りゅこ倫

■■1998年10月01日■■

引き続き「人権」について考える

 前回の「『人権』について考えてみよう」から1ヶ月以上過ぎてしまったけれども、前回未整理だったことも含めて、さらに「人権」について考えてみよう。

 前回は、

 >そうすると「人権」には、生存権・・・もう少し広い意味で言うと生命・
 >身体・財産などを守る安全の保証と、民主主義を運営するためのものとの
 >2種類があることになる。

というところまで考えて終わったわけだけど、この2種類の「人権」(=生存権と民主主義に必要な権利)を別の観点から見ると、前者が自然人ならば誰にもあると考えられている権利であるのに対して、後者は必ずしも誰もが持っている権利ではないという事に気がつく。

 「自然人」というのは、ごく普通の意味での「人間」と考えればいい。では「自然人」ではない「人」というのは何かというと、「法人」というものがある。しかし、例えば会社をつぶしたからといって、つまり「法人」を殺したからといって、殺人罪に問われることはない(別の責任を問われることはあるだろうが)。もちろん「法人」には投票権もない。どう考えても、「人権」は「法人」と直接の関わりはなさそうである。だからここでは「法人」を除外して、あくまでも「自然人」についてだけ考えることにする。


 まずは前者の、「自然人ならば誰にもあると考えられている権利」について考えてみよう。一番判りやすいのは生存権だろう。例えば日本国内で私が人を殺したとして、被害者が日本人であろうと外国人であろうと、私が殺人罪に問われることには変わりない。

 詳しくは後に述べるけれども、例えば日本における参政権は原則として日本人の成人ならば誰でも持っているが、外国人にはない。たまたま投票日に国賓が来日していたからといって、特別に投票権を認めて来日記念に1票・・・ということも有り得ない。しかし生存権にはそういう分け隔てがないのである。これはなぜだろう。

 分け隔てがないという事は、人(自然人)ならば誰でも同じ理由で、「殺してはいけない」事になっているということである。つまり人間に普遍的な「何か」が「人を殺してはいけない」理由だと考えられる。

 前回の考察で私は、「生きる権利」について、私達には「生きる権利」があるのではなく「生きたい」という要求があるのだと書いた。普遍的な「何か」とは、要するにこの要求のことである。だが、これについてもう少し考えてみよう。

 私達はなぜ、ほぼ例外なく「生きたい」もしくは「死にたくない」と思うのだろう。私はこれについて、2人の哲学者の指摘をヒントにしたい。

 ひとつはニーチェの「力への意志」、つまり「自己保存および成長への欲望」である。

 もうひとつは、ハイデガーの「実存」、「人間とはつねに自己の『かくありうる』(=存在可能)」を”了解”しつつ生きているような存在だ」 (竹田青嗣「自分を知るための哲学入門」ちくま学芸文庫 205ページ) というもので、これを西研氏は「在りつつ在ろうとする」 (西研「実存からの冒険」ちくま学芸文庫 131ページ) とシンプルに表現している。

 私自身がこれらの思想を充分に理解していないことを承知の上であえていうと、私には、この「在りつつ在ろうとする」ことと、「自己保存および成長への欲望」とは、結局は同じ事をいっているように思える。

 「生きたい」もしくは「死にたくない」と思う気持ちが、「自己保存」と無関係でないことは誰にも判るだろう。しかし、人間が「かくありうる(=存在可能、在ろうとする)」存在であることは、それ以上に重要だと思う。なぜなら人間は「ありうる」が打ち砕かれて絶望すると(例えば失恋して激しいショックを受けると)、自己保存を拒否して自殺さえする生き物だからだ。つまり人により、場合によっては、「ありうる(在ろうとする)」が「自己保存(在る)」よりも重要視されることだってあるのだ。これは私の知る限りでは他の霊長類にも見られない、人間特有の行動だと思う。

 だけど、もし自殺を考えている人がこれを読んでいたら、それだけはヤメロよ・・・(^^;)。後始末する身にもなってくれといいたい。私は横着な人間だから、何の後始末もめんどうだと思うけれども、その中でもあれが一番いやだ・・・。

 また、絶望とまで行かなくても、毎日が「自己保存」だけだと退屈する。だから人間は自我が一気に崩れ去るような事態に対しては必死に抵抗するけれども、その一方で、適度に自我を編み替えながら生きて行こうともする。自我の編み替えがまったくなくても、つまり自分が「ありうる」のない人間だと、また不安を覚える生き物なのである。

 その意味でいうと、「死」とは自分のありとあらゆる「ありうる」(という存在可能性)の否定である。例えば、私が明日死ぬという事が判ったとする。そうすると、あれもやりたかった、これもやりたかったという、様々な実現できない「かくありうる」を思い浮かべては悔やむことになるかも知れない。あるいはもう少し時間的な余裕があって、1ヶ月後に死ぬという話だったら、仕事も【EON/W】の更新もやめて(笑)、バイクで日本一周の旅に出るかも知れない。死ぬ前に少しでも自分自身の「ありうる」を実現するために・・・(その1ヶ月間を悲嘆に暮れて何もしないで過ごすとしたら、なんともったいないことだろう)。

