極太ハムとうちの上司が最強すぎて、他の奴らがまるで相手にならないんですが。
伊達 梶乃
 退役軍人病院精神科、深夜。
 警備員が暗い廊下を懐中電灯で照らしながら歩いている。眠そうな目をしょぼつかせ、ふあああ、と欠伸をする。つまり、懐中電灯で照らしてはいるが、照らされた先を見ているわけではない。歩き慣れた廊下は、本当なら明かりなどなくても歩けるはずだ。
 物置部屋の前を警備員が通り過ぎて数秒後、その扉が音もなく開いた。中から黒づくめの何者かがするりと出てくる。黒いバラクラバを被っているので顔は見えない。窓から入る月明かりで、何とかシルエットが見えるか見えないかというところ。物音でも立てない限り、おネムな警備員に見つかることはないだろう。
 と、その時、
 ガコッ、ビターン!
 前に踏み出した足が何かに嵌まり、バランスを崩した上に、嵌まった足がつるりと滑って、黒づくめの何者かは顔から廊下に倒れ込んだ。
「いってえ……。」
 せめて顔が床に着く前に手をつきたかったのだが、そうするわけには行かなかった。その理由は、数行後までお待ちあれ。
「何の音だ?」
 異音に気づいた警備員が、音のした方へと懐中電灯を向けた。そこには――片足をポリバケツに突っ込んで長々と引っ繰り返っている黒づくめの男。一方の手にガラスビンを持ち、もう一方の手には皿を持って。皿に乗っていたのだと思われるパスティが前方に飛んでいる。
 不審者が忍び込んだ、と判断して、警備員は携帯していた警報器のスイッチを押した。その途端、けたたましくベルが鳴り、廊下の電気が点く。
「ヤベっ。」
 立ち上がった黒づくめの人物は、ポリバケツから足を抜き、片手に持っていたビンを脇に挟み、空いた手ですっ飛んだパスティを拾って皿に乗せ、走り出した。
 蛇足ながら、ポリバケツがあった地点では、上の階から謎の水漏れがしていたのであった。恐らく、下水管にヒビでも入っているのであろう。したがって、ちょっと臭い。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 警備員に追われながら廊下を走る黒づくめの男 with 何かのビン詰めと皿に乗ったパスティ。皿の上ではパイ皮がつるつると滑って、今にも落ちそう。まあ既に床に落としたのだから再度落ちても今更って感じだが。
 何事かとドアが開き、当直の医師や看護師が顔を出す。しかし、怪しい男の姿を見て、ドアの内側に引っ込む。
 他のドアの向こうでは、警報器のベルの音に起き出した入院患者の皆さんが各々に騒ぎ出していた。部屋の電気は消えたままなので、余計な妄想が恐い方へと進み、人によってはフラッシュバックも起こり、とにかく全員、何が現実なのかわからず、悲鳴や奇声を上げている。
 そんな退役軍人病院精神科から駆け出てきた黒づくめの人物は、その姿のまま走り続けた。
 不審者を見失った警備員が、警備室に戻ってベルを止め、各所に連絡を入れる。入院患者の個室を確認した看護師が、マードックの姿が見えないことを報告。調理場では、残り物のパスティが1個なくなっていることが確認された。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 コングの朝は早い。まだ薄暗いうちから起き出し、町内をジョギングをした後、シャワーを浴び、朝食を摂ってから仕事に出るのが、彼のルーチンとなっている。まだハンニバルとフェイスマンが寝ているアジトをそっと出て、見回りも兼ねてゆっくりと走る。あまり足を上げず、腕は自然に振って。呼吸に気をつけ、心拍数が上がりすぎないように。
 ジョギングも終盤となってきた頃、コングを後ろから抜き去るランナーがいた。しかし、抜き去った直後、足を止めてくるっと振り返る。その急激なアクションで、皿の上のパスティが飛んでいき、それを拾いに行ってからコングの前に戻る。
「よかったー。やっと見っけた。」
「誰だ、てめェ?」
 眉間に皺を寄せたコングは、目出し帽を被った黒づくめの男に向かってファイティングポーズを取った。
「俺だよ俺。あ、そっか。」
 そう言って黒づくめマンはビンを再度脇に挟んで、空いた手で目出し帽の天辺を引っ張った。現れたのはマードックの顔。
「何だ、てめェか。何でこんなとこにいるんだ?」
「病院、自力で抜け出してきたんだけどさ、みんながどこにいんだかわからねっから、この辺かなってとこ走り回ってた。」
 それも、ジョギングではなくランニングの速さで。目出し帽を被ったまま。警察に見つからなかったのは、運がいいから。
「コングちゃんに会えて、ホントよかったわー。」
「俺としちゃ全っ然よくねえけどな。アジト行くか?」
「うん。俺っちもいい加減休みたい。座って何か飲みたい。朝ゴハンは持ってきたけど、飲みモン忘れちまって。」
「そのビンの中は何だ? 飲みモンじゃねえのか?」
 そうコングは訊いたが、ビンと言っても飲み物を入れるタイプのビンじゃない。ジャーってやつ。ジャーに飲み物を入れる向きもあるけれど。
「多分ジャムか、そんなとこじゃね? パスティに塗って食べっと、きっと美味いぜ。」
 パスティ、何度も落下して、もう皮がぐしゃぐしゃだけど。フィリングも漏れてきている。


 ジョギングしながらアジトに戻ったコングとマードックは、ダイニングテーブルに着いて、それぞれに朝食。マードックは持参したパスティ、コングはシリアルに牛乳をかけたものと茹で卵。飲み物は2人とも牛乳。
