神名龍子
ある地方の学校が「あなたの家の食事を記録してください」という宿題を生徒に出したところ、食事の記録(献立の写真)の内容のお粗末さに驚愕したという話がある。学校としては、自分の食生活を振り返り、栄養のバランスを考えてみましょう、という趣旨による宿題だった。ところが生徒が持ってきた写真には、スナック菓子の袋、外で買ったと思われるパックの焼きそば、ふりかけご飯が一杯だけ…という、教師が予想だにしなかった「食事」が写っていた。家族全員がそろってスナック菓子の食事をするとも考えられず、子供が1人で家にある物を適当に食べたというのが、真相であろう。
今は共働きが多いので食事を作る時間がないんだよ、という意見もあるかも知れないが、大抵の家に冷蔵庫があり、子供の食べる食事が用意できないというのは、ただの言い訳である。教師が驚愕した食事には、冷凍食品の姿さえ無かったのだ。給食がある期間はまだマシな方で、夏休みのような時期は、はたして子供達は何を食べて生活しているのか。
目につく範囲でいろいろ調べてみると、これも「新しくて古い問題」なのだなぁ、ということに気がつく。まず「家庭料理=栄養管理=母の(妻の)愛情」という考え方が普及したのが大正時代で、それ以前にはなかったものだということを、ここで確認しておきたい。この考え方は、都市部のホワイトカラーの妻としての「専業主婦」から普及した。もちろん、この時代の「専業主婦」の大部分は女学校卒(または中退)である。
外米(タイやインドからの輸入米)や移入米(台湾、朝鮮からのお米)が増えて、都市部に限っていえば「白米ブーム」の様相を呈していた。平均して、一人一日約三合。都市部に限っていえば三合半というから、一日三度、三杯ずつ食べていた計算になる。ところが、他には味噌汁と漬物、あと目刺とかがつくこともあっただろうが、大まかにいえば、白米と塩っ気だけの食生活だった。だから、そもそも「家庭料理」という概念がない。その代わりに「主食」(=米)という概念が生じたのである。
余談ながら、宮沢賢治の有名な詩に「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」とある。これも特に質素であることを謳ったわけではなく、(玄米と白米の違いはあるものの)ほぼ当時の常識通りの食事だったと考えるべきだろう。「日の丸弁当」が質素だとされていたのも、米が(特に外米や移入米が)安かったからである。言い替えればこの時期、パン食などの方がよほど高くついたのだ。
日本では既に明治30年代から、国産米の生産では国内需要をまかなえなくなっていた。だから戦争が始まるとすぐに米不足になる。燃料の不足は米不足に直結する問題でもあったわけだ。戦前の日本人が「米ばかり食べていた」ことと戦前の日本が「慢性的な米不足」だったこととは矛盾しない。むしろ前者が後者の一因になっていた。そして「米不足」と「栄養学的見地」という、主にこの二つの理由から、食生活の改善が言われるようになった。
現在では区別がわからなくなっているが、「炊事」と「料理」というのは昔は別概念である。ご飯を炊いたり、漬物をつけたりということは家庭で習えても、「料理」を作るという伝統が(家庭には)なかったからだ。それを女学校で教えた。刺身やてんぷらの他に、各種のスープやシチュー、サンドイッチ、ライスカレー、サラダ、等々…。こういうものは外食メニューとしてならともかく、家庭料理としては(というか、「家庭料理」というもの自体が)女学校出のお嬢さんや奥さんから家庭に普及していったものだった。
もうひとつ重要なことは、(昔の義務教育である)尋常小学校を出ただけでは「栄養学」なんかわからない、ということだ。この点でも女学校の果たした役割は無視できない。見逃すことができないのは、現在のフェミニストの主張とは逆に、このような考え方と役割の普及こそが、「女性教育の産物」だったということである。それが日本人の食生活そのものも、また食生活に関する考え方も変えてしまった。
この傾向は、物質的欠乏が著しくなった戦中でも変わらない。むしろ、工夫のし甲斐が出てきたというところだが、皮肉なことに戦後になって、食料に不足しなくなった頃から、かえってこの考え方が崩れてきている。
ところで、大正〜昭和初期のこの変化の背景にもうひとつ存在していたのが、育児についての考え方である。これも現代とよく似ているのだが、大正期というのは子供問題に社会の目が向けられるようになった時期でもあった。乳幼児の死亡率は先進国の中ではずば抜けて高く(というのは現代と異なるが)、里子、身売り、児童虐待、子捨て、子殺し、母子心中、家出少年、少年の非行と犯罪…などが取り沙汰されていた。そのため、婦人雑誌などでも「衛生」「保健」「栄養」「健康」「教育」「育児」「愛情」などの概念が飛び交うようになる。
