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■■1998年07月03日■■「ホルモン教」を疑え
「17.『情報』を疑え」で予告した女性ホルモンについてのページを、先日、フェアリークリニックの、YUKI さんにご助力いただいて設置することが出来た。お忙しい中を、私の質問に対して日を置かず、予想外ともいえる早さで回答をくださったこと、YUKI さんには感謝してしすぎるという事がない。
パソコン通信の【EON】の比較的初期に、【スワンの夢】の白鳥美香さんと女性ホルモンについて意見交換したことがあり、その内容は対談形式に編集し直した上で、当時の「ひまわり」にも掲載させていただいた。私はその中でも、女性ホルモンが魔法の薬であるかのような「ホルモン幻想」(という言葉は使わなかったと思うが)について、繰り返し指摘しておいた。
ただ当時も今も、私は医学に関しては素人である。法医学については少々レクチャーを受けた事があるが、これはあいにくと死体を扱うのが主な目的で(^^;)、生きている人間を扱うためには基本的な救急法を含めてサバイバル的な知識しか持ちあわせていない。もちろん、どちらの分野においても「女性ホルモン」についてなど習ったことはない。だから私が「ホルモン幻想」についていくら指摘しても説得力に欠けるきらいがあって、いまひとつスッキリしない感じが残っていた。
YUKI さんのおかげで、今回ようやく数年来の肩の荷を一つおろせたような気がした。YUKI さんに対する私の感謝は、その事も含んでいる。
閉鎖的な、あるいは狂信的な集団にいると、そのメンバーがすべて一人のリーダーのものの見方や考え方に統一されてしまう事が多い。これは小さなグループから国家に至るまで同じで、ある傾向の価値観を持ったり一定の情報に占拠されたりすると、そこでは自由な発言は全く出来なくなってしまう。
私は前章「19.民主主義を疑え」で、かなり毒を混じえて(笑)民主主義批判やイデオロギー批判をしたつもりだが、大東亜戦争(太平洋戦争)に突入した当時の日本の状況もこの傾向によるものだと思っているし、それは現在でも多分に日本人が持ち続けている性格だと思っている。先日のサッカーのワールドカップでも、日本の出場が決まる以前から、例え日本が出場しても勝てないと言い続けてきた。それだけでなくその前の、イランだかイラクだかに負けて出場できなかった時も同じ事を言った。しかし「やってみなければ判らない」という決まり文句ですべて封殺された。
しかし、私はサッカーの具体的な技術は判らなくても、歩くとか走るとか、日常的な動きの質やレベルの違いは判る。日本はその基礎的なレベルで、既に負けているのである。私は武術ばかりやって来たから、そういうものを見る目は出来ているつもりだ。そもそも、スポーツと違って本来が命のやり取りである武術で、「やってみなければ判らない」では命がいくつあっても足りない(笑)。もっとも今では、剣道や柔道などの現代武道もスポーツ化して同じ事を言うようになってしまったが・・・。
今回のワールドカップでも、マスコミは盛り上げるだけ盛り上げておいて、日本が負けたら案の定バッシングが始まった。辞任した岡田監督などは、さしずめ東条英機の役どころだろう。戦う前から「勝てません」ということは許されず、かといって負ければ責任を負わされ、盛り上げたマスコミの責任は問われない。まともに考えれば、初めから損なことが判り切っている役周りである。日本人は、本質的にはあの戦争の頃から何も変わっていない。
これは要するに、「現実認識」と「希望的観測」の区別がつけられず、情報分析が出来ないということだ。だから「希望的観測」や「イデオロギー」に反するような現実を指摘すると「縁起でもない」というような、およそ情報分析とは無関係な理由で睨まれてしまう。状況を分析して、現状のままではこれは実現しないだろうというような事を言うと、それが実現しないのはおまえのせいだと言わんばかりの扱いを受けることは珍しくない。
女性ホルモンについても同様で、「ホルモン幻想」について指摘されると、露骨に嫌な顔をする人が少なからずいる。そして中には、「いやそんな事はない、実際にこういう変化があった」という反論(?)をする人もいるのだが、話を聞いてみると、ある教団に入ったら見えなかった目が見えるようになったとか、車椅子生活をしていたのが歩けるようになったという類の話と大差ない内容ばかりで、うんざりする。キリスト教の一派に「モルモン教」というのがあるが、これはさしずめ「ホルモン教」といったところだろう。
今回設置した女性ホルモンについてのページが少しでも、「ホルモン教徒」の社会復帰(正規の治療への移行)の助けになれば、幸いである。