「そのパイ、美味えのか?」
 形状はカルツォーネのようだけど皮がパイなパスティをバリバリムグムグ食べるマードックを見て、コングが問う。
「パイじゃなくてパスティな。そりゃ美味えよ。昨日、病院で食って美味かったから持ってきたんだ。これね、半分が牛とポテイトウで、もう半分が鶏とコーンブレッドなんよ。」
「ちっと食わせろ。」
 パスティがすっ飛んで地面に落ちていたのを見ていたコングだが、美味そうさには抗えなかった。
「って思うよね、わかってた。この腹んとこ、ガブッと行ってみ。」
 コングはマードックからパスティを受け取り、魚で行ったら腹の部分にかぶりついた。その圧力で、マードックが齧った場所からフィリングが出てきたが、そうなることを予測していたマードックが掌を上にして待ち受けていたので問題なし。
「確かに美味えな。」
「だろ。病院ゴハン歴10年以上の俺様を唸らせた絶品だぜ。」
「しっかし、こんなのが病院で出る時代になったんだな。病院のメシってったら、オートミールと野菜のスープくらいだと思ってたぜ。」
「いや、普通はそんなもんよ? このパスティはね、レクリエーションで俺たちが作ったんよ。プロの料理人が来て、いろいろ教えてくれてさ。焼いたのは病院のキッチンの人だけどね。ほら、やっぱ病院燃やされたくないし? んで、1人2個作って、1個は夕飯で食って、もう1個はドクターたちの夕飯になった。けど、オイラは知ってる、レク参加人数の方がドクターやナースの人数よりも多いってことを! だから余ってんの盗ってきた。」
「ってことは何か、精神病患者の誰が作ったかわかんねえモンだってことか?」
「そうだけど何か? 別に変なモンは入れてねえと思うよ。ゴム手してマスクして割烹着着て作ったから、衛生的だし。」
「ならいいか。もう一口、齧らせろ。」
「ん。」
 コングに言われて、マードックはパスティを差し出した。


 シャワーを浴びたコングが出勤していった。今回のアルバイト先はトレーニングジムだそうだ。朝からジムで一汗流して、それから出勤するビジネスマンも多いらしい。
 マードックは特にすることもなく、暇潰しに掃除をしていた。掃除機をかけるのはうるさいだろうから、窓を拭いたり洗面台を洗ったり風呂場を洗ったり。
 因みにマードックは現在いつもの服装。黒づくめの服の下にTシャツとネルシャツと革ジャンとチノパンを着込んでいたから。ベースボールキャップは革ジャンの肩のエポレットに挟んであったし。スニーカーは片方が未だ濡れているけど、放っておけば乾くさ。蛇足ながら、黒づくめの服と目出し帽は、どこぞに寄付するために病院関係者と入院患者関係者が持ち寄って病院に置いてあったもの。病院内徘徊中に見つけて、何かに使えるだろうと確保してあった。今後も使えそうなので、洗濯して干しておく。
 9時を過ぎた頃、ハンニバルが起きてきた。
「おはよう、モンキー。コーヒーを頼む。」
「イエッサー。」
 ちょっと前にコーヒーメーカーにお願いして淹れてあったコーヒーをハンニバルに出す。それを何口か飲んで、ハンニバルが座ったまま伸びをする。
「で、何でお前さんがここにいるんだ?」
「リグビー爺さん、覚えてる?」
「ああ、匍匐前進と塹壕掘りなら誰にも負けない奴だな。あたしよりちょっと若いはずだぞ、爺さんってほどの年じゃないだろ。」
「でも今じゃすっかり、正真正銘の爺さんだぜ。あれを爺さんと言わずして何と言おう、ってくらいに。」
 それは暗に、ハンニバルも爺さんだ、と言っていることになるが、マードックは気づいていない。
「そんで、リグビー爺さんの息子が月1くらいで面会に来んだけど、俺に、Aチームと連絡が取れるんなら、頼みたいことがある、って。」
「で、お前は何て?」
「電波の送信状態が悪くなければ話しとく、って。でもホントのところ、俺っち電波の送受信できねえからさ、直接話しに来たわけよ。」
「なるほど。で、リグビーJr.は何て?」
「これを見ればわかります、って、これ渡された。そんだけ。」
 マードックは持ってきたジャムだか何だかのビンをハンニバルの前に引き寄せた。結局、パスティに塗って食べる案は忘れられた。パスティがそのままで十二分に美味しかったために。
「これは、ジャムか? ……いや、コンポートとかそういうのか?」
 ハンニバルにもよくわからないジャンルの話。確かフェイスマンが、「ジャムとコンポートは、果物を潰すか潰さないか、あとは糖度の違いだね」と言っていたような気がする。「形が残っているジャムがプレザーブ」というのも聞いた覚えがある。
「この果物は何だ? みかんの未熟児か?」
 ビンの中に入っているのは、直径1インチくらいのオレンジ色の玉と、無色のとろみのある汁。みかんについては6年前にVol.53で学習済みのAチームである。
「みかんとは違わね? 皮がつるっとしてるぜ。ヘタの感じも違う。」
 みかんなのかその他の果物なのかはわからないが、とりあえずは柑橘類であろう。「柑橘類をジャムのように調理したもので、皮が残っているのはママレード」、確かそんなことフェイスマンが以下略。となれば、こいつは皮も残っていることだしママレードの可能性が大きい。しかし、ママレードなのかコンポートなのかは、開けて食べて甘さを確認してみなければわからない。どんな甘さで線引きされているかは不明なれど。そう言えば、コンフィチュールってのも聞いたことがあるが、そりゃ何なんだ?
