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■■1999年05月16日■■「どう解く」の系譜 −何が問題なのか−
私達は、自分が抱える悩みを本当に自分だけで解決しようと考える事は、ほとんどない。私など、人に相談できない種類の悩みもたくさんあるが(教えてあげない)、それでもその問題を考えるに当たっては、本などで知った知識を使ったりもしているはずだ。考えてみると、個々人が持つ知識の内で、自分の経験の中から発見した知識など、どれくらいあるのか怪しいものである。私など、他人から得た知識でさえどれくらい頭の中に残っているかも怪しい。
それはさておき、何らかの知識を使うという事は、たとえ無意識的にせよ、おそらくはその知識が正しいものだという前提があるはずである。誰でも、自分の悩みについて考えるときに、あきらかに間違っていると判っている知識を使って解決しようとは思わないからである。では、自分が正しいと思っている知識は、本当に正しいのか。
例えば、T's の問題でいうと、「性自認は、3〜4歳までに周りの環境によって成立し、その後は変更不可能」という説(『性の署名』、ジョン・マネー)が有力だったのだが、その例として取り上げられた人物が、今では反証になってしまっている始末である。あるいは他の例で言うと、前立腺肥大などは、女性ホルモンの優勢と男性ホルモンの優勢、どちらに起因するかという点で、学説がひっくり返った事もあったそうだ。
しかし、私達が何について考えるのであれ、それが単なる暇つぶしに終わらないためには、その根拠となる知識が間違っていては困る。つまり、学問(自然科学に限らず)が誤った知識を流布しては困る。これは、少なくとも近代以降、現代に至るまで、変わることのない社会的な要請であろう。
なぜ、近代以降かというと、その前は教会のいう事を信じ、神様を信じていればよかったからである。なぜ人を殺してはいけないのか。神様がそう決めたからである。それを疑うと、異端扱いされ、社会的に抹殺される。だから疑いようがない。疑っても、それを口に出す事が出来ない。現在でも、似たような風習が社会主義国で受け継がれている。彼等のいう「進歩的」という言葉は、もしかしたら「中世」を意味するのかも知れない。
しかし、近代以降というのは、簡単に言えば「なぜ人を殺してはいけないのか」を考える事が出来るようになった時代である。中には「エホバの証人」のように、いまだに進化論を認めない例もあるが、これもマルクス主義と同様、例外に属するといってよいだろう。
「考える事が出来るようになった」というのは、実は「考えざるを得なくなった」という方が正確かもしれない。ヨーロッパ近代というのは、それまでの信仰に代わって「知」を根拠にしている。自然や社会を正しく認識し、それに基づいて理性的に社会を築こうとした。という事は、この考え方には、それが暗黙のものであるにせよ、前提として「正しい認識」が可能であると考えられていた事になる。だから、「正しい認識」はどのようにして可能かという事が、問題になるのである。
そしてこれは、社会にとってだけの問題ではなく、私達が個人的な問題に付いて考える場合にも共通する、最も根本的な問題でもある。
学問の成果は、信じられるものなのか? 学問的知識の正しさは証明可能なのか?
今でも、そういう事をあまり考えない人が多い。もっとも、現代では各学問の内容があまりに高度化、専門的に分化し過ぎて、素人が疑ってみたところで、判らない。それが、私達が通常、学問的な知識を疑わない現実的な理由だろう(私もそうだ。重力加速度ひとつ自分で測ってみた事がない)。しかし、そもそも人間が「正しい知識」を得る事が出来るのかどうか、これは誰でも一度は、何らかの形で考えた事があるのではないかと思う。もし、それが不可能だとしたら、学問の存在意義がない、という事になる。
その昔ヨーロッパでも、フランスのデカルトという人が同じことを考えた。彼は「近代哲学の父」と呼ばれる哲学者であると同時に、数学者(解析幾何学の創始者)、物理学者でもあった。だから、彼の哲学の動機は学問の基礎付けであり、簡単に言えば「数学や物理学は正しいんだ」と言おうとした、と考えればいい。
これは近代初期という時代背景を考えると、単に学問の基礎付けであるだけではなく、それによって科学が宗教やその他の信念とは違うという事を示す必要もあったのだと思う。何らかの仮定(フィクション)を根底に置く宗教と違って、近代の学問は誰でも理性に従って考える限り、それが正しいという事を疑い得ないものだ、といいたかったのではないかと思う。
そのためには、少しでも疑わしい事はすべて疑って、「誰にも疑い得ない事」を見つけ、それを根本的な土台として、そこから一歩々々論証を積み上げる事で可能だと、デカルトは考えた。その「誰にも疑い得ない事」というのが、あの有名な「我思うゆえに我あり」(コギト・エルゴ・スム)になる。
「誰にも疑い得ない事」を見つけるために、まずは逆に一切のものを疑ってみる事。これは「方法的懐疑論」と呼ばれている。私の目にパソコンが見えるとしても、本当に私の前にパソコンがあるのかどうかは、疑おうと思えば疑える。しかし、そうやって疑ったり考えたりしている私の存在、これだけは疑い得ない。これが「我思うゆえに我あり」という言葉の意味である。
しかし考えてみると、この「我あり」は、「私」の正しい認識を保証するものではない。むしろ、「私」にとってリアルに感じられる事であっても、それが正しい認識であるという保証はない、という話になってしまっている。これを簡潔に言うと、「主観」が「客観」に一致する保証は、そこにはない、という事である。これについてデカルトは、「神の存在証明」を強行する事で解決しようとしたが、もちろんそれに納得する人は、現在ではほとんどいないだろう。
そのため、デカルトは、かえって「主観」と「客観」の一致は可能か、という難問を生み出してしまったのである。
デカルトが残した、「主観」と「客観」の一致は可能かという難問(主客問題)に対して、カントは「No といえる哲学者」だった(もっとも彼はドイツ人だから、「No」ではなく「Nein」というべきか)。
つまり、客観(カントの用語では「本質」)は、神のみぞ知るもので、人間はただ世界のありようの、ある一面を認識出来るに過ぎない。「本質」の世界は、人間には認識不可能だと考えた。言い換えれば、「それは解答不能な問いである」ことを証明したのである(これは同時に、それまでの形而上学の否定にもなっている)。
しかしこれだけでは、現代風に言うところのニヒリズムになってしまうではないか…という疑問が、私達の中に起きてくる。それはどうするのか。その点も、カントはチャント考えている。
