神名龍子
という意味のことをいわれましたので、改めてこの言葉について書いておきたいと思います。というのは、そもそも、この言葉は私が作ったからです。
数年前から、パソコン通信の大手ネットなどでの、TS と TV・TG との言い争いや相互差別などの話を聞いていた私は、そのことが非常に不愉快だったんです。なぜかというと、「TV / TG / TS」という三分法は、「医師の医師による医師(の診断)のための分類」であって、この分類法それ自体は単なる一つの「見方」もしくは「切り分け方」に過ぎないものです。現に、この分類も以前は三分法ではなく、「TV・TS」の二分法だった時期もありました。ですから、例えば TG なり TS なりというものが実体として存在するわけではありません。特に TG などは、二分法の時期には自分を TV(あるいは TS)だと思っていて、ある時期にアメリカのお医者さんが「これからは三分法で行きましょう」といったら、「自分は TG です」というようになったわけです(笑)。
ですから、そういう方法でカテゴライズされた私たちが、なぜそのカテゴリーによって対立しなければならないのかと言う事が、とても馬鹿馬鹿しく思えた。なぜ私たちが医師の都合で、2グループに分かれたり、3グループに分かれたりしてケンカしなくてはならないのかということが、むなしくて仕方がなかったのです(もちろん、この分類法を作った医師だって、私たちに対立させるためにこの分類を作ったわけではなく、繰り返しになりますが、これは医師が診断に用いるのに便利なように作った分類法なのです)。
これは結局、そういう対立をしている人達が「言葉」に「実体」を与えることによって対立しているわけですから、もしかしたら、この3つのカテゴリーに対する総称があれば一体感が創り出されるのではないか、と思ったんですね。
それで、最初は「3T」とか、「TTT」とか、「T*」とか考えたのですが、「さんてぃー」とか「スリーティー」では、「3P」や(笑)「3D」と聞き間違えたりするかもしれないとか、「TTT(ティー・ティー・ティー)」では舌をかみそうです。また「T*」はパソコンで DOS を使った経験のある人しか判らないかも知れないし、第一、初めて見た人は読み方に困るだろうし、パソコンで打ち込むには便利ですが、私なんかは字が下手なので、手書きだと汚く見えるかもしれない・・・(^^;)。そういう要因があると、広く使われないおそれがあって、それでは総称を作る意味がない。そんなことをコピーライターのように悩んで、それで最終的に考えたのが、
だったんですね。当初【EON】で提案した時には結局使われなかったのですが(^^;)、一昨年にこの【EON/W】を作った時に、インデックスページに、「このページは、 T's (TV/TS/TG) とその理解者への情報発信をめざしています」という形で書いておいたら、いつの間にか他のホームページでも使われるようになっていました(笑)。以上が、「T's」の生い立ち(?)です。
つまり、「T's」という言葉は、「TS・TG・TV の区別」をやめて全部「T's」と呼ぼうというのではなくて、あくまでもまず「TS・TG・TV の区別」が存在することを踏まえての「総称」です。そして、その「総称」を提案した目的は、TS・TG・TV の対立や相互差別を避けることにあります。
それと今では「TS・TG・TVの区別」が「医師の医師による医師のための分類」であっても、現在ではこの分類法が定着していますから、「TS・TG・TVの区別」の意義(それぞれの用語の「意味」ではなく)についてもポジティブな形で考察する必要があると考えています。「TS・TG・TV」と「T's」のどちらか一方を採用したら、もう一方は要らないというのではなくて、両方ともそれぞれ必要な意味があるんだということですね。
ところが、これが私の思惑とは違うところで、別の問題を生み出したようです。
確かに「T's」という言葉を作ったのも私ですし、上記の、大手パソコン通信ネットなどでの TS と TV・TG との対立の話を聞いた時にも、
とか、
というくらいの事は言ったかも知れません(^^;)。ただ、それは「TS・TG・TV の区別」は、「医師の医師による医師(の診断)のための分類」だから、必ずしもこの分類にとらわれる必要はない、という意味ですし、「そんな分類はやめてしまえ」というのは、いっそ代わりに、(医師ではなく)私たち当事者の実感に合った分類を作ったらどうかという「代案」がある場合の話で、分類そのものをなくそうという意味ではなかったのです。
ところが、これらの私の発言が原因かどうかは判りませんが、上記の TS の方などは、大手パソコン通信ネットで、「トランスジェンダーの世界は、TS・TG・TV の区別を無くそうという流れになっているのに、貴方はご存じ無いのですか?」とまでいわれたそうです。いくらなんでも、ここまでは行き過ぎです(^^;)。だいたい、そんな「流れ」があるなんて、私も、ご存じありませんでした(笑)。
もし、私の過去の発言がこの一因になっているとしたら、それは私の言葉も足りなかったのでしょうが、ちょっと(? ^^;)意味を取り違えられていると思うんですね。
「TS・TG・TV の区別」を使うか、それとも別の分類を考えるかは別として、区別や分類それ自体は、必要ならば、あってもいいんです。「TS・TV」の二分法が「TS・TG・TV」の三分法に変えられた時には、混乱の元にもなるし正直言って迷惑だなと思っていたのですが、現在ではほぼ定着しているようですし、まったく別の視点からの新しい分類法を考えても、(それを本当に必要とする具体的な理由が出来た場合には別ですが)今となっては、かえって混乱の原因になりそうですから、当分は「TS・TG・TV」の三分法でよいでしょう。
では、分類が必要となる理由は何かと言うと、これは次章の「24.『点』と『線』」で書きますが、現に TS と TG が抱える問題というのは、その本質が異なるわけです。その区別をつけるためにも、問題解決の運用上、この区別があった方が、都合がよさそうだという事です。
ただし、ここで気をつける必要があるのは、おそらく「医療上」では、ある人を分類するのに、「この人は TS か、 TG か、それとも TV か」という考え方をすると思います。つまり、一人の人間は「TS・TG・TV」のいずれか一つに該当するか、もしくはどれにも該当しないかという判断(診断)になる。しかし、もう少し広い意味での「問題解決の運用上」においては、ある一人の人間が「TS としての問題」と「TG としての問題」あるいは「TV としての問題」を併せ持つことも、原理的にはありえるという事なんです。
その点も含めて、次章「24.『点』と『線』」では、「TS としての問題」と「TG としての問題」の区別と理解の方法について考えます。