神名龍子
T嬢から昨日、「パスって、そんなに T's の人達にとって価値があるものなんですか」というご質問を頂いたのですが、その場では充分にお答えできなかったので、その問題について改めてまとめてみたいと思います。本当はメールにしようかとも思ったのですが、当日その場にいらした他の方達、また【EON/W】を見てくださっている他の方達にも読めるようにという事で、こちらでまとめることにします。
また、T嬢はネイティブな女性で、T's についてはあまりご存じないわけです。ですから、こういうご質問は他の人達からも出てくるかも知れません。そういう一般(非 T's)の方達が持つ疑問がどういうものであるかを知ること、また、それに対しての判りやすい説明の仕方について考える事は、今後ますます必要になると思います。
パスというのは要するに、「ある T's を、それと知らない人が見て、元の性がバレないこと」ですね。反対に、バレるのは「(元の性を)読み取られる」という意味でリード (read) といいます。
で、結論から言うと、パスは大半の T's が求めるもので、その意味では「価値がある」といえるでしょう。しかし、人によってパスを求める強さが異なり、従って一人ひとりが感じる「パスの価値」にも違いがあります。
それを大雑把に説明すると、T's というのは、TS、TG、TV という3つのカテゴリーの総称です。
まず TS についてですが、TS というのは性自認が身体の性 (SEX) と異なる人をいいます。通常は狭義に、その中でも特に精神的苦痛が激しく、その解決手段として SRS を望む人を指します。
なぜ性自認と身体の性 (SEX) とが異なると、精神的苦痛を感じるかというと、こういうことです。例えば私が TS だとすると、私の身体は「男」で、しかし主観的には自分を「女」だと認識しているわけです。しかし、身体が「男」であるために、他の人達は家族やその他、親しい人達も含めて、私を「男」だと認識します。
つまり、私自身が持つ自己像と、他人から見た「私」像に違いがあるわけですね。しかもこれは、様々な「私」の属性の内の「性別」という一項目だけにズレが出るのではなく、「性別」によって社会的に規定される他の項目についても、やはりズレが現れます。「社会的に規定される他の項目」というのは、簡単に言えば「男らしさ、女らしさ」のことです。例えば私が成人式を迎えるにあたって、私は振り袖を着たいのに、親が男性用のスーツをプレゼントしてくれたりするわけですね。物だけではなく、私がしたい行動と、私がこうするだろうと周囲が予想する行動とのズレなども含みます。
そのために、私がこの社会の中で生活する上で様々な障害があるわけです。つまり社会的不適応を起こします。人間は自分が持つ自己像を、周囲の人間が誰一人として理解してくれず、その全員から否定されるという状況の中で生きて行くことが、非常に困難なのです。
もし人々が私を、私の性自認の通りの性別に認識してくれれば(つまり私を「女」と認識してくれたら)、このような精神的苦痛や、生活上の様々な不都合のかなりが解消されるわけですね。ですから、こういう人達にとって、「パス出来る」という事は、いわば死活問題といっても過言ではないような「価値」があるわけです。
これに対して、「それならば手術で性転換してしまえばよいだけの話で、改めて『パス』という問題について、熱心に論じる必要はないのではないか」という疑問も出てくるかも知れませんね。
しかし、手術によって性転換できるということは、これは一般(非 T's )の人達でも、既にほとんどの人が知っているわけですね。とすれば、「あいつは、もしかしたら元は男で、性転換したんじゃないか」という疑問を持つ人が出てくるのは当然の話です。それで、「実は昔は男の身体で、2年前に性転換しました」という事が判ると、結局は「男」として見られてしまう。いえ、皆が皆そういう人だというわけではありません。それなら「女」でいいじゃないか、といってくれる人達もたくさんいると思います。しかし、これは私がこれまでに実見した例からいっても、そうは見ない人達がいることも、また事実なのです。ですがパスしていれば、そもそもそういう疑問を持たれる心配がなくなります。
