雇用主の幸せを守れ、Aチーム!
伊達 梶乃
「おつまみはいかがでしょう?」
 某高級ホテルの従業員エリアに忍び込んだフェイスマンは、しらっとウェイターの制服を奪って着替え、キッチンでピンチョスのトレイを受け取ると、立食パーティが行われている会場で情報収集をしていた。高級ホテル→金持ち→金ヅル、というわけだ。この会場で行われているのは、残念ながら女性同伴必須のパーティではないようで、右も左もスーツ姿のおっさんばかり。それも、頭に白い布を被っている中東系のヒゲ面多め。これは石油関係者=リッチメンの可能性が大きい。是非ともお近づきになりたいところだ。
 パーティ客たちの断片的な話を総合すると、フェイスマンの読み通り、ここで行われているのは石油関連企業の上層部が集まって開催された国際会議の後の懇親会のようだ。採掘所の話をしているグループもいれば、株価の話もあり、ゴルフの話をしていたり、気候の話をしていたり、最近見つけた美味い物を出す店の話をしていたり、家族の話をしていたりと、パーティ客の話題は様々。そんな中で、こんな声が聞こえた。
「ところで、レーシングチームのピットクルーを探しているんですが、どこにどう当たればいいのか、何かご助言いただけませんかな。」
「車の整備士ですか。私のところにはレーシングチームがありませんので、そちらの運転士にお尋ねになってみては?」
 話相手がそう答えたところに、フェイスマンはずずいっと割って入った。
「ピットクルーの手配ならお任せください!」
 いきなり何、お前、という顔を向けられる、自信満々な笑顔のフェイスマン。怪訝な表情のまま、掲げられたトレイからピンチョスを取るしかないパーティ客であった。