 ハンニバルは混乱してきたが、それをマードックに気取られぬよう、コーヒーを飲んで心を落ち着かせた。
「モンキー、お代わり。」
「ラジャー。」
 ハンニバルのカップを持ってキッチンに向かうマードック。
「そうだ、大佐、何かゴハン食べる?」
 コーヒーのお代わりを持ってきたマードックがハンニバルに尋ねる。
「ああ、いただこう。」
 マードックがキッチンに引っ込んでいる間に、ハンニバルはくだんのビンを手に取った。ビンの底にラベルが貼ってある。『商品名;キンカンのコンポート』――やはりコンポートだ。そして、このオレンジ色の玉の名前はキンカン。『原材料名;キンカン、水、砂糖』――砂糖水の濃度まではわからなかったが、コンポートだと判明したので、汁の濃さなんざもういい。内容量、賞味期限、保存方法は、今はどうでもいい。ラベルの下半分は、製造者の住所会社名および販売者の住所会社名。
『行ってみるしかないな。』
 幸い、どちらもここロサンゼルスから車で小1時間ほどで行ける場所。
「大佐、いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
 キッチンからマードックが訊いてきた。
「いいか悪いかは関係なく、先に伝えるべきことを伝えてくれ。」
「オッケ。パンが全然なかった。ハム、ベーコン、ソーセージも皆無。卵は6個くらいある。」
「わかった。オムレツを作ってくれ。卵3個で。バターはたっぷりとな。」
「了解!」


〈Aチームの作業テーマ曲、始まらなくていいのに始まる。〉
 ボウルに卵3個を割り入れるマードック。卵の割り方は、卵を調理台に自由落下させ、割れたのを拾ってボウルに入れるタイプ。無論、この方法だと殻の破片が少々混入するが、気にしない。カルシウム強化と思えば。卵黄も割れているけど、気にしない。どうせオムレツだし。
 塩と胡椒を探し出し、卵に振り入れる。冷蔵庫から牛乳を出して、ちょろっと卵に加える。フォークで卵を掻き混ぜる。ステンレスのボウルに入れた卵をステンレスのフォークで掻き混ぜると、弱い方が削れるけれど、気にしない。鉄分強化と思えば。
 フライパンを探し出し、火にかける。冷蔵庫からバターを出し、銀紙を片側だけ剥いて、露出したバターをフライパンに押しつける。融けて広がるバター。まだ押しつける。融かしバターの油溜まりができる。バターの量に納得が行き、残ったバターを銀紙で包んで冷蔵庫に戻す。
 香りが立ってきたバターに、卵液を一気に入れる。周辺部が固まってきて、煮えたバターの中で卵がふるふると揺れる。フォークで一混ぜし、フライパンを斜めにして柄をトントンと叩く。片側に寄ってきた卵を、フォークで素早く半分に畳む。
 マードックはガスコンロの火を消すと、オムレツを皿に滑り落とし、残ったバターを上からかけた。添えるものはないけれど、いい形にできた。満足して、マードックは皿をハンニバルの前に置いた。カトラリーを出していないのに気づいて、慌ててキッチンに戻り、フォークとスプーンを持ってくる。
〈Aチームの作業テーマ曲、フェイドアウト。〉


「上手いもんだな。オムレツとスクランブルエッグのハーフ&ハーフになるかと思っていたが。」
「会心の作って言ってもいい出来映えで、オイラもびっくり。」
「ところでだが、オムレツにこれは合うだろうか?」
 これ、とハンニバルはキンカンのコンポートを手にした。
「塩も胡椒も少なめにしたから、合うかもしんねえ。でも、味に関しちゃオイラ、ナンセンスだから。」
「ナンセンス? とな?」
 ハンニバルが首を捻る。
「センスがねえってこと。」
 ナンセンスの用法、間違ってないか?
