イン・ザ・流れないプール
伊達 梶乃
 上流とまでは行かない、中流の上の方のファミリーの家が建ち並ぶエリア。そのうちの1軒の駐車場に赤いラインが入ったバンデューラが停まり、その直後、横に白いコルベットが停まった。あと1台くらいは車を停められるスペースがある。
「や、コング、お疲れさま。今日のバイト、プールの監視員だっけ?」
 フェイスマンがコングの背に声をかける。その背は心なしか丸まっている。
「おう。くったくただぜ。」
 因みに今回のアジトはプールつき。この近所の家はどこもプールつき。コングがバイトに行っている市営プールに来るのは、家にプールのない家庭の子供たちがメイン。海も近いのに、何でプールに来るのか、コングには理解できない。
「てめェはメシ買いに行ってたんじゃねえのか?」
 コングは、追いついてきた手ぶらのフェイスマンを見て訊いた。この時間帯にフェイスマンが帰ってくるというのは、夕飯を買いに行って戻ってきた以外の選択肢が思いつかない。
「訊かないでよ。」
 肩を竦めて溜息をつくフェイスマン。それだけで、女性をディナーに誘ったけど断られたんだな、と察することができる。
「ってことは、夕飯なしかよ。」
 気がついて、途端に険しい顔になるコング。
「あ、それは大丈夫。ほら、俺、外出る予定だったから、代理呼んどいた。」
 それは即ち、マードックが招聘されたということ。さらに険しい顔になるコング。
「あれ? そしたら俺の分の夕飯、ないってこと? それ、ちょっと困るなあ。」
 そう言いながら玄関のドアを開けるフェイスマン。
「ただいま。モンキー、俺の分の夕飯、ある?」
 キッチンからマードックが顔を覗かせる。
「何、フェイスも食うの? コングちゃんの取り分が減っていいんなら、あるっちゃあある。」
「俺ァ腹ペッコペコなんだ。昼もろくに食っちゃいねえしな。俺の分は俺が全部食わしてもらうぜ。」
「おう、2人とも、お帰り。」
 声を聞きつけて、ハンニバルも姿を現した。
「ちょうどよかった、大佐。ゴハンできたから呼びに行こうと思ってたんよ。」
 ダイニングルームに移動する3人。テーブルの上には3人分のフォークとスプーンと、深皿と平皿が並べられている。フェイスマンも当然のようにセッティングされている席に着く。
「そこ、オイラの席だぜ。メシ食いてえんなら、自分で皿取ってきな。」
 シッシッとフェイスマンを追いやるマードック。その手には、巨大ボウル山盛りの茹でブロッコリー。それをテーブルの上にでん、と置く。
「マヨネーズ、いる?」
「もちろん。」
 そう答えるのはハンニバル。
「塩くれ、塩。」
「薄っすら塩味はついてるぜ。」
 自分の分の皿とカトラリーを持ってきたフェイスマンが、「ブロッコリーにはビネグレットだよね」と呟いてキッチンに戻る。
「それ(ブロッコリー)、病院の庭で作ったやつなんよ。ああ、先に言っとくと、変な薬は使ってねえよ。」
 キッチンからマードックの声が言う。
「使ったとしても農薬と肥料くらいでしょう。洗って茹でてあれば大丈夫ですよ。」
 ハンニバルがトングでブロッコリーを平皿に取る。コングはスプーンで平皿に取る。
「ほいよ、マヨ。」
 マヨネーズとスプーンをハンニバルに渡すマードック。
「うむ、済まんな。」
 ビン入りマヨをテーブルスプーン山盛り2杯、ブロッコリーにかける。
「あああ、ハンニバル、カロリー高すぎ!」
 小さなボウルを左手に持ち、小さな泡立て器でビネグレットを混ぜながら、フェイスマンが悲痛な声を上げる。
 フェイスマンの意見を無視して、お祈り省略のいただきますをしたハンニバルが、マヨたっぷりのブロッコリーを口に入れ、固まった。コングも大口を開けてブロッコリーを掻き込むなり固まった。2人はろくに咀嚼もせずに、口の中のものをごくんと飲み込む。
「おい、モンキー……これ、どれだけ茹でたんだ?」
「ギッリギリで形保ってやがったぜ、このブロッコリー。噛まなくても飲み込めらあ。」
「バレちゃったか。10分……うんにゃ、15分? これが噴いちまって、あわあわしてたら茹ですぎた。」
 これ、と大鍋を見下ろす。蓋を開けて、お玉で深皿に取り分けていく。ぼちゃー、ぼちゃー、と。
「何だ、こりゃ? スープか?」
「モーモーチャーチャー。」
「いや違うよ、モンキー。俺、見たことあるもん。モーモーチャーチャーは、器に入ったココナツミルクのブラマンジェの上にアングレーソースがかかってて、小さくて丸いライスケーキや、甘く煮たガルバンゾーやスイートポテトが乗ってた。」
 深皿に入れられたものは、白っぽくはあるけど、ブラマンジェのように形をなしてはいない。
「リゥさんはモーモーチャーチャーって言ってた気がするんだけどな。」
「リゥさんって誰だ?」
「病院のゴハン作る人。レクのネタがない時に、中華料理教えてくれるんよ。炒飯とか餃子とかも習ったぜ。」
「じゃあ、これはアレじゃないか、ボボチャチャ。モーモーチャーチャーの原形と言われているやつ。」
 みんな、話しながらも、それを食べ始めた。ココナツミルクの汁の中に、サツマイモやタロイモ、バナナやピーナッツ、緑豆、ナツメなどが入っており、汁自体は薄めの塩味。
「案外美味いな。」
「ああ、イモが美味え。」
「ココナツミルクの風味がいいね。」
「でも、夕飯に食うもんじゃねえよな。朝ゴハンとして食うってリゥさんも言ってたし。」
