走れフェアリー
鈴樹 瑞穂
「いちにさんし、にーにっさん、さんさんさんし、よーにっさん。」
 元気なかけ声と共に腕を振り回し、上体を曲げ、屈伸するマードックと、その隣で寡黙に脹脛を伸ばすコング。町外れの公園はすっかり木々の葉も落ちて冬景色であったが、体を動かしているとポカポカとしてそれほど寒さは感じない。
 ここのところ、早朝ジョギングの後、公園でストレッチをするのが2人の日課であった。この町にはもう1か月以上も滞在していて、毎朝公園で顔を合わせる近所の住民ともすっかり顔馴染となっている。
「おはよう、お2人さん。今日もご機嫌だね。」
 派手なブルゾンにスパッツを穿いたパープルヘアのマダムが手を振りながらやって来た。いつも虎縞や豹柄のスパッツを身に着けているので周囲からミセス・ビッグキャットと呼ばれている女性である。
「おっ、キャット姐さん。」
「久し振りじゃねえか。また旅行か?」
 コングとマードックがこの公園に通うようになってから1か月ほどだが、ミセス・ビッグキャットは毎朝来る時もあれば数日顔を出さないこともあった。旅行が趣味で月の半分は世界のあちこちにフットワーク軽く出かけているらしい。
「そう、ちょっとホッカイドーにね。はい、これお土産。」
 ミセス・ビッグキャットともなると国の名前をすっ飛ばして州名(日本の場合は都道府県名)を告げるし、肩にかけていたどでかい金色のトートバックから取り出した土産物だって地域密着の品なのである。
「なんだこりゃあ……熊か?」
「貯金箱? 何か入ってんな。」
 それは熊の形をしたプラスチックの容器だった。テディベアではなく、四足歩行の体勢で大きな魚を咥えており、アラスカで鮭を獲る熊の姿を彷彿とさせる。振るとカラカラと音がした。
「ホッカイドー名物バターキャンディさ。入れ物は木彫りの熊型。クールだろ?」
「おう。」
 コングがニッと笑って親指を立て、マードックはカラカラと熊を振った。バターキャンディはきっと美味しいやつだ、食べたことはないけれども。貯金箱も実用的である。クールなお土産と言えるだろう。
 ミセス・ビッグキャットは満足そうに頷くと、辺りを見回し、よちよち歩きの子供を連れた若い父親の方へと歩いていく。
「おはよう、ベビーたち。リトル・ベビー、今朝は泣きべそかいてないね。いい子たちにはお菓子をあげなくちゃ。」
「ありがとう、キャット姐さん。よかったな、リトル。」
「だぁ。」
「安心しな、ちゃんとアンタの分もあるよ、エルダー・ベビー。」
 バターキャンディ入りの熊を渡され、父親も笑って受け取った。ミセス・ビッグキャットにかかれば父親の方もベビー扱いである。
 この辺りはそこそこ大きい町のこと、住民全員が顔見知りというわけではない。それでも、朝に公園に集まる顔ぶれは大体決まっており、互いに本名も住居も知らないものの、会えば通称で呼び合い、挨拶をし、時には旅行のお土産や田舎から送られてきたジャガイモを渡したりする、何とも緩いコミュニティが形成されている。
 ここでの呼び名は、ミセス・ビッグキャットに声をかけられた際の第一声で決まる。コングがトム、マードックはジェリー。曰く、仲よくケンカしているから。甚だ遺憾であったが、彼女に逆らってはいけない。瞬時に覚った2人は引き攣った笑顔で握手をしつつ、頷いた。
「ええと、あとは……。」
 ミセス・ビッグキャットはバッグの中を覗き込み、指を折って数え上げ、首を傾げる。
「フェアリーなら今朝はまだ来てねえぜ。」
 マードックが告げると、ミセス・ビッグキャットはポンと手を打った。
「そうそう、ホワイト・フェアリーちゃんだよ。」
 ホワイト・フェアリーちゃんは毎朝散歩に来る白い犬である。むくむくもこもこで縫いぐるみのように可愛い上に人懐こいのでちょっとした人気者だ。飼い主の方は、いつも被っているベレー帽から、茶色い帽子のオジサンと呼ばれている。
「あの子にはこれを買ってきたんだ。」
 ミセス・ビッグキャットが取り出したのは鹿肉のジャーキーだ。袋にでかでかと『犬用』と書かれている。きっとホワイト・フェアリーちゃんも、飼い主の茶色い帽子のオジサンも喜ぶであろう。
「そういやここ数日見てねえな。見たか?」
「いえ、会ってませんね。」
 コングが尋ねると、エルダー・ベビーも首を横に振ってリトル・ベビーを抱き上げた。そろそろ保育園に送り届ける時間なのだ。
「へえ、珍しいねえ。ま、そのうち来るだろ。会えた時に渡すさ。」
 ミセス・ビッグキャットはそう言って、ジャーキーを大事そうにバッグにしまった。


