徘徊の時
伊達 梶乃
正面の祭壇だけが明るく照らされた暗い部屋にみっしりと詰め込まれている人々は皆、祭壇の方を向いている。その顔はマスカレードマスクで隠されているが、肌の色は様々で、服装もまた様々。一つの目的のために門戸を問わず集まった人々だということがわかる。
突然、楽しげなマーチが流れ出した。その曲は、おどろおどろしい雰囲気に飾られた祭壇に、全く似つかわしくない。祭壇脇のカーテンが捲られ、顔を隠す頭巾とローブを纏った怪しい人物が姿を現した。掲げられた銀の大皿の上には、血も滴らんばかりの肉塊が。
祭壇の中央に鎮座まします写真の前に、恭しく肉塊が捧げられた。おおおおお、と声を上げる人々。ローブの人物が、空いた両手で人々を静める仕草をする。人々が静かになったところで、袂からマイクを取り出す。
「今宵のローストビーフはよくできた。我々の救世主もさぞお喜びになることだろう……実際に食べていただければ。救世主を見かけた方は是非ともお知らせください。匿名で構いません。では、救世主を讃える歌をご一緒に。」
先刻から流れ続けているマーチに合わせて、人々は歌い出した。
「ぼっくらの世界のヒーローは、ハンニバル、ハンニバル、ハンニハンニバル!」
祭壇の中央の写真がクローズアップされる。果たしてそれは、ハンニバルの指名手配写真であった。
怪しい感じは否めないけれど、Aチームに助けられた人々の会の分派であるハンニバルファンクラブの会合の様子をお届けしました。
「ちょ、ちょっとコング、ここビバリーヒルズだよ?」
新しいねぐらを確保したとコングから聞いて、車で案内してもらっているフェイスマンは声を引っ繰り返した。と言っても、コングのバンをコルベットで追っているところなので、裏返った声は誰にも聞かれていない。
ねぐらにするには高級すぎる豪邸が並ぶ中を、バンはさらに奥へと進んでいく。いわゆる奥ビバリーである。フェイスマンも足を踏み入れたことのない一帯。ごくわずかな、この土地の所有者とその一族しか知らない世界。しかしその実、ほぼ森である。勾配があるため、むしろ山。車が通れる程度の道はあるものの、舗装は古びている。
そう大きくない屋敷の前にバンが停まり、フェイスマンもその隣のスペースに車を停めた。
「ここ?」
「おう、そうだ。」
古めかしい木のドアを開けるコングに、フェイスマンは続いた。ドアには細かい細工が施されていたが、風化が進んで、ところどころはただの板。とりあえず、コングが開け閉めするのに持ち堪える頑丈さだけは残っている。
屋敷の中はがらんとしていた。しかし、クモの巣が張っているとか壁紙が剥がれているとかはなく、手入れはされている様子。
「帰ったぜ!」
コングがどこへともなくそう言うと、ややあってから上下ジャージ姿のおばちゃんが2階から下りてきた。
「奥様がお休みになれているので、お静かに。」
「そりゃ済まねえ。こいつも世話になるぜ。」
「初めまして、ペックと申します。フェイスとお呼びください。」
フェイスマンはおばちゃんに挨拶をした。
「初めまして、私はこの家のメイド長を務めておりました、ゲルダ・ラインマイヤーと申します。」
ジャージ姿でも、そのお辞儀の仕方とひっつめにした髪形から、メイド長というのが嘘や冗談ではないとわかった。身長は女性の平均程度か少々高いくらいだが、がっしりとした体格のアングロサクソンで、年はハンニバルと同程度だと思われる。なかなかに強面。逆らいたくはない。
ラタンのソファセットが置かれた部屋で、フェイスマンはコングから経緯を聞いていた。コングの前にはアイスミルク、フェイスマンの前にはコーヒー。ただし、自分でキッチンから持ってきたもの。
「ここの婆さんに徘徊癖があってよ、頭が、何て言ったらいいか、ちょっと記憶が曖昧ってえかボケ入ってるってえか、まあそんな感じなんだが、脚がびっくりするくれえ健脚でよ。ダウンタウンの車道で車にクラクション鳴らされまくってたんで保護したんだ。」
ここからダウンタウンまで、コングやフェイスマンでも徒歩では行きたくない。
「で、迷子札がついてたんで、車に乗せてここに連れてきて、部屋が空いてるそうなんで礼として住まわせてもらうことにしたんだ。素泊まりみてえな感じだな。」
「メイド長は奥様の世話だけしてるってことね。」
「風呂やトイレの掃除はしてくれてるぜ。」
「他のメイドさんは?」
「いねえ。ここにいるのは、婆さんとメイド長だけだ。」
「ふうん……この感じだと、ご主人が亡くなって20年、ってとこかな。」
周りをぐるっと見渡して、フェイスマンが言う。
「よく知らねえけど、旦那が死んで、子供もいねえって聞いたぜ。」
値の張る調度品は親戚に奪われた様子。
「そんで、住まわしてもらう条件ってのが1つあってよ……。」
コングがコングらしくなく言葉を濁した。
「何? リネンは料金取るとか?」
「いや、金はかかんねえけど、頼まれ事があんだ。」
「うん。」
「婆さんが行方不明になったら、探して連れてこなきゃなんねえ。ここに住むんなら協力しろ。」
「何だ、それだけのことか。」
