偽(本人版)です。まだ途中です。


 いつもならセーブすることなく好きなペースで好きなだけ酒を飲むランペイジだったが、今日はセーブして飲んでいた。なぜなら、隣に座るシャルトがやけにハイペースでジョッキを空にしているからだ。
「シャルトさん、そんなペースで飲んで大丈夫か?」
「いやいや、これが僕の普通のペースだよ、撮影がない時の。」
 そう言う彼の呂律が多少回っていないことも、ランペイジは気づいていた。わざと様々な訛で喋るシャルトだから、わざと呂律が回っていないように喋ることもできるが、これは本物だ。
「それに暑いからね! 日本がこんなに暑いとは思わなかったよ。暑いからこそビールが美味い!」
 シャルトは大ジョッキからビールを呷った。見る見るうちにジョッキが空になる。
「ランペイジ、サケの冷たいの頼んでよ。」
 ジョッキを置くより早く、シャルトがリクエストする。
「ちゃんぽんで飲むと、悪酔いするぞ?」
「大丈夫だって。ビールとサケ、2種類だけだし。」
 結局、日本酒の後、焼酎やどぶろくまで飲み、日本産ワインにまで手を出したシャルトは、ランペイジが心配した通り、カウンターテーブルの上にうつ伏せて寝てしまった。
「ったく、俺だって、そこまでは飲まないぜ……。」
 こんなことなら、マネージャーの同伴を断るんじゃなかった、とランペイジは思った。
 レスラー仲間に教えてもらって気に入った店にシャルトを連れていってやろう、と考えたランペイジが、2人で飲みに行くことを提案した時、マネージャーとプロモーターが俳優2人で勝手に出歩くのを許さなかったのだが、それを説得して2人切りで出かけることに何とか同意してもらったのだ。
 ランペイジはシャルトの頭を軽く小突いた。
「ほら、シャルトさん、もう帰るぞ。」
 返事がない。泥酔+爆睡だ。吐かれないだけいいのだが。
「仕方ねえなあ。」
 ランペイジはプロモーターから貰った日本円の小遣いで清算すると、シャルトの体を肩に担いだ。店内から「おおっ」「すげえ」といった声が聞こえる。シャルトは男臭い容貌でも、すらりとした体型でもないため、長身であることに滅多に気づかれないが、実際はランペイジより幾分背が高い上、案外上半身に肉付がよく、肩幅はあまり違わないのだ。それでも、筋肉モリモリの格闘家を担ぐことに比べれば、断然軽い。軽いけれど、男1人を担いだまま歩いてホテルまで戻るのも目立つので、ランペイジは表通りまで出ると、手を挙げてタクシーを停めた。


