連載裏表紙小説 一挙掲載
28文字27行・横書き・1段組

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フェイスマンがバカンスから戻ってみると、3人が人生に疲れていた。命の洗濯をして心なしかお肌も艶々のフェイスマンは、スーツケースを取り落としてしまった。「……一体どうしたの、みんな?」3人はフェイスマンの方をちらりと見て、それからまた下を向き、大きな溜息をついた。「どうしたの?とか言ってるし……俺様の気も知らないで……。」マードックが非難めいた視線を投げる。「知らないで、って言われても、説明してもらえないことには……。」思わず言い訳めくフェイスマン。「この状況を見りゃ、ちっとは想像がつくだろう、このスットコドッコイ。」とコング。見てもわかるわけがない。ハンニバルは葉巻を咥えてソファにふんぞり返っているだけだし、マードックは帽子の上にハチマキを絞めて背に花束を貼りつけ片手ではネコジャラシを振っているだけだし、コングはコングでダンベルを上げ下げしているだけだ。これではどう見ても全く普通じゃないか。「ちょおっと待ってよ。俺にはまるきし日常的な光景にしか見えないんだけど?」「そうか。ふむ。お前にはわからんか。じゃ、もうちょこっとだけこっちに寄ってみてくれんかな?」ハンニバルがにこやかに手招きした。背筋に寒いものを感じ、どうしてもフェイスマンは足を踏み出せない。しかし、ハンニバルは飽くまでも手招きし続ける。時間が静かに流れていく。そしてハンニバルの手招き速度は加速していき、今やコングとマードックまでもがフェイスマンを手招いている。「どうしたの、みんな……な、何か変だよ……。」フェイスマンは後ずさった。「何おかしなこと言ってんだい、フェイス。俺様ちっとも変じゃないぜ?」そう言うマードックの口許は、しかし閉じられたままである。「そうさ。」「そうとも。」口々にそう言いながら、手招きのヒュンヒュンという音が部屋に響


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き、なぜか暗転。気がついた時、フェイスマンは見知らぬ白い部屋にいた。「白い〜パンツに〜替えたの〜は〜〜、何か〜わけでも〜あるので〜〜しょうか〜〜。」とマードックが歌っていた。「あるさ、当然!」思わずフェイスマンは言った。ニヤリ、とマードックが笑う。「わけ、あるの?」それはまるでフェイスマンを試すような口調だった。「ある、はずさ。だって、わけもなく白いパンツに替える阿呆はいないんじゃない? この年齢になってさ。」「そんなこと言っちゃあ白パンツ同好会の奴らに怒られるぜ。」肩を竦めるマードックは、判っちゃいないなの手をしている。「白パンツ同好会?」そうフェイスマンが怪訝な顔をした瞬間、ババーン!!とドアが開き、全身に銀粉を塗ったコングが姿を現した。もちろん着用しているのは白パンツ(超ビキニ)オンリー。フェイスマンはちょっと気が遠くなった。「暑ィ!」コングが叫んだ。「そりゃ暑いだろ。皮膚呼吸してなさそうだし。」「牛乳くれ! 牛乳!」白パンツのコングは部屋を横切り、いつの間にか出現していた冷蔵庫を開けた。中は一面の牛乳、と冷えた白パンツが1枚。コングは牛乳1リットル入り紙パックと白パンツをがしっと掴み出した。「そいじゃ、邪魔したな。」手にした白パンツを振りながらコング退場。「あ、あの……。」「質問不可!」ビシッとフェイスマンの言葉を遮ったのはハンニバル。いつの間に現れたのだろうか。幸いにもハンニバルはコングのような装いではなかった。「コングが白パンツと牛乳で何をどうするのか知りたいんだろう?」頷くフェイスマン。「ヒントは白パンだ。」「白パン?」「そう白パン。ハイジが街からお婆さんに持って帰ったあの白パンだ。」そう言ってハンニバルは空を見上げた。空?「さあ行こう、フェイス。あの丘の彼方へ。」丘? 牛乳?