ほっと胸を撫で下ろすフェイスマンだった。彼らには車がある。婆さんには迷子札がついている。世の中には電話もある。そして、会いたくはないが、警察官もパトロールしている。婆さんが徘徊したとしても、誰かしらが見つけてくれて、連絡してくれるだろうので、それを迎えに行けばいいだけのこと。コング1人で事足りる。
フェイスマンの甘い考えは、ご存知のように、長く続かないのが常である。
ハンニバルは遊園地で風船配りのアルバイトをしていた。しかし、着ている着ぐるみはいつものアクアドラゴンではなく、赤いシャツを羽織ったマレーグマである。アクアドラゴンのガワは、昨日、興奮しすぎた子供に抱き着かれた状態で吐かれて嘔吐物をかけられたため、洗濯して乾かしている最中。
マレーグマの後ろでは、マードックが風船をヘリウムで膨らませて紐をつける作業に専念している。うっかりすると紐のない風船が空に飛んでいってしまうので、ふざけている余裕などない。
「あー、モンキーや。」
「何?」
「この着ぐるみ、着心地がいいぞ。軽いしな。」
「そりゃよかった。コングちゃんサイズだから縦にきついんじゃないかと思ったけど大丈夫だったね。」
「しかし、何でマレーグマなんだ?」
「コングちゃんが、年明けにニューイヤー子供会があって、そこでやる劇でクマの着ぐるみが要るって言ってて、ちょうどオイラ、レクで裁縫習ったから任せてもらったんよ。」
「だからってマレーグマはないだろう?」
「クマの種類は指定されなかったんで、簡単そうなのにしてみた。赤い服着てるってオーダーしかなかったし。」
裁縫初心者のマードックが作ったものなので、マレーグマの形ではあるが、胸に太陽の模様はない。全身黒。赤いシャツがよく映える。因みにシャツは市販品。イタリア風の真っ赤な開襟シャツ。ナポリ辺りで伊達男が着てるやつ。
「ああ、なるほど、蜂蜜好きなあの黄色いクマの着ぐるみを頼んだつもりだったんだな、コングは。」
「何、黄色がよかったん? そんならそうと先に言ってほしかったぜ。」
恐らく、黄色いクマ、とオーダーしていたら、黄色いマレーグマになったことだろう。
マードック手作りのマレーグマだが、布部分は初心者クォリティなれど、爪の生えた手足や顔の造形は初心者とは思えぬリアルさで、長い舌もしっかりと再現されており、ハンニバルが動くたびに舌がびろーん、ぴたーんと揺れている。そして、ハンニバルのスーツアクターとしてのプロ意識も半端ない。二足で立ち上がっているマレーグマの動きをよく模倣している。中腰の姿勢で、肩を落として、首を伸ばして。この後、下半身の筋肉痛が予想される。
無論、遊園地に来た大人たちは風船配りのマレーグマを気持ち悪がっていたが、子供たちはそんなことなど気にせずに、何かのキャラかもしれない、と思いながら、その変な生き物から風船を受け取っていた。
「あら、マレーグマじゃないの。ロスにマレーグマがいるとは思わなかったわ。それに、とてもよく馴れてる。」
ふんわりとした白髪のお婆ちゃんが、すたすたとマレーグマに近寄ってきた。白いネグリジェ(幸い透けてはいない)に白い室内履きといった姿である。
「しろい妖精さん、風船をどうぞ。」
ハンニバルが老婆に風船を差し出した。本人はジェントル&ダンディなつもりだろうけど、ガワはマレーグマである。
「モンキー、ひとっ走りインフォメーションセンターに行って、迷子のお知らせを流してもらってくれ。」
一発で「ボケ老人が迷子になっている」と判断したハンニバルが、振り返らずに言う。
「おうさ。」
ダッシュでマードックはインフォメーションセンターに走っていった。
そしてすぐに放送が入った。
「白い寝巻のお婆ちゃんが迷子になっています。お心当たりのある方は、風船配りのマレーグマのところまでいらしてください。」
放送は何度か繰り返されたが、一向に老婆の連れは現れない。
「どうする大佐?」
老婆に頭を撫でさせたり芸をして見せたりして気を引き続けているハンニバルに、マードックが尋ねる。インフォメーションセンターから戻ってきて、風船を膨らます作業をしながら。
「警察に言って、保護してもらうしかないな。」
「じゃあ、インフォメーションセンターのお姉さんに、警察呼んでって言ってくるわ。」
再度インフォメーションセンターに走るマードック。
あぐらを組んで膝に老婆を乗せたマレーグマは、婆さんの耳が遠いことに気づいていた。往々にして老人ってのは、そんなもんだ。自分はまだまだ若いと思っているハンニバルであった。
「妖精さんは、どっから来たのかな?」
マレーグマは老婆の耳元で大声で尋ねた。
「ビバリーヒルズですよ。」
話が通じることに、ハンニバルは少し驚いた。
「誰かと一緒に来たのかい?」
「いいえ、1人で来ましたわ。」
「車で?」
「いいえ、てくてくと歩いて。」
「ビバリーヒルズから歩いてここまで!?」
素の声が出てしまったハンニバル。なぜならビバリーヒルズからここまで、歩いたら2、3時間はかかるので。それも、こんな小柄なお婆ちゃんだったらもっとかかるだろう。
“誘拐されて逃げ出してきたって線もあるな。病院から逃げ出してきた……にしては元気だ。この近くに老人ホームあったっけかな?”
