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■■1998年07月01日■■民主主義を疑え
世間は今、選挙戦の真っ最中らしい。「らしい」というのは、私は普段、テレビも見ないし新聞もとっていないので、いつの選挙でも選挙戦が始まるまで気がつかないのだ。先日、何かスピーカーでわめきながら走っている車がいたので右翼かと思ったら、選挙運動だった。それが参議院選挙らしいと判ったのは、この月曜日(6月29日)のことだが、今回の選挙戦がいつから始まったのか、毎度の事ながらよく判らない。
投票には1回しか行ったことがない。選挙権を得て初めての選挙で、投票というものを体験してみようという目的で行った。何の選挙だったか、誰に投票したのかは、まったく記憶にない。以後はすべて棄権で通している。
私の場合、その1回を除いて選挙に行かないのには、はっきりとした理由がある。民主主義者ではないからだ。 さて、世間でも何か選挙があるたびに投票率が低いということが問題になっている。しかし、いくらなんでも私のような非民主主義者が世の半分近くもいるとは思えないから、それには別に理由があるのだろう。
民主主義というのは、簡単に言えば市民(国民)が、自分達の属する社会(国)の運営をどのように行うか、それを話し合って決めようという立場を言う。話し合いで結論が出ない場合には多数決で決める。民主主義といえば多数決だと思っている人がたくさんいるが、それは誤った理解だ。話し合いが基本で、多数決は話し合いで結論が出ない場合に、やむを得ず行うものであるはずだ。
その民主主義には、話し合いに全員が参加する直接民主制と、代表者を選んでその代表者が話し合いをする間接民主制(代表民主制)がある。国政について話し合うのに、一億何千万だかの日本人全員が集まって話し合うことは事実上不可能だから、直接民主制を採ることは出来ない。だから選挙がある。選挙を行うのはもちろん間接民主制である。
間接民主制はつまるところ「数」の問題になる。選挙に当選できるかどうかも、政策を決めるにも、「数」をたくさん集めた方が勝ちということになるから、必然的に「権力ゲーム」になる。当たり前だが、多数意見であることと、その意見が妥当なものであるという事とは本来別問題である。その当たり前のことが、どこかに消えてしまう。だから民主主義とは多数決のことだと思う人がたくさん出てくるのも、まぁ、仕方がないといえば仕方がない(^^;)。
そうなれば、立候補者だって耳触りのよいことしか言わなくなる。その結果、どこの政党も似たようなことしか言わなくなり、大同小異の主張を持つ政党が乱立する。それだけでなく、耳触りのよいことを言うために、民主主義の基本そのものがどこかに消えてしまう。以前どこかの政党のポスターに「市民のための政治」と書いてあったのを見て唖然としたことがある。民主主義とは何か、その民主主義を前提として存在する政党とは何かを考えれば、この馬鹿々々しさが判るはずだ。「市民のため」ではない政党など語義矛盾であって、「市民のための政治」を主張しているのは、要するに何も主張していないのと同じ事だ。たぶんアメリカや西欧なら、笑い者にしかならないことを大真面目にポスターに書いて張り出すことが出来る日本とはどういう国なのだろう・・・。
書き忘れていたが、私が民主主義者ではないというのは、民主主義そのものについての否定ではなくて、民主主義の長所も短所も考えた上で、それがこういう現代の日本という国に合わないと思う、ということである。
幕末から明治にかけて、勝海舟という人がいた。幕末に咸臨丸の艦長としてアメリカに渡り、議会政治をつぶさに見てきた人で、幕臣ながらいつかは日本もこうしなければならないという考えを持っていた人でもある。つまり日本の民主主義者の「はしり」である。その勝でさえ、明治14年の国会の開設について後年、「あれは早すぎたよ」と述回している。それはそうだろう。