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チーズは作ってる? 馬油シャンプーは使ってる? 羊の子は丈夫に育ってる? 聞きたいことは山ほどあるけど。でも、でも……。「行くって、どこに行くんだよ? って言うか、その格好何だよ、ハンニバル!」ハンニバルの装いは、既に申し上げたように、幸いコングの如きそれではなかったのだが、少しだけ秘密を明かしておくと、キーワードはパール。さて一方、問題の冷蔵庫の中身だが。バターン! フェイスマンの眼前で冷蔵庫の扉が自動的に開き、中からヨタヨタピョン、と1羽のペンギンが。続いてもう1羽。さらに1羽。呆気に取られるフェイスマン。しかしペンギンは続々と出てくる。このままでは部屋がペンギンだらけに! しかも1種類じゃあない。エンペラー、キング、イワトビ、フンボルト、フェアリー、ジェンツー、アデリー……。「閉めていいか?」とハンニバル。「閉めて……下さい。」フェイスマンはお願いした。頷き、バタム、と冷蔵庫の扉を閉めるハンニバル。だが、部屋の中がペンギンでやや埋まっているのは変わらない。その数たるや、約10万。単位は“羽”じゃないかもしれない。しかしフェイスマンは、もう数える気にもなれなかった。そして奴らは思い思いの方向に歩いたり走ったり転んだり腹で滑ったりしている。「ねえ、これって……。」フェイスマンは藁にも縋る思いでハンニバルを振り返った。「まだ!」ハンニバルは叫んだが、時既に遅し。フェイスマンの目に映ったのは、ペンギン・コスチュームを半分着かけている御大の姿だった。「着ぐるみ?」恥ずかしそうにしてハンニバルは残る半分を着た。「まだだと言ったろう。」しかし、フェイスマンにとって、そんな事態は日常茶飯事だった。言ってみれば、マードックの胸毛に絡まったガガンボやカマキリ、アリ、ゲンゴロウ。ねえ、知ってる? アメンボとガ


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ガンボの違いって一体……。「水に沈めて、復活するのがアメンボ! そのまま死んじまうのがガガンボ!」ハキハキと答えてくれたのはマードック。今までどこにいたのやら、2冊前まで遡ってしまったよ。「ガガンボとアメンボの違いってったら、まさにそれだけ!」言い切るマードック。きっと彼の頭の中では、ホヤとナマコは区別されていない。「とにかく! 問題は、昨日までのホヤとナマコじゃなくて、明日からの牛乳と小魚なんだって。コングちゃん、そうだよね?」「ああ、全くその通りだ。急げ急げ!」訳のわからぬまま急かされるフェイスマン。うろたえる彼に構わず、マードックとコングは左右から彼の腕を取り、連行していく。そして、その後についていくペンギンコスチュームのハンニバル。と、数限りないペンギン。いや、限りはある。その限りが、今は見えないだけだ。と、その時。“RRR……”静寂を破るコール音。あれ、静寂じゃなかったっけ? いきなり壁面が割れて電話が現れた。その受話器を掴もうとハンニバルは手を伸ばしたが、ペンギンの手では掴めず。ハンズフリーではないらしい。メンバーを見回すペンギンハンズ・ハンニバル。「誰か出てくれ。」しかし、ノーという顔で拒否する部下たち。電話のベルは鳴り続ける、飽くまでも非情に。「仕事の依頼かもしれないのに、何で出ないんだ、お前たち。」「だって。」と、フェイスマン。「その電話、受話器ついてないんだもん。」「何だと!? そんなはずが……あるな。」電話機をしみじみと見つめて、ハンニバル納得。「では決まりだ。無視しよう。」リーダーの号令一下、鳴り続ける電話を無視して進むAチーム。果たして、その先に現れたのは! それは、笹カマ。天井から無数に吊り下げられた笹カマの攻撃に、Aチームはなす術もなく敗れ去ったのであった。「うっ……顔