髪も綺麗にしてあるし、ネグリジェも高そうな生地でできている。いいところの婆さんに違いない。
と、その時。
「ハンニバル! 急ぎの仕事が入った!」
フェイスマンが息を切らせて走ってきた。ここ、駐車場からちょっと距離あるので。
「ベッドで寝ていたはずのお婆ちゃんが行方不明になった。服装は、着替えたかもしんないけど、寝てた時は白いネグリジェ。」
「それは、この人のことかな?」
振り返るマレーグマ。
「あ、あれ? ハンニバル? アクアドラゴンじゃないの?」
そこからか、フェイスマン。と言うか、見てわからなかったのか?
「今日はわけあってマレーグマなんだ。さ、それで、お前が探してるのは、この人か?」
フェイスマンは借りてきた写真を懐から出して、目の前の老婆と見比べた。
「ビンゴ!」
「じゃ、連れて帰るか。さあ妖精さん、お家に帰りますよ。」
「あら、もう帰らなきゃいけないのね。ああ、またゲルダに怒られてしまうわ。」
老婆はくすくすと笑いながら、マレーグマの膝から立ち上がった。それを見て、フェイスマンは気づいた。このお婆ちゃん、ボケてるんじゃない、ボケてる振りをしてるだけだ。
コルベットの助手席にちんまりと座って、老婆は楽しそうだった。
「白くて素敵な自動車ね。屋根がないのも洒落てるじゃない。でも、サングラスとスカーフが欲しいわね、風がちょっと辛いわ。髪も乱れてしまうし。」
「ああ、ああ、危ない、あんまり身を乗り出さないで。」
「油絵? はんなりヒヨドリ出さないで? ヒヨドリなんて出してないわよ。」
間違いなく、耳が遠い。車の速度と同等の風速の風を受けていることを差っ引いても、話が通じにくい。大声を出したフェイスマンは、ケホッと咳をした。
因みにコルベットが2人乗りなのと、ハンニバルはまだアルバイトの最中なので、フェイスマンと老婆だけが帰途に就いた。マードックもハンニバルの手伝いを続行。
30分程度のドライブの後、フェイスマンと老婆は帰宅。屋敷で待機していた元メイド長のゲルダに、老婆はボケた振りをして見せ、怒られるのを回避した。自室に連れられていく老婆は、フェイスマンの方を振り返って、ウィンクを送った。それは、「ボケていないことをゲルダにバラすな」ということだろう。
溜息と安堵の息を半々について、フェイスマンはコーヒーで一息つくべく、キッチンに向かった。
「畜生、どっこにもいやしねえ。」
コーヒーを淹れ終えて一口飲んだ時、コングの声が聞こえた。カップを持ったままホールに出てくるフェイスマン。
「お婆ちゃん、見つかったよ。ハンニバルんとこにいた。」
「はあ? 何でだあ? 何でハンニバルんとこにいんだよ。で、何で見つかったってこと俺に報告しねえ。」
「報告する術がないから。コングの車、電話積んでないじゃん。コングの方から公衆電話でここに電話しなきゃ、連絡つけたくてもつけらんないだろ? お婆ちゃんが何でハンニバルんとこにいたかは、俺も知らない。ハンニバルに手を貸してもらおうかと思って遊園地行ったら、ハンニバルがお婆ちゃん膝に乗せてた。」
「わけわかんねえけど、ま、婆さんがいたんなら文句はねえ。俺も一息つかせてもらうぜ。」
コングはどすどすとキッチンに向かっていった。
「そうだ、コング、お婆ちゃんに迷子札ついてたって言ってたよね?」
フェイスマンはコングを追いかけて尋ねた。
「おう、俺が見た時はベルトに認識票みてえなのがついてたぜ。名前と住所と電話番号が打ってあったんで、どこの誰かってわかったし、家がここだってのもわかった。」
ベルトと言っても、細いチェーンに飾りのついた装飾用のもので、ズボンやスカートを落とさないためのものではない。
「さっきはネグリジェだったから、ベルトしてなかったってわけか。」
「腕にマジックで書いときゃいいのによ。」
若者の忘れ物対策じゃないんだから、それは老人の枯れた肌にはいかんだろう。
「でもさ、こんなとこにこんな屋敷構えてるってことは、結構リッチな人なわけでしょ。名前や住所がわかる迷子札つけてたら、誘拐してくれって言ってるようなものじゃないかな。」
「昔は金持ちだったかもしれねえが、今はこんなだぞ? 冷蔵庫だって旧式のフォードじゃねえか。」
自動車と同じエンブレムのついた冷蔵庫のレバーをガッコンと引いて扉を開け、牛乳のガロン壜を出すコング。
「ガスコンロもマッチで火を点けるやつだしね。ガスオーブンはあるけど、マイクロウェーブオーブンもないし。トースターはあれ、パンが飛び出すタイプのだね。」
1950年代か1960年代から変わっていないようだ。
「そう言や、洗濯機は二槽式だったぜ。ローラーに挟んで絞るやつ。」
