31.T's が男女人口比に与える影響

神名龍子


 先日、ある方から、「戸籍の変更や性別再判定手術は、男女の比率のバランスを崩すことにつながるような気がして、やや抵抗がある」という趣旨のご意見を頂きました。

 なお、ここでは「手術と戸籍の変更」の問題を扱うわけですから、T's といっても、実際には TS だけを対象に考えればよいでしょう。以下、特に断らない限り、MTF / FTM とは、TS だけを指すとして考えます。

 本件は確かに興味深い問題なのですが、残念ながら、まだ日本では T's の、それも男女別(というか、MTFFTM、それぞれの人口)については調査がありません。そこで今回はとりあえず、埼玉医大倫理委員会の答申にある、

 米国の研究によれば、成人男性の24,000-37,000人に1人、女性の103,000-150,000人に1人くらいの割合で性同一性障害が存在する といわれるが、実際の数は把握しにくいこともあり、不明である。治療を求めているものはおおよそ男性では 30,000人に1人、女性では 100,000人に1人くらいとみなされ、それによると米国では 4,029名との計算もある 。その計算でいくと日本にも2,200人から7,000人程度の数の存在が想定される。しかし、実際にはこの10倍くらいとの推定もある。

という説が日本にも当てはまるものと仮定し、総務庁の「男女別全国推計人口」を参考に、試算してみることにします。あくまでも仮定を前提としたものではありますが、参考にはなるでしょう。


平成10年人口推計(参考:総務庁統計局、男女別全国推計人口)
総人口日本人人口
男女計男女比男女計男女比
1月12611617864331.041212496612263741.0411
2月12632618764441.041512512612863841.0417
3月12622618164411.042012502612263801.0421
4月12628618464441.042012508612563841.0422
5月12631618364481.042812509612363861.0429
6月12637618764501.04251251561276388 1.0425
単位:万人。男女比は、小数点5位以下切り捨て

 左は、総務庁の「男女別全国推計人口」から抜粋した、今年(平成10年)前半の日本の人口です。

 「男女比」の項目は、男性人口を「1」とした場合の、女性人口の割合を私が計算して付け加えました。単位は「万人」で、小数点5位以下を切り捨てています。

 多少の異同はありますが、「日本人人口」で、ほぼ1億5千万人、男女比は「1 : 1.04」です。

 一方、上の「治療を求めているものはおおよそ男性では 30,000人に1人、女性では 100,000人に1人くらい」というアメリカでの説を、日本の6月の数字に当てはめて計算してみると、

男性(MTF)が 61870000 / 30000 = 2062 人
女性(FTM)が 64500000 / 100000 = 645 人

という計算になります(小数点以下は四捨五入)。

 MTFFTM を合わせた TS の総計は、2062 + 645 = 2707 人ですね。

 この「治療を求めている」人達がすべて手術を終え、戸籍を変更したとすると、女性が 2062 - 645 = 1417 人増える計算です。

 さらに、「しかし、実際にはこの10倍くらいとの推定もある」という見解に従って、これを 10 倍の 14170 人、計算上これを少し多めの 1.5 万人とします。ちなみに、この 1.5 万人というのは、「日本人人口」のほぼ1万分の1(0.001 %)に当たります。

 そうしますと、人口の変化は、

男性が 6187 - 1.5 = 6185.5 万人
女性が 6450 + 1.5 = 6451.5 万人

になります。これを人口比でいうと、「1 : 1.0430」になります。この月の元の男女比が「1 : 1.0425」ですから、これは、この月の男女の人口比が 0.0005 だけ増加したことになります。

 今年の1〜6月の半年間の比率の変化が、男性 1 に対して、女性が 1.0411 〜 1.0429 ですから、手術および戸籍を変更による変化は、1ヶ月ごとの自然の増減とほぼ同じか、それよりも小さい事が判ります。

 またこの試算は、今年の6月の1ヶ月間の間に、日本のすべての TS 全員が手術を受け、戸籍の変更を終了した場合の数値ですが、実際にはそんな事は有り得ませんから、実際には、毎月の「手術および戸籍変更」による数値の変化は、さらに小さなものになるでしょう。1年間で終了すると考えても、毎月の変化は10分の1以下になる計算です。