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が広いのも考えものだってことくらい、俺だってこの年になりゃ嫌でも思い知ってらあ!」言い捨てて走り去ろうとするフェイスマン。すかさずその足をハンニバルが引っかける。「一人勝ちは許さんぞ、フェイス。」べったりと床に転んだフェイスマンは、腰をセクスィーに捻って、顔をハンニバルの方にキッ!と向けた。その鼻の頭は微かに赤い。「ああ、その通りだぜ、フェイス。自分の立場ってもんを考えりゃ、ペンギン以下の扱いを受けても文句は言えねえぜ。」「今時ペンギンだってもうちょっと大切に扱ってもらってたりもらってなかったり。」反論しているうちに確信が持てなくなってきたフェイスマンは、すっくと立ち上がった。セクスィーに腰を捻りながら。ぴしっと3人の方を指差して言い切る。「ペンギンなら笹カマが好きかもしれないけどね!」いや、言い切ってない。飽くまでも「かも」。でも、仙台に住んでいるペンギンなら笹カマは好きかもしれないし、あるいは、肉ジャガコロッケだって好きかもしれないのだ。可能性を語ればの話だが。「待ってよ! それじゃ、ペンギンを主食として生きてるヒョウアザラシの立場はどうなんの!」叫んだのはマードック。両手には抱え切れないほど大量のバラの花束、しかも紫。「シャチだって忘れちゃいけねえぜ!」負けじと叫ぶコング。両手をお祈りのポーズに合わせ、その間にはスミレが一束。「ううむ。」困ったように腕組みをするハンニバル。その腕組みの間から、カスミソウが覗いている。「そして今日が何の日だったか、しっかり胸に手を当てて考えてみちゃあくれないか、フェイス!」「ああ、俺たちが演じているこの茶番の答えも、カレンダーの中にある!」突然迫り出した壁に出現するカレンダー。ただし日めくり。なおかつその日付は夏休み初日のものである。「あれ、今日ってホント


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はバーゲンの日だったんじゃなかったっけ?」「セイフーストアのマグロ安売りの日だったんじゃないか?」「一の市ではなかったと思うなあ。」そういう問題じゃないだろ、Aチーム。今は牛乳の品質について語り合うべき時ですらない。「もっとヒントを!」と、フェイスマンは言ってみた。「ヒントか。それはな……これだ!」ババーン! ハンニバルの“こちら”の手の先にある壁がゴゴゴゴと開いていく。パアッと差すライト。ゴクリ、と唾を飲むフェイスマン。ヨーロレーイーヒー。高らかなヨーデルと共に登場したのは、あの有名なオジサンだった。年末になると現れる、赤い服を着たジェントルマンである。あのツノが立派な獣を引き連れて。その彼が、あのソリの上で腰に手を当て、胸を張っている。高らかにファンファーレが鳴り、あの有名なオジサンが、バッと服を脱いだ! バッと脱いだその下には! えーと、その下には……六尺でいい? ダメ? ダメなら、ハイレグビキニにピンヒールでどうよ? 「こ、これは……むしろヒントになっていないんじゃないかなあ。」微妙に目を背けながら呟くフェイスマン。「何言ってんの、よく見なよ。」とマードックが指差す。その先には! あの有名なオジサンの六尺(もしくはハイレグビキニ)。に挟んである1枚の紙。「……あれを取るの?」ハンニバルの方を向き、哀しげな瞳で尋ねる。「そうだ。普通に取ってもいいし、口で咥えて取ってもいいし、誰かに取ってと頼んでもいい。」「3つ目を採用だ! モンキー、あれ取って!」「じゃ。」と、にっこり微笑みながら手を出すマードック。「何だよ、その手は。」嫌な顔をするフェイスマン。「俺たち、仲間だろ?」そう、仲間なら、一緒に。フェイスマンの手をがしっと握るマードック。「一緒なら恐くないさ!」恐いって、あの有名なオジサンの六