 それがどうしてこうなったのか。
 フェイスマンはフォーミュラカーのハンドルを握り、過去に思いを馳せる余裕もなく、「紙製だろこれ」と思わずにはいられないほど軽い車体を操ることに全神経を総動員していた。何せ、つい、うっかり、いつもの調子でアクセルペダルを踏んだ結果、ハンドルを回さなきゃと思う前にコーナーに到達して、舗装路を外れ、芝生に乗り上げ、クッションに激突して、危うく下半身を失うところだったのだから。それも、この車に乗って数秒で。
 フォーミュラカーにしては極低速でオーバルサーキットを走る車を目で追いながら、ピットで待機しているコングは、ただただ心配していた。フェイスマンの運転技術や反射神経が人並+αでしかないことを知っているので。
 人員募集中だったのはピットクルー1名だけではなかった。ピットクルー全員、募集中。さらに、ドライバーも募集中。レーシングチームにあるのは、新品のフォーミュラカーと資金のみ。いるのはフォーミュラカーのオーナーだけ。そんなわけで、Aチームの中で唯一フォーミュラカーに乗り込める体格だったフェイスマンがドライバーに任命された。(一応、コングもハンニバルもマードックも、フォーミュラカーに乗り込んでみようとトライはしてみた。そして、誰とは言わんが、2名、車体から抜けなくなり、すったもんだが2回あった。)
 現在、金に物を言わせて近隣のサーキットを急遽借り切って、テスト走行中。オーナーのアフマドの意向では、早いところレースに参加したいのだが、ドライバーが当然ながらライセンスを取得していない上、車両パーツが運営公認のものであるかどうかも定かではない。オーナーが金に物を言わせて作らせたフォーミュラーカーの初走行が今、なのだから、レース参加はすぐには難しい。
「ちゃんと走っていますね。」
 アフマドがコングの横に並び立ち、サーキットをぐるぐる走る車両を見て顔を綻ばせる。
「私、自分のチームを持つのが夢だったんですよ。グランプリ優勝は無理にしても、予選上位3位くらいは入れますかね?」
「予選に出るまでに、あと数年はかかるな。もしくは、別のドライバーを見つけてくるか。」
「じゃあ数年後にはフェイス、『サーキットの狼』ならぬ『サーキットのハイエナ』って呼ばれるね。コングちゃんは『サーキットのラーテル』。」
 フォーミュラカーレースのルールブックを読むのに厭きたマードックが寄ってきた。レースの分類がいろいろある上、それぞれに規定があって目が泳ぎまくり。
「『サーキットのゴリラ』ではなくて?」
 アフマドがちらりとコングを見た後、マードックに向かって言う。案外失礼である。
「ゴリラじゃ在り来たりだから、今回はラーテル。オーナーさん、ラーテル知ってる?」
「知っています、世界一怖い物知らずの動物でしょう? 野生のラーテルは見たことありませんが、図鑑でも動物園でも見ました。テレビの動物ドキュメンタリーでも見ました。」
「じゃあ話は早いや。ラーテル、結構マイナー動物だかんね。」
「そろそろピットインさせるぜ。」
 マードックを無視してコングが旗を掲げると、若干速度を落とした車が外周に寄った。コングは旗を置き、舗装路に出て、まだ止まりきっていない車体を両手で止めた。
「流石に軽いな。」
 そして、タイヤの擦り減り具合を4本とも調べる。あまり速度を出さず、コーナーでドリフト走行もしていないため、ほとんど擦り減っていない。
「終わり? ねえ、終わり? 終わっていい?」
 ヘルメットの中からフェイスマンが尋ねる。自力ではヘルメットも取れなければ車から出ることも難しい。
「まだだ。全然スピード出てなかったじゃねえか、もっとアクセル踏み込め。」
「ええっ? あれが限界なんだけど、俺としては。」
「マシンとしちゃあ、まだまだ行けるぜ。走ってみて何か異常は感じなかったか?」
「特には。」
「じゃあ行け。」
「ええ〜。」
 情けない声を出しながらも、フェイスマンは車を再発進させた。
「今後のことなんだが。」
 国際自動車連盟の各種規定やモータースポーツライセンス取得の手引き等々の紙束を手に、ハンニバルがアフマドの方に歩み寄る。
「フェイスにライセンスを取らせるのは今月中に何とかする。あんたはずっとこっち(アメリカ)にいるのか?」
「出張で来ている身なんで、明日には国に帰る予定です。でも、必要なら電話で呼んでください。有給休暇を取って24時間以内に駆けつけます。」
「あんたがいない間、あの車はどこに置いとく?」
「車庫を手配してあります。場所は後で教えます。」
「あの車が公認のパーツを使って規定に則ってるのか調べたいんだが、それはその車庫でできるのか?」
「ええ。電気も点くし、人が入って作業する広さもあります。搬入搬出に使う積載車は、その都度、レンタルすることになりますが。」
「ふむ。あとは、あたしらとの契約だな。本来はフェイスがやることなんだが、今はそれどころじゃなさそうだ。」
 と、サーキットを見遣る。
「パートタイム契約で、実働時間1時間あたり100ドルでどうでしょう?」
「経費は?」
「もちろん、こちらで持ちます。明細記載の領収書かレシートを提出してください。」
「よし、契約成立だ。」
 ハンニバルはアフマドと握手を交わした。


〈Aチームの作業テーマ曲、始まる。〉
 フォーミュラカーを載せた積載車を、倉庫のような車庫の前に停めるハンニバル、アフマドから受け取った鍵で車庫のシャッターを開ける。コングのバンとフェイスマンのコルベット(運転はマードック。フェイスマンはぐったりしている)も到着。
 車庫の中に運び込んだ車を前に、使用されているパーツが公認のものであるかどうかを調べるのが面倒臭くなっているハンニバル。バラさなければ見えない部分もあるので、解体と組み立てのことを思うとコングも面倒臭くなっている。
 バンの中で、アフマドに渡された紙束やファイルに目を通しているマードックとフェイスマン。主にフェイスマンはモータースポーツライセンスに関する書面を読んでいる。と、その時、マードックが1冊のクリアファイルを開いて、顔を上げた。そのファイルを持ってハンニバルの方へ。そこには、このフォーミュラカーの個々のパーツの説明書と証明書が入っていた。いずれも協会公認のもの。パーツを調べずに済み、ガッツポーズを取るコング、ニッカリと笑うハンニバル。
〈Aチームの作業テーマ曲、終わる。〉


