続・ガッルス・ガッルス・ドメスティクス

伊達 梶乃
 十分に唐揚げを堪能し、誰も彼もが大満足であった。その上、調味料を調達に行ったフェイスマンが、注文の品以外に各種のアルコールまで仕入れてきた。
 いい感じに酒が回っているところにジョアンのギターの音が心地好く、美人姉妹や、年は行ってやつれてはいるがやはり美人の母とダンスをしてはソファで休み、と、Aチームは実に楽しい時を過ごした。
「いやはや、こういう和やかな気分もいいものですなあ。」
 そう言った後、ソファにゆったりと座ったリーダーが目を閉じた。それを見たジョアンの母は、奥に姿を消し、ブランケットを叩きながら戻ってくると、それでハンニバルの体を包んだ。
「父さんが使ってたやつ?」
 出窓に腰かけていたジョアンは、ギターを部屋の隅に立てかけ、母に小声で尋ねた。
「そう。埃被っちゃってるけど、何もないよりはいいかと思って。」
 食卓では、ワインを酌み交わしながらマリアとフェイスマンが会社経営について話し合っている。その背後では、マードックがカシアに古いダンスのステップを教えている。
「コングは?」
 周りを見渡してジョアンは母に尋ねた。
「さっき眠そうにしてたから、あんたの部屋に案内したわ。」
「……わかった。」
 ジョアンは奥の廊下を進み、自分の部屋のドアを開けた。
 ギターは質に入れられたけれど、彼の勉強道具や教科書、ノートは手つかずのまま、そこにあった。攫われた日の朝に見たままの状態で。ジョアンは机の上の埃を指でなぞり、その指を見つめた後、ジーンズで拭った。そして、ベッドの上で眠っているコングに目を向ける。
「コング。」
 起こしては悪いかと思いながらも声をかける。
「んん? ……ああ、何だ、ジョアンか。」
 目を擦りながら、コングが上半身をむくりと起こした。
「済まねえ、ちっとベッド借りてたぜ。」
「うん、それは構わないよ。俺、どこでだって寝られるから。」
 ジョアンがマットレスの縁に腰を下ろす。
「お前のベッドなんだから、お前が寝ろ。俺ァ車で寝てくるぜ。」
 立ち上がろうとしたコングの手首をジョアンが掴む。
「……あのさ、俺たち、って俺と母さんと姉ちゃんね、コングたちにすっごく助けてもらったのに、何にもお礼できないからさ、みんなで話し合ったんだ。……で、俺がコングの係になった。」
「係?」
「うん。俺じゃお礼になんないかもしれないけど。」
 ジョアンはコングの股間に手を伸ばし、そこをそっと撫でた。
「お、おい、ジョアン。」
 慌ててコングはジョアンの手を掴んだ。
「やらせて。俺が嫌だったら、目瞑ってて。」
 コングの手が緩み、ジョアンはコングのカーゴパンツの前を開けた。

 ジョアンは上手に手と口でコングを勃ち上がらせた後、コングにゴムを被せ、傷薬をたっぷりと塗った。ジーンズとトランクスを脱ぎ、コングの上に跨り、息を吐きながらコングを体の中に入れていく。
 コングは目を開いたまま、ジョアンのなすがままになっていた。
「きつくない?」
 半ばまで埋めた状態で、ジョアンが訊く。
「きっついぜ。」
「ごめん。ちょっと我慢してて。」
 そう言うと、ジョアンは体の力を意図的に抜いて、体を上下に揺らした。次第にちょうどいい大きさに広がってくる。
「いい具合になってきたぜ。」
「よかった。」
「俺が動いてもいいか?」
「うん。」
 コングはジョアンの細い体を両手で抱え、繋がったままジョアンをベッドに寝かせた。そして、腰を前後させる。
「あ、どうしよ、コング。」
「何だ?」
「気持ちいい。」
 ジョアンの発達途中のものが、2人の間でむくむくとし出す。
「こんなの、初めて。」
「よかったじゃねえか。」
「よくない。お礼になんない。」
「大丈夫だ、俺も気持ちいいぜ、お前ん中。」
 コングの下で、安心したようにジョアンが微笑んだ。

