42.漫画と性別

神名龍子


 「お龍さんの徒然草」でも取り上げた、「性同一性障害はオモシロイ」(佐倉智美/現代書館 \2000+税)を読んでいくつか気がついたことがあったのだが、これはその一つである。

 この本では「男らしさ」や「女らしさ」は男が作ったものだという説が随所に顔を出すが、私の考えでは、その説自体が、それこそ根拠のないものなのである。しかし、これまで適当な実例がなくて、どこか抽象的な説明に留まっていたのだが、考えてみれば比較的に歴史の浅い「漫画」というジャンルは、その格好の例である。この本を読んでいて、その事に気づかせていただいた。

 著者は「世界に冠たる日本のまんが文化が、このように固定的な性別の枠を抜け出していないという基本的な欠点を抱えていることはゆゆしきことである」(P189)と主張し、漫画に関しても「ジェンダーの択一」という側面で捉えているのだが、これはよくよく考えてみると、私が日頃から批判しているような主義主張の問題であるよりも、むしろ漫画に対するごく一般的な誤解であるように思える。その事に気がついて、漫画について、主にその歴史的な側面について書いてみたくなった。

 ここでは鳥獣戯画や風刺画(新聞の一コマ漫画を含む)を除いて、4コマ漫画やストーリー漫画(ギャグ漫画を含む)に対象を絞るが、そもそも漫画には男女の別は存在しなかったはずである。「固定的な性別の枠を抜け出していない」どころか、逆に、漫画の対象を性別によって分けるようになったのは1960年代以降の事なのだ。私と同年代あるいは私よりも若い人にとっては、この事は意外に知られていないように思える。しかし、ここでちょっと考えてみて欲しい。「のらくろ」と同時期の、少女漫画の代表作は何か? といえば、そんなものは存在しない。なぜなら、当時は少女漫画というジャンルが存在せず、したがって少年漫画というジャンルも存在しなかったためである。

 ただ、1950〜1960年代前半の漫画の大部分が、主に少年を含む男性の好みに合わせて描かれていたことは事実である。「イガグリくん」や「赤胴鈴之助」などはその代表例であろう。ただし、「サザエさん」のように男女いずれにも受け入れられた漫画は存在したし、「あんみつ姫」なども、少女が主人公とはいえ、読者の性別を選ばなかった作品といえる。少女誌も一応、「少女クラブ」(講談社)や「少女」(光文社)等、少年誌の半分くらいは存在していたのは事実である。

 しかし、少女漫画が現在のような勢いを見せはじめるのは、やはり1960年代からと見るべきだろう。水野英子などはその代表例だし、現在でも活躍している青池保子も1963年に、なんと16歳でデビューしている。彼女も当初は、少女漫画の典型とされた、大きな目に星が飛んでいるような画風の漫画家だった。その画風が現在の「エロイカより愛を込めて」(秋田書店)に代表されるようなものに変化したのは、1970年代の「イブの息子たち」の連載期間中で、その連載初期には、まだかつての画風が残っているのがよく判る。

 このように「少女漫画家」が登場しはじめたが、その一方では、少年漫画も描いていた漫画家たちもまた、同時に少女漫画の作者でもあったことを忘れてはならない。ざっと思い出しても「魔法使いサリー」の作者は「鉄人28号」の横山光輝だし、「ひみつのアッコちゃん」は「おそ松くん」の赤塚不二夫、「さるとびエッちゃん」は「サイボーグ009」の石森(石ノ森)章太郎の作品である。また、当時は「松本あきら」と名乗っていた松本零士も、少女漫画を描いていたし、もちろん手塚治虫もその例外ではない。むしろ、この時代から現代に向けて少年漫画と少女漫画というジャンルがそれぞれ特化し、それにあわせて漫画家も専門化して来たと見るべきであろう。

 とはいえ、この現象は「男性が作った」とか「根拠のないもの」といって済ませられるものではない。(商業誌に限っていえば)漫画も商品である以上、消費者(読者)のニーズに応えて生産されるのは当然であって、各ジャンルの特化は、むしろ男女の読者が作っているのである(読者に受け入れられなければ、商業的に失敗し廃刊になる)。少年漫画、少女漫画の変遷をそれぞれ見てみれば、そこには各時代ごとの男女の好みの違いが、一般的傾向としてはっきりと存在していることが読み取れるだろう。変遷があるという事は、どちらもけっして固定化されたものでないということだし、また、ここでいう一般的傾向と、少女漫画を好む男性やその逆の存在がいるという個別論とを混同すべきではない。

 また、「性同一性障害はオモシロイ」の著者は、「男の子にとって、書店の少女まんがコーナーは、いわばオジサンにとっての女性用下着売場と同じように近寄り難い聖域になっているわけだ」(P187)というが、この事にも私は異論がある。事実、私は中学・高校の頃にツメエリの学生服で書店に立ち寄って、少女漫画の単行本や雑誌を買っていたし、また私が通っていたのは男子校だったのだが、少女漫画もかなり読まれていたのである。