 この試算結果から見る限りでは、「手術および戸籍変更」による数値の変化は、男女比の自然の変化と比べて、それが社会的な問題になるほど男女比に影響を与えるとはいえないと思います。

 今度は、上の説の範囲で、TS が最も多いと考えられる数値を意図的に選んで、もう一度計算してみます(比較のため、同じ6月の数値を使います)。

男性(MTF)  61870000 / 24000 = 2578 人
女性(FTM)  64500000 / 100000 = 645 人
女性人口増 2578 - 645 = 1933人
TS 総計 2578 + 645 = 3223 人

 先ほどの計算結果と比較すると、MTF 516 人増加で、FTM は増減なし。したがって TS 総計、および女性人口増の数値も 516 人増加です。

 ここでやはり、数値を十倍して、女性が約 2 万人増えると考えると、

男性 6187 - 2 = 6185 万人
女性 6450 + 2 = 6452 万人
男女比 6452 / 6185 = 1.0431

 比率にすると、男性 1 に対して、もう 0.0001 だけ女性が増えます。


 こうして見る限りでは、男女の人口比には、(まったく、ではありませんが)ほとんど影響はないといっても差し支えないと思います。

 その上で、もし、それでもなお「抵抗がある」としたら、それはどういう理由によるものなのかを考えてみたいと思います。

 結論からいえば、やはり、「性別は変更不可能なもの」という考え方が、世の中のほとんどの人に「確信」として持たれているためだと思うんですね。

 そして、それを T's の立場から非難することは簡単なんですけれども、私の考えでは、それは意味がない行為だと思います。

 この場合の「確信」というのは、やはり、それなりの根拠を持っていると思うんですね。また、この「確信」というのは「疑い得ないもの」であって、例え、理屈では判っていても、いま一つ納得できないというか、腑に落ちないというか、そういう「割り切れなさ」の根拠にもなっていて、「納得したくても出来ない」という強い抵抗感があると思います。

 そして、T's は(特に TS は)それを非難する権利を持ちません。なぜなら、「性自認」もまた同様に、考えを改めようとすると強く抵抗するような「確信」だからです。ここで自分(達)の「性自認」という「確信」を、他の人達の別種の「確信」に対して、無条件に特権的な位置に置くとしたら、それは他の人達から「ずるい」と思われても仕方がないと思うんですね。

 ですから、ここでは T's の側は他の人達が持つ「確信」を知るという事が大切で、それを一方的に非難することによっては、解決の道筋を見つけることは出来ないでしょう。

 T's であれ、非 T's であれ、人間は誰でも、いくつもの「確信」(疑い得ないもの)を持っています。何から何まで、世の中のすべてが疑わしく思えるということはありません。もし本当に「何から何まで、世の中のすべてが疑わしい」のであれば、まともに歩くことさえ出来ないはずです(足元を一歩一歩さぐって確認し、それでも歩けない)。

 T's は、自分(達)の「性自認」が、この世の中で特権的な「確信」なのではなく、誰もが「確信」(疑えなさ)を持っていることを、まず知る必要があります。

 そして、TS (や TG)は、それと同様の「確信」(疑えなさ)を、「性自認」という形で持っているわけです。そのことは、逆に、他の人達(非 T's)に知っていただきたいんですね。

 T's の問題というのは、世の人(非 T's)に自分達(T's)のことを知ってもらうだけでなく、T's もまた、世の人が「性別」についてどのような「確信」を持っているのかを、きちんと踏まえる(非難するのではなく)必要があります。

 もし、社会を理解することなく社会に受け入れられようとしたら、これはやっぱり変ですよね。もし、そんな事が有り得るとしたら、何も判らずに「よしよし」と頭をなでられて子供扱いされることを期待する、つまり社会に甘えようとする場合だけでしょう。だけど、「社会に受け入れられる」という事が、「対等な社会の一員になる」事を意味しているのであれば、社会に理解されるだけではなく、社会(他者)を理解することも、どうしても必要です。


 さて、ここで性別についての「確信」の話に戻りますが、繰り返していうと、社会一般には、「性別は変更不可能なもの」という「確信」があります。そして、「変更不可能なもの」であるために、人は他の人と出会った時に、どうしてもまず相手の性別と年齢を見ます。