江戸時代というのは、藩や日本全体の方針について一般庶民は基本的にタッチしなかった。その江戸時代が終わってたかだか14年、しかもその間に、庶民に民主主義とはどういうものかという知識もろくに行き渡ることもなかったのに、議会政治が上手く行くはずがない。それがある程度判っていたから、普通選挙ではなく選挙権が限られた人にしか与えられなかったのだと思う。この選択は、当時の状況を考える限り正しい。これが普通選挙ではなかったことについて批判する声があるが、それは時代背景理解しない空論だろう。選挙権の有無は具体的には税金の納付金額によって決めたと習ったが、これはおそらく資産が問題なのではなく、選挙権を読書階級に限るためではなかったかと思う。読書階級とは、元の身分でいう武士、名主(庄屋)、町人などである。断っておくがここでいう「町人」というのは、落語に出てくる長屋の八っつぁん、熊さんのことではない。正規には、表通りに面して店を構えるような身分を「町人」という。「町年寄」を互選で選出して町の自治を行うにあたり、選挙権・被選挙権を持っていた人達のことである。
余談だが、歌舞伎役者が「屋号」を持っているのは、江戸時代に「河原乞食」から社会的な処遇がよくなって、表通りに家を構えてるようになった、その名残である。表通りに面した場所に住む以上、建前だけにしろ「商家」ということにしておく必要があったためである。
これが次第に普通選挙に移行するのは、どうやら子供の頃に学校の授業で習ったように民衆が勝ち取ったというよりも、学校教育の成果が上がってきた、その変化に比例して選挙権が広く与えられるようになったのだろうと思う。しかし、勝がいったように、確かに最初の選挙(国会開設)は早過ぎた。第1回目から今日にいたるまで、選挙に不正のなかったためしがないのである。以前に戦前・戦中のいろいろなスローガンを調べていた頃、その中に「嫁と議員は調べてから」というのがあって、思わず吹き出してしまったことがある。この辺の事情は今でも変わっていない。ただし、当時は普通選挙といっても、国政選挙に関しては男性だけに投票権があったようだ(地方選挙には例外がある)。今なら「結婚相手と議員は調べてから」というべきだが、選挙の方は第1回目から1世紀以上も同じ状態であるようだ。
おそらく日本人には、「国家」という概念が頭では判っても実感が伴わないのではないかと思う。同じ「くに」でも、「お国はどちらですか」と聞かれて「日本です」と答える人は、まずいない。このように、「くに」という言葉が出身地・郷里という意味で使われる事は今でも多い。そして多くの日本人が実感できる(リアリティを持つことが出来る)のは、「日本国」ではなく、せいぜいこの出身地・郷里という意味での「国」に限られるのではないかと思う。出身地の異なる日本人同士での「お国自慢」ならば熱心だが、「日本国」の話になるとどこか白々しい感じがするのである。
もっともこれは、明治維新から現代までずっと続いている現象ではない。明治時代にはそれなりに「国家」という意識があったと思う。それが大正末期か昭和初期からいびつに変形した。戦後は、まずそれに懲りた時代である。懲りたのはよいが、それに代わる「国家」を用意するよりも、左翼勢力とマスコミは「国家」そのものを否定する方向に働いた。
上に「市民のための政治」というスローガンの馬鹿々々しさについて書いたが、元々西欧から輸入した概念であるにも関わらず、実は欧米と現代の日本とでは、この「市民」の意味が違っている。欧米で「市民」といえばギリシャのポリス(小都市国家)の昔から現代に至るまで、都市、あるいは国家の運営と防衛に参加する責任ある立場をいう。今の日本の「市民運動」のように、権利ばかりを求めて義務には反対しかしないような、国や自治体などの公の「権力」に反対するのが「市民」だと勘違いしているのは、「市民」とは言えない。せいぜい「私民」がよいところだろう。
