泣く子を止めろ! 流れる白玉作戦
鈴樹 瑞穂
青い空、白い砂浜、立ち並ぶ瀟洒なコテージ。目下、Aチームはキーウエストにあるアパートの一室を借りて夏を満喫……もとい、潜伏していた。
生活費稼ぎと退屈凌ぎを兼ねて時々近くのリゾートホテルでアルバイトもしている。ドアボーイやレストランのウェイターに皿洗い、客室清掃など時間単位で単発の仕事ができるのだ。毎朝貼り出される募集を見て、興味を惹いた仕事があれば申し込むシステムで、近隣の住民も気軽に入っている。
「今日の募集は何かな〜。」 朝から元気なマードックとコング、貼られた募集を見て首を傾げる。
「レストランで午後からイベント対応?」
「夏休み子供料理教室の補助――14:00〜16:00、募集人数2名、12歳までの子供を対象にしたおやつ作りのイベントで子供たちのサポートをするお仕事です、だって。面白そうじゃん。」
「まあな。子供らが包丁持ったり火ィ使ったりすんのについててやりゃいいんだろ。」
恐らく、バカンスでホテルに滞在している家族向けに対する託児所的なサービスであろう。子供がホテルのレストランで楽しくおやつを作りを体験している間、親もゆっくり過ごせるという算段だ。
マードックは何かを作るというシチュエーションを心底楽しむタイプだし、コングは子供好きだ。向き不向きで言えば、2人にはピッタリな仕事である。
早速フロントに行ってアルバイトの登録を済ませる。説明や準備のため30分前集合とのことだったので、ついでにレストランのランチ営業も手伝うことにした。
「バラカスさんにマードックさん、今日もよろしくお願いします。」
レストランの副コック長、ピエールに声をかけられて、コングとマードックも挨拶する。 「おう、任せてくれ。」
「張り切ってやらせてもらうぜ。」
レストランでのアルバイトは前にも何度か入っていたので、ピエールとは顔馴染だ。将来はパティシエとして自分の店を持つのが夢だという青年で、料理に関してはとても研究熱心だ。試作と称して毎回賄いにデザートをつけてくれるのだが、それがなかなかに美味しい。予想はしていたが、今日のこども料理教室も彼が企画して、コック長とホテルの支配人の許可を取りつけたと言う。
「お2人に手伝っていただければ心強いです。」 「で、何を作るんでい。」
「お子様でも失敗せずに1時間程度で作れるものって言ったら限られるよな。カップケーキとかフルーツサンドイッチとか?」
「それも考えたんですが、今回はモーモーチャーチャーにしました。」 「モーモーなんちゃらって何だ?」 「初めて聞いた。」
顔を見合わせるコングとマードックにピエールが用意していたフリップを掲げて説明する。
「マレーシアのスイーツです。ココナツプリンに白玉やトッピングを載せて混ぜます。本来は甘く煮た芋や豆を使いますが馴染みの薄いものは受けつけない子もいるでしょうから、今回はブドウと桃を用意しました。」
「なるほど、美味そうだな。」 「作り方は? どこを子供にやらせるんだ?」
「ココナツプリンを作って冷やし固めるところと、白玉作りです。桃のカットはこちらで用意して、あとは盛りつけですね。と言っても、ごちゃ混ぜにするだけですから。」
ピエールが用意した3枚のフリップにはそれぞれ、ココナツプリンの材料と作り方、白玉の材料と作り方、盛りつけと食べ方がまとめられている。ざっと目を通したコングとマードックが頷いた。火を使うので注意は必要だが、それほど難しい作業ではない。これなら何とかなりそうだ。
13:00までのランチ営業の後に大急ぎで会場のセッティングと材料の計量を行う必要はあった。バイキングの台を作業台にしてカセットコンロと鍋、材料を並べるだけでよいので、これも何とかなるだろう。
本日のランチタイムは、イベントのため11:00〜13:00の短縮営業である。ランチタイムが始まると同時に、今日はアルバイトに入っていないフェイスマンとハンニバルが客としてやって来た。
「ウェイターさん、今日のランチは何かな?」
水を運んだマードックにフェイスマンがしかつめらしく尋ねる。その横でハンニバルは熱心にメニューを覗き込んでいる。
「Aランチはチョリソのピザ、Bランチはシーフードスパゲッティ、Cランチはサーロインステーキとパン、いずれもサラダとドリンクがつきます。ドリンクはオレンジジュース、アイスコーヒーまたはアイスティ、別料金になりますがグラスワインとビールもあります。」
マードックも大真面目にすらすらと返し、フェイスマンがBランチ、ハンニバルがAランチを注文した時だった。
「やだやだやだーッ! ご飯いらないぃいい!」
盛大にぐずっているお子様の声がレストラン内に響き渡った。家族連れが多いため、子供の泣き声はそう珍しくもないが、なかなかに気合の入った音量である。
マードックとフェイスマン、ハンニバルがそちらを振り返ると、奥のテーブルで推定5歳の男の子が顔を真っ赤にして地団駄を踏んでおり、困り顔の両親と注文を取ろうとして巻き込まれたコングがいた。
「食べないとお腹空くでしょ。」 「空かないいいい! プール! プールに行くのお!」
なるほど、お怒りの原因はそれでしたか。と、マードックたちは理解した。少し歩けばビーチなのだが、このホテルにはプールもある。特に小さい子供を連れている家族に人気なのが、水深30センチの子供用プールだ。ドーナツ型の流れるプールで、お子様が浮き輪に入ってぐるぐると回っていく。ただ、そのプールは本日、月に一度のメンテナンスでお休みになっている。