「うわ、懐かしい。……でも、壊れない限り使い続けるポリシーで、大事に使い続けてれば、別に新しいの買わなくてもよくない?」
「そうだけどよ、新しいやつの方が電気食わねえぜ。」
「リッチだと電気代なんて気にしないんじゃん?」
「そういうもんなのか?」
「知らない。適当言った。ところで、俺、お婆ちゃんの名前、まだ知らないんだけど。」
「何か変な名前だったな、苗字はクラウド? いや、トラウザー? そうだ、クラウザーだ。で、ええと、何だっけか、オーレ? オーレ……。」
マツケンサンバUではないよ。闘牛士でもないよ。牛乳割りでもないよ。
「オーレリアだ、オーレリア・クラウザー。」
「ああ〜はいはい、知ってる知ってる。旦那の名前はヴァージル・クラウザー。だいぶ昔の実業家。大地主で不動産も扱ってた。夫人も旦那の仕事の補佐をしてて、パーティにも必ず2人一緒に来てた。って言っても、写真や記事でしか知らないけど。」
「20年くれえ前の話か?」
「俺が記事読んだのはそのくらい前のことだけど、古本屋で立ち読みした古雑誌だったから、もっと前の話だよ。読んでるうちに、雑誌、自己崩壊してたもん。」
「俺が生まれた頃とかか?」
「そんくらいかもね。」
「婆さん、見た感じ90代っぽいし、俺が生まれた頃にゃ還暦過ぎてそうだな。」
「コング、相手がお婆ちゃんでも、女性の年を勘繰るもんじゃないよ。女性ってのは、いくつになっても若く見られたいもんなんだ。」
「ああ、俺だって、20代の筋肉だって言われんのは嬉しいもんな。」
「俺も、20代後半でしょ、って言われると嬉しい。」
2人は顔を見合わせてうっすら苦笑した。
「さて、俺はゲルダに相談してくるぜ。婆さんが家を出たら引っかかるセンサーか何か作んねえとな。このまんまじゃ、婆さん見張ってて掃除も洗濯も料理も買い物もできねえ。」
「え、コング、ここでそんなに家事してんの?」
「いや、ゲルダが、だ。俺は何もしてねえ。」
「はいはい、了解。じゃ、俺はゲルダさんの代わりにお婆ちゃんの見張りでもするか。じゃなかったら、ゲルダさんの代わりに買い物に行くかな。」
「買い物行って、ついでにハンニバル連れてくんのがいいんじゃねえか?」
「そうだ、ハンニバル、ここの場所知らないんだった。」
ついでに言えば、ハンニバルには車もなく、行く当てもない。この場所を知らされない限り。それは即ち、遊園地の閉園時刻を過ぎると、ハンニバルが行方不明になるってこと。婆さんのみならず爺さんもどっかに行ってしまうとなると、面倒臭いことこの上ない。
〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
買い物帰り、閉園間際に遊園地に駆け込み、風船配りのマレーグマに事態を説明するフェイスマン。しかしマレーグマは全然話を聞く態度じゃない。四足歩行でのたのたと歩き回ったり、後脚を投げ出して座っていたかと思うとゴロンと寝転がってぐねぐねとした動きを見せる。フェイスマンはハンニバルの渾身の演技を目にして、眉尻をさらに下げた。
だがしかし、このマレーグマは本物のマレーグマだった。フェイスマンは気づいていなかったが、風船を膨らましているのは最早マードックではなく、動物園の飼育係(マレーグマ担当)だった。風船配りのマレーグマ(中身ハンニバル)が子供たちに人気だと昼くらいに知った遊園地の広報担当者が近隣の動物園に打診して、急遽、本物のマレーグマと飼育係に来てもらうことになったのだ。来るのが閉園近くになってしまったけれども。
そんなことなどつゆ知らず、フェイスマンは話を真面目に聞こうとしてくれないハンニバル(ではなくリアルマレーグマ)に内心ムカついていた。確かにハンニバルは普段から話をまともに聞いてくれない時もあるけど、少なくともここまで不真面目な態度ではなかった。今までは。これからもこんな事態になることがあるんだろうか。俺、ハンニバルの下でやって行けるんだろうか……。
スタッフルームで着ぐるみを脱いだハンニバルと、着ぐるみを回収したマードックが、風船配りコーナーに戻ってきた。さすがにリアルマレーグマは風船を配れないが、付き人(飼育係)が風船を膨らませては子供たちに配りつつも、マレーグマが人を襲おうとしていないか、子供たちがマレーグマを怒らせるようなことをしていないか、目を光らせている。そして、そこで、フェイスマンがリアルマレーグマに切々と状況を説明している。ハンニバル入りの偽マレーグマであると信じ切っているんだな、可哀相に。2人は少し離れた場所からフェイスマンの背を生温かい目で見ていた。
〈Aチームの作業テーマ曲、一旦終わってCM。〉
〈CMが終わり、Aチームの作業テーマ曲、再び始まる。〉
