108.特例法改正の条件

神名龍子


 9月11日の総選挙については、お龍さんの徒然草総選挙雑感で述べた。繰り返すまでもないが、与党が300議席を越え、自民党だけでも300議席に迫ろうかというほどの圧勝だった。女性候補の中では、猪口邦子(敬称略、以下同)のようなジェンダーフリー及び夫婦別姓支持者も当選しているが、その一方では高市早苗、西川京子といった、フェミニズムに批判的な女性議員も増えている。

 さらにその後、民主党の党首選が行なわれ、こちらは前原誠司が僅差(2票差)で菅直人を破って選出された。前原新党首は、憲法9条改正(第2項を削除し、自衛権を明記する)や、民主党の労組依存体質からの脱却を掲げている。政界全体としても以前に比べて保守色が強まったと見て、まず間違いはないだろう。

 「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」、いわゆる特例法は、再来年の夏で、その施行から丸3年を迎える。この年の参院選がどうなるか、その影響はまだ予測できない。したがって、とりあえずそれについては脇に置き、このように保守色が強まった状況の中で、「特例法」の改正が可能かどうか、また可能だとしたらその条件は何か、ということを考えてみたい。

 まず真っ先に思い当たることは、反対派議員をいかにして説得するか、という問題である。

 従来の当事者運動では、各議員の意見を聞いて、GID当事者に理解を示した議員にベッタリと貼りつく、という方法が取られていた。しかし、もともとそのような議員の数が少なかった上に、現在では、山花郁夫の落選のように、さらにその数を減らしている。南野千恵子法相も、前回の参院選で前例に反して再選された人物であり、再来年に立候補・再選が実現するかどうかわからない。公明党は与党の中で、絶対数の上でも相対的にもその数を減らしている。もちろん、だからといって直ちに連立解消ということはなく、したがって自民党が公明との意見を全く聞かないということもあり得ないだろう。ただ、以前に比べて発言力が低下するであろうことは用意に予測できる。公明党が政策に自分たちの意見を通すことが、以前に比べて難しくはなる。公明党としては、どの意見を通し、どの意見を諦めるかの選択を迫られることになるだろう。このような状況の中で、GID当事者のためにどこまで頑張り通せるか、けっして楽観視をしてはならないと思う。

 何よりも重大な事実は、GIDに理解のある議員が減ったということは、そうではない議員が増えたことを意味する、ということなのだ。したがって従来のように、GIDに理解のある議員にだけまとわり付いて、その活動に期待するという手法では、たいした効果は期待できないと考えるべきである。そこで、反対派議員に対する説得という、これまで手付かずだった問題が浮上してくることになる。保守的な反対派議員の説得は、問題解決のためのフロンティア開拓である。

 もちろん、その説得は左翼運動的な論理によっては不可能である。たとえば、性差否定、家族概念の相対化や否定、戸籍制度の廃止、婚姻制度の廃止などをいうのは、説得ではなく挑発である。しかし何のための挑発なのか。これらの主張に対して保守的な議員が首を縦に振るはずもないことは、わかりきっている。反対されそうな主張ばかりを積み上げれば、肝心の問題解決をより困難なものにするばかりである。しかし、当事者運動は本来、問題解決のために行うものであって、対立関係の維持ないし激化のために行うものでは、ない。

 自民党では本年4月5日から「過激な性教育・ジェンダーフリー教育に関する実態調査プロジェクトチーム」(座長:安倍晋三幹事長代理、事務局長:山谷えり子参院議員、http://www.jimin.jp/jimin/info/gender/index.html)を発足させ、教育問題のみならず、男女共同参画政策の見直しにも取り組んでいる。その活動はそのつど、自民党HPの「デイリー自民」で報じられている。参考までに、見出しと記事の抜粋を紹介してみよう。

教育の正常化をめざして「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が発足
 (平成17年4月5日)
 同チームの座長を務める安倍晋三幹事長代理は、「10年前に男女共同参画法が決定され、男女がお互いに支えあう社会をつくっていくという意図は良かったが、ある意味でこれを利用した、問題のあるジェンダーフリー教育が蔓延している。この問題をしっかりと把握し、是正に取り組んでいきたい」とあいさつ。
「ジェンダーフリー思想」について勉強会を開催
 過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム

 (平成17年4月14日)
 議員からの「なぜここまでジェンダーフリーが広がったのか」という質問に同助教授は、「男女共同参画を隠れみのに、行政や教育という公の場で巨額の税金が投入されて政策として行われたため」と指摘。
「過激な性教育・ジェンダーフリー教育を考えるシンポジウム」開催
 (平成17年5月26日)
 安倍座長は、「男女共同参画社会で女性がのびのびと能力を発揮することは大切だが、結婚や家族の価値を認めないジェンダーフリーは文化の破壊につながる」とし、「自民党と民主党の大きな違いは、民主党はジェンダーフリーを推進しているということだ」と述べ、家族の価値観を守るわが党との姿勢を明確に打ち出した。
山谷えり子参院議員が「過激な性教育とジェンダーフリー教育」の実態を解説
 「議員にクリック」座談会

 (平成17年6月29日)
 また、同議員は、「教育が正常化しないとこの国はボロボロになる。子供達の可能性が育めるようしっかりと土台作りをしなければならない」と過激な性教育・ジェンダーフリー教育に警鐘を鳴らした。
過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム
 (平成17年7月4日)
 同チームは今後、アンケート結果の集約作業を行い、「男女共同参画基本計画」の改訂に向けて議論を重ねていく方針だ。
「男女共同参画基本計画」中間整理のポイントについて内閣府から聞く
 過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム

 (平成17年7月7日)
 内閣府からは、「男女共同参画基本法」には「ジェンダー」という文言は入っておらず、基本計画の中にある「ジェンダー」も、機会の平等という観点で使われているものとの説明があった。
男女共同参画基本計画の改定について意見交換
 内閣部会、女性に関する特別委員会、男女共同参画推進協議会、
 過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査PT合同会議

 (平成17年7月14日)
 同チームの山谷えり子事務局長は、「『性差の区別も差別』とする行き過ぎた教育が行われている実態がある。誤解を招く『ジェンダー』という言葉を、改定基本計画では直してほしい」と訴えた。議員からは、「党の考え方を基本計画に反映するのは当然。さらに議論する必要がある」などの意見が出された。田浦直部会長は、「12月末の基本計画の閣議決定に向けて、節目、節目に合同部会を開いていきたい」との考えを示した。

 これが現在の時代の流れなのだということを、まずは正面から直視する必要がある。ところが先週、大坂の八尾市生涯学習センターで開かれた講演会では、講師として招かれたGID当事者が、戸籍廃止論や、男女の区別はおかしいという話をしていったという。まさに「結婚や家族の価値を認めないジェンダーフリーは文化の破壊につながる」を地で行くような主張である。こんな主張がGID当事者の代表意見だと認識されれば、自民党が「特例法」改正の要求をのむことは、とうてい期待し得ない。この当事者の名は敢えて伏せておくが、時代逆行もはなはだしいというより他にない。

 現在では、ジェンダーフリー等の左翼思想によって「特例法」改正を実現できる可能性は皆無である。言い換えれば、ジェンダーフリーのような思想を取るか、それとも「特例法」改正の実現を目指すかということは、けっして両立し得ない択一問題になっている。

 もちろん各人の思想・信条は個人の自由である。現に「性差否定のジェンダーフリーには与しない」という公式見解を、いつの間にか廃してしまった団体すら存在する。「特例法」改正よりも、ジェンダーフリーや革命ごっこの方が大事だと、多くの当事者が考えているのなら、それも一つの選択である。もちろん、それによって生じた結果は、自己の責任で引き受けるべきものであり、あとから逆恨みまがいの不満をいうべきではない。

 私自身はもともと、フェミニズムを批判し続けて来た人間だから、もちろん性差否定の思想も強く批判してきた。そもそも、GIDであれ、いかなる T's であれ、性差の存在を前提として存在する概念であり、現実にもそのようなものとして存在している。たとえば MTF が「私は男ではなく女なんだ」と主張する場合にも、「男」と「女」が別のものだということを自明の前提にしている。性差否定を前提とすれば、このようなセリフには全く意味がない。そもそも、性差否定を信奉するならば、トランスすることにも意味がないはずだ。ジェンダーフリーに対する加担は、その意味でも自己否定的な態度である。

 家族の重要性についても既に述べてきたし、「家族」の意味本質についても論じた。「家族」の意味を確定し、なおかつ原理的には同性婚をも肯定し得るものとして展開している。逆に、婚姻制度の廃止や、「家族」概念の相対化を主張するなどは、私から見れば愚の骨頂である。

 むしろ、「子なし要件」の緩和は、自民党のいう「家族の価値」を共有した上で主張すべきなのだ。GID当事者でありながら、身体の性別で結婚して子を成した人は、従来からの価値観の圧力(敢えてこの表現を用いるが、価値判断的な意味はない)を受け入れた人である。「家族の価値」を主張する政党が、そういう価値観を受け入れた人だけが馬鹿を見るような制度を放置してはならない。むしろ、人々が「家族の価値」を躊躇わず受け入れることのできる社会を実現する義務があるとさえ、言ってよかろうと思う。

 そうはいっても、「子なし要件」の緩和を認めてしまえば、そこからなし崩し的に「家族」概念の相対化が始まるのではないか、と懸念するむきが、自民党にはあろうかと思う。ならば、これもあくまでも「特例」的処置だということを、はっきり打ち出せばよい。

 たとえば「特例法」を改正し、改正法の施行をその1年後とする。その施行以前に子が生まれた当事者のみを、性別変更の対象として認める。その後に子が生まれた場合には、法改正よりも後に作った子供だから、その責任は当事者自身にある。要件の無条件「撤廃」を要求するのは非現実的に過ぎるが、このような条件を設けての「緩和」なら可能性はあるのではないか。要は、性別二元制や「家族の価値」などの諸価値観を共有した上で、その前提においてどこまで「緩和」が実現し得るかを考えればよい。逆に、根本的に対立する価値観を前提とした改正要求では、問題解決は予期し得る将来の範囲では、けっして実現することはないだろう。

 他に、もうひとつ要求すべきことがある。それは「特例法」附則第2条の改正である。

第二条(検討)
 性別の取扱いの変更の審判の請求をすることができる性同一性障害者の範囲その他性別の取扱いの変更の審判の制度については、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況、性同一性障害者等を取り巻く社会的環境の変化等を勘案して検討が加えられ、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置が講ぜられるものとする。

 これを条文の通りに解釈するのであれば、「特例法」の見直しは施行の約3年後に行なわれる1回だけということになる。したがって、その時に問題が解決しなければ、その後はこの見直し条項は無意味となる。そのことを、なぜか誰も問題視していないようだ。誰もが、その1回の見直しですべての問題が解決すると思っているのだろうか。私の予測では、おそらく再来年に「すべての問題」が解決するとは思えない。その場合には、この附則第2条を改正して、その後も3年ごとに見直すという約束くらいは、取りつけておく必要があるのではなかろうか。

L.Jin-na


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