人間の認識は不完全だから、「本質」の世界を知る事は出来ない。しかし、人間には「不完全」なものを見て「完全」なものを思い描く能力がある。つまり人間にとっての「完全」とは、認識する対象の本質を写し取ったものではなく、対象の一面を見てそこから主観(意識)が思い描いたものだというのである。これは、誰にでも経験のある事で、例えば一部が欠けた円を見れば、誰でも「完全」な円を思い描く事が出来る。これは考え様によっては、プラトンのイデア説に似ているようにも思える。ただし、カントはここから「道徳」を考える。
人間が認識出来る現象(こうなっている=ザイン)は不完全でも、人間はそこから当為(こうあるべき=ゾルレン)を思い描き、それを目指す事は出来る。したがって、「何が善であるか」も、人間は理性によってしっかり考えれば判る。そうしたらそれに即して「善き行為」を行うように自分を律すればよい。そう、カントは考える。
何だかかたくるしくて、嫌だなと思う人もいるかも知れないけれど、しかし、ここで言う「道徳」が、他者からの命令によって行うべきものなのではなく、自分の意志で行うものとして扱われている事には、注目して欲しい。彼が説いているのは、けっして宗教の戒律のような意味での「道徳」ではないのだ。
ここでは、次に述べるヘーゲルほどはっきりと意識されていないかも知れないが、しかし、間違いなく、個人と社会の関わり方という問題が打ち出されていると思う。人間が「自由」にふるまい、かつ社会的な混乱が起きないようにするには、一人ひとりが、自分の理性にのみ従い、自分の意志によって自律的に生きるしかない。たぶん、カントはそこまで考えていたではないか。
ヘーゲルについては、簡単には説明できない。その理由として、大きなものを二つ挙げるとすれば、まずその仕事があまりに大きすぎるということ。そして、私自身がその全体像を把握しきれていないためである(デカルトやカントについても似たようなものだが、ヘーゲルは、おそらくはそれ以上に厄介なのである)。
カントの「人間の精神とはこのようなものである」という固定的な見方に対して、ヘーゲルは人間の精神を次第に成長して行くものとして扱っている。したがって、人間の認識の問題も、その成長に従って変化するものと考える。
簡単に書くと、ヘーゲルの在世当時というのは、隣国でフランス革命が起り、ロベスピエールの恐怖政治(テロリズム)が起こり、次いでナポレオンが登場した時代である。当時、大小様々な領邦に分裂していたドイツにとって、すぐ隣に近代統一国家が誕生した事は、大変な危機感として受け取られた。幕藩体制の日本に黒船が来たのに似ているが、こちらは地続きの隣国である。黒船どころか、アメリカそのものが太平洋を横断して日本に接岸したようなものだろう。
最初のフランス革命は、当時のドイツの知識人を熱狂させ、当時若かったヘーゲルも「活動家」だった。しかし、だからといってフランスに攻められるのは困る。なんだか、西欧列強の侵略から日本を守るために統一国家を作り、開国して政治の制度をまったく新しいものにしようとした、勝海舟や坂本竜馬を連想してしまう。具体的な内容は違うが、「若き熱狂的な活動家」である事をやめて、独自の考えを持ったという点でも、ヘーゲルと竜馬はどこか似ている(と思う)。
ただ、ヘーゲルの場合には、単純に「人権万歳!」では納得できなくなった。なにしろ、その挙げ句にフランスで起こったのが、恐怖政治である。ヘーゲルはそれを、現代の私達が隣国の天安門事件のニュースを聞くようにして、当時リアルタイムで知っていた。それで疑問が起きなければどうかしている。だから、彼の思想もやはり、単なる知的好奇心や、カントへの批判というだけではなく、彼が生きた時代の中での、自分達の「生」に具体的な動機があったと思う。
話を戻すと、カントが単に「善を意志せよ」といったのに対して、ヘーゲルの言い分は、人間はその認識が深まり自分と社会とのつながりが見えてくる事で、善に向かう必要を感じるようになる、ということである。つまり、ヘーゲルは、人間が善に向かう条件を考えた。
その、人間の認識の深まって行く過程を書いたのが『精神現象学』である。その辺の事については、西研氏の『ヘーゲル・大人のなりかた』(NHK ブックス 725)が判りやすくてオススメ。
この認識の深まりというのは、基本的には、「私は私である」という「自己意識」から始まる。だけど、私達にも経験があるように、それは他の人との関係の中でしばしば危ういものになる。そのつど、新しい方法で「私は私である」を立て直すという、成長の「運動」が、ここでいう認識の深まりなのである。「私は私である」は、他者との関係から脅威を受けるから、最初は何らかの形で、個人と他者もしくは社会(共同体)は対立的なものになる。それが、新しい方法を作っては、またそれに対する矛盾が起こり、さらに新しい方法を作り出すという「運動」の果てに、いわば共同体との和解という終着点(絶対知)に行き着く(と、ヘーゲルはいう)。
これについては、上述の西氏が、とても判りやすい説明をしている。
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こういう自己意識の成長が可能になるのは、つぎのような原理に基づいているのだ。<自我とは、他に関わりつつ自分であることである>。人間はたんに頭の中で「俺は俺だ」といい続けている存在ではない。かならず、外と関わらねばならない。外と関わることは、「自分であること」を揺るがす。そこで、その経験をふまえてより包括的で強い自我を作る。だが、それもまた外から脅かされる。そういう運動が最終的にストップするのは、「世界は私であり、私は世界である」という<絶対知>、もう他から脅かされることのない地点ということになる。この絶対知こそ、究極の<和解>でもあるわけだ。
『実存からの冒険』(西研・ちくま学芸文庫 ニ3-1)P226 |
この成長の過程をみると、「あ、こういうヤツって、いるなぁ」とか、「これは自分にも覚えがあるな」というケースがたくさん出てきて、非常に興味深い。この過程は、まさに上に紹介した本のタイトルでもある「大人のなりかた」そのものなのだ。
ただ、私なりに気になる事をいうと、ヘーゲルはこの成長の「運動」を、一人の人間の成長としてだけではなく、「歴史」にも当てはめて考える。この場合、成長(進歩)の果てに行き着く終着点とは、つまり「理想社会」だろう。それを批判的に受け継いだのが、マルクスである。彼はヘーゲルが考えた「内容」を批判しつつ、進歩の「運動」の果てに理想的な社会が実現するという「形式」はそのまま受け継いだ(唯物史観)。
だが、ちょっと待てよ・・・と、私は思う。ヘーゲルのいう成長の「運動」というのは判るし、私なりにリアリティすら感じるのだけれども、しかし、この成長の「運動」が終着点に行き着いて「止まる」ということが有り得るのだろうか?
