1項=20×20 全97項 この行及び最後の挨拶行除く。 ウルフヘジン   〜赤い瞳の狂戦士〜    護唯 蒼士 序章 生と死の狭間       1 (一番最初に覚えているのは、石を投げ付け られ、悪魔の血を持つ落とし子と呼ばれたこ と……)  それほど大きくない村に、死体の山ができ ていた。 「お願いです。子供達だけは……子供達だけ はお助けを……」 「助けてだと……ふざけるな! てめえら人 間なんぞ、生きる価値もねえ!」  がたいのいい体を、間接が露出するプレー トアーマーに包み、短い髪を後ろに流し、黒 いシャツとズボンをはいた男が、魔物の群を 率いて、銀色の剣を真っ赤に染めていた。 (次に覚えているのは、鉄塊と思えた剣の重 さと、鉄の味がした血……) 「俺が子供の頃には迫害し、赤い血が流れて いる人間は、助けてくれか? ふざけるなて めえ!」  男の剣が容赦なく、老人の首を斬った。  無抵抗の者を殺したのに、顔はかすかに笑 っていた。 それどころか、男の剣は七歳にも満たない 子供にまで、容赦なく及んだ。 (最後に覚えているのは、自分が悪魔と人間 の間に生まれ、赤い瞳をしていること。後は 何も……覚えちゃいない)  男は黒い柄の剣を、黒い鞘に入れた 「第一部隊は家に火を放て! 第二部隊は生 存者がいるかどうか、くまなく調べろ!」 魔物に命令すると、死体の山が次々とでき ていき、壮絶な光景が目の前に現れる。 (俺は何にもしちゃいない。勝手に落とし子 と迫害され、忌み嫌われた。そして物心付い た時、人間が敵になっていた。そう、俺は何 もしちゃいない……)  村に来てからわずか数分で、辺りは火の海 と化した。 「相変わらず派手にやりますね、クルツ」 「ん? よう、ラディッシュじゃねえか。今 日は非番か? ルシファー様から、イングラ ンド方面を攻めると聞いたぜ」 「予定が変更になりましてね。友達の仕事ぶ りを、見学しに来ました」  男と同じプレートアーマーを身にまとい、 長い髪を後ろに流し、赤いシャツとズボンを はいた赤い瞳の男が、後ろから声をかけた。  赤い鞘には、赤い柄が見える。  体も痩せ形で、百八十センチあるクルツと 呼ばれた男に比べ、十センチは低い。 (レイ・ラディッシュ。俺の百年以上の友人 であり、魔界第二部隊のリーダーだ。俺と違 い紳士的な男だが、仕事は同じ人間狩りで、 その点は同じだ) レイ・ラディッシュと言う男もまた、悪魔 と人間の間に生まれた落とし子だった。 「この村は、落とした。全滅だ」 「相変わらず、徹底的にやりますね。まあ、 それがクルツの良いところでもありますが」 「ああ、こういう奴らは徹底的に破壊しねえ と、気がすまねえ」  男がそう言うと、ラディッシュは笑った。 「でっ、まさか応援に来たのか?」 「いえ、クルツに話がありまして」  燃え続ける家、地面を埋め尽くす人の死体 と、あちこちにできた赤い池…… 「話し? そっちの応援か? 邪魔な人間が 多い場所なら、喜んで行くぜ」 「あちらの崖で、詳しいことは話しますよ」  二人は村の裏側にある、崖沿いの道に移動 した。 (俺は本来他人を信用しない主義だが、ラデ ィッシュだけは別だ。百年来の戦友であり、 同じ瞳を持つ仲間だから信用できる) 時折、崖下から冷たい風が吹くが、戦い終 わった体にその風は、むしろ心地よかった。       2 (他人を信じるなんざ、俺から言わせりゃ馬 鹿だ。その点、剣は俺を裏切らない) 他人を信じない男が、唯一信じている男と 一緒にいた。 「でっ、話って?」 「大した話じゃないんです。ただ、クルツに どうしても話しておきたくて」 「何だよ、早く言えよ」  空を見上げ、ラディッシュはなかなか本題 に入ろうとしない。  男は両手を組み、今かと話を待っている。 「実は、今度攻め入る街が、予想以上に手強 いんです。そこで、クルツに手を貸してもら いたいのです。こんなことを頼めるのは、ク ルツしかいなくて……」 「面白えじゃねえか。いいぜ、俺の部下も好 きに使えよ。お前になら、部下も貸すぜ」 「そう言ってもらえると、心強いですよ。や はりクルツに話して、正解でしたよ」 「そんなことぐらい、いつでも頼まれてやる ぜ」  新たな目標が決まり、男に喜びというなの 感情が沸き上がる。 ラディッシュの顔にも、安堵の色がうかが える。 「でっ、いつ出るんだ?」 「無理を言うようですが、この後すぐ」 「いいって、いいって。よし、この村に火を 放って、部下を戻したら、早速行ってやろう ぜ、その手強い街とやらに」 男はそう言うと、ゆっくりと壊滅させた村 に戻ろうとした。  だがその時だ。 背中を押されるような衝撃に加え、気付く と真っ赤に塗れた剣が腹から突き出ていた。 「っな!?」 「すみません、痛かったですか?」  後ろから、ラディッシュの謝る声が聞こえ た。 「すぐ楽にさせてあげますよ」  その言葉を聞いて、冗談ではないと分かっ た。 「ラディッシュ……何の真似だ?」 そう言うと、鈍い痛みが体を駈け抜け、突 き刺さった剣が抜けた。  赤い瞳に赤い鮮血が、次々と流れていくの が映る。 「冗談ではありません。あなたの存在が、邪 魔と思う者が二人いましてね。だから、こう したのです」 「何だと? おい……俺達は仲間じゃなかっ たのか? お前を助けたことも、助けられた こともある……なのに、なぜだ……」 「仲間? これはお笑いだ。戦場の赤い悪魔 と言われたあなたが、よりによって、仲間で すって? それはあなたが勝手に決めたこと で、私はそう思ったことはありませんよ」 思いもよらない言葉を、ラディッシュは言 った。 「ルシファー様が……黙っていねえぞ」 「これは、ルシファー様からの直令です」 「直令だと……」  次の瞬間体の中から、怒りという感情が爆 発した。  男は叫び声を上げると同時に、鞘から剣を 抜いた。 「さようなら、クルツ君」  腹の熱い痛みを堪え、ラディッシュを斬ろ うとした時、自分の首を逆に斬られた。  そして、背中を蹴られ、崖から転落した。 (何てこった。俺は自分の唯一信じていた者 に、踊らされていたのか?) 薄れゆく意識の中、そんなことを考えた。  やがて体中の痛みがなくなり、三十メート ルはあろうかという崖から落ち、死に神とい う名の神が、男を確実に捕まえた。  男は、地面に叩き付けられる前に死んだ。   第一章 蘇る瞳       1 (……仲間? これはお笑いだ……戦場の赤 い悪魔と言われたあなたが……よりによって 仲間ですって……)  崖から落ち、地面に叩き付けられる衝撃は 覚えていない。  ただ、あいつの言葉だけが、何回も脳裏に 浮かぶ。  誰かが、他人は信じるなと言った。  そして死ぬ時、死ぬ前に死んでいると。 (これはルシファー様からの直令です……)  首を斬られ、頭が体から離れる瞬間、クル ツは死んだ。  体の痛みはなかった。  死んでいるから当然かもしれないが、痛み より、空中を浮遊している感じがした。  時折、首と腹が熱いほど暖かくなり、その 都度、誰かに呼ばれているような気がした。 (死んだのか……なら、ここはどこだ? い や、もうそんなことどうでもいいか……)  脱力感が、気持ちよかった。  久しぶりに味わう、肉体の休息感だ。  寝起きの布団から出たくないような、そん な気分がずっと続いている。  それが何日、何週間、いや、何ヶ月なのか もしれないが、ずっと続いている気がした。 (仲間じゃない……か。ルシファー様……い や、ルシファーの野郎、俺が死んで喜んでい るんだろうな。くそっ……)  二人のことを考えると、この死界から起き なきゃと思うが、死んでいる以上起きること は許されない。  だが心の奥底から、今まで感じたことのな いような怒りを感じ始めているのも事実だ。 (誰も信じるなか……ラディッシュ、ルシフ ァー……ちきしょう!) 怒っても、もう遅い。  クルツは死んだ。  だが、一条の眩しい光が、クルツの視界に 飛び込んできた。 (何だ、何が起きた?)  ぼんやりと、やがてゆっくり確実に、何か が見えた。  蝋燭だ、室内の照明に使われる蝋燭台が見 えた。  蝋燭には、火が灯っている。  横にはテーブルと椅子があり、先程感じた 光は、その先にある大きな窓から入り込む、 厳しい程の眩しい陽の光だった。 立ち上がることはできなかったが、それで も周りを素速く観察することはできる。  窓ガラス際にはミルクの入ったコップが置 かれ、その横に暖炉、その左側には食器棚と 台所があるようだ。  頭の後ろ側に何があるかは分からないが、 誰かの部屋にいることだけは確かのようだ。 周囲の状況からして、地獄ではない。  かといって、天国でもなさそうだ。 ただ不思議と、生きている感じがする。  あの時、確かに殺されたはずなのに…… (どこだここは? いったい俺は……どうな っちまったんだ?) 全てが分からない状況で、頭の方からドア の開く音が聞こえた。  両目を閉じ、全神経を耳に集中させる。 「リリス、まだこの人寝てるよ……」 「大丈夫よ、ブラウニー。