ふと思ったこと……


from 会津里花さん (2001年08月25日 12:01)

(徒然草見忘れていて、今ごろになってようやく見ました。その後とても精力的にVisitors' Roomのレスなどなさっているのを拝見する限りではお元気になられたようですけれど、最近のお天気って「極端」←熱帯化?みたいな気がするので、どうかお天気に振り回されないよう、ご自愛をm(__)m)

ここの書き込みのとき、「性別」欄で「T's」を選ぶかそれとも「男性」なのかなー、「不明・その他」にしちゃおうかなー、とか迷ってた頃が懐かしい、なんてふと思ってしまいました。
今は迷わず「T's」をチェックしちゃうけれど、なんか自分が図々しくなってしまったよーな……

さてさて。
「ふと思ったこと」。
日本の性転換治療が、なぜか「先進国」の中では異様に「遅れている」ことについて。
(どこかの掲示板で誰かが指摘しているのを見て、改めて
「なんでだろうなー?」
と思ってしまったのでした(^^;)

こないだ手塚治虫『0次元の丘』という漫画を読み返したのですね。

という「手塚お得意の『三題噺』」(解説より)だそうで、でもそれ、なんか私自身のキーワードみたい……
というより、私はこの作品にものすごく強い影響を受けていたのでした。

(これは自覚があるんです。
確か高校生ぐらいの頃、この作品のタイトルを『灰色の丘』と「勘違い」していて、その頃だったか手塚治虫の「全作品」とか出始めたのでその作品がないかどうか探してみたけど見つからなかった、という経験があります。
つまり、途中でタイトルを思い違いしてしまいながらも、思春期を通じてしばしば思い出してしまうような作品だった、ということなんです……)
「あらすじ」をかいつまんで、というのは例によって「苦手」なんですけれど、だいたいこんな感じ:
<戦争で虐殺された一家が世界中に転生してある音楽をきっかけに前世の記憶を蘇らせて、殺された場所にまた集まる……>

お話の中で、クライマックスというか印象的なのは、虐殺された時には「一家」だったから「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、弟、妹」とかいう家族構成だったのに、転生したらみんな同い年の子供(お話の中では「10歳」、つまり「虐殺から10年後」)になっちゃうんですよね。
虐殺された家に5人が「立て篭もる」のですけれど、なんか見ようによっては「おままごと」やってるようにも見えて……
なんか、すごく共感してしまったのでした。

で。
こんなお話を引用したのはどういうことかというと……
この『0次元の丘』が掲載された初出誌は『少年サンデー』、時期は「1969年3月30日号」……!!

ブルーボーイ事件と同じ年のことじゃないですか!

この作品の後、なぜかちらちら見た記憶のある「青年誌」でちょっとエグめの内容で「性転換」は扱われていたような気がするんですけれど、少なくとも「少年誌」からは姿を消してしまったような気がします。
(私の思い違いだったら誰か教えてプリーズ!)

それって、なんだか「ブルーボーイ事件のトラウマ」みたいな気がしてしまいます。

それ「だけ」のせいにしてはいけない、とも強く思うのですけれど、少なくともあの事件の後、「性転換」がアンダーグラウンドの「ファンタジー」より外で「真面目に語られる」ことが、なくなってぃまったような気がします……けっこう長い間……
(もちろんカルーセル麻紀さんとかピーターさんとか、あの事件の後にも果敢に人前に登場した方がいらっしゃいますけれど、なんだか「例外扱い」されていたような気がするし、……決して社会は「封印して語らない」というわけではなかったんでしょうけど……)
やっぱり「医療当事者」の人たちが、びびってしまって「封印」しちゃっていたからなのかなあ……
そのせいだけにするのも「悪者探し」みたいで陳腐、っていう気がするけど……