 作った本人も反省。
「しかし、肉が欲しいな。」
 案の定、ハンニバルが言い出した。
「そう言うと思ってた。」
 いいタイミングでオーブンがチンと鳴った。マードックが席を立ち、キッチンへ。ちょっとして、大皿を持って戻ってくる。
「はいよ、何とかケバブ。串、熱いから気ィつけて。」
 挽肉を巻きつけた金串を平皿に1本ずつ置いていく。金串の熱さなど気にせず、串を素手で持ってかぶりつくコング。ナプキンで串を持ってかぶりつくハンニバル。最後の1本は、マードックとフェイスマンで半分こ。
「レクでホジャさんに習ったケバブのうちの1つ。ここんち、スパイス揃っててよかったぜ。スパイスなしの挽肉の塊は、ケバブって言わねえもんな。」
「ホジャさんってのも病院のコックか?」
「んにゃ、洗濯係。」
「あそこの病院、だいぶレクのネタに困ってんのね。コング、筋トレ教えに行ったら?」
「そうだな、プールの監視員のバイト、明日からしばらくなしになったんで、ちょうどいい。金くれんなら行ってくるぜ。」
 レスラーを名乗れば、マスクを被って顔を隠しても、怪しくはないだろう。
「バイト、なしになったの? この夏ずっと監視員の予定じゃなかったっけ?」
「市営プールのメインプールを新しくしたの、知ってるだろ?」
「いや、知らない。」
「競泳用のプールをぶっ壊して、流れるプールを作ったんだ。楕円の。」
「市営のプールが流れるプールでいいの? 市の水泳大会とか、どうすんの?」
「試合はスイミングスクールのを使えって話らしい。どうせ水泳の試合に出んの、スイミングスクール行ってる奴らだしな。」
「確かに。」
「そんで、入場料を値上げしない代わりに利用客を増やすって目論見で、税金使って流れるプールを作ったんだ。」
「俺、市に税金払ってないからいいけど、ちゃんと納税してる人たち、怒るんじゃない?」
「今んとこ、誰も文句言ってきちゃいねえらしい。」
「そっか、入場料、値上げしてないから。遊園地の流れるプールに比べたら、だいぶ安いし。」
「だから、朝から晩まで超満員で、こっちは大変だぜ。子連れの客を呼び込むために浮き輪使用可になったんだけどよ、水深5フィートあるもんで、浮き輪からすっぽ抜けて溺れるガキが続出でな。助けに行くにも、混雑しすぎて飛び込めねえし、水に入ってからも、水が流れてるもんで、俺も流されるし、流された浮き輪の下にゃガキいねえしで、何回人工呼吸したことか。」
「それで、バイトがなしになったってのは?」
「流れるプールの水を流れるようにする機械が壊れたんだ。電気系統にゃ問題なかったから、機械本体の方の故障だな。」
「そのくらい、コング、直せないの?」
「直せるだろうけどよ、直すにゃプールの水抜かなきゃなんねえ。水抜いて機械直した後も、また水入れなきゃなんねえ。」
「そっか、水道代。」
「ああ。営業中も、ちっとずつァ水入れ替えてるんだが、全部入れ替えってなったら結構な額だ。時間もかかるしな。」
「コングちゃんがガスボンベ背負って潜るんじゃダメなの?」
「背負うんなら酸素ボンベだろ。ガスボンベじゃ死ぬぜ。」
「そうだった。」
 実際、スキューバダイビング時に背負うタンクの中には空気が入っているのだが、酸素でも全然構わないと思う。自腹を切るのでなければ。
「それも一応、案として挙がってんだ、ひでえことに。で、どうすんのか、って明日から話し合うらしい、市で。」
「コングに拒否権はあるの?」
「連絡取れなけりゃ諦めるだろ。」
「そしたら、話し合いのし直しだね、市で。」
「ところでフェイス、お前さん、仕事の話を聞きに行ったんじゃなかったのか? 何で早々に帰ってきたんだ?」
「うん、ディナー食べながら話を聞く予定だったんだけど、支払い、依頼人持ちで。指定の店に行ったら伝言が入ってて、仕事の都合で行けなくなったから、また連絡します、って。予約のキャンセル料もあっち持ちだって言うし、別にいいかな、って。電話で話した限りでは、若い女性の声だったし。20代後半から30代前半の、いい家庭で育って、いい教育を受けて、それなりの会社にお勤めのお嬢さんって感じ。」
 まだ依頼内容を聞く前の段階なのに、フェイスマンは依頼が何であれ受けるつもりでいる。報酬をちゃんと支払ってくれそうな若い女性は、依頼人として最高ランクである(フェイスマン的には)。
「急ぐ話じゃないなら、オイラ一旦、帰るぜ。明日の朝イチで院長先生の回診があるんだ。予習しとかなきゃ。何がいいかな……流れるのどうだろ?」
 マードックは席を立つと、流れるプールで浮き輪をつけて流されている子供のように、食卓の周りを回り始めた。
 ちょうどその時、電話が鳴り、すぐさまマードックが受話器を取る。
「ハーイ……え、エンジェル? どしたの? 大佐? うん、いる。ちょっと待ってね。」
 受話器をハンニバルの方に差し出す。
「大佐、エンジェルから。」
「はいはい、代わりましたよ。……ああ、いいぞ。10分くらいで? わかった。」
 受話器を置き、ハンニバルは席に戻った。
「あと10分くらいしたらエンジェルが来る。」
 全員が、ちょっと嫌そうな顔をした。


 それから20分ほどして、ドアチャイムが連打され、エンジェルがやって来た。
「このブロッコリー、茹ですぎよ。介護老人施設で出すんだったらちょうどいいけど、もっと歯応え残しておいてほしいわね。」
