りゅこ倫

■■1999年06月03日■■

「公」の根拠としての「私」

 ひさしぶりに、SAPIO(小学館)を買って、「新・ゴーマニズム宣言」(小林よしのり作・第96章)を読んでみた。先週発売の、SAPIO6月9日号(小学館)である。

 以前から、日本における「公」の概念は何かおかしいのではないかと思っていたが、今回この「新ゴー宣」を読んで、それがなんとなくまとまりかけて来たような気がする。

 私の考えでは、江戸時代から戦中・戦後にかけての日本の「公」とは、つまり「お上」だったと思う。それが戦後になって否定され、マルクス主義的な一種の全体主義的「公」に置き換わり、マルクス主義の世界規模での失敗の後、さらにそれをも否定する考えへと変転して現在に至っている。

 もっとも、江戸時代の「お上」と、昭和初期から戦中・戦後までの「お上」とでは性質がまったく異なる。江戸時代には一般民衆は政治に関われないから「お上」のすることに口を挟めない。ただ、挟む気もなかったらしい。あるオランダ人が、当時世界的に見て「非武装国家」に等しかった日本の軍備のお粗末さを見て、長崎の町人に「ここにヨーロッパの軍艦が攻めて来たらどうするつもりか」と質問したら、「それはお上が考えることで、わしら町人の知らぬことだ」という答えが返って来たそうである。

 昭和初期から戦中・戦後までの「お上」なら、それでは許してくれなかっただろう。もっとも、その点だけを挙げるならば、これは当時の日本が異常だったわけではなく、近代国家の常識である。ただ、そのやり方はあまりにまずかったと思う。

 もっとも私は、小林よしのり氏のいう「サヨク」のように、何も考えずに戦争批判する気はない(たぶん、カラオケの私のレパートリーで最も多いのは軍歌である ^^;)。数年前までは(もしかしたら、今でもかも知れないが)、あの戦争について幾ばくかの知識を持っていると右翼か軍事オタクと思われ、「平和主義者」から白い目で見られたものである。ならば、「平和主義者」は知らないものを批判しているのか。対象を知らずに批判するのが「平和的」な事で、対象を知って批判すると右翼扱いされるというのは、どう考えてもおかしい。この一点だけでも、私は左翼(とサヨク)を信じない。

 戦争を「戦争だから」というだけの理由で否定する気は、私にはまったくない。戦争とは外交の一手段であり、その点では「話し合い」と同じである。ただ、外交手段としての選択優先順位の一番低いのも戦争であって、いわば戦争とは「最後の手段としての外交手段」なのだ。それだからこそ、最後の手段を使わずに済ませるために、「話し合い」で解決するための努力を惜しんではならないのである。人道主義を脇においてソロバン勘定だけで考えたとしても、(他の国が儲けることは多分に有り得るが ^^;)当事国にとっては戦争ほどコストパフォーマンスの悪い外交手段はないからである。

 しかしだからと言って、小林よしのり氏の「戦争論」(幻冬舎)ほどにあの戦争を肯定できるかといったら、それは私には無理である。少なくとも私は階級社会を経験し、その中で危険な目にも遭ってきている。上司に恵まれない時に、そういう状況の中に置かれることが、いかに「馬鹿々々しい危険(無用な危険)」を伴うものかを肌で知っている。戦争である以上、何らかの危険が伴うことはやむをえない。しかし、無用な危険を強いるのは、明らかに戦略的思考の欠如である。あの戦争には、そういう場面があちこちに見られて、知れば知るほど憂鬱になる。知って批判することから、反省なり教訓が生まれるはずである。私はあの戦争に対して、知らずに批判することも、知って肯定することも是としない。

 それから私は、あの時代の言葉でいう「滅私奉公」が嫌だ。これは「公」の具体的な中身が違うだけで、実はマルクス主義も同じ事である。マルクス主義では「滅私」が出来ないと「総括」されたりする。つまり粛正である。かつぐ御輿の形が違うだけで、私は昭和初期の日本の軍部もマルクス主義も、その点では本質は同じだと思っている。

 この二つに懲りた人々が、現在、「公」を考える事それ自体にウンザリしているのではないかという気がする。実は私もそういう時期があったから、その気分はよく判る。だが、考えてみると、私は「公」そのものが嫌いなのではなくて、「滅私奉公」を強いるような、あるいは欲望と競争を抑圧するような「公」の在り方が嫌いなのである。けっして、「公」イコール「お上」とか、「公」イコール「プロレタリア独裁」と固定して考える必要はないのである。