上の引用の中で、西氏が「自我」という言葉を使っているが、この運動は「自我の安定」を求める働きでもある。ところが、人間の自我には一見して相反する二つの性質がある。一つは自我の安定の欲望であり、もう一つはそれまでの自分の殻を打ち破って変化しようとする欲望である。人間は、急激な変化を苦痛に感じるが、それと同時に退屈もまた苦痛なのだ。
私も、その意味によっては「理想的な社会」というものを考えないではないが、しかし「理想的な社会」とは、ある絶対的に固定された社会像では有り得ない。それを無理に固定しようとすれば、どうしても変化の原因となる人間の欲望を抑圧せざるを得なくなり、それは「理想的な社会」とは言えないものになってしまうだろう。上に書いた、人間の自我の性質からすれば、「固定的な理想社会像」というのは背理なのだと、私は考える。
上に書いたように、ヘーゲルは革命が恐怖政治を生み出した時代に生きて、その事を知っていた。ヘーゲルによれば、この恐怖政治は「自分こそが、正しい世の中の有りようを知り、人民の意志を代表している」という思い込みから生じる。そこには、選挙や議会を通じて何が「普遍意志」(=ルソーのいう「一般意志」)であるのかを取り出す手続きが存在せず、「私(個人)=普遍意志」という「絶対者」が登場する。絶対者として、人民の名において、反対者をあっさり殺して動じない。そこには「人間」を殺すという意識すらなく、まるで大根でも切り捨てるかのような虐殺が行われる。20世紀では、スターリニズムや、ポル・ポト、マルキシズムとはちょっと違うけど「国家社会主義」であるナチズムなど、実例の枚挙にいとまがない。
こう考えると、マルキシズムというのは、「ヘーゲルを批判的に継承した」というよりも、肝心なところを取りこぼしてひどく歪めた形にしてしまい、結果、ヘーゲルが指摘した恐怖政治を体現したもの、と考えるべきだろう。
デカルトを「近代哲学の父」、ヘーゲルを「近代哲学の完成者」と呼ぶとしたら、ニーチェは「現代思想の源泉」といってもよいかも知れない。彼は、「真理」や「客観」などないという意見で上のヘーゲルへの疑問に答えてくれる思想を提示する。では、なぜそういえるのか? ここでは、その考えを簡単に追って行く事にしよう。
ニーチェは、ルター派のプロテスタントの牧師の家に生まれた。しかしどういうわけか、牧師になって欲しいという家族の希望に反して、ギリシャ・ローマの古典を解釈する古典文献学に進み、26歳で大学の正教授にまでなってしまう。バリバリのエリートだったニーチェは、しかし単なる字句の解釈にはあき足らず、古典の精神を現代によみがえらせることを考えた。後述する彼のキリスト教批判も、この事と無縁ではなかったと思う。しかし、学会からは総スカンを喰い、健康も損ね、売れない本を書き続けた。
ニーチェは、このように孤独な後半生を送った人である。有名な『ツァラトゥストラ』には、最初にこんな言葉がある。「万人にあたえる書、何びとにもあたえぬ書」。自分の考えを広めたいが、しかしそれを理解する人はいないのではないか、という彼の孤独感が伝わってくるような気がする。
しかし20世紀になって、「正義」や「真理」の名の下に多くの人々が粛正されるという事件が続くと、彼の真理や道徳に対する批判は注目される事になった。
まず最初に挙げるべき、彼の思想の特徴は、デカルト以降の「主観と客観は一致するか」という問題そのものをくつがえした事だろう。カント流にいえば、まずもの自体(客観)があって、それを人間が正しく認識出来るか出来ないか、というのが、それまでの「主観−客観」問題だった。しかし、ニーチェはここで、客観という項目そのものを取り払ってしまう。
彼に言わせれば、人間はある基準で、世界を切り分けて解釈しているに過ぎず、その切り分けられた「何か」が、あらかじめ客観的に存在しているわけではないという事になる。だから主観の数だけのいろいろな認識が存在するだけで、「完全な認識」などどこにもないし、したがって「客観世界」というものもない。
実はこうした考え方の転回は、近代哲学だけではなく、遠い昔、古代ギリシャの哲学にもあった。
哲学の祖といわれるタレスは「万物は水である」と説いた。ちなみに、考え事をしながら歩いて井戸に落ちたという逸話があるのは、この人ではなかったかと思うが、しかし彼のこの見解とは関係はないと思う(たぶん)。その後、アナクシマンドロスという人は「無限なるもの」が万物の原理だと説き、アナクシメネスは「空気(気息)」こそが原理だと説く。また、ピタゴラスは万物の原理が「数」だと主張した。彼等に共通しているのは、「世界とは何か」を説こうとした事である。基本的には、構造主義やポスト構造主義などの現代思想も、同じ事をやっている。
しかし、その後に「万物に秩序を与えているのは人間の精神である」と言い出す人があり、ソクラテスやプラトンが、それを引き継いで発展させた(らしい ^^;)。つまり、世界はそれ自体として秩序を持つのではなく、心という原理がその秩序を作る(解釈する)のである。ニーチェは、ソクラテスやプラトンに対して批判的だが、しかしこうした見解や、それまでの「世界とは何か」という問いが問題なのではなく、人間を知ることこそ重要だとした点で、両者はよく似ている。
では、私達の心は世界をどのような原理で切り分けて解釈しているのだろうか。
ニーチェはそれを、「力への意志」と呼ぶ。これは判るような判らないような言葉だけれど、私はとりあえず、「快・不快」の「快」や、「ほんとう」、「よい」、「きれい」といったエロスに向かう、人間の性質のことだと思っている。例えば、何種類かの木の実を、食べられるものと食べられないものとに選り分ける。この「食べられる」か「食べられない」かは、もちろん「人間にとって」という条件がつく。その中のある木の実が「おいしそう」だと感じられても、その「おいしそう」は木の実それ自体の性質ではなく、あくまでもその木の実を見た人間からの「評価」なのである。例えば肉食獣であるライオンが同じ木の実を見たとしても、「おいしそう」どころか、その木の実を「食べるもの」として認識しないだろう。
こうして、人間は人間が持つ性質によって、あるいは個々人の性質によって、それぞれ独自の世界認識を持つのであって、客観世界など存在しないという話になる。
だが、ここで注意すべきなのは、ニーチェが「真理」などないというのは、あくまでも客観的、普遍的な「真理」がないといってるのであって、一人ひとりが持つ「快」や、「ほんとう」、「よい」、「きれい」を否定しているわけではない。それは「力への意志」に根拠を持つものとして認めているし、人間は本来、そういうものを目指して生きるものだといっているのである。