こういう「私民」が増えると、民主主義は絶対にまともに機能しない。直接民主制であれ間接民主制であれ、民主制を採る以上、国や自治体などの公の「権力」は自分達(市民)の「権力」である。その認識がない「私民」に民主制が運営できるわけがない。官僚制がどうとか、議員がどうとかいう以前に、民主制の土台である「市民」の中に「私民」が増殖していることが、日本が民主制を取り続ける上で一番の問題なのである。
そこへ来て、議員(あるいはその立候補者)や省庁が、「私民」のご機嫌取りのためにウソをつくから、ますますおかしくなる。例えば原子力発電所がよい例で、さすがに最近はあまり耳にしなくなったが、「原発は絶対安全です」なんてウソをついているうちに、スリーマイル島やチェルノブイリで事故が起きた。原子力船も作れない国の原発が安全なはずがないだろう(笑)。ただ、将来において石油資源の枯渇が予想され(まさかいまだに石油資源は無尽蔵だなんていっている能天気な学者はいないだろう)、それに代わるエネルギーの第一候補が原子力である以上、石油資源が枯渇する前に、原子力の技術を完成させる必要がある。つまり、原子力の技術は現在発展途上であり、その完成が必要かつ急がれるから、一部の「私民団体」の代案なき反対を受け入れることなく、原発が作られているのである。今の政府はこれをどの程度「正直」に発表しているだろうか。
もし今後も日本が民主制を続けて行きたいのならば、官僚も議員も正直になる必要がある。そしてそのためには、国民の一人ひとりが「私民団体」やマスコミのプロパガンダに惑わされない「市民」になる必要がある。ただし、それが可能かどうかは別問題である。実はそれについてはあまり深く考えたことがない。なぜなら私は民主主義者ではないし、出来れば封建制の時代に生まれたかった人間だから、日本の民主制がコケても困らない(笑)。
それでも民主制でゆきたいというのなら、ある程度国を解体してしまえばよい。右翼は反対しているようだが、「国家(くに)」を、人々が実感を持てる程度の「地方(くに)」に分ければよいのだ。つまり地方分権である。外交や防衛など最小限の機能を「国家」に残して、あとは地方分権にしてしまう。江戸時代は地方分権の時代だった。幕府といえども、よほどひどいことがなければ諸藩に対しては内政不干渉が原則だった。日本人の「くに(郷里)」の感覚には、当時の「藩」くらいのサイズがちょうどよかったのではないかと思える。ただし幕府には幕府の直轄領があったが、これからの地方分権はそうはいかない。これは今のように国家から地方自治体に補助金を出すのではなく、逆に各地方が国家予算に必要な金を出すようにすればいい。
もともと近代国家の成立には、戦争が続いたヨーロッパで、その戦争を乗り切るために権力を集中させる必要があったことが大きな要因になっている。帝政が共和制になることが重要なのではなく、分裂状態にあった国を一つの「国家」に統一する必要があったのだ。是非善悪は別にして、富国強兵策が必要だった時代のことである。日本も慌てて明治維新によって統一国家になった。しかし、今はそういう危機的な時期をある程度乗り切って、また元の分裂状態に戻しても比較的に安全な時期に差し掛かっているのではないかと思う。私は民主主義者でないだけでなく、右翼(極右?)のような神州思想や一君万民思想も持っていないし、左翼のように歴史を直線的にみる進歩史観も持っていない。私には右も左も関係なくて、どちらであろうとイデオロギーという点では同じ事だ。私にあるのは状況判断とそこから導かれる戦略だけで、だから(当たり前だが)状況が変化すれば意見が変わることもある(ただし戦略というのは多少の状況の変化は初めから計算に入れて立てるものなので、意見がコロコロ変わるわけではないが)。
民主制や独裁制など政治形態の問題にしても、分裂状態か統一国家かという問題にしても、どちらが正しいというものではなく、それを適当な周期で繰り返しているのが人類の歴史ではないだろうか。日本が明治以降のような統一国家である必要は、現代にはない。民主制が一番だとか、統一国家であるべきだと言うような、「時代の洗脳」から抜け出すことが出来なければ、かえって、日本が統一国家であることも民主主義国家であることも、ともにあやういだろうと思う。