 ボウルを抱えて、残っていたブロッコリーを食べるエンジェル。茹ですぎた本人はキッチンで洗い物をしているので、その訴えは聞こえない。
「それで、どうだった?」
 その問いに、エンジェル以外は「何が?」と思わざるを得ない。
「さすが大佐よね。よく気がついたと思うわ。ヤクの売人たちがザワついてるの、新種の薬が行方不明になったからみたい。」
「やっぱり何かあったんだな。」
「何それ、ハンニバル。ちょっと説明してよ。」
 同席しているフェイスマン、話が掴めない。コングは牛乳のグラスを前に、うとうとし始めている。
「散歩がてら町を観察してたら、ヤクの売人の動きがどうもいつもと違っててね。そわそわと言うか、お互いを探り合うような。それで、何かあったんじゃないかってエンジェルに相談したんだ。」
「その新種の薬っていうのが、そもそもは不眠症の人のために作られたものなんですって。不眠症って、眠れないから脳が休まらないでしょ。だから、眠らなくても脳が休んだと勘違いする薬なんだって。」
「ということは、それを覚醒剤として使うってことか。」
「そう。覚醒剤と違って、ハイにならない。冷静なままでいられる。そして、薬そのものに依存性はない、はず。依存するかどうかは使用者によるけど。ただ、まだ治験やってないから、副作用は不明。」
「まだ研究段階ってことか。」
「で、これから治験をやるんで、ある程度の量を作ったら、それが行方不明になった。それで警察に届けが出されて、あたしがその情報を聞き出した、と。」
「ヤクの売人たちも、どこからか情報がリークして、新種の覚醒剤が入手できるかもしれなかったのに、入手できずにいる、ってことか。」
「と言っても、2ポンドくらいって話だから、こんなもんでしょ?」
 両手で2ポンド程度の砂糖や小麦粉の大きさを表す。
「騒ぎ立てるほどの量じゃないんじゃない? それって何回分なのかしら?」
「嵩増ししてない状態で2ポンドなんて言ったら、1万回分はあるんじゃないですかね。」
「1万回?! 結構な量ね。」
 エンジェルが目を丸くした。
「パウンドケーキだったら2つ分なのに。1回分10ドルとして、10万ドル? どこかで何か計算間違ってない?」
 末端価格の計算は間違っていないが、パウンドケーキはバターと砂糖と小麦粉が1ポンドずつだから、1個あたり合計3ポンドになる。いや、卵やベーキングパウダーも入るか。
「売人がザワつくのも納得ですな。どこかの組織が隠し持っているのか、本当に行方不明なのか。」
 ハンニバルとエンジェルは話し込んでいるが、コングは疲れたので寝室に向かい、洗い物を終えたマードックは洗濯物を空き部屋に干している最中、フェイスマンは依頼人から電話がかかってきて応対中。
「ハンニバルたち、話まだ続く?」
 受話器の送話口を掌で押さえて、フェイスマンが振り返る。
「いや、もう必要な話は終わった。終わったか?」
「今んとこわかってることは、これでもうおしまい。」
「じゃあこれから依頼人、ここ来ていい?」
「ああ、構わんぞ。」
「あたしも、警察行って進展状況見てくる。」
「そうだ、エンジェル、モンキーを病院まで送ってくれない?」
 エイミー・アマンダ・アレンは、にっこりと笑って、首を横に振った。


 常識的にドアチャイムが鳴った。それは即ち、エンジェルが戻ってきたわけではないことを意味している。
 フェイスマンがドアを開けると、真面目そうな女性がそこにいた。年は20代後半か、短めのストレートな栗色の髪に、眼鏡をかけ、かっちりとしたスーツ姿の女性は、実に有能そうに見える。顔立ちは、上品で、頗るよし。
「先ほどは申し訳ありませんでした。早めに上がれる予定だったのに、急に仕事が飛び込んできてしまって。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。さ、どうぞ。」
 フェイスマンが優しげな微笑みと共に、優雅な動作で、依頼人を屋内に導く。
「はじめまして、エメリーン・リッピンコットと申します。」
 席に着いた依頼人が自己紹介をする。無論、テーブルの上は既に片づいている。そこに、洗濯物干しを終えたマードックがハーブティを3人分出す。もう夜も遅いので、カフェインの入っていないものを。
「Aチームのフェイスマンです、フェイスとお呼びください。こちら、リーダーのハンニバル。お茶出ししてるのがモンキー。コングってのもいるんだけど、今は席を外してる。」
 席を外してるって言うか、もう寝た。
「よろしくお願いします。」
 エメリーンが頭を下げると、ハンニバルは、うむ、と頷いた。
「ええと、リッピンコット上院議員のお嬢さん、で間違いない?」
 新聞の求人欄に交じっているAチームの3行広告を見て電話してきた時に、名前を聞いて“もしかしたら”と思っていたフェイスマン。
「ええ、そうです。でも、今回、父は関係ありません。親とは別居していますし、家計も別ですし。」
 それでも、万が一、何かあった時には父親に請求書を回すことができる。
「で、どういった用件なんだ?」
 と、ハンニバルが話を促す。早く寝たいので。ハーブティも不味いし。
「私、料理教室に通っているんですが、その時に、ストーカーがおりまして。これが、その写真です。カメラ好きの知人に頼んで、望遠カメラで撮ってもらったものです。」
 セカンドバッグから出された写真には、建物の陰に隠れているトレンチコートにサングラス姿の男が写っていた。
