神名龍子
『脱男性の時代 −アンドロジナスをめざす文明学−』(渡辺恒夫・勁草書房 1986)という本に次のような記述がある。
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かくして私たちは、ヨーロッパでも日本でも、近代化という過程とは、かつて両性に属していた《美》という性質が、女性へと《専門化》してゆく過程であることを知る。(中略)なるほどアポロン像は美しいのだが、その美は何も男女両性具有的であることに、ましてや女性化していることに由来しているのではない。アポロンは男性として美しい。丁度オス孔雀が雄として美しいのと同様に。
(第3章 P121、強調部は原文では傍点) |
この前後の渡辺の主張を要約すれば、次のようになるだろう。男性は近代以前にはその身体の《美》を誇り、またその身を綺麗に飾っていたにも関わらず、近代以降(特に産業革命以降)は男性身体の《脱エロス化》が進み、その身を飾ることはむしろ「異常」視されることになった。そして男性は、自分が《美》であるよりも、美しい女性を《所有》することを望むようになり、それに伴って女性の側には《女性の身体の過エロス化》が進んだのだ、と。また第五章では、中世までのヨーロッパの男性がいかに着飾りその脚線を露わにしていたかについて述べた後、フランス革命を転機として近代市民階級が歴史の表舞台に立ち、これによって長ズボンが男性の標準の服装になったとも述べられている。
このような見解は何も渡辺に限ったものではなく、それ以前から存在していた。それどころか、むしろ男性のファッションの放棄は最もオーソドックスな定説になっている、と見ることさえ可能であろう。男性は近代国家の成立と富国強兵策によって労働者もしくは兵士となり、男は身を飾らないものだというイデオロギーに染められ、現在でもサラリーマンはドブネズミ色の、全く美しくないスーツ姿に身を包んでいる。そういう主張を一度は目にした事がある、という人も多いのではないだろうか。しかし私は、これらの主張に対していくつかの矛盾や疑問を感じずにはいられない。
以上の疑問から、渡辺の所説やその他の「ドブネズミ色のスーツ批判」などを見直してみると、いくつかの共通点が見られる。
この他にも、「すべて」というわけではないが「女装」の正当化を目的としたものが多く見られる(渡辺の所説もこの点においても当てはまる)。「女装」の正当化が悪いとはいわないが、この場合には「女装」は近代以降に異常視されるようになったというのが特徴である。フェミニズムが専業主婦を攻撃する際に、専業主婦や家族制度が近代になって出来たものだと主張することによってその普遍性を相対化しようとするのと、全く同じ手口である。
だが、このような主張は、はたして実際にはどれくらいの妥当性を確保できるものなのだろうか。以下、この問題についての再検討を試みる。
この点は日本の袴でも、事情はまったく同じである。剣道で使うような、左右が別々に仕立てられた袴でなくては乗馬は出来ない。袴はそういう作りが当たり前だと思われているかも知れないが、これは本来は武士用の「馬乗り袴」なのである。だから現在でも女性が着用する袴はスカートと同様、左右が分かれていない「行灯袴」である。
一方、女性は下半身をしっかり隠す。できることなら、そのシルエットさえ見せない。これが中世ヨーロッパの何らかの性道徳に由来するのか、それとも他の事情があったのか、私は知らない。ただ一ついえることは、女性が下半身を覆う衣服は、長さはともかく、周囲に余裕のある(=タイトではない)スカートの方が都合がよい、ということだ。
どういう場合に都合がよいのかというと、妊娠した場合である。例えば現在のジーパンのようなものを履いていると、臨月に近付くに連れて下腹部のサイズが変わるために、何種類ものサイズのジーパンを用意しなければならなくなる。それに対して、フレアスカートや腰周りのゆったりとしたワンピース(マタニティドレスはその典型である)なら、このような変化に対応できるのである。ちなみに、中世ヨーロッパはカトリックだから、避妊や堕胎が出来ない(現在でも正式に認めている否認は荻野式くらいだろう)。また、避妊の技術も現在に比べれば未熟であったから、この条件は決して無視できるものではない。妊娠した時だけスカートを履くのでは、妊娠したことがばれてしまう。不倫やら何やらで妊娠したことを隠したければ、常日頃からスカートを履いているのが一番都合がよかったのである。
したがって上流階級についていえば、どうしても男はズボン、女はスカートということになってくる。もちろんこれは男性だけが戦場に赴くという条件があるからで、なおかつ昔の上流階級(貴族)は軍隊では士官であり、士官には乗馬の必要があったからだ。