 では、どう考えればよいのか。つまり「個人」と「社会」をどのようにつなげて考えればよいのか。これは、私が昨年から西洋哲学に取り組んだ際の、根本的なモチーフの一つでもあったはずだ、という事を思い出した。この一年余りの間に、何か収穫はあっただろうか。

 少なくとも「戦争論」前後からこっち、小林よしのり氏は、どうもこの「公」とそれに対する概念としての「私」とを、(いくらかの重なりを認めつつ、しかし)基本的には別モノと考えている節がある。しかし、私の考えでは、今回の「新・ゴー宣」で小林氏が批判している、加藤典洋氏の「『私』から『公』を導くべきだ」という考え方が、最も妥当なものだと思う(ところで、このテンヨー氏の意見の出典は何なのだ? ^^;)。

 もっとも私は、この「新・ゴー宣」79ページの、

 人は実存しているだけの「私」に留まれない/他者と共有できる普遍的な価値を求めざるを得ない/ (中略) /ヨーロッパでは「市民」というと/「「公民」の自覚があり/神や国家や伝統が入り込んだ/「個人」主義がある/しかし日本では単なる/私利・私欲の入り込んだ/「私民」主義しか出来なかった/

という意見には賛成である。しかしそれに続く、

「公」のためにという精神こそが真の「個人主義」なのである

という部分には、ちょと保留を付けておきたい。というのは、「『公』のため」を意志することの動機を、小林氏がどれだけ考えているのかが、読み取りきれないのだ。

 普通に考えれば、その動機とは上に引用した、「人は実存しているだけの「私」に留まれない/他者と共有できる普遍的な価値を求めざるを得ない」というところに求められるかと思う。では、「他者と共有できる普遍的な価値」を求めるのは、公的な動機か、私的な動機か。

 私の考えでは、人が「他者と共有できる普遍的な価値」を求めるのは、「公」のためではなく、自分という個人の欲求である。「公」に向かう欲求ではあるが、しかしその欲求それ自体は(その動機は)個人的なものではないだろうか。そう考えると、これは実は、小林氏が批判している、加藤典洋氏の「『私』から『公』を導くべきだ」という考え方になるのだ。

 私は、この加藤氏の主張の原典を知らないが、しかしこれはおそらく、人々が「公」を尊重することの根拠は、「私」の中に求めるしかないという意味だと思う。それを認めずに、もし「公」と「私」をまったく別モノとして扱うならば、「公」の根拠を何に求めるのかという問題が残る。「公」は「公」として、何ものにも依らずそれ自体で大事なのだ(つまり、根拠はないけど大事だ)というとしたら、これは、前近代的な(例えば中世ヨーロッパのキリスト教社会のような)社会の前提である。「公」は「公」だから大事なのだ、では誰も納得しないだろう(少なくとも現代では)。第一、そんなもので済むのであれば、小林氏だって「戦争論」を描くのにあれほどの心血を注ぐ必要はなかったはずである。

 小林氏も、さすがにそういうムチャは言わないが、しかしその代わりに、その根拠を読者の実感に求めている個所はこれまでの「新・ゴー宣」の中にも多々ある。私の印象では、「新・ゴー宣」での小林氏の主張をベースに、「『私』から『公』を導く」事も可能なのではないかと思えるのだ。言い換えると、小林氏が「公」の大切さの根拠を読者の実感に求めるとき、その読者の実感を掘り下げることで、「公」と「私」をつなぐ回路の存在が見えてくるのではないかと思うのでる。

 逆に言えば、現在ではそうした作業を経ることなしには、「公」と「私」のつながりが見えにくいことは確かである(前述の通り、私も判らなかった)。しかし、「公」と「私」との間の距離が、最初から現在のように離れていたわけではなかろう。今回の「新・ゴー宣」の最後のページ(82ページ)で社会のルールに触れて、

それは成文化された/法律だけではなく/共通の言語や習慣/歴史的に形成された/秩序が見えないルール/として存在している

とあるが、ここでいう「歴史的に形成された」過程を考えることは、「公」と「私」との間の距離について考えることでもあると思う。現在の「公」の根拠は、そもそもどのような「私」から発生したのか。それがなぜ、どのようにして現在のように距離が離れ、その根拠が判りにくくなってしまったのか。それが「歴史的に形成された」過程について考える場合の「中身」であろう。


 ここから、ようやく本題に入る事が出来る(戦争が本題なのではない ^^;)。

 以上に挙げて来た、江戸時代の「お上」から、小林よしのり氏の「新・ゴー宣」に至るまでに共通する特徴は、「公」と「私」を「対立するもの」もしくは「無関係なもの」と見ている事であろう。しかしここでは、加藤典洋氏の「『私』から『公』を導くべきだ」という考えに沿って、「公」と「私」について捉え返してみたいと思う。