それ以前には、母の役目は出産と授乳くらいしかない。もちろん「女に教育は必要ない」とされていた時代に、子供の教育という「母の役目」が成立するはずもなかった。裕福な家なら乳母が、貧しい家なら「子守り」や年上の兄弟、祖父母などが子供の面倒を見たのである。しかし、地縁・血縁の関係が希薄になり、雇い人も置けない都市のホワイトカラー(一介の若いサラリーマン)の妻ともなれば、条件がまるで違ってしまう。舶来の「良妻賢母」思想とあいまって「母の役割」が現実のものとなっていった。
それと時期を同じくして(大正期)、子供の(大人とは違った)身体的・精神的な特徴を尊重すべしという思想が登場する(おそらくこれも輸入思想だと思うが)。育児に関して(今から見るとトンデモ科学のようなものもあるものの ^^;)、いろんな言説が流布されるようになる。乳母車や哺乳ビンもこの頃の産物であり、絵本、童話、童謡が作られ、現在の江崎グリコや森永といった子供向けの洋菓子メーカーも誕生する。だからこそ「愛情のこもった手作りのおやつ」という言葉も、この時代に既に登場するわけだ。このように「市販品か、手作りの味か」という問題は、既に大正時代から存在していたのである。
品質や栄養素に関していえば、すべてとは言えないまでも、市販品の中にもそれなりの製品も存在する。だが、親がそれを選ぶ目と知識を持っていて、きちんと製品さえ買い与えればよいのかというと、それも違う気がする。そもそも人間にとっての食事というのは「純粋に物質的な問題ではない」ということが、最も重要なポイントではなかろうか。
たとえば人間の最初の段階としての授乳でも、これは単なる「物質的な栄養を与える行為」なのではなく、子供に「安心感」を与えてもいるのである。ここではあえて二元論的な表現を用いるが、いわば「身心」に栄養を与える行為だと考えた方がいい。これがフロイトでは口唇の快に代表されて語られていると思う。
フロイトの発達段階は、彼のいうように性の問題に限定して解釈すると「本当かしら?」と怪しげな印象を受けてしまうが(笑)、人間関係や社会性についての発達段階として解釈すると、腑に落ちるものになっていることに気がつく。
まず口唇期(零歳代)で、二人関係の心的世界の芯みたいなもの(「こころ」の中核になるものが)形成される。次の肛門期(1〜2歳代)はその「こころ」の世界が社会規範や文化規範に向かって開かれて行く。トイレットトレーニングに始まる「しつけ」の問題のスタートである。「男根期=エディプス期」(2〜3歳代)に入ると、三人関係の世界や、それを背景としたアイデンティティの問題、つまり社会的な「人間関係の網の目の世界」へと「こころ」が開かれて行く。
家族がそろって食事を共にするというのは、大正時代くらいから普及した習慣であって、それを象徴するのが「ちゃぶ台」である。それ以前には一人に一つずつの「膳」を使っていて、女性は台所で食べるなど、食事の時間や場所も分かれていた。この変化は何を意味しているのかというと、まず「家族観の変化」であろう。
家族観というのは戦前には既に変化していて、左翼がいうような「封建的」なものでは全然なかった。明治には既にロマンティック・ラブ・イデオロギーや、キリスト教由来の「純潔」の考え方が西洋から入ってきており、それによって女性は、「幼にしては親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従い」という「付属物」であることから、一個の「人格」へと昇格していたのである。そのことが、
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私は、結婚がやはり人生の基本だと思っております。二人の人間が信じあい援(たす)けあって、お互いの人格を成長させてゆくことは、その人達にとっての尊い事業だと思っております。 (『婦人之友』大正11年5月号) |
なんていう当時の女学生の手記にも、よく現れている。そもそも「家族」と違って、「家庭」というのはこの頃に普及した新概念なのである。「文化」や「生活」も同時期に普及した新概念であって、「文化」などは鍋の名前にまでつけられた。私は子供のころに「文化鍋」が他の鍋に比べて、どこがどう「文化的」なのだろうかと悩んだ記憶があるのだが(^^;)、何の事はない、単なる昔の流行語だったのである。
話が逸れたが、昔ながらの「始めに共同体ありき」ではなく、このような「家庭」にあっては、まず個々の「人格」があり、それが相互に結び付きあって共同体(家庭)を作っているという考え方になっている(個々の「人格」、ということだけを不当に拡大して注目すると現代のフェミニズムになってしまうが、ここでは結婚して「家庭」を築くことの積極的な意義が見出されていることに注意)。
そういうものは、「近代」が作り出したイデオロギーに過ぎないのではないか、という批判も左右から出てくるかも知れない。しかし、ここで重要なことは、仮にこれが「イデオロギー」に過ぎないとしても、それなりに人間の本性に適った「イデオロギー」であって、単に「イデオロギーだから」というだけでは廃棄の理由にならないということである。
