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■■1998年06月06日■■運の開き方
ちょっと友人から相談を受けたことがあって、その相談自体は答えに困るようなものではなかったんだけど、途中で「運」とか「占い」とか、妙な方向に話が流れたのがすごく気になった。
またそれとは別に今日、仕事先で他の人の会話を聞いていたんだけど、それが「バイクの運転をしていて事故に遭うかどうかは、つまるところ運の問題」という話だったのも、すごく気になった。
考えてみると、漫画の「りゅこ倫」の1回目でも、
「ものごとを成しとげるには、努力の積み重ねと運の両方が必要だけど」
と書いているコマがあるので(3ページ目)、今回は「運」と「努力」の関係について。
例えばバイクの運転で、人通りの多いところをノーブレーキで思い切り飛ばしたら、たいていは誰かを跳ね飛ばしてしまう。だれも跳ね飛ばさなくてすんだとすれば、それこそ「運」がよかっただけ・・・という話になる。つまり「運まかせ」の運転になる。逆に、いくら事故を起こさないように運転していても、誰か一人が真横に突然ダッシュしたり常識を欠いた行動をすると、事故になることがある。居合わせた人間が常識的な行動をとってくれるかどうかも「運」である。しかし、この場合は前者に比べて事故を起こす確率はかなり低くなる。
「努力の積み重ねと運の両方」といっても、前者ではほとんどが「運」で「努力」がないに等しいのに対して、後者では「努力」の比率が大きくて「運」の占める割合はずっと少なくなる。つまり、事故に遭いやすい人間は「運が悪い」のではなく、「運任せ」の度合いが大きい運転をしているということなんだよね。
人生はすべてこの例と同じで、「運まかせ」にしているとロクな事がない。「運」というものは確かにあるけど、「よい運」とか「悪い運」というのは、本来はない。ただ、運には流れというものがある。「運がよい」というのは流れに上手く乗れた時、逆に「運が悪い」というのは流れに逆らったり流れに乗り損ねた状態の事だと思えばいい。
株で考えれば判りやすいよね。ある株式の売買が成立するのは、その株が値上がりすると考える人と、値下がりすると考える人がいるからだね。値上がりすると思う人は買い、値下がりすると思う人は売る。だから株の取引が成立する。それでその株が値上がりしたとすれば、買った人は株の値の動きの流れに乗れた人、売った人は乗り損ねた人。つまり「流れを読む」ことに成功したか失敗したかの違いで、明暗が分かれる。
だから株の値動きと同じで、「運」の流れも読めばいい(笑)。
誤解されると困るけど、これは雑誌に載っている星占いなんかとは意味が違う。「ステキな出会いがあります」なんていうのは、「運」の流れなんかではない。だって、ある人との出会いを「ステキ」なものにするか、だいなしにするかなんて、自分次第でしょう。同じように、詐欺師と出会った時に、用心して遠ざかるか、詐欺に引っ掛かるかも、本人次第だ。そんなのは「運」じゃないし、「運まかせ」にすることでもない(笑)。
そこで一番最初の話に戻るけど、たいていの人は、自分が流れに上手く乗っている時は、自分の運なんか気にしない。雑誌の星占いくらいはヒマつぶしに見るし、いいことが書いてあればうれしいけど、いつまで覚えているものでもないし、まして占い師のところへ出向いて相談しようなんて思わない(笑)。逆にいえば、占いに頼ろうと思っている時は、既に流れに乗りそこなっていたり、あるいは迷いが生じている時なんだ。だから、占いに頼らなくても、「占いに頼ろう」という気持ちが生じた時点で、要注意だと判る。
だから、迷うくらいなら失敗してしまえ(笑)。それで自分の流れが判る。何をやっても裏目に出る時は「我慢の時」、それより少しマシなのは「頑張り時」、流れの乗り始めは欲を張りすぎない「自制時」で油断すると悪い状態になる。逆に、思い切り流れに乗っている時に自制しているとチャンスを逃す(^^;)。こういう時に守りに入るのは間違いで、攻め時だと思うべし!。
私の最近の例で言えば、2月に会社がつぶれて以来、4月の下旬に今の仕事を始めるまで、職探しをしてもちっとも上手くいかなかった。つまり、求める職と流れが合わなかった。そこで就職情報誌を捨て(^^;)、アルバイトの求人誌を買って、職種もそれまでとはまったく別のものを探すことにした。同じ時期に、同じ業界の有名な大手と、古株だけどお世辞にも大きいとも有名とも言えない今の会社とを受けて、ここでも常識は逆に小さな会社の方を選んだ。そうしたら流れに乗ってしまった(笑)。
アルバイトだから正社員のようにボーナスや有給休暇があるわけではないけれど、入ってみたら業界でも珍しいくらい面倒見のよい会社で、しかも、その有名大手と共通の取引先では、今の会社の方が優遇されていて、事業所によっては有名大手が出入りできないところさえある。ときどき、同じ日に有名大手を受けてそちらに入った人と仕事先で顔を合わせることがあるけど、見ていて気の毒でしゃーない(--;)。これで、ようやく「我慢の時」から「頑張り時」に再浮上できた。もちろん、この流れを大切にしてさらに浮上する予定で、ここは引くところではない。
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「常識」や「欲」にとらわれたら、流れを読み違えてしまうところだった・・・。 |
もちろん、「運まかせ」では絶対に上手くいかない。一時的にはそれで上手く行く時もあるけど、流れが変わったらそれまでだ。また、いくら努力しても、流れに逆らった努力は裏目に出たり、そうでなくともかなり効率の悪い努力になってしまう。まして、「迷い」が生じたり、「常識」や「欲」にとらわれたら、流れを見失ってしまう。別に聖人になるために「欲」から離れるのではなくて、矛盾しているようだけど「欲」から離れないと損なのだ(笑)。
これぞ、神名流開運術なり(笑 ^^;)。