 年齢というのは、変化するものではありますけれども、急激には変わりませんし、不可逆なものですね。時には急激に老け込んだり、若返って見えるような人もいますけれども、そういう人に出会った時には、たいていの人は驚きます。なぜ驚くのかというと、年齢というのは、普通は急激には変わらないし、不可逆なものだという「確信」があるからです。

 どこの誰だか判らないような初対面の相手でも、性別と年齢くらいは一目で判ります。ですから逆に、それすら判らない人を相手にした時は、ひどく戸惑うのです。

 これからは、変更不可能だと思っていた性別が、(とりあえずは手術によって)変更可能なものになるわけですが、それに対して感じる「抵抗」というのは、この「戸惑い」と共通の本質を持っていると思います。つまり、ある人と出会った時に、その相手が何者なのか判らないことから来る不安ですね。

 それも、いつでも誰に対してでも判断の基準にしている「性別」が、判断基準として機能しなくなるかも知れない。そんな不安を感じると思いますし、これはやむを得ないことだと思います。「不安」とまでいかなくても、私だって、T's の自助グループに行くと混乱しますから、まして T's との接点がない大半の人には、不安に思うなという方が無理だと思うんですね。

 それに対して、「私を『性別』で見ないで、中身を見てくれ」というような意見が出てくることもあるんですけど、それが出来るのなら最初から問題ないんです(笑)。しかし、そういう事をいう人だって、果たして出会う人ごとに「私は、これこれこういう人間です」と触れ回っているとは思えません。もし、そういう人がいたら、それは別の意味で「おかしな人」だと思われるでしょう(笑)。

 その人の「中身」が、一目見て判る「性別」や「年齢」に変わる位置を占めるには、ある程度の付き合いが必要です。しかし現実には、出会った人の中でそこまで付き合う相手は、ほんの一握りです。そういう人達に対しては、「中身」は「性別」や「年齢」の代わりにはなりません。

 誤解を恐れずにいえば、人間は見た目で判断されるのです。T's だって、本当はそれが判っているから、パスを問題にするのです。

 ただ、例えば、手術も戸籍の変更も終わっている MTF がいるとして、そういう段階にある人はパスも出来ているわけです。

 そこで非 T's の人にうかがいたいのは、そういう人と出会った時に、彼女を「女性」として扱うことで、どんな不都合が発生する(と考えられる)かという事ですね。

 それは、何らかの不都合はあると思うんです。特に彼女と出会ったのが男性だとして、結婚して子供が欲しいけれども彼女は子供が生めないとか、それ以前にそういう「女性」とは結婚したくないとか(もし結婚してあとから事実を知ったら、だまされたと思うでしょうし)、男性相手の場合には、特に身体的なことはどうしてもネックになりますね。

 それから女性の場合には、「元男性」と一緒にお風呂や更衣室に入る可能性が発生するから嫌だとか、・・・え〜っと、あと何かあるかしら・・・?(^^;)。ちょっと、思い付かないんですけど、少なくとも、もし彼女を「女性」だと思えるのなら、あまり問題がなさそうな気がするんです。

 たぶん女性の場合には、ここで想定しているような FTM TS と実際に会って言葉を交わしたら、具体的な「その人」に対してのわだかまりは意外と簡単に消えると思うんです。私の経験からいうと、これまでにも旅行等に際して、「龍子ちゃんなら、一緒にお風呂入ってもいいよ」といってくれた女性も、何人かいました(こちらが遠慮して、一度も誰とも、ご一緒した事がありませんが ^^;)。

 ただ、見知らぬ MTF だとか、あるいはこれから出会う可能性としての MTF に対して、つまり具体的な「この人」ではなく、いわば一般名詞としての「MTF」に対しては、通常の男性に対するのと同じくらい警戒心を持つ人も多いように思います。その意味では、もしかしたら、「MTF」全般(TS に限るとしても)に対して、説明だけで安心できるというのは、無理な人もいるかも知れませんね。

 しかしそういう人も、そのつど出会った相手に対しては、個々に対処できるとは思います。まぁ、普段から内気だったりして、人付き合いそのものが上手く出来ない人の場合には、疑問がないでもないのですが、これはまた問題が別だと思います(^^;)。

 今回は、どうもあまり上手く説明出来た気がしませんが、こういう問題については、これからも扱って行くつもりです。

L.Jin-na


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