ダイアモンド博士の学説


from 真樹子さん (2001年08月27日 01:35)

真樹子です

撤収したつもりですが、ダイアモンド博士の学説について少しだけ補足します。

ダイアモンド博士の説でゆくと、「ものごころがついた頃」から性別違和を持っていたというケースの説明にはなりますけど、「思春期前後」に性別違和を自覚したという場合には、これはどうなるのでしょう。そういうのはニセのGID だというか(笑)、実は性別違和は「ものごころがついた頃」からあったのだが本人がそれを自覚していなかっただけだ、という話になるしかないと思います。

 ニセのGIDという言葉は、某女装系掲示板に行けばやたら氾濫している言葉ですが(苦笑)、この点については、神名さんの“後者”の理解がほぼ当てはまります。博士によると、性別違和は社会的影響などにより発現しないこともある。ただ、個人が性別違和に気づいた場合は、十分に情報を得た上で、どういう生き方をすべきか自己決定して行くべき、との主張でした。
 ただ、こうなると私は社会構築論が形を変えて混じり込んでいる、というように思えますが、私の理解不足かも知れません。
 もっとも、博士は出生時に典型的な女性または男性と判定できないが、成長後に性別が判定されるという意味で、トランスセクシュアルもインターセックスの一類型である、と締めくくっていました。

TSをISの一類型とする点については、異論をはさむ人は多いとは思いますが、戸籍法113条の「訂正」の文言解釈、またISに関しては113条訂正が既に認められていることの関連からすれば、実務上は魅力的な考えにも思えますが…。


ダイアモンド学説の問題点

性別違和は社会的影響などにより発現しないこともある

 う〜ん、それもひどいなぁ(^^;)。いえ、真樹子さんがではなくて、もちろんダイアモンド博士がですよ。

 性別違和というのは当人が自覚して初めてわかることですから、それ以前にどうだったかということは証明不可能なんです。したがって彼の主張だと、その証明不可能なことを事後的に「誰にもわからなかったけど、実は自分の学説の通りだったのだ」といっているだけですね。日本の小噺で占い師が、

「お宅の庭に大きなケヤキの木があるでしょう? 何、ない? なくてよかった、あったら大変だった」

というのがありますけど(笑)、これと同じ話になってしまう(^^;)。こういうのは、落語にはなっても科学にはなりません。だけど、世界的に名の知れた権威が落語のレベルというのは、シャレにならない話です。

 「TSをISの一類型とする」というのも、やはり無理があります。ある人が IS だといえるためには、染色体なり身体の構造なりの、必ず物質的根拠があるはずですね。そこで現在では、

ICD 10性転換症(Transsexualism)「半陰陽の、あるいは遺伝的な、あるいは性染色体のいかなる異常とも関連するものであってはならない」
DSM4性同一性障害
(Gender Identity Disorder)
「その障害は、身体的に半陰陽を伴ったものではない」

という形で、身体の疾患との区別があるわけです。この区別がないと、一部の当事者を切り捨てる形になるので、「TSをISの一類型とする」という説は私は全く賛成できません。

 今年の3月の第3回GID研究会で、脳梁の形状と性同一性障害との関連を調べた結果の発表がありましたけど、それによると、性同一性障害と診断された人の中にも、非当事者と脳梁の形状が変わらない人がいる。特に FTM の場合にはそういう人が多いんですね。少なくとも現在のところ、性同一性障害と診断された人のすべてに当てはまるような「物質的根拠」というのは発見されていないはずなんです。

 「TSをISの一類型とする」という説でゆくと、どんなに性別違和を訴えても、染色体を調べたり、何かCTスキャンのような装置で脳を調べたりして「異常ありません」といわれたら、その人は性同一性障害ではないということにされてしまう。そういう当事者はすべて切り捨てられてしまうのです。「ISに関しては113条訂正が既に認められている」ということを根拠にする場合、こういう人は、「ISだということを証明する診断結果を提出しろ」と言われたらアウトです。

 逆にいえば、そういう診断結果が得られた場合には最初から GID ではなく IS として申請すればよいわけですから、「TSをISの一類型とする」という説は結局は、GID に対しては何の救いももたらさないと思います。

L.Jin-na


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