 この点では、これは私もつい最近になって知ったのだが、ホッブズ(Thomas Hobbes 1588〜1679・英)の考え方が面白い。この人は、まず一度、社会の決まり(ルールや法律、倫理、道徳など)を白紙に戻して、上の言い方でいう「私」の価値観から考え始める。社会的、公的な「善/悪」ではなく、個人的な好みとしての「よい/わるい」からスタートして考え始めるのである。

 それを踏まえて、今回は私なりに「私」→「公」の道筋を書いてみよう。

 単純に考えれば、皆の「よい/わるい」の価値観が一致するような場合には、それはそのまま「公」的な「善/悪」として扱っても差し支えないはずである。しかし、個々人の価値観や欲望をすべて認めてしまうことは不可能で、そこには必ず利害の対立や争いが起きる。それを調整するためにルールを作ることで、平和が保たれる。というより、平和を保つためにルールが作られる。

 このルールというのは、個人の「よい」の追求を制限ないし禁止するものだから、その意味では個人の「よい」に反するものである。しかし、この制限ないし禁止もまた人間の欲望、つまり「よい」に対する欲求から生じるものである。人間には、他者と「よい」関係を結びたいという欲求がある。そして上の禁止ないし制限は、直接に人の生命・身体・財産を保護する目的を持つ場合もあるが、それだけではなく、「よい」関係の構築のためにも必要不可欠なのである。

 小林氏の、「他者と共有できる普遍的な価値を求めざるを得ない」という指摘は人間の有り様について的を射たものである。ではなぜ人は「他者と共有できる普遍的な価値を求めざるを得ない」のか。これまで何度か書いて来ているように、人間の「確信」の成立には、いくつか必要な条件がある。詳しくは前章フッサールの項を参照していただくとして、ここでは大雑把に言うと、まず、知覚による確かめにより、それが本人の主観において「妥当」と認められることである。そして、もう一つはその「妥当」が他者から承認されること。つまり、他人とのコミュニケーションを通じて「妥当」を形作り、強化する事である。

 人がいくら「自分は立派だ」と思っていても、他者からの承認が得られず、逆に「お前はそんなたいした人間ではない」と相対化されてしまえば、それでもなお「自分は立派だ」と確信し続けることは難しい。そういう意味で、他者の存在とは自分にとっての脅威である。しかし、「なるほど、お前はたいしたやつだ」と自分を承認してくれるのも、また他者であり、またそういう事が可能なのは他者でしか有り得ないのだ。

 したがって、他者と「よい」関係を作る事の根元には、必ず自己像を満足させるための目的がある。しかし、それを直ちに、打算的で醜いことと短絡してはならない。人は、「自分とは何であるか」という自己像なしに生きることは出来ないし、その自己像を承認する他者の存在なしには、この自己像は確立できない。であれば、この事は人間にとって必要不可欠な事なのである。それが、打算的で醜いものと判断されるかどうかは、その具体的な手段が妥当なものとみなされるか、それとも不正な行為とみなされるかにかかっている。

 たとえば、「差別」もまた、「カテゴリーの差異を利用して、他人の価値をおとしめることで相対的に自分を高めようとする行為」であるという点では、自己像の確立強化のための手段である。しかし、こういう手段に対しては、誰でも不当で醜いと感じる。これはその手段に問題があるのであって、自己像の確立強化そのものが不当で醜いものであるわけではない。例えば友人関係というのは、「お互いの自己像を承認しあう関係」であるが、それが醜いとか不当だとは、普通は思われない。

 世の中には、そういった「よい」関係を作る事に不器用な人もいる。例えば、暴力その他の手段によって他人を従わせ、自己像を承認させようとする人がいる。いわば一種の「支配者」であるが、しかしこの「支配者」は、彼の被支配者から「支配者」と承認される事によってのみ、「支配者」という自己像を維持させる事が出来るのである。つまり、彼は自分の被支配者に依存する立場であり、その離反を常に恐れなくてはならない。不当な手段による支配は常にその反動を恐れなくてはならず、不当な支配を維持するためには不当な手段で支配の維持に努め続けなくてはならない。したがって、その自己像が安定することは有り得ないのである。