戦場に行かなくても騎馬民族であれば、蒙古人のように女性でもズボンを履く。同じく騎馬民族である満洲族の衣装を起源とした、いわゆるカンフースーツを見ると判りやすい。現在の日本で「チャイナドレス」といえば、右の写真のように両サイドに深いスリットが入って脚が見えるものと思われている。しかし、これは本当は下にズボンを履くもので、左右の深いスリットも脚線を見せるためではなく、馬にまたがるために必要な構造なのである。
しかし形は異なっても、上流階級の男女の服装が華美になることには変わりはない。これは性別の問題ではなく階級の問題である。つまり男女間の「見る−見られる」という構造とは別に、階級間において上流階級に属する者が羨望の眼差しで「見られる」ということに根ざしているのである。
したがって、スカートを履くかどうかということと、服装が華美であるかどうかということは別問題として考えられなければならない。貧困層の女性ならばなおさら、妊娠した場合に多様なサイズのズボンを用意することなど、経済的にも不可能だったはずだ。緩やかでそれなりに丈のあるスカートが必要である(ここでスカート丈に触れたのは、たとえばフレアーミニでは臨月が近付くにつれて下腹部がスカートの裾を持ち上げてしまうからだ)。
ところが渡辺の所説では女性美という概念が、その肉体の露出と、着飾るという2点に分裂している。渡辺は特に両者を区別せず、うかつなのか故意にか両者を混同しているが、両者はあきらかに別概念である(一応、渡辺の見解では多くの場合、肉体の露出にウェイトが置かれていると見ることはできるだろう)。そして現実の服装の変化を見る場合、男性の露出、男性の装飾、女性の露出、女性の装飾は、それぞれ別の変化を見せている。けっして渡辺のいうように、近代化や産業社会の到来によってそれらがドラスティックに変化したわけではない。
近代西欧の服装の変化の前提として、ルネサンス期における人間の肉体美の再発見を除外することは出来ない。そして男性のスーツも、実は男性がその肉体美を誇ることを放棄することで生まれたのではなく、逆に男性の肉体美に価値を置くことに由来しているのである。もちろんそれは、ナマの肉体をさらすことではあり得ない。そうではなくて、男性のスーツは肉体美の演出の装置なのである。
ルネサンス期を一言でいえば、それまでキリスト教一辺倒だった価値観に対して、キリスト教伝来以前のヨーロッパの価値観を対置する運動だったといえる。そのモデルになったのが古代ギリシャであり、思想的にも芸術的にも、人々がリアリズムと合理的精神に向うきっかけとなった。宗教画においてさえ、それまでの立体感のかけらもない(まるで古代エジプトで描かれた人物画に彩色を施しただけのような)描写から、ミケランジェロに代表されるような写実的な表現へと変化を遂げるのである。アポロン像が男性の肉体美の典型とみなされるようになるのも、このような時代を背景とした価値観の変化を考慮しなければならない。
このような価値観が服装に影響を与えないはずがない。男性は服装によって肉体美を「演出」した。例えば16〜17世紀あたりに注目すると、肩幅や腰周りなどは衣装の下に詰め物をして雄雄しい体型を作り出すのが流行になっている。実は前掲書の中で渡辺が執着する脚線にしても、ふくらはぎのラインなどが詰め物によって演出されていたようだ。いうまでもなく、このような詰め物を使った肉体美の演出は、身体の露出をしては不可能になってしまう。つまり男性がその身体を衣服で覆うのは、必ずしも美の演出と相反するものではない。第一、温暖なギリシャと違って、ウィーンやパリ、ロンドンなどで身体を露出していたら風邪をひく。
とはいえ、ルネサンスにおける肉体美の再発見が、そのままスーツの発明につながったわけではない。そしてもう一つ、スーツの誕生については俗説が一つ覚えに挙げるフランスの革命やブルジョアではなく、イギリスの上流社会に注目しなければならない。
スーツが地味なものと考えられるのは、一面では当たっているが、それはけっして「市民」や「労働者」の服だったからではない。スーツはイギリスの上流階級から始まったと見るべきである。また、単に支配階級が戦争に赴くために質実剛健をモットーとしたから、というのでもない。例えば、もしもスーツがフランス宮廷発祥のものだったら(あるいは、やはりカトリック圏であるイタリア発祥だったら)、ずいぶんと趣の違ったものになったかもしれないのである。したがって、スーツの「地味」さはイギリスの国柄や、プロテスタンティズムが質素を重視することなどを考慮に入れないと、説明がつかなくなってしまう。
イギリスの上流階級(社交界といってもよいが)では、過度の美装はかえって逆効果になる。新教国では質素や勤勉こそが美徳になるからだ(カトリックでは「労働」は現世の苦役であり、プロテスタントに比べて享楽的になりやすい)。かといって、あまりみすぼらしい格好でいても信用にヒビが入りかねない。したがって、身を飾ることや、自分を立派に見せることを否定しているわけではない。ただ、服装の凝り方が変わってくるのである。
