20.カミングアウトについて

神名龍子


 今回のテーマについては、自分でも「いまさら」という気がしているのですが、考えてみたら【EON/W】では扱ったことがなかったので、改めて考えてみたいと思います。

 結論から言ってしまえば、カミングアウトというのは、するもしないも個々人の事情で判断するもので、カミングアウトそれ自体には、するべきだとか、もしくはしない方がよいという性質はありません。ですから、「肯定派」あるいは「反対派」という人がまだいるとしたら、これは最初の問いの立て方に問題があると思います。もちろんこれは、個々人が「私はカミングアウトする」とか「しない」という意見を持つこととは別問題です。

 カミングアウトするかしないかを個々人の事情によって判断するというのは、簡単に言えば、どちらが自分のためになるかということです。その事情が個々人によって異なるから、それぞれ結論も異なるということが一つ。それから、カミングアウトの問題に限らず、また T's に限らず、何につけても「どちらが自分のためになるか」という判断は必ずしもその判断が正解であるという保証はありません。ですから、個々人が自分の責任で判断するべきだということでもあります。

 ここまでは、既に大半の方が同様の結論に到達していると思いますので、さらに、カミングアウトをする(しない)条件について考えてみたいと思います。

 上記の通り、カミングアウトそれ自体が、するべきだとか、もしくはするべきではないという性質を持っているわけではありません。これはカミングアウトそれ自体の問題でもなく、また自分だけでの問題でもなく、自分と周囲の人間の関係を踏まえて判断するものだろうと思います。またそれは必然的に、自分の生き方(周囲の人間との関係の結び方)と結びつく問題でもあるわけです。ですから、「賛成派」や「反対派」という画一的な思想的立場を貫くことには有効性がありません。

 まず考えられる一つの条件として、黙っていても周りの人間に「何かおかしい」と思われてしまうような状態にあるかどうかということが挙げられると思います。例えばホモセクシャルの男性でいつまで経っても女性と結婚しなかったり他の男性と同棲している場合とか、あるいはパートタイム TG のような場合には、特にその可能性が大きいと思います。

 この場合、ごまかそうと思えばごまかせるかも知れませんが、それにはなにがしかのコストがかかります。この場合のコストというのは金銭的な意味に限らず労力や気苦労のようなものも含みます。一方、カミングアウトした場合でも、それに伴うリスクがあります。ですから、カミングアウトをするかどうかは、カミングアウトしない場合にかかるコストと、カミングアウトに伴うリスクとを、それぞれ想定して比較することが、一つの判断の基準になります。

 ここでいうコストやリスクというのは、つまり損益のうちの「損失」ですね。当然、カミングアウトした場合としなかった場合とで、それぞれ損益のうちの「利益」に当たるものもあるわけです。片方の選択肢がもう片方の選択肢と比べて想定される「利益」が大きく「損失」が小さい場合には、前者を選べばよいわけです。この場合はあまり迷わずに済みます。

 問題は、片方の選択肢がもう片方の選択肢と比べて、想定される「利益」も「損失」も大きい場合です。これは、投資の対象に株式を選ぶか国債を選ぶかという問題と似ています。株式投資を選べば大きく儲かる可能性が高い代わりに、損をする場合も大きな損失を覚悟しなければなりません。反対に国債を選べば想定される儲けの最大値は株式に比べて低くなりますが、危険も少なくて済みます。

 安全策を取るならば、両方の場合に想定される「損失」の少ない方を選ぶことになります。つまり「ローリスク・ローリターン」ですね。投資ならば国債を選ぶ感覚になります。バクチを打つ覚悟であれば想定される「利益」の大きい方を選ぶことになります。つまり「ハイリスク・ハイリターン」です。どちらを選ぶかは個人の判断ですが、ゲーム理論や戦略の考え方から言えば、通常は「ローリスク・ローリターン」を選択するようです。

 TS の場合にはちょっと事情が違っていて、特に性転換を考えている場合には、2種類のカミングアウトを考える必要があります。一つは性転換前、もしくは性転換の時ですね。もう一つは性転換後の話です。この二つの時期では事情が異なると考えられますから、別々に考える必要があります。

 前者の場合は、要するに自分が現在の性別(セックス)と異なるジェンダーを持っているということを明かすかどうかです。性転換をしてしまえば、これはその時点で以前の自分を知っている人間に対してはカミングアウトしたも同然でしょう。ですから、自分の性別違和感がどれくらい強いのかとか、性転換するかどうかの判断と不可分の問題です。性転換をしないのであれば当然、性転換後について考える必要はなく、上記の TG の場合に準じて考えればよいと思います。

 後者は性転換後に、その事実を知らない人に対してカミングアウトをするかどうかということです。例えばパスしていて、他にも本人が告げない限り以前と性別が異なっていることが判ってしまうような条件がない場合。これはカミングアウトをしてもリスクばかり大きくてメリットがない場合の方が多いと思います。ただこの場合は、例えば職場の人間に対するカミングアウトは必要なくても、結婚相手には事実を告げるとか、相手によっても事情が異なると思うんですね。これについては以前に「9.TSの今後と『ゲーム・戦略』」の中でも述べました。


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