from mori さん (2001年05月26日 23:42)
神名龍子さん、こんばんわ moriです。先日(4/19)は竹田ゼミでお会いでき、久しぶりにお元気なお話を聞かせていただき、楽しい経験ができました。ありがとうございました。
私も現象学が大分わかるようになり、ゼミの講義内容は十分に理解できました。本当に参考になる考え方で、楽しいですね。ただし、ゼミの後の雑談では、半分ほど分からない話があり、まだまだ皆さんのレベルには追いつかず、ついていくのがやっとです。その後、竹田/西先生の素晴らしい考え方及び、神名さんのバランスの良い思考方法を参考にして、「恐怖心」を中心に本質直観し、自分なりに考えをまとめてきました。そして、皆さんから受けた学恩の一端でもお返しできたらという気持ちで、「エロスとテロル(恐怖)の現象学」というテーマで考察した結果を文章(A4で5ページ程度)に書き、これを次回6月のゼミの時に、竹田先生や西先生にお渡しできたらと思うようになりました。この中で、竹田先生、西先生以外に、神名さんの名前も出させて頂きたいと思っています。如何でしょうか?こう言うことをして良いかどうか分かりませんので、是非、神名さんのご意見を伺って、参考にしたいと考えています。以上、よろしくお願い致します。
>神名さんの名前も出させて頂きたいと思っています。如何でしょうか?
竹田さんや西さんと違って、私はたいした事はしていないと思いますけど(^^;)、それが mori さんのご主張の中で必要でしたら、どうぞお使いください。
明治の昔に、福沢諭吉が『痩我慢の説』という文の中で、勝海舟や榎本武揚のような旧幕臣が明治政府に仕えるのはけしからんと、彼等を批判した事があります。福沢は発表に先立って、了承を得るためにそれを勝に見せるんですけど、この時の勝の答えが、「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」だったかと記憶しています。自分の出処進退の責任は自分自身にあるが、それに対する評価は他者の主張としてその人に属するものである・・・とでも言えばよいのでしょうか。
moro さんの場合は今回、私を非難しようというわけではないと思いますし(たぶん ^^;)、私に対する評価がテーマでもないわけですが、私は「mori さんの主張」を拝見出来る日を、楽しみにしています(笑)。
ところで、以下は「ゼミの後の雑談」で思い出したことで、上とは全く別の話なんですけど、あの時に、どなたかから「現在のインドでソフトウェア産業が盛んになったのは、古代から思想という形で理論的にものを考える習慣をもつ国だからではないか」というお話がありましたね。
私はあれは、ソフトウェア産業が、国際的な競争力をつけるのに手っ取り早い分野だからだろうと思ったのですが、いかがでしょうか。初期の資本性のように工業、特にインダストリーを興そうとする場合には、工場その他の設備への投資はもちろん、製品の輸送手段としての道路や鉄道、港湾といった社会的なインフラ整備が必要になります。だけど、ソフトウェア産業の場合には、極端にいえば電気と電話線さえ通じていたらどこでも可能なわけで、あとは頭脳で勝負できます。おそらくこれと対照的なのが台湾でしょう。あそこは日本統治時代からインフラ整備が進んでいましたから、それが現在のハードウェア産業の隆盛を可能にしているともいえます。
ソフトウェア産業は、一種の最先端を行く産業であるにも関わらず、社会的なインフラの充分に整わない発展途上国でも国際的な競争力を持ち得る。これは従来の産業にはなかったことで、興味深い事ですね。もしかしたらこれは、mori さんが以前にお書きになっていた「南北問題」を考える上での、一つのヒントになるかもしれませんね。