「いかにもな格好だな。」
「ストーキングするぞ、っていう意気込みが感じられるね。」
「この男が見ている先が料理教室ってわけか?」
「はい、そうです。毎週木曜18時からの、エッグルトン先生の家庭料理の回に参加しています。と言いましても、今日のように、飛び込みの仕事のせいで毎回は参加できないんですが。」
「警察には行ったの?」
「はい、行きました。でも、まだ何の被害も出ていないので、何もしてもらえませんでした。被害が出てから、また来い、って。」
「警察ってそうなんだよね。犯罪を未然に防ごうっていう気が全然ない。」
 やれやれ、と肩を竦めて頭を横に振るフェイスマン。
「この男、自宅周辺や職場周辺で見かけたことは?」
「それが、見かけたことがないんです。どこかにいるんだとは思いますが。」
「この男の見ている角度からして、料理教室って通りに面していて、もしかしてガラス張りの大きい窓がある?」
 ストーカーの写真を見ていたフェイスマンが、いいところに気づいた。
「ええ、その通りです。」
「中から外が丸見えだから、ストーカーがいるってわかったわけだ。」
 それは即ち、外から中も丸見えということである。
「ストーキングしていることがバレバレってわけだな。普通の家や会社じゃあ、そうは行かん。」
「でもさ、料理教室以外でストーカーを見かけてないってことは、ターゲットは君以外の人……っていう可能性は?」
「それは、あると思います。でも、木曜18時からの回は生徒数が少なくて、皆さんお勤めの方なので、私と同様、休むことも多くて。それで、生徒が私1人だけだった時もあるんですけど、その時もストーカーはいました。」
「となると、ターゲットは君、ってことか。」
「もしくは、その、何て言ったか、料理教室の先生だな。」
「エッグルトン先生ですか?」
「家庭料理教えてるってことは、その先生、お婆ちゃん?」
「いいえ、男性です。年は、見た感じ、30代でしょうか。」
「こうしていても埒が明かんな。次の料理教室の時に、ストーカーの奴を取っ捕まえてやろう。それで、何でストーキングしているのか吐かせればいい。」
「是非、そうしてください。」
「フェイス、料金の話が終わったら、帰宅するお嬢さんの後にそれとなくついて行って、目立たないところで見張りを頼む。適当なところでモンキーと交代するもよし、ずっと張りついているもよし。」
「うん、わかった。」
「大佐、オイラ、さっきも言ったけど、朝イチの院長先生の回診で狂って見せないと、病院追い出されるかもしれねんだよね。」
 ハーブティのポットを持って、ぐるぐる回っていたマードックが訴える。いつの間にかゴーストウォークを習得し、本当に流れているかのような動き。この動きで病院まで行くのは、ちょっと無理。普通に歩いても3時間はかかると思われる。
「ああ、そういうことか。じゃあ未明のうちにコングを叩き起こして、病院に送ってもらえ。で、回診が終わったら、自分で出てきんさいな。」
 ええ〜、という表情のマードック。コングを叩き起こすなんて、恐くてできない。
「それじゃあ、遠回りになりますけど、私が病院の前を経由して帰りますよ。そうすればモンキーさん、フェイスさんの車で送ってもらえますよね。」
 エメリーンが助け舟を出した。
「あんがと〜、それ助かるわ〜。」
 ポットをテーブルに置いてエメリーンの手を取ろうとしたマードックだが、水流に流されて(妄想上)、ただエメリーンの方に手を伸ばすのみ。フェイスマンも渋々と頷いた。


〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
 ごく普通のフラットに帰ってくるエメリーン。その周辺を酔っ払いの振りをして歩き回るフェイスマン。こそこそと病院の自室(病室)に戻るマードック。爆睡しているコング。寝る支度をしながら、ふと考え込むハンニバル。
 ロサンゼルスの遠景が次第に明るくなってくる。
 すっかり朝。出勤するエメリーンに、ハンケチを拾った振りをして接触するフェイスマン。眠そうなフェイスマンに、仕事先には来なくても大丈夫だから、帰って眠るよう言うエメリーン。院長先生の回診で、浮き輪を嵌めて流れるプールで流されている妄想を披露するマードック、無事、狂人のレッテルを貼られる。鍋に残っていたボボチャチャを食べるコング。ネスカフェを飲み干し、アジトを出ていくハンニバル。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉


 木曜日18時、エッグルトン先生の家庭料理教室には、エメリーンと、同年代の女性がもう1人、それとトライアル参加の男性が1人。
「今日はペックさんがお試しで参加してくださっています。僕は講師のヒュー・エッグルトンと申します、よろしくお願いします。」
「あ、よろしくお願いします。テンプルトン・ペックです。」
 ブロッコリーの茹で時間を適切にさせるべくマードックを料理教室に潜入させたかったハンニバルとコングだったのだが、マードックが奇行に走らないとは限らないので断念して、当たり障りのないフェイスマンを潜入させたのだった。因みに、この人選だけで1日かけたAチームである。
「はじめまして、モニークです。」
「エメリーンです。」
 エメリーンもペック氏とは初対面の振りをする。