しかし、そういった欲望を充分に発揮できる人間はまれである。欲しいものが得られないとか、自分は強くありたいのに現実には弱い、という事がいくらでもある。そういう恨み(ルサンチマン)を消化し、欲しいものが得られるような自分、強い自分を目指して努力するのならよい。しかし人間は時に、「あんなものは要らないんだ」とか「強いことは悪で、弱いものこそ善なのだ」と価値観を顛倒することで、自分を慰めようとする。そうすると、自分の「生」にとって有効・有益なものが悪で、その逆のものが「善」だという、おかしな話になる。
ニーチェは、この観点からキリスト教をも批判する。彼によれば、キリスト教道徳とは、まさしく倒錯的な価値体系の道徳である。生きること自体が罪(原罪)であり、皆のためになることが「善」で個人的欲望は「悪」、強い支配者のローマは「悪」で被支配者のユダヤ人は「善」、「貧しいもの、弱いもの、病めるもの」こそ幸いであるというキリスト教は、まさに「生」の否定の思想であり、顛倒した価値観を持つ「ルサンチマンの思想」であった。
このような「ルサンチマンの思想」の行き着く果ては、「ニヒリズム」である。「ルサンチマンの思想」は、固定的な「最高価値」や「理想世界」を提示する。それを「人生の意味」の根拠にして生きていると、その最高価値や理想世界が疑わしくなった時に、人生の意味そのものが失われてしまう事になる。だから、そうした最高価値や理想世界を信じることと、ニヒリズムとは、いわば同根なのである。マルクス主義もここでいう「ルサンチマンの思想」の典型であり、もう少し後で触れるけど、それに対する批判として出て来たポストモダン思想が、やはりニヒリスティックなものになっている。
ニーチェの考えでは、人間は本来、「生」を楽しみ、自分を肯定して(また肯定できるように)生きるべきだということが根本にあったから、このような「ルサンチマンの思想」がやりきれなかったのだろう。
この「自分を肯定できるような生き方」を、ニーチェは永遠回帰という概念を使って説いた。永遠回帰とは、自分の人生を永遠に繰り返すことだと思えばよい。何だか仏教でいう「輪廻」と似ているが、違っているのは、永遠回帰では、まったく同じ内容の人生を繰り返すということである。自分の人生の中で、自分が後悔するようなことをすれば、その後悔も永遠に繰り返す事になる。そうだとしても、君は顛倒した価値観に従って生きるのか? ニーチェが「永遠回帰」という概念でいいたかったのは、要するにそういう事だったのではないか。
ついでに書いておくと、ニーチェがソクラテスやプラトンを批判した理由の一つは、彼等のイデア説にある。例えば、美少年(!)を愛するよりも、美そのもの(美のイデア)を愛することを上に置いた。しかし、彼等は肉体を愛することを「悪」としていたわけではない。どちらも「よい」ことと認めた上で、ただ「美そのもの」を愛することの方が上だといったに過ぎない。彼等は、キリスト教のように肉欲を否定したことはなく、この点は「ソクラテスの弁明」をしておく必要があるかも知れない。
ところで、繰り返しになるが、ニーチェは単純に「真理などない」といったわけではなく、人間一人ひとりの実感に基づいた「よい」や「ほんとう」があることを、「力への意志」という概念で示している。言い換えれば、「真理」の意味をそれまでとはまったく別のものに変更したといってもよいかも知れない。
しかし、ニーチェの思想を受け継いだポストモダンなどの現代思想を見ると、どうもその辺が誤解されているような気がする。「真理などない」という言葉だけが不当に拡大されて一人歩きをしているように見えてしまうのだ。ついさっき、書店で浅田彰氏の『逃走論』(ちくま文庫)の中の何編かを立ち読み(^^;)してみたが、ひどく違和感を感じた。その違和感を一言でいうと、『般若心経』を読みかじった人が「色即是空」という言葉に固執して、片っ端から「すべては空なんだ」と否定して回っているのを見るのと同じ感覚である。
実は私自身、中学生の頃に同様の経験をしたことがある。確かにそれまで当たり前に「存在」していると思っていたものが「一切皆空」だといわれると、ひどくショックであり、その反面、自分だけが何かとてつもなく大切なことを知って、偉くなったような気がしたものだった。しかし私の経験から言えば、これはいわば片道に過ぎず、これだけでは中途半端なのだ。往路が「色即是空」なら、復路はそのすぐ後に続く「空即是色」である。この意味が判らなければ、ニーチェの思想を受け継ぐどころか、ニーチェのいう「ニヒリズム」にしかならない。
絶対的な「真理」を否定することと、価値そのものを否定することとは別である。自分の外側からの(世間一般の)価値観に自分を当てはめて自分を責めたり、有頂天になるんじゃなくて、君自身の価値観はどこにあるんだ、自分を世間に売るなよ、自分で考えて生きなきゃダメじゃないか、自分の人生だろ、しっかりしろよ。ニーチェはそういっているのだと思う。
だから、自分の「生」からエロスを汲み上げるといっても、現実逃避のために自分のやりたい事だけしている、というのとは全然違う。何となく生きているのではなくて、現実の自分の「生」に自覚的に向き合う姿勢が大切なのだ。逃げろ逃げろの『逃走論』では、どうにもならない。
もう一つ誤解のないように書いておくと、ニーチェは、ルサンチマンを持つことや、ニヒリズムに陥ることそのものを否定しているのではないし、また、それが悪いといっているのではない。それどころか逆に、ルサンチマンを価値観の顛倒によらずにどのように消化する事が出来るか、ニヒリズムをいかに乗り越えて生きるかという点に、彼に思想の重点があるようにさえ、私には思えるのだ。なぜなら、人はそういう場面にまったく遭遇することなく一生を送ることは、不可能だと思うからである。
また、ルサンチマンを消化しきる事が出来なくても、それを価値観の顛倒によってごまかすのではなく、自分がルサンチマンを抱えているということを自覚できれば、それだけでもかなり生き方が変わってくるのではないかと思う。
フッサールは今回の6人中、最も書きたい人物であり、同時に最も書きたくない人物でもあった。前者の理由は、彼の「現象学」の紹介をしたかったからであり、後者の理由は、それを判りやすく書くことが難しいからである。とはいえ、ここでフッサールを飛ばしてしまうと、何のためにここまで書き進んで来たのか判らなくなる。不思議なことに、なぜかどこからか苦情が出そうな気さえする。仕方がないから、とにかく取り組んでみることにしよう。
フッサールは、真理と認識についてとことん考え詰めた人である。この人には、子供の頃に父から贈られたナイフ(欧米ではある程度の年齢に達した男の子に父親がナイフを贈るのは、割とよくある習慣らしい)をあまりに念入りに砥ぎ過ぎて刃体が擦り減ってしまい、悲しい思いをしたという逸話がある。子供の頃から、何でもとことん突き詰める性格だったのかも知れない。