「お前、“そういう仕事できない”って言ってなかったか?」
 事が済み、後始末を終えてコングが尋ねた。
「うん、言ったよ。そう言っとかないと、やられるもん。言ったって、普通、やられるんだ。俺、力ないから、やられまくり。」
 硬いちり紙で腹の上を拭いてから、膝立ちになって尻を拭い、ジョアンが事もなげに言う。
「ニワトリ売り歩いてた時にか?」
「あの時もそうだったし、強制労働させられてた時もそうだったし、その前からそうだった。」
「何だと? 悪党に狙われる前からか?」
 ベッドの縁に腰かけていたコングは、背後で横になっているジョアンの方を振り返った。
「うん。俺、1人で歩いてると、よく物陰に連れ込まれてやられるんだ。俺、何かそういうニオイ出してるのかな。学校にいる間は、そういうことされなかったけど、公立学校ってあんまり環境よくないから、念のため急いで大学に上がってみた。」
「そんなことされたんだったら、警察に駆け込みゃいいだろ。」
「ここの警察、犯罪組織の一員だよ? 実際、警察官にやられたことも沢山あるし。あいつら、警棒突っ込むからやなんだ。絶対、お金くんないしさ。でも、一番嫌だったのは、この間、浮浪者にいきなりやられた時だな。汚くて臭くて。俺もあん時は汚くて臭かったけどさ。公園で寝てたら、突然脚掴まれて、脱がされて、ブスーッだよ。心構えも何もないまま、ゆさゆさされて、中で出された。だから俺、何か病気持ってるかもしれないけど、ゴムつけたから大丈夫だよね。」
「病気はともかく、お前、そんなんでいいのか?」
「いいとは思わないよ、もちろん。でも、どうしようもない。抵抗せずにしゃぶってやって、尻出せば、それで命が助かるんだし、殴られることもあんまりないし、時々はお金も貰える、ちょっとだけだけど。どう考えたって、殺されるよりマシだもん。それに、もう少ししたら、俺も背が伸びて男っぽくなって、狙われなくなるんじゃないかな。お小遣い稼げなくなるのは、ちょっと残念って気もするけど。」
「母ちゃんや姉ちゃんは、お前がそんなことされてるって知ってんのか?」
「うん、知ってる。母さんや姉ちゃんも、ちょくちょくやられてるし。俺より多いと思うよ、みんな美人だしさ。母さんは割といいとこの出だから、最初はショック受けてたけど、段々と生活が苦しくなってきて、慣れたみたい。だから、みんな、もう気にしてない。父さんには隠してたけど、もう父さんもいないしね。」
「ひでえ国だな。」
「でも俺、アメリカでもだいぶやられたよ? 浮浪者以外はみんなお金くれたから助かったけどさ。だから俺、コングに匿ってもらってから、食べ物も寝るとこも着るものも体のことも心配することが何もなくて、そりゃあ母さんや姉ちゃんのことは心配だったけどさ、これが平和な生活ってやつなんだなって初めてわかった。」
「でけえ犯罪組織がなくなったんだから、この国も平和になるだろうよ。」
「真ん中より上の方の人たちは、前から平和だよ、この国だって。下の方の生活なんて知らないんだろうな。でも、まあ、命の心配しないで済むようになるのは嬉しいや。ゴロツキも少なくなるだろうし、警察もマトモな人だけになるだろうし。ホントありがとう、コング。」
「いいってことよ。」
「もっとお礼する?」
「お前、体は平気なのか?」
「さっきは3日振りだったし、緩めてなかったからきつかったけど、もう大丈夫。」
「じゃ、頼むぜ。」
「うん。」
 ジョアンは明るく頷くと、机の引き出しからゴムの綴りを取り出した。

 こりゃヤベえ、とコングは思っていた。自分の身を守るために覚えてきた舌使いは巧みで、いつまでもしゃぶらせておきたいとすら感じる。ほとんど肉のない腿を開き、骨の上に皮が被っただけの小さな尻の中に押し入るのも、そのこと自体が快感で――背徳を伴った快感――子供の頃、捕まえた蝶を手の中で握り潰した、その時の感覚に似ている。使い込まれた襞の中を突いてやると、開いたままの口から掠れた声が漏れる。小さな茎を扱いてやると、その声が震える。その声がまた耳に心地好い。細い蔓のような腕が、しなやかに纏わりつく。折れそうな首筋に唇を這わせると、汗でしっとりとしたきめ細かい肌が、口の中でとろける上質のチョコレートを思わせる。
 当然、女性と関係を持った回数も少なくはなく、さらには男性経験もないわけではないコングだったが、ジョアンの体は別格だと思った。しばしば強姦されてきたのにも納得が行く。癖になりそうだ。30を越し、若い頃のエネルギーは下半身から失われつつあったのに、まるで昔のように滾っている。
「コングぅ、イッちゃいそう……。」
 揺さぶられて、ジョアンが訴える。気持ちよさに涙をぼろぼろと零して。
「ああ、俺もイキそうだ。」
 ジョアンがコングの首に腕を回してしがみついてきた。
「コング、好き。大好き。ずっと一緒にいたい。」
 コングはそれには答えず、ジョアンの髪を撫で、額にキスをした。