首とお腹の傷は治 癒しているし、今は目が覚めるのを待ちまし ょう」 どうやら、ブラウニーと呼ばれる小さな妖 精と、女性が一人中に入って来たようだ。  ズボンをはいているだけで、鎧や服や武器 がないため、うかつな行動に出られない。 「……おい、ここはどこだ?」 ゆっくりと目を開け、危険を承知で二人に 話しかけた。 「あっ、リリス、この人目が覚めたよ!」 「そうですか? それは良かった。大丈夫で すよ、私達は敵ではありませんから」  リリスと呼ばれた、青いシャツに赤いドレ スを着た長い髪の女が答えた。  隣には三十センチ程の青いドレスを着たブ ラウニーの姿があり、かいれいという言葉が 二人には似合っている。 「ここは、スコットランドのオールドメルド ラムのカイル山よ。首を切断され、死んでい たあなたをブラウニーが助けたの。三日間眠 っていたから、覚えていないでしょうね」  どうやら妖精に生き返させられたようだ。  なぜ助けたのかは、分からないが。 「……俺は落とし子だ。なぜ助けた? お前 達人間は、俺達を敵視するはずだ」 「悪魔と人間の間に生まれようと、肌の色が 違かろうと、傷付いている者を助けるのは、 人として当然のこと。違いますか?」  クルツを怖がりもせず、リリスは言う。 長い髪が説得力を増し、言葉を失う。  続いて、髪が長く、半透明の青いドレスを 身に着けたブラウニーが話しかけてくる。 「ねえ、何も覚えていない? あの時、魔物 に追いかけられていたあたしの上に、あなた の体が落ちてきたの。そしたらなんと、魔物 が逃げたのよ。信じられる?」 「けっ、元とは言え、魔界第一部隊の隊長が 落ちてきたんだから……逃げて当然だ」 体には布団がかけられ、体の痛みが多少あ ったが、話をするのに負担はなかった。 「それであたしは、命を助けられたの。あな たにね。だから、切断されていた首を神経か ら繋ぎ直し、お腹の穴を治癒し、ここに運ん だの。大変だったんだからね」 「……どうして、そんなことをした? お前 だけ逃げれば、危険はさらに減る」  その程度のことで助けられた理由が分から ず、頭上を優雅に飛んでいるブラウニーにそ う尋ねた。 「どうして? 何言っているのよ、命の恩人 を助けるのは、妖精の掟よ。良い行いには、 良い行いを。迷惑……だった?」 「……悪魔や魔物以外に助けられるのは、初 めてだぜ……いちお、礼を言っておく。あり がとよ」 今までのクルツからしてみれば、人間と妖 精は敵だった。 しかし、裏切られた今のクルツにしてみれ ば、もうどうでもいいことだった。 「俺の鎧、今あるか?」 「ええ、ありますよ。綺麗に洗っておきまし たよ」 「……痛ぅ、鎧の内ポケットに、赤いペンダ ントの付いたネックレスが入っている……そ れを、玄関に飾れ。弱い魔物除けになる」 「ネックレス? えっと……これのことかし ら?」 赤い色をしたネックレスを、リリスが食器 棚の方から持って来る。 「ああ……そうだ。礼だ、くれてやるよ」 妖精に命を助けられ、その上憎んでいた人 間にまで助けられた。  借りは作りたくない一心で、自然とその言 葉が口から出てくる。 「でもよかった、気が付いてくれて。命の恩 人に死なれちゃ、妖精の名折れだもん」 「……死んだ方がよかった……かもな」 ブラウニーの言葉に、力なく答える。 「なぜ俺を……助けたんだ? 悪魔と人間の 間に生まれた落とし子は……お前ら人間の敵 なんだろ?」 「言ったでしょ? 傷付いた者に、肌の色も 瞳の色も、関係ありません。傷付いた者を助 けるのは、人として当然のことです」  優しい言葉で、リリスがそう言った。 「シスターか……あんた?」 「はい。普段はふもとの村で、困っている人 を助け、重傷の人はここで看護しています」 「リリスはね、みんなに愛されているのよ」 「へえ……俺は、憎まれたことしかない」  物心付いた時から、大人達に迫害を受けて きたクルツにしてみれば、他人に愛されるな ど考えたこともない。  いや、考えられない。 「ところで、あなたのお名前は? 言いたく なければ、偽名でも構いませんよ」 「クルツ……クルツ・バック。今まで悪魔や 魔物と一緒に、人間を殺してきた悪人だ。怖 くないのか、俺みたいな奴……」 「怖くなんかないわ。クルツは悪人なんかじ ゃないもの。あたしの命を救ってくれた、大 切な命の恩人だもん」 「ブラウニーの言うとおりです。いちいち怖 がっていたら、シスターは勤まりません。あ なたがここにいることは、一切口外しません から、安心なさい」 「救われたのは偶然だ……ただの偶然だ」 以前なら、人間を見ただけで殺していたク ルツだが、今はかつての仲間の方が憎い。  そのせいも手伝って、リリスという人間に は、何でも話せる気がした。 「ブラウニー、ふもとの村まで薬と食料を貰 いに行って来ますから、クルツさんをお願い するわね。それと、痛み止めと化膿止めの薬 を、一時間毎に飲ませてあげて」 「わかったわ、このブラウニーにお任せ!」 「薬?」  一瞬、毒でも盛られるかと考えたが、リリ スがこの後、予想だにしない行動に出た。 「大丈夫よ……ほら、普通の薬でしょ?」  警戒するクルツの目の前で、リリスは粉薬 を水で飲んだ。 「ブラウニー、頼むわね。じゃあ、行って来 ます」 「行ってらっしゃい、リリス」  リリスが部屋を出ると、ブラウニーがドア に鍵をかけた。 「クルツ、薬飲んだ方がいいよ。そろそろ一 時間が経過するから」 「ああ……ちょっと待て。一時間毎って、俺 が眠っていた間は、どうしていたんだ?」 「あたしが傷口の治療を一時間毎にして、リ リスが薬を一時間毎に、飲ませてあげていた のよ。感謝してね」 「そうか……」  散々人を殺してきた自分のために、そこま でしてくれた二人に、今まで感じたことのな い、何かを感じていた。  言われたとおり薬を飲むと、安心からか急 に眠気に襲われた。 「クルツ、少し寝た方がいいよ。その方が、 傷も早く治るわよ」 「……ああ、そうしたいんだが、奴らのこと が気になる。追いかけて来なければいいが」  この状態で戦っても、間違いなく負ける。  だが、体は言うことを聞かなかった。  疲れと安心からか、深い眠りにクルツは落 ちていった。  「お休み、クルツ」       2  ボンヤリと、天井が見えた。  傷口の痛みも、今はなかった。 「あっ、クルツ起きたの?」  今までのことが夢であって欲しかったが、 現実は違った。 「寝ちまったのか? どのぐらい寝てた?」 「う〜んとね、時間にして二時間ぐらい」 どうやら、また寝ている間に薬を飲まされ て、傷口の治療もしてもらったようだ。 「……リリスって言ったけか? 遅いな」 「うん……そろそろ帰って来ると思うけど」  ブラウニーの言葉を聞いた直後、ブラウニ ーよりも早く、魔物の気配を感じた。 「ったくよ、ネックレスの効果切れか?」 「えっ!? この気……人じゃない。この感じ 魔物……ねえクルツ!」 「分かってる。やばいかも……な」   「でもどうして、魔物がこんな場所に?」 「俺だ……俺の匂いを嗅いで来たんだ。頼む ぜ、ラディッシュじゃねえだろうな?」  そう言って、クルツはゆっくりと立ち上が り、窓の下に座り込んだ。 「ブラウニー……鏡を持って来てくれ」 「鏡? どうするの鏡なんて?」 「いいから早くしろ……おい、この気」 「はい、これ。あっ!? この気、リリスだ」 ブラウニーから渡された赤い柄の付いた綺 麗な手鏡を上に出し、外の様子を見る。 そこに映ったのは、蜘蛛の足に頭ほどの目 玉が付いた魔物の姿だった。  距離は百メートル以上離れているが、黒目 が大きな口で、鋭い牙が確認できた。  同時にリリスの気も感じたが、まだ鏡には 映っていない。  だがこのままでは、三人とも襲われる。 「クルツは怪我をしているし、あたしが倒さ なきゃ!」 「馬鹿、お前なんかが勝てる相手か? あい つは俺が仕留めるから、お前はリリスと合流 して、少しの間待っていろ」 「その傷じゃ無理よ!」 「傷? あの程度のクズ、右手一本で十分だ ぜ。よし、外に出るぞ。お前はそのままリリ スのところに行け。いいな?」  ブラウニーにそう言うと、ズボンのポケッ トに手を入れた。  草を丸めたような、柔らかい物がある。 「おい、俺の剣はねえよな?」 「うん。あたしが崖下で見つけた時、折れて いたから、運ばなかったの」 「しかたねえ、今はこれが頼りか?」  クルツは窓際からベッドの方へ移動した。  リリスが帰ってくる前に殺さないと、面倒 なことになる。 「いいか、外に出たらリリスのとこに行け」 ブラウニーにそう言うと、ベッドの横に置 いてある黒い服を着て、クルツは外に出た。       3  洗ってあるのか、服に血の痕跡はない。  正面には魔物が一匹。  ラディッシュでないのが、不幸中の何とや らだ。 「早く行け!」 「うん!」  早く行くように促すと、ブラウニーは右方 向に向かって飛んで行った。 (チャンスは一度きり。うまくいけよ)  クルツの頭の中で、戦いのシミュレーショ ンが始まる。         体は負傷しているが、いつもどおりにやる ことだけを考える。 