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■■2000年01月03日■■国家とアイデンティティ
お正月ともなると、やはり街中で「日の丸」を見かける機会が多くなる。昨年、「君が代」と共に法制化された国旗である。しかし「君が代」はともかくとして、なぜ平成の今になって、改めて「日の丸」法制化なのかが、今一つよく判らない。なぜなら、実は「日の丸」はとっくの昔に法制化されていたはずだからである。
国際社会に参加して以降に、「日の丸」が国旗として用いられた歴史は、幕末の開国直後にまで溯る。船は、船尾に国旗を掲げて国籍を示す必要があり(軍艦は軍艦旗を掲げる)、開国以降は、日本の船にもその必要が生じた。その意匠をどうするかについて特に検討された形跡もなく、ごく自然に用いているところを見ると、おそらくそれ以前から漠然とでも、「日の丸」が「日本」を表わすデザインだと考えられていたのかも知れない。
ただし、その直後に日本が二つに割れた。つまり明治維新の際の戊辰戦争である。この時、「日の丸」は幕軍で用いられた。戊辰戦争の終了後、改めて明治政府によって「日の丸」が日本の国旗として定められたのは明治三年。太政官令だか太政官布告によってである(当時はまだ国会もなく、近代法としての法律という概念もなかった)。以後、これが廃されたという話を、私は知らない。現に「爆発物取締罰則」という太政官布告が現在でも適用されているのだから、太政官布告が無効だということもなかろうと思うのだが。
君が代については、これとは事情が異なっている。明治になって、何か外国使節を迎えるに当たり、その式典をどうするかについて話し合っていた中で、「日本の国歌は何か?」という質問が「お雇い外人」から出た。そういった式典において、両国の国歌を演奏する習わしがあるためである。しかし、こういう質問には、とっさには答えられない。なぜなら、そもそも日本には何かのシンボルとして「旗」を用いることはあっても、国歌はもちろん、幕府の歌や藩歌、店歌といったものは存在しなかったからである。そういう概念自体が存在しなかった。
その時の日本人側のスタッフが誰であったかという事には諸説があるが、旧薩摩藩士と旧幕臣であったのは間違いないようである。それで「こんな歌はどうだ」「それならこちらにもあった。それでいこう」という話になったのが「君が代」である。
この歌は、幕府や各藩の「奥」(大奥など、将軍や藩主のプライベートエリア)で、正月に歌われるもので、ほぼどこの藩でも同じ歌を使っていたらしい。つまり「君が代」の「君」とは「君主」ではなく、夫婦あるいは恋人といった関係で使われる呼称で(背の君というような)、要するに「アナタ、いつまでも元気でいてネ」という歌である。こう書くとミもフタもないが、現在世上でいわれているような解釈とは違って、本来は平和的な歌であること、この上ない。
ただ「日本の国歌は何か?」と問われて、どうしてこの歌が思い浮かんだのか、上記の旧薩摩藩士と旧幕臣の精神構造が、私にはよく判らない。もしかしたら、幕府や藩として行う行事の中で、この他には定まった歌を歌うという習慣がなかったのではないかと思う。それでこういう歌を「奥」から引っ張り出して来たのではないか。こちらは以後、「日の丸」とは違って、慣習的に国歌として使われて来ただけで、昨年に至るまで何の定めもなかった。
実は、国旗や国歌はここでの本題ではない。個人のアイデンティティの問題である。左傾化した、いわゆる「自虐史観」の教科書、それに対しての、小林よしのり氏の『戦争論』や「新しい教科書を作る会」等について見ている内に、「国家というのは個人のアイデンティティとどのようなつながりがあるのか」ということが気になった。あるいは、ここでいう「国家」は「民族」と置き換えられる場合もあるだろう。
その前にちょっと触れておくと、私はいわゆる「自虐史観」にはまったく反対である。現代の私達に必要なのは、あのような「軍=悪、戦争=悪」という単純な公式ではない。こうした結論を押し付け、その結論を補強するような事実をあとから持ってくるというのは、考え方の順序としては逆だし、これは「歴史を見る」とか「歴史に学ぶ」ということとはまったく別次元の「政治運動」でしかない。しかし、戦争を起こさないためには、戦争について知ることが不可欠であり、知らないものを防ぐことは不可能であろう。しかし、これまではなぜか、「大東亜戦争」について興味を持って調べようとしただけで右翼扱いされかねない雰囲気があった。そこに一石を投じたという点は、『戦争論』や「作る会」の功績だと思う。その点を認めた上で、しかし私は以下のように考える。
まず私自身の感覚からいうと、私は普段は「私は日本人だ」ということを意識していない。なぜかというと、それを必要とするような場面の中に身を置いていないからではないか。一度だけハワイに行った経験がある以外は海外に出た事がないし、日本にいる限りでは、自分の周囲もほとんどが日本人だから、自分が日本人であるということは、私の固有性を示す力を持たない概念である。自分が人間であるとか、自分が地球人であるということを、いちいち意識しないのと同じ事であろう。
しかし時々は、自分が東京人あるいは関東人だと思う場面には遭遇することがある。当たり前だが、これは他の地方に行った時とか、他の地方の出身者と会っている時に意識する。といっても意図的に意識しているわけではなくて、正確には、そういう状況が私に、自分が東京人であることを意識させる、というべきだろう。