コングは屋敷に通じる舗装道路の両脇に5分くらいでセンサーを設置して、そこを何かが通過すれば小型の受信機のブザーが鳴る、という仕組みをゲルダに披露した。しかし、新聞配達や牛乳配達や酒屋の御用聞きのことを失念していたコングだった。それらが行き来するたびにゲルダのポケットでブザーが鳴ったら……別にどうってことないか。ドアチャイムの代わりにはなる(来る時は)。
だが、さらなる問題があった。オーレリアがおやつのケーキを食べている間に、ゲルダがコングを連れて屋敷の外に出る。今の今までコングは舗装道路の方しか行き来していなかったが、舗装道路のない部分(屋敷の外周マイナス舗装道路の幅)は、藪や森に囲まれているが、人1人が通れる程度の獣道がいくつもあった。ゲルダの説明によれば、急な坂道であることと道が舗装されていないことを気にしなければ、舗装道路を通るよりも早くビバリーヒルズ入口の看板に行き着けるらしい。オーレリアもこれらの道のことを知っている。と言うか、いくつかの道はオーレリアが切り拓いたものである。これらの道のどれを通ってオーレリアが散歩(徘徊)に出るか、わかるわけがない。コングは道にセンサーをつけるのを諦めた。
屋敷内に戻って、玄関のドアにセンサーをつける案も却下。なぜなら、勝手口もあるしテラスに続く掃き出し窓もあるし、面積が大きすぎて掃き出し窓っぽくなっている窓もあるし、オーレリアが屋外に出ようと思ったら、どこからでも出られる。全部に設置するほどのセンサーはない。
コングが困っていると、ゲルダは黙ってオーレリアの自室のドアを指し示した。確かに、徘徊に出るならば自室のドアは確実に通る。2階の部屋で、窓の外にはベランダも何もなく、近くに手頃な木が植わっているでもないため、窓から外に出るのは猫か鳥でもなければ難しい。本当にボケてしまったら窓から出るかもしれないが。
オーレリアに発信機を持たせたいが、「持ってください」と言って持つわけもなく、着る頻度が高い服に発信機をつけたいとコングは申し出たが、ゲルダは黙ってオーレリアの自室の壁をがらりと開いた。そこは壁ではなく、ウォークインクロゼットの扉だった。下の方には靴箱がずらりと並び、中段には服がずらりと並び、上段には使用頻度の少ない衣類が箱に入ってずらりと並んでいる。ゲルダが「どう?」という風に哀しげなニヤリ笑いをし、コングは頭を横に振った。
とりあえずオーレリアの自室のドアにセンサーをつけるコング。ブザーをゲルダに渡す。
フェイスマンたちが戻ってくるまで、屋敷の壊れた箇所の修理をして時間を潰すコングであった。
〈Aチームの作業テーマ曲、再び終わる。〉
「ところで、どうやってモンキー、病院脱走したの? ハンニバルが手引きした?」
「いや、あたしは何もしてませんよ。」
コルベットの運転席にフェイスマン、助手席にハンニバルが座って、マードックはトランクに押し込められている。
「人聞き悪いこと言わねえでくれよな。脱走じゃなくて、ちゃ〜んと外出許可貰って出てきたんだかんね。んで、どこ行きゃみんなに会えっかわかんなかったから、大佐がよくバイトしてる遊園地に来てみたってわけ。」
シートの背凭れの向こうから声が聞こえた。そこは即ち、トランクである。
「クマの着ぐるみが完成したんで、依頼主に渡してくる、って言ったら簡単に出してくれたぜ。必ず戻ってくる、って誓約書書かされたけどね。」
「そんな簡単に外出許可貰えんなら、いつもそれで出てこいよ。毎回俺たちがどんな苦労してるか、知ってるだろ?」
「普通は外出許可なんて貰えねえよ。今回は特別。クマの着ぐるみ、病院のみんなで力を合わせて作ったんだかんね。クマの爪作ったの院長先生だし、掌作ったのは看護婦長で、鼻作ったのはカワード爺さんで、歯作ったのは出入りの歯医者さんで、舌作ったのはマッケイブ爺さんで、型紙作ったのと布持ってきてくれたのはレイクスさん。」
出来のよさも納得である。レイクスさんが何者なのかは知らないが。爺さんズは精神科の退役軍人だろう。
「だから、着ぐるみを着たコングちゃんの雄姿、写真撮って送ってくんねえ? 俺、すぐに帰んなきゃだしさ。」
「ま、着ぐるみ着てれば顔出ないから、いいでしょう。フェイス、後で写真撮って病院に送ってやれ。」
「ポラロイドの紙が残ってたらね。」
「残ってなかったら、調達してらっしゃいな。」
「はいはい。」
ちょうどその頃、ビバリーヒルズにほど近い歩道では。
「どうです、この後、一杯。」
かっちりとしたスーツ姿のおじさんが、ワイングラスを掲げる手つきをした。
「いい店、ご存知で?」
誘われた相手もスーツ姿のおじさん。商談の帰り、といった感じだ。