 デ・アルメイダ家の人々が眠っている間に、Aチームの4人はこっそりとベッドから抜け出して、黙ったまま帰途に就いた。2台のセダンとトラックに乗り、飛行機を停めておいた場所に向かう。
 車から降りて、やっと4人は顔を見合わせた。
「帰れなくなるとこだった。」
 真面目な顔でフェイスマンが口を開く。
「オイラも、ずっとここにいようかって思っちゃったぜ。」
 雌鶏の縫いぐるみも忘れてきたマードック。
「あたしも、一瞬、ここいらが潮時かなって考えましたからな。」
 ハンニバルさえも真剣な目をしている。
「俺は、別にそんなこた考えなかったぜ。」
 クールにコングは言った。
「ジョアン、“お礼”してくんなかったん? って、いくら何でもできるジョアンって言っても、アレは無理か。」
 マードックはカシアから事情を聞いたようだ。
「十分、お礼してもらったぜ。最高だった。さすがジョアンだ。でも、俺がいたら、奴のためになんねえからな。」
 そう言うと、コングは養鶏場の方に目をやった。
「ところで、これ、どうやって乗りゃいいんですかね?」
 飛行機は、ドアを開ければタラップが下りてくる仕様。だが、降りた後、そのタラップを投げ上げ、勢いでドアが閉まって、そのまま。飛行場ならば、ドアを開けるための棒があるんだが、ここにはない。
「誰か、よじ登って開ける?」
 俺は遠慮するよ、という風にフェイスマンが周りの顔を見る。
「トラックの上に登ってみるぜ。」
 コングがトラックをちょうどいい位置に配置すべく、トラックの方に向かった。
「オイラ、よじ登ってみる。」
 飛行機の脚部に飛びつくマードック。
「何か棒っぽいものを探してきましょうかね。」
 周囲を探し始めるハンニバル。
 結局、トラックの上にコングが乗り、コングに肩車されたマードックが、ハンニバルがどこぞから探し出してきた棒をドアの取っ手に引っかけ、2人してトラックから落ちることで何とかドアを開け、タラップを出すことに成功したのだった。

「みんな行っちゃったわね。」
 朝になって起き出してきたデ・アルメイダ家の4人は、食卓に着いてコーヒーを飲んでいた。
「誰か1人でも残ってくれれば心強かったのに。」
 マリアとカシアが残念そうに呟く。
「あの人たち、一所に落ち着ける人じゃないわ。引き止めようっていう考えが無理だったのよ。」
 乱れ髪を手櫛で直しながら母が言う。
「ジョアン、あんた、ちゃんとコングさんにお礼できた?」
「うん。一杯した。でも、お礼になってなかった。」
「どういうこと?」
「俺、すごく気持ちよかったんだ、コングとやって。あれが気持ちいいものだって、初めて知った。それで、一杯やってもらって……全然お礼じゃなかった。」
「よかったじゃない、気持ちよくしてもらって。あたしは、ちょっと物足りなかったかな。」
 マリアが少し不満そうに言う。
「あたしは結構満足したわよ。思ったより普通だったけど。」
 カシアが機嫌よく言う。
「あたしの方は……お年がお年だから、まあ、それなりに。」
 そう言う母も、そこそこ満足した様子。
「さて、何から始めようかしら?」
 マリアがパンと手を叩いた。
「俺、イヴォンヌのママンに電話して、資金貸してってお願いしなきゃ。で、学校行く。」
「あたしらは職場に電話しなきゃじゃない? 何が何でも稼がなきゃ。」
「あたしはキッチンの片づけしないと。朝ゴハンはどうする?」
「昨日食べすぎて食欲ないわ。」
「あたしも。」
「俺、ちょっと腹減ってる。昨日の残り物か何かある?」
 そうして一家4人は日常の生活に戻り始めた。
【おしまい】