ですからパスというのは、TS にとって、その人が安心して日常生活を送ることが出来るための、一種の必要条件なんですね。
また、これは TG にとっても同じ事です。TG というのは決まった定義がありませんので、ここではとりあえず、上に言う性転換症の中で、SRS を望むほどには苦痛が強くない人(苦痛がないわけではありません)という意味にとってください。
SRS までは望まないというのは、これもやはり私のような MTF でいうと、お化粧をして女性の衣類を身につけるだけ、あるいは女性ホルモンによって乳房は作るけれども性器はそのままという状態でも、周囲が「女」と見てくれれば(つまり「女」として社会生活を送ることが出来れば)、一応は安定した状態でいられるという事です。しかし、そのためにはやはり、パス出来る事が必要なわけです。
もうひとつ、TV というカテゴリーがあるわけですが、この場合には必ずしもパスを望まないとか、パス出来るに越したことはないけれども、TS ほどには強くパスを望まない人がほとんどでしょう。
こうして見ると、どれだけ女性に近くなりたいかという気持ちの強さと、パスを求める気持ちとは、およそ比例しているとも言えます。
ただ、ここで誤解してはいけないのは、「どれだけ女性に近くなりたいか」という気持ちの強弱と、本人の真剣さとは、また別物だということです。なぜなら、それぞれ求めるものが違うわけですし、だからこそ、TS、TG、TVという分類があるわけです。これを、一つのモノサシ(どれだけ女性に近くなりたいか)で計ることには意味がありません。
しかし残念なのは、T's であっても、それをちゃんと意識している人が(増えつつはありますが)少ないという事ですね。そのために、おかしな内部差別が起きることがあることも、残念ながら事実なのです。
この内部差別については、私は FTM についての事情は知りませんので、あくまで MTF についてのみ述べますが、ちょっといくつか表にしてみると、それぞれ上の段ほど「エライ」(? ^^;)として、
例1
|
例2
|
例3
|
馬鹿だなぁ〜・・・というか、それ以前に「なんのこっちゃ?」と思うでしょう?(笑)。中には他に、これは世間でもよくある肩書きだとか、そんなものまでリンクさせて内部差別のバリエーションを広げる例もあるみたいですね。
念のために先にお断りしておきますけど、T's が全部そうだという事ではないんですよ。ただ、残念ながら、今でもこんな人もいるというお話も、「パスの価値」の一種かなと思うので、付け加えておきます。
この場合、何がおかしいのかというと、上でも書いた通り、SRS やパスというのは、本人の個人的な事情によって、本人自身が必要とするものですね。ですから、それを得たからといって、他の人よりも偉いとか優れているということにはならないわけです。本人が満足して(あるいは安心して)、ただそれだけの話です。
もちろん他の、SRS したいとか、パスしたいけれども、まだ実現できていない人から見れば、「うらやましい」ことではありますね。そういうことから優越感を得る。
それから、T's というのは総じてアイデンティティが不安定な存在なんです。少なくとも、アイデンティティ不安をもたらすような(T's 特有の)問題を抱えているのは確かでしょう。それがパスも含めて、「ネイティブな女性にどれだけ近いか」ということで、ネイティブな女性に近ければ近いほど安心感があるというか、アイデンティティが安定するわけです。しかし、その安心感を得るために、例えば、パスも出来ないし、胸もなければ、髪も伸ばせない事情があってカツラを使っているというような人(もろに私ですが ^^;)と自分を比べて、自分を相対的に高みに置く。これは典型的な差別だと思うのです。
このように差別の動機は別にあるわけですから、パス自体が差別の動機であるということはありません。ただ、パスに価値があるために、その価値基準を利用した差別が生じることがあるのは事実で、これは私達 T's 内部の問題として戒めあわなくてはならない問題です。
以上、パスの価値と、その価値に関わる問題点についてまとめてみました。