「今日はプールはお休みなんですって。」 入れないのだから仕方がないが、お子様にそれは通用しない。
「それでも行くううう。行ったら入れるかもしれないもん。」 「それよりほら、午後から料理教室に参加するんだろ。きっと楽しいぞ。」
「いやああプール! プール行くううう。」
父親が子供の気を引いている隙に、母親がコングにAランチとBランチ、それにお子様ランチを注文した。そして料理が運ばれてくるまでも、来た後も、男の子は力の限り泣き喚き、両親はそれを宥めながらそそくさと食事を終えて席を立った。
「あれが来るのか。」 「来るね。」 厨房でコングとマードックが頷き合い、横ではピエールが青くなっている。
「どどど、どうしましょう、あれじゃとても危なくて料理なんてさせられません。他の子も泣き始めたりしたら収拾つかなくなってしまいます。やっぱりあの子はお断りして……。」
おろおろとするピエールを、コック長が一喝する。
「何言ってやがる、ああいう日頃大変な親御さんたちにひと時だけでもゆっくりしていただくための企画なんだろうが!」
「それはそうですけど。」 そこにハンニバルとフェイスマンが顔を出した。 「事情は聞いたよ。」
「そういうことなら任せてくれ。」 折しも壁のデジタル時計が13:00になった。ランチタイム終了である。
〈Aチームのテーマ曲始まる。〉
太い竹を抱えてくるフェイスマン。コングが竹を縦に割り、節を取る。細い竹を組み合わせて縛り、支柱を作っていくマードック。店内のテーブルを壁際に寄せ、空いた空間に支柱を並べるハンニバル。フルーツをカットするピエールとコック長。白玉粉やグラニュー糖を量り、台に並べていくフェイスマンとマードック。割った竹を支柱に渡して配置を調整するハンニバル。厨房の水道からホースを引き回すコング。
〈Aチームのテーマ曲終わる。〉
「いやああああ! お菓子作らないいいい! プール行くのおお!」
14:00。廊下を盛大な泣き声が近づいてきて、両親に連れられた男の子がやってきた。他の参加者は7歳と9歳の姉妹に、6歳の男の子の3名で、泣いている男の子を見て目を丸くしている。
「ではお預かりします。」 フェイスマンが男の子の手を引くと、両親が困った表情で頭を下げる。
「よろしくお願いします。泣き続けるようでしたらこの番号に連絡を。」 「承知しました。お父様とお母様はどうかごゆっくりお休みください。」
大音声で泣き喚く子供の頭上で言葉を交わし、両親を送り出す。コングがしゃがんで男の子と視線を合わせた。
「なあ坊主、名前教えてくれるか?」 「嫌だああああ!」
「他の子はみんな教えてくれたぜ。困ったな、教えてくれねえとコイツに名前書けねえなあ。」
男の子はコングが摘み上げたチューリップの名札を見て、一瞬だけ泣き止んだ。 「マーク。」 「マーク、と。ほら、できたぞ。」
サインペンでコングが名前を書き込んだ名札を胸につけてやると、マークはそれを撫でて頷き、それから思い出したように再開した。
「うわあああん!」 「それじゃあみんなはココナツプリンを作るよー。まずゼラチンをふやかして……。」
他の子供たちはピエールの説明を聞いてココナツプリン作りに取りかかり、マードックとコング、フェイスマンがサポートに入る。
一方、マークはハンニバルに背を押されて竹の樋を覗き込んでいた。中にはちょろちょろと水が流れている。
「ほら、ウォータースライダーみたいじゃないか?」 「ウォータースライダー……?」
拘りのキーワードにマークが反応し、泣き声が止んだ。 「今からコイツに白玉を流すんだが、下で受け止められるかな?」 「できる!」
身を乗り出したマークの頭をぽんぽんと叩いて、ハンニバルが豪快に笑う。 「よし、では白玉を作るところからだ。」 「やる!」
ちょうど器に流し入れたココナツプリンを氷水で冷やし始めた他の子供たちと合流し、マークとハンニバルも一緒に白玉を作り始めた。白玉粉を捏ねて丸め、茹でて冷水に取る。
15:30。子供たちが小さな杓子を手に樋の下流に並んだところで、コングとマードックが上から白玉を流す。次々と流れてくる白玉を子供たちは夢中になって掬い、ひとしきり掬い終わると、冷えた白玉とカットフルーツをココナツプリンの上に載せておやつタイムとなった。
マークも他の子供たちに混じってニコニコと器の中身を混ぜながら食べ、お腹が空いていたのかお代わりまでして完食した。
16:00。マークを迎えに来た両親は、上機嫌な息子を見て心底ほっとした表情になった。 「ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「まったく大丈夫です。他のお子さんとも仲よくしていましたよ。」 フェイスマンがにこやかに家族を送り出して戻ってきた。
「皆さん、ありがとうございました。おかげで料理教室は大成功です。」
ピエールが感激した様子でマードックの手を取って礼を述べる。それからフロアを占拠する竹の水路を見渡し、コック長と顔を見合わせてAチームに向かって重々しく告げた。
「では、店内を元に戻す作業をお願いします。18:00からのディナー営業までに間に合わせてくださいね。」
その日、出たアルバイト代はコングとマードックの2人分だけだが、レストランの割引券が4枚添えられていたのだった。
【おしまい】
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