医 療 過 誤

●A4 '99/7/2 陳述書●
乙第四号証
1999/6/30 UP

被告病院担当精神科医師による陳述書(一部を抜粋)


●私は、亡A子さんの精神科主治医として診療に携わりましたので、その経過について説明します。

なお○○病院ですから、精神科だけでも複数の医師がかかわっていますので、直接私が担当しなかった部分については、後に聞いた報告やカルテをもとに説明致します。

●1月24日(金)〜27日(月)
---略---

1月28日(火)
前夜、不眠時に前指示していたドルミカム(睡眠導入剤)の点滴静注を施行した際、早く眠りたいからと自分で点滴速度を速めた、と看護婦から報告がありました。
睡眠薬の静注は急速におこなうと呼吸が抑制されることがあり、非常に危険である為、本人にもそのことを説明し厳重に注意しました。
その後、本人の希望もあり病棟を一緒に見学しました。本人から転棟になった場合の行動制限や入院期間について具体的な質問があり、話し合いました。
この日から内科より経口での薬剤投与の許可が出たため、レキソタン、レンドルミン、ベンザリンの内服を開始しました。

●1月29日(水)
前夜はサイレース2mg追加後入眠した6時まで眠るも、起床直後より不安を訴え、薬を要求してナースコールを頻回に押していました。
---以下略---

●1月30日(木)
----略----

●2月1日(土)
内科医が中心静脈栄養(IVH)カテーテルを病棟で挿入する間、私も立ち会いましたが、処置中拒否はなく、A子自身が刺入部を指定してくるなどなれた様子でした。
この時にこれまでも危険な行為が認められており、身体管理に必要なことは拒否されてもやていかなくてはならないため医療保護入院とすることを告知しました。
また拘束の可能性、規則的な食事をとれるようにするために間食は禁止するなどの治療方針を話し、本人も素直に了解してくれました。
ただこの時点で呂律緩慢で眠そうな様子ではありました。
A子も「昨晩は眠れず眠くて仕方がない」と話していました。
その後両親と面接しました。
極度の接触障害であり、この病気で死亡することもあるので協力して欲しいと伝え、医療保護入院の同意を得ました。
午後2時転棟となりました。その際、問いかけに反応はなかったので、私が静脈を確認したところ静脈の緊張は良好でした。
----中略----20時頃精神科当直医師が回診していますが、睡眠中の為起こさず、IVHカテーテルを挿入しているので、無理に食事をとらせず経過観察としました。
---以下略

●2月2日(日)
夜間の巡視は2人の看護婦により行われており、今回裁判になってから担当看護婦に改めて確認しましたが、看護記録記載のとおり間違いなく巡視などは行っていたといっております。
しかし7時30分ころ急変し内科当直医が駆けつけるも蘇生できなかったとの事です。私にはAM8時15分精神科当直医より連絡が入りました。
当直医に「身体管理は一任しているので家族への連絡もお願いしてください」と話したのですが、うまく連絡が伝わらず、ご家族への連絡が遅れてしまいもうしわけありませんでした。
経過全般を通してみますと、身長170Cm、体重33KgでBMI 11.4とイレウスの合併がなくても、身体的に重篤な状態であったと考えられます。
ちなみにBMI 15以下は生命の危険があるといわれています。
通常、身体的に厳しい状態にある内は、精神療法などの精神科的アプローチは功を奏しないといわれます。

その状態では、身体管理が最優先となり、精神科医の役割はいかに身体的管理に必要な指示に患者を従わせるかが主となります。
本例もそうで、本来の精神科的な関わり(心理教育、精神療法、認知行動療法、栄養教育など)を持つ以前で治療が終わってしまったと言えます。
しかし。

精神科治療に導入できた場合も、本例の節食障害の治療には年余を要したと推察されるケースです。

以上

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