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尺から紙を取るのは。フェイスマンはできることならピンポンダッシュで逃げ去りたい心持ちだったが、マードックががしっと手を掴んでいたので、それは叶わなかった。「だるまさんが転んだッ!」マードックはフェイスマンを引っ張ったまま素早くオジサンに近づいた。どうやらマードックはあのオジサンの六尺を剥ぎ取るつもりだ! フェイスマンはと言えば、“だるまさんが転んだ”だというのに、あわあわおろおろしている。ルールわかってんのか、こいつ。一方オジサンは、マードックに六尺を剥ぎ取られる可能性を知ってか知らじか、仁王立ちのまま。その心意気やあっぱれ。「まあ落ちケツ、いや落ち着け。」古典的な言い回しで事態の収拾を図るハンニバル。「彼を呼んだのは他でもない。今でこそ剥がされそうな六尺姿の冴えない中年男だが、六尺を脱いでヒモパンを穿いたら、その時は、その時こそは!」そう言って指を3本ビシッと立てる御大。「ワタシ、ヌイデモスゴインデ〜ス。」いかにも怪しげな口調で、右手を腰に当てるオジサン。その左手に摘んでいるのはヒモパン。フェイスマンはギクリとした。そのヒモパンには見覚えがあったからだ。“確か、4日前ねんごろになった女の子が穿いてたのが、あれと同じ……。”ねんごろって言葉、今時普通使わないぞ、どうする、フェイスマン! “まさかね、彼女のヒモパン、あのオヤジに入るわけないし。”でも入るんだな、ぴっちぴちだけど。モザイクをかける隙も与えず、素早くヒモパンに頭を突っ込むオヤジ。ところが! だかだかと走ってきたコングがそのヒモパンを横から引ったくり、見る間に遠ざかっていったのであった。ありがとう、コング。そして、さようなら。遠くでコングとヒモパンが爆発した。いや、爆発したのはヒモパンオンリー。言葉を失う仲間たち。果たしてコングは生きて


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いるかしら。生きていないのかしら。「コングーっ!」叫ぶフェイスマン。徐々に晴れていく黒煙の向こうから、一つのシルエットが近づいてくる。あれは……あの形は……コングではない! 一体誰だ? 「ビクリシマシター。」薄らいだ煙の中から黒焦げの姿で出てきたのは、六尺一丁のあのオジサンだった。「コングは?」キョロキョロと辺りを見回すフェイスマン。マードックに至っては既に涙目である。「ねえオジサン、コングはどうしたのよ。」オジサンに詰め寄るハンニバル。六尺おじさんは、悲しげに首を振って一通の手紙を差し出した。そして、もう一度、悲しげに首を振ると、くるりと踵を返して去っていった。残されたのは一通の手紙。それは何と! コングからの手紙であった。それも消印はシカゴの郵便局。お忘れかもしらんが、コングはシカゴ出身だ。消印の日付は今日。「とにかく読んでみるとしよう。」ハンニバルはそう言って手紙の封を切った。そこには、見慣れないコングの文字。『拝啓、野郎ども。こんな方法で姿を消す俺を、どうか許してほしい。』「許さんっ!」ハンニバルは突然怒り出した。宥めるようにハンニバルに擦り寄るフェイスマン。「何があったか知らないけど、コングが姿を消すなんて、余程の事情があったに違いないよ。ここは一つ、俺の顔を立てて……。」「立てん!」ハ


