偽(字幕版)です。まだ途中です。


 Aチームことアルファ部隊のテントのドアに"Don't disturb!"の札がかかっている。基地でこんなことをして許されるのも、司令官モリソン将軍の旧友であるスミス大佐ぐらいのものである。
 だが、その札をかけたのはスミス大佐本人ではなかった。
「見てみなって、ほら、包帯全部取れたぜ。ガーゼ1枚ないだろ?」
 作戦を実行するたびに何らかの怪我を負う無鉄砲なペック中尉が、久々に全快となったのだ。仮眠を取っていたスミス大佐を揺り起こし、色気のないストリップを始める。
「無理矢理取ったんじゃないだろうな?」
 せっかく寝入ったところを起こされて、しかし不機嫌な顔は見せずに、半身を起こす。
「疑うのかよ、ちゃんと医療班にOK貰ったんだぜ?」
「ならいいんだが。」
 スミス大佐は、先日、バラカス伍長が「邪魔臭え」と言って包帯とガーゼを毟り取り、再度大出血して、輸血のお世話になったのを思い出した。彼はRh−なので、そうそう大出血されても困るのだ。幸いにも同じ血液型のマードック大尉に献血を頼めるが、そのたびに揉め事になるのも避けられない。
「それで、どうしたっていうんだ? 快気祝いでもねだりに来たのか?」
 ベッドの上に衣類を投げ、今や下着1枚になっているペック中尉に向かって、怪訝な視線を向ける。
「何だよ、その言い草。傷に障るからダメだって言ったの、あんただろ? 全快したらな、って。」
 やっぱりそれか、とスミス大佐は溜息をついた。確かに、しばらく前にそう言った。ガーゼに血を滲ませたまま跨ってきたペック中尉に。だが何も、こんなに睡眠不足の時を狙って来なくてもいいのに。スミス大佐の仕事は、アルファ部隊の活動の指揮官だけではないのに。
 大佐はちらりと腕時計に目をやった。ブラインドを下げたテントの中は薄闇に包まれてはいるが、まだ夕刻前だ。そんな時間から軍隊で(少なくとも米軍では)禁止されている行為に及ぶのもどうだろうか。
「BAとマードックは?」
 このテントは2人だけのものではないのだから、後の2人が戻ってくる可能性もある。
「2人には新しいオモチャ与えておいた。」
 バラカス伍長には電気系統から駆動系まで壊れまくったドゥカティを、マードック大尉にはジェットエンジンを搭載したバックパックを。それらをイラクでどうやって入手したかは、彼のみぞ知る。
「きっと数時間はオモチャに夢中になってると思うよ。」
 思わずスミス大佐の口許に笑みが浮かんだ。この男の根回しの素早さには畏れ入る。その上、どんな武器も自在に扱い、体力も申し分なく、知力の方も軍隊に押し込めておくのがもったいないくらいだ。これで顔立ちが一般的であれば他の世界で成功しただろうのに、ペック中尉は眉目秀麗すぎて世間の枠に収まりきれなかった。天が1人の人間の器にあまりにも沢山のものを詰め込みすぎた失敗作だ。
「……わかった。全快祝いだ。ありがたく受け取れ。」
「そう来なくっちゃ。」
 スミス大佐はペック中尉の手を取ると、自分の膝の上に引き寄せた。