もっとも、真理と認識について考えたのは、ここに挙げたデカルト以降のすべての哲学者も同様である。デカルトのところでも書いたが、近代というのは、社会の根底に「知」が重要な地位を占めている。だから、その「知」に何らかの不具合や不安が感じられると、まずその「知」の根拠を確かめ直す必要があったし、これは現在でも変わっていないと思う。
しかし、デカルト以来の「主観と客観の一致」という問題は、そもそもその一致を誰にも証明することの出来ない問いなのである。誰もが主観を持ち、その主観の中でものを考えていて、そこから外へ出られる人はいないからだ。だから、「主観と客観の一致」という問いを立ててそこから考えはじめることが、既におかしい。そもそも、この問いは「客観」が存在しているという前提の上に成り立っている。しかし、本当に「客観」なるものがあるのか、といえば、これも同様の理由で証明不可能な前提なのだ。
したがって、それぞれの認識の正しさを検証することはできない。しかし認識する人間の意識の構造は検証することができる。対立した者同士が理解し合える道筋は、その意識の構造を検証することによってこそ見えてくる。そこで現象学では、まずは方法論的に「独我論」から始まる。つまり、私なら私の「主観(意識)」である。「客観」が存在するかどうかは証明できないが、自分の意識の存在ならば、デカルトの「我思うゆえに我あり」以来、疑う人はいない。だから、そこから出発する。正確に言えば、出発点になりうるような「疑い得ないもの」が、他にはないというべきかと思う。
だから、フッサールの「現象学」では、ニーチェと同様、「世界とは何か」という問いではなく、世界を認識する人間の意識の方に焦点を当てている。客観的な現実という項目を廃棄して、すべては意識(主観)の中で生じると考えるのだ。
ちょっと待て。それでは目の前にあるコップは、本当はないというのか。そんなバカな。そういう疑問を持つ人がいると思う。私が「現象学」をそれなりに理解したのは、私がもともと似たような考え方をしていたためだし、仏教で「唯識論」などを知っていたからだが、普通はこういう考え方に対して疑問が湧くのが、むしろ当然だと思う。
だが、フッサールは「現実などない」といっているのではない。そうではなくて、これはあくまで考え方の順序の話なのである。私達の目の前に現実にコップがあることは疑えない。普通はそう考える。しかし、ここでは「客観という項目を取り払う」という前提で、「主観」から出発していることを思い出して欲しい。「まずコップがある」と考えないのは、そのためである。それに私達は逆に、疑い得ないものを「現実だと考える」のではないか。
ちょっとバイクに乗って出かけようとしたら、後輪がパンクしてペッタンコ。「そんな馬鹿な!」と思って何度も後輪を見直したり、タイヤに触ってみたりして、それが現実だということを確かめる。そういう確認の作業によって、認めたくないけれども「現実にパンクしている」と認めざるを得なくなる、という事がある(あった)。
この場合、「バイクがパンクしている」という確信が私の意識に生じたわけだ。この時の確信成立の条件とは、知覚である。まず目で見る。それだけでは信じられなくて(というよりもこの場合、信じたくなくて)手で触れてみる。単に視覚だけの問題であれば見間違いや錯覚ということも有り得る。もしかしたら蜃気楼かも知れない。しかし複数の知覚(この場合は視覚と触覚)で確かめると、かなり強い確信が生じる。つまり先に知覚があり、その結果として私は「確かにパンクしている」と判断したのであって、その逆ではない。
これをもう少し現象学風にいうと、つぶれたタイヤが私の目に映り、手で触ってみるとフニャフニャになっていた。私の意識はそれらの知覚を「パンク」という「意味」に向かってまとめあげる。それによって、タイヤがパンクしているという事が「妥当」してきたのである。
もう一つ大切なことは、この場合にパンクが「妥当」してきたのは私の主観においてであるが、しかし私の勝手な恣意的な判断ではないという事である。私にとっては、出来ればパンクしていて欲しくなかったにもかかわらず、私の意に反してパンクであることを認めざるを得なかったのである。
普通は、これだけの条件が揃えば、タイヤがパンクしていることを疑う人はいないだろう。しかし、疑おうと思えばまだ疑える。この場合、パンクが「妥当」して来た根拠は、私の知覚である。しかし、私の視覚と触覚が狂っていたらどうか。
そこで、ためしにバイク屋へ行く。そこでパンクの修理を引き受けてくれれば、パンクしていることはますます疑えなくなる。これは、他の人間も「確かにパンクしている」と認めたからだ。しかし、もし「これ、パンクしていませんよ」といわれたらどうか。それもこちらは一人で、相手は二人もしくはそれ以上の人数が口をそろえて「パンクなんかしてないよ」といったらどうか。私は自分の知覚(視覚と触覚)を疑わざるを得なくなるだろう。
だから「妥当」の条件には、知覚だけでなく、「他人がどういうか」ということも関わってくる。誰でも他人とのコミュニケーションによって、「妥当」の確信を強めたり、変更したりしているのだ。こうして他人とのコミュニケーションを通じて「妥当」を形作る契機を、「間主観性」という。だから、「方法的独我論」なのである。
「現象学」では、最初から最後まで「独我論」で完結させるわけではない。あくまで、独我論から始めるというだけの話であって、けっして単なる一人よがりの解釈の話などではない。これは、デカルトが一切を疑うところから始めるという「方法的懐疑」から始めて、自分の主観(意識)の存在という疑い得ないものを導いたのと似ている。
逆に言うと、理想主義とは、内にこもって現実にさらされていないか、強大な権力を握って現実を押しつぶす(恐怖政治や粛正など)、あるいは現実を不当に軽視する(あいつらは判っていないんだ)などの方法で、間主観性を失った「独我論」だと言えると思う。もっとも、本当に一人だけでその「妥当」を維持することは難しいから、同じ理想主義者や、追従者に囲まれる等の「閉じた関係」を作り上げる。ただし、その中でも意見が食い違ってくればもちろん容赦はしない(この場合も粛正や、いわゆる内ゲバになる)。いずれにしても、これはいわば関係の病いだろう。この方法を採れば、何が現実かについての「妥当」がますます外側とズレてゆき、どうしても社会に対して対抗主義的にならざるを得なくなるのである。
ところでこのような、目の前にあるコップや、オートバイのパンクなら話は簡単である。誰が見ても、「コップの存在」や「タイヤがパンクしていること」を疑わないから、意見の対立は起きない(ふつうは)。これはつまり、人間の意識には共通する構造があるという事を示している。