人間というのは、役割関係だけを背負って緊張を続けてはいられない。無条件に認め合うエロス的関係の中で承認を得られるということが、各人の自我を安定させ、安心感を与える条件になっている。この「家庭」という新しい家族観は、そのメンバーが、今述べたような無条件な承認や安心感を与え合う「場」として、人間の欲望に応じる形で構築されている。もっと簡単にいえば「常に気遣い合う関係」であるわけだ。
子供の食事にも配慮できないというのは、この「常に気遣い合う関係」の崩壊である。そういう状況の中で子供に与えられるのは、「食事」ではなく「飼料」に過ぎない。物質的には同じものだとしても、「承認」も「気遣い」も与えていない。そういう子供が、人間関係の中にどのような「信頼」を見出すことができるかと考えると、非常に心もとない気がする。
これがつまり、上に書いた「愛情」がないということの「意味」である。
| 息子の幼稚園の園長先生は選択制でも給食を導入しない考えの方なのですが、「お弁当に菓子パンを持たせてくださっても結構です。菓子パンを食べやすいように切って弁当箱に入れるだけでもいいのです」とおっしゃっています。 |
というお話をうかがった。このように時間がなければないなりに、簡単でもいいから「母親が一手間かける」ことに、子供にとっての「意味」がある。どこで誰が作ったかまったくわからないものと、そこにほんの一手間でもいいから、お母さんが手を加えたことがわかるもの。これが「気遣い」が子供に伝わるかどうかの分かれ目になる。
直接に育児の話しではないが、ヘーゲルが『精神現象学』という本の中で物作りの話を書いていう。人間が物を作るということは「自己の外化」だというのである。人間が手を加えたものというのは、単なる物質(モノ)ではない。いわば作り手の分身だというわけだ。確かに私達は、絵を描いても(それこそ料理でもよいのだが)、自分の作品を誉められたら自分が誉められたのと同じように嬉しい。逆に作品をけなされると、傷ついたりもする。このことは、作品を「単なる物質」とみなした上で、そこにどんな科学的な分析を加えても出てこない。それにも関わらず、幼い頃から現在に至るまで、誰でもさまざまな場面で思い当たるはずのことなのだ。
に持たせるお弁当は、それを食べるときには傍らに母親がいない。しかし(だからこそ)そのお弁当は「母親の分身」と言えるものであってほしい。「母親の分身」であるがゆえに、お弁当の素晴らしさ(食材の良さではなく、そこに見ることのできる手間や工夫)は、そのままお母さんの素晴らしさだとも言える。子供がお弁当が自慢できると言うことは、お母さんを自慢できると言うことなのである。
大部分のお母さんたちはヘーゲルなど読読んでいなくても、このことが直観的にでもわかっていた。お弁当が単なる「物質的な栄養」でしかないのなら、ウインナーはタコの形でなくてもいいし、リンゴがウサギの形である必要は、全然ない。では、何のための手間と工夫なのか。見るだけで心が弾んで、子供に喜んで食べてもらえるようなお弁当の工夫というのは、「こころ」の栄養を与えることにもなるということが、理屈抜きに確信されていたのだと思う。
ついでにここで幼稚園側に望みたいことも書いておくと、「お弁当自慢=母親自慢」の例とか、今日は誰のお弁当がみんなに評判だったとか、そういうことがお母さんにフィードバックされるようにして欲しい、ということだ。それがまたお母さんの励みになったりすると思うのである。
そうすると毎朝、その日のお弁当を作って完結、というのではなくて長期的な目的(=もっとよいものを作ろう)が生まれる。これも「母親だけの話」よか「お弁当だけの話」ではなく、実は人間ってみんなそうやって生きてるよね、ということなのだ。芸術家が「ほんとうに美しいもの」を目指したり、作家が「人間の生の真実」を目指して文学作品を書いたり、というのと同じように、「ほんとうに子供が喜んで食べてくれるお弁当、ほんとうに自分の気持ちが子供に伝わるようなお弁当」を目指してみたらどうだろうか。
こういう意義と価値とをそなえた事柄(行為がそれを目指すもの)を、ヘーゲルは「事そのもの」と呼ぶ。自分の分身である作品が、そうやって世界とつながって行く、あるいは具体的に子供の「こころ」につながって行く。そういう「ゲーム」が、幼稚園という「場」で、お母さんたちと子供たちとで展開されてゆく。個々人の活動によって生み出され、逆に個々人の活動を意味あるものにもしているゲーム。思いっきり広い意味で言えば「社会の制度」というのは、すべてそういうものである。金銭に換算できるものだけが「社会参画」なのでは、けっして、ない。
このことが忘れられて、ただ「制度だから」とか、「そういう決まりだから」と言うことで、嫌々お弁当を作っていると、これは本当につまらないことになると思う。これをすることの意義は何か、という洞察力が欠如したところから「制度に縛られた個人」などという像が出てくることになる。否定するにせよ肯定するにせよ、物事の「意味」や「意義」について無頓着であることほど、人間としての生活を精神的に「貧しく」するものはない。