「そりゃオイラだって、本当に美味いもんは美味いと思うよ。パスティとかさ。」
 パスティ? 再度ハンニバルが首を捻る。
「けど、こないだフェイスに言われたんだ。オイラ、味に関して寛大だって。普通だったら美味いって思わないモンも美味いって感じるらしい。」
「ふむ、それは、他の誰よりも幸せだってことだな。羨ましいことですよ。」
 ハンニバルもフェイスマンも、物は言いようである。
「そっか、オイラ、幸せなのか。えへ、うふふ。」
 てれてれ、ぐねぐねしているマードックは放っておいて、ハンニバルはキンカンのコンポートの蓋を開けると、スプーンを突っ込んで中身をオムレツにかけた。キンカンがボテッと落ち、シロップがたらーりとオムレツを濡らす。シロップに浸ったオムレツの端をスプーンで切って掬い、口に運ぶ。
「ほうほう、これはこれは。」
 ハンニバルが笑顔になる。美味しかったようだ。さらにキンカンとシロップをビンから注ぎ出す。
「こいつ、1個ちょうだい。」
 マードックが皿の上のキンカンを指で摘まんで口に放り込む。くしゅっと噛んで、さらにもぐもぐ。
「これ、皮が甘苦くって、中が酸っぱくって面白え。」
「どれ、あたしも。」
 ハンニバルもスプーンでキンカンを掬って口に運んだ。ほろ苦く、甘い皮。果汁は爽やかに酸っぱい。種は、ない。
「なるほど、これは皮が主役なんですな。」
 フェイスマンがいればあれこれ語ってくれそうなのに。そうハンニバルが思った時、寝室のドアが開いてフェイスマンが姿を現し、早足でトイレに駆け込んだ。
 小用を足し、手を洗い、まだ半分眠っている状態だったフェイスマンだが、ドアを開けた瞬間、ハンニバルとマードックがこちらを期待に満ちた目で見ているのに気づいて覚醒した。
「何? 俺、何かした?」
「いや、お前さんが起きてくるのを待ち望んでいただけだ。ちょっとこっち来んさい。」
 そうハンニバルに手招きされて、パジャマ姿のフェイスマンはダイニングテーブルに寄った。蛇足ながら、フェイスマンのパジャマは薄紫色のシルク。上品な光沢を持つとろりとした生地が、重力に引かれて体の線に沿い、それに気づいた者だけがセクスィ〜と感じる。気づかなかった者は、ラベンダー畑とトイレの芳香剤を思い出す。
「ほれ、これ食べて。」
 ハンニバルがスプーンにキンカンを乗せて差し出す。それをぱくりと食べ、もぐもぐしてから飲み込む。
「キンカンのコンポートか。ちょうどいい甘さに仕上げてあるね。そっちのオムレツもくれる?」
「甘いぞ? いいのか?」
 スプーンでオムレツをカツカツと切って、シロップと共にスプーンで掬う。それを、あ、む、と食べるフェイスマン(サービスショット)。
「ああ……これは……いいね。オムレツもバターたっぷりで火加減も塩加減も申し分ない。あとグランマルニエかコアントローを一垂らししてフランベしてあったら最高。……って、そうか、これ、クレープシュゼットの味か。」
 立て板に水で感想を述べるフェイスマン。
「さすが、フルセンス。」
 マードック的には、ナンセンスの反対はフルセンスのようだ。それじゃあルミネッセンスはルミネッなセンスか?
「お前さん、キンカンを知ってるのか?」
 グランマルニエとかコアントローとかフランベとかクレープシュゼットとかわけのわからない言葉を無視して、ハンニバルが問う。
「知ってるよ。たまにケーキに乗ってたり、ミントと一緒に添えられてたりする。キンカンのコンポートをソーダで割ったり、紅茶に入れたりもするね。砂糖漬けにしたのを、咳や喉の痛みの薬として使うこともあるらしい。その時には、生姜と蜂蜜も一緒にしてお湯で割るとか。ビタミンCが豊富だから、生食でも風邪に効きそうじゃない? ホワイトリカーにキンカンの実を漬けたのは、疲労回復にいいって。」
「あたしは今の今までキンカンなんて知りませんでしたけどねえ。」
「オイラも知らなかった。」
「ほら、女の子と話するのに、話題は豊富な方がいいでしょ。果物とか甘い物とか美容や健康のこととか、積極的に知識取り入れてるからさ、俺。」
 それを聞いて、心から拍手を贈るハンニバルとマードックだった。


 朝っぱらからジムでインストラクターとして働いていたコングが戻ってきた。昼はジムが空いているので勤務時間外。また夕方に出勤して、ジムが閉まる夜まで勤務。この勤務形態をコングは気に入っていた。なぜなら夕方まで昼寝ができるので。それも、その時間帯はハンニバルやフェイスマンが起きていてベッドが空いているので、ベッドで寝ることができる。ビバ、快適な睡眠!