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ンニバルは、激した口調とは裏腹の満面の笑顔でそう告げた。と、その時、唐突に鳴り響く時計塔の鐘の音。 「大変だ! 12時になったら魔法が解けちまう!」妙にリリカルな発言と共に、マードックが飛び上がった。「そ、それよりコングだよ、どうしよう?」マードックの発言をさらりと流して、フェイスマンはハンニバルに尋ねた。空腹を訴える子犬のような目で。「そういう時には、肉だ!」と、ハンニバル。「肉?」「肉ぅ?」「そう、肉! モンキー、お前は牛肉を調達してこい! 特上のだぞ!」リーダーの号令に、マードックはフェイスマンの方へと手を差し出した。何と言っても、お財布の紐を握っているのはフェイスマンなのだ。「仕様がないなあ。」ポケットから財布を出すフェイスマン。この“手を出されたので現金を渡す”というごく当たり前の日常的動作により、フェイスマンは完全にコングのことを忘れた。「カナダドルと人民元、どっちがいい?」そう言いつつ、モンキーにペソの札束を手渡すフェイスマン。おや? 札束の中に何かが紛れ込んでいるぞ。おお、それは、コングからの2通目の手紙ではないか。「いつの間にこんなところに?」フェイスマンは肌身離さず身につけていた財布の中から、コングの手紙を引っ張り出した。広げてみると、何とそれは地図(らしきもの)だった。どこまでも続く一本道、小川の手前に花畑、遥か遠くには山が描かれている。


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その地図の中に黒く塗られた四角があり、ココ、と矢印が記してある。ココ、に何があるのかは不明だが。 「ココって何だ? カレー屋か?」と、ハンニバル。「カレー屋の位置を地図にするなら、カレー屋って書くでしょ、普通。この場合は、宝の地図と見るのが正解じゃないの?」そういうフェイスマンの目は、既に$になっている。 「肉屋だよ。」そう言ったのはマードック。「だって、フェイスの財布ん中に入ってた地図なわけっしょ? だったらカレー屋であるはずがないし、ましてや宝の地図であるわけもない。宝の地図だったら、フェイスが人前で開くわけないじゃん。こっそり1人で宝探しに行ってるって。」「一理ある。」と、ハンニバル、手にした地図を透かしてみる。「おや、こいつ、もっと何か書いてあるぞ。……炙り出しのようだな。」早速、ハンニバルは葉巻の火を地図に近づけてみた。気をつけないと、地図に火が点いてしまいそうだ。しかし、葉巻の火ぐらいでは、炙り出されてこない。 「もっと大きい火を持ってくるんだ!」ぴっと人差し指を突き出してハンニバルが言った。「ほい、じゃこれでどう?」と言ってマードックが取り出したのは、卓上コンロ。もちろんカセットガスも装着されている。「よし、いいぞモンキー、早速火を点けるんだ。」「オッケー。」マードックは、地面にコンロをセットし、土鍋を乗せた。土鍋の縁から、ズワイガニの脚が1本、2本。着火の後、鍋を見つめるマードックとフェイスマン。ハンニバルはコンロの側面に地図を翳している。ズワイガニを前にしても目的を忘れない男、ジョン・スミス。大佐なだけある。「ちょっと待って、勝手に食べないでよ、ちゃんと取り分けるからね。えーと、脚が3本、4本……て言うか、これ、丸ごと?」と、鍋の中からカニを掴み出すフェイスマン。掴み上げられたベニズワイガニは、不機嫌そうにハサミを動かしている。ズワイガニを前にして、すっかり目的を忘れている男、テンプルトン・ペック。だから中尉なのだ。「そうだ、肉! 肉を買いに行くんだったよ、オイラ。」ズワイガニを前にして、当初の目的を思い出した男、マードック大尉。「肉、肉屋。えーと、肉屋ってどこだっけ?」「ここだ。」と、ハンニバルは地図を差し出した。地図はすっかり炙り出されて、別の地〔図が浮かび上がっている。〕