まず第一に、服装のシルエットがシンプルになる。フリルのついたシャツ(ブラウス)も使われなくなって行く。また、ズボンが長くなってゆくのもこのような変化に対応している。キュロットのように脚のラインが途中で途切れるのを嫌うようになり、腰から靴までを一本の線で結ぶようになる。しかし、そのために上着(ジャケット)の作り方などは、かえって技術的に向上してゆく。例えば、15〜16世紀あたりの服装では、肩の当たりがかなり膨らんでいる。立体裁断の技術のない時代に、伸縮性のない素材(生地)を使えば、こうでもしないと腕が自在に動かせない。しかし、スーツ(の原型)の時代に入ると、シンプルなシルエットで動きやすい服が作られるようになる。ジャケットを1着仕立てるにも、これをかなりの点数のパーツに分けたり、細かい点に様々な工夫が加えられるようになってゆく。この場合、派手さはないが、見る者が見れば仕立てのよしあしにはっきりと差が出てしまう。出来あがりの形がシンプルであるために、誤魔化しがきかないからだ。
このような服装の変化の結果として生まれるのが、ダンディズムである。ダンディズムはフランスのルイ王朝に代表されるようなこれ見よがしの装飾とは両立しない。むしろ、装飾と色彩と無駄を極力排除すること、上等の生地で自分の身体にフィットするように仕立てることなどが必要条件である。また、興味のない人には同じように見えるかもしれないが、スーツには様々な種類(形式)があって、TPOに合わせて何を着用するか、またどのスーツに何を合わせるかということが細かく決められている。この服装の規定は、婦人服の及ぶところではない。一般に、ものごとに凝るマニアは男性に多いが、これは服装の点でも同様である。私もとても全部調べる気にはならなかった(しかも調べた分だけでも覚え切れないので、これには閉口させられた)。
一方、男性の正装が現在の各種のスーツへと変化を遂げて行く時代に、女性の服装はたいした変化を見せていない(もちろんその時々の流行の変化はあったが、男性の服装のような根本的な変化を見出すことは出来ない)。スーツを批判したい人たちは、この事実を「男性が《美》から疎外され、《美》は女性の独占するところとなった」というかもしれない。だが、そのような指摘は必ずしも事実とはいえない。例えば、このような指摘をする人でも、現在に至るまで女性のファッションが、男性のファッションから様々な意匠を取り込んでいることは認めるだろう。それを「服装において、女性の側から男性の側への越境はあるが、男性の側からの越境はない」という人もいる。だが、見方によっては、これは男性の服装が先行して変化し、女性の服装が後追いで変化しているのだと見ることも可能である。
私の考えでは、その最たるものは「体型を反映したシンプルなシルエット」の採用である。右のイラストのような、体型を反映したシンプルなシルエットこそが「モダン」の象徴に他ならない。しかし、婦人服においてこのようなデザインが現れるのは、ようやく20世紀に入ってからの話に過ぎない。19世紀後半にはいわゆる「鹿鳴館スタイル」がまだ生きていたことを考えれば、女性の服装がいかに「変化しなかった」のかわかるだろう。
SF映画を見ても、「未来」を感じさせるデザインが、やはり「体型を反映したシンプルなシルエット」を持つ服だということがわかるはずである。『スターウォーズ』などでは古代ローマ人のような服装も出てくるが、あのような服装を見て「未来」を感じることは私には難しい。どちらかといえば『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』に見られるような服装の方が「未来」のイメージを得やすい。しかも、そこに見られるコスチュームは無地一色ではなく、必ずといっていいくらいラインが入っていたりして、肉体の凹凸を反映して見せる。この手のコスチュームは、肉体そのものは見せないが、どのような肉体が包まれているかを表現するようにデザインされているのである。このように「体型を反映したシンプルなシルエット」を徹底すると、「モダン」を通り越して「未来」のイメージをもたらすようになる。
| # | ちなみに、実際の宇宙服は生命維持装置を組み込んだり、気密性を厳重にするために、ここまで述べてきたような、体型を反映するようなスリムなデザインにはなっていない(それは当面は技術的にも無理だろう)。したがって、私達がSF作品のコスチュームから受け取る「未来」イメージは、現実の宇宙服を念頭に置いて描かれたものではない。あくまでも「モダン」コンセプトの延長上に創造されたものである。 |