 その頃までには、フェイスマンがキンカンのコンポートの販売者と製造者についての情報を集めてきていた。また、その頃までには、フェイスマンは食材も調達してきていた。
「販売者の住所も、製造者の住所も、ここから車で北に45分くらいのとこだね。」
 ダイニングテーブルをAチームの4人が取り囲んでいる。
「北に45分ってえと、山超えた向こうの、畑とかある辺りか。」
 皿に山盛りのパスタ(トマトソースがけ)をフォークで持ち上げるコング。
「製造者がキンカンの栽培と加工をしていて、その近くの会社が卸してるって感じ。彼らの関係は現時点ではわかってないけど。」
 話しながら、フェイスマンもトマトソースのパスタをフォークにくるくると巻いている。
「しかし、リグビー爺さんの息子は、俺たちへの依頼について、“これを見ればわかります”って言ったんだろう?」
 ハンニバルの前の皿は、調理者マードックの計らいにより、ミートボールのトマトソース煮、パスタ添えになっている。
「間違いなく、そう言ってたぜ。んで、それ以上は何も言ってなかった。キンカン渡された時、ちょうどリグビー爺さんが発作起こしたもんで、ドクター呼んだりしてわたわたしてたからかな。」
「心臓発作か何かか?」
 先が短そうなんだったら面会に行かなきゃな、と思い、ハンニバルが訊く。
「うんにゃ、思い出し笑いの発作。何思い出してんのかこっちにゃわかんねえんだけど、急に笑い出して止まんねえんだよ。」
「楽しそうでいいじゃねえか。」
 パスタが思っていた以上に長くて、仕方なくパスタをフォークに巻くコング。
「ってえか、この麺、何なんだ。こんな長えの食ったことねえぞ。」
「長いでしょ。珍しくて買っちゃった。長いパスタってことでギネスに申請したけど、もっと長い麺もあるって言われて、最も長いスパゲッティの記録にしかならなかったんだって。売り場のPOPに書いてあった。」
 嬉しそうにフェイスマンが報告。マードックの仕業ではなかったのだ。で、そのマードックはと言えば。
「これ、茹でんの大変だったんだぜ。鍋に全然入んねえから、どうしようかと思って、風呂にお湯張って、スパゲ入れて、しばらくふやかして、曲がるようになってから鍋に押し込んで茹でた。あ、もちろん、風呂は洗ったよ。スパゲ入れる前と入れた後の2回。」
 俺様の機転による勝利を称賛せよ、とVサインを掲げる調理係。
「バスタブのお湯で乾麺戻したわけ?」
 食べ物を扱う場所とそうでない場所は、きっちりと線引きしたいフェイスマン。
「そうそう、案外上手く行ったぜ。」
「何で半分に折るとか考えないんだよ?」
「イタリアン・パスタを半分に折ると呪われるって話、知んねえの?」
「知るわけないだろ、そんな話。」
「パスタ職人の霊が憑りついて、何でもかんでも捏ね上げてパスタにしちまうって言ってたぜ、コスビー爺さんが。」
 使い古した布団でも、可愛い孫でも、何でもかんでも麺にするのは、結構怖い。
「ええと、それはリグビー爺さんとは別人?」
「当ったり前だろ。霊の振る舞いに詳しいのがコスビー爺さんで、サイレントコメディに詳しいのがリグビー爺さん。」
「全然違うね。じゃあ話を戻そうか。」
 話が脱線して収拾がつかなくなる前に、フェイスマンは脱線車両を元に戻した。
「“これを見ればわかります”って言われてもわかんないから、リグビー爺さんの息子さんに直接話を聞きに行くってどうかな? それでよければ、病院行って住所調べてくるけど。」
「ああ、そっちはフェイス、頼んだぞ。」
「オッケ。息子さんの住所がわかったら、その足で息子さんとこ行って依頼内容聞いてくる。そんな遠くに住んでないと思うし。」
「俺ァ、メシ食ったら昼寝して、夕方にゃあ仕事に行きてえんだが。」
 コングが希望を述べた。差し迫った依頼が入ってるわけではないので、趣味と実益を兼ねた日々の生活を優先したい。
「車を貸してくれるんなら、昼寝してもいいぞ。あたしとモンキーはキンカンの販売者と製造者に会いに行きたいんでね。」
「こいつ(マードック)に運転させねえって約束してくれんなら、いいぜ。」
「もちろん、運転はあたしがやりますよ。モンキーにハンドル握らせたら、どこ行くかわかったもんじゃない。」
「そりゃしょうがねえよ、大佐。俺っち運転手じゃなくてパイロットなんだぜ。ハンドルと操縦桿の違いはまあいいんだけど、ペダルがわけわかんなさすぎ。」
 わけもわからずアクセルとブレーキを踏み間違えがちなマードックである。その上、クラッチペダルまであるのだから、正しくペダルを踏める確率は1/3。つまり、2/3は間違う。蛇足ながら、車を前進させている時、彼はハンドルを前傾させようとしている。そして、車をバックさせる方法は、今はもう忘れている。
 というわけで、口の周りと胸元をトマトソースで赤くした4人は、ご馳走さまを言った後、それぞれの行動に移ったのであった。そして、CM。


 CMが明け、Aチームの4人は揃って郊外の果樹園に降り立った。