 バラカス伍長は、突然にイタリアのバイクを引き摺って現れたペック中尉に「これ全然動かないんだけど、どうにかならないかな?」と言われ、整備途中だったホンダのバイクを押しやって「おう、任せとけ」と返事をしてからというもの、この大馬力のはずの重厚なガラクタに再び息吹を与えようと、黙々と対峙していた。
 そこから少し離れた場所では、同じようにペック中尉から「これ試してみる?」と“小型飛行装置”なる怪しげなシロモノを渡されたマードック大尉が、既にその装置を背負いつつも、説明書を読んでいる。何やら面白そうな気配に、その周囲に人々が集まってきた。
「それ、燃料はヘリのでいいのかい?」
「ええと燃料、燃料……そう、ヘリので。1ガロンくらい。」
 すぐにポリタンクで燃料が運ばれ、装置の中に注ぎ込まれる。
「零さないでよ。零れてると僕が燃えちゃうから。」
「じゃあ消火器も用意しないとな。」
「医療班も呼んでおこうか。」
「ヘルメットいるだろ? ほら。」
 親切で乗りのいい奴らのおかげで、準備はすぐに整った。
「大尉がどれだけ飛べるか、賭けようぜ。」
 その言葉に、観衆の輪が何倍にも膨れ上がる。
「伍長は何フィートに賭ける?」
「ああ?」
 声をかけられて、バラカスが顔を上げる。バイク修理に熱中していたので、事態が飲み込めない。
「マードック大尉があのジェットでどれだけ飛べるか賭けてんだ。垂直方向と水平方向、別々にね。連番も受けつけるぜ。」
 と、段ボールに書き殴られたオッズ表を見せられる。
「燃料は何だ?」
「ケロシン1ガロン。」
 バラカス伍長は首を巡らせてマードックに背負われている装置を見た。
「垂直に8フィート、水平に0。連番で、10ドル賭けるぜ。」
 ポケットを探り、10ドル紙幣をシートの上にバンと出す。
「それと、あの野郎に、背中から尻まで鉄板当てとけ。」
「OK、8−0に連番で10ドル、それと鉄板ね。」
 賭けの胴元らしき兵士は10ドル札を掴むと、群集の中に消えていった。
 ほどなくして、マードック大尉の背中にドラム缶を切った鉄板が当てられた。彼の足元には、石灰でバツ印がつけられている。ドラム缶のドラムロールが鳴り始め、彼を取り囲む人々がそれぞれ3歩ずつ程度後ろに下がる。
「それじゃ、行くよ。」
 ヘルメットを被って鉄板とバックパックを背負ったマードック大尉が、エンジンをスタートさせるためのワイヤーをぐいっと引いた。
 エンジンが唸り始め、すぐにジェットが火を吹き出した。大尉の体が持ち上がっていく。
「うおおおおーっ!」
 観衆は大興奮。
「あぢっ、あぢっ、あぢぢぢぢぢーっ!」
 しかし、マードック大尉はそれどころではない。賭けの胴元に言われて姿勢を崩さないように頑張ってはいるが、尻が焼けて熱い。鉄板があったとて熱いのだ。何せ、ジェットの噴射口がそこにあるのだから。その熱は鉄板を伝わり、背中一面が熱い。
 だがそれも、案外すぐに終わった。燃料が切れたのか、どこかが壊れたのか、人の身長より高く飛んでいたマードック大尉の体が、ドサッと地面に落ちた。石灰のバツ印の上に。
「あだだだだ! あづづづづづ!」
 膝のクッションで落下の衝撃は吸収したものの、足と膝にかかった負担は結構なものだ。自分の体重に加えて、バックパックの重さと鉄板の重さもある。その上、鉄板は未だに熱い。急いでバックパックを捨て去り、鉄板を止めていたベルトを外す。そしてそのままばったりと、うつ伏せに倒れた。
「垂直方向に7フィート10インチ、水平方向に0インチ!」
 計測機器を手にしていた男が声を張り上げた。落胆の声がこだまする。
「大尉なら、もっと飛ぶと思ったんだけどなあ。」
「途中で姿勢を変えてりゃ水平方向にも飛んだのに。」
 口々にそんなことを言い合う人々を掻き分けて輪の中に入ってきたのは、バラカス伍長。
「医療班! コールドスプレーと担架だ!」
「ボスコ? 尻、あっちーって言うか痛えよー。」
「意識はあるな。脱がすぞ。」
 マードック大尉のアロハシャツとアンダーシャツを裾からぐいっと引き上げた。焼けただれてはいないが、だいぶ赤くなっている。マードックが自力でベルトを外し、カーゴパンツのボタンを外し、ファスナーを下ろしたので、カーゴパンツを下着ごと引き下ろした。こちらの方が火傷の具合がひどく、尻には大きな水脹れもできている。
 その間に担架もコールドスプレーも準備され、マードック大尉はうつ伏せのまま、コールドスプレーを吹きかけれらながら医療テントに運ばれていった。
「断熱材も必要だったな……うっかりしてたぜ。」
 その一団について行きながら、バラカス伍長が呟いた。