布団に入っていたおかげで、体も温まって いる。  戦うにはちょうどいい、体温だ。 「ラディッシュの使い魔じゃねえよな?」  遠くにいる魔物に向かって言う。  これが悪魔なら勝ち目はないが、気の感じ からしても、下級の魔物だ。  最初はラディッシュがよこした魔物かと思 ったが、それならもっと数がいるはずだ。  状況からして、ただクルツの血の匂いを嗅 ぎ、襲う目的で現れたのだろう。 (こいつ、動きが早いぞ。跳びかかって来た 時が、最初で最後のチャンスだな) 色々シミュレートしている間に距離はなく なり、それは目の前に姿を現した。 「よう、言葉分かるか?」  無駄と分かりつつも、魔物に問いかける。  だが次の瞬間、そいつは口を開けて跳びか かって来た。 「ほらよ、火薬草でも食いやがれ!」  魔物が飛び上がると同時に、大きく開かれ た口めがけて、ポケットの中の草団子を投げ 込んだ。  鋭い牙。  魔物の口が目前に迫る。  だがその時、魔物は爆発した。  右腕で顔を覆うと、魔物の肉片が体中に飛 び散った。  生臭い匂いと、赤い鮮血が、クルツの体を 赤く化粧する。 「火薬草の量が多かったか?」 衝撃を加えると爆発する火薬草を使い、魔 物は倒したが、クルツの緊張はとけない。  崖下に死体がないと分かれば、必ず匂いを 辿って追って来るはずだ。  だが、この魔物以外に、魔物の気を感じる ことはなかった。  こんな状態でラディッシュと戦うことにな れば、今度こそ引導を渡されることになる。 「けっ、汚ねえ花火だ」  体中にこびり付いている魔物の肉片を、右 手で雑に落としていると、もう二つの気を感 じた。 「今度は、ブラウニーとリリスか?」  魔物の気とは、明らかに違う気。 しばらくしてから、ブラウニーがリリスを 連れて来た。 「これはっ!? 一体何があったのですか?」 「ねえクルツ、もうやっつけちゃったの?」 「ああ、ちょっと花火をやったんだ。それよ り体拭くタオルと、この残りカスを急いで片 付けるんだ」 「私達がしますから、とりあえずあなたは家 の中へ。傷だって治っていないんですから、 無理はしないこと。いいですね?」  どうやら、ブラウニーが魔物のことを、リ リスに話したらしい。 「へいへい、分かりましたよ」  今現在、魔物の気は感じられない。 「ねえクルツ、さっきの魔物どうやって倒し たの?」 「……腹空かしていたから、餌をやった」 ブラウニーに説明すると、クルツは一人家 の中に入った。  第二章 策略          1 魔界。  それがどこに存在するのか、知っている者 は少ない。  とある場所にある洞窟の先に、魔界の門と 呼ばれる場所があり、人知れずその国は、そ の先にあるという……  赤黒い空、黒い岩で覆われた岩石地帯。  そこにラディッシュはいた。 「ルシファー様、ただ今戻りました」 「……ご苦労。クルツは、どうなった? 死 んだか?」 「はい、確実かと。腹を刺し首を斬り、崖下 に転落しました。おそらく落下の衝撃で、頭 がもげていることかと」  落ち着いた口調で、静かに言う。  目の前には、赤い色をした二メートル程の 大きな悪魔がいる。 背中には、大きな翼があった。  ルシファーは、神の右側に座ることを許さ れた、もっとも信頼される大天使であった。  周囲を圧倒する美しさと勇気、そして気品 に満ちあふれていたのだが……魔がさした。  神になり代わり、自分が玉座に座り、世界 を我が手にしようとしたのだ。  だが、ルシファーの野望は神々の怒りに触 れ、天界から魔界へと追放されることに。 「レイよ、しばらく体を休めるとよかろう」 「はい。心遣い、感謝します」 「クルツ……あやつは、昔の私に似ていて、 危険な存在になってもおかしくない。力を持 ちすぎた者は、いずれ反旗をひるがえす」 「ご心配なく。いくらクルツでも、あれでは 生きようがありません」  クルツが生きているとも知らず、2人の会 話は続く。  周りには魔物と悪魔が壁のように立ち、二 人の会話を見張っている。 「ゲルガ・バーンズの方は、サマエル、ウリ エル、サリエルの三人から、吉報が届くだろ う。レイよ、今しばらく体を休ませ、その後 は魔界第一部隊の指揮を任命する。」 「はい、有り難き心遣いを……」 そう言われるとラディッシュは、その場を 後にした。 周りの悪魔や魔物達が、ラディッシュの一 挙手一投足を睨むように見ている。  それでも顔色一つ変えずに、自分の居場所 へと戻る。 (落ちぶれ天使の、犬共が……)  冷静な顔と言葉とは裏腹に、脳裏ではそん なことを思う。 (全く、気分の悪い場所ですね……ここは)  ラディッシュは早々にその場を立ち去り、 魔界の門を後にすると、洞窟内にある自分の 隠れ家に行った。       2  魔界の門へ通じる、誰も知らない洞窟の一 部に、ラディッシュの隠れ家はある。  壁に穴を開け、長い通路の先に大きな部屋 があった。 (ゲルガさんは他の悪魔達に任せるとして、 問題は……あの馬鹿天使の取り巻きをどうす るかですね……)  トイレとベッドと食料、そして、薄暗い部 屋を照らす照明用の蝋燭がぶら下げられてい る、質素な部屋だ。  ドアは三重になっていて、道中にはトラッ プが仕掛けられている。 (クルツ亡き今、魔界第一部隊は私の配下に 落ちた。このブリテン島を制覇するのは、落 ちこぼれの馬鹿天使じゃない。真の知性と気 品と戦術に富む、この私だ……) 天井を見ながら、そんなことを考える。 「レイ様……」 「どうぞ、入っていいですよ」 岩製の重いドアの下から、黒い水のような 生き物が侵入して来た。 「クルツの死体ですが、崖下にはありません でした。おそらく、人間達が焼いたか、ある いは……」 「無理ですね。あの時私は首を斬っています からね。落ちた衝撃で、頭がもげるはず。い くら生命力の高い赤い悪魔さんでも、あの状 態で生き延びるのは、まず不可能」 「それと吉報です。ゲルガ・バーンズが、サ マエルを殺したとの情報。残る悪魔は二人」 「そうですか……あの方には、もう少し活躍 していただきましょうか? その方が、私の 計画も、実行に移しやすいですから……」  ラディッシュが作った部下との会話は、し ばらく続いた。  ここの会話は、外部には漏れない。  極秘裏に計画が進んでいた。  その全貌を知る者は、ラディッシュ以外に はいない。  水魔は、ラディッシュが作った魔物で、普 段は情報収集を専門におこなっている。 「水魔さん、あなたは継続して、情報収集を お願いします。頼りにしていますよ」 「お任せを。では……」  そう言葉を交わすと、水のような悪魔はド アの下から姿を消した。 (もしクルツが生きていたとしても、必ず私 の前に現れるはず。その時は、あなたの元部 下達を引き連れ、あなたをもう一度殺すだけ のこと……まあ、ありえない話ですけどね)  岩の上に毛布を被せた硬いベッドに横たわ ると、ラディッシュは浅い眠りについた。  いつ動いてもいいように、深い眠りには決 して落ちない。  自分の計画が狂い始めているとも知らず、 自分の作戦だけを考えながら、浅い浅い眠り に静かについた……   第三章 戦士の休息       1  二人の世話になって、一ヶ月が過ぎた。  傷もほぼ治り、午前中は川に魚を捕りに行 き、午後は山頂まで走り込み、剣の代わりに 長い石の棒を使って、剣の練習をした。  一ヶ月という長く短い日々が、人間を憎ん でいたクルツを変えていた。  かつての仲間同様、人間の中にもいい奴が いるということが、今頃になって分かった。 「ねえクルツ、そろそろ夕方になるよ」 「先に戻っていろ。俺は暗闇の中でも目が見 える」  十キロはある石の塊を、右へ左へと豪快に 振る。  右から左に振り、そのまま上に振り戻して から振り下ろす。 振り下ろした際に生じる剣圧……いや、石 圧かもしれないが、左右に風が流れる。  体を動かしても、傷の痛みはない。  それでも、リリスとブラウニーの家から離 れないのには、理由があった。 今うかつに動いて、自分が生きていること が分かれば、ラディッシュ達が黙っちゃいな い。 (傷はほとんど治った。だが、武器もないの に、どうやって戦う? もう少し、ここにい た方が利口か……) クルツの素直な考えであり、人間と妖精の 優しさに、もう少し甘えていたいと、どこか で思っていたのかもしれない。  魔物にも人間にも、いい奴はいる。  それをこの一ヶ月で、クルツは思い知らさ れた。  その甘い蜜が、赤い悪魔と呼ばれた男に変 化をもたらしていた。 「クルツ、先に帰るよ。遅くならないでね」 「ああ、すぐに帰る」  そう言うと、ブラウニーはその場を後にし た。  石の棒を地面に置き、岩場に座る。  地面の冷たい感触が、尻づたいに体に伝わ った。  熱を帯びた体には、心地よい冷たさだ。 (あれほど憎んでいた人間と暮らし、俺は変 わったのか? いや、俺は俺だ)  変わり始めた自分に、問いかける。 (戦いの前に、剣を手に入れねえとな。それ とこの傷が完治しねえと、話しにならねえ)  憎んでいた人間。  殺していた人間。  だがリリスは違った。  