「リグビー爺さんの息子さんがキンカン果樹園の主だったとは。」
 いやはや盲点でしたな、という風なハンニバル。
「って言うか、こんなとこでキンカン作ってたなんて、オイラ知らなかったよ。あんな小っちぇえみかん、今まで見たことなかったから、輸入物かと思ってた。」
 オレンジ色の柑橘類のほとんどを「みかん」と呼ぶようになっているマードック。
「製造者の会社名がフォーチュネッラ・オーチャードでリグビーじゃなかったから気がつかなかったよ。ホント、紛らわしい。」
 会社の名前は社長のファミリーネームにしとけってんだ、と心の中で愚痴るフェイスマン。キンカンの学名のシノニムがフォーチュネッラ・ジャポニカなので、それを取ったのであるが、そこまではフェイスマンも調べていない。
「言っとくが、俺は眠いんだからな。」
 CMの間にジムのインストラクター仲間から電話があり、ジムがあるビルの1階に入っている飲食店から火が出て、今もまだ消火活動中ということで、Aチームの活動に加わらざるを得なくなったコング。昼寝をする前提で早朝に起きているので、眠い。ゆえに、不機嫌。
 そんなAチームの4人は、果樹園のオフィスのドアを押した。
「こんにちは、Aチームです。リグビーさん、いらっしゃいますか?」
 常識的な感じで、フェイスマンが先頭に立って口を開く。
「ああ、はい、少々お待ちください。社長、Aチームの方々がいらっしゃいました。」
 ドアに近いデスクに着いていたおばさんが、奥の席に声をかける。その途端、奥からガタッ、バタバタッと音がして、中年の男性が転げるように走り出てきた。
「ようこそいらっしゃいました、Aチームの皆さん! お早い到着でしたね!」
 男が前傾姿勢からしゃきっと背を伸ばす。年の割には腹が出ていないが、白髪は多め。
「レナルド・リグビーと申します。よろしくお願いします。」
 そう言って、右手を差し出す。フェイスマンの後ろからハンニバルがずいっと出てきて、その手を握る。
「ハンニバル・スミスだ。こいつはフェイスマン、それとコング。モンキーは知ってるな?」
 部下を雑に紹介する。リグビー息子はハンニバルの手を握ったまま、3人に目を向けて会釈した。
「早速だが、用件を聞きたい。」
 握手を終えて、ハンニバルが話を急かす。
「ここで立ち話も何ですので、こちらへ。」
 そう言って、息子はオフィスの外に出た。それに続く4人。
「ご覧の通り、ここはキンカンの果樹園で、キンカンの生産量は州のトップです。秋頃から収穫が始まって春頃まで続きます。ピークは早春。」
 息子は7フィートに満たない果樹がずらりと並んでいるのを、掌を上に向けて示した。それぞれの木には、丸くて小さなキンカンがぎっしりと実っている。
「うちのキンカンは、皮の糖度が高く、真ん丸で、種がほとんど入らない、と、いいことづくめなんですよ。」
「ああ、確かに甘くて丸くて種がなくて、美味かった。」
 息子の後ろをついて歩きながら、ハンニバルが言う。
「あのコンポート、召し上がってくださったんですか。ありがとうございます。生食でも美味しく食べられるんですが、生食できる時季が決まっていますので、一年中食べられるようにコンポートも作っているんですよ。さて、こちらが倉庫です。収穫したキンカンを一旦ここに集めて、それから洗浄と選別作業となります。さ、中にどうぞ。ずずずいっと。」
 倉庫の扉の脇に立ち、Aチームの4人を中に進めさせる。
「真っ暗で何も見えないぞ。電気を点けてくれ。」
 振り返ってハンニバルが息子に声をかけた時、倉庫の扉が閉まった。鍵をかける音も。
 真っ暗な倉庫に閉じ込められたAチーム、ピーンチ!


 少しして、暗闇の中に四角い画面が灯った。
「あ、テレビ点いた。」
 嬉しそうなマードックの声。何か面白い番組が始まるんじゃないかと期待して。倉庫の中でやることもないので退屈しのぎにテレビでもご覧ください、というおもてなしの精神ではあるまい、と理解しているのは4人中3人。
 テレビの画面には、黒い布を被った黒いマント姿の人物、ではなく、明らかにカーテンとわかる柄と質感の布を頭から被った人物が映っていた。胸から上だけ。きっと胸から下は素の状態。そして、ボイスチェンジャーを通した声がスピーカーから聞こえてきた。
「ようこそ、Aチームの諸君。君たちには、ここでデスゲームを行ってもらう。お互いに殺し合い、最後に残った1人だけがこの倉庫から出られるというルールだ。」
「それ、ゲームじゃなくない?」
 そう呟いたのはフェイスマン。
「何やってんだ、この社長。」
 言ってはいけないことを堂々と言うコング。しかし、画面の中の人物(リグビー息子)に反応がなかったので、倉庫内の声が向こうに聞こえているわけではないと判明。
「ふむ、あたしらが殺し合ったら、誰が生き残るんでしょうねえ?」
 のほほんとハンニバルが問う。
「そりゃハンニバルでしょ。俺たち、部下だもん。」
「フェイスの言う通りだな。」
「オイラも同感。」
 Aチームの結束が強まった。いや、最初っから結束力マックス?