「今日は、まずミートローフを作ります。1人1つ作ると食べ切れない量になるので、全員で1つ作りましょう。材料はこちら、牛の挽肉1ポンド、パン粉1カップ、タマネギ半分──。」
 レシピは既にコピーが配られており、調理台に並べられているものを確認していくだけの作業。
「では、タマネギをみじん切りにします。」
 中略!(調理シーンがあまりにも長くなったので割愛します。)
 1時間とちょっとの後、ミートローフとシーザーズサラダとビーツのポタージュスープが完成した。窓際のテーブルに完成品を持っていき、試食会。
「わあ、温かいミートローフって、ふかふかなのね。」
「やっぱり手作りすると、市販品のシーザーズドレッシングと全然違うわね。」
「ポタージュスープってこんなに簡単に作れるんだ。」
 わいわい喋りながら、作ったものを食べる。そして、4人のうち2人が窓の外をちらりと見る。いる。いかにもストーカーな男が。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 ストーカーが身を寄せている建物の屋上から、マードックが網を投げる。頭上から落ちてきた網の中で、ストーカーがもがく。コングが駆け寄ってきて、網ごと男を抱える。バンが走り込んできて、一瞬停まった。バンが走り去った後、そこにはもう誰もいなかった。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


 Aチームのアジトには、Aチームの4人とストーカー男とエメリーンが勢揃いしていた。
「さて、ストーカーさん、全部話してもらえませんかね。」
 手足を拘束されたストーカーは、椅子に座らされ、猿轡もない。なかなかの優遇。
「話せません。」
 首を横に振るストーカー。
「そうか。じゃあコング、こちらさんの指を1本ずつ……いや、爪を1枚ずつ?」
「アバラ1本ずつってのはどうだ?」
「そんなことできるのか?」
「ああ、こう、バキッと1本ずつ。」
 両手で挟み込んで、肋骨を1本ずつ折る仕草をするコング。
「いやあ、肋骨は地味に痛いよ。下手すると内臓に刺さるし。」
 しみじみと言うフェイスマン。
「どうしますかね、エメリーンさん。」
 エメリーンの方を見て、ハンニバルが問う。しかし、エメリーンは眉間に皺を寄せているのみ。
「もう一度訊こう。この男、どうしたらいい? リッピンコット捜査官。」
「捜査官?」
 フェイスマンが声を引っ繰り返した。
「麻薬捜査官、だな。そして、この男は、名前は知らんが、同僚の捜査官だろう?」
 エメリーンが歯の間からスーと息を吸った。
「……バレてしまいましたか。」
「そりゃあわかりますわ。出勤するあんたを尾行すれば。」
 そう言って、フェイスマンの方をジロリと睨む。依頼人の調査をしなかったフェイスマンの落ち度。依頼人の職場まで行かなかったフェイスマンの落ち度。
「本当はあたしたちに料理教室のエッグルトンを調べさせたかったんだろう? 違うか?」
「その通りです。」
「何でこんな回りくどいやり方を?」
「麻薬捜査官の依頼なんて受けてくれないと思ったんです。」
「うん、最初からわかってたら、依頼受けなかったよ。ストーカーに怯えてる女性だって思ったから引き受けたんで。」
 それも、上院議員の娘だし。労働の対価を踏み倒される可能性は低いし。恩を売っておけば、何かの役に立つかもしれないし。
「で、そのエッグクルトン、何したの?」
「エッグクルトンじゃねえ、エッグルトンだ。」
 マードックの間違いをコングが指摘する。
「あたしとエンジェルの調べによると、エッグルトンは調理師の免許は持っているが、ちょっと前まで製薬会社の研究所で助手をしていた。助手って言っても、薬品を量ったり器具を洗ったりするだけだがな。朝から夕方まで助手をして、その後、料理教室の講師をしたりレストランで調理のアルバイトをしたりして生計を立てていた。それが、1日通しの調理の仕事に就いたからって言って、研究所の助手を辞めた。」
「あれ? でも、まだ料理教室の講師、してるよ? 木曜日だけは調理の仕事、休みなの?」
「お前さん、あたしとエンジェルの話、聞いてたよな?」
「聞いてたけど……あ、あの話と繋がってる?」
 やっと理解したフェイスマン。コングとマードックはまだ理解できていない。と言うか、知っている情報が足りない。
「製薬会社の研究所から覚醒剤にもなる薬品を持ち出したのは、恐らくエッグルトンだ。そうだな?」
 と、ハンニバルがエメリーンに尋ねる。
「そうとは言い切れませんけど、私はそうだと考えています。でも、麻薬捜査官は推測だけでは動けないんです。」
「だから、あたしたちにエッグルトンを捕まえさせて、自白させたかった、というわけだな?」
「まったくその通りです。盗み出した薬品がどこにあるのか。その薬品が見つかれば、私たちの出番です。」
 と、その時、電話が鳴った。フェイスマンが受話器を取る。
「はい。ええ、そうです。今、代わります。……コング、お前に電話。」
 フェイスマンが受話器をコングに差し出す。「俺に電話なんて誰だ?」と言いながら、受話器を受け取るコング。
「ああ、俺だ。……その話か、すっかり忘れてたぜ。で、どうなった? ……畜生、やっぱそうなったか。……わかった、電話受けちまった以上、断れねえな。ああ、明日の朝イチだな。潜る道具は揃えといてくれよ。防水のヘッドライトも忘れずにな。何か足りなかったら、俺ァ潜んねえからな。」