――ってことがあってよ。」
 マードックから今朝の公園でのやり取りを聞いて、フェイスマンが身を乗り出した。
「そのホワイト・フェアリーって白いアフロ犬じゃないか? 時々見るよ、外を歩いてるのに薄汚れたとこが一つもなくて、真っ白で縫いぐるみみたいなワンちゃん。これは飼い主もハイソな美女に違いないって思って目をやると、ごく普通のオッサンなんだよなあ。」
「ああ、その犬なら知ってますよ。ありゃあ大事にされているねえ。全く涙ヤケもないし、素晴らしく手入れが行き届いてる。」
 ハンニバルも相槌を打って、熊の入れ物からバター飴を取り出して口に放り込んだ。
「ん、これはなかなか。」
 ボリボリと噛み砕いてまた1つ。あっと言う間に食べ尽くされそうな気配に、マードックが素早く熊を回収する。
「おう、奴さんたち、大体毎朝、市場の方から公園へ来て、ちょうどこの辺りを通って帰っていくんでい。そりゃ見かける機会もあんだろ。で、最近見たか?」
 コングの問いに、フェイスマンは顎に手を当てて記憶を辿った。
「いつだったかなあ。この前見たのは……えーと、先週の火曜か、水曜? そうだ、卵の特売日だった。水曜だ!」
「ほぼ1週間前じゃん。」
「いつと言われれば、今だ。」
 ハンニバルがそう言い出して、コングが眉間に皺を寄せる。
「は?」
「そら。」
 ハンニバルが指差した方を見て、マードックが窓へと駆け寄った。
「ホントだ!」
 通りをうろうろとしている白いアフロ犬。ただし、飼い主の姿はない。リードもつけていないようだ。すわ脱走か。
「何てこった。」
「うわ、大変だ。」
 コングとマードックは慌てて外に出た。フェイスマンとハンニバルも顔を見合わせ、後に続く。
 4人は追いかけっこの末に何とかホワイト・フェアリーを確保することに成功した。決め手は、一度アジトに戻ったマードックがキッチンから持ってきたキャベツの切れ端である。


 キッチンの一角で、湯がいたキャベツをガツガツと食べるアフロ犬を囲んで、Aチームは困惑していた。よほど空腹だったのだろう、ホワイト・フェアリーは山盛りのキャベツをすごい勢いで平らげ、未練がましく皿を舐めている。
「フェアリー……だよな?」
「多分な。」
 追いかけた時にあちこちを潜り抜けたせいか、白い体は泥だらけ、毛並みもあちこち縺れてボソボソである。まるで別犬、高貴なるホワイト・フェアリーとは俄かに信じ難い。だが、よく見れば面影はあった。
「何で1匹でうろついてたかはわかんないけどさ、今頃飼い主は探してるんじゃないの?」
 フェイスマンの顔には謝礼への期待が滲んでいた。
「連絡先はわかるか?」
 ハンニバルに訊かれて、コングが首を横に振る。
「いや。知り合いって言っても、公園で会うだけの相手だしな。」
「連絡先どころか名前も知らねえよ。茶色い帽子のオジサンで通じたし。」
 胸を張るマードックにフェイスマンが眉を下げた。
「それじゃどうしようもないじゃないか。スーパーの掲示板に張り紙させてもらうか。」
「そんなことしなくも大丈夫だって。コイツに頼んでみる。」
 マードックがしゃがみ込んで目線を合わせ、何やらワウワウと話しかけると、ホワイト・フェアリーがしっぽを振って、ワン! と返事をする。
「案内してくれるってよ。」
 サムズアップするマードックにコングが胡散臭そうな視線を向けた。だが、今は他に手がかりもない。
「よし、案内してもらおうじゃねえか。」