 前期の著者の主張は、例えそう思う人がいるにせよ、私はその点にはかなり地方差があるのではないかと思う。著者の周辺が、その主張のような状況であったとしても、それを無条件に一般論化出来ないことは、私自身の経験から明らかである(なお、この人と私との間には世代差は存在しない)。

 ただ、私の周辺(男子校)において、少女漫画なら何でも読まれていたかというと、そういうわけではない。比較的読者が多かったように思えるのは、前述の青池保子、「スケバン刑事」の和田慎二、「パタリロ」の魔夜峰央などである。前二者はアクション物として読めるし、「パタリロ」はやはりギャグの秀逸さがその理由であろう。他に、美内すずえの「ガラスの仮面」も流行っていた。これはちょっと考えると男子の好みに合わないように思えるかもしれないが、何のことはない、「野球」(巨人の星)や「ボクシング」(あしたのジョー)を「演劇」に置き換えれば、あの作品は「スポ根」もののバリエーションなのである。当時、総じて男子の人気があったのは、その誌名に反して(?)「花とゆめ」であったように思う。

 私は他に「プリンセス」と「別冊マーガレット」を買っていたし、萩尾望都のSF作品「スターレッド」の連載中は「少女コミック」も買っていた。「11人いる」や「スターレッド」、それからこれは少年誌(少年チャンピオン)に連載された作品だが光瀬龍原作の「百憶の昼と千億の夜」など、萩尾望都のSF作品は男性読者も多いし、SFとはちょっと違うかもしれないが「ポーの一族」も人気があった。「少女コミック」では他に、吉田秋生の「カリフォルニア物語」や「吉祥天女」、高橋亮子の作品なども印象に残っている。  念の為に確認しておくが、以上に挙げた少女漫画は、いずれも私が通っていた男子校で読まれていたものであって、単に私個人の好みを書き綴ったものではない。私が少女漫画を読むようになったきっかけも、中学二年の部活の合宿の際に、他の部員達が買って来た数冊の少女漫画誌を手に取ったのが最初である。したがって、私が最初に他の同級生に広めたわけでもない。

 また、この時期はちょうど少年漫画の低迷期にも当たっていて、全国的にもかなりの男性読者が少女漫画に流入した時期である。このことは「ぱふ」等、当時の漫画評論誌を見れば判る事である。また、少女漫画家の竹宮恵子が、少年誌である「マンガ少年」に「逆上陸」して「地球(テラ)へ」を連載し、読者の性別を問わずヒットして劇場アニメ化されたのもこの頃である。ただし、反対に「うる星やつら」の高橋留美子など、女性の少年漫画家が登場しはじめた時期でもあることは特筆に価する。

 さらにいえば、この当時は、読者の男女別ニーズだけではなく、その年齢層がさらに細分化され、「ビッグコミックスピリッツ」や「ヤングジャンプ」などのいわゆるヤング誌が登場している。ジャンルの特化は、性別だけの話ではなく、様々な軸が組み合わさって、今後さらに多様化して行くものと思われる。この現象を「性」という切り口だけで見ても、漫画の何ほども判った事にはならないのではないか。

 それと注意すべきなのは、同じ作品が男女いずれの読者の鑑賞に耐えるとしても、それをもってジャンルやストーリーの好みに男女差がないということにはならない。同じ作品を見ていても、その作品のどこを見て評価しているかが男女で異なるという例はいくらでもある。例えば、日本のアニメは海外にも輸出されていることで有名だが、「セーラームーン」はアメリカでは男の子にも大人気だった。しかしその理由は、彼等が「セーラームーン」を「パワーレンジャー」と同様、アクション物として受け止めていたためである。オープニング曲も、(メロディは日本版と一緒だが)「月の光で戦い、太陽の光で勝つ・・・」といった、いかにもアクション物らしい勇ましい歌詞がつけられていた。男女差もさる事ながら、文化の違いというものに大いに感じ入った記憶がある。

 このように、必ずしも男女がその作品の中の同じ部分を目的としているとは限らないため(もちろんそういう場合もあるのだが)、男女いずれにも受け入れられたとしても、その作品が「中性的」であるとは、必ずしもいえないのである。むしろ、男女それぞれの好みに対して、その両方にアピールできる作品が存在するということに着目すべきであろう。

付記(99/08/31)
 先日、本稿において、「イブの息子たち」の出版社を「集英社」としたのは、
「秋田書店」の誤りでした。お詫びして訂正させていただきます。
 なお,同作品の文庫版は現在、「白泉社」より出版されています。

L.Jin-na


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