 電話を切るなり、もう一度コングは「畜生」と言って、ハンニバルたちの方を向いた。
「明日の朝イチで市営プールの修理に行ってくるぜ。その間、こっちの仕事は一時免除してくれ。」
「わかった。無事を祈る。」
「無事だなんて縁起でもねえ。成功を祈ってくれ。」


 コングが寝室に引っ込んだ後、エメリーンは同僚のストーカー男と共に帰っていき、フェイスマンはバスルームへ向かい、ハンニバルも寝室に引き上げ、マードックはリビングルームのソファで横になった。
 夜が明け、早々に起き出したコングは、牛乳を1杯飲んでからジョギングに出た。1マイルほど走って、アジトに戻り、シャワーを浴びる。それからシリアル1箱をボウルに出して、牛乳をたっぷりかけて食べる。食後、リステリンで口を漱いで、まだ寝ているマードックを肩に担いでバンに放り込む。自分は運転席に座り、出勤。途中で病院の前にマードックをポイッと放っていく。


〈Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
 最低限のスキューバダイビングの装備をつけ、頭に防水ライトを括りつけて、プールに潜るコング。安全柵を外して、中の送水機をチェックする。だが、特に壊れている部分は見つからない。柵を元に戻して水から上がり、マスクとレギュレーターを外して、付き添いの市職員に何事か訴える。市職員が小脇に抱えていたファイルを開き、コングに図面を見せる。コングがある箇所を指で示す。市職員が頷く。コングはその場所に移動し、再びマスクとレギュレーターをつけて水に潜った。柵を外し、中を見る。ゴミらしき塊が詰まっていた。それを掴み出しプールサイドに置くと、柵を元に戻した。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。〉


「ゴミ箱はどこだ?」
 装備一式を外したコングがゴミを拾い上げる。泥の塊のようだが、形はしっかりとしている。粘土かもしれない。表面には苔だか海藻だかが生えている。淡水だから海藻ってことはないだろう。
「あっちにありますけど、今、清掃係も来てないんで、どこかのゴミ捨て場に捨ててもらえませんか?」
 市職員は送水機のスイッチボックスを開けて、中のボタンを押した。モーターが回る音がして、送水機から水が勢いよく吐き出され、プールの水が流れ始めた。
「吸水口がゴミで塞がってたんですね。それにしても、そんなに大きいゴミ、柵の隙間から入ったんでしょうかね。」
 動作確認が終わったので、送水機をオフにして、スイッチボックスを閉めて鍵をかける。
「誰かがいたずらしたんじゃねえか? 自然に吸い込む大きさじゃねえだろ。」
「柵に金網をつけた方がいいか、検討しましょう。」
「おう、金網つけんのはいい案だな。で、俺はもう着替えていいのか?」
「はい、ありがとうございました。これ、少ないですが。」
 と、封筒を渡される。濡れた手で封を開け、中を確認する。妥当な額が入っていたので、コングはそれを海パンに挟んだ。
「明日から流れるプールを再開しますので、また監視員をお願いします。」
「おう、任せとけ。けどよ、このプールが深えもんで、浮き輪からすっぽ抜けたガキが溺れまくって敵わねえんだ。浮き輪使ってるガキから目え離すなって注意書きを張ってくれ。」
「すぐに対処しましょう。注意喚起のアナウンスも流すようにしましょう。」
「おお、そりゃいいや。頼んだぞ。」
 一仕事終え、コングはほくほくと更衣室に向かった。ゴミを持って。
 5分後、素早く着替えを終えたコングは臨時収入も入ったことだし、いつもよりハイグレードなハンバーガーショップに行こうかと考えながら駐車場のバンに向かって歩いていた。その前に、ゴミ(守衛にゴミ袋を貰って入れた)をゴミ処理場まで持っていかなければ。そこいらのゴミ捨て場に捨てるわけには行かない。そこいらのゴミ捨て場は、その近隣の住民がゴミを捨てる場所だからだ。と、その時。
 シュルルルル……ダンッ!
 目の前を何かが飛んで横切り、バンのフレームに中華包丁が刺さった。歩みがあと少し速ければ、顔が削がれていたところだ。ゾッとする以上に、バンに傷がついた、と言うか見事に包丁が刺さったことで、当然ながらコングは怒った。
「包丁なんか投げやがったのはどこのどいつでい!?」
「その袋の中の物を寄越せ!」
 そう言った男の姿を見て、コングは「誰だったけか、こいつは」と考えた。2秒後、「料理教室の先生だ」と思い当たる。通りを隔てて窓の中をちらりと見ただけなのであまりよく覚えていなかったが、ナイフではなく包丁を投げるのは料理関係者くらいだろう。
 エッグルトンは次の包丁を構えている。コングは今、丸腰だ。走って殴りに行くには距離がある。何か投げるものでもあればいいのだが、このゴミを投げるわけには行くまい。聞いた話から察するに、恐らくこのゴミが、捜されているブツである。それが何だったかちょっと記憶に薄いが。かと言って、バンに刺さっているこの包丁を抜いて投げていたら、その間にあちらが次の包丁を投げてくるだろう。こっちは2モーションで、あっちは1モーションだ。……こっちも1モーションで投げればいいのか? とコングが考えていたその時。
 パン! パン、パン!