「あたしも部下を失いたくありませんからね。全員でここから脱出しようじゃないですか。」
 リーダーの言葉に3人の部下は頷いた。


〈Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
 テレビの背面から電源コードを辿って、通電しているコンセントを探し当てるフェイスマン。
 テレビの明るさツマミを回して画面を一番明るくし、テレビを斜めにして倉庫内を照らすマードック。プラグの抜き差しができそうな照明を探したが、電灯はすべて天井についており、そこまでよじ登れそうな構造も機器もない。
 倉庫の真ん中で腕組みをして仁王立ちするハンニバル。こういう時、リーダーはどっしりと構えていなければならない。
 倉庫内にあるもので何か作ろうとしたコングだったが、テレビ以外は特に何もない。仕方ないので、助走をつけて肩から扉にタックルした。何度かぶち当たれば扉が歪んで鍵が外れるだろう、と踏んで。しかし、その予測は一瞬で無用となった。なぜなら、扉ごとコングがすっ飛んでいったから。コングごと扉がすっ飛んだと言った方がいいか。ともあれ、扉は開き、コングは一番乗りで外に出たのだった。
 扉のない開口部から外に出て、ハンニバルはコングが無傷であることを確認すると、「デスゲーム、誰も死ななきゃ、脱出ゲーム」と川柳を一句読んでニカッと笑った。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。〉


 難なく倉庫から出たAチームはオフィスに向かった。オフィスのドアの前では、既にリグビー息子が土下座していた。
「申し訳ありませんでした!」
 視野にオーストリッチのブーツやエナメルのスリッポンやコンバースやナイキが入るなり、息子は声を大にして謝り、さらに頭を低くして額を地面に擦りつけた。
「君は一体、何をしたかったんだ?」
 冷たい眼差しと真面目な口調で問うハンニバル。
「無敵のAチームの中で、誰が最強か知りたかったんです! 申し訳ありません!」
「無敵のAチームをあんなとこに閉じ込められると思ったんだ。へー。」
 厭味ったらしくフェイスマンが言う。
「こいつ、どうする?」
 コングがハンニバルに尋ねた。
「磔にする? 水攻めにする? それとも吊・る・す?」
 ゴハンにする? お風呂にする? それともア・タ・シ? みたいに訊くマードック。
「ごめんなさい! 友人と賭けをしたんです、最強はハンニバルかコングか、って。」
 最強候補に挙がらなかったフェイスマンとマードックは、「やっぱそのどっちかだよね」と微笑みを交わした。
「それで、君はどっちに賭けたんだ?」
 さらに問うハンニバル。
「ハンニバルさんです!」
「よし、許そう。」
 食い気味の返答に、食い気味に許しを与える。和らいだ表情で。
「で、コングに賭けたご友人はいずこ?」
「いいじゃねえか、ハンニバル。」
 と、ハンニバルを止めるコング。
「俺たちのどっちが最強かってのは、最強の定義によるんじゃねえか? 確かに、総合的にゃああんたの方が強え。でも、腕っぷしだけなら俺の方が上だろ。」
「ああ、まあな。バーベルとかダンベルの上げ下げで言ったら、お前の方が上だ。」
「ってえことだ。こいつのダチも許してやってくれ。」
「わかった、許そう。……だがな、キンカン息子。」
 ひどい呼び方。
「二度とこんなことはするんじゃないぞ。」
「もちろんです! お許し、ありがとうございました!」
「あのさ、俺たち、キンカン果樹園が悪い奴らに何かされてるんじゃないかと思って、心配で、わざわざ他の依頼を断ってまでここに来たわけ。」
 今度はフェイスマンが前に出て、リグビー息子の頭のすぐそばにしゃがんで膝を抱えた。脚の筋が柔らかくないとできないポーズ。それはそれ、皆様ご存知のように、「他の依頼」なんてありません。
「ご心配、ありがとうございます。」
「どういたしまして。それでね、社長さんなら機会損失って言葉、知ってるよね? Aチーム雇うのに、いくらかかるか知ってる?」
「いえ、存じません。」
「相手と場合によるけど、一般的な額を言えば、1回1万ドル。経費別で。」
「い、1万ドル?」
「俺たちの命と依頼人の命が懸かってるからね。俺たちはそういう覚悟で来てるし、依頼人もそれ相応の覚悟で来る。なのに、いたずらで呼ばれて、閉じ込められた。これ、謝って済む問題だと思う? ハンニバルは広い心を持った慈悲深いジェントルマンだから許してくれたけど、ハンニバルだって生活費は要るんだよ? 高い肉ばっかり食べたがるしさ、葉巻は高級品だし。」
「フェイス。」
 ハンニバルに呼ばれて、フェイスマンは言うべきでないことまで言ってしまったことに気づき、咳払いをした。
「今回は、依頼を受けたわけではないし、リグビー爺さんには俺も塹壕掘りの極意を教わった。だから、大負けに負けて、ガス代込みで1000ドルで手を打つよ。4人がここまで来て1000ドル。安いもんでしょ?」
「は、はい、ありがとうございます。すぐさま小切手を用意いたします。」
 リグビー息子は立ち上がると、膝を摩りながらオフィスの中に入っていった。そして、1分もしないうちに左手に小切手帳、右手にペンを持って戻ってくると、さらさらとペンを走らせ、小切手をピッと切った。
「これでよろしいでしょうか?」
 恐る恐る小切手をフェイスマンに渡す。
「はい、確かに1000ドル頂戴いたしました。」