 話はAチームとアフマドがサーキットに来る前の時間に遡る。場所は、アフマドが滞在しているホテルの一室。フェイスマンに呼ばれてAチームは急遽集合していた(マードックは自力で脱走)。
「趣味でフォーミュラカーを作らせたので、私のレーシングチームのピットクルーと、できればドライバーになってください。よろしくお願いします。」
 どう見ても金持ちの、身なりもよく、英語もペラペラな中東紳士に頭を下げられ、Aチームはそれぞれ思うところは別だったが、ともあれ頷いた。
 思うところ;ハンニバル「フォーミュラカーなんて楽しそうじゃないですか。」コング「フォーミュラカーを弄れるなんて面白そうだぜ。」フェイスマン「コングとハンニバルとモンキーの3人が仕事したら、報酬3倍! それも依頼人、金持ちそう!」マードック「フォーミュラカーに羽つけたら絶対飛べるぜ!」
「あたしは、ジョン・スミス。ハンニバルって呼んでくださいな。それと、フェイス、コング、モンキーだ。」
 部下をささっと紹介するリーダー。
「ああ、申し遅れました、私はアフマド・アル=ハッターブと申します。うちの一族は石油関連事業のコングロマリットをやっておりまして、そのうちの一社で働いております。普段は自国にいるんですが、今回は会議に出席するためこちらに来たついでに、という感じです。」
 話を聞きながら、ルームサービスで運ばれてきていたコーヒーのカップを手にしたフェイスマンだったが、コーヒーに鼻を近づけてスンスンと嗅ぎ、ハンニバルに目配せすると、眉を顰めて首を横に振った。それを受けて、ハンニバルが自分の前に置かれたカップに手で蓋をする仕草を見せた後、コングとマードックに向かって耳をトントンと叩いて見せる。2人が立ち上がって、無言で部屋の中を探し始めた。
「な……?」
 何をし始めたのかと問おうとするアフマドに、フェイスマンは口の前に人差し指を立てて見せると、手つかずのコーヒー4杯をワゴン上に片づけ始めた。
「英語がお上手ですけど、アメリカの大学に通ってらしたとか?」
「え、ええ、東部の大学で経済学と経営学を学びました。」
「では、西海岸は初めて?」
「何度か旅行で来ました。夏の西海岸は過ごしやすくていいですね。」
 と、どうでもいい話をするハンニバルとアフマド。
 部屋の中を一通り調べたコングとマードックは、盗聴器を計6個発見した。すべて回収して、コーヒーの中に沈める。
「アフマド、率直に聞こう。命を狙われてるんじゃないか?」
「うん、コーヒーから青酸カリの匂いしたし。」
「トイレのドアに感電するトラップが仕掛けてあったしな。床に水撒いてなかったけどよ。」
 コングがぷらーんと導線を掲げる。
「枕と椅子に毒針仕掛けてあったぜ、ほら、これ。」
 マードックがビッグサイズの画鋲を掌に乗せて見せる。
「ボディガードはつけてないのか?」
 ハンニバルが尋ねる。
「いろいろ見つけてくださってありがとうございます。ですけど、命を狙われるなんて思ってもみませんでした。だからボディガードなんて必要ないかと……。」
「こっちには1人で来たの?」
 そう尋ねたのはフェイスマン。
「ええ。同僚の同行もなく、私1人です。」
「あんたがこっちに来ることを知ってる、あんたの国の奴がやったことじゃねえか?」
「私がこっちに来ることは、同僚はみんな知っています。家族も知っています。」
「その中に、あんたがいなくなればラッキー、って思ってる人、いるんじゃねえの?」
「いや、そんな、まさか。」
 白い歯を見せて笑っていたアフマドが、急に表情を曇らせた。
「……いや、いる……。」
「誰だ?」
「弟です。」
「弟さんがあんたの命を狙う理由は?」
「私、長男なんですよ。それで、私が父の会社を継ぐことになっています。加えて、今、祖父が一族の長なんですが、祖父亡き後は父が一族の長になり、父亡き後は私が一族の長になると決まっています。」
「あんたがいなくなりゃ、弟がその座につけるってこったな。」
「そうです。」
「あ〜、そりゃ狙われるわ〜。」
 あちゃー、と額に手をやるフェイスマン。石油系コングロマリットの総元締めともなれば、ガッポガッポのウッハウッハだし。
「でもまあ、今回これだけやって失敗したなら、もう懲りたでしょう。」
「また何か仕掛けてくるかもしれないよ?」
「その時はその時。私、運がいいんですよ。こうやって、あっと言う間にチームメイトも見つかったし、その上、暗殺も阻止していただけたし。」
「ま、まあ、そうだな。」
 AチームをAチームだと知らずに有効活用したし。
「なあフェイス、これ食って大丈夫そ? 俺っち、腹ペコなんだよね。夕飯前に出てきたからさ。」
 ワゴンの上に集められたお茶菓子(パウンドケーキ)を指して、マードックが問う。実はだいぶ前から食べたそうな視線を送っていたことに、みんな気づいている。
「さっき嗅いだ限り、危なそうな匂いはしなかったよ。」
「ほんじゃ、いただきまーす。」
 無臭の毒物が入っている可能性に気づかないまま、マードックは1/2インチ厚のパウンドケーキを一気に口に突っ込んだ。ハムスターのように頬を膨らませてもぐもぐする。
「……うっ!」
 いきなり、マードックが胸を押さえた。
「モンキー!」
 駆け寄る3名。
 マードックは食道の上辺りを拳でどんどんと叩いた。
「こりゃ毒じゃねえ、喉に詰まっただけだ。」
 コングが呆れたように言い、マードックの鳩尾に軽くアッパーを食らわせる。
「ごふっ。」
 口から飛び出しそうになるパウンドケーキ(だったもの)を手で押さえて、再度咀嚼開始。
「何だてめェ、反芻動物か?」
 場は和やかな笑いに包まれたのであった。


