神名龍子
この章のタイトルに書いたとおり、「T's」というのは、法律・経済・民俗・風俗・思想・哲学・宗教・医療・服飾・身体・言語・記号・認識・護身術(これは私だけか? ^^;)等々、さまざまな要素があって、さらにそれらがお互いに複雑な網の目を形作っています。「T's」を一つの文化事象として見る場合、これは単なる文化ではなく「メタ文化」ともいうべき様相が浮かび上がってくるのです。このような「メタ文化」は、他には(広がりの範囲において必ずしも一致しないが)「武道・武術」と「ゲイ」くらいしか思い浮かびません。学に縁のない私は先日初めて「学恩」という言葉を目にしたのですが、この点で私はまさに武道・武術に対して学恩があるといえるでしょう。
法律・経済・民俗・風俗・思想・哲学・宗教・医療・服飾・身体・言語・記号・認識・・・等と並べ立てたのは決しておおげさな表現ではなくて、実際に様々な人がこれらを様々な切り口として「T's」について語っているのです。おかげで断片的にでもいろいろな知識が入ってくるため、私のような者でもたまには、こんなものの一つも書いて見ようかという気になります(そして時に途中で後悔する ^^;)。
とはいえ、もちろんこの「複雑な文化の網の目」についてすべてを語り尽くすことは出来ません。なぜなら文化というものが自己増殖をするもので、それに対して筆が追い付かないからです。それゆえ本稿のタイトルも「素描」となっているわけで、なんとも大雑把なものを書いているという自覚を持ちつつも、今の私にはこれが精一杯なのです。
そのかわり、ある好みのスタイルそれだけで「T's」を見るつもりはありませんし、前章で上野千鶴子氏の批判に対する批判をしましたが、それは同時に自分に対する戒めにもしなければなりません。むしろ内部から見ているだけに、その責任は上野氏よりも重いはずで、他人を批判して自分は好き勝手をしようというつもりは、さらにありません。複雑なものを複雑なままにみようと思います(ただし第1章の最後にも書いたように、この事と、自分の好みがないという事とは別です)。
ただし、繰り返しになりますが複雑なものを複雑なままに書くのは、少なくとも今の私には不可能です。従って、「T's」の何について書くにしても、その幾つかの要素を取り出して書いてゆく事になるのですが、常に、他の要素との関係性を念頭に置いて書くつもりです。少なくとも要素主義的なものの見方が役に立たない事は「武道・武術」の世界で嫌というほど経験済みだからです。