今までは自分のための戦争だったが、今度 はリリス達を守るための戦争でもある。  このまま、甘い蜜に浸る訳にはいかない。  決意を新たに、クルツは石の棒を肩に乗せ ると、暗闇の山を走り抜けて行った。       2 「傷が治りかけたといっても、無理はしない ように。まだ完治したわけではないのですか ら」 「へいへい、分かってますよ」 部屋の中、皿に盛られたスープを飲みなが ら、会話は続いた。 「ねえクルツ、怪我が完全に治ったら、ここ で一緒に暮らさない? 駄目?」 「行く場所がないのなら、ここにいるといい でしょう」 「ああ、それも悪くねえが……やり残したこ とがある。その後暇になったら……考えとく よ」  二人はここに残ってもいいと言ってくれる が、クルツにはやることがあった。  自分を殺した者とその仲間達への、優しい お礼参りが残っている。 「やり残したこと? クルツ、また……戦い をするのですか?」 リリスが心配そうに聞く。  顔色や声色で、リリスには分かるようだ。 「クルツ、戦いって、また怪我したらどうす るのよ? いつも助けてあげられるとは限ら ないのよ。どうしても戦いをするなら、あた しも行く!」 心配したブラウニーが、声を大きくして言 う。 「そんな心配よか、今は剣がねえ。剣がねえ ことには、戦いはできねえよ」 「剣……」  リリスはそう言うと、しばらく黙ってしま う。  金銭的な問題だと、クルツにもすぐに分か った。 「リリス、心配ないわ。妖精の剣を、あたし があげる。街なんかで売っている剣より、ず っと凄いんだから!」  自信満々に、ブラウニーが言う。 「しかし妖精の武器は、あなた方しか使うこ とを許されない武器。そんな武器を人に使わ せて、大丈夫なのですか?」 「心配ないって。クルツの過去は知らないけ ど、今はあたしクルツが大好きだもん。それ に、命の恩人の手助けになれば安いものよ」  リリスとブラウニーが話を続けるが、クル ツも妖精の武器のことは知っていた。  大きさをある程度変えることが可能で、普 通の剣とは比較にならない程の切れ味を有す る武器だと噂されている。 魔界でも、その武器を狙う輩は多い。 「おい、そんな大切な武器、俺が使っていい のか? 俺は昔、人を沢山殺した極悪人だ」 「確かに昔はそうだったかも……でも今は、 あなたから邪気は感じられません。あなただ って気付いているでしょ? 全ての者が、あ なたに悪意を抱いているのではありません」 「……ああ、そうかもな」 「それに、そうでなければ、あなたは私を殺 しているはず。違いますか?」 リリスが優しく話しかけてくる。  確かにリリスの言うとおり、ここに来るま で人間は全員自分に悪意を抱いていると考え ていたが、リリスとブラウニーに看病されて 考え方が変わったのは事実だ。  食事を急いですませ、ベッドに入った。  これ以上、説教は聞きたくはない。  もう傷は癒えた。  行動を起こす時が、迫っている。 (ここでの生活が、俺の腕を鈍らせていなけ ればいいが……)  どんな鉄でも、磨かなければ錆びる。  ここで過ごした甘い生活で、自分の腕が鈍 っているのではと心配になる。  心配と不安を胸に、クルツはリリスのベッ ドで深い眠りに落ちた。  長椅子で寝ているリリスを、気にすること なく……  第三章 動き出したウルフ・ヘジン      1 「早く火を放て! これでこの村も、ラディ ッシュ様の領地となる」 燃えさかる火。 スコットランド・オールドメルドラムにあ る小さな村が、魔物達の攻撃を受けていた。  リリスが時折来る村だが、今は影も形もな い。  家はほぼ全て破壊され、地面には死体とい う名のジュータンが敷かれている。 「急げ、一人残らず殺せ!」  いつもなら笑顔と笑い声が絶えないこの村 が、地獄絵図と化していた。 「マイス様、そろそろこの村は崩壊かと」    真緑色の大きなトカゲが、マイスという男 に言った。 「そうか……よし、次はガイトの街を責めろ との仰せ。そろそろガイトの街に行くぞ。各 自遅れるなよ!」 マイスと呼ばれた男が、そう答える。  両目が赤く、赤いプロテクター型の鎧に赤 いシャツとズボンをはいている。  外見は髪の長い細身の人間に見えるが、赤 い両目を見る限り、人間と悪魔の間に生まれ た者ということがすぐ分かる。 「よう、マイス。元気そうだな、俺も混ぜて くれや」 聞き覚えのある声がした。  ふと見てみると、黒いプロテクター型の鎧 に、黒いシャツと黒いズボンをはいた男が立 っていた。 「おっ、お前は……」 「どうした? 幽霊でも見た顔だぜ。自分の 元上司の顔も忘れちまったか?」 死んだはずの男が目の前に立ち、鞘も付け ず男はマイスにそう言った。   2  外見だけを見れば、武器を持っていないよ うに見える。  だが、クルツはここに来る前に、ブラウニ ーから剣を渡されていた。  鎧も細工されたらしく、重さをまるで感じ ない。 「どうしたマイス? 顔色が悪いぜ?」  クルツの存在に気付いた魔物も周りに集ま る。 (いいクルツ? この剣は普段小さいけど、 一度軽く振れば普通の剣と同じ大きさになる わ。鎧にくっつく性質を持っていて、もう一 度軽く振れば元の大きさに戻るわ) (へえ、そいつは便利だな。でもよ、戦って いる最中に小さくなることはねえのか?) (振る時に『戻れ』って思わない限り、それ はないわ)  かつての部下を前にして、出てくる時に交 わしたブラウニーとの会話を思い出す。 (この子は自分の意志を持っているから、勝 手に小さくはならないの。常にマスターとな る所有者を助けてくれるわ) (……また貸しができたな。必ず返しに来る から、待っててくれ) (クルツさん、くれぐれも命だけは、大切に するのですよ。鎧は直りますが、命だけ直り ません。いいですね?) (リリス……いや、シスターってのは、どう も心配性でいけねえな。この俺に、二度の死 はない)  腰に付いている十センチ程の剣を振る。  すると、ブラウニーの言うとおり、それは 一メートル程の剣に変わった。  刀身は赤く、鞘は黒い。  とても軽く、グリップが握りやすい。 「さてマイス、俺が何をしに来たか……分か るよな?」 眉一つ動かさず、冷静に言う。 「クルツ……お前、死んだはずじゃなかった のか?」 「かつての隊長を呼び捨てか? やっぱり人 間に嫌な奴がいるように、魔界にも嫌な奴は いるな」 「答えろ!」  マイスが叫ぶ。 「……今じゃ、ラディッシュの飼い犬か?」 ゆっくりと前に出る。  同時に周りの魔物達がクルツを取り囲む。 「こんな馬鹿共を、仲間と思っていたんだか らな……つくづく嫌になるぜ」  そう言った次の瞬間、戦いは始まった。  後ろから振り下ろされた剣を左足で払い、 正面にいるマイスを正面から左に斬る。  首を狙い、浅く斬る。  まだマイスには、やらせることがあるから だ。 「おら、どんどん来いや!」  周りにいるトカゲの魔物や、目玉の魔物達 が一斉に跳びかかって来た。  かつては自分の部下が、今は敵として目の 前にいる。  クルツは正面に走り、目玉の魔物に剣を突 き刺した。  同時に左腕を目玉にあてがい、剣を抜きな がら、そのまま後ろに回り込む。 「一匹」  背中を蹴り、魔物を一匹仕留める。  かつての部下だ、負ける気はしない。  左右に魔物の群がいるが、クルツは自分か らその中に入っていった。 「何をしている! 早くクルツを殺せ!」  首から血を流し、マイスが叫んだ。 「無駄だぜマイス。こいつらには分かってい るんだよ、馬鹿なりにな。俺とてめえと、ど っちが怖いかってことをな……」   クルツがすごむと、魔物達は素速く一歩後 退した。 「遠慮すんな、死にたい奴は一歩前に出ろ」 周りを取り囲む魔物達は、少しずつさらに 後退する。 「何をしている馬鹿者共が! 相手はたかが 一人なんだぞ! 後退している場合か!」 「マイス、だったらてめえが来いよ。偉そう に命令ばっかり、たれてないでよ。ええ?」  絶対の自信があるからこそ、クルツは微動 だにしない。  やがて、壁のように立ちはだかった魔物達 が全て地中に姿を消した。 「何をしているのだ、この馬鹿者共が!」 「お前の命令なんかより、俺の方がよっぽど 怖いとさ。でっ、てめえはどうすんだ? 腐 る程いた仲間も、もう誰もいねえぞ?」  首から血を流すマイスに向かい、挑発する ように言った。 「……なぜ、生きているんだ貴様が!」 「また呼び捨てか? かつての上官もクソも ねえな」 「答えろ!」 「お前のような馬鹿に、答える必要はねえ」 切っ先を下に向け、冷静に答える。  周りでは、農家に火の手が上がっている。  太陽の光よりも、燃える家の明かりが、皮 肉にもクルツを明るく照らす。 「命だけは助けてやる。今すぐ、飼い主の元 に行け! てめえの大好きなラディシュちゃ んの所にな。それまでここで、待っててやる よ。このクズ野郎が、早くしやがれ!」  切っ先をマイスに向けて叫ぶと、迫力のあ まりか、マイスは何も言えなくなる。 「……っくそ! いいか、お前は今度こそ終 わりだ!」 「分かった分かった。いいから早く行け!」 