医 療 過 誤

●2002/1/24(木)  鑑定結果からの結論●

2002年1月26日UP


今日の進行

1年振りに書きます。昨年春に証人尋問がありましたが、それは、人権のことを考え、書く事は差し控えました
その後、鑑定人を定め(裁判所側で)鑑定結果待ちの状態が約1年続きました

今日は1東京地裁11階合議室で行われ、裁判長の話、その後原告、被告と交互に
裁判長との話し合いをしました。以下がその内容です


鑑定結果

2001年12月に鑑定結果が提出されました。
概要のみ抜粋、要約すると

○薬物の使用法については、必ずしも適正とはいえない面もある。
○小腸穿孔の発見が、早期に出来なかったことが必ずしも、それが死因に繋がったとはいえない
○昏睡状態の判断の是か非かも必ずしも間違いとはいえない

等など。。。どれも非ではあるが是でもないという、あいまいな結果で、これは現状の医療の状態では
仕方の無いことのようで、判断をするのは難しい

○上記のいずれかの場合が非であったとした場合においても命が助かるという保証は無い
○上記のいずれかが全て是であっても死を避けることは出来ず、結果的には
 同じである場合と考え、死を避けれ事は出来ない

つまり経過においての治療法を考えると結果的にはどちらにしても死を避けることは出来ないという結論です


裁判長の判断

上記のことから、これ以上の調査をしても、進展が難しく、双方の妥協できる部分で示談に持っていく。



私見


ここから先は私個人の考えで書きます
(今までは事実のみを伝え、どちらが正義かというような考えではなく事実のみを書き私見は入れませんでした)

今後、原告、被告の間で裁判長を経由した示談になり、示談で結論(結果)が出て、この裁判が終わるのか
それとも再び食い違いや妥協できない部分で新たに長い裁判に踏み込むのかわかりませんが

今までの経過を見ていて、医療裁判の難しさは、時代の進歩と医療の進歩が裁判の行方も方向付けする
部分があり、又感情面でも人間的に許せない部分もあり、特に死に至った場合は家族でしかわからない
苦悩が終わりのない裁判へと進むように思われます。

結論を出すことは良いことなのか、それとも出しえることの無い結論を求めて裁判をすることが、今後の
医療裁判への警鐘として必要なのか、判りません

ただ、思えることは勝利したとしても戻らない命を考えると裁判をすること、又しないことも
不条理なことのように思えます



By・・・Masao Mochizuki<


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