もっともそれだけならば、「人間は眼鏡(フィルター?)をかけてモノを見ているようなもので、客観を知ることは出来ず、その一面を見る事が出来るだけだ。しかし、同じ眼鏡をかけているので、同じモノに対して同じ像を得る事が出来る」という、カントの説とたいして変わらないし、その前提から「客観」の存在を取り払いって「眼鏡」を「力への意志」に置き換えれば、ニーチェの説と同じ事になる。
ところが、「現在の日本社会をどう見るか」というような話になると、人々の間でたちまち意見が分かれてしまう。これはどういうわけだろうか。
この問題は、「世界とは何か」という客観主義的な問いを立てると、例の、「主観と客観は一致するか」に戻ってしまって上手くない。したがって、ここでは「世界とは何か」という問いが没落し、「世界像とは何か」という問いが登場することになる。
「世界像」には三つのレベルがある。一番目は「具体的経験の世界」で、これは人が自分で直接に知覚できる世界である。つまり実際に見聞できる、あるいは触ってみることのできる範囲であり、上の例の「パンクしたバイク」や「目の前のコップ」等はこの世界に属す。
二番目は「伝聞・情報の世界」で、私はヨーロッパには行ったことがないけれども、本や他の人の話しなどから、その実在を信じている。したがって、ヨーロッパは私にとって、この「伝聞・情報の世界」に属する。むろん、日本に来たことのないドイツ人にとっては、彼の住む町が「具体的経験の世界」であり、日本が「伝聞・情報の世界」である。したがって、この「伝聞・情報の世界」とは、まだ直接に知覚していない世界であって、かつ(例えば私がヨーロッパに行けば)知覚可能な世界なのである。自分が行ったことのない場所の話でも、複数の人の一致する証言(例えば、パリにエッフェル塔があるというような話)があれば、、上の話で、パンクしたバイクをバイク屋に持っていったときと同じように、そういう場所が存在するということが「私」に「妥当」してくるわけだ。
三番目はそうした知覚が不可能な、「フィクションの世界」である。経験不可能で、憶見(ドクサ)や推測だけから成立する世界であり、例えば旧約聖書に出てくる「エデンの園」とか、阿弥陀如来がいるという「極楽浄土」、古代の世界観に描かれる「世界の果て」等がこれにあたる。
既に述べた通り、一番目の「具体的経験の世界」については、人々の意見が分かれることはあまりない。しかし、二番目の「伝聞・情報の世界」の場合にはそうは行かない。これは私の解釈では、同じ伝聞や情報に接しても、それをどのように受け取るかが人によって、その人のそれまでの経験や知識、願望などによってまったく異なるからである。三番目の「フィクションの世界」に至っては、原理的に確かめることが出来ない世界であるから、つきつめて考えればそのフィクションを信じるか信じないか、それだけであろう。
「世界像」に関して意見が分かれた場合、認識の対象である「世界」(客観)を確かめることが不可能なことは、既に書いた。したがってこの場合には、「なぜ自分はこの『世界像』を信じるのか」を、自分の意識に向かって問いかけるより他に方法はない。その方法は、「なぜ『バイクのパンク』が自分に「妥当」したのか」を自分の意識に向かって確かめるのと同じなのだ。この作業を「現象学」では「還元」という。
「還元」を行う上では、一切の素朴な確信、科学その他の学問の知見(学説等)、神話や宗教上の世界像などを、一度頭の中で脇においておく必要がある。例えば聖書の記述を前提の中に含んで、上に挙げた「エデンの園」を疑うことは出来ない。また、対立する説のいずれを取るかというような話の場合も、お互いが、聖書にはこう書いてある、いや、それについては仏典ではこう書いている、というのでは水掛け論にしかならなくなる。だからそれは「保留」(エポケー)しておく。あくまでも自分の意識に向かって問い続けるのだ。そうして、「なぜ自分がそれを信じるのか」が判ったら、意見の異なる者同士でそれぞれの「自分の確信成立の条件」を照らし合わせてみればよい。そうしない限り、お互いが同意を見ることはまず不可能なのである。
これで、ようやくフッサールについての「まとめ」に入る事が出来る。要するに、ここで説明したのは、
ということなのだ。最後の「共通了解を取り出すための条件」とは、今のところの私の理解では、「お互いに『共通了解』得ようとする意志があること」である。当たり前のようだが、これは言い換えれば、お互いが「よい関係」を望んでいるという意味である。相手を力ずくで屈服させようとか、相手との付き合いをなくしてしまおうと考える場合には、「共通了解」を取り出そうとする動機がないといえる、もしくはそれ以上に別の何か(相手の意見に従ったら「負け」だと思うようなプライド)を大切に思っているような場合であろう。
ハイデガーの思想については、既に「実存への冒険」で触れているが、重複をおそれず、再度扱ってみたい。
彼は、大学で前述のフッサールから「現象学」を学んだ、いわば、フッサールの直弟子である。彼が取り組んだのは「存在」の問題だった。なんだか抽象的な話で自分には関係ないや、と思うかも知れない。でも、「目の前にリンゴがある」ということが「妥当」して来た場合、なぜ私はそう確信したのか、「ある」ということの意味が判らずに「リンゴがある」という確信は成立しないはずである。
ところが、「目の前にリンゴがある」という場合と、「宗教には、仏教やキリスト教などがある」という場合とでは、「ある」の意味が違う。前者のリンゴの場合は、ある大きさや形を持って一定の空間に存在しているという意味、後者は、抽象概念としての「宗教」という、いわば数学でいう「集合」の要素として、「仏教」や「キリスト教」が含まれるという意味である。両者は同じ「ある」でも「あり方(存在の仕方)」が違っている。
しかし、現象学の考え方からいえば、両者はいずれも人間(の意識、主観)にとっての「ある」という点では同じで、だから「ある」とはどういうことかを考えるためには、まず、人間の「存在(ある)」ということ、つまり人間の「あり方」を考える必要がある。ハイデガーは、そう考えた。
ハイデガーの考え(もちろん彼は現象学的に考えた)では、人間の「あり方」はとてもユニークで、「ありつつ、あろうとする」というものだ。つまり、「現在…である」ような存在であると同時に、「〜でありたい」という存在でもあるという、二重の存在なのだ。こういう「人間のあり方」のことを、「実存」という。
「〜でありたい」と思うこと、というのは、なにも将来りっぱな社長になろうとか、そういう事だけではない。例えば「ふとコーヒーを飲みたくなった」というのも「コーヒーを飲む自分でありたい」という、「可能性の到来」なのだ。