マイスが捨て台詞を吐いて地中に消えるの を確認すると、剣を地面に刺しその場に腰を 下ろす。  体力は十分あるが、無駄に動かず、クルツ はその場で体を休ませた。 第四章 追う者       1 自室で眠っていたラディシュに、その情報 は寝耳に水だった。 「何ですって? クルツが生きていた?」  さすがのラディッシュも驚く。 「はい。奴はスコットランドのオールドメル ドラム、カイル山のふもとの村にいます」 「……そうですか。でっ、あなたは何をしに ここに戻って来たのですか?」  マイスは首から血を流しながら、ラディッ シュに興奮しならがら説明を続けた。 「クルツからの伝言で、ラディッシュ様を呼 べと。来るまでは、ここにいてやると言って いました」 「ほう。それであなたは、逃げて来たと?」 「えっ、それはその……」 「ろくに戦いもせずに、その程度の掠り傷を 負ったぐらいで、ここに戻って来たと?」 ラディッシュが冷静に問いつめる。 「私の部下は、命を賭して戦う者のみ。その 上で戻って来たというのなら、労いの言葉も かけましょう。ですが、今のあなたはどうで すか? ただの伝言役だ」 「あっ、あの、それはその……」  ラディッシュは冷静にそう言うと、赤い鞘 から剣を抜いた。  いつでも攻撃できるように、仮眠を取る時 も、鎧は脱がない。  ゆっくりとベッドから起き、切っ先を下に 向ける。 「臆病者に、部下の資格はありません……死 になさい」 「ラディッシュ様お許しを!」  マイスの言葉よりも早く、ラディッシュの 剣は確実にマイスの首を斬った。  今度は、クルツの時よりも確実に。  衝撃で頭が後ろに落ち、首元から鮮血を出 しながら、マイスは倒れた。 「水魔、いますか?」 「……お呼びでしょうか、ラディッシュ様」  ラディッシュの呼びかけに応えるように、 自ら作りだした水のような生物が、地面から 現れた。 「この死体の片づけを、お願いします」 「……はい、お安いご用です。それと、ルシ ファー様がお呼びです」  どうやら、クルツの件がルシファーの耳に も届いているようだ。 「落ちこぼれ天使の分際で……」  剣を鞘にしまいながら、そんな言葉が口か ら出る。 「水魔はここで待機していて下さい。私はル シファーの所に行きますから」 「……分かりました。お気を付けて」 そう言うとラディッシュは、自室を後にし て、ルシファーの元に急いだ。       2 ルシファーは真っ赤な椅子に座り、ほおづ えを付いている。 相変わらず周りは魔物達が守りを固め、壁 のように立ちはだかっている。  硬く冷たい地面を、ラディッシュはルシフ ァーの元へゆっくりと歩く。 「お前をここになぜ呼んだか、分かるな?」 「……はい」  ルシファーの前で一度ひざまずくと、立ち 上がりざまにそう言った。 「クルツが生きているそうだな……レイよ、 どういうことだ? 言いたいことがあるなら 聞いてやるぞ?」 「どうやら、生き延びたようですね。ただし あれだけの傷を負っていたのですから、一ヶ 月やそこらで全開するとは思えません」  そこには、確かな勝算があった。 「聞いた話では、あやつが現れたそうではな いか」 「ご安心を。まだ傷が回復してないと思いま す。今すぐ私が行って、今度こそ確実に殺し ます。勿論、死体はここに運んで来ます」 「そうか、それは楽しみだな。吉報を待って いるぞ」  それだけ言葉を交わすと、ラディッシュは その場を後にした。 「出なさい、第一部隊! クルツを殺しに行 きます」  ラディッシュがそう叫ぶと、地中から魔物 達が次々と姿を現した。  頭のない巨人や、緑色のトカゲの魔物や、 明らかにこの世の者でない者達が、一斉にラ ディッシュの後ろに集合した。  かつてはクルツの部下達も、今ではラディ ッシュの部下となっている。  ラディッシュは部下を引き連れ、クルツの 待つ村へ急いだ。 第五章 再会 1 剣を地面に刺し、両目を閉じ、クルツはそ の時を待っていた。  燃えさかる村の火は鎮火し、黒い廃墟と化 している。  この状況で生き残りがいるかどうかは分か らないが、人間の生命力と復興の力は、ある 意味魔物や悪魔を上回る。  だが今は、そんなことはどうでもいい。 時折吹く風が心地よく、深呼吸をしながら 体力を温存した。 (そろそろ……か?)  かすかな匂いを感じた。  準備はできている。  傷口の痛みもなく、かすかな空気の流れも 分かる程、クルツは落ち着いていた。 雲が動いた。  円を描くように回り始めると、辺りが急に 暗くなり、青かった空が急に黒い空に変貌し た。 「……会いたかったぜ、相棒」  呟くように言うと、雲の動きは少し早くな り、雲の中心にできた穴のような場所から、 魔物達が地面に降って来た。  次々と地に降り立つ魔物達は、クルツを取 り囲むように素速く動く。  やがて雲はその回転をやめ、中心の穴も静 かに消える。 「時間か……おっぱじめるか?」  その場にいる魔物だけでも、百匹以上はい る。  だが恐怖は微塵も感じなかった。  とにかく今は、ラディッシュを殺すことだ けを考えていた。  後はどうでもいい。  別に死んでも、構わない。  剣は地面に刺したまま、クルツはまだ立ち 上がっていない。  一瞬、リリスとブラウニーの優しい顔が脳 裏に浮かぶ。 (悪いな、帰れそうにねえかもな……)  ふとそんなことを思うと、魔物達が一斉に 道をあけた。  そしてその中から、ラディッシュが剣を右 手に持って現れる。 「噂は……本当のようですね。死んだとばか り、思っていましたよ。貴方も相当しつこい 人ですね」 「ありがとよ。そう簡単には、くたばらない 主義でね」  ゆっくりと立ち上がり、会話をしながら、 二人の距離は少しずつなくなる。 「しかし、貴方も勇気のある人だ。傷も満足 に治っていないのに、ここに来るなんて」 「治ってないかどうかは、てめえで見極めた らどうだ? 偉そうに言ってねえでよ」 「それもそうですね」 そう言うとラディッシュは後ろに滑るよう に下がり、代わりに周りの魔物達が一歩前に 出る。 「ゴミ共が……」  クルツはそう言うと、後ろを向いて走り、 標準を正面のトロルに定めた。  二メートル以上はあるトロルが、鉄の棍棒 を振り下ろすが、左手で受け止めると右手に 持った剣でトロルの首を斬った。  クルツはさらに走り、魔物の輪から外に出 ることに成功した。 「次はどいつだ?」  休む間もなく、人ほどの大きなムカデの魔 物が向かって来る。  クルツは剣を下に向け、構えようとせずに その時を待った。  やがてムカデの魔物がクルツの体に巻き付 き始める。 「その調子だ。まあせいぜい頑張れや」  不思議な程に、クルツは落ち着いていた。  敵の動きと自分の動きが、頭の中で何通り もシミュレートされる。 「恨むなら、てめえの上司を恨みな」  クルツはそう言うと体に力を入れ、その力 を一気に解放した。  両腕を左右に伸ばし、ムカデの体をあっさ りと引きちぎった。  同時に緑色の血が、下に滴り落ちる。 「おっと、こいつを付けろって言われていた んだっけ?」  そう言うと、周りの状況も気にせず、クル ツは剣を地面に刺し、ズボンのポケットから 金のネックレスを取り出し首にした。  だがその一瞬を狙って、全身黒い鎧で武装 した戦士の魔物が、剣を振り下ろした。 「遅い……」  そう呟くとクルツは、左手の甲で剣をはじ き、右手で戦士の顔を殴った。  次の瞬間、戦士の頭が地面に落ちる。  首から赤黒い血を吹き出しながら、戦士は ゆっくりと後ろに倒れた。 「お前ら、誰に戦い売ってんのか……分かっ てんだろうな?」  ゆっくりと剣を抜きながら言う。  その場にいた魔物達全員が、素速く一歩後 退した。 「何をしているんですか? 相手は手負いの 獅子一匹。皆さんでかかれば、倒せる相手で すよ」 「おい、ラディッシュ。姿隠して偉そうなこ と言ってねえで、出て来いよ」  ラディッシュの気は感じるが、姿は見えな い。  その言葉は、天から響くように聞こえる。 「こんな雑魚、いくらでも殺せるぜ? お前 が出て来た方が早いんじゃねえのか、ええ、 第一部隊の隊長さんよ?」  確かに感じる、ラディッシュの気に向かっ て言う。 「相変わらず、随分大きく出ますね。傷も治 りきっていないでしょう? こんな短期間で は……」 「だから、てめえで確かめろ」  ラディッシュと短い会話を交わすと、魔物 達の中から、剣を右手に持ったラディッシュ が現れた。 「よう、まだ生きてるぜ。自慢の計算が狂っ たか?」 「確かに狂いはしましたが、すぐに直ります よ。私は完璧ですから」  こちらに来ながら、優しい笑顔でラディッ シュはそう言う。 「さあ、命令です。今すぐクルツを殺りなさ い」 「殺れんのか? こんな雑魚に……」  ラディッシュは周りにいる魔物達に命令す るが、魔物達は一向に動こうとしない。  クルツもまた剣は構えず、そこには絶対に 負けないという、自信があった。 「……何をしているのです? 相手は怪我を した、たった一人の男。さあやりなさい!」 「ラディッシュ、お前分からねえのか? こ いつらには分かるんだよ。