「この近くに、チーズの熟れ具合がどれもこれも当たりの店があるんですよ。もちろんワインもいいのが揃っていて、それでいて値段はリーズナブル。」
「ほう、それは興味深い。」
その横を、ハンニバルとフェイスマン(とマードック)を乗せたコルベットが通過した。一杯誘った方のおじさんが、それを目で追う。直後、キョロキョロと辺りを見回して、公衆電話を見つける。
「申し訳ない、急用が入ったんで。それじゃ、また。」
公衆電話の方に走っていくおじさんの背を、残されたおじさんは呆気に取られた顔で見送るしかなかった。
「もしもし、会長? サンダーソンです。」
『おお、どうしたね?』
「救世主が今し方、若造の運転する車でビバリーヒルズ方面に向かいました。車は、白のコルベット。」
『了解した。周辺の会員に連絡網を回す。君も辺りを見回ってくれ。』
「わかりました。車を見つけたら、また連絡します。」
サンダーソンと名乗ったおじさんは、少年のようなわくわくした表情で電話を切った。
フェイスマンがコングを呼んできて、バンの中でAチームの面々は顔を合わせた。屋敷の中でわいわいやっていると、ゲルダが怒るので。
「ほいよ、これ、頼まれたクマの着ぐるみ。」
「おう、済まねえな。」
マードックから紙袋を受け取るコング。
「それで、あのお婆ちゃんの徘徊癖を止めようっていうのか?」
フェイスマンから事情を聞いて、ハンニバルは部下たちの顔を見渡した。
「うん、頼まれたわけじゃないけど、今回、住むとこ提供してもらってるし。」
「ああ、このまんまじゃメイド長のゲルダが休む暇なくってよ、料理も掃除も洗濯もできやしねえ。」
つまり、このままだと、住む場所は無料で提供してもらえるけど、家事は自分たちでやらなければならない。できないわけじゃないが、メイドがいるんだったら、やってもらいたい。特に風呂とトイレの掃除は。
「一応、婆さんの部屋のドアんとこにセンサーつけて、婆さんが部屋を出入りしたらブザーが鳴るようになってる。」
「それ、見たら“何か機械がついてる”ってわかるセンサー?」
フェイスマンが尋ねる。
「そりゃまあそうだ。見てわかんねえくれえ小せえセンサーは高くて買えねえ。そんでも大丈夫だろ、相手はボケた婆さんだ。」
「ボケちゃいませんよ。」
「ボケてないよ。」
ハンニバルとフェイスマンが声を揃えた。
「耳は遠いが、ボケてはいない。長年住んだ家に普段と違う何かがあったら、気がつくんじゃないか?」
「うん、俺もそう思う。わざとブザーをビービー鳴らしてゲルダさんを怒らせる気がする。」
「きっと、お婆ちゃん、暇なんだよ。オイラにも経験あるぜ。独房に入れられた時なんかさ。」
しみじみと言うマードック。君は独房に入っても楽しく妄想に耽れるじゃないか。
「もう暇すぎちゃって、そんで生まれたのが子猫のフラッフィ。ほら、拘束服着せられてっと身動きできねえじゃん。そんでも子猫が1匹で勝手に尻尾追っかけたり走り回って壁登ったりすんの見てっと、全然厭きねえんだよな。オイラによじ登ってきたりしてさ。いや〜マジ可愛いわ、あいつ。」
「暇を潰そうにも、老眼になると本を読むのもきついらしいからな。」
マードックの発言を無視して、コングが話を続ける。
「そう言えば、ここんち、テレビもビデオデッキもないんじゃない? ラジオも。」
「蓄音機とレコードはあったぜ。分厚いレコード。」
塩ビになる前のやつな。蓄音機は電動ではなく手動だろう。
「じゃあ夜になったら、電気屋の倉庫に行って、テレビとビデオデッキとラジカセ盗ってくるよ。」
「ラジカセ盗ってくんなら、婆さんの好みに合いそうなカセットテープも必要だぜ。」
「そうだね。レコード屋も、閉店したら行ってみる。」
「ちょいとお前さんたち、お婆ちゃんの暇をいかにして潰すかって話になってるぞ。」
話を進めるコングとフェイスマンに、ハンニバルがストップをかけた。
「うん、それじゃいけない?」
「あたしはまだお会いしてないゲルダさんって方、その人に構ってもらいたいんじゃないですかね、お婆ちゃんは。」
「それはあるかもな。」
コングも頷いた。
「だから、お婆ちゃんの徘徊癖を抑えるには、ゲルダさんに構ってもらえばそれでいい。」
「いやいやハンニバル、そもそもゲルダさんに家事する時間を作ってあげようって話なんだよ?」
「ああ、そうだったそうだった。ちょっと待ってくれ。」
考えるハンニバル。ポクポクポク、チーン。
「よし、お婆ちゃんには少々妥協してもらうことにしよう。」
「何? 俺たちがお婆ちゃんの相手をするとか言わないよね?」
「俺はそれでも構わねえぜ。」
「オイラも。2人でバックギャモンやったりチェスやったりババ抜きやったりしてさ。」
2人でババ抜きを楽しめるのは、マードックだけじゃないか?