 医療テント内のベッドの上で、マードック大尉は枕を抱えて、全裸でうつ伏せていた。尻に火傷用の絆創膏を貼られた上で、背面全面に保冷剤を乗せられて。
「……みんなに尻見られた……。」
「別にいいだろ、それくらい。」
「……こんなことなら、ヒップアップ体操しとくんだった……。」
 バラカス伍長はフッと笑って、ベッド下のブーツを手に取った。後ろ側が焼け焦げ、踵は融けている。ブーツまでは鉄板でガードしておかなかったからだ。
「尻がバーベキューにならなかっただけよかったと思え。ったく、天才的パイロットを名乗るんなら、噴射される熱で何がどうなるかくらいわかっとけ、アホンダラ。」
「うー……。」
 返す言葉もなく、マードックが唸る。
「じゃ、俺は行くからな。しばらくじっとしとけ。」
「ボスコー。」
 踵を返そうとしたバラカスに、パタパタと手を振るマードック。手と頭だけは無傷だったのだ。
「ん、何だ? 雑誌でも持ってきてほしいか?」
「それもあるけど……。」
 マードックは背中の保冷剤が落ちないように、用心深くそっと顔をバラカスの方に向けて、ごく小声で、ほとんど唇の動きだけで囁いた。
「チューして。」
 慌ててバラカスは周りを見回した。幸い、このテントには忙しく立ち振る舞う看護兵や自分の怪我でそれどころではない兵士しかおらず、マードックの囁きなど誰も聞いていなかったようだ。
「バカ言うんじゃねえ。」
 それでもバラカスは屈み込み、マードックの手を取ると、自分の体で覆い隠すようにして指先に短くキスをしてやった。


 マードックが火傷した件についてスミス大佐に報告しておこうと、バラカス伍長は自分たちのテントに向かった。この時間なら仮眠を取っているはずだ。
 案の定、ドアノブに"Don't disturb!"の札がかかっていた。それはつまり、働き者のスミス大佐が珍しく寝ている、ということなのだが、それを気にせず、バラカス伍長はドアを叩いた。
「ハンニバル、寝てるんだろ。寝てたら起きろ。」
 上官に対して失礼極まりないが、それでこそバラカス伍長だ。
 30秒ほどドアを叩き続けていると、スミス大佐が中からドアを開けた。
「何だ、BA。」
 目をしょぼしょぼさせ、ふあ、と欠伸をする。
「寝てたのか?」
「ああ。起こすなって札、気がつかなかったか?」
「札がかかっててあんたが寝てるだろうってのはわかってたんだが、マードックの奴が火傷したんで報告しておこうと思ってな。」
「火傷だと?」
「フェイスが持ってきたジェットで背中側ほとんど全部、火傷したんだ。尻が一番ひでえ。今、医療テントにいる。命に別状はないが、ありゃあしばらく座れないぜ。」
「ということは、パイロットとしての任務は無理だな。……ふうむ、困ったな。」
 それを聞いて、バラカス伍長が「やったぜ」という風に喜ぶ。
「わかった。後で様子を見に行って、今晩の会議で将軍に作戦の変更を伝えよう。報告ご苦労、伍長。」
「おう。」
「俺はもう少し寝る。邪魔するんじゃないぞ。」
 ドアが閉まり、バラカス伍長はドゥカティの修理に戻った。


 ドアがドゴンドゴンと叩かれた時、スミス大佐はペック中尉の片脚を抱えて、腰を前後させている最中だった。彼の下では、蕩けそうな表情のペック中尉がスミス大佐の項に腕を絡ませ、首筋に齧りつこうとしていた。
「シッ。」
 ノックの音を耳にし、ペック中尉の口を押さえる。しかし、腰の動きは止めない。息苦しさに一層感度を増し、身悶えするペック中尉。
「ハンニバル、寝てるんだろ。寝てたら起きろ。」
 スミス大佐は素早く飛び起き、慎重にズボンの前を閉めると、Tシャツを拾って着た。そして、不満そうな表情でベッドの上に伸びているペック中尉の上にブランケットをかける。
「足、出てるぞ。」
 ペック中尉の耳元の辺りに囁くと、ブランケットから伸びていた足がすっと引っ込んだ。
 それから約1分後。
「何、マードック、尻火傷したって?」
 スミス大佐が再びベッドサイドに腰かけると、ペック中尉がブランケットから頭をにゅっと出して尋ねた。
「ああ、お前がくれてやったオモチャのせいでな。しばらくはヘリなしだ。作戦を練り直さんと。」
「言われてみれば、あれ、火傷するよなあ。」
 ハハッと笑いながら、上半身を起こす。
「そんなもんを奴に渡すんじゃない。それでなくても何仕出かすかわからないんだ。……おかげでこっちも邪魔されたじゃないか。」
「続きする時間ある?」
「あと15分くらいかな。」
「微妙だねえ。」
 そう言いながらも、ペック中尉はスミス大佐の前を許可もなく開放していた。