俺とてめえとどっ ちが恐ろしいか、本能でな……」 「まったく、役に立ちませんね……」 「部下の気持ちも知らねえから、お前はいつ までも第二部隊の隊長止まりなんだよ。もっ とも、今日限りでご自慢の第一部隊隊長も、 失格だがな」 「そうですか、それは楽しみですね」  お互い剣を下に向けたまま、会話は続く。  一瞬ラディッシュが優しく微笑んだ。  邪魔する者はいない。  本能的にクルツの剣は動き、左斜め上に剣 を振り上げた。  振り下ろされたラディッシュの剣を、クル ツの剣が受け止める。 「あの時の続きだ、ラディッシュ。楽しませ てもらうぜ?」     第六章 最後の戦い 1 振り下ろされた剣を、クルツの軽い剣がし っかりと受け止めた。  妖精の剣の力がどの程度かはまだ分からな いが、今のところしっくりくる。 「教えて下さい。なぜ、首を斬ったのに生き ているんですか? 崖下に落下した衝撃で、 首はもげたはず……」 「ああ? 死にゆく者に言う必要はねえ。知 る権利もねえ。違うか?」  クルツはそのまま剣を強引に左に振り、右 足でラディッシュの頭を左に蹴った。  使える箇所は全て使う。  これがクルツの戦い方だ。  蹴られた勢いで、ラディッシュの体が左に 吹き飛ばされる。  だがラディッシュは空中で体勢を立て直し て、こちらに滑るように向かって来る。  左からラディッシュの剣が振られたが、上 にジャンプして頭に左手を置き、そのままラ ディッシュの背中に着地する。  同時に、剣を背中に下ろす。  その直後、甲高い音が聞こえ、ラディッシ ュの剣を背中越しに受け止めた。 「思うに……人間に助けられたというところ ですか?」 「人間の中にも、魔物同様いい奴はいるぜ」 「赤い悪魔ともあろう者が、生きる価値のな い者に助けられるとは……あなたは少しおか しくなってしまわれたようだ」 「違うぜ、おかしいのは前からだ」 そこまで言うと、振り向きざまに剣を左に 振る。  自分の思いどおりに、軽く剣が動く。 正面を向いた時、ラディッシュの剣が同時 に振り下ろされる。  またしても剣同士がぶつかり、その衝撃で 剣がはじかれ、一瞬二人の間合いが離れた。 「ちっ、これじゃキリがねえ」 「そうでもないですよ」  ラディッシュがそう言った直後、目の前が 歪んだ。  倒れはしないが、確実に両目が異常を知ら せている。 「くそっ、何だこんな時に!?」 「ここに来た時に、幻覚の粉を微量ずつ流し ておいたのです。私を倒すことに夢中になる あまり、人間に甘えたあなたは、気付かなか った。私の作戦勝ちですね」 「なめたことしやがって。でもな、こっちも そのぐらい計算ずくだ馬鹿野郎」  歪む視界の中、クルツは言った。  強がりに聞こえたかもしれないが、あらゆ る状況を考えて、対応策は考えてある。 「こんなことを考えて、こっちも対策を練っ てんだよ馬鹿」 「何を言うかと思えば、血迷い事を……やは り私の計画のためにも、あなたは邪魔。今度 こそ死になさい」  左右に揺れながら、ラディッシュの剣が襲 いかかる。  狙いはクルツの頭。  だがクルツは一歩も動かず、刃先だけをに らんだ。  ラディッシュの剣が頭に当たる寸前、それ は左にそれた。  まるで、風に流された木の葉のように。 「なっ、外した? 馬鹿な……この私が狙い を見誤るとは」 「誤る? まだ気付かねえのか……もう一回 だけ動かねえでいてやるから、よく狙いを定 めて斬ってみろ」  そう言って剣を下に向け、クルツはラディ ッシュを挑発する。 「私の頭脳は、すぐに修復しますよ。その台 詞は、あの世で後悔の台詞となるでしょう」  そう言うと再び、ラディッシュの剣が正面 から振り下ろされた。  クルツは構えることなく、両目を閉じた。  数秒して、鈍い音が聞こえた。  だがそれは、クルツの頭ではなく、地面を 叩いた音だ。 「これはっ!?」 「残念だったな、二回目も失敗だ」  ラディッシュの剣は、クルツの左横を通り 過ぎた。 「この剣の刃には、視覚を麻痺させる効力が あるんだとよ。勿論俺には効果はない」 「まさか、今までの戦いは……その効果を発 揮させるため?」 「その通りだ。しかもだ、妖精の剣だから、 そう簡単には元に戻らねえぜ」  そう言うと、クルツは自分の左足を剣で刺 した。 「ぐああっ! これで……幻覚も消える。ど うするよ、天才策略家さんよ?」  刺した剣を抜くと同時に、鋭い痛みが左足 に走り、真っ赤な血が滴り落ちる。  そしてすぐに、左手でズボンのポケットか ら薬草を取りだし傷口に当てた。 「ほらどうした、止まってやってんだ。少し は当てろよ。ええ?」  傷口の手当をしている間、クルツの動きは 完全に止まっている。  ラディッシュの剣がこの時ばかりと襲いか かるが、剣は宙を斬り、まるで当たらない。 「へえ〜、さすが妖精の薬草だぜ。もう治り やがった」  今さっき刺したばかりの傷が、もう完治し ている。  血は止まり、刺した穴も修復されている。 「ラディッシュ、天才もその計算が狂うと、 ただの凡人だな」 「……黙りなさい。私の頭脳は、そこいらの 安い頭脳ではない!」 「だったら、俺を斬れよ。無防備だぜ?」  怒るラディッシュを、さらに挑発する。  怒れば怒る程、策略にはめるつもりが、逆 にクルツの策略にはまっていく。     「もう、俺には人間も魔族も、悪魔も関係ね え。目の前にいる敵を……斬るだけだ」  右手の剣が正面に、ゆっくりとスローモー ションのごとく構えられる。 「信じていたのによ、容赦はしねえ……」  悲しみにも似た言葉を言うと、剣を降り続 けるラディッシュの両手を、クルツの剣が右 から左に、勢いよく斬った。  回転しながら、斬られた両手に握られた剣 が、空中高く舞う。  同時に、ラディッシュの両腕から真っ赤な 血が噴き出る。 「うああっ! おのれ、私の計算は完璧。世 界は、私の手中にあるのに……」  この言葉で、この男が何か別のことをやろ うとしていたとすぐに分かった。  だがもう遅い。  迷うことなく連続して、自分と同じ場所を 正面から剣で刺した。 「どうだ、痛いか? 俺は痛かったぜ、腹を 刺された時はよ」  クルツは、ラディッシュの腹を刺した状態 でそう言うと、そのまま前に歩いた。 「邪魔だ、退け……」  静かだが、クルツの威圧ある声に、周りの 魔物達は左右に退き、クルツは崖際まで歩い て行く。 「これで終わりだ」 「終わり? まだ……終わっていません。こ れからが……始まりだ」  崖際でトドメを刺そうとした時、笑いなが らラディッシュは言った。  そして、それは始まった。  クルツが剣を腹から抜いた時、ラディッシ ュはズボンのポケットから、切り落とされた 腕で何かを取り出し口に入れた。 「私の計算に……狂いはない!」       2 「何飲んだか知らねえが、これで終わりだ」  ラディッシュの頭めがけて、クルツの剣が 振り下ろされたその時、ラディッシュの体に 異変が起きた。   叫び声と同時に全身の筋肉が膨れあがり、 傷口が塞がっていく。  やがて上半身の鎧に亀裂が入り、膨れあが った筋肉で地面に落ちた。 「クルツ、これからが本番ですよ!」 「何だと!?」 振り下ろされた鉄塊は、ラッディシュの腕 に受け止められた。  そして次の瞬間斬られた腕で、クルツは殴 り飛ばされた。  まるで石のように吹き飛ぶと、燃え尽きた 家にぶつかり、ようやくクルツの体は止まっ った。  同時に家が崩れ、その中からクルツは姿を 現した。  幸い、妖精の力を得ている鎧のおかげで、 大した怪我はしていない。 「……何が起きた。まさか、魔法石(まほう せき)を飲んだんじゃねえだろうな?」  瓦礫と化した家から出てくるクルツ。  少し離れた場所で、斬られた左腕に剣を刺 し、右手に柄を押し込むラディッシュの姿が あった。  そして、右手と柄とが一体になると、左腕 から切っ先を抜く。 (あの野郎、魔法石を飲み込んで、てめえの 力を増幅させやがったな……)  魔法を閉じこめた石を飲めば、その力は自 分に取り込むことになる。 「さあ、剣の準備はできましたよ。クルツ、 今度こそ死になさい」  右手に剣を刺し、左腕から血を流しながら ラディッシュが、こちらに向かって来る。 「馬鹿野郎、死ぬのはてめえだ!」  音速のごとく振り下ろされる鉄塊を、休む 間もなく剣で受け止めた。  次の瞬間、両腕に重い衝撃が走る。   細長い妖精の剣に折れそうなぐらいの衝撃 を覚え、クルツの体は地面にめり込んだ。  直径にして一メートル程の地面全体が下に 陥没し、その威力を物語っていた。 (何て力してやがんだ、こいつ)  剣同士がぶつかり耳障りな音を鳴らすと、 今度は左からラディッシュの剣が、大砲のよ うに襲いかかる。  それはまさに、剣ではなく大砲と呼ぶにふ さわしい攻撃だった。 「これで最後ですよ、クルツ!」 「ふざけんな!」  左から撃たれたそれに、臆することなく、 上から剣を振り下ろした。  左足を後ろに下げ、押し戻されながらも、 全力でラディッシュの剣を受け止める。  