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図みたいんなってる。て言うか、焦げてる?「肉屋は、ここだ。そう、ここなんだ。」念を押すように地図を指でグリグリやるハンニバル。早速、地図と地形とを見比べるマードック。「あの山の手前で右折ってことかと思うんだけど、どうなんだろ、この山はあの山でいい?」左手で"あの山"を指し、右手で地図上の"この山"をグリグリする。「よし、あの山を越えて行くぞ!」というハンニバルの号令一下、ぞろぞろと歩き出すAチーム。だが、彼らの前に障害が立ちはだかる。それは、立ち上がったグリズリー。しかも3頭。色は左から、黄・赤・ブルーグレー。何がって、帽子の色が。サンダルはお揃い、白のビルケン。だが、恐れることはない。臨機応変なAチーム(マイナスコング)は鍋の蓋をカパッと開けた。湯気が立ち昇り、その湯気が引いた後には、カニと肉団子と……肉、入ってるじゃん。その貴重な肉を親指と人差し指で摘み上げ、グリズリーに向かって投げるハンニバル。放物線を描いた肉団子がグリズリー1の口にパクリと収まる。グリズリー2、3はそれを羨ましそうに目で追った。口の端からはヨダレがダーッと垂れている。そしてグリズリー2と3は、ハンニバルに向かって片手を挙げた。それは、動物園の熊がよくやる"リンゴの切れっ端チョーダイ!"のポーズと酷似。てことは、こいつら野生じゃねえな? となれば、仲間にすることもたやすい。コングのいない今、グリズリー3頭を仲間にできたら、何と心強いであろうか。これは鍋の中身を出し惜しみしている場合ではない。「投げろ!」ハンニバルの号令一下、グリズリー餌付け大作戦が開始された。しかし、グリズリーたちは、散々美味しく肉団子をいただいた後、満足げな表情で帰っていった。残されたのは、空っぽの鍋と、空きっ腹を抱えた哀しき野郎どもだけ。となれば、残された道はただ1つ。肉屋を目指し、かつ、コング奪回。残された道、2つじ


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ゃん。とりあえず一行は肉屋を目指しつつ、途中でコングを奪回するという完璧な計画の下、歩き出した。道中省略、いろいろあったのですが。「魚とかキノコとかはいいの? 肉はもちろんとしても、やっぱりBBQには野菜も必要だし。」そんな発言もありましたがね。そして、肉屋に到着したAチーム、大ピーンチ! 財布を落としたらしい! 「カード使えますか?」恐る恐るクレジットカード(偽造)を取り出すフェイスマン。しかし、強面の肉屋のおやじは中指を立てた。「うちはニコニコ現金払い!」「労働力で払うってのはアリ? その、皿洗いとか、配達とか。」「それはアリ!」おやじはニヤリと笑ってそう言った。肉屋での肉体労働となると、例の冷凍倉庫でのハードワーク。コング不在の今、とても大変そうだ。しかし、肉のためなら! 決意に瞳を煌かせ、ゴゴゴゴと開く扉の前に立つ3人。もっは〜んと冷気が流れてきて、その白い氷煙の向こうには……コングが! 六尺おじさんも! 鼻から赤外線を出すルドルフまでも! 「なーんだ、コング、ここにいたじゃん。それじゃ、肉代分の労働、お願いね。」くるりと回れ右をするフェイスマン。その時、半冷凍状態のコングの目が、カッ! と開いた。そして、高らかに響く声。「皆の者、やっちまえ!」そう叫んだのは六尺おじさんことセント・ニコラス。「何を? どう?」疑問に思ったAチームだったが、周囲を見渡し、ハッとなって行動を開始した。即ち、肉を奪う、という。倉庫内の肉を六尺おじさんの袋に詰め込み、素早く脱出。だが、袋に穴が開いていたため、逃走ルートに点々と肉を落としつつ。「走れ!」ハンニバルが叫んだ。「キャンプ場はもうすぐだ! 肉にありつけるぞ!」走る野郎どもwithトナカイ。その後ろに続くは肉団子。それを見つけて追いかけてくるグリズリー三兄弟。走るAチームの前に、突然、ドアが現れた。ハンニバルがドアをガチャリと開けて叫ぶ。「飛び込め!」次々と飛び込むAチームとトナカイ。と、グリズリー三兄弟。かくして、Aチームとトナカイとグリズリー三兄弟は和気藹々とBBQ大会に移行し、ドアをくぐり損ねた六尺おじさんは伝説の人と相成ったのであった。【おしまい】