この「可能性の到来」は、本人にとって恣意的なものではない。むしろ逆である。人は、「コーヒーを飲みたくなろう」と思ってコーヒーを飲みたくなるわけではなく、「コーヒーを飲みたくなる」からコーヒーを飲もうと思う(あるいは、コーヒーを飲みたいけど我慢しようと思う)のだ。またその内容についても、まったく恣意的なものではない。私に「コーヒーを飲む可能性」が到来するのは、私がコーヒーを知っているからである。人は、存在すら知らないものを欲望することは出来ない。例えば私は「しくまひ」を欲しいとは思わない。「しくまひ」とは何か。そんな事は私は知らない。だから、そういうものに対して私は欲望を感じない。したがって、この「可能性」の内容もまったく恣意的なものではなく、「私」がどういう社会に生きているかによって、既にある程度方向づけられることになる。
ここから言えることは、「私」とは私が生きる世界(社会)の中での、私のさまざまな可能性の総体であるという事だ。つまり、「私」という確固とした存在があるのではなく、「私」は常に私が生きるこの社会と関わり続けることによってのみ「私」であり続ける事が出来るのである。
私の考えでは、ここまで書いて来た6人のうち後半の3人、つまりニーチェ、フッサール、ハイデガーの考え方は(ニーチェは仏教もキリスト教と同様、ニヒリズムと見ていたようだが)、仏教思想ととてもよく重なり合うように思える。そこで、その説明を兼ねて、後半の3人の考えについて、もう一度まとめ直してみたい。
まず3人に共通しているのは、「世界とは何か」という問いが重要なのではなく、人間(の意識、精神)こそが重要な問題だと見た事である。これは古代ギリシャ哲学でも同じことがあったと書いたが、この点、釈迦もまったく同じだった。「世界とは何か」という問いは、古今東西を問わず人類に普遍的なものであるらしく、釈迦の弟子にもそういう質問をした人がいた。その答えは、こういうたとえ話(直訳すると長いので簡略化するが)だったと伝えられている。
あなたが毒矢に当たって苦しんでいるときに、あなたの親族が医者に向かってこう言う。「どこの誰が毒矢を放ったのか、背は高いか低いか、色は白いか黒いか、どんな身分か、弓の材質や色は、矢の材質や矢羽の材質は何か、それが判るまで矢を抜いてはならない」。しかし、それが判る前に毒矢を射られた人は死んでしまうだろう。そんな事が判っても、矢を射られた人を苦しみから救うことは出来ない。この時に大事なことは何か。私はその大事なことを説くのだ、と(中阿含経・箭喩経)。
ソクラテスやプラトンが、ニーチェやフッサール、ハイデガーが注目したのは、まさにここでいう「大事なこと」だったのだ。
ニーチェは、人間は「力への意志」によって、世界を切り分けて解釈しているに過ぎず、その切り分けられた「何か」が、あらかじめ客観的に存在しているわけではないといった。
フッサールは、自分の外側に「客観」的な事物が存在するのではなく、すべては自分の意識に現れ出るものだという。
ハイデガーは、「自分」という存在が単独に存在するのではなく、自分とは他者(他物)との関係において、初めて「自分」なのだという。
これらが、仏教の「唯識論」と大部分で重なり合うところがおもしろい。唯識論では、人間の認識を八種(八識)に分類する。その内の6つは、般若心経で言う「眼耳鼻舌身意」、つまり視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のいわゆる「五感」と、意識である。残りの2つは、末那識(マナ識)という「自分」にこだわる心の働きと、命にこだわり維持しようとする働きとも言うべき阿頼耶識(アラヤ識)をいう。
いわゆる「理性」はこの八識で言う「意識」だと考えても、ほぼ差し支えないと思うが、しかしこの「意識」は「五感」からの入力だけでなく、さらに根底にある「末那識」や「阿頼耶識」の強い影響下にある。この「末那識」と「阿頼耶識」の働きを、ニーチェの「力への意志」に置き換えてもよいだろう。
彼の考えでは、「世界」とは無秩序な混沌(カオス)であり、本来「あれ」とか「これ」という区別(秩序)のない「連続体」《空・諸法無我》である。そこから人間が「力への意志」によって、ある秩序を切り出すようにして認識する。つまり、この世の一切のものには「ものそれ自体」が持つ性質というものはない、というのである《諸法無自性》。
しかしながら、ニーチェが主張したのは、新しい「真理」の創造である。それは人間と無関係に存在する「客観的」真理などではなく、どうせフィクションなら、みんなが元気になるような仮想真理(とりあえずそれが真理だとみなすもの)を作ればいいし、また作るべきであるということだろう。彼こそ、「色即是空」を知った上でなお、「空即是色」と、力強く俗世に立ち返った人だと思う。
さらにいえば、「私」にとっての認識の対象は、「私」とは別に存在しているという保証はなく、それはただ私達の認識に現れたから「ある」と思っているに過ぎない《識(認識)の所縁(対象)は、唯だ識の所現ゆえなり・解深密経》。つまり、あらかじめ対象があってそれを認識すると思うのは、それ自体人間の解釈によるものであって、実際には、まず認識するから、それが「ある」と思うのである。これが、フッサールの考え。
しかし、それだけでは、「本当は秩序なんてないんだ、秩序なんて根拠のないものなんだ」という話になってしまう。つまりニヒリズムになってしまうわけだが、こういう疑問も、洋の東西を問わず昔からあったらしい。「もし一切は皆『空』ならば、(中略)空法は因果を壊し、また罪福を壊し、またまたことごとく一切の世俗の法を毀壊す」(中論)。あらゆる価値や秩序は無意味だという話になるから、それはおかしいじゃないか、というわけだ。
それについての回答もちゃんとある(中論)。「ものごとの捉え方」には、上の考え方《第一義諦》と、「もの」は「もの」としてあるというような世間での通常の考え方《世俗諦》の二通りがある。しかし、第一義諦が正しいんだといって、世俗諦を無視するわけにはいかない。第一義諦を説くのは「言葉」であり、その「言葉」は世俗のものである。世俗を無視して第一義諦を説く事は出来まい。それに、「あれ」は「あれ」、「これ」は「これ」と固定したものの見方をするならば、「あれ」を「これ」にする事が出来ない。つまり世の中のすべてが「決定論」になってしまう。それこそおかしい、・・・とまぁ、だいたい、こんな感じの答えが書いてある。
私なりに付け足しておくと、「世の中のすべては仮の姿でしかない」と見ることは、同時に、「仮には存在しているのだ」と見ることでもある。「空」という文字が、「カラ」とか「むなしい」という字でもあるので、「世の中のすべては仮の姿でしかない」という否定的なニュアンスで受け取られることが多い。しかし、それは(それだけでは)「客観世界」の実在をいうのと同じくらい極端な「ものの見方」でしかない。「絶対的にある」と見るのも、「絶対的にない」と見るのも、いずれも極端に偏った「ものの見方」なのだ。