ある程度クルツの体が動いたところで、よ うやく止まり、どうにかラディッシュの剣を 受け止めた 「今度はこっちの番だ」  受け止めた瞬間剣を素速く離し、クルツは 右に剣を振った。  膨れあがった筋肉を、クルツの剣が斬る。  一筋の赤い筋が流れるが、それ以上斬るこ とができない。  血の量も、たいしたことはない。 「何て硬い体してやがんだ」 「完成した筋肉は、鋼よりも硬い。昔あなた が、私に言ったことですよ……クルツ」  その直後、クルツの剣が舞った。  右に左に、確実にラディッシュの体を斬っ ていく。  ラディッシュは両手を上げて、その攻撃を 全て受けている。 「さあ、もっと攻撃をしなさい。疲れ切った ところを、ひと思いに殺してあげましょう」  頃合いを見計らい、クルツは後ろへ跳ぶ。  間合いが離れ、一陣の風が吹く。 (駄目だ、外部の攻撃じゃ歯が立たねえ。ま いったぜ……どうする? こんなの、まさに 計算外だぜ) 「来ないなら、こちらから行きますよ……」  赤い筋が何本も流れていても、それが致命 傷にはならず、ラディッシュは落ち着いた声 でそう言った。  おそらく今のラディッシュに、痛みはない のだろう。  そう考えている間にも、ラディッシュの攻 撃が始まった。  二人の間合いは瞬く間になくなり、ラディ ッシュの剣が容赦なく振り下ろされる。  左斜め上に剣を振り上げ、それを防ぐ。  凄まじい剣圧で地面が沈み、またしてもそ の威力を物語る。  連続してラディッシュの左腕が、左から振 り回された。  クルツは左手を柄から離し、素速く頭をガ ードするが、その体勢のまま、右側に吹き飛 ばされてしまう。 「まさか、これ程まで力が増幅するとは。こ れなら、私の計画も実行しやすいですね」 一瞬聞こえた、ラディッシュの声。  だがのんびり聞いている暇もなく、クルツ は遙か後方の家の壁にぶつかり、ようやく落 下した。  家が崩れない分だけ、体が受けるダメージ も余計大きくなる。 (くそっ……外部の攻撃が効かねえんじゃ、 話しにならねえ。やべえな、どうする?) 外部からの攻撃が効かない以上、いたずら に攻撃を加えても、こちらの体力が減るだけ だ。 (……このままじゃ、殺られる。くそっ!) 「どうしましたクルツ? 力が少しずつ減少 してきてますよ。まあ、私の計算どおりです がね……そう、計算どおり」  三十メートル程離れた場所で、ラディッシ ュが自慢げに言う。 「何が計算だ、馬鹿野郎。まだ死んだ訳じゃ ねえぞ、クソ野郎……」 「安心して下さい。時間をかけて、殺してさ しあげますよ、クルツ」  勝った気でいるのか、自信ありげにラディ ッシュが言った。 (外部からの攻撃は、意味がねえ……んっ、 待てよ……そうか、そうだ)  ラディッシュを殺す糸口が見つからなかっ たが、生きるか死ぬかの瀬戸際で、ある考え が浮かんだ。 (これならいけるかもしれねえ……ただ、ど うやって衝撃を与えるかだ) だが考えている時間は、それまでだった。  ラディッシュが、走ってこちらにやって来 る。  考えのまとまらないうちに、再び戦いは始 まった。  左右から、まるで鞭のように襲いかかる剣 を、細長い妖精の剣が必死にはじき返す。  体力回復ができるこの剣でも、その効果が 追い付かない程、相手の攻撃は続く。 「どうしました? 赤い悪魔の名が廃ります よ?」 クルツは、はじき返し続ける剣を、ぶつか った一瞬を狙い左から制止させた。 「この程度が限界かよ、ええ? 弱すぎてあ くびが出るぜ。第一部隊の隊長さんよ、少し は骨のある攻撃してみろよ。これなら、人間 のパンチの方が効くぜ?」 「そのわりには、攻撃が出ていませんよ」 「そうか? 口でそう言っても、殺せていな いぜ。いつになったら殺してくれるんだよ、 ええ? その自慢の姿になっても、俺はまだ このとおり生きてるぜ、隊長さんよ?」  クルツの左から振って止まった剣はどちら にも動かず、肩の血管が浮き上がり、凄まじ い力を全力ではねのけようとしている。 「言わせておけば、言いたいことを!」  ラディッシュが叫んだその時、口が大きく 開く。  クルツはその時を狙っていた。  突然体の剣を手前に引き、後ろに下がりな がら左手でズボンのポケットから、何か団子 のような物を取り出した。   クルツが急に後ろに下がった勢いで、ラデ ィッシュが前のめりになり近付く。  まだラディッシュの口は、開いている。  時間にして数秒だが、クルツはこの時を待 っていた。  素速くラディッシュの口にその団子のよう な物を投げ込むと、目の前で振られた剣を目 前で避け、がら空きになった顔に渾身の力を 入れて蹴りを入れる。  蹴られたラディッシュの体は、後ろに蹴り 飛ばされた。 (うまく、飲み込んでくれよ)  息を整え、再び剣を構える。  蹴り飛ばされたラディッシュは、瓦礫と化 した家にぶつかり、ようやく地面に落下した ようだ 「……何を飲ませたかは知りませんが、残念 でしたね。何も起こりませんよ? さあ、戦 いを再開しましょう」  瓦礫の中から、ラディッシュの声が聞こえ た。 (よし、飲んだな。さて、後は衝撃か? ど うやって、あの大量の火薬草に衝撃を加える かだ……)  先程クルツが投げた物は、大量の火薬草を 圧縮した物だ。  だが肝心のことを、考えていない。 (んっ? 待てよ、そう言えばあいつ、あの 時言っていたな……)  クルツはここにきて、ある重要なことを思 い出した。  同時に、ラディッシュが瓦礫の中から姿を 現す。 「おい、ラディッシュ! これから俺の必殺 技を見せてやる。お前に、これを受ける度胸 があるか? ええ、隊長さんよ?」 「必殺技? それは面白い。この無敵と化し た体で、粉砕してさし上げましょう。あなた ごとその、必殺技とやらをね」 (……かかった)  ラディッシュに攻撃を受けさせるために、 あえて挑発する。 (確か使い方は……)  右手に剣を持ち替え、腕を剣ごと真っ直ぐ に伸ばす。  準備はできた。 「見せてもらいましょう。その技とやらを」  そう言うとラディッシュは、こちらに走っ て来る。 「頼むぜ、妖精の剣」  クルツは真っ直ぐに伸ばした腕を、左に大 きく振った。  その直後、剣に変化が起きた。     剣全体から小規模な竜巻が発生し、地面の 砂や砂利を巻き上げながら、ラディッシュに 向かって飛んで行った。 「この程度の竜巻、通用しませんよ」  ラディッシュは両手を広げ、竜巻の直撃に 耐えた。 「無理か……威力が足りねえか?」 「これが、クルツの必殺技ですか? 期待外 れもいいとこですね。残念です……」  クルツは剣を正面で構えたまま、少しずつ 後退する。 「くそっ、後がねえ……」  自分でも気付かぬうちに、崖際にいた。  火薬草に気を取られ、自分の立ち位置を忘 れていた。  痛恨のミスだ。 「さあ、あの時の再現といきましょうか?」 「戯言は、あの世で言え。寝言は、寝てから 言え」  後ろは崖、前か左右に出るしかない。  そうしなければ、このまま突き落とされて 死ぬか、また首を斬られ死ぬかのいずれかし かない。 だが妖精の剣は、クルツを見捨ててはいな かった。 「その位置で、この連続攻撃に耐えられます か? 足を滑らせたり、後ろに後退すれば、 あなたは今度こそ確実に死ぬ……この戦い、 私の作戦勝ちですね」  そう言うなり、再び怒濤と言えるラディッ シュの攻撃が始まった。  ラディッシュの剣がまた鞭のように、容赦 なく襲いかかる。  剣同士が激しくぶつかり、その度に火花を 散らす。 (やべえぞおい、どうする!?) 妖精の剣は振るだけで、体力を回復させる 効果があるため、体の疲れはさほどなかった が、完全に動きを止められ、横に逃げること ができない。  だがその時、ラディッシュの剣が急に止ま った。  その直後ラディッシュは叫び声を上げ、苦 しみ始めた。 「まさか……」  クルツは逃げることも忘れ、わずかな期待 に賭けた。 「いいぞ、吹っ飛べ!」  クルツが叫んだ瞬間、ラディッシュの腹が 爆発した。  前方に飛ばされた肉片はクルツに当たり地 面に落ち、腹に空いた穴から大量の血と中身 が外に流れ出る。 「ああ……何が、起きた……」 「今度はこっちの番だ!」 ラディッシュが動く前に、クルツが先に動 いた。  ラディッシュの頭をつかみ、そのままジャ ンプして後ろに移動すると、着地と同時に渾 身の力を込めて頭を蹴った。 蹴られた衝撃で、今度はラディッシュが崖 際に立つ。  腹に穴が空いているおかげで、剣を構える ことも、こちらを向くこともできない。 「何が……起こったのです……」 「形勢逆転……地獄に堕ちろ!」  そう叫ぶと休む間もなく間合いをつめ、ラ ディッシュの頭を縦に斬り、おびただしい鮮 血が空に舞ったが、連続して首を左に斬る。  斬られた頭はそのまま後ろの崖に落ち、残 った体も背中を蹴って地面に落とした。 「勝ってもいないのに、勝った気になるから そうなるんだ」 戦いは終わり、クルツは後ろを向く。  まだ周りには、ラディッシュの配下と成り 下がった魔物達がいる。 「さてよ、おい! 死にたい奴、名を上げた い奴……かかってきやがれ!」 