4.女装中の検問・職務質問
A.免許証に使用する写真は、「無帽、正面の上三分身、無背景の縦3センチ・横2.4センチ、撮影してから6ヶ月以内のもの」となっていますが、実際には、「正面の上三分身」といっても、首のすぐ下あたりから上だけの顔写真が使用される事も珍しくないようです。
(関連・道路交通法第67条第1項、警察官職務法第2条、地方公務員法第34条)
特に化粧の有無について明記されてはいませんが、この点については一般的に次のように解釈されることが多いようです。
免許証に貼付される写真は、免許証がまちがいなく本人の物であるかどうかを判断するためのもので、その人の素顔を知る必要はありません。女性については外出時に化粧を施すことはごく一般的なことですから、免許証に使用する写真であっても、平素外出時の顔で写っている写真であれば、原則として写真貼付の目的を満たすものと考えられます。とはいえ、あまりに濃い化粧で素顔の片鱗もうかがうことが出来ないようでは、試験場等でも受け付けてくれないでしょう。極端な話、(これは男性ですが)デーモン木暮氏が、あのステージ用のメイクで撮った写真なら、いくら知られている顔でも完全に却下されます。この問題は、特にメイクに詳しい方になると、「アイメークは、どの位までが許されるのか」とか、「ルージュの使い方一つで唇の形もかわるが、この点はどうなのか」等の質問をされる方がいらっしゃいますが、個々のメイク技術を論じても無意味です。メークが終わったところで、全体の印象から「このくらいならば、いいのではないか」という判断がなされます。またこのようにはっきりと基準を明記しようのない判断は、ある程度は窓口の係員個々の判断に委ねられる部分がありますから、あまり「冒険」はしないほうがよろしいかと思います。平素、お店以外でもメークをして歩いているゲイボーイくらいになると、免許の写真も、事情を説明して女性顔で通る例もあるようです。この例でも、用いられるのは通常街中を歩く時の顔の写真で、さすがにショータイムのメイクで、髪型も島田…という写真は無理でしょう。ただし、試験場で「ちょっとこちらへ」と、セックス・チェックを受けたという話は、2〜3聞いたことがあります。
さて、この本を読まれている方のほとんどは、少なくとも、常時女装しているということはないと思います。逆にいえば、素顔で、学校や会社に務めたり、その他の職業に従事している方がほとんどでしょう。とすれば、男子の場合は、免許証の写真も素顔であることが、上記の免許証への写真貼付の目的からも、またみなさんの日常の生活の上でも望ましい訳です。「私は免許証を人に見せることはないから、試験場でゲイボーイだといつわって、薄化粧くらいした写真を使おうかしら」などとは考えないほうが無難です。例えば友人数人とどこかに自動車で遊びに行ったとき、たまたま運転を受け持った時に検問にあって、同行者の前で警察官に免許証の写真についての釈明など、あまり誉められたことではありません。同行の友人が、あなたが女装することを知っている人ばかりだったとしても、そのことでせっかくの理解を失う可能性も高いわけです。
免許証の写真が素顔のものであるとすると、問題になるのは女装しての運転中という事になります。最初の質問の例ですね。運転免許証について規定しているのは道路交通法ですが、この法律には、所定の要件により警察官が免許証の提示を求める権利があることを規定した条文はありますが(同法第67条第1項)、その上さらに本人確認を求める事が出来るという規定はありません。しかしこの場合、本人確認が出来なければ、他人の免許証を携帯している無免許運転などの可能性は否定できないわけですから、警察官は引き続き、警察官職務執行法第2条を根拠とした「職務質問」を行なうことが出来ます。現実的な問題として、例えば具体的な事件の発生に対する緊急配備の最中でもないかぎり(したがって可能性がゼロという意味ではありませんが)、「写真と違うからお化粧を落としてみろ」といわれることはありません。実際には、他に名刺や健康保険証、パスポートなど、運転免許証以外に本人確認が出来るものが複数あれば警察官も了解するのが通例ではあります。「お化粧を落とすのに必要なクレンジングを持ち歩いていない」といえば、落としようのないものを落とせというようなことは、まず通常の(特に無免許や酒気帯などの交通違反の検挙を目的とした検問では)ありえないといってもいいでしょう。
この連載の第1回目から繰り返して書いていることですが、この原稿で最終的に目的としていることは、「裁判で勝つ」ことではなく、「女装に関わるトラブルを避ける」ことです(トラブルに巻き込まれて、解決方法を探っているようでは遅すぎます)。したがって、今回のように女装して検問にあったという場合でも、女装そのものが違法行為ではないわけですから、他に交通違反などの違法行為がないかぎりは、何も恐れる必要はありません。前回でも書いたように、警察官を含めた地方公務員には、地方公務員法によって、他人の「職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする」という規定があるわけですから、落ち着いて対応し、余計な不審感を持たれないようにすることが大切です。
交通の検問について、その法的根拠が道路交通法だけではなく、警察官職務執行法もその根拠になると書きましたが(他にも検問の根拠になる法律は複数あります)、1つ付け加えるのなら、検問中の警察官に対して、「職務質問であるなら、答える義務はない」などと主張して、自ら事を荒だてるようでは、トラブルを避けるどころか最低の選択です。最近は書店頭でも見掛けることが少なくなりましたが、一時期、(特に交通取締に従事中の)警察官に、人権と法律を楯に対抗することを奨励するような本が流行したことがありました。これなどは、私の目から見ると穴だらけの対抗法と断言してもよいくらいのもので、事実この本の通りに警察官に逆らったら、青切符で済むはずの違反程度だったのが、余計なことをしたおかげで逮捕事件になってしまったという例もあります。警察官は世間で思われているほどに法律について知っている訳ではありませんが(特に民法・民事訴訟法・商法などは直接の警察業務に関わる事例が少ないこともあって、刑法、道交法、銃刀法などに比較すれば、あまり知らないといえます)、それでも本来の警察官の業務に一部である交通に関して、数百円の新書の数冊も読んだくらいで言いくるめることが出来ると思う方が無謀なことは、誰でも少し考えれば判かるはずのことです。ツボを知らない指圧のようなもので、効き目がないばかりか時に危険ですらあるわけです。トラブルを避けるツボは、必要最小限のことを冷静かつ素直に答えて、早々に検問の場から立ち去るように心掛けることです。
私自身、道路上で何度か検問に止められていますが(ただし混雑している平日の国道で、交通安全運動のティッシュを配るためだけに引き込むのだけは辞めて欲しい…)、すべて、この方法で通過しています。したがって、免許証もすぐに取り出すことが出来るような場所に納めるようにしています。