 あり合わせのロープで即席のリードを作って外に出ると、ホワイト・フェアリーは迷わず歩き出した。飼い主の顔を知っているコングとマードックだけでなく、謝礼を期待しているフェイスマンと面白そうだという理由でついて来たハンニバルも一緒である。
 ほどなく入ったのは、町の中でも閑静で大きな家が並ぶエリアだった。ホワイト・フェアリーは中でも一際広い庭のある家の門に入っていく。
 インターフォンを押してみたが返事はなかった。
「留守かな。」
「人の気配はあるみてえだが……。」
 すると、それまでおとなしかったホワイト・フェアリーがいきなり吠え始め、リードを振り切って庭の方へと走り出した。
「あ、こら。」
「ふむ。行ってみよう。」
 スタスタと歩き出したハンニバルに、他の3人も続く。そして――
 ワンワンワン、ワンッ。
 一同が目にしたのは、ウッドデッキで吠えているホワイト・フェアリーと、海老のような体勢で倒れている茶色い帽子のオジサンであった。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 オジサンに肩を貸してベンチに誘導するコング。ベンチに膝をついて声をかけるハンニバル。マードックは犬を抱え、フェイスマンはベレー帽を拾う。
 ドラッグストアに入っていくフェイスマン。棚を見回し、温シップと冷シップとドッグフードを取り上げる。庭に盥を出し、犬を洗うコングとマードック。水が真っ黒になり、取り替える。白さを取り戻したホワイト・フェアリー。だが次の瞬間、帰ってきたフェイスマンに飛びつこうとして泥だらけになり、盥に引き戻される。
 茶色い帽子のオジサンに湿布を貼るハンニバル。腰に2枚、右肩に1枚。バスタオルで巻いた犬を室内に運び込むコング。先回りしたマードックがドライヤーを片手に待ち構えている。
 フェイスマンが皿にドッグフードを入れたところへ、ふわふわに乾いたホワイト・フェアリーが駆けてくる。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉


「いやあ、本当に助かりました。」
 ソファに浅く腰かけた茶色い帽子のオジサンが言う。彼の話では、数日前から五十肩で、愛犬のシャンプーも散歩も儘ならなかったのだと言う。いよいよドッグフードの買い置きもなくなってしまい、今日こそ散歩と買い物に行かなくてはと出かける準備をしていたところで、くしゃみが出てぎっくり腰になってしまった。動くに動けず転がったまま、ホワイト・フェアリーに助けを呼んでくるように頼んだのだと言う。
 彼の想定では隣人に助けを求めるはずだったが、ホワイト・フェアリーは公園を目指して走り、その途中でAチームが滞在している家の前を通ったというわけであった。結果オーライである。


 今朝も公園には顔馴染の面々が集まっている。湿布が効いて腰と肩が動くようになった茶色い帽子のオジサンがホワイト・フェアリーを連れて久し振りに顔を見せ、心配していた人々に取り囲まれていた。
「そりゃあお手柄だったねえ、フェアリーちゃん。トムとジェリーもお疲れさん。」
 ミセス・ビッグキャットに褒められ、鹿肉のジャーキーを貰ったホワイト・フェアリーは、ご機嫌で尻尾を振っている。ここには来ていないが、茶色い帽子のオジサンからお礼として高級ハムを貰ったフェイスマンもほくほくである。
「まあ、何だ。今回はコイツのお陰だろ。」
「わかってんじゃん。」
 珍しくコングに褒められ、マードックが胸を張る。今日は雪になりそうである。
【おしまい】
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