ならば、アイデンティティ=自己同一性というのは、実は何か決まった内容があるわけではなく、自分が置かれた状況の文脈によってそのつど呼び起こされる「何か」を総称していうのではないか。「自分は自分である」とか「自分は何であるか」ということが、そうした契機によって確かめられる事を、間々経験するのである。
だからいわゆる自虐史観がはびこっていても、私達は国内で日常生活を送っている中では、通常は「自分は過去に悪いことをした日本人の一員である」などとは意識しない。それと同様に、このような日常の場面の中では、自国に誇りを持つことは、あまり重要な要素だとも思えない。
しかし、海外に行くとやはり自分は日本人なんだと思うような場面に出会う。ハワイに行った時に、私は一緒に行かなかったが、その旅行の同行者で、一人で真珠湾の資料館のような所へ行って、真珠湾攻撃の記録映画を見て来た人がいる。映画が終わって場内が明るくなったら、周囲は白人や黒人ばかりで、日本人はその場にその人だけであった。その状況が「とても怖かった」といっていた。その気持ちはよく判る。
あるいは海外に長くいる人が、たまたま見掛けた商船に掲げられた日の丸を見て、涙が出そうになったというような話もある。もちろんこの人も、日本で暮らしている時に国内で日の丸を見ても、こういう特殊な反応をするわけではない。これらの場面では、やはり自分は日本人だということを強く感じるし、それが恐怖や懐かしさというような情緒にも深く関わっていることは確かだろう。つまり私達は、普段は意識していないにもかかわらず、自分が日本人であるということを、単なる知識としてだけではなく、いわば「身体で」知っている。
普段意識している種類のものでも、あるいはこのように時々意識するだけのものにしても、アイデンティティの内容として、必要以上に過剰な誇り(自惚れ)を持つ必要はない。それと同時に、必要以上に劣等感を持つ必要もない。具体的に、この「必要以上」ということの線引きをどこでするかということでは、意見が割れるが(例えば私の目には、自虐史観は必要以上の劣等感を、『戦争論』は必要以上の自惚れを要請しているように見える)、しかし「どこで線を引くか」ということを脇に置いて考えれば、「過剰な自惚れや劣等感を持つのはおかしい」ということ自体は、大半の人がそう思うのではないか。
小林よしのり氏は非難しているが(笑)、私の考えではこの点は、司馬遼太郎氏の考えに影響を受けている。司馬氏は以前は自分の戦争体験から「ナショナリズムはよくない」と書いていた。しかし日本の歴史を見れば見るほど、日本という国やそこに暮らす人々がいとおしく思えてくる。司馬氏は、自分の内に生じたその「郷土愛的なナショナリズム」と、かつて自分を戦場に放り込んだ「戦争の原因となるようなナショナリズム」と、この二つのナショナリズムをどう考えればよいのかという課題を抱えていて時期があったように思える。晩年期の司馬氏の随筆などに「エスノセントリスム」(ethnocentrism)という言葉が出てくるが、私はこれが司馬氏にとっての解決の鍵だったと解釈している。
「民族の」という意味の事を「エスニック」というが、このエスノセントリスムを直訳すれば「自民族中心主義」である。あるいは「中華思想」といってもよい。要するに、自分達の文化が一番優れているんだという考え方を意味する。
ここから先は私の解釈になるが、「郷土愛的なナショナリズム」というのは持ってもいいし、またどんな国家や民族でも多かれ少なかれ持っているものだと思う。だからこそ、その国や民族に固有の文化というものが発生し、受け継がれている。それはやはり、「自分達の文化が一番優れている」という考えには違いないのだが、しかし「誰にとって」一番優れていると思えるのかといえば、これはあくまでも、自分(あるいは自民族)にとって、なのである。
しかし「エスノセントリスム」では、この「誰にとって」という部分が「誰にとっても普遍的に」という解釈になる。他の民族から見ても、自分達の文化こそが最も優れて見えるはずだ、という思い込みになる。これが他民族を見下したり、戦争の原因になったりする。たとえば「ヨーロッパ中心主義」とか、朝鮮を併合して「お前達も『天皇の赤子』である」とかやる。こういう考え方はやはりまずいし、不当なものであろう。
簡単な例で言うと、日本人がご飯と味噌汁の食事をとって、やっぱりこれが一番いいなと思うのは構わないし、それは誰が非難できることでもない(ナショナリズム)。だが、ご飯と味噌汁の食事がどの民族にとっても最高のはずだといって、これを世界中に押し付けたら(エスノセントリスム)、これはとっても迷惑だろう(笑)。
簡単にまとめると、
この2点である。
蛇足を承知で付け足しておくと、ここでいうナショナリズムというのは、実は直接には、国家や民族とは必ずしも関係がない。おそらくその本質は、「自分が生まれ育った場所や文化」に対する郷土愛だからである。例えば、私が生まれる前に、私の両親が日本国籍はそのままに、ブラジル(どこでもよいのだが)に移ったとする。そこで私が生まれ育ったとしたら、どうだろうと考えてみる。そこで生まれた私が「日本国籍を持つ大和民族」としてブラジルで成長しても、私はブラジルの山河や食物等を愛する気持ちを持っただろう。つまり、ブラジルに対するナショナリズム(郷土愛的な)が生じたのではないかと思う。
しかしこれは、あくまでも平穏に育った場合の話であって、もし仮にそこで不当な差別を受け続けたら、ブラジルという国を憎むように育ったかもしれない。そうすると、「ブラジル」への対抗心から、自分は「日本人」であるという意識が、かなり強力に浮上してくる可能性がある。この場合に生じるのは、日本への郷土愛的ナショナリズムではなく、むしろエスノセントリスムに近い。だが、日本へ帰るのであればともかく、そのような状態でブラジルの中に「自分の居場所」を見出す事は難しいだろう。