 エッグルトンの背後からセダンが迫ってきて、軽い銃声が3発聞こえた。エッグルトンが手から包丁を取り落とし、身をよじるようにして倒れる。
 ラッキー、とコングはバンに乗り込み、急発進させた。
〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。ただし、小音量で。〉
 バックミラーを見ると、セダンはエッグルトンを無視してこっちを追いかけてくる。セダンの後ろからはピックアップトラックも追いかけてきて、セダンとピックアップトラックとの間で撃ち合いも行われている。エッグルトンの動向を掴んだ麻薬密売組織2団体が追いかけてきている、と考えるのが妥当だ。
 ハンニバルが助手席にいてくれればいいのだが。妥協して、フェイスマンでもいい。しかし2人はアジトにいる。多分、まだ寝ている。麻薬密売組織が追いかけてくる状態でアジトのある住宅地に行くのは大変に迷惑だろう。ご近所さんに被害が及ぶかもしれないし。
 警察に駆け込んで、ブツを渡して、後続の奴らを捕まえてもらうという手もあるが、コングも指名手配されているわけだから、相手がMPでないただのPでも逮捕はされるであろう。この案も却下。
 そうこうしているうちに、見慣れた場所に出た。退役軍人病院精神科の近くだ。いつもの塀の脇にバンを急停車させて、塀の中に向かって叫ぶ。
「モンキー! いたら手伝え!」
「あいよっ!」
 ちょうどマードックは庭に出ていたようで、中から返事が聞こえた。すぐさまマードックが走り出てきて、既に走り出したバンのスライドドアを開け、飛び込むように乗り込む。
〈Aチームのテーマ曲、多少、音量が大きくなるけど、まだまだ。〉
「こんな簡単に出てこられんのか?」
 いつも苦労してマードックを病院から連れ出しているのに。
「たまたま庭でブロッコリーの世話してたんよ。全速力で走ったから、誰も追いつけなかったってだけで。」
 はあはあと肩で息をしながら、切れ切れに説明するマードック。手は土で大層汚れている。
「で、どしたん?」
「後ろ見てみろ。」
 言われて、サイドミラーを見る。
「人相の悪い奴らが乗った車2台が追っかけてきてる?」
「銃持ってきて、そいつらを何とかしてくれ。」
「オッケ。」
 座席の後ろ側からオートライフルを持ってきて、シートの上でもぞもぞする。
「えっと、こっち側だと……あー違うな、フェイスの席の方がいいのか。」
「何やってんだ?」
「どっちの方が撃ちやすいかなって思って。後ろ狙いやすくて、かつ、落ちないようにしなきゃなんねえだろ? 標識に頭ぶつけんのもやだし。」
「どっちだっていいから早くしやがれ!」
「ってえか、後ろ開けていい?」
「おう。」
 マードックは後部の雑然とした物品を左右に除け、中央に俯せた。そして、バックドアをそっと、少しだけ開けた。隙間から後続の車のタイヤを狙う。そこにあるのが関係ない人の車ではなく追手の車でありますように、と祈りながら。
〈Aチームのテーマ曲、またもや音量が少し大きくなる。〉
 パァン!
 1発でタイヤがパンクし、後続車は制御できずに消火栓をなぎ倒し、街路樹に突っ込んだ。噴水のように噴き出す水でびちゃびちゃになりながら、車から出てくる人相の悪い男たち。
「へい、お次も!」
 パァン!
 2台目の車は、何が起こり得るか学習済みだったが、わかっていても対処できないものである。こちらの車は工事現場に突っ込み、土台を造るために掘り下げた穴の中に落ちた。
「2台とも撃墜完了!」
 墜はしていないが。いや、2台目は墜落したか。
 意気揚々とバックドアを全開にしたマードックが、はっとして彼方の空を見つめる。
「コング、嫌なお知らせがあります。」
「何だ?」
「後ろからヘリが来てる。味方だといいんだけど。100歩譲って、新聞社のヘリでも許す。」
 そう希望を述べたけど、十中八九どころか十中十、麻薬密売組織のヘリ。
「……ハイウェイに入るぜ。追っかけてくるヘリを引き離せるとは思わねえがな。」
「せめてグレネードランチャーでもあればなあ。」
 後部ドアを閉めるマードック。
「その辺にねえか? 銃の下にくっつけるやつ。弾も確か何発か残ってたはずだ。」
 言われて、大慌てで目的のものを探すマードック。長物を無造作に投げていくと、ゴロリとグレネードランチャーが転がり出てきた。オートライフルに取りつけるのは後でコングに任せるとして(つけ方忘れた)、弾を探す。恐らくこれじゃないか、というサイズの弾(と言うか筒)が、箱どころか包装も何もなしで、弾のストックが入った箱の山の隙間に挟まっていた。これだという確証はないが、時間もないし、これでいいことにする。既にバンのルーフにヘリのスキッドでちょっかいをかけられている音と衝撃がするし。
「コングちゃん、見っかったけど、使い方忘れた!」
「アホンダラア! ああ畜生、運転代われ!」
 マードックにはバンのハンドルを握らせたくないが、背に腹は代えられない。マードックが助手席に移動してハンドルに手を伸ばす。コングは運転席のシートを倒して、後方に移動した。
〈Aチームのテーマ曲、普通の音量になる。〉
 グレネードランチャーをオートライフルに取りつけずに、弾を装填する。後部ドアを開けると、ちょうど真上にヘリの尻尾が。コングはドアを撃たないように、テールローターに狙いをつけ、グレネード弾を発射した。
 テールローターと安定板を失ったヘリコプターは、ぐるぐると回り出した。ルーフからゴリゴリガリガリと音がし、コングは心の中で悪態をつきつつも、後続車しばらくなし、反対車線空いてる、と確認して後部ドアを閉めながら運転席を振り返って叫んだ。
「急ブレーキかけろ!」
 言われて、マードックはブレーキを踏み込んだ。バンがガクンと停まると、ヘリが横回転しながら前方に吹っ飛んだ。ビバ、慣性!
