだ。
「さ、ノラ、人形を配置して。適当でいいから。」
「わかったわ。」
 サッカーフィールドに、人形を散りばめるノラ。まるでサッカーをしているかのように。そこにフェイスマンが、黄緑のウェアに着替えさせたアナベラを抱いて現われた。フェイスマンはつかつかとサッカーゴールに歩み寄り、その中心、ゴールキーパーの位置にアナベラを座らせた。ハンニバルが、アナベラに歩み寄り、しゃがんで語りかける。
「アナベラ、これからサッカーをやるよ。君はゴールキーパーだ。飛んできたボールは、絶対にゴールに入れちゃいけない。君が止めるんだ。わかったね?」
 返事のない相手に、伝わってくれ、と念を込め、ハンニバルは立ち上がった。そして、胸に下げていたホイッスルを吹く。
“ピーッ!”
 赤のウェアのFWマードックが、ドリブルしながら走ってきた。頭には、サッカー選手がよくつけてる変な細いヒモが結んである。前髪が落ちてくる可能性などないというのに。そのマードックの前に立ち塞がるのが、青のユニフォームのMFフェイスマンだ。小賢しい動きでマードックを妨害しにかかる。マードックが、チャッカルに向かってパスを出す。ボールは、チャッカルの足に当たってゴール近くへ。走り込むマードック、止めようとするフェイスマン。そしてマードックが打った1本目のシュートは、アナベラの脇を抜けてゴールへと吸い込まれていった。
「キーパー、何してんの! ちゃんと止めて!」
 アナベルを振り返ってフェイスマンが叫んだ。またもやドリブルで走り込むマードック、今度はフェイスマンがボールを奪い、赤チームのゴールへと走る。赤チームのキーパーは“コンゴのお面”、こいつはライオンすら呪い殺したという噂の呪物、実態は顔が恐いだけの安価なお土産品だ。お面は、フェイスマンのシュートを軽々と止めてみせた。
「くそっ!」
 フェイスマンが大げさに悔しがる。そして2チームの攻防は続き、スコアは6対6でタイムアップ。試合はPK戦へともつれ込んだ。最初のキックは青チーム。フェイスマンのキックは、キーパーお面の死角を突いてコーナーポストギリギリに決まった。派手なカズダンスで決め、やったぜ! とアナベラにガッツポーズ。そして、赤チームの攻撃、マードックが蹴ろうとしたその時。
“ピーッ!”
 タイムのホイッスルが鳴り、ハンニバルが駆け込んできた。そして、アナベラの前に膝をつく。
「いいかキーパー、次の1球で勝敗が決まるんだ。君が止めれば、わが軍は勝つ! いいか、俺たちは君を信じている。絶対止めるんだぞ!」
 立ち上がったハンニバルは、マードックに合図。頷いたマードックは、何度か深呼吸をした後、慎重にボールを蹴り出した。そしてボールは、コロコロとアナベラの前に転がっていき、彼女の足に当たって、弾かれた。わっと声を上げてアナベラに駆け寄るフェイスマン。
「やったよ、キーパー! 俺たちの勝利だ!」
「やったな!」
 ハンニバルも駆け寄ってくる。そして、再度アナベラに向き合った。
「できるじゃないか、キーパー。君は今日から、我がチームのキャプテンだ。キャプテンは、キャプテンらしく、お行儀よくするんだぞ。理不尽なことで暴れちゃいけない。もう破壊神なんかじゃないんだ、アナベラ。君は、俺たちチームの守護神なんだから!」
「何なんだ、この茶番は。こんなんでアナベラがおとなしくなるのか?」
 コートの外で試合(?)を見ていたコングが尋ねた。
「なるよ。」
 と、ノラ。ぐすん、と鼻を啜って続ける。
「私、見たもん。マードックさんが蹴った瞬間、アナベラの足、ちょっと動いた。ちょっとだけ動いて、ボールを止めたんだ。私、信じるよ。スミスさん、ちゃんとアナベラを説得できたって。」
 そう言ってノラは目尻の涙を拭った。感動するところ、あったか? と、思いつつ、おう、と相槌を打つコングであった。


 明けて1月、ニューヨークの美術館で、ノラ・スペーシーの新作『見るだけで呪われる? 呪いの人形と呪物の歴史』展が華々しく開催された。展覧会は大盛況。特に、呪いの人形アナベラ・ジョイスは、ローズの悲しい物語と共に大人気となった。そして、展示期間中、アナベラは、ハンニバルの説教が効いたのか、ほとんど暴れることなく、おとなしく過ごしたのであった。ただ一度だけ、お菊を盗もうとした酔客の手に「嚙みついた」らしいが、相手が酔っ払いなので事の真偽は定かではない。
 展覧会が終った後、集まった呪物たちは競売にかけられ、それぞれ新天地へと去っていった。Aチームも、次の依頼のために、ニューヨークを後にし、ロサンゼルスへと戻っていった。そして呪いの人形アナベラは、ノラの粋な計らいにより、半ば強引に、フランスのクラブチーム、サン=ブリユーFCに寄贈されたと言う。本当に迷惑な話である。
【おしまい】
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