神名龍子
ときどき女性モードでスーツを着る機会がある。スーツの原型は、もちろん紳士服である。そこには様々なルールがあるのだが、女性のスーツではその点がルーズになり勝ちだ。わかりやすい例を挙げれば、そもそも守りようのないルールとして「ジャケットの丈」がある。紳士服なら後ろから見てお尻が隠れていなければならないが、日本の女性用スーツでは、そんな丈のジャケットの方が少ないだろう。
「あらゆる紳士服のルールを女性も厳守すべし」とは思わないが、原型について無知なまま「なんでもあり」を演じるのではあまりにも芸がない。むしろ原型を踏まえた上で、それを女性向にアレンジする方が、行き当たりばったりであれこれと工夫するよりも、よほど効率もよいに違いない。「伝統」は単に墨守すればよいというものでもなければ、無視することが進歩の証というわけでもない。そういう両極端な愚かさを避けることで見えてくるものがあるのではないかと思う。
私自身は特にファッションに精通しているわけでもなければ、高級服を(男性用と女性用とを問わず)持っているわけでもない。仕立て服などは皆無である。また流行を追いかける趣味も、昔からない。追及したいのはあくまでも自己の「スタイル」なのであって、「モード」ではない。
そう多くのレディススーツを持っているわけでもない。数少ないスーツをどう着回すか。スーツそのものが変わらない以上、シャツ・ブラウスやネクタイなど、他のアイテムで変化をつけるしかない。全体的な組み合わせとしては、同じ系統の色でまとめるか、補色を使うのが定番だろう。後者の場合、たとえばスーツがライトグレーなら、シャツ・ブラウスはピンクを用いるのもいい。同じ系統の色を用いる場合でも、素材の質感や光沢の有無の異なるものを組み合わせると立体感が出る。
ただし基本的に白無地のシャツ・ブラウスは使わない。白無地は慶事・弔事のときの切り札だ。私の場合はスーツは一張羅のごときもので、しかも黒無地のものがないから、弔事ではグレーのダークスーツに白無地のシャツ・ブラウス、黒のリボンタイを合わせた。同じ白無地でも、弔事の場合には光沢がない方がいい。逆に慶事ならば光沢のあるものを選べばいいだろう。
街中では黒無地のスーツに白無地のシャツ・ブラウスという組み合わせのOLが溢れているが、とてもスーツの基本を理解しているとは思えない。そもそも日本の場合には男性でさえ、スーツというものを理解している人が全男性のどれだけいるのかも、大いに疑問がある。男性がこれでは、紳士服起源のスーツを女性が使いこなすための文化的土壌などあるはずがない。そういう現状を変えて、女性が女性としてスーツを楽しめるようになればいいと思う。
ところが日本女性には、スーツを着用する際にネクタイを使う人が少ない。暑い季節には、使わずに済むのならそれに甘えてしまうのも、ひとつの選択だとは思う。しかし年間を通してノータイでは、あまりにも芸がない。変に高価なものを選ばなければ、様々な色や柄のものをそろえることができるのだから、むしろ積極的に取り入れて楽しむ工夫を凝らした方が楽しいはずだ。もちろんスカーフの使い方も工夫の幅は広い。
スーツが無地だと仮定して(私のスーツもグレーの無地だ)、シャツ・ブラウスも無地なら、ネクタイは小紋かストライプを選びたい。シャツ・ブラウスの柄がストライプなら、ネクタイはストライプを避けて、無地か小紋。あとは色と艶の選択で、全体的なコーディネートができるはずである。私の場合、赤系のネクタイは、無地、ストライプ、小紋の3種類とも用意してある。他に青系の小紋や、ピンクの入ったものもよいだろうし、柄はドットでもいい。さらにニットのタイなども用意しておくと、装いの幅が広がるはずだ。装いの幅が広がるということは、スーツ姿が似合う場が増えるということだ。
レディススーツで困るのは、多くの場合、ジャケットの胸ポケットを省略しているということだ。これは私のスーツが安物だからではなく、街中でスーツ姿の女性を見ても、胸ポケットのないジャケットの方が圧倒的に多い。これで何が困るのかといえば、ポケットチーフが使えない。その分だけ工夫の幅が狭くなる。
その代わりに、レディススーツではブローチをポケットチーフの代用できないものかと考えている。これもポケットチーフと同様に、ネクタイと同系色、あるいは補色で考えればいい。ポケットチーフの代用と考えれば、やや横長のデザインのものがよいのかも知れないが、それよりも全体のコーディネートの中での「差し色」として機能することを優先して選びたい。ブローチ単体の色やデザインで綺麗なものを選ぶのではなく、あくまでもコーディネートのための小物として選ぶのだ。ただし、その気になって探してみると、同じアクセサリーでも、ピアスなどに比べて、意外にブローチというのは売っていないものだと感じられる。しかも派手に過ぎたり、あまりに趣味に走ったものは、堅い席では使いにくい。
そもそも、ビジネスでのスーツ姿の中で適度なワンポイントとなるような、そんなコンセプトで作られたブローチがあるのだろうか。もしなければ、これ自体がOL向けのビジネスになるかもしれない。今なら未開拓分野だ、…たぶん(笑)。
逆にいうと、同じスーツでも仕事中とアフターファイブとで、ネクタイとブローチを替えるだけで印象を変えることも充分に可能なはずではなかろうか。ただ、この場合も黒無地のスーツは避けたいのだが。
季節が変わると、また別のものが見えてくる。最近になって時々見かけるのが、ジャケットの下にカーデガンを着ている女性だ。前回も書いたように女性のジャケットは丈が短いので、後ろから見るとジャケットの下からカーデガンの裾がのぞいているのが、なんともだらしなく見える。「着こなす」という意思がまるで見られないので、ひどくぞんざいな印象を受けてしまうのだ。
これだけスーツを着る女性が増え、スーツ量販店でも扱うようになったのだから、女性用にスーツのジャケット丈に合わせたカーデガンが製品化されてもよさそうに思う。しかし、それ以上にお勧めしたいのはニットのベストだ。ジャケットと重ねて着るのなら袖は無用だろう。最初は無難にネイビー(紺)、さらにグレーや黒、ピンク等、いくつか揃えると、ジャケットとの組み合わせが楽しめそうだ。
そういうものが見当たらないのは、スーツを売る側が単にスーツという「モノ」を売ることしか考えておらず、「売りっぱなし」になってしまって、「着こなす」ということを考えていないからではないだろうか。ネクタイ、ポケットチーフ、ブローチ等の小物が乏しいのも、基本的には同じ理由であるように思える。それとも、それらのアイテムが売られているにも関わらず、スーツを着る女性の多くが「着こなし」に無頓着なのだろうか? まぁ、どちらか一方に非があるというより、おそらく需要と供給の相乗効果のようなものなのだろう。
ただしカーデガンやベストの場合には、単なる見た目のエレガンテだけではなく、実用という問題がある。両方の要素を満たすような製品があれば、それなりの需要も見込めるのではなかろうか。
ネクタイも「女性用」が欲しい。男性用を使うと、色や柄だけでなく長さが問題になる。ブレザータイプの制服の女子高生を見るとわかることだが、女性はジャケットの丈が短く、ウェストの位置も高いから、ネクタイも男性用より短いほうが全体のバランスがよいのだ。
ちなみにネクタイの幅は、これは男性でも同じことだが、ラペル(身頃の折返し部分)と同じくらいの幅のものを選ぶとバランスがよい。