〈Aチームのテーマ曲、始まる。〉
 とある建物の前で急停車するコルベット。フェイスマンがドアをひらりと跳び越えて、建物に駆け込む。そして、受付に申込書を提出し、モータースポーツライセンスの講習を受けるフェイスマン。
 コングのバンが空港のエントランス前に滑り込み、スーツ姿のハンニバルと、袖を引き千切ったスーツ姿のコングと、パイロット姿のマードックが駆け出してくる。空港内に走り込み、アフマドが乗る便の航空会社のチェックインカウンターに向かう。係員にハンニバルがCIAの身分証を掲げ、コングがFBIの身分証を掲げ、マードックがにっこりする。アフマドが乗る便の席を2つ取ってもらう。
 乗客リストを見ていたハンニバルが頭を横に振る。乗客の荷物以外の積み荷のリストを見ていたコングも頭を横に振る。マードックが何か思いついたような素振り。3人で保安部署へ走り、防犯カメラの記録を見せてもらう。
 掛け時計を指差すハンニバル。防犯カメラの方はコングに任せて、ハンニバルとマードックが搭乗ターミナルへ。CIAの身分証を掲げて関所を走り抜け、ギリギリで旅客機に乗り込む2人。客室内はほぼほぼヒゲ面男で埋まっている。席に着き、シートベルトを締めて、離陸を待つ。
 防犯カメラで録られていた映像をいくつも並行して見るコング。出国審査と保安検査を受けた後の通路で、清掃員から何かをこっそりと受け取った男がいたのを発見。このことを既に上空にいるハンニバルとマードックに知らせたいのだが、21世紀のようにスマートフォンで連絡できるわけもなく、Aチームがよく使っているトランシーバーも使える距離でなく(そもそもハンニバルたち、トランシーバーを持っていない)、保安係に相談する。由々しき事態であると判断され、保安係が清掃員の身柄を拘束するよう通知すると共に、管制塔を通じて当該機のパイロットに連絡。パイロットには、乗客としてCIA職員が2人乗り込んでいるとも伝えられた。
 機上の人であるハンニバルはアイマスクをつけて心身ともに休んでおり、マードックは上映中の映画に夢中になっていた。そこへ、キャビンアテンダントが飲み物を持って現れ、マードックにカップを渡すと共にメモを渡した。りんごジュースを飲みながらメモを見るマードック。そこには『保安検査後に不審物を外部から受け取った乗客おり』とあった。ハンニバルを揺り起こしてメモを見せるマードック。アイマスクを上げてメモを読み、片眉を上げるハンニバル。
〈Aチームのテーマ曲が終わり、CM。〉