クルツは魔物達にそう叫ぶと、第二の戦い が始まった。 3  魔界。  誰もいないはずのラディッシュの部屋に、 誰かがいた。 「計算どおり、殺られました。クルツの怪我 も、完治しているようです」  ラディッシュの使い魔である水魔が、部屋 にいる何者かに話しかけている。 「水魔さん、ご苦労様です。まあ、これも私 の計算どおりですがね……」  冷たい石のベッドに、死んだはずのラディ ッシュが、冷静な表情で座っている。 「まさか、私の影武者相手に戦っていたとは 思いもしないでしょう。影武者相手にあの苦 戦、本番が楽しみですね」 「一つ気になることがあったのですが、あの 男、妖精の剣を使ってました……思うに、妖 精に命を助けられたものかと……」 「そうでしょうね。あれだけの重傷を負った のですから、人間ごときでは治しようがない でしょう」 「今頃、第一部隊の魔物達と戦っているはず です……逃げ出す者もいると思いますが」  密閉された空間の中、二人の会話は続く。 「分かっています」 「……いかがされますか?」 「水魔さんは引き続き、集められるだけ情報 を集めて下さい」 「はっ、御意……」  そう言うと、水魔は部屋を後にした。 「……クルツ、決戦はまたの機会にしましょ う……命拾いをしましたね」  呟くように言うと、ラディッシュは静かに 笑った。  まるで、最初から自分の作戦どおりにこと が運んでいたことを喜ぶように。  無論二人の会話を、クルツが知る由もなか った……  第七章 帰るべき場所       1 「クルツ、遅いな……」  玄関先で、ブラウニーが呟いた。 「命だけは、無駄にしていなければいいので すが」 「……うん。でもでも、約束したもん。帰っ て来るって……暇になったら、帰って来るっ て……」  クルツが家を出ていってから、もう一ヶ月 が過ぎる。  毎日待ったが、クルツの気配は感じない。  ブラウニーは信じていたかった。  クルツが必ず、帰って来ると…… 「リリスは、部屋にいて。あたしは、ここで 今日も待っているから……」 「ブラウニー……」  どこまでも青い空が、暖かい陽の光を二人 に降り注ぐ。  風が吹くことなく、外にいるのが非常に気 持ちがいい。 リリスが先に部屋に入ろうとした時、ブラ ウニーの鋭い嗅覚が、クルツの匂いを捕らえ た。  同時に、クルツの気を感じた。 「リリス、クルツが帰って来たよ!」 「えっ、本当ですか?」  人間のリリスには分からないようだが、妖 精であるブラウニーには、確かにクルツがこ ちらに向かっていることが分かった。 「でも、それらしい姿は見えませんが?」 「リリスには、分からなくて当然よ。でもあ たしには分かる。この感じ、クルツだよ」  時間にして数十分、山道を一人の男が歩い て来た。  全身血だらけで、今にも倒れそうだ。 「クルツ、しっかりして!」 「なっ、血まみれではないですか! ブラウ ニー、早くクルツさんを部屋に運んで!」  慌ててブラウニーとリリスが、クルツに駆 け寄る。 「ああ? 何勘違いしてやがる?」   心配する二人と裏腹に、元気な声が返って きた。 「こいつは、返り血。ありがとうよ、ブラウ ニー。お前から借りたこの剣、すげえな」 「えっ、じゃあ怪我はしてないの?」 「当たり前だ。この剣のせいで、楽に戦えた ぜ。だがちょっと後片づけに、手間取っただ けだ。奴らの数は三桁いくからな」 「なんにしても、怪我がなくて何よりですよ クルツさん。ゆっくり休んでいって下さい」  リリスは疲れているはずのクルツに、優し い言葉を、いつものように優しい顔で投げか けた。  ブラウニーは周りを飛び、嬉しさを表現す る。 「ずっと待っていたんだよ、雨の日も晴れた 日も……」 「そうか、悪かったな、心配かけて。それと ふもとの村……すまん、壊滅状態だ。間に合 わなかった。人間は皆殺された」  クルツの口からその言葉を聞いて、ブラウ ニーの動きが止まった。 「そんな……みんな、死んじゃったの?」 「心配しなくても大丈夫よ、ブラウニー。あ そこには、地下に避難用の隠しシェルターが 設置されているから、そこに逃げ込んだ人が 必ずいるはず。後で私が様子を見に行くわ」 初耳だった。  あの村に、そんな施設が設置されていたな んて。 「生きている人がいれば、必ず村は復興する でしょう。また、活気ある村に必ず戻るわ。 それまで、待っていましょう」 リリスが優しい目で、ブラウニーにそう言 う。 「そうよね……そうだよね。きっと、いつも の明るい村に戻るよね」 「ええ、心配することはないわ」  心配そうに聞くブラウニーに、リリスが優 しい笑みを浮かべ答える。 「さて、お喋りはそこまでだ。ブラウニー、 悪いがこの剣、もう少し貸してくれねえか」 「剣? それはいいけど……その前に鎧を綺 麗にしなきゃ」 「そうですよ。疲れているでしょうから、少 し休んだ方がいいでしょう」  返り血で汚れた鎧を、綺麗に洗うようにブ ラウニーは言った。 これで友達が増え、命の恩人と一緒に暮ら すことができると思ったが、素直に言うこと を聞いてくれるかどうか、正直不安だった。 「……分かった」  だがクルツは、以外に素直な返事をした。 「さあ、中に入りましょう」  リリスに促され、二人は部屋に入った。 2 音が立たぬように、静かに玄関を閉めた。  鎧の返り血も綺麗に洗い流され、新品同様 になっている。  もっとも、多少の傷は付いているが……  夜も更け、あたりは静寂の闇に包まれてい る。  だがクルツの赤い瞳には、そんな闇など関 係ない。  昼間のように、周りが見える。 (今までありがとな。さて、行くか……)  心のどこかで、まだここにいたい気持ちが あった。  昔と明らかに違うクルツがいたが、やるこ とがある以上、甘えてはいられない。  リリスとブラウニーが寝てる間に、クルツ はこの妙に暖かくて優しい家を、後にしよう とした。 「剣は借りる……じゃあな」  そう言って、何歩か歩いたその時だった。 「行くのですね」  後ろから、リリスの声が聞こえた。  振り返ると、青い寝間着に明かり用のロー ソクを持ったリリスが立っている 「リリス……寝てたんじゃないのか? すま ん、起こしちまったか?」 「いえ、起きていましたよ。あなたの先程の 素直な態度が気になって、眠れなかったので す」  相変わらず、優しい笑みを浮かべながら言 う。 「……止めるのか?」 「あなたが、そうして欲しいのなら」  暗闇の中、小声で二人の会話は続く。  「私もそうですが、あの子……ブラウニーが 悲しみますよ。何も言わずにあなたが出て行 ったら……」 「……」  そう言われ言葉を失い、代わりにブラウニ ーの笑顔が浮かんだ。 「……ここで暮らすのも、悪くないかもしれ ない。だがな、ここは俺の帰る場所じゃない んだ」 後ろは向かなかった。  向くと、決心が鈍る。  それだけ、自分が変わったことを認めたく ない自分が、どこかにいたのかもしれない。 「あなたにとって、帰る場所がどこなのかは 知りませんが、ここでよければいつでも帰っ て来るといいでしょう。あの子も喜ぶと思い ますよ」 「止めるかい?」 「止めても、無駄でしょ? それなら、私に できることは、あなたの背中を見送るだけ」  静まり返った玄関先で、二人の会話は続い た。 「クルツさん、これをお持ちなさい。お守り です。きっと、役に立つでしょう」  その時、はじめて後ろを向いた。  リリスの手には、綺麗なペンダントが置か れている。  見たところ、細いネックレスを通すことが できる。  女性像が刻まれていて、周りは綺麗な金色 をしている。  純金ではなさそうだが、非常に綺麗だ。  今してる妖精のネックレスに、ちょうど付 けることができそうだ。 「……色々ありがとよ。こいつも、借りてお くぜ」 「いえ、それはクルツさんに差し上げます」 「……ありがとうよ」  リリスの手からペンダントを取り、ネック レスを外し、ペンダントを付ける。 「さて、行くか」 「どうしても、行くのですね……止めはしめ せんが、帰って来たくなったら、いつでも帰 って来るといいでしょう」 「そう言ってもらえると嬉しいね。でもな、 俺の帰るべき場所はここじゃない。俺にはま だ、行かなきゃいけねえ場所がある」  クルツの考えは決まっていた。 「そうですか……クルツさん、くれぐれも、 命だけは無駄にしないように」 「……ああ、分かってる。それと、ブラウニ ーが起きたら、必ず剣を返しに来るからって 言っておいてくれ……じゃあな」  それ以上の言葉はいらない。  クルツは闇の山へ、姿を消した。 「また……会いましょう、ウルフヘジン(狂 戦士)さん」  リリスの最後の言葉が小さく聞こえた。  狼の皮を被り、狼の力を得る者を人はウル フヘジンと言う。  おそらく、クルツの姿がそう見えたのかも しれない。  そんな言葉を背中越しに聞きながら、闇の 中へと消えて行った。   終わりなき、戦いの続きをするために。  帰るべき自分の居場所に、帰るために。  男は闇の中へ消えていった……               完 次の作品でまた会おう。