 コングのバンは、少しバックした後、Uターンして反対車線に入ると、何事もなかったかのように走り去ったのであった。
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉


 Aチームのアジトには、Aチームの4人とエメリーンとエンジェルとエッグルトンが勢揃いしていた。あの後、コングたちが市営プール駐車場に戻ると、エッグルトンが未だ倒れたまま放置されていたが、駆け寄ってみると腕を撃たれただけだった。
 テーブルの上に置かれたゴミは、まだしっとりとしていた。苔か海藻かと思われていたものは、海藻で正解だった。偽装のために瞬着で貼りつけられたわかめ。エメリーンが嫌そうな顔をして、ポリ手袋を嵌めた手でわかめごとラップフィルムを剥がしていく。念入りに巻かれたラップフィルムを取り去ると、その中には白い粉が入ったポリ袋が。
「それ開けて舐めてみないの? 麻薬だ、って。」
 フェイスマンがエメリーンに尋ねる。
「麻薬じゃなくて覚醒剤です。舐めたら、盗品をさらに盗んだことになって、私も捕まります。これはこのまま、押収します。」
 ナイフも通らない袋に覚醒剤を入れると、袋の口を鎖で巻いて鍵をかけた。
「エッグルトン先生、これを研究所から盗んだのは先生ですね?」
 腕の治療を終えたばかりのエッグルトンにエメリーンが訊く。
「はい、そうです。」
 彼は観念して答えた。この状況で、この状態で、嘘をついたり抵抗したりするほど愚かではないので。
「門にも出入口にも各部屋にも薬品庫にも鍵がかかっていたのを、どうやって?」
「研究所で働いている間、鍵は自由に使えたので、使った時、返す前に粘土で型を取りました。」
「ってことは、てめェ、前っから何か盗んでやろうって気でいたのか。」
「普通の薬品は盗んでも大した値段じゃ売れないし、割に合わないな、ってわかって、鍵のコピーは使わないつもりでいたんですけど、新しく作った薬が覚醒剤に使えるって聞いて、それだったら盗んで売ったら一生遊んで暮らせる額になるだろうと思って。海外に飛べば、そう簡単には見つからないだろうし。」
「それで盗んだはいいが、どこかから情報が漏れて麻薬密売組織に狙われそうだったから、プールに隠した、と。」
「情報が漏れたの、あたしのせいかも。故意でリークしたわけじゃないけど、警察であたしが無理矢理話を聞き出したところを誰かが聞いていた可能性もあるし。」
 珍しく反省の色を見せるエンジェル。
「そんで、プールが壊れて、修理する時に見つかるかもって思って見に来たわけか。ゴミ扱いされて燃やされちまったら最悪だもんな。」
「確かに、あんたが来なかったら、ゴミ焼却場に持ってくとこだったぜ。」
 そう言いながらも、鼻筋に皺を寄せた怒りの表情で、コングはバンから引き抜いた中華包丁をゴトリとテーブルに置いた。申し訳なさそうに身を縮こめるエッグルトン。
「密売組織の面々は、極力捕まえたそうです。騒乱罪とスピード違反と航空法違反で。コングさんとモンキーさんのことは黙っておきますね。そうですね、コングさんがゴミとしてこれを捨てて、エッグルトン先生がそれを回収して、撃たれたけど頑張って追手を振り切った、でもこれ以上狙われたくないので自首した、というストーリーでいいでしょうか。」
「いいの?」
 そう尋ねるのはフェイスマン。
「うむ、いい筋書きですな。」
 ハンニバルがOKを出したので、それでいいことになった。
「では、こちらを。」
 エメリーンが封筒をすいっとテーブルに置き、察したフェイスマンがそれを取る。中を検めると、小切手が入っていた。そこに書かれた金額は、当初の契約の見積額。
「これ、ストーカーを捕まえた報酬だよね? その後のカーチェイスのガス代やバンの修理費は……?」
「それは私、お願いしてませんので。」
 まったくその通りで、ああ……とフェイスマンは天井を仰いだ。コングも同様。
「では、失礼します。どうもありがとうございました。」
 エメリーンは席を立つと、Aチームに頭を下げた。そして、押収物を抱え、エッグルトンを従えてアジトを出ていった。


 今回の報酬を全額、コングのバンの修理費に充て、足りない分はAチームの(主にハンニバルの)生活費から出し、ずったずたになったバンデューラは、しばらくの後、元通りになった。
 暴れ足りなかったどころか暴れ皆無だったハンニバルは、バンを修理に出している間、麻薬密売組織に関する調査を続け、バンが戻ってくるや否や、3組織を順番に奇襲して壊滅させた。そして、やっと満足して葉巻に火を点けたのだった。
【おしまい】

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