 CMが明けると、既に清掃員が保安係に羽交い絞めにされていた。傍らには手押し床磨きマシン。
「放せよ、おい。俺が何したってんだ。」
 じたばたする清掃員だが、屈強な保安係から逃れられない。そこへ、コングがどすどすと走ってくる。
「おい、あいつに何渡したんだ?」
「俺ァあの袋の中身が何かなんて知らねえぜ。中は見るなって脅されたからな。」
 あの怪しい男に何かを渡したことが確定。証言は録音されております。
「大きさや重さはどのぐらいだった? 時計みてえな音はしてなかったか? ってえか、誰に頼まれた?」
 矢継ぎ早に質問するコング。
「誰だかは知んねえよ、ヒゲ面のアラブ系の男だ。掃除してたら、あっちの通路も掃除すんのかって訊かれて、そりゃあ掃除するよ、って答えたら、じゃああっちでこれを私に渡してくれって、黒い巾着に入った中身は箱っぽい感じで、結構ずっしりしてた。大きさはクリネックスの箱の1/3くらいかな。時計のカチカチ音はしてなかったと思う。」
「てめェはあの中身、何だと思う?」
「すんげえ高い宝石がごろごろついたアクセサリー。こっちで買ったやつ。」
「フン。それでいくら掴まされたんだ?」
「20ドル。」
「そんだけか!」
「そんだけ、ってこたねえだろ。ははあ、さてはあんた高給取りだな、俺と違って。」
 そうこうするうちに、保安係の皆さんが気を利かせて警察や本物のFBIを呼んでしまった。さらに気を利かせて、清掃員の証言を管制塔に伝え、パイロットにも伝わり、ハンニバルとマードックにも伝わる。
 偽FBIのコングは、本物のFBIがやって来るのを見て、羽交い絞めに疲れてきている保安係に「こいつをあいつらに引き渡してくれ」と言って親指で本物たちを指し示すと、その場を小走りで去っていった。まるで何か別の場所ですべきことを思いついたかのように。


 本物のFBIが防犯カメラの映像を解析しても、何かを受け取った人物が誰なのかわからない。警察と協力して犯罪者の写真を見ていってもさっぱりわからない。そもそも警察には国内の犯罪者の記録しかなく、国外の犯罪者や不審者はCIAの協力を得なければわからない。何か重大なことが起こりそうな予感に、FBI捜査官たち、警察官たち、保安係たちはそろって天井を見上げた。その向こうにある旅客機を思って。
 その機内では、パイロット、コパイロット2名、キャビンアテンダントたちがそわそわしていた。いつか何かが起こるに違いない。でもそれがいつ起こるのかわからない。もしかしたら何も起こらないのかもしれない。誰かが何かを持ち込んでいる。でもそれが誰だかわからない。何を持ち込んだのかもわからない。伝えられた話からすれば、手榴弾ではないかと思われる。もし手榴弾が機内で爆発した場合にはどうすればよいか。十中八九、どうしたって墜落する。つまり、爆発させないようにするしかない。キャビンアテンダントが客席を見て回る。当然、膝の上に怪しい物を置いている客などいない。座席の下や足元に鞄や靴などはあるが、黒い巾着袋は見当たらない。黒い巾着袋との報告は受けたが、それを鞄にでも入れられたらわからない。座席上の収納棚に入っているか、開けて見て回るのは怪しすぎる。乗員たちは行き詰っていた。
 ハンニバルとマードックは、皆様お察しの通り、快適な空の旅をエンジョイしていた。