 賭けの胴元から配当金を得て、バラカス伍長はホクホクしていた。予想と現実とに2インチの差はあったものの、彼が予想した値が最も近く、他は遥かに遠い値だったからだ。
「鉄板の重さを計算に入れてなかったぜ。」
 金を受け取って数えながらも、そう呟くバラカスに、胴元の兵士は目を丸くした。
「見ただけでわかるのか?」
「ああ、鉄板背負ってなかったら8フィートまで上がったはずだ、あのサイズのジェットならな。それに、あいつだって、尻が焼けるかどうかさえわかってないジェット背負って、最初っから水平に飛ぶなんてことはしないさ。周りにあれだけ人がいたんだしな。」
 ハッ、と胴元は軽く笑った。
「今度からマードック大尉のやることに賭ける時は、お前には声かけないようにするぜ。」
 ヒラヒラと手を振って、彼はその場から離れていった。
 ドゥカティの修理をしようにも部品が足りなくて行き詰まっていたバラカスは、その辺からちょうどいい部品を拝借するかペック中尉に部品を調達してくるよう頼むか、どちらにしようかと一瞬考え、いずれにせよマードック大尉の様子を見に行くことにした。


 だが、医療テントの中にマードックの姿はなかった。
「おい、マードックはどうした?」
 近くにいた看護兵を捕まえて尋ねる。
「大尉は臀部の火傷だけで後は大したことがないので、ご自分のベッドでうつ伏せになって安静にするように言って帰っていただきました。ちょうどスミス大佐もいらっしゃったので、大佐にはお話したんですが。」
「聞いてないぜ。」
 バラカス伍長はムッとした。賭けで得た金で、カートゥーンとm&m'sを買ってきたというのに。医療テントから出られる許可を得たなら、どうやって自分たちのテントまで連れて帰ろうか考えていたのに。
 しかし、ここで不機嫌になっていても仕方ないので、バラカスはAチームのテントに向かった。


 自分たちのテントに行き着くだいぶ手前で、むしろ医療テントの近くで、バラカスは赤いアロハシャツを発見した。片手にアンダーシャツとベルトを持ち、もう一方の手では背面の焦げたブーツを持って。ブーツの中には部分的に黒くなった白い靴下が突っ込んである。
「マードック!」
 膝から下だけでちょこちょこと歩いていたマードック大尉は、その声を聞いて歩みを止めたが、振り返りはしなかった。背中が痛くて振り返れないのだ。
「ボスコ?」
 小走りで大尉の前に回るバラカス伍長。
「いやあ来てくれて助かった。普通に歩くと火傷が痛いし、屈むと痛いから靴下も靴も履けないし、地面は熱いし、うちは遠いし、誰も助けてくれないしで、結構危機的状況だったんだ、僕。」
 笑顔でそう言う間も、足は交互に片足立ち。熱い砂の上では、トカゲもそうしている。
「危機的状況にしちゃ顔が笑ってるじゃないか。」
「ボスコが来てくれて、危機的状況は脱したからね。それに、そのマンガとチョコ、僕にでしょ。」
「まあ、そうだが……。で、俺はお前をテントに連れてきゃいいんだな?」
「そうそう。あるいは靴を履かせてくれるか。」
「じゃあ、俺の左腕に胸乗せろ。右腕には腰な。うつ伏せで。」
 バラカスが屈んで両腕を前に伸ばす。雑誌とチョコを握ったまま。
「他の姿勢のチョイスはなし? それだと多分、脚が曲がって尻痛いと思う。」
「いろいろ考えちゃみたんだが、これが一番痛くないはずだ。脚は上げておけ。」
「スーパーマンみたいな感じ?」
「そうだ。」
「そこにばったり倒れて大丈夫? 急に手どけたりしない?」
「ああ。」
「じゃ行くよ。」
 両手を挙げた姿勢で、ぐらっと前に倒れるマードックの胸と腰を、バラカスは両腕で抱き止めた。
「よし、上げるぞ。脚伸ばせ。」
「チャンチャチャーン、チャラチャチャーン。チャンチャチャーン、チャラチャチャーン。」
 スーパーマンのテーマ曲を歌うマードック大尉。
 バラカス伍長は口許を歪めながらも、早足でテントに向かった。「スーパーマンは横に飛ばなーい!」というマードックの苦情を無視して。