例えば、雨の晩に一夜のキャンプをするとする。そこで夜を明かすのだからといって、土台から丁寧に作業して、しっかりとした家を建てる人はいない。逆に、仮の一夜を過ごすだけだからといって、いい加減なテントの張り方をしたり、テントを張らずに寝る人もいない。いや、もしかしたら後者はいるかも知れないが、だとしたら、それはキャンプに無知な人であろう。仮の一夜を過ごすには、仮の一夜を過ごすための、それに相応しい手だてが必要なのである。必要以上に頑丈な家を建てるのはやり過ぎだし、何もしないのは手の抜き過ぎである。
それと同じように、この世の中にもそのつど状況に応じたルール(世俗の法)は必要であろう。そして、そのルールは固定的なものであってはならず、社会の変化に応じて編みかえられる必要があるわけだ。固定的、絶対的なルールを考えるのも、逆にルールが要らないと考えるのも誤りなのである。
では、そのルールをどう考えるか。ルールとは、人間同士の関係の中で必要になるものだ。だから、まずお互いの「識の所現」を確かめ合う必要がある。
ところで、その人間同士の関係について、どう考えればよいのか。ハイデガーは、「自分」という存在が単独に存在するのではなく、自分とは他者(他物)との関係において、初めて「自分」なのだという。つまり「自分」もまた関係の中で作られるものであって、「自分」それ自体という固定的存在はない(諸法無我)。
「ありつつ、あろうとする」存在である人間には、何であるか、また何であろうとするかという可能性が示される(開示される)ためには、ただその人だけが存在しているだけでは不可能なのだ。コーヒーが存在しない(その存在を知らない)世界では、コーヒーを飲みたいと欲望することは出来ない。逆に言えば、コーヒーを飲みたいと欲望することは、「私」が既に「コーヒー」が何であるかを知っている(解釈した経験がある)ということである。それが、「私」のどこかにしまい込まれていて、そのうちいつか、種が芽を出すようにして、「コーヒーを飲みたい」という欲望が芽生える。唯識論でも、この基本構造は、ほぼ同じである。だから、経験が多ければ多いほど、可能性も多くなる、はずである。
そう考えると、コーヒーがなければ「コーヒーを飲む自分」(という、自分の一部)は存在しない。これを突き詰めると、おそらくはヘーゲルが「精神現象学」で書いた絶対知、「世界は自分であり、自分が世界である」と同じ結論になる。唯識論で言うと、「自分」という存在にこだわる「末那識」が「平等性智」に変わるということだ。簡単に言えば、悟りの境地である。ただし、これはあくまでも個人の話であって、社会や歴史の話ではない。理由は、既にヘーゲルの章で書いた。
私が、「ジェンダー素描」や、この「りゅこ倫」を書くときに、いろいろ考える。その方法は、実は大半が現象学によっている。なぜかというと、以前から何度も触れて来たように、過去の様々な政治思想(イデオロギー)に対して強い違和感を持っていたからである。それらの思想を見ると、何となく「その通りではないか」と思える部分がある(あった)。それにも関わらず違和感が続く、その違和感の原因を考えるのに、現象学の考え方は非常に有効なのだ。
何しろ、この考え方を使うと難しい知識がいらない(笑)。そういう知識(学説)はエポケーして考えるわけだから、あってもなくても関係ないといえる。代わりにそこでの基礎になるのは、私自身が生きている上での直接の見聞と、生活上の実感である。そうやって考えると、マルクス主義やポストモダン思想、あるいはフェミニズムに対して、「何故私が違和感を持つのか」が判ってくる。だから、それらの思想に対して「理論上、ここがおかしい」という話よりも、「実際にはそんな事になっていないじゃないか」という異議申立てになることが多い。
ただし、それはあくまでも「私(神名)の見聞や実感」が根拠であるから、私が書いていることは基本的には、私の独我論である(実際には何人かの人に話してみて同意を得られ、確信を強めたものが多いのだが)。それを公表することで、自分の考えがどれくらいの人達の間での「共通了解」になりうるかを「試す」。たまに「なるほど」と思えるような質問や反論があると、そこを考えて自分の考えを「鍛える」。だから、最初の頃と比べて、少しはマシなものになっていると思う。ただ、自分でもまだ満足できないから、これから先も考える事は、まだまだあるはずである。
それから、こうして哲学の概要を見て行くと、おおよそ人間の考え方にはいくつかのパターンがある事が判る。細かい部分や難しい言葉にとらわれずに、「要するに何が言いたいんだ」という事だけに注目すると、それが判る瞬間が来る。そうすると、ポストモダン思想などは、「般若心経」を中途半端に読みかじって、「空」だ「空」だと触れ回っているようなものだという事が判ってくる。そこまで行けば、もはやどんな見慣れない言葉も、緻密な論理も、こけおどしの鬼瓦のようなものしかない。これはもしかしたら、私のような無学の乱暴者だけの話なのかも知れないが、しかし他の人達にも、まったく無益な方法ではないと思う。
剣術やその他の武術にも、人目を驚かすような「見た目」の割に、実力は対した事がないという人が、思っていたよりも多い。本当に恐いのは、シンプルで無駄な動きがない人なのだ。哲学や思想も、その真価は、シンプルな形で要点を取り出してみて、枝葉を切り払われても、なお耐えられるかどうかだと思う。第一、そうでなければ、私にとっても理解不能である。今回の、デカルトないしハイデガーの6人は、単に「ビッグネーム」だというだけではなく、(その内の何人かには異論のある部分はあるが、それでも)その点で優れた哲学者だと思う。
彼等が、なぜ、どういう事を考えたのかについて、一人ひとりの紹介では「なぜ」に重点を置き、内容については最後に唯識論と重ねあわせる形で補った(実は、この部分は当初の予定外だった)。もちろん、ここに書いただけが彼等の思想ではないが、そのすべてを簡単にまとめるのは、今の私には不可能である(今後も不可能かもしれないが)。
全体を通して見て欲しいのは、誰もが「それまでの考え方」に疑問を持って、新しい独自の視点を考え出して来たという事である。誰一人として、単にたくさん勉強して、知識がたくさんあるだけの人ではない。私の場合は知識は乏しいが、「自分で考える」事にかけては、少々身に覚えがある。これだけの文字数を費やして言いたかったことは、要するに「自分で考えること」の大切さと、その方法のヒントである。ただし、それが上手く伝わるかどうかは判らない。正確に言うと、自信がない。いくぶんかでも、またほんのわずかな人にでも、それが伝われば幸いだと思う。
今回は、たくさんの本を参考にさせて頂いた。特に、
などの、竹田青嗣、西研の両氏の著作に負うところが大きい。他に、
を参照した。