 ハイジャックかも、な事態など露知らず、講習を受け終え、筆記試験にも合格したフェイスマンは、次なる課題、走行テスト&模擬レースで完走、を前に困っていた。走行テストや模擬レースを行う日のスケジュールは決まっている。そしてそれは今日ではない。スケジュールされた日までやることがない。しかし、ハンニバルからは「一段落したら合流」という超曖昧な指示しか受けていなかった。どこまでクリアすれば一段落なのかは不明なれど、今日できることは終わった=一段落、と解釈して、フェイスマンはドライブインで一休みしてから空港に行くことに決めた。
 その頃、コングはと言うと、ハンニバルたちの乗った旅客機を追うように東に向けてバンを全速力で走らせていた。だが、いくら全速力でも山越え谷越え砂漠越えのルートで旅客機に追いつけるはずもない(まっさらな平地だったとしても追いつけない)、と気づいて、ロサンゼルスに戻ろうとしていた。


「戻ろう。」
 熟考と逡巡を重ねた末、機長が宣言した。
「でも機長、戻るとわかったら犯人(まだ犯行に及んでないけど)が行動に出るんじゃ……。」
 副操縦席でコパイが機長を見る。
「行動に出させるんだ。今現在、犯人(仮)が手榴弾を握っているわけじゃない。巾着袋を収納棚か足元の鞄から出して、中の箱を出して、手榴弾を取り出す。それだけの時間があれば、犯人を見つけて取り押さえることができるだろう? 私は管制塔に話をつけるから、君はCAたちに伝えてくれ。それと、CA経由でCIAの人たちにもな。」
 機長が背後の第2コパイに言うと、彼はすぐさま席を立ってコクピットを出た。
 ややあって。
「当機はエンジントラブルのためロサンゼルス国際空港に引き返します。旋回いたしますので、シートベルトの装着をお願いします。」
 機内アナウンスがそう繰り返した。シートベルトを嵌めるカチャカチャという音が広がる。
 と、その時。


〈Aチームのテーマ曲、再び始まる。〉
 1人の男が足元の鞄を開けて、巾着袋を取り出し、袋の口を開いて箱を取り出し、ダクトテープをべりべりと――剥がしているところでキャビンアテンダントに箱を取り上げられた。
「返せ!」
 男とキャビンアテンダントが箱を奪い合う。下手クソなラグビーのよう。
 そこへCIA(偽)の2人が駆け寄ってきて、男をパンチ1発で気絶させ、引き抜いたベルトを用いて速やかに両手を背後で拘束。
 箱の中を見てみると、入っていたのは手榴弾ではなく、数本のダイナマイトとライターだった。これはこれで危険。
 ほっと息をつく乗員と、何が起こったのかわからない乗客を乗せて、旅客機はともあれロサンゼルス国際空港に戻っていった。
〈Aチームのテーマ曲、再び終わる。〉


 空港のエントランスでコングとフェイスマンは合流できた。そこに、エンジェルが駆け寄ってきた。
「何、今回の事件、あんたたちも絡んでたの?」
「え、何? 事件?」
 フェイスマンは依然として何も知らない。エンジェルは、どこかから情報を貰ったんだろう。
「ハイジャック未遂よ。聞いた話じゃ、犯人が飛行機の中でダイナマイトを爆発させようとしてたんですって。」
「それじゃ犯人も死んじゃうじゃん。」
 ガクブルするフェイスマン。
「まあそういう覚悟だったんだろうよ。で、エンジェル、てめェがここに来てるってことは、飛行機がこっち戻ってきてるってこったな。」
「ええ、どこの新聞社よりも先に、犯人を取り押さえたCAにインタビューしなきゃ。じゃあね。」
 半ばスキップするようにエンジェルは空港の奥へと進んでいった。
 入れ替わりに、ハンニバルとマードックが姿を現す。
「ただいま。」
「つまんなかったぜ。凶弾に倒れたパイロットの代わりにオイラが飛行機操縦する予定だったのになー。」
「銃まで持ち込んでたのか? エンジェルはダイナマイトっつってたんだが。」
「いや銃はなかったぜ。凶弾もなし。あくまでも予定よ、予定。」
「俺、事態があんましわかってないんだけど。」
「そりゃ追々説明しますよ。」
 4人は揃って、空港を後にした。