「ほら、スーパーマン、ドア開けてくれ。」
「ラジャー。」
 マードック大尉はブーツをドア脇に投げ捨てて、空いた手でドアを開いた。そのドアを足で全開にして、バラカスは横歩きでテントの中に入っていった。
「そら、着陸だ。」
 ベッドの上に大尉の体をそっと下ろす。
「ふいー腹筋使ったー。スーパーマンもしんどいポーズしてるんだねえ。……あ、ボスコ、靴拾ってきて。」
「後で新しいのに換えてきてやる。支給品でいいんだろ? でもまあ、まずはマンガとチョコだ。」
 ガラクタや雑誌で一杯の枕元に置いてやる。
「あんがと。今日のボスコ、やけに優しいけど、どうしたわけ?」
「ん、いやあ、お前がどれだけ飛ぶかの賭けで儲けたしな。」
 実のところバラカスは、飛ぶのを止めなかったことと断熱材を挟むように言わなかったことで、マードックの火傷に対して一抹の責任を感じていた。
「ぴったり当てた?」
「垂直方向に2インチ外した。鉄板がなかったら、ぴったりだったはずだぜ。」
「鉄板背負うように言ってくれたの、ボスコでしょ。」
「まあ、な。」
「なのに、その分、計算に入れなかったんだ。馬鹿だねー。」
 礼を言われるかと思ったのにそんなことを言われて、拳を揮いそうになるのを、ぐっと堪える。
「尻焼いた馬鹿に馬鹿扱いされたくないぜ。」
 代わりに頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「あ、そうだ、帽子。忘れてた。どこやったかな?」
「飛んだ時はメット被ってただろ。」
 そのヘルメットは、マードックが医療テントに向かう途中で持ち主が回収していった。
「ああ、思い出した、箱と説明書のところだ。」
「それも後で取ってきてやるぜ。あの忌々しいジェットもな。」
「よろしくー。あと、サンダルか尿瓶も。」
「何だ、そのサンダル“か”尿瓶ってのは。」
「トイレ行くのに裸足じゃ嫌だし、尿瓶があればトイレまで行く必要ないし。これ、できれば急ぎで。特にサンダル案を採択した場合には。」
「便所行きたいんだったら先に言え!」
 バラカス伍長は自分のベッドの下を探って、サンダルを探し出した。
「これ履いてとっとと行ってこい。」
「ペットボトル渡されて“これに用足せ”って言われるのじゃなくてよかったー。」
 マードックは体を真っ直ぐにしたまま腕の力だけで器用にベッドから立ち上がって、サンダルに足を突っ込んだ。そしてちょこちょことドアに向かう。
「行ってきまーす。」
「サンダルに零すんじゃないぞ。」
「そこまで耄碌してないよ。漏れた場合は別として。」
「ああ、ちょっと待て。」
 バラカス伍長は再度、マードック大尉の前に回り込んだ。
「何?」
「リクエストしたろ?」
 マードックの項に手をやり、唇を重ねた。マードックの両手がモヒカンを抱え込んで撫でる。バラカスの手がマードックの背中を抱き締めようとして、それができないことに気づいて行き場を失う。
 長く深いキスは、マードックがバラカスの胸を押しやって終わった。
「僕、もう行かないと……。」
「おう、そうか。」
「早く行かないと……漏れる!」
 ハイスピードで足をちょこちょこと動かすマードックの後ろ姿を見て、バラカスはプッと笑った。
「漏らすなよ!」

続く、かも。