 小切手を懐に入れる笑顔のフェイスマン。ほくほく顔で車に戻っていくAチーム一行だったが。
「あ、そうだ。」
 急にマードックが振り返り、リグビー息子の方へスキップで向かう。
「オイラ、病院に戻るけどさ、病院で会っても知らんぷりしてくんねえかな? ドクターたちに告げ口するのもなしで。じゃねえと、また電気ショック療法やられちまうからさ。あれ、肩凝りとか腰痛には効くんだけど、ホンット痛えんだよ。」
「わかりました、今日のことは何も言いません。」
「約束だぜ。約束破ったら、コスビー爺さんに頼んで、一番タチ悪い霊を憑りつかせるかんね。」
 じゃ! とバンの方へギャロップしていくマードック。リグビー息子は、ぞっとして身を震わせた。コスビー爺さんが本物の霊能力者だという噂は、彼の耳にも届いていたのだった。


 アジトに戻る前に、フェイスマンは小切手を現金化し、雰囲気のいいビアバーに行ってハンニバルがこさえたツケを払い、スーパーマーケットへ行って食料を購入。残った現金を、コングに立て替えてもらっていたガソリン代を引いて、銀行のATMで預け入れる。手元に現金がなければ、マードックに変なものをねだられても恐くない。
「ただいまー。」
 アジトに戻ると、そこでは先に帰ってきていた面々が腕相撲をしていた。
「レディー……ゴー!」
 審判のマードックが試合開始を告げ、ハンニバルとコングが左手で対戦。
「あ、お帰り、フェイス。今ね、左手の6戦目。右手で10戦やってコングちゃんが10勝。左手では大佐が1勝をもぎ取ったんだぜ。」
「ありゃあ、てめェが変な顔したからだ。気ィ抜けちまった。」
 そうコングが言うが、表情は真剣である。ハンニバルに至っては、真剣を超えて必死である。
「ハンニバル、あんまり無理しないでよ。病院通うの嫌でしょ?」
 飲食物を入れた紙袋をテーブルに置いて、フェイスマンが言う。
「こんなお遊びで……病院行くようなことには……なりません、よっ!」
 膠着状態だったのを、ハンニバルが勢いをつけて打ち破る。しかし、コングは手の甲がテーブルに着く前に堪えた。
「勢いつけんのはズルいぜ。」
「ズルかないですよ、このくらい。」
「大佐、体出すぎてるよ。コングちゃんも手首真っ直ぐにして。」
 2人の体勢にレフェリーが指導を入れる。
「コング、ガソリン代、借りてたやつ、ここ置いとくよ。」
 フェイスマンがテーブルの上に札を何枚か置く。
「おう。」
 しかしコングは試合中。
「もーらいっと。」
 その札をマードックがさっと掴むと、与えられた役目を捨てて身を翻した。アジトを駆け出ていく。
「お、おい、ちょっと待て! 悪ィ、ハンニバル、続きはまた後だ。おい、待て、この野郎!」
 マードックを追ってコングも走り出ていった。
「モンキーが金取って逃げるなんて初めてだよね。」
 玄関の方に目をやって、フェイスマンが言う。その声には、幾分笑いが混じっていた。
「コングに全く相手にされなくて(腕相撲で)寂しかったのかもしれんな。」
 腕を摩りながらハンニバルが腰を伸ばす。
「それにしても、あいつの力は半端ない。」
「何を今更。湿布、要る?」
「いや、大丈夫だ。」
 明日か明後日に筋肉痛になりそうではある。
「1000ドル入ったから、ビアバーのツケ、払っといたよ。」
「そりゃ済まんな。」
「それと、サーロイン1枚だけ買ってきた。焼いたら食べるよね?」
「もちろんだとも。……1枚だけ?」
「うん、俺の分はフィレ。」
 シャトーブリアンではないフィレ。それでもグラム当たりのお値段は、サーロインよりだいぶ高い。
「コングとモンキーには小間切れ炒めときゃいいかなって思って。」
「じゃあ、あいつらが帰ってくる前に食べてしまいましょう。」
 ニヤリと笑うハンニバルにニヤリと笑い返して、フェイスマンはキッチンに向かった。ハンニバルは、フェイスマンが見ていないのを確認してから、違和感の残る腕のストレッチを始めた。
 2時間ほど後、ガソリン代を取り返したコングとコテンパンにされたマードック(顔面ボコボコ、服ズタズタ)が帰ってきて、肉の匂いに気づき、冷蔵庫に牛肉の小間切れ500gを発見。塩と胡椒とガーリックパウダーで炒めて、2人仲良く食べたのだった。


〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。〉
 悪党の群れに向かってバイーン! と飛びかかっていくコング(ローアングルで)。圧し潰した奴らの襟を掴んで立たせてから殴り倒していく。
 コングに向かっていこうとする男の膝下にタックルして倒すフェイスマン。起き上がった男に掴みかかられたが、腹部に膝蹴りをかまし、前屈みになったのをハンニバルの方へ蹴りやる。
 パンチやキックで相手の顎を狙いまくるマードック。顎に打撃を食らってフラフラになった輩をハンニバルの方へ蹴りやる。
 ダウン寸前の悪党が次々とやって来て、それを1人1発ずつで倒していくハンニバル。
 そうこうするうちに、自分の足で立っているのはAチームの4人だけとなった。
 コングが倒した敵の数と、自分が倒した敵の数を数え、満足そうに葉巻を咥えるハンニバル。
 「仕方ねえ」という顔のコングと、「面倒臭いことになったもんだ」という表情のフェイスマンとマードック。
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉
【おしまい】

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