「あたしたちは一時的にお邪魔するだけだから、長期的にお婆ちゃんの相手をしてやるわけには行かないだろう?」
頷く3人。
「そこで、だ。」
ハンニバルはバンのドアを開いて地面に降り立った。
「隠れてる皆さん方、出てらっしゃいな。」
その声に、あちらこちらからおずおずと人が出てきた。結構な人数である。
「あたしらを追ってきたんですよね? 何者なのか、教えちゃくれませんかね。」
一団の中から、1人のおじさんが歩み出た。何を隠そう、Aチームに助けられた人々の会の分派、ハンニバルファンクラブの会長である。ローストビーフ焼くのが趣味になった人。
「もう覚えていらっしゃらないかと思いますが、私たちは皆、Aチームに助けてもらった者です。もちろん、軍とは関係ありません。」
バンの中を振り返るハンニバル。他3名はしばし宙を見つめた後、曖昧な笑みを浮かべて頭を横に振った。ダメだ、誰も何も覚えていない。
「済まない、記憶にない。」
はっきりと言うハンニバル。
「いや、いいんです、覚えていてくださらなくても。私たちは、皆さんと再会できただけで満足です。その節は、本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げるおじさんに続き、他の人々も頭を下げた。彼ら、神妙にしてはいるが、推しの突然のファンサに、内心、鼻血が出そうなくらい舞い上がっているのである。ビバ、ハンニバル! ビバ、我が人生!
「そんなお気になさらずとも。それ相応の報酬はいただいたんだし……。」
ちらりとフェイスマンの方を見ると、コングばりに眉間に皺を寄せて捩じ切れんばかりに首を傾げていた。
「ところで皆さん方。」
と、ハンニバルは話を変えた。
「この近辺にお住まいですかな?」
「ええ、そうです。さすがにビバリーヒルズには住んでいませんが。」
急に招集がかかっても集まれるくらいにはご近所さん。月1回は会長宅で会合もしているし。
「1つお願いがあるんですわ。」
「何でしょう? 何なりとお申しつけください。」
「何なりと」と唱和し、片膝をつく人々。
「ここのお宅のお婆ちゃんの遊び相手になっちゃくれませんかね。」
「仰せのままに。」×ハンニバルファンの人数
ハンニバルはニッカリと笑って、葉巻を咥えた。だが、まだ火は点けない。
「お婆ちゃんにも、徘徊に出ないよう釘を刺しときますか。」
〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
既に何度かブザーを鳴らして、センサーの存在を理解したオーレリア婆ちゃん、スカートをたくし上げてバレリーナの如くジャンプしてセンサーを越える。トン、と爪先で静かに着地。足音を忍ばせて廊下を進み、階段を下りていく。玄関ホールで辺りの様子を窺い、そっとドアを開けて外へ。屋敷の脇に隠れていたフェイスマンが、トランシーバーに向かって報告。
舗装された道路を軽い足取りで進んでいくオーレリア。藪の中に潜んでいたコングが、オーレリアが通り過ぎた後、トランシーバーに向かって報告。
報告を終えたフェイスマンとコングが、オーレリアの後を追う。すたすたと歩くオーレリアに気づかれないくらいの距離を取ってジョギングの速さで走る2人。走りながら、覆面を被る。
道の先では、映画撮影であるかのようにカメラを構えるマードックと、その横に監督風のハンニバル。彼らの脇の車道には、かっぱらってきたセダン。
オーレリアが前方のカメラに気づいて足を止めた。映画撮影をしているのなら、画角に入らないようにしなければ。その瞬間、後ろから頭に袋を被せられ、抱えられ、短く悲鳴を上げた。
オーレリアに袋を被せたフェイスマンとオーレリアを抱えたコングは、セダンに乗り込み、手早く車を発進させた。カチンコを鳴らすハンニバル。車を追うようにカメラを向けていたマードックは、監督の合図にカメラを止めた。撮影の邪魔にならないようにカメラを避けて歩いていた人々は、監督とカメラマンが撤収したので自由に道を行き来し始めた。
車の中で、じたばたするオーレリア。しばらくドライブした後、セダンはヘリポートの前で止まった。大きな頭陀袋に押し込められたオーレリアがコングに担がれてヘリポートの中に入る。1台のヘリコプターの中では、マードックが息を切らせてスタンバイしていた。後部座席にいるハンニバルに頭陀袋を渡すと、コングは逃げるようにセダンの方に戻っていく。
上昇していくヘリコプター。しばらく飛んで、海上に出てから宙返り等の曲芸飛行を見せる。後部座席にシートベルトで固定された頭陀袋のじたばたが激しくなる。オーレリアがギャーギャー叫んでいるんだろうけど、ハンニバルも防音ヘッドホンを嵌めているのでわからない。マードックが奇声を上げているけど、その声もハンニバルには聞こえない。
元のヘリポートに戻ってきたヘリコプターから、頭陀袋を担いだハンニバルが降りてくる。さすがにオーレリアも疲れてぐったりしているようで、頭陀袋の動きがほぼない。
再び車に乗せられたが、なかなか発車せず、それどころかドアが閉まる音もしないのを、袋の中で怪訝に思うオーレリア。少し離れた場所から、殴り合う音が聞こえる(ハンニバルが足で地面をズサッと擦りつつファンクラブから貰ったローストビーフを殴りながらフンッとかグハッとか言っている)。