(最近思い出して、まるで「自分を正当化するためにしがみつく」ような感じで何度も思い返してしまうんですけど、私、20年以上前に「性転換するかしないか」みたいな悩み方をしたことがありました―当時は「ゲイに走るかどうか」でした、だって情報が足りなくて「ごっちゃ」だったから―。
でも、そのときは「ゲイに走るっていうことは、完全に『裏街道の人生』を選ぶことになる、そこまではできない」というような考え方をして、諦めて代わりに「音楽にのめりこむ」道を選択したのでした……なんでやねん?
>音楽演っているときって、なんだか「オトコと絡んでる」感覚でキモチイイイのよー!!(*^^*) 
それを「代償行為」みたいにして満足しようとしていた……それに、そのまま一生終われるのなら、本当にそれでいいと思っていた……けっきょくダメだったけど(-_-;)

なんか、終わりのほうはぐつぐつと愚痴を言うみたいになってしまいましたけど、同じ経験をされた方、実はあんがいいらっしゃるのでは、とか思ってしまいます。
なので、そのまま消さずに投稿しちゃいますね。

まとまらない内容ですみませんm(__)m

では(^^)/~~~

追記:私「性転換系は1969年以降アンダーグラウンドに押しやられた」とか言い切ってるけど、なんかそれって根拠レス??
と、心配になってきて、ふと思い出したのが弓月光『ボクの初体験』、あれってけっこう古めだし……
調べてみて、またびっくり!でした。
掲載されたのは「週刊マーガレット75年39号〜76年14号」。
あ、なーんだ、それ、私、リアルタイムで読んでるわ。
……じゃ、なんで忘れてたんじゃーい??

人はあんがい、重要な記憶を「封印」してしまうことがあるのですね。

『ボクの初体験』については、たぶんいろんな人がいろんなところでいろんなことを語っているでしょうから、今さら私が知見の低いことを言っても、と思いますけれど、「マッドサイエンティスト」の典型みたいな博士の姿が、なんだか「ブルーボーイ事件」の執刀医を髣髴とさせてしまうような……
「どうせやるなら大脳の入れ替わりを使ってでも徹底してやってほしい!!」みたいな願い、とか。(^^;
ちょっと理屈っぽいけど、「事件」から6年(小学生が入学して卒業するくらいの年月、もしかしたら事件の当事者たちの「ほとぼりがさめる」のに必要な年月……?知らないのにそこまで言うのは失礼かも)、そこで起きたことを「捉え直そうとする試み」みたいな見方も、できないことはないのかも、と思ったりして……

(で、事件〜『初体験』のあたりがもろに自分の「思春期」とかぶってしまった世代が、90年代にさしかかる頃に高橋留美子『らんま1/2』とか奥浩哉『変』とか見て、なんとなく「もうアンダーグラウンドじゃない」っていうことを感じ始めた、とか……
それでこのへんの世代の人、当事者にやけに多い、とか(-_-;
すみません「一緒にするな」って石が飛んできますねm(__)m)


性転換と漫画表現

日本の性転換治療が、なぜか「先進国」の中では異様に「遅れている」ことについて。

 う〜ん、私としてはこのテーゼはいったん脇に置いておきたいんです。もちろん当事者の立場からすれば「遅いぃ〜!!」と思うのは当然なんですけど(笑)、ただ国ごとに文化その他の条件が異なりますから、他国と比べて「進んでいる」とか「遅れている」ということには、あまり意味がないと思うんです。比較すること自体が悪いというのではなくて、むしろ彼我の違いをもっと掘り下げて考えてゆかないと、どうしても表面的なレベルの話に終始してしまうと思うからです。

 私の印象では、日本にも性転換について賛否両論はあるけど、欧米ほど極端な分裂はないと思うんですね。だから、欧米の制度の中で T's に都合のよい部分だけ取り上げても、実はその反面、あちらには T's の生命・身体を脅かすようなヘイトクライムも存在する、という事実もあるわけです。欧米の「進んでいる」ように見える制度というのは、その反動形成(リアクション)という面があって、普通の暴行・傷害よりも、ヘイトクライムの方が罪が重くなったりするんです。私もヨーロッパの哲学の「原理」は用いますけど、でも単純にヨーロッパの制度をそのまま日本に移植できるかというと、それは別問題ですよね。歴史が違い、宗教が違い、意識が違うわけですから、日本の制度は西洋からの輸入ではなくて、「私たち」の意識から取り出して行かなくてはなりません。