 ただしそれは末期ガンとか、自分の死が不可抗力の場合の話である。誰かが私を殺しに来るという話だったら、返り討ちでも企むか、かないそうもないと思ったら逃げる(笑)。どこの誰だか知らないが、私の様々な「ありうる」を奪われてたまるか、というわけだ。

 動物保護は別として、人間の生存権というのは、さらに人権というのは、生物としての生命そのものの保護よりも、むしろこの「存在可能」の保護に根差しているのではないだろうか。なぜなら、これは皆が「死ぬ」ことを嫌だと思わなければ成立しないもののはずだからである。そこに、「私」も他人の「存在可能」を奪ったりしないから、皆も私の「存在可能」を奪わないでくれ(相互尊重)というルールが生まれ、維持される根拠があるのではないかと思う。

 そうすると、単に生きる(生命がある)という事だけでなく、他にも「同じ理由で『相互尊重』されるべき」とみなされるものが出てくる。例えば信仰の自由や、思想・信条の自由もその一種で、これもやはり、国籍その他に関係なく、すべての自然人に認められる「人権」だろう。

 信仰や思想・信条というのは、その人の世界観や価値観を形成する根本である。したがって、それはその人の「ありうる」の前提にもなっている。だから、信仰や思想・信条が無条件に否定されたり、まったく別の信仰・信条を押し付けられたりすることは、その人の「ありうる」が根底から覆されることになる

 例えば、ある一つの世界観や価値観に基づいて社会を改革しようとする思想が、その思想の目的が「解放」であるにも関わらず、他の人達(同じ価値観を共有しない人達)にとって「抑圧」になるのも、ここに理由がある。ただしその場合には、他の人達への押し付けが問題なのであって、その人がそういう世界観や価値観を持っていること自体は責められるべきではない。

思想・信条の自由というのはそういうものであって、例えば、その思想・信条に基づいて武装蜂起したような場合には、その「武装蜂起という行為」が取り締まりの対象になるのは当然だろう。思想・信条に基づく武装蜂起とは、その思想・信条の他人への押し付けの最たるものである。それに対する取り締まりは、いわゆる「思想弾圧」には当たらないと思う。むしろ、そうした武装蜂起こそ、他人に対する思想弾圧なのであって、取り締まってもらわないと、こっちの「人権」がなくなる・・・(^^;)。また、そこまで行かないような「押し付け」には論戦で自衛しなければならない場合もある。


 次に、「必ずしも誰もが持っている権利ではないもの」である。例えば上に書いたように、日本の国会議員を選ぶ選挙は、外国人には選挙権(投票権)がない。また日本人の成人といえども、刑務所で服役中というような場合には同様である。ただし後者は「公民権の停止」といって、これはあくまでも「停止」であるから、「本来は公民権がある」という事を前提としている。

 この「公民権」というのは、なんとなく近代以降のもののように思えるけれども、よくよく調べてみるとなんのことはない、古代ギリシャにまでさかのぼることが出来る。つまり小都市国家(ポリス)の「市民」である(小都市国家なら「国民」といいそうなものだが、なぜ「市民」なのだろう? ^^;)。

 ただしこの場合、「ポリスの住人」=「市民」ではない。「市民」とはあくまでもポリスの運営(政治)に関与できる人達であって、やはり外国人にはその権利はなかったし、奴隷にもない。ただし奴隷といっても、南北戦争前のアメリカ南部のような「奴隷」を想像してもらっては困る(^^;)。けっこう身内的な扱いをされていたようで、むしろ江戸時代の武家における若党のような感じを想像した方が近いかも知れない(なおさら判らないか? ^^;)。ちなみにイソップも奴隷身分の人だったと記憶している。

 権利があるという事は、義務や責任があるという事でもある。ポリスの危機には戦争にも行く。だから、近代市民というのも何のことはない。大雑把に言えば、その国に住んでいる人全員を「市民」扱いしたのが近代国家である。言い換えれば、古代ギリシャからさまざまな紆余曲折を経て、国なら国という共同体の構成員のすべてが「市民権」を得たのが「近代」なのである。だから「市民権の獲得」という表現はあっても、「市民権の発明」が近代の特徴だと書かれた本は見たことがない。

 ただし「国民のすべて」といっても、当初は男性だけだった。これはおそらく、スイスが1970年代までそうだったように、「権利(市民権)」と同時に発生する「義務」の中に兵役が含まれていたことも、理由の一つだと思う(スイスでは男性のみ国民皆兵の制度を採り、1970年代まで女性に選挙権を認めていなかった)。逆に言えば、その当時は女性に「市民」としての義務が発生しなかったために、権利も発生しなかったと見ることも出来るが、より正確を期して言うならば、これはどちらが後先というものではなさそうだ。この点でも「市民」の概念そのものは、実は古代ギリシャからたいして変わっていない

ただし、これは欧米における「市民」の概念の話であって、日本のように権利の獲得と、義務の放棄もしくは軽減ばかり要求する集団を「市民団体」と呼ぶのとは意味が異なる。

 その後、女性にも(まだ不完全ながらも)男性と同等の権利が認められる方向に変化することで、本当に「国民のすべて」が「市民」になった、つまり公民権を持ったのが、現在の姿である。全員が等しく公民権を持つという、その「等しく」という事が「平等」の半分を占めている。もう半分は、上の「存在可能」の相互保護である。この2つによって、「法の下の平等」が成り立っている。

L.Jin-na


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