殴り合う音が収まった後、ややあってから頭陀袋の口が解かれた。外の明るさに驚いて目を瞑ってから、そろそろと開ける。警官の顔が見えた。警官の制帽と制服に安心して、オーレリアは座席に身を横たえた。
オーレリアをパトカーで屋敷まで送り届けた警官は、パトカーの脇に戻ると、制帽を車の中に投げ入れ、顎の下に指を入れて顔の皮を剥いだ。ラテックスの下から現れたのはハンニバルの顔。制服の胸ポケットから葉巻を出して咥え、火を点ける。煙をふうっと吐き出した後、ハンニバルはニッカリと笑った。
〈Aチームのテーマ曲、終わる。〉
オーレリアは帰宅するなりゲルダに泣きつかれた。誘拐されて、家には身代金要求の電話も入り、警察に連絡して探してもらった、と泣きじゃくりながら嘘をつくゲルダ。ゴツい割に演技上手である。無論、事前にゲルダにもこの作戦のことは話してあった。じゃないと、本当に警察に連絡されてしまうかもしれないので。
「外には奥様の財産を狙っている輩もいるんですから、勝手に出歩かないでください!」
無表情か怒っているか、どちらかの表情しか見たことのなかったゲルダにわあわあ泣かれて、オーレリアも反省した様子だった。
「ごめんなさい、ゲルダ。金輪際、1人で出歩くのは、やめるわ。」
「そう約束してくださいますね、奥様。」
「ええ、約束するわ。もうこんな恐い思いはしたくないもの。」
でもボケちゃったら約束も何もないわよね、と心の中で思うオーレリアであった。だがゲルダの方も、ハンニバルやフェイスマンから、オーレリアがボケている振りをしているだけで本当はボケていないと聞いている。今後、どうなることやら。
「お婆ちゃん見つか……見つかったんだ! よかった〜。」
ドアを開けて入ってきたフェイスマンが、大袈裟に喜ぶ。
「何だと、婆さん、見つかったのか!」
その後ろから、コングも貼りつけたような笑顔を見せる。
「知り合いにも声かけて探してもらってたんだ。こちらハンニバル、こっちはモンキー。」
コングの後ろから、ハンニバルとマードックが姿を現す。
「お婆ちゃんが見つかって何よりですな。あたしもしばらくご厄介になります。」
「俺っちはお家に帰るよ。でも晩ゴハンを勧められたら断る理由はないから、そこんとこよろしく。」
「夕飯は……それどころではなかったので……。」
泣き腫らして、顔面を壁にぶつけたような顔になっているゲルダが言い淀んだ。
「じゃあ、店屋物頼んじゃう?」
人んちの電話にナチュラルに手を伸ばすフェイスマン。
「ハンバーガーか何かでよけりゃ、ひとっ走り買ってくるぜ。」
伸ばしたフェイスマンの手をバシッと叩くコング。
「奥様はそんなジャンクなものはお召し上がりになりません。」
「チーズバーガーとフレンチフライとアイスティー。」
ゲルダの台詞にオーレリアの台詞が重なった。
「奥様……?」
「私だってハンバーガーくらい食べるわ。」
しれっとした顔でオーレリアが言う。耳が遠いのも演技だった可能性あり。
「あたしは、肉がダブルでベーコンとチーズが入ってるやつ。あとコーヒーをホットで。」
「じゃあ俺はフライドフィッシュサンドとオニオンフライとホットコーヒー。」
「オイラ、チーズがメルトしてるマッシュルームのやつ。それとフレンチフライにチリとチーズかけたやつ。ドリンクはルートビア。」
「てめェも荷物持ちでついて来い。」
「へ〜い。」
「そうだ、ゲルダ、あんたは何にする?」
「レタスとトマトとチーズが入っている、パティがトリプルのものを。サイドはチキンナゲットをハニーマスタードソースで。ドリンクはセブンアップをお願いします。」
「……わかったぜ。」
ゲルダのオーダーにどう反応していいかわからず、コングはそれだけ言った。
後日。
「ほらみんな、写真届いたぜ!」
差出人不明の封書を千切り開けて、マードックは中に入っていた写真を病院のみんなに見せた。
着ぐるみのウサギと着ぐるみのマレーグマが話をしているシーンや、木のうろに嵌まって動けない着ぐるみのマレーグマのシーンや、出演者(出演着ぐるみ)一同が集まった集合写真などなど、沢山の写真が入っていた。院長や看護婦長も写真を見に来ている。
マードックは、わいのわいのと集っている面々に写真を渡し、封筒の中に残っていた紙片を取り出した。
『ハンニバルの言う通り、着心地が最高によかったぜ。サイズもぴったしだった。てめェにこんな才能があるなんて初めて知ったぜ。あんがとよ。』
どうやらマレーグマでも、黄色くなくても、よかったようだ。コング的には。ニューイヤー子供会に来ているコング以外の全員が、黒いマレーグマじゃダメだろ、と思ったに違いないけれど。
「これ、直接言ってほしかったな〜。」
コングからの手紙を丁寧に封筒に戻すと、マードックはその封筒を革ジャンのポケットにしまった。手紙を額縁に入れて部屋(病室)に飾っておこう、と思いながら。
【おしまい】
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