 フェイスマンは地道な努力を重ね、ライセンスを取得した。まずは地元のレースに出場し、そこそこの成績を収めた。目標は、マシンを壊さないこと。ハングリーさはないが安定した走りで、出場回数を重ねるたびに勘も身につけ、順位はじわじわと上がっていった。特に数台を巻き込むクラッシュがあった時の回避には、観客も目を見張った。
 ドライバー修行と並行して、フェイスマンは各人の(主に自分の)就業記録をつけていた。ハンニバル、コング、マードックがハイジャック未遂犯に対処した時間も含めて。日々積み重なる時間数に、ハンニバルから聞いた「時給100ドル」を掛け算して、ニマニマが止まらない。ビバ、収入!
 そして、待ちに待ったアフマドが来米する日。この日、少し大きめのレースにフェイスマンが出場するため、それを見に来たのだ。
「お久し振りです。機上では、ありがとうございました。お礼を申し上げるのが遅くなって済みません。」
 アフマドがハンニバルの手をがっちりと握る。
「いやいや、大事にならずに済んでよかったですわ。あの後、未遂犯はそちらに引き渡されたってことでしたが。」
「ええ、うちの弟に頼まれたって、しっかり証言してくれましたよ。私を殺すのが目的だった、と弟も白状しました。今は2人とも服役中です。」
「一件落着ですな。」
 2人が観客席でそう話している間にも、レースは進行中。
「フェイスマンさん、速くなりましたね。」
「あいつなりに頑張ってましたからね。」
 ピットインしてタイヤを交換するのも恐ろしく速い。
「こりゃもしや……。」
 優勝しそうな勢いである。
 というのも、フェイスマンはアフマドに一刻も早く就業記録を提出して給金をいただきたかった。何せアフマドと会ってから今まで、他の依頼も受けておらず、金ヅルも作っておらず、無収入だったのだから。
 そして、逸る気持ちのせいで、つい、うっかりアクセルを踏みすぎた。
「あ。」
 ヤバい、と思う前にマシンはどうしてそうなったのか宙を飛び、芝生もクッションも観客も超えて、樹木に激突した。ガシャンと地面に落ちる、ひしゃげたマシン。炎上しなかったのは幸い。で、フェイスマンはと言うと、どうしてそうなったのか激突した樹木の枝の股に足首を引っ掛けて、逆さ吊りになっていた。
 薄れる意識の中、フェイスマンは自分の体のことよりも車の修理費のことを考えていた。
「やっぱ、こういう時のために、マシンに翼つけておくべきじゃね?」
 ピットからフェイスマンの方に駆け寄りながらマードックが横を走るコングに言ったが、当然ながら無視された。


 フォーミュラカーの修理代は請求されず、給金は申告通りに支払われた。フェイスマンの入院費も、アフマドは出してくれた。アフマド、太っ腹すぎる。
 しかし、退院したフェイスマンがアジトに帰って見たものは――冷蔵庫に最高級の和牛のどでかい塊、段ボール箱一杯の最高級葉巻と最新式空気清浄機(オーバースペック)、そこここに置かれたティンパニ。
「お帰り。ちょっといいワインを買ってあるんだ。退院祝いに開けようじゃないか。」
 そう言ってハンニバルがソファの後ろから取って掲げたのは、オークションに出されるレベルのヴィンテージワイン。フェイスマンの頭の中で、入院中に購入されたものの値段が高速で計算され、いただいた給金から引き算する。結果、0ドル。
「うわあああああ。」
 頭を抱え、その場にダンゴムシのように蹲るフェイスマン。
「何だ、そんなに嬉しかったのか。奮発した甲斐があったな。……はて、コルク抜きはどこだっけかな。」
 ハンニバルたちに大金を持たせてはいけない、と既にわかっていたことを再認識したフェイスマンは、もう怪我したくないし、時速200マイルは恐いということもあって、アフマドとの契約を破棄することに決めたのであった。
【おしまい】

上へ
The A'-Team, all rights reserved