医 療 過 誤

●A4 '99/5/21 陳述書●
乙第四号証
1999/6/30 UP

被告病院担当医師による陳述書

原文のまま掲載してあります(一部割愛してあります)

私は○○○○○○病院における亡A子殿の入院中、第○内科担当医として診療に当りました。しかし○○病院ですから多くの石がチームのような形で診療に携わります。従って必ずしも個々の診療や治療は私自信が行ったわけではなく、私が不在のこともありました。カルテにもありますように私だけではなく、○○医師、○○医師も担当医で、特にカルテはほとんど○○医師が記載しています。ただ3人の中では私がチーフの立場であったことと現在○○医師、○○医師は○○病院勤務ではない事、ご家族への説明書を作成したのが私であることから、カルテや当時のこれまでに他の医師(あるいは看護婦)から聞いたことも含め、私が全体の説明を致します。なお当然私より先輩の医師とも相談しながら治療はしておりました。

----以下中略----

このように身体疾患の原因が精神疾患という特殊なケースでしたので精神科と兼科で診療しました。精神疾患としての側面は私には正確に説明できないと思いますので経過の説明に必要な限りで触れることにします。

1月23日(木)----略----

1月24日(金)----略----

1月25日(土)----略----

1月26日(日)----略----

1月27日(月)----略----

1月28日(火)----略----

1月29日(水)

 ---中略---A子は麻痺性イレウスでしたから腸が動くようにパントールといって腸の動きをよくする薬を投与しており、イレウスが改善し腸が動き始めるとしばしば腹痛を生じますので、腹痛はそのためではないかと考えられました。 不眠の訴えは相変わらず強く、睡眠剤を投与しています。
(なおこの日にはレントゲンは撮影しておりません。私が後日ご家族への報告書(乙二号証の一)を作成する際に誤って28日の写真の一部を29日の写真と勘違いして、29日にもレントゲンを撮影したとご報告してしまいました。今回改めてレントゲンを確認し、29日には撮影していなかったことが確認されました。誤解を招き申し訳ありません)

1月30日(木)----略----

1月31日(金)----略----

2月1日(土)

 ----中略----

今回裁判ではこの時点で腸管穿孔で意識障害があったのではないかと原告から主張されている様ですが、前夜眠れず、他方前夜から睡眠剤や本人を落ち着かせる為の鎮静効果のある薬剤が投与されていたことからするとやはり意識障害ではなく眠っていたのではないかと思います。
腸管穿孔の時期につき裁判になってから外科医にも相談して検討しましたが、やはりいつ穿孔したかはっきりしないものの、レントゲンの所見からもこの日の朝にはまだ穿孔はしてなかったと考えられます。
また腸管穿孔は脳障害等と異なり普通は意識障害は起こしません。深く眠っていた為穿孔の痛みがわからなかったということはあるかもしれませんが、穿孔の為意識障害になったという事はないと思います。 ----以下略-----

2月2日(日)

 7時35分急変の連絡を受け、当直の○○医師が駆けつけ、心臓マッサージ、昇圧剤・強心剤の投与等の心肺蘇生術を施行したが回復せず、7時45分に死亡を確認しました。顎関節が硬く、開口困難で気管内挿管ができなかったことから当直医は死後硬直と判断しましたが、その後経過を確認したところ直前まで脈等があったということであり、死後硬直ではなかった可能性もあります。
私は連絡を受けて、10時過ぎに病院に行きました。連絡の不手際がありご家族にご連絡が遅れたことは事実であり、その点は申し訳なく思っています。 以上  

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