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サブリミナル効果というのは、侮れないものだ。そうコングが思ったのは、ちょうどハンニバルが出っ張った腹を一擦りした時だった。何せ、ハンニバルの出っ張った腹が美味そうに見えるのだから。それというのも、全ては昨夜のフェイスマンのせいに他ならない。……マードックにも若干落ち度があったとしても、だ。そもそも幻覚に駆られて怪しい本を買ってきたのはマードックだし。でも、その付録を開いてしまったのはフェイスマンなのだ。この食欲の理由はわかっているのに、その欲求を鎮めることができず、食い入るような目でコングはハンニバルの腹を見つめていた。生唾が湧いてくる。「ハンニバル。」コングは掠れた声でハンニバルに声をかけた。「ん?」ハンニバルが顔を上げた。「変な質問していいか?」「変な質問? 面白そうだな、ぜひお願いする。」コングはごくりと唾を飲み込んだ。「い、今、俺は何を考えているでしょうか。」「牛乳が飲みたいとか?」「いや。」「じゃ、今夜のおかずは何か?」「……近い。」コングは衝動を堪えることができなくなった。でも、この欲求に身を任せてしまったら、人として自分が許せない。いや、それどころじゃない。フェイスマン言うところの「人としてダメ、なんじゃないかなあ?」に近い。むしろ、フェイスマン以上にダメ? そもそも付録が悪いのだ。てゆうか、マードックにあんな破廉恥な付録つきの本を購入できるほどの高額な小遣い(10万)を与えてしまったフェイスマンが一番悪い。そう、悪いのはフェイスマンだ。責任を取ってもらわねば。すっくと立ち上がったコングの腕をハンニバルが掴む。「おい、答えは?」「ああ? 答えだあ? なーにトンチンカンなこと言ってやがんでえ。――で、フェイスの野郎はどこ行きやがった? フェイス!」こうしてコングは異常な食欲を克服したのだった。




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1986年8月――サンフランシスコ湾
水死体の第1発見者は、たまたまデートの一環としてゴールデンゲイトを眺めに来ていたフェイスマンだった。“あ、やばい、死体浮いてるよ……。警察に届け出た方がいいのかな? でも、俺、一応お尋ね者だからなあ。”潮風に髪をなびかせる彼女の向こうに、それはいた。誰か気づいてくれるといいのに、と思ったが、周りにいる人々は皆、観光客かデートの真っ最中。彼を除き、誰一人としてそれに気づく気配もない。仕方なく彼は、それの方を指さし、演技がかった声を上げた。「あっ、あれ何だろう?!」
そしてそれは警察の手によって水揚げされた。彼の一言でその存在が伝播し、善良な市民の誰かが通報してくれたからだ。水死体を中心に、警察、ヤジ馬が同心円を描いている。彼はどさくさに紛れて第1発見者とならずに済み、今はその円の一番外側にいた。彼女は彼の横で怯えを含んだ嫌そうな表情を浮かべているものの、何とか人垣の向こうを見ようと爪先立っている。そんな彼女に構っている余裕など、彼にはなかった。それを見てしまったからだ。勿論、水死体の1つや2つで気持ち悪くなったりするヤワな男ではない。ちらりと見えた水死体は、明らかに何者かによって殺害されたものだった。それも、腐敗したために浮いてきたのではなく、つい今し方投げ込まれたばかりという新鮮なもの。そして、こめかみに深々と刺さった細い木の棒。額にしっかりと貼りつけられた細長い袋状の紙には、4つの忌まわしき東洋の文字が。彼はこれと同じような水死体をメコン川で何体も見たことがあった。体に震えが走る。恐い。あの男がこの街に……? 確かあの男はビエンホアで死んだはずだ……。彼は記憶を確かめるように、その4つの文字を小さく呟いた。「……オテモト……。」




