その1〜10

その11〜20  望月昌男(鶴川)   記  2002/06/14

2002・06・14(金)
その20  古典の勉強(7)・・・古典最終

書の勉強に不可欠な古典。何種類もあって迷います
以下は私の勉強方です。創作と平行したり、単独であったりさまざまです

1:「十七帖」等有名な基礎となり古典を一通り勉強します
全臨をしたり一文字を繰り返し練習したり・・・

2: 時代順に30〜40位の代表的な古典を勉強します

3:好きな古典を集中して練習します

時には幅広く、時には狭く集中して、、、年に1〜2度ある期間、練習します
人それぞれ学び方は違います、早く自分にあった学び方を身に付けるようにしたいものです


2002・05・30(木)
その19  古典の勉強(6)・・・古典あれこれ

今日夜ギターを練習していて、最近覚え始めた「必殺仕置人」のテーマ曲、32ある中の戦いの場面の曲だが、何回か弾いて途中で間違える!、、、おかしいな!と思いながら又間違える。なんとあの昔の映画「アラモの砦」のテーマ曲になってる?
始めの4小節、そしてコード(和音)進行まで同じ、メロディもほとんど同じ(^^)

あの小椋佳さんも北原白秋の歌詞から言葉を選んデ使っています。
TVの「木枯らし紋次郎」の曲も「明日に向かって撃つ」の曲を使ったと小室等さんは言っていました

書と音楽の違いはあるけど、古典を生かすという意味では全く同じだと思います

一番わかりやすい例だと思います。古典に自分が寄り添っていくか、自分に古典を寄り添わせるか
それはこれからの勉強次第です。


2002・05・30(木)
その18  古典の勉強(5)・・・古典とともに

古典について書いてきましたが、今回はその古典との付き合い方です
勉強して面白いのが古典です。そして勉強してつまらないのも古典です。今までそう実感しながら長年(初めて古典を書き始め35年になります)付き合ってきました。

スポーツで言えばランニングのようなものです。野球の選手がランニングをするように書を志すものは古典は不可欠です。私は年に1回以上は何か選んで全臨をします、普段は一文字づつ丹念に書きますが。。。いろいろな勉強方がありますが、自分なりの勉強方を見つけ工夫していくことも大切です。

迷ったら古典、眺めるだけでもそこから感じてきて何かヒントを得るときがあります。いつでもつかず離れず、それが私と古典の付き合いかたです。


2002・05・14(火)
その17  古典の勉強(4)・・・古典の見方

前回古典から創作へのステップについて書きましたが、そこで古典の価値を再考すると、決して古典をやってるだけでは進歩がない?・・・かと言うとそうでもないのです。
古典そのもの自体を書きつづけることで何かを得ることが出来ます。それは何かというとその人の持ってる特有の感性が磨かれていき、他の人にない書き方感じ方で新しい何かをつかむことが出来ます。

問題はそこまで飽きることなくに続けることが出来るかどうかです。
同じ古典を勉強しても、その先にあるんものは自分でつかまなければなりません。
結局のところ創作への道も古典を学ぶ事もある部分で共通してるとこがあります。

2002・05・03(木)
その16  古典の勉強(3)・・・古典の効用

タップダンスの公演を見に行きました。
一流のダンサーの踊りを見、帰ってからやはりタップをして以前、
この公演に出演した人と話をしました。

感じることは同じした。基礎と創作のハザマについて、絶えず新しい技術を追い求め練習を重ねること。

そしてそれが功を奏すかどうかは基礎(古典)の力にかかっていると。どの世界でも同じようです。
丁度木が生長する場合、根っこがしっかりしてないと駄目なように、
見せ掛けだけでなく、日常から、それこそつまらないと思えるような勉強の下地が本当の自分の力を作って、はじめて創作という新しい形が出来上がってくると思います。



2002・04・24(水)
その15  古典の勉強(2)・・・古典を生かす

先日日本画家の千住さんがTV出演しました 彼は現代の日本画の日本を代表する巨匠です。
「永遠」をモチーフにしているそうです。
現在彼は現在ニューヨークに居を構え、その理由は 「ニューヨークは日本画を日本画としてではなく芸術として大きな目で 見てくれる、又ポップアートなどの第一人者が身近にいて刺激を受ける」 がその理由だと言っていました。

古典と現代と人の感性が新しい物を作り上げています 同じ文化を継承し学んでも、その人の感性が、そこに入ることにより 新しい文化、芸術が生まれます。古典の勉強の最たる手本だと思います

優れた模倣があって初めて抜け出られるわけですから これが私の作品だと言えるようなのが何にでも欲しい ・・・・・・見ていてそう思いました



2002・04・20(土)
その14  古典の勉強(1)・・・ほんとに必要なの?
最近あまり集中して古典を勉強していませんが、何故古典が必要なのか考えてみました。

最も有名な九成宮醴泉銘は歐陽詢が76歳の時に書いたものです,

骨格がしっかりしていてゆるぎない強さと整然さがあります。時代を背景に表したものだと思いますが、ここなら何を学ぶのか?
見たとおり書き、楷書の基本としても大切ですが76歳の年令でこれだけの集中力と根気が大変なことだと思う。私はその精神的な面をここから学ぼうと思う。。

その気持ちこそが古典を生かすか無駄にするかの最初のスタートだと思っています

他は付随して着いてくるもので その後の勉強に役に立つはずです。




2002・04・12(金)
その13  良い話。。だから書くの

トップページの貝に書いた柏木先生とは数十年のお付き合いですが、今夜電話でパースでの書道展のことで話、そのまま5月の先生の社中展の話になりました。
今回は欄亭叙をテーマにするそうで、実際に曲水の場を会場に作り書くそうです。
ある お弟子さんに自作の孫が出来た時の作った俳句を書くように勧めたが、躊躇したので書はその時の時代を映してその喜びなどの心を書くものだからと勧めたそうです。

その話から何故書くのかということになり、上手い字、展覧会のための字ではなく、もっと自分が生きてきた証を書で表現することの大切さ、その為の勉強なのだと・・・。

最近はパースへ一緒に行くこともあり、1日おきには連絡したりしてますが、ゆっくり書について語ったのは久しぶりです。お互いに書に対する思いは同じだったことが改めて嬉しく思い、先生もとても喜んでいました

生きている書、生活の中の書がいいです



2002・04・12(金)
その12  「地方財政白書」の本

「地方財政白書」の本が出来上がって数日前に送られてきました
今までも答弁集、写真集、全集物など随分とタイトルを書いてきましたが、
本が手元に来るのは久しぶりです。というより殆どありません。
手元にあるのは小椋 佳の歌集くらいです

今までこの分は活字だったのですが今回はイメージを変えるということで
こんな書体を書いてみました。
初めから気に入ってもらえて最終的にも数枚で書く事が出来ました

浮き出しの文字と背景の色が生きてデザイナーさんとの息も合い
自分でも気に入っています。
息が合うという事は私にって私にとって書くこと以上に大事なことです



2002・04・11(木)
その11  スイミングキャップのロゴ
 私が毎日、泳ぐのを日課にしてますが、そのスイミングスクールでキャップ(帽子)の
デザイン募集がありました
4点 応募してみました。左がその4点です
結果が先週発表され1・2位になりました。1番上が選ばれました。
3番目も良かったのですが、細かい線が印刷で出ないので1番目が1位になりました
 
書とは余り関係ないけど文字には変わりありません
デザインしたり、工夫は楽しいものです。書も文字を書くだけでなく
何か文字に表現がないとつまらないものです。


(C) Copyright "Masao Mochizuki" 2001.03.18 <eishowdo@netlaputa.or.jp>