 一方、他者と「よい」関係を結び、相互に承認しあう関係を作り上げた人間は、それに比べればずっと安心できる立場にある。この場合も「よい」関係の維持に努めることは必要なのだが、しかしそれは、不当な手段による支配の維持よりも比較的に容易である。上に、戦争ほどコストパフォーマンスの悪い外交手段はないと書いたが、それは個人間の関係においてもまったく同じ事なのだ。つまり、「よい」関係を作り維持するために、自分の「よい」の追求を制限ないし禁止することは、自分にとってそれを上回る「よい」を得るための有効な手段なのである。

 例え自分が死んでも、家族を守るとか、国のために死ぬとか、そういう人もいるが、それは本来的にはその人が家族なり国なりに、自分のアイデンティティの根拠を置いている場合に、本人にとってそうする動機が存在するといえる。逆に言えば、そういうアイデンティティの持ち方をしていない人に対して、家族や国から死を強要することは不当である。自己犠牲を「強要」しなければならない、つまり彼の自発的行為としてそれが得られないという事は、彼とその共同体との関係が、彼にとって、彼が自分のアイデンティティの根拠を置くほどには「よい」関係だと思われていないことを意味するからだ。

 ある時期、私の下に、私よりも年上の後輩ばかりが集まったことがあった。「年上の後輩」というのは、彼等が大学を出ていたり他の職業を経験したのちに、当時の私と同じ職場に就職したからである。彼等が私の指揮下に集まった理由は簡単である。その職場には、私と同期で同じ歳のAという人間がいた。Aには性格に問題があって、後輩とはいえ年上の彼等にはAの態度が我慢できなかったらしい。それが、彼等が私の指揮下に集まった理由である。そのため、私の部隊とAの部隊とでは平均年齢が6〜7歳ほども違ってしまった。しかしこれは、特に私が優れていたからではなく、あくまでもAと比べての相対的な評価の結果である。彼等は、Aと「よい」関係を結べる可能性を感じなかったから、Aよりはマシな(と思われた)私の下に集まったのだ。

 もっとも私はそれを承知で、この「大卒部隊」の特徴を利用させてもらった。一言でいえば、彼等への健康面や実務上での気遣いである。まさか私のために死んでもいいと思う者は一人いもいなかったと思うが、しかし彼等は仕事において非常によく頑張ってくれた。私との関係が悪くなると、Aの指揮下に入れられる可能性があったからだろう。もし逆に、私がそのことに甘え、彼等に対して敖慢な態度を取るようになったとしたら、どうだろうか。それが彼等の眼から見てAよりもひどくなったと感じられるようになれば、彼等は私の指揮下から去って、Aの指揮下に集まったと思う。彼等は一致団結して非常によく頑張ってくれたし、それだけを見れば、これは一見すると「公」につくす行為(部隊のため)なのだが、しかしその動機はきわめて「私」的なものである。現実には、「部隊のため」などという抽象概念のために頑張ったわけではなかろう。

 しかし、その時の彼等と私との間の信頼関係がウソのものであったとは、私は思わない。それはお互いに、自分にとって切実に必要だった「よい」関係だからである。そうした「私」的な動機を抜きにして、なお、「自分の利害を考えることなく部隊のためにつくすのが正しい在り方だ」と考える者がいたら、私はその方が無気味に思う。もっとも、そのような場合であっても実際には、「自分の利害を考えることなく部隊のためにつくす自分」という自己像に対して、文字通り「自己陶酔」しているのが普通である。自己像の確立という意味では私的な動機である事には変わりがなく、それならばこちらもいっそ安心する。それは私にとって、理解可能な存在だからである。


 なお、いうまでもないことだが、

こういった人間を、私は信用しない。それは、「よい」関係を作り維持する考えを持たない人間であり、そういう者を相手に「よい」関係を築くことは不可能だと思うからである。「よい」関係を築くためには、まずお互いが「よい」関係を築きたいと望んでいることが必要なのである。

 こういった純粋に唯我独尊的な性格は、将棋で相手の駒を取ることにばかり夢中になるヘボ将棋に似ている。将棋の世界には「駒得よりも手得」という言葉があるそうで、相手の駒を取ることにばかり夢中になっていると「手」がガタガタになる。盤面全体を見たときに、攻めるにも守るにも、まったく「なっていない」駒の配置になってしまうのだ(実際の戦闘でも、例えば部隊が各個に先陣争いをすればこうなる。各個に撃破されて負けるのがオチであり、ゆえに部隊間の「よい」関係、つまり連携の取れた部隊運用が不可欠である)。

 このように先を思い描く能力に欠け、それゆえ未来を射程の内に収めることの出来ないタイプの場合には、「私」から「公」を導くことは、不可能といってもよいくらい困難である。この限りに置いてなら、小林よしのり氏の主張は正しいといえるだろう。

L.Jin-na


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