10万の1

報酬10万、と聞いてフェイスマンは小躍りしていた。ただ、ハンニバルはその通貨単位を聞いていないことに気づいてもいた。「ルピアとかリラだったらどうすんだ。」ハンニバルが敢えて言及せずにいた件について、無礼にもコングが言い放った。「大丈夫だって。依頼人はアメリカ人だぜ。」フェイスマンは踊りながら答えた。「イタリア系アメリカ人かもしれねえなァ。」とマードック。アメリカは人種の坩堝である。「それで、依頼の中身は何なんでい。」コングは報酬よりもそっちの方が気になるらしかった。「ポンドだったらいいなあ……。」フェイスマンは依頼内容など上の空で3人に背を向け、天井の隅を見つめた。「そう言や依頼人、英語喋ってたけどイギリス英語だったような……。」「それだ、フェイス。そのポジティヴ・シンキングこそが健全な事業計画の達成を助けるのだ。」「……報酬は一応、ドルと仮定しておくのが普通だと思うけど。」マードックにしては珍しく真っ当なご意見。「ここで仮定しても始まらねえぜ。」コングは自分の興味のない議論をこれ以上続けるのにすっかり嫌気が差していた。「俺たちゃ誰も本当のとこを知らねえんだ。行ってみりゃ判ることだしな。」「……ポンドでありますように。」フェイスマンの祈りは神に届くのだろうか。と、その時。「10万……Å?」マードックがぼそりと呟いた。通貨単位でさえなかったりするかもしれない。フェイスマンの顔から、さっと血の気が失せていく。「10万匹だったりして。」いいところに気づいたね、マードック。ところで、何が?「……依頼内容は何なんだ、フェイス。」「知らない。」きっぱりと言い切るフェイスマン。「報酬だけ聞いて引き受けてきちゃったんだ。ま、行ってみれば判るさ。ハハ。」(続く――以下、後程)


10万の2

Aチーム御一行様は依頼人の家の客間にいた。「こんなに簡単にこの難しい依頼を受けて下さるなんて、何とお礼を申してよいのやら。」依頼人は喜んでいた。膝の上には大きな紙袋が1つ。「あのー、引き受けるかどうかは依頼の内容を聞いてからっていうことで。」ちょっと腰が引けてるぞ、フェイス。報酬10万、の単位がはっきりすることの方が彼にとっては大切なのだが。本当に依頼内容を重視しているのは他3名、いや2名。「仕事は簡単です。探し出して懲らしめて叩き潰した上で調理して放出して下さるだけでいいのです。」「それで10万……ドル?」恐る恐る聞くハンニバル。「いや、成功した暁には、その10万倍!」……何が?「10万倍……と言いますと?」恐る恐る確認するフェイスマン。「言葉通りです。どう受け取るかは……くすっ……皆さんのお好きなように。正解は成功した折に。」「よし判ったぜ! 何だか判らねえが、その仕事引き受けた!」痺れを切らしてコングが叫んだ。「で、何を探(以下略)せばいいんでい!?」「それも内緒です……くすっ……探(以下略)して下さい。」そう言って依頼人は膝に乗せていた紙袋を差し出した。“この紙袋には何が入っているんだろう……?!”Aチーム4人はごくりと唾を飲んだ。“この中に、何かが10万入っていたら……。”差し出された紙袋の中で、何かが動いた――ような気がする。ハンニバルが立ち上がった。「それじゃ、これは貰っていくよ、あんがとさん。」驚く3人、と、依頼人。「な、中を確かめなくていいんですか?!」なぜか一番動揺している依頼人。「いいんだよ。俺たちAチームは一度仕事を受けた以上、依頼人のことは信用する。」爽やかな笑顔で答えるハンニバル。どうなる、Aチーム!(続く――以下、後程)


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