 タクシーでホテルに戻ってきたランペイジは、フロントで自分の部屋のキーとシャルトの部屋のキーを受け取り、シャルトの部屋に直行した。
 大して使われていない部屋のベッドに、シャルトの体を下ろす。ヘッドボードに頭をぶつけないように気をつけながら。それから、靴を引っ張って脱がす。
 赤い顔をして時折何事か呟くシャルトの寝顔を見下ろし、ランペイジは軽く笑った。
「シャルトさん、可愛い……。」
 南アフリカでテレビ局を立ち上げて重役を務めたり、番組をいくつも持っていたりして、プロデューサーやディレクター、脚本家としてキャリアも非常に長い、と聞くと、かなりな年のオジサンのようだが、年は4つ半しか違わない。でも4つ半も違うので(それだけの問題ではないのだが)、知識の量が全く違う。ランペイジは最初、シャルトのことを、尊敬できる遠い存在の人、だと思っていた。しかし、話をしてみたら、すぐに、遠い存在ではなく、近所に住んでいるような楽しいお兄さん、といった存在に変わった。
 尊敬する楽しいお兄さん、が目の前で無防備に寝ている。それを見つめるランペイジの鼻息が荒くなる。
“でもダメだよな、ここで手ェ出したら……。”
 ランペイジは深呼吸をして、冷蔵庫からエビアンを持ってきた。
「シャルトさん。」
 頬を軽く叩くと、彼は身じろぎした後、90度だけ寝返りを打って、薄く目を開けた。
「……ん……ランペイジ?」
“ああっ、その角度! その横顔、弱ェんだよ、俺!”
 などと思っていることを表面に出さず、エビアンのボトルを頬につける。
「飲みな。」
「ああ、ありがとう。」
 目を開ききらないまま、シャルトがボトルを受け取る。
「……ここは? ……僕の部屋か。」
 半身を起こしてヘッドボードに凭れたシャルトが、エビアンをゆっくりと飲み、ふう、と息をつく。
「僕、寝ちゃってた?」
 ランペイジを見上げて問う。
“ヤバいぜ、その上目遣い! 目元ピンクだし! 頬っぺたもピンクだし!”
 という熱い思いは心の中に押し込めておいて、平静を装う。
「熟睡してたぜ。疲れてたんじゃねえのか?」
「疲れてはいなかったけど……緊張したな。その緊張が、君と飲んで一気に解けた。……で、飲みすぎちゃった。ゴメン、迷惑かけたね。」
「いや、こういうのは慣れてっから、別に構わねえよ。」
「ここまで君が連れてきてくれたの?」
「担いでな。」
「ありがとう、本当に――人前でお嫁さん抱っこしないでくれて。」
 いつものように、シャルトが茶化す。
「おし、やっと起きたようだな。明日も何かやれって言われてるから、風呂入って酒抜いておけよ。」
「日本の会社に行くんだっけか。……ついでにバスタブにお湯張っといてくれると嬉しいな。」
 ランペイジは返事もせずにバスルームに向かい、バスタブに栓をすると、蛇口を捻った。湯温を調節し、ベッドルームに戻る。
「他にご注文は?」
 飲み干したエビアンのボトルをサイドボードに置いてから、シャルトは両手をランペイジの方に差し伸べた。
「お嫁さん抱っこして。」
「何だ、まだ酔ってんのか?」
「うん、まだアルコール抜けてないけど、それとこれとは別。1回、お嫁さん抱っこしてもらいたかったんだ。どんな感じなのか。女性をお嫁さん抱っこすることはあるけど、僕をお嫁さん抱っこできるのなんて君くらいしかいないしね。せっかく2人切りなんだから、試してみようかと思って。他に誰かいたんじゃ、さすがに恥ずかしいし。」
 何考えてんだか、という顔を作って、ランペイジはそれでもシャルトの方に向かった。ベッドの上のシャルトの膝の裏に片腕を潜り込ませ、もう一方の腕で背を抱える。
「持ち上げるぞ。首に手ェ回して。」
「ん。」
 軽々と、とまでは行かないまでも、さして不安なくシャルトを横抱きにするランペイジ。
「結構恐いもんだね。」
「もっと体、楽にしていいぜ。落ちたって下はベッドだ。」
 そう言うと、シャルトの体から力が抜けた。
「これで僕がウェディングドレス着てたら笑えるよね。そうだ、Aチームでマードックがウェディングドレス着たシーンあったぐらいだから、僕もドレス着て精神病院にいればよかったんだよ。それをBAが救出に来て、3D映画で壁をぶち壊した後、僕をお嫁さん抱っこしてソーサから逃げる。どう?」
「どう、も何も、もう終わったことだろ。」
「そうなんだよねえ。何であの時、思いつかなかったんだろう。」
「あの頃ァまだ、お嫁さん抱っこするほどの仲じゃなかったしな。」
「今はお嫁さん抱っこするほどの仲だもんね。」
 ヘラヘラと笑っていたかと思うと、シャルトはランペイジの唇に軽くキスをした。その途端、ベッドの上に落とされる。
「……もしかして、嫌だった?」
 自分の唇に手をやって固まっているランペイジを見上げて、シャルトが尋ねる。ランペイジの返事はない。
「嫌じゃないのかと思ってたよ。だってほら、君、さっきからその、その辺が普段と違うし。」
 と、シャルトがランペイジの股間を指差す。
「それ、僕のせい、って思ってたの、自惚れ?」
 ランペイジは何も言わずに、早足でバスルームに向かった。出しっ放しだった湯水を止めるために。


 バスルームで十分に心を落ち着けて、ランペイジはベッドルームに戻った。
「風呂、入れるぜ。」
「うん、ありがとう。……さっきはゴメンね。いきなりすぎた。僕、猪突猛進なとこあるから。」
「ちっともそうは見えねえんだが、そうなんだよな。一言言ってくれりゃあ、びっくりして落とさずに済んだのによ。」
 ランペイジがベッドサイドに腰を下ろして、言葉を続けた。
「落としちまったのは、こっちも悪かった。あんたの考えも全く間違ってねえ。あんた見てて、あんたを抱き上げて、半勃ちになってた。」
「僕は君に抱き上げられて、すごく近くて、君の汗のニオイがして、1/4勃ち。その後、君の唇がぷっくりしてて、1/2勃ち。」
 悪びれもせずに、シャルトが言う。
「……なあ、シャルトさん。俺、あんたに手ェ出さねえようにって頑張ってたんだけどよ、手ェ出してもいいのか?」
「君が手を出さなきゃ、僕の方から出すけど? あ、それとも“いっせーのせ”で一緒に手を出す?」
「頼むから、シャルトさん、こういう時ァふざけないでくれ。」
「BAだったら、“ふざけんじゃねえ、アホンダラ”って言うんだよね。」
 シャルトがBAの真似をする。
「ふざけんじゃねえ、アホンダラ! ……これでいいか?」
「そうそう。ふざけてなんかおりませんよーだ、これが俺っちの地だもんね。」
 BAの口調で言うランペイジに、シャルトがマードックの口調で返す。
「来るなら来てみなって、この弱虫チキン野郎が。」
「何だってえ? おう、じゃ、やってやらあ。」
 ランペイジは勢いをつけてシャルトの上に伸し掛かると、言葉とは裏腹に、優しく唇を重ねた。

続く、と思う。