 それで、マスコミの記事についていうと、昔の性転換(手術)に関する記事というのはだいたいが、興味本位のものなんです。漫画でも、何らかの理由で男女が入れ替わるというのは、これはほとんど定番のネタのように存在しているんですけど、でも SRS を扱ったものというのはほとんどないような気がします。さすがにナマナマしくて読者が引いちゃうのかな、という感じで・・・(^^;)。

 手塚治虫でいうと、里花さんが挙げているような転生とか、誕生の際の間違いという形で、男(女)の身体に女(男)の魂が入ったりするのがひとつ。『リボンの騎士』なんか有名ですよね。そうでなければ薬で変わったりする。他に、『ひみつのアッコちゃん』(赤塚不二夫)のように魔法で変身する場合も含めてよいと思うんですけど、いずれも何かしら不思議な力が働くことで、初めて性転換が可能になる、というパターンですね。

 「封印」というよりも、そこでは SRS は、むしろ性の転換が現実にはあり得ない方法で「描かれる」ことによって隠蔽されてしまう。これは、ブルーボーイ事件の前も後も変わらない構造ですし、したがって「医療当事者」だけの問題ではなく、むしろ一般的な意識の在り様の反映だと思います。

 そういう意味では、確かに弓月光の『ボクの初体験』は、私はこれは連載が終わって2年くらい経てから初めて単行本(コミックス)で読んだんですけど、すごくインパクトがあった(笑)。少女誌では、青池保子の『イブの息子たち』がたぶん同じような時期に連載されていて、これも別の意味でインパクトがありましたけど(笑)、こちらはやっぱり古くからの「魂」系なんですね。モロに SRS そのものというと、長岡ひろしの『ちゅーりっぷほしい』みたいに、すごく少ないしマイナー(失礼)なんです(北条司の『ファミリーコンポ』だとあまりハッキリしませんけど、あれはたぶん身体をいじっていない逆転夫婦じゃないかと思います)。

 いま、突然思い出しましたけど、そういえば手塚治虫の『ブラックジャック』に、ガンで子宮を摘出した後、男性として生きている医師が出てた話がありました。でも、あの作品の他に中でそれらしい話はあったかなぁ・・・。脳を他の身体に入れ替える話はあったけど、性別は変わらなかったし、それはやっぱり『ボクの初体験』あたりが最初だろうと思います。

 たぶん、70年代以降になって科学技術への警戒心のようなものが出てこないと、こういう作品というのは生まれなかったと思います。手塚治虫の場合には、科学技術そのものへの警戒心というよりも、いくら科学が発達してもどうにもならない自然というものがあるんだという形で、それは医学では対処できないような特殊なウィルスによる奇病だったり、『火の鳥』のように生命そのものという形で描かれます。石森章太郎による最初の『仮面ライダー』もそうですよね。仮面ライダーは科学的な技術で作られた改造人間なんだけど、実は昆虫(バッタ)の形をして風をエネルギーにする「自然界の使者」なんです(笑)。

 それ以外に多いのは、単なる女装・男装の話ですね。池田理代子の『ベルサイユのバラ』や江口寿史の『ストップ!! ひばりくん!』のようにそれ抜きでは作品が成立しないものから、単なるエピソード的なものまで、これはいくらでもあります。

 話が飛びますけど、弓月光さんが現在も連載中の『甘い生活』という作品で、14〜15巻にニューハーフが登場します。この作品はランジェリー作りの天才という変わった男性が主人公なんですけど、当時、私は弓月光さんと同じパソコン通信(Data-Moon)の会員だったことがあって、そこで「ニューハーフ用の下着も作って欲しい」と書いた記憶があります。だから、もしかしたら、それがきっかけになってこの14〜15巻の話が出来たのかもしれません(^^;)。私の要望から、この話が描かれるまでに少しタイムラグがあるんですけど、それが取材期間だったのか、男女の身体の違いその他、よく調べていますね。

 最後に、里花さんも以前にここに投稿されていた、北河いつきさんの『目を覚ませ!』の単行本が昨日発売になりました。もうお読みになりましたか? 作者の北河いつきさんからのメッセージも届いていますので、よろしかったら感想など書いていただけると、